日記・コラム・つぶやき

December 28, 2019

香港を考える

 香港について、ぼんやりと考える。

 1997年7月、香港は中国に返還された。返還された先の中国とは、中華人民共和国である。

 もともと清朝の版図であった頃や大英帝国の領土だった時の香港の人々は、これほど自由や民主主義を唱える人々ではなかった。それがかくも自治の意識を持つようになったのは、今の中華人民共和国の政治スタイルのためではないだろうか。大清帝国も大英帝国も、香港に対しては、いわば「ゆるい」統治を行い、支配体制への直接的な反抗をしないのであるのならば、およそなにをしても関知しない支配だった。ところが、今の中国政府は香港を大陸中国に同質化させようとしている。香港がこれに抵抗するのは言うまでもない。

 香港は、香港でなくなることに抵抗しているのである。思えばかつて大日本帝国は、日韓併合をして朝鮮の人々を無理矢理に皇民化させようとしたが、その同じようなことを大陸中国は香港に対してやろうとしている。日本を行ったこの誤りを、中国も繰り返そうとしている。

 今の中国には、かつての清朝や大英帝国のような統治ができない。清朝は満州族が建国した帝国である。漢族とは異民族である彼らは、漢族の帝国であったそれ以前の中華帝国の資産を継承することについてこれを尊重し、清は漢族の文化の国でもあることに努めた。中国とは異質な文化の集合体であり、異質なものを異質なものとして受け入れ、なおかつ帝国としての統合性を保つことが、実は中国という広大な大地を統治することにおいて最も重要なことであることを、遊牧の異民族である彼らはよく知っていた。

 今の中国がこうした統治形態をとることができない理由を簡単に一言で言うのならば、そもそも中華人民共和国という国の建国の理念にはそうしたことが入っていないからだ。習近平の言う中華民族の偉大な夢というビジョンは、かつての戦後日本の高度成長期の社会ビジョンとさほど変わることがない。

 清朝の次の支配者である大英帝国については言うまでもない。極東の遠いアジアのことなどよくわからず、大英帝国の植民地の要であるインドと比べると、統治しているのかどうかもさだかでない極東の植民地が香港であった。

 香港にはこの歴史的な「ゆるさ」がある。そして、今消えようとしているのが、この「ゆるさ」の中で育まれてきた様々なものだ。民主派は自由と民主主義という理念を求めるが、親中派は経済的安定と繁栄を求める。確かに理念だけでは、人々は生活をしていくことはできない。しかし、その一方で香港が香港でなくなり、大陸と同化してしまうことを望む香港人は大多数ではないだろう。

 だからといって、香港にせよ台湾にせよ、民主派・反中国派の政治勢力が主流になってしまうのは危険である。民主派と親中派の双方がいるのが、あるべき姿であり、そのバランスの上に立って北京と対等に渡りあえる指導者が出てくるのが望ましい。香港は香港であるが、同時に中国の香港でもあることは否定できない事実なのである。

 そのためには、反中でなければ親中でもない。民主主義の香港でありながら大陸との良好な関係を保つ「一国二制度」の本来のあるべき姿とは、このようなものであるという思想なりビジョンなり政策なりが必要なのである。それを作り出し得るかどうかに、今後の香港の行く末があるのだろう。

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November 24, 2019

「中国化」する世界

 今日11月24日の東京新聞の【社説】「週のはじめに考える ミイラ取りの未来」は興味深いものだった。

 社説は次の文から始まる。

「三十年前、中国の経済規模はまだイタリアの半分ほどでした。それがどうでしょう。その後、飛躍的成長を遂げ、二〇一〇年には国内総生産(GDP)で日本を抜いて、今や世界第二位の経済大国。大ざっぱに、まずは安い賃金と豊富な労働力が国外からの投資を引きつけた「世界の工場」として、さらには巨額のインフラ投資と国内消費の伸びに支えられた「世界の市場」として、グローバル経済に確固たる地位を築いたのです。」

 中国はこの先どうなっていくのかということについて、あの広大な国土で、今の共産党一党独裁体制がこのまま続いていくわけはないという声が多い。非民主主義国である、言論の自由はなく、人権が無視されていることは、経済成長と共に解消されていくであろうというのが数多くの声であった。

 ところが今現在、そうはなっていない。これほど中国経済が巨大になっても、中国は依然として共産党一党独裁体制の国である。民主主義であることや、言論の自由があることや、あらゆることにおいて人権が厳守されるということについてほど遠い国である。

 それは「西側」に責任があると東京新聞の社説は書く。

「一つは「西側」に責任がありましょう。経済発展の援助をカードに、民主化を促す策を放棄した節があるのです。「金に目がくらんで」と言えば言い過ぎだとしても、「世界の工場」をせっせと利用して低コストの恩恵をむさぼり、「世界の市場」の購買力に耽溺(たんでき)するうち、人権状況などを批判する口数は減り、民主化を迫る声が小さくなっていった感は否めません。」

「西側」の政府や企業は、中国でビジネスを進めていくことや中国と提携して事業を行っていく上において、民主化や人権問題には目をつむってきた。経済のグローバリゼーションの話と正義や倫理の話は別扱いになっている。

 そして社説はこう書く。

「結果、独裁的体制と強大な経済力が併存する大国が出現したわけです。それどころか、議論や手続きに時間もコストもかかる民主的体制より、独裁的体制の方が競争力を持つ面もあらわになってきているのですから、やっかいです。」

さらに重要なことは東京新聞の社説が言うように、いわゆる自由主義諸国、アメリカやヨーロッパや日本などの国々で「市民的自由や多様性や寛容などの価値観減衰、民主主義の退潮」が見られるようになったということである。

 社説はこう書いている。

「しかし、あらためて「西側」に目をやると奇妙なことにも思い当たるのです。
 米大統領は人種や宗教による差別的言動を繰り返し、批判は「フェイク」呼ばわりしてメディアを攻撃する。自国主義に耽(ふけ)り、経済力と軍事力を誇示して多国間の協調やルールを傷つけています。
 わが国の宰相も民主主義の基盤たる国会での議論を軽んじ、異論を敵視する傾向が明らかですし、一方で、与党政治家の街頭演説をやじっただけで警察に排除されるといったことも起きています。また、欧州で台頭するポピュリズム・極右勢力には排他主義の主張が目立ち…。
 どうでしょう。総じて「西側」の中で、市民的自由や多様性や寛容などの価値観減衰、民主主義の退潮が見て取れないでしょうか。」

 「西側」諸国は、今や国家が国民を監視し統制する社会になりつつある。ようするに「中国化」しているのである。そして、この「中国化」に対抗しているのが、実は中国の内部の香港に若者たちなのであると書く。

「「西側」は中国を変えようとして変えられなかったばかりか、中国を利用し依存し続けるうち“中国的”に変質させられ始めている-。そう見えてならないのです。脅威というならむしろ「こっち」が「あっち」の色に染まりかけている点に、より切迫した脅威を感じます。このままだと、私たちの未来は…ミイラでしょうか。
 今、最も鮮明に、言論の自由、法の支配など民主主義を守るべく必死で「中国化」に抗(あらが)っているのが、他ならぬ中国の内部、香港の若者たちであるというのは皮肉といえば皮肉です。彼らを孤立させるわけにはいきません。」

 これはまったくその通りであって、我々は今、ある側面において、中国やロシアや北朝鮮と変わらない国に向かいつつある。どのような政治形態の社会であっても、社会というものは放っておくと国家体制による統制された社会になる傾向がある。そうなっていくということは、国家権力や社会体制の必然なのである。だからこそ、国家や社会を広く客観的に見る視点が必要なのである。なぜ社会には自由や多様性や寛容が必要なのか、という基礎中の基礎の根本的な認識が著しく衰退した世の中になっている。

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September 15, 2019

ネットはこの国が劣化していくツールになった

 ネットが普及をして誰もが発信できるということが、これほど世の中を劣化させるとは思っていなかった。もともとインターネットは、全米の大学や研究所をつなぐ通信網だった。いわば科学者や技術者たちの通信技術だった。彼らがネットを使ってなにを会話しているのかと言えば、当然のことながら自分の仕事のことであり、それは学術情報であり、科学であり工学であった。いわばある決まった枠内の中で、ある水準以上のコミュニケーションが行われていたのである。

 インターネットが一般社会に公開された初期の頃は、このネット観の延長線上にあり、社会全体が高度な知的付加価値をもった情報の発信を誰もができる世の中になると思っていた。発信できるということは、価値のある発信をするということであり、それは価値の発信を創るということだったはずだ。

 しかしながら、そんな世の中にはならなかった。

 かつてアメリカでネットが本格的に普及し始めた頃、人々は本をよく読むようになったという記事を読んで、その通りだなと思ったことがある。ネットで発言をするには、それなりのしっかりとした知識の裏付けがなくてはならないからである。しかし、この時代はアメリカでもネットをやる人はまだ良質な人々だった。その後、ネットが当然のインフラになり、誰もがものを言うことができるようになると、フェイクや差別や憎悪が蔓延するネットになってしまった。今の時代は、誰もがニュースについて述べるようになった。誰もが情報を発信できるということが、世の中の言論を低下させることになっていった。劣化というか、これまでそうであったものが表面化し、流通するようになったのである。

 例えば、嫌韓についてである。大多数の人々が明治以後の日本と朝鮮の歴史を正しくきちんと学べば、嫌韓や反韓が主流になっている世論になるわけはない。ネットには近現代史の言及が多いが、それらは低レベルでバイアスがかかったものが多く、正しい歴史の理解や解釈に基づいたものではない場合が多い。

 ネット社会で必要なことは、「学ぶ」という個人の資質であり、教育体制の充実なのである。本来、ネット社会になるということと、教育体制の拡張は不可分の関係にあり、小学校から大学の教育もさることながら、学校を卒業した後も生涯にわたって学び続けるリカレントな教育環境をつくることが必要なのである。それがないと社会は、どんどん劣化していく。

 悪貨は良貨を駆逐するという言葉があるように、ネットの世界でも低レベルの発言が正しい発言を駆逐する。ネットは今や、この国が劣化していくツールになってしまった。

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August 12, 2019

れいわ新選組を応援したい

 今回の参院選は、戦後二番目の低投票率だったという。毎回の選挙の度に、結果が夜から翌日にかけて暗澹たる気持ちになるものであり、今回もまたそうだった。

 投票は選挙区、比例区、ともにれいわ新選組に投票をした。なぜ山本太郎を応援するのかと言えば、山本太郎が言っていることは「正しい」からである。今のこの国の政治において、山本太郎は最後の希望だと思う。

 枝野さんが立憲民主党を立ち上げた時、大いに期待をしたが、結局、立憲民主党は以前の民主党と同じような姿になっている。共産党は言っていることは「正しい」のであるが、無党派層は共産党には投票しない。共産党の強さは支持組織があるということと、共産党の言っていることが「正しい」ことがわかっている人が共産党に投票するということだ。政治をよくしらない人々、支持政党はないフツーの人々、政治に関心がない人々は共産党には投票しないであろう。共産党は、大規模な大衆支持を得るのは難しい。

 その一方で、れいわ新選組は無党派層を相手にしている。れいわ新選組の重要さのひとつはここにある。この国の大多数の人々は支持政党などはない、普段は政治に無関心な人々である。この人々に関心を持たせ、選挙で投票をするようにすることから始めなくてはならない。どれほど正しいことを言っても、無党派層の心に届かなくては投票にならない。投票にならなくては政治は変わらない。そのためにはどうしてもアジテーターが必要であり、ポピュリズムに踏み込まざる得ない。山本太郎はそれができる唯一の人だ。

 山本太郎を批判する人々の中に、山本太郎はポピュリズムであり、きちんとした論理基盤のある政策がないという声がある。しかしながら、もはやそういうことを言っている状況でないと思う。ポピュリズムであろうとなかろうと、右派のポピュリズムの上に成り立っている政権の国の未来の展望もなにもない状況を左派的なポピュリズムでひっぱたいて変える必要がある。

 上に山本太郎が言っていることは「正しい」と書いたが、必ずしもまったく正しいというわけではない。山本太郎は過激でラディカルなことを言っているのであり、そうしたことを言うことで考え直す機会が生まれる。

 消費税そのものを廃止することはさすがに暴論だとは思う。問題であるのは消費税があることではなく、その使い道が不透明で、当初言われていた全額が社会保障費に使われるという使い方になっていないということだ。そもそも、消費税を廃止するとどうなるのか、なにがどう困るのか。消費税を必要とするのならば、割合はどれだけが良いのか。使い方を監視するにはなにをどうすれば良いのか。そうした根本的なことが踏まえられておらず、ただズルズルと消費税制度があり、一方的に割合が高められているのが現状だ。ここで一度、ゼロから考えなおす必要がある。

 それでも消費税をなくして国家予算が足りなくなるのならば、これまでもそうしてきたように国債を発行すれば良いと山本太郎は言っているが、これは果たしてそれで良いのかどうか考える必要はある。いわゆる現代貨幣理論(MMT)には、数多くの問題点があり、とてもではないがこれが通るとは思えない。また、MMT論の論じる財政と日本の財政は同じではない。

 むしろ必要なのは、新産業の育成と雇用の創出だ。充実した教育と知識産業の創造である。このへんについては、山本太郎はあまり触れておらず、いわば緊急の措置としての富の再分配が強調されているが、その先のそもそもの富の創出については述べられていない。れいわ新選組は、これからこの分野の政策を深めていく必要がある。

 住宅を安くするということは、昔から大前研一さんが言ってきたことである。住宅を安くし、可処分所得を増やして消費を上げることが必要だ。奨学金の返済をチャラにするということも必要だ。教育の設備や質を高めるには時間がかかる。今すぐできることは奨学金を返済不要にして、若い世代の奨学金返済の負担をなくすことである。災害へ対策は中国・北朝鮮の脅威がどうこうということ以上に必要なことであり、今や国の安全保障とは軍事よりも災害対策の方が重要な課題になっている。

 山本太郎は、今回の選挙では自分の政党を立ち上げて強烈なインパクトを残した。2つの議席の獲得は、れいわ新選組は公職選挙法上での政党となった。山本太郎は自分の議席は失ったが、政党の代表として野党の党首会談や、幹事長会談、国対委員長会談、政調会長会談などに出て発言をすることができるようになった。つまり、これからテレビで、他党の党首・代表の前で、れいわ新選組の代表として発言が流れるということである。これまで街頭演説で語られてきたことが、テレビの視聴者へ流れる。これがこの先どのようになっていくだろうか。れいわ新選組を応援したい。

 

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June 23, 2019

香港の200万人デモ

 今月9日、香港で中国本土への容疑者引き渡しを可能にする「逃亡犯条例」の改正案に反対する大規模デモが香港で起きた。

 主催者側発表によると103万人が参加し、この時点で1997年の中国返還以後、最大の政府抗議デモになったのだが、さらに16日のデモは参加者200万人以上に達し、返還後のデモ最大規模の記録を更新した。21日現在、デモの要求は条例案の撤回であるが21日現在、「逃亡犯条例」の改正は延期はされたが撤回・廃案にはなっていない。数千人の学生らは市内の警察本部を包囲し、デモ隊は政府本部庁舎周辺の幹線道路や一部庁舎も占拠したという。デモは続いている。

 この返還後史上最大規模の香港市民の抵抗は、香港市民側が完全に勝利することで終わるかどうかは難しい。「逃亡犯条例」の改正案が完全に廃案になったわけではなく、鄭月娥行政長官が辞任するようなことにはなっていない。当然のことながら、香港は中国であり市民の意思が行政に反映されることはない。

 デモが要求している林鄭月娥行政長官の辞任は中国政府がそれを認めなくては通らない。北京は林鄭月娥が行政長官であり続けるとしているという。このへんが今後どうなるかであろう。北京政府は国内では当然のように行っているデモ鎮圧のための大規模な武力介入は、香港に対しては国際世論と台湾への悪影響になることはよくわかっているのであろう。

 今、香港は急速に「中国化」し続けている。このことに対して、香港の人々は香港がこれまでの香港でなくなることに対して抵抗の運動を掲げている。ただし、とここで考えてみたい。香港が中国になる、香港が今までの香港ではなくなるということは、1997年に香港が中国に返還された時に十分に予想できたことなのではないか。大局的に言えば香港は中国化から逃れることはできない。しかしながら、それでもやる、というのが今の香港の人々なのであろう。

 もともと香港は清朝中国の広東省の「いち地域」に過ぎなかった。清朝は1842年の南京条約と1860年の北京条約によって九竜半島の先端と香港島をイギリスに割譲した。さらに1898年に99年間イギリスが租借するということになった。この時代の通念では99年租借するということは、もはや永遠にイギリスの植民地になるということであった。大英帝国は香港を植民地としたわけであるが、香港のすべてを直轄統治したわけではなく、ある種、管理すべきところは強権を持って管理したが経済は自由放任であった。一方、大陸の側も1949年に中華人民共和国を建国した時、人民解放軍は深圳にまで来たが香港に侵攻することはなかった。ここで香港を取り戻すよりも、外貨の獲得や国際情報の収集、さらには国際世論を鑑みそのままにしておいたようだ。この点を見ても、北京政府は香港をどのように捉えているかがよくわかる。中国は香港を香港の利点を残しながら、長期的な時間をかけて中国に組み込もうとしている。

 そもそも今の返還後の香港の基本法は、北京の全人代が定めている。返還後の香港の「中国化」は避けることはできない。「一国二制度」は2047年で終了の期限になる。今や大陸の方が経済的にも強くて大きい。今の日本人に感覚からすれば「中国化」した方が経済的にいいじゃん、なにが不満なのという考え方になるだろう。

 しかしながら、それでも彼らは「自由」と「民主化」を求める。その理由のひとつとして今の香港人は香港人としてのアイデンティティーを持っていることが挙げられるだろう。返還時に海外に逃げることができた人々は出て行ったのであり、今の香港にいる人々は望むと望まざるとに関わらず香港にいる人たちだ。香港のことは香港人が決めるということなのだろう。

 今回、香港を考える上で岩波新書の倉田徹、張彧暋著「香港 中国と向き合う自由都市」を読んだ。この本は去年の7月にドキュメンタリー映画『乱世備忘 僕らの雨傘運動』を見た後で買って読んでみたのであるが、読み終わって「なるほど」で終わってしまって内容についてはまったくアタマに残らないままであった。

 再度読み直してみて内容がしっかりと理解できた。やはり本は何度も読まなくてならない本もあるものである。雨傘革命とはなんであったのかを考えることは、今回の香港のデモを理解する上でたいへん重要なことであった。さらに言えば、今の香港の姿を考えることは、返還後のこれまでの香港はどうであったのか、返還前のイギリス植民地時代、それ以前の清朝時代の香港はどうであったのかを考えることであった。まさに歴史はつながっている。

 岩波新書「香港 中国と向き合う自由都市」の中に以下の記載があった。学生団体「学民思潮」のメンバーの周庭さんは初めての来日後、フェイスブックにこう書き込んだという。周庭さんは日本でのスポークスマンとして今回のデモについて日本に来日をして積極的に発言をしている。

「日本はかなり完璧な民主政治の制度を持っているが、人々の政治参加の度合い、特に若者のそれはかなり低い。日本に来て、私は初めて本当の政治的無関心とは何かを知った。民主国家にあって、自身が自主的であることができる、自主的でなければならないと意識していないことは、いかに皮肉なことか。「民主=選挙制度というような単純な話ではない」と言う者もあるが、まさにその通りだ。いつか私たち(香港人)が民主を手にしても、あらゆる政治的選択を議員などの代理人に投げてしまうのでは、本当に意味のないことだ。」

 周庭さんが見たこの国の「完璧な民主政治」とは、第二次世界大戦での敗戦後のGHQの占領政策によってもたらされたものである。日本の戦後政治は国際政治の冷戦構造とアメリカの関与のもとでなされてきた。大多数の人々において、政治に無関心であっても総じてたいした問題はなかった。実際のところ問題はなかったわけではなく、表面下ではさまざまな問題が発生していたが経済的繁栄がそれらを巧みに覆い隠していた。

 民主主義国家とは国民がある程度の政治的関心を持つという不断の努力を必要とする。しかしながら、戦後日本においてそれがなされることはなかった。香港では200万人のデモが起こり、我が国ではそうした行動が起きないのはなぜか。それは香港では大陸中国という明確な「相手」がいるのに対して、今の我が国は状況が多重に構造化されており、なにが問題であるのか巧みに隠されているからである。本来、そうした構造を可視化し、問題の所在を述べるのがマスメディアの役割なのであるが、それがまったく機能していない。日本は香港と比べて国民の政治的自由や人権や生存権は憲法で保障されているのに、日本の大多数の人々は政治に無関心である。この人々の無関心さは、無関心になるように作られたものであるとも言えるだろう。しかしながら、1970年代以降、人々は政治に無関心になっていったということの背景には、政治に関心を持たなくても総じて世の中は十分に「良かった」からである。今の時代はこの先「どんどん悪くなる」状況なのだ。それでいて無知のままで良いわけがない。

 いわば香港の人々はこの先も抗うことができない「中国化」の中で、それでも香港の自治と自決であることを望むという意思を持ち行動をしていく人々であり、これに対して日本の人々はグローバル巨大資本の管理と政治権力の監視の下で、無知蒙昧のまま、資本が牛耳るメディアに踊らされながら、国全体としては衰退していくという姿になっている。

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May 10, 2019

映画『主戦場』を観てきた

 先日、渋谷のイメージフォーラムでドキュメンタリー映画『主戦場』を観てきた。いわゆる従軍慰安婦問題を扱った映画だ。

 何度もここで書いていることを繰り返して恐縮であるが、私は河野談話の何がどう悪いのかさっぱりわからない。河野談話は、まっとうなことをいっている。従軍慰安婦問題については、河野談話がいっていることで、これ以上もこれ以下もなく、その通り、で話は終わると思っている。

 日韓の歴史には、慰安婦問題以外にも江華島事件や閔妃殺害事件など数多くの解明しなくてはならない課題がある。日本の朝鮮統治とは、そもそもなんであったのかという歴史的な全貌はまだ明確にはなっていない。日韓の間には、考えるべきことは数多くあるのである。慰安婦問題については、河野談話で話は終わるはずだ。

 ところが、なぜかこれで話が終わりにならない。韓国から何度も何度も慰安婦問題が取り上げられ、その都度、日本人は嫌韓感情を高める。日韓関係はますます険悪になるということが繰り返される。

 その一方で、数多くの韓国の人々は日本に観光に訪れ、数多くの日本の人々は韓国を旅行している。日韓のお互いの経済依存度は高い。韓国では日本の話題は大きな関心になり、日本ではK-POPや韓国映画のファンは多い。険悪な関係になっているのは日韓の政府だけだ。このように日韓関係の全体像は、ねじれた構造になっている。

 『主戦場』が述べる「強制連行はなかった」論のバカバカしさや、「性奴隷ではなかった」論のあまりにも人権無視の発言はその通りであり、それらを反証することは必要なことだ。しかしながら、あの時代、強制連行であったこともあれば、そうではなかったこともあったであろう、性奴隷であった者もいれば、職業としての売春婦であった者もいたであろうということにも言及すべきだとと思う。いや、そうしたキレイゴトをいっているからヘイトがはびこるのであり、ヘイトはきちんと否定すべきであるという見解があることはわかるが、河野談話にあるように「その場合も、甘言、強圧による等、本人たちの意思に反して集められた事例が数多くあり、さらに、官憲等が直接これに加担したこともあった」ということは、そうでなかったこともあったということだ。ただし、そうでなかったこともあったということで、日本は一切悪いことをしていないということにはならない。

 日本人の多くは、日韓の歴史を知らないといわれている。なぜ知らないのかというと、中学や高校の教育で教えていないとよくいわれている。もちろん、歴史教科書の記述内容については数々の問題があるが、少なくとも高校の歴史教育は明治以降の日韓関係の歴史について教えるべきことは教えていると思う。学校の現場の都合で近現代史は教えないということはあるかもしれないが、歴史教育としては教えるべきことは教える内容に含まれている。学校で近現代史まできちんと教えることや、学校卒業後も自己の教養として歴史知識を持ち続けるということは別の話である。

 高校の歴史知識を基盤として、日韓の近現代史の本を何冊か読めば河野談話のまっとうさがよくわかるし、ネトウヨがいっていることがいかに愚かしいことかはわかる。さらには韓国が日本にいっていることの極端さもわかるであろう。それで終わり、それだけですむ話であるはずだ。

 ところが、そうはならない。これはもはや歴史がどうこうという話とは別のことなのであろう。

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May 03, 2019

改憲について

 日本国憲法は日本人が作ったものではない、あれはGHQが作り、日本は押しつけられた、という声が多い。だから良くない、日本人の手で憲法を作るべきであるという声が次に続く。どこの国が作ろうと「良いもの」であれば良いと思うのであるが、いやいや、日本国の憲法なのである、日本人の手で作るべきであるという声が続く。

 当然、制定から70年以上もたった日本国憲法は改定すべき箇所は多い。全部廃止して、根本から作り直さなくてはならないかもしれない。しかしながら、憲法改正をする時間も労力も今のこの国にはない。これからこの国はどんどん貧しくなっていく。膨れ上がる社会保障費をどうするのか、衰退していく地方都市をどうするのか、教育をどうするのか、北朝鮮をどうするのか、日中関係、日韓関係どうするのか、等々、やることが山のようにあり、とてもではないが憲法改正などをやる時間はない。

 今、憲法改正は悲願だとか言っている者たちは、それだけで何を優先すべきことなのかがわかっていない、この状態がまったくわかっていない者たちであると思って良い。

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April 24, 2019

Mediumに新しいブログを開設します

 このところ本業のIT業が忙しくなり、ぼおおーと20世紀とはどのような時代であったのかとか、幕末から明治にかけてのアジア主義思想はなぜ明治政府の国策に吸収されてしまったのか、などいうことを考える暇はなくなり、ITビジネスに取り組んでいかなければならないことになってしまった。

 そこで、日頃のITビジネスを取り巻くあれこれについて文章を発信する場所として、Mediumに新しくブログを開設することにした。現時点ではまだ公開はしてはおらず、いま開設の準備をしている。

 なぜ、はてなブログやnoteではなくMediumを選んだのかというと、BloggerやTwitterなどを生み出したエヴァン・ウィリアムズが立ち上げたMediumに、インターネットの初期の精神を感じたからだ。ネットがおかしくなったのは、みんながフォロワーの数やPVの数を競うようになったからだ。

 今の時代、なにを昔のタワゴトを言っているのかと思われるかもしれないが、もともとパーソナル・コンピュータはアメリカの1950年代から60年代にかけての西海岸の思想と文化から生まれたものである。それは中央集権化していた大型コンピュータに対抗する技術であり、カウンターカルチャー運動から生まれたものだ。この精神はいつまでも受け継いていきたい。アップルのスティーブ・ジョブズもGoogleのエリック・シュミットも60年代のカウンターカルチャーの洗礼を受けて育った者たちだ。だが日本のパソコン史とそれに続くインターネットの普及とインフラ化では、そうした思想面がすっぽりと抜け落ちて21世紀の今に至っている。

 今、ネットはそのテクノロジーの発祥の地であるアメリカ以外にも広がり、全地球を覆っている。特に今後、中国が大きな意味を持ってくるようになるであろう。しかしながら、その発祥の文化と思想はもはや忘れ去られている。かつて、パーソナル・コンピュータとインターネットを創り、普及させていった人々の夢と理想は、今や情報資本主義に飲み込まれている。Mediumのブログでは、こうした21世紀の情報テクノロジーの今を考えていきたいと思う。

 もちろん忙しくなったとは言っても、この「深夜のNews」も更新頻度はさらに少なくなるとは思うが通り続けていきたい。Mediumの方は、IT関係専門のブログにしたいので、主にテクノロジーのことがメインになる。「深夜のNews」では、これまで通り誰に向かって書いているのかわからない(笑)、歴史や哲学・思想、音楽、文学、映画、経済評論などについて書いていきたい。

 というか、Mediumでまっとうな歴史学や経済学や哲学・思想のそれなりの長文を書くのは、なんかこう似合わないような気がする。そうしたものは、ニフティのココログでいいんじゃないかと思う。実際のところ、書いていくのは私自身なのであり、思考に様々な分野が入り交じっている人間である。Mediumとココログで、そうきれいに分かれるものでもないだろう。

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January 12, 2019

2019年の冒頭に思う

 このところ私はブログの執筆から遠ざかっていた。その理由の一番大きなものは、ここで世の中の事柄について書くことに、なんの意味があるのであろうかと思ったからである。

 この国はこの先、衰退の一途を辿っていく。どれだけ数多くの不祥事が起きても政権は変わることはなく続き、今のこの国は愚かしい政策を行い続けている。この国はもうダメなんだなと思う。この先、この国の国民はどんどん貧乏になる。この国は緩慢な衰退の時代になっている。そう思うと、ここで書くことはなんの意味もないことだ。それよりも、自分には読みたい本、学ばなくてならないことは山のようにある。そう思って個人的な「書くこと」からは遠ざかっていた。日本の政治、日本の経済を見ていると気分が滅入っていることがあまりにも多すぎる。TimeやBusiness weekを読んでいる方が楽しい。

 もうひとつは、高校の理科と社会をもう一度しっかりと学び直さなくてはならないと思ったからだ。基本的に教養とは、高校程度のレベルの知識のことである。高校の教科書に書いてある程度ことを、高校卒業後、生涯にわたって持ち続けていることだけで十分な教養人である。ここいらで過去に学んできたこと、学んでこなかったことを再度、というか何度も学び直さなくてはならないと思った。

 その試みのひとつとして、リクルートの受験サプリの歴史の授業が、社会人が見ても十分勉強になるということを知り、さっそく受験サプリに入会した。受験サプリは高校生や浪人生のための大学受験講座の動画配信サービスであるが社会人でも入会できる。私が大学を卒業したのはもはや30年近く前のことだ。ここで高校生になったつもりで、もう一度勉強し直そうと思ったのである。

 WEBの入会の申し込みのページに志望校を書く欄があり、そこには「国際教養大学」を記入した。不可能な夢であるが、自分がもしもう一度大学生になれるのならば、今の日本の大学では秋田にある国際教養大学を選びたい。ようするに都会の喧噪を離れた隔絶された大学で静かにじっくり本を読みたいという根本的な願望が私にはある。そういうわけで、受験サプリの世界史や文化史の動画をつらつらと眺め、高校の世界史の教科書や参考書を買ってきてページをめくり、ずいぶん忘れてしまったことがあるなと思う日々を送っていた。

 ところが、である。

 最近、本業の仕事の方で新規事業を考えなくてはならなくなった。本格的に企画を考え、表を作り、グラフを作り、プレゼンをするようになってきた。そういうことをやっていると、今の世の中のマーケティング理論や販売方法がいかに大きく変化し続けているかということをつくづく感じるようになってきた。いかに自分はそれらの分野について、知らないこと、できないことが多いかということを知らされることが多くなった。こうなってくると、のんびりと晴耕雨読の気分になっているわけにはいかなくなってきた。

 もう若くない身の上で、ビジネスの現場と真正面から関わらなくてはならなくなった。個人的には、日々の仕事をそつなくこなし、あとは遠い100年や200年、千年や二千年、1億年や2億年前のことの本を読んで、ぼおーと考えるだけの暮らしをしたいと思っていたのであるが、そうはいかなくなってきた。

 この国の政治や経済や文化の状況も国際社会も、そして情報テクノロジーもどんどん変わっている。そうした諸々のことについて、日々、我が身を省み、自分が考えることを「整理すること」「書くこと」は、自分にとって不可欠な行為である。思えば我が人生は、公私ともに自分の考えを「表現すること」ということから抜け出ることはできないのであろう。

 今後も、ここにコンスタントに書き続けることができるかどうかわからない。今の時代は、ブログというメディアはそれなりに内容がオモイものになっている。途中経過的なもの、断片的なことはブログには合わない。しかし、まとまったもの、蓄積されるべきものはブログでなくてはできない。そういうものとしてブログをこれからも続けていきたい。

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July 16, 2018

オウム真理教事件の刑が執行された

 7日の毎日新聞の社説はこう書いている。

「だが、このような理不尽な犯罪が、なぜ優秀だった多くの若者を巻きこんで遂行されたのか。その核心は、いまだ漠としている。」

 これは毎日新聞だけではなく、数々のメディアが今回の教団元代表ら7人の死刑執行についてそう述べている。ようするに、なぜこのような事件が起きたのかが明らかにされることがなく、死刑が執行されたということである。

 死刑制度の是非については、ここでは触れない。述べたいのは、あの事件がなぜ起きたのか、なぜ若者たちがあの事件に巻き込まれていったのかということが本当にわからないのないのであるならば驚きであるということだ。

 わからないと言っている人たちは、あの狂乱地価の時代のこの国が正しい状態であったと思っているのであろうか。バブルという理解不能な経済状況が、優秀だった(とされている)数多くの官僚や経済人を巻き込んで遂行されたのではないのであろうか。あの時代、オモテに出てこなかった犯罪は山のようにある。物事を短絡的に考える者たちが理不尽な犯罪行為に走ることは十分あり得たし、実際にそれが起きたということではないのだろうか。

 本来、宗教は狂気や反社会的なものを内在しているものである。今の伝統仏教は、江戸時代の宗教政策によって順化され社会的に無力、無害なものになっている。そうした既存の仏教には精神文化に関心を持つ若者を惹きつける力はなく、むしろ、狂気や反社会的なものが混在しているオウム真理教に惹かれた者は数多かったであろう。

 今の時代は、世界各地の様々な時代の宗教の知識を本やネットで得ることができる時代だ。断片的ではあるが世界のさまざまな宗教の知識とサブカルチャーのイメージの中で人間の霊性について考えていくということは今の日本の伝統仏教ではできない。そうしたことに関心を持つ若者たちの受け皿として、オウム真理教は、1980年代の日本で現るべくして現れた宗教教団だったのかもしれない。

 もちろん、だからと言ってその狂気や反社会的な教えと、それを実際の行為に及ぶということとは別の話だ。世界の膨大な数の宗教教団の大多数は、犯罪集団になることなく存続している。世界の終末を前提としている宗教は、キリスト教以外にも数多くある。東南アジアの小乗仏教は、出家することは別におかしなことでもなんでもない。また社会の側も宗教が社会秩序から大きく逸脱することをしないのならば、異質な宗教教団があることを許容し、排除することをしない。例えば、出家をして宗教の修行をするというのは、ある意味において反社会的行為であるが、その程度の「反社会的行為」を許容する寛容さのない社会は危険である。さらに言えば、オウム真理教の教団が革命とか国家転覆がどうこうとか言っていたということは別にめずらしいことでもなんでもない。そうしたことを言い、実際に犯罪を犯した政治組織なり宗教団体なりは数多くある。オウム真理教の宗教なり組織なりは、決して特異なものであったわけではない。

 この社会は、あの事件が起きた時に、あの事件の意味をしっかりと受けとめて考えるべきだった。だが、それはなされることはなく20年以上の歳月が流れた。そして、今、あれはおかしな宗教教団がやった犯罪だった。あの教団の信者たちはマインドコントロールされていた。教団の指導者と犯罪に関わった主要信者は処刑された。これでこの一件は一切終わり。「このような理不尽な犯罪が、なぜ優秀だった多くの若者を巻きこんで遂行されたのか。その核心は、いまだ漠としている。」で幕を引こうとしている。

 むしろわからないのは、チベット仏教やヨガを愛好する小さなサークル集団が、約10年で化学兵器を製造する工場を持って国家転覆を標榜するテロ教団になったということだ。当然のことながら、国内外の反社会的勢力や政治家、企業からの支援があったと思われる。なぜこれが可能だったのか。どこからどのような支援や援助があったのか。外国、特にロシアとのつながりはどのようなものだったのか。どのような政治家、企業か関係していたのか等々、そうしたことは明らかになっていない。「いまだ漠としている」のは「優秀だった多くの若者を巻きこんで遂行された」ことでなく、そうしたことが「いまだ漠としている」のである。「いまだ漠としている」というよりも、「明らかにしようとしない」というのが正しいだろう。

 オウム真理教の仏教理解は間違った解釈がある。オウム真理教の教義の原典のひとつに中沢新一の本があると言われているが、そもそも中沢新一の本をしっかりと読んでいればオウム真理教には近づかない。オウム真理教の数々の事件が発覚されて、中沢新一の本がその教義に大きく関わったと言われているが、咎められるべき相手は間違った解釈をしたオウム真理教であって中沢新一ではない。もともと仏教は、内発的な意識を主体とする。グルへの絶対的な帰依を求める密教であっても、その者、個人の覚醒が目的であり、グルが弟子の意識を操作していくものではない。

 しかしながら、そうした間違ったものが数多くある宗教教団であったが、オウム真理教には日本の宗教の新しい思想的展開の基点となりうる可能性を持っていたことは主張したい。オウム真理教がああした数々の犯罪、テロ事件を起こすことなく、その後も異端の宗教教団として存続していれば、どのようなものになっただろうかと思う。その一方で、オウム真理教がオウム真理教であるためにはああした事件を起こす必要があった、そういう教団だったと言うのならば、そうなのかもしれないと思う。

 あれから20年以上の年月がたった。オウム真理教はああした事件を起こした教団として終焉し、その後、オウム真理教についての論議はさほどされず、省みる者はほとんどいない。あの事件以後、ますます社会からは寛容性や自由度が失われ、時代に会わない硬直した社会制度だけが残る社会になってしまった。

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