アメリカのパリ協定離脱
トランプ大統領は1日午後、地球温暖化対策の国際な枠組みである「パリ協定」から離脱すると発表したという。
以前、2006年頃から、温暖化はないとか、温暖化はウソだとかいう声が数多く聴かれるようになった。いわゆる、温暖化懐疑論・否定論である。最近、そうしたものをほとんど目にしなくなったように思う。あれは一体なんであったのであろうか。
人類が文明を構築し始めてから現在に至るまで、地球環境の及ぼした影響は膨大なものであり、特にヨーロッパで発生し、後に全人類規模に拡大した産業革命以降、人類の活動により二酸化炭素(CO2)等の温室効果ガスが大気中に増加し続けてきたことは疑う余地のない自明のことである。ようするに地球温暖化懐疑論・否定論の人々は、この人類の文明史の営みを否定するものであり、非科学的であることを通り越して、ただのバカなのであろう。
よくある温暖化懐疑論・否定論の中に、現在、地球は温暖化しているのではなく寒冷化しているのであるという声がある。なにをもって、またどのような地域とタイムスパンの現象に基づいてそういっているのかを調べると、寒冷化しているとしても局地的な現象であり、全地球的規模で温暖化しているという地球温暖化に対する反論になっていない。ここで基礎的なことを言えば、地球全体が温暖化することにより、ある地域では寒冷化することはある。重要なのは、気候がこれまでとは違う姿になるということであり、地球温暖化と気候変動あるいは異常気象は深く関連している。
にもかかわらず、当時は「こんなに寒くなっているのだから温暖化などあり得ない」とかった程度のレベル低い話が多かった。たとえ全地球的規模で寒冷化がこれから起こるのであるとしても、1万年のオーダーで言うのならばその可能性はあるかもしれないが、地球温暖化は現在ことをいっているのであり、1万年後の先の話をしているのではない。地球温暖化への懐疑論はもはや成り立たないのである。
そうこうしているうちに、いつの間にか、地球温暖化は当然のことであるかような世の中になったようだ。あの産経新聞ですら3日の「主張」で冒頭に「米国が地球環境問題で示す2度目の不誠実である。身勝手に過ぎる振る舞いだ。」と書いている。あのいつも対米従属の産経が、だ。
今日では、地球温暖化は社会的に確定した事実であるといってもいい。であるのならば、この合衆国大統領はなぜパリ協定からの離脱を述べているのか。トランプは、温室効果ガス排出量削減による経済活動の制約や途上国への温暖化対策の支援、さらには中国の温室効果ガスの排出増やインドの石炭生産増加は認められている(べつに「パリ協定」はこれらを認めているわけではない)ことへの不公平感を述べている。ここに一貫として見られるものは、「パリ協定」に従うことで、自分たちは不利益を強いられているという考え方である。
「パリ協定」の目標は、今世紀末までに人類の活動による温室効果ガス排出量を実質ゼロにすることである。これが可能であるのだろうかというと、かなり難しい目標であると言わざるを得ないが、それでもとにかくこれを目標として掲げている。
この目標を支える倫理的な基盤として、温室効果ガスを多く排出しているのは、人類社会の一部の国々であるのに、異常気象による被害を被るのは温室効果ガスを多く排出している国々だけではなく人類社会全体であるということへの憤りのような心情がある。気候変動で最も深刻な被害を受けるのは、海面上昇により国土がやがて水没してしまう小島嶼の国々や、干ばつにより深刻な食糧不足になるアフリカの国々なのである。こうした人々の生存権や人権を奪ってまで、先進国は温室効果ガスを排出し続ける権利はない。逆から言えば、地球温暖化は、それほど事態が深刻になってきたということなのだ。この倫理は「気候正義」(Climate Justice)と呼ばれている。
21世紀になり、ようやく人類は、環境問題において国ではなく、人類というひとつの集合体で繁栄や生存を考えるようになってきた。日本ではそうではないが、欧米ではこの倫理はかなり浸透している。
もう一つは、大量の温室効果ガスを排出しなくても経済成長を可能にする、低コストで安定性のあるクリーンエネルギーの技術が実用化され始めてきたということが挙げられる。テクノロジーの進歩が「脱炭素」(decarbonization)を可能にすることができるようなったということである。石油や核廃棄物を生み出す原子力に変わる、新しいエネルギーの研究開発に各国の政府や民間企業が関心を持つようになってきている(なぜならば、「脱炭素」のテクノロジーは石油や原子力に変わる新しい利権になるからである)。
これからのエネルギー政策を考えると、いやでも「脱炭素」を無視することはできない。どちらが儲かるのかという話になった場合、「脱炭素」の方が儲かるということになれば産業界は雪崩のように「脱炭素」に舵をきるのであろう。
実際のところ、今回、トランプが「パリ協定」から離脱するといったところで、なにがどう変わるわけではない。発効から3年間は離脱通告ができないなどの規定があるため、アメリカが実際に離脱できるのは、トランプの大統領任期終盤の2020年11月頃になるとのことである。次期大統領選挙では、トランプが決定したアメリカの「パリ協定」の離脱の是非は争点のひとつになるであろう。
もちろん、だからと言って楽観視することはできない。つい最近まで、温暖化はないとか、温暖化はウソだとかいうことを言っている人々はいたのだ。今、そうした声を聴かなくなったのは、(何度も繰り替えすが)地球温暖化は社会的に確定した事実になったからであり、温暖化懐疑論・否定論者たちが科学をきちんと理解できるようになったからではない。デマゴーグに扇動される者たちはいつの時代にも存在する。その意味では、地球温暖化への対策とともに、アメリカの大統領がこういうことを言う世の中であるということが危機的なことなのである。
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