August 10, 2008

もう一度、国際柔道について

 もう一度、国際柔道について考えたい。

 当然のことながら、試合はルールに縛られる。今の国際柔道が、柔道どころかレスリングのようなもの、それも本当のレスリングならばもっと見事の寝技をかけることができるが、中途半端なものになっているので、柔道でもレスリングでもない、なんなのかわからん、少なくても断じて柔道ではないものになっているのは、すべて今の国際柔道の試合ルールによるものだ。

 選手であるのならば、試合に勝とうとする。試合での勝利を求める。そのためには、あらゆることをやる。自分の稽古のすべてを試合に即したものにする。ルールという限定された動きの中でどうやってポイントをかせぐかか目的になってしまった。ここでは、本来の柔道はどうであるのか、どうであるべきなのかという意識はない。何度も書くが、そんなことを考えていたら試合に勝てないのである。試合で勝ち負けを競い合う。それはスポーツとして当然のことであるが、それが今日の柔道を本来の姿とは大きくかけ離れたものにしてしまった。特に、オリンピックの柔道は、スポーツ化した柔道が行き着いた先の姿だと思う。それが、あれなのだ。何度も言うが、あれは柔道ではない。

 ちなみに、空手もまたオリンピックでの公式競技になろうとする動きがある。結局、スポーツになると、やることは最後はオリンピックで試合をすることのようだ。日本柔道の誤りを空手もまた繰り返そうとしている。

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国際柔道は柔道ではない

 北京オリンピックの柔道の試合を見て、毎度、思うことであるが、国際柔道は柔道ではないなと私は思っている。何でまあ、柔道がこんな姿になってしまったのか、ということと、全世界の人々が、「これが柔道なのだ」と思っていることを考えると怒りすらこみ上げてくる。

 もともと、柔道がこうなってしまったことは、大きな枠組みで考えると、明治の時代に、嘉納治五郎が柔術から柔道をつくった時から始まっていたとも言える。しかしながら、それでは嘉納治五郎が悪いのか、講道館が悪いのかというと、そんなことは一切なく、今日の柔道は、なるべくしてなったとしか言いようがないものがある。

 しかし、国際柔道がこうなってしまったというのは、これは「なるべくしてなった」とは言えないであろう。とりあえずまず、立っている状態での手で足を掬う行為は禁止とすべきである。それと投げられたら素直に受け身を取ること。投げられまいとして、もがく姿を見ていて見苦しい。投げられた時、いかに見事に受け身をとるかということは、実はものすごく大切なことなのである。それから、審判員の眼とか、ポイントをかせぐとか、そんなもん一切意識することを禁止としたい。いや、それは試合なんだから当然だろと言うかもしれないか、国際柔道の試合って、そうしたことが多すぎるのである。いずれにせよ、国際柔道の試合ルールには理解し難いことが多い。これは柔道ではない。

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June 01, 2008

『トム・ヤム・クン』を観る

 今、最も注目すべきアクション俳優は、タイのトニー・ジャーであることは、そっち方面の人々の間では常識であると言ってもいいことであるが、このトニー・ジャーの主演第二作目の『トム・ヤム・クン』について、あーなんかそういう映画があったな程度のことしか記憶になかった。第一作目の『マッハ』は見ているが、見た当時は、今のように武術にそれほど思い入れしていない時だったので、こりゃあ、すげえアクションだ、と思ってそれでオワリであった。

 最近、アクション映画でスタント専門にやっている人たちのブログをよく読んでいるけど、その中でトニー・ジャーの『トム・ヤム・クン』はとにかくスゲエと書いてあって、そーか、そーだったのかと、さっそくYoutubeで見てみると、これは確かにスゲエ、のであった。

 話は少し変わるが、関節技というのは、かつての武術の中で大きな意味を持つ技である。しかし、柔道は柔術から柔道になった時に関節技がなくなってしまった(訂正します。講道館柔道にも関節技はあります)。それから、空手には関節技はない(と言っていいかどうかはいろいろあるが、とりあえずない、とする)。今の日本の武道で関節技があるのは、合気道と、その源流である合気柔術である(くどいようであるが、柔道にも関節技はある。)外国の格闘術で言えば、寝技での関節技を多用するのはブラジリアン柔術であろう。逆から言えば、今の時代に古流にあった関節技を見ることは、それほど難しいということなのである。

 そういうわけで、関節技について、漠然というかぼぉーと考えているのであるが、Youtubeで『トム・ヤム・クン』のいちシーンを見て驚いた、というか感動してしまった。見事な関節技なのである。特に、相手の蹴りをああ捌くというのは、生まれて始めて見た。ここのシーンのことは、DVDの特典で、アクション指導監督がインタビューで語っている。

 ここのシーンのアクションは、これまでにないものにしたいという監督の希望があって、トニー・ジャーが古式ムエタイの先生になにか技はないかと尋ねたという。そこで、今は使われていないが、古いムエタイには象の型を使った関節技があると言われ、トニー・ジャーはその型を学び、さらに自分で工夫をして新しい関節技を考え出したそうだ。なるほど、確かに、あの手の動きは象の鼻に似ている。それにしても、シャム拳法というのは、象の動きからも学ぶということに驚く。中国拳法もそうなんだけど、とにかくまあ、アジアの格闘術というのは、動物や昆虫の動きから学ぶんだよなあ。

 とにかく、この40人以上はいる相手に片っ端から関節技をかけていくシーンと、1台のカメラが途切れることなく長回しで、フロアーを登りながら次々と敵を倒していくシーンは、アクション映画の歴史に残る名場面と言っていい。これほどの見事な映画でありながら、この映画のことがあまり知られていないのはタイの映画だからなのか。

 この映画での中国に対する見方も興味深い。密猟、密輸、人身売買、海賊版DVD、そして珍味嗜好と、中国が徹底的に悪い連中になっている。タイから見た中国のイメージがわかっておもしろい。こんなこと、日本の映画じゃできないよなあ。

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May 01, 2007

呉京を応援しよう!!

 日本ではあまり知られていない、李連杰(ジェット・リー)の後継者と呼ばれる中国の功夫アクター呉京(ウー・ジン)くんを応援しよう!!

 中国の功夫アクターは、大きく分けると中国拳法を道場や専門機関で学んだ武術者出身と、映画のスタントマン出身に分けられて、前者で有名なのが李小龍(ブルース・リー)、李連杰、甄子丹(ドニーイェン)。後者で有名なのが成龍(ジャッキー・チェン)だ。で、さらに言うと、功夫映画での拳法は南派がベースになっている。これは南派の方が映画ウケするというか、動きが直線的でリズム感があるからだ。洪家拳や詠春拳などがそうだ。これに対して、北派である少林拳や太極拳や八極拳は動きが円形であって、どこで始まって、どこで終わるのか、端から見ているとよくわからないので、あまり映画ウケはしない。しかしながら、ホントーの格闘術つーもんはそーゆーもんなんだと、北派の拳法を学ぶワタシはそう思う。

 そこで、北派の拳法を演じることができるのは、映画『少林寺』でデビューした李連杰ぐらいだなと思っていたが、李連杰と同じく北京生まれの北京体育大学卒であるためか、呉京くんも少林拳や太極拳の動きが巧みなのだ。このへん、香港のアクターとは違う。ちなみに、呉京くんは、小雪の弟かと思う程、顔がよく似ている。だから、応援するってゆーわけじゃあないけど。

 YouTubeで少しだけ見ることができる中国のテレビドラマ『太極宗師』は、楊家太極拳の創始者の楊露禅がモデルである。ここでの呉京くんの動きは、楊式ではなく、楊露禅が学んだ陳家太極拳の動きに近い。この套路のシーンはカッコよくて、オレもいつの日か中国へ行って、天安門広場とかでやるぜコレを(笑)。

 この『太極宗師』は、ダイジェスト版がDVDになっていて、日本語字幕版も出ている。でまあ、これを見たわけなのだけど。このドラマがすごくよくて、青年ヨンの拳法修行の物語で、この手の話でお決まりの、お師匠の娘とのラブコメ(笑)もあっておもしろい。ちなみに、この陳師父を演じているのが、映画『少林寺』でも出ていた于海さんですね。この人は、本当の武術者の人です。このドラマの中で、于海さんのやる太極拳の推手を見て、そうか本当はあそこまで大きく動くのだなと思った(わからない人、意味不明)。日本の女忍者と戦うシーンは、こんな忍者はいないと思いつつも楽しめる。監督は、あのユエン・ウーピンなので、いやあ動きがカッコいいスね。

 日本では、中国の武侠ものは、知る人しか知らないマイナーなジャンルではあるが。アジアの中華圏では、誰もが知っているメジャーなジャンルである。日本でもメジャーになることを望んで(うーむ、なるであろうか)、呉京くんを応援しよう!!

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November 19, 2006

別ブログを立ち上げました

 中国拳法、武術、東洋思想、意識、身体、自然食品、エイジアン・ポップなどについて、別のブログを立ち上げました。「武徳大観」というブログです。それらのテーマについては、そちらに書くことにします。拳法修行日記みたいなものです。

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November 01, 2006

はじめの一歩

 とーとつですが、武術の修行をしたいと思った。それも中国拳法である。

 日頃の運動不足がたたり、歳も歳ということで、非常に体調がよろしくない状態になってしまった。このままではイカン、なんとかしなくてはならない。というわけで、拳法の道場に通い始めました。

 これまでフィットネスクラブに入会しては、入会当時は足繁く通っていても、やがて行くのが面倒になって、ただひたすら会費を毎月払っているだけの状態になり、やがては退会するパターンをなんどか繰り返してきた。結局は、生活習慣病は変わらずのままであった。

 これは、なぜこうなるのか。先日、ひさしぶりに読み返した中国拳法を学ぶ少年の物語であるマンガ『拳児』に「西洋のスポーツでは、心と気を鍛えることができない」という言葉があり、そうか、これかと思った。心と気を鍛えなきゃあいかんのであった。東洋医学で「からだ」を考えなくてはならない。

 というわけで、さすがにこの歳でケンカに強くなろうとは思わないので、内面から鍛えたいということで内家拳の太極拳を始めることにした。僕は小学生から中学にかけて、空手や剣道をやっていて、高校生になったら極真会に入門して、将来は空手家になろうと思っていた時期があるのであるが、そうした人生を歩むことなく今日に至っている。いずれにせよ、あの頃以来の初心から始める武術修行になる。中国拳法を一から学ぼうと思う。中国について学ぼうと思う。

 40の手習いだな。

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