September 03, 2017

北朝鮮のミサイルが「北海道の上空を通過」した

 北海道のベンチャー企業が開発した全長10メートルの観測ロケット「MOMO初号機」が7月30日午後4時頃に打ち上げられた。この打ち上げの様子は、ニコニコ動画でライブ放送されていた。ロケットの高度は目標100キロ以上であったが、30キロから40キロまでしか到達できず、目標としていた100キロ以上の宇宙空間には到達できなかったようだ。ロケットはエンジンを緊急停止し、海上に落下したという。

 100キロ以上の上空というのは、観測ロケットが飛んでいく場所なのである。この高度は、熱圏と呼ばれる地球の大気層のひとつになる。

 国際宇宙ステーションは、高度400kmの上空を飛んでいる。29日のロイターによると、「北朝鮮は29日午前6時前、首都平壌の近郊から弾道ミサイル1発を発射した。ミサイルは高度550キロに達し、北海道の上空を通過しながら襟裳岬の東方およそ1180キロの太平洋上に落下した。」という。

 国際宇宙ステーションが飛んでいるところの、さらに150kmの上をミサイルは飛んでいったのである。政府は「北海道の上空を通過した」といったが、これを「北海道の上空を通過した」というのはおかしい。北海道の上空を通過したと言っても、空を見上げて目で見える風景の中を通過したわけではない。国民に不安を煽っていると言われても否定できない。

 ミサイルでJアラートの警告が出るというものもわけがわからない。どのような基準で、なにを目的としているのか。よくわからない。では、原発関連施設については政府なにか対応をしたのであろうか。安倍晋三さんは「いかなる状況にも対応できる緊張感をもって、国民の安全、安心の確保に万全を期していく」と言うが原発にはなにも対応はしないらしい。

 日本向けのミサイル(何度も言うが、軍事兵器として使い物になるシロモノなのか大いに疑問がある)は、何年も前から配備されている。日本上空を「通過した」のは以前、1998年と2009年に東北地方の上空を通過し、2012年と2016年には、沖縄県上空を通過している。それなのになぜ、今、騒ぐのであろうか。

 しかも今回、日本に向かって撃ったわけではない。アメリカに向かって撃ったと北朝鮮は言っているのだ。ところが、とうのアメリカでは、アメリカ南部を襲ったハリケーン「ハービー」による大規模な被害の方が大きな問題になっている。アメリカに向かって「撃った」(これは撃ったと言えるのだろうか)というミサイルで、日本が大騒ぎしているのである。

 安倍晋三さんは「政府としてはミサイルの動きを完全に把握していた」と言うが、ならばなぜ不安を煽るようなことをするのであろうか。この問題を利用して国民の目を加計学園問題からそらす意図があると言わざるを得ない。

 かりにもし日本へのミサイル攻撃があったとしても、朝鮮半島と日本列島の距離では完全なミサイル防衛はできない。前から書いているが、この距離での正しいミサイル防衛とは、ミサイルを撃たせないということである。

 もちろん国防意識はなくてはならない。しかし、正しい論理的な根拠に基づいた防衛ではなくては意味がないのが軍事なのであえる。対処できるものには対処しなくてはならないが、対処できないものは対処できない。違う方法で対処することを考えなくてはならない。

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August 26, 2017

「アメリカ・ファースト」ではなくなろうとするトランプ政権

 トランプ政権は、アフガニスタンに4千人規模の増派をするとしている。

 アフガニスタン戦争は、ブッシュ・ジュニアが始めた戦争だった。公式の戦争の理由は、アフガニスタンを支配せていたタリバンがオサマ・ビンラディンの身柄を匿ったためというものでる。では、特殊部隊を使ってオサマ・ビンラディンをすでに殺害した現在、戦争を続ける理由はなんなのであろうか。

 トランプは、選挙期間中、オバマのイラクやアフガニスタンからの撤退政策が結果的にISの出現と台頭を招いたものとして批判をしていた。そして、アメリカは中東からの撤退をしないかのようなことを言っていた。トランプはアメリカの直接利益にならない派兵はしないと言い、その一方でアメリカの威信を低下させないとして中東に介入し続けるとしていた。このへん、大きな矛盾がある。大きな矛盾があるのであるが、トランプが大統領になってしまった。

 現代の戦争は、国の正規の軍隊だけが行うのではなく民間の軍事会社も行う。4千人規模の正規軍が投入されるとして、さらに民間軍事会社が傭兵が投入されるであろう。当然のことながら、その会社への支払いをするのは国である。アフガニスタンをどうこうするということではなく、こうした傭兵専門の民間軍事会社も含めた軍産複合体の利益がアフガニスタン戦争の目的になっている。だからこそ、オバマは、アフガニスタンをどうこうするということではなく、きっぱりとアフガニスタンから撤退することにしたのである。悪事に対して、明確にこれを遮断する以外に対策方法はないとしたのである。

 この(軍産複合体にとっては良いことであるが、アメリカ国民にとっては)悪事が、さらに続行されようとしている。

 中東への介入について、カネの面では反対であり、威信の面では介入を続行したがっていた(しかし、ホンネでは反対であった)トランプの側近中の側近であり、オルタナ右翼の首席戦略官バノンは、はっきりとアフガニスタン派兵には反対であった。バノンは中東への介入も北朝鮮への介入も反対であり、バノンの「アメリカ・ファースト」がトランプ政権の「アメリカ・ファースト」であると言ってもいい。

 このバノンが更迭され、トランプ政権から去っていった。今のトランプ政権の国防長官のジェームズ・マティス、国家安全保障補佐官のハーバート・マクマスター、大統領首席補佐官のジョン・ケリーの3人はみな退役もしくは現役の軍人である。今のトランプ政権は、異様な軍人政権になってしまった。

 何度も強調して恐縮であるが、アフガニスタンをどうこうしようというきちんとした政策なり方針なりがあるわけではない。彼らにとって重要なのは、とにかくアフガニスタンに軍事介入し「続ける」ということが重要なのである。軍産複合体の利益が重要なのであって、アフガニスタンに平和と秩序をもたらすとかいうことはどうでもよいことなのだ。かくてアメリカの意味のないアフガニスタン戦争は続いていくのである。

 これは北朝鮮についても同様である。北朝鮮への介入に反対していたバノンを更迭したということは、北朝鮮の危機を煽ることが軍産複合体にとっての利益になるからだ。ただし、北朝鮮の危機について重要なことは、本当の戦争状態に突入しないようにするということである。アメリカが北朝鮮へ直接的な軍事行動をとった場合、北朝鮮は韓国を攻撃するであろう。少なくとも、ソウルは戦場になる可能性が高い。日本への攻撃も起こり得る。中国とロシアも軍事行動をとる可能性はある。東アジアで戦争が起こることは、世界経済にとって好ましいことではない。

 従って、北朝鮮の脅威を煽り、北朝鮮への制裁活動を行いつつ、しかしながら、北朝鮮問題は一向に改善しないというのが最も望ましいということになる。特にアメリカはアフガニスタン介入をやめることはしないため、その分、北朝鮮への対応は片手間になり続ける。つまり、北朝鮮問題はこの先、なにがどう解決することはなく、このままで「北朝鮮の脅威」状態だけが続いていく。

 このことは、日本の軍事企業にとっても望ましいことになる。東京新聞によると、「防衛省は二〇一八年度予算の概算要求で五兆二千五百五十一億円を盛り込む方針を固めた。一七年度当初予算は五兆一千二百五十一億円で過去最大の要求額。」とのことである。

 北朝鮮問題が解決しないのは、このように国際政治や軍事といったこととは別のファクターがあるためいつまでたっても解決しないのだ。いわば、この「別のファクター」にとっては解決してもらっては困るのである。今、この国は北朝鮮のミサイルとやらのことで変わりつつある。ありもしない北朝鮮の脅威を煽り続けてきた者たちにとっては喜ばしいことなのであろう。

 しかしながら、戦争は公共事業であり、経済成長になるという考え方はもうやめるべきだ。本来、国家予算(というか、正しくはこれは国民の税金である)は、軍事ではなくもっと生産的な消費や投資などに使うべきものであり、軍事運用に多額の予算を使うことは、結局は長期的に見て経済成長の低下になるのである。

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August 20, 2017

森友・加計学園、北朝鮮

 いわゆる、森友・加計学園の新設に関しての忖度疑惑について、北朝鮮の情勢が緊迫しているのに、こんな些細なことで大騒ぎすべきではない、というような声が産経やネトウヨ一派から聞こえている。

 しかしながら、これは大きな問題なのである。

 森友・加計学園についての出来事を問題視しているのは、安倍晋三さんを糾弾したり、安倍政権の退陣を要求しているのではない。いわゆる反安倍だからなのではない。

 つまるところ、有力政治家の知り合いであれば、役人が忖度をして法規制の運用を融通してくれる。しかも、そのことについての記録や書類は全く残さない、証言台に立っても記憶はない、覚えていない、問題はないと言う。

 森友・加計学園問題を「こんな些細なこと」と言っている人たちは、社会常識も節度もモラルも倫理も遵法意識もない。物事を正しくきちんとやろうという意識も意思もない。あるべき政治の姿を追求しよう模索していこうという理念はなく、間違ったことでも容認するという人々である。

 なぜ、行政の意思決定の公文書がきちんと残っていなくてよいのであろうか。森友・加計学園についての出来事が問題なのは反安倍だからではなく、日本国国家の存立に関わることだからなのである。これを左翼メディアによる反安倍運動かのようにしか考えることができないということが、すでに一般的な社会常識や社会通念が欠落しているのである。

 こうした人々が、国民感情で大統領を罷免し、国家間の合意で決定されたことを蒸し返す韓国は法治国家ではないと言っているのはおかしな話だ。森友・加計学園問題を「こんな些細なこと」とするのは、自分たちの国・日本は法治国家でなくていいと言っているのである。

 それでは、彼らが重大事と称する北朝鮮についてはどうであろうか。これについてもまたお話にならないレベルなのだ。

 本当にアメリカと戦争をするつもりであるのならば、事前にどこどこにミサイルを撃つぞ、撃つぞと言って戦争を始めるわけがなく、常識で考えても実際に撃つわけではないことがわかる。かつて、この国がアメリカのハワイ真珠湾を奇襲攻撃した時、徹底的に情報を管理して行った。その国が今や北朝鮮の虚言に右往左往しているのを見ると、戦前にはあった一般的な軍事常識がなくなってしまったのであろう。

 事前にどこどこを攻めると言うなどということは、一目見ただけでたんなる脅し、ブラフ(はったり)である。

 しかるに、ミサイルが上空を通過すると指定があったということで、島根、広島、高知や愛媛の地対空誘導弾パトリオットを配置するというのは、政府の「国防をやっています」を見せるためであり、防衛省が地上配備型イージスの導入や対ステルス機レーダー試作に196億円の予算を要求するというのは、この機会に乗じての予算獲得でしかない。

 北朝鮮がどうこうするから憲法改正が必要だと言っている人は、本気で北朝鮮がどうこうすると思っているのならばただの無知蒙昧であり、あるいは、北朝鮮がどうこうするという状況を演出して、憲法を改正したいという政治的な魂胆があると思って良い。

 産経新聞によると、「小野寺五典防衛相が国会で、北朝鮮が米軍基地のあるグアム島を弾道ミサイルで攻撃した場合、集団的自衛権の行使が許される「存立危機事態」に該当する可能性があるとの見解を示した。グアム攻撃によって米軍の打撃力が損なわれれば、日本防衛にも支障がでるとの判断からだ。国民を守り抜くうえで極めて妥当な認識である。安全保障関連法は、国民の生命、自由などが「根底から覆される明白な危険がある事態」を、存立危機事態と位置づけている。」という。

 具体的に日本がなにをどうするのか。そういったことはまったく決められていない。ただ単に、産経やネトウヨ一派が喜ぶ雰囲気だけが生まれている。

 この雰囲気で、日本がアメリカの戦争に巻き込まれていく。これが新安保でもっとも危惧されたことであり、今回はそうならないようであるが、この先において危惧されたとおりのままで自体は進展していくことが、これでよくわかるのであろう。

 北朝鮮がどうこうよりも、この方がもっと問題なのである。


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May 02, 2017

第二次世界大戦で作られた国際秩序の終わり

 『ニューズウィーク日本版』(2017年5月2日号)の「特集:国際情勢10大リスク」は、なかなか興味深いものであった。ニューズウィークは(TIME誌もそうであるが)カバーストーリーがいつもページ数が少なく、内容も物足りないのであるが、今回の特集記事はそれなりに読み応えのある記事ばかりであった。

 その中でも特に考えさせられたのが、ニューズウィークのコラムニストで元CIA諜報員であったというグレン・カールのコラム「国際機関に終わりの日が迫る」(End of The Postwar order)だ。「第二次大戦の経験が生んだ米国主導の多国間主義は中国の台頭やポピュリズムによって機能不全に」なったとするコラムである。これは極めて重要なことだ。こういうことがニューズウィークのような国際誌に堂々と載るようになった。それほど、これは進展しているということであり、誰もが漠然とではあるが確かに感じていることなのだろう。第二次世界大戦で作られた国際秩序(The Postwar order)が今、本当に崩れ始めているということである。

 以下、このコラムの概要をまとめてみたい。

 このコラムでは、今日の経済と政治システムの在り方が定められたのは、第二次世界大戦が終わろうとしていた1944年に、ブレトンウッズ会議で決められたブレトンウッズ体制と、ダンバートン・オークス会議で決められた、後にサンフランシスコ会議で採択される国連憲章になる「ダンバートン・オークス提案」であるとしている。

 ブレトンウッズとダンバートン・オークスで生まれた戦後体制は、次の3つの概念的・構造的支柱から成り立っていたという。

 第一は、国際的な政治問題の解決に取り組む国際システムの構築である。これは、1945年に設立された国際連合のことだ。国連の国連憲章や世界人権宣言は、国家間の問題を解決するルールとして機能してきたという。

 第二は、国際的な経済問題を解決すべくIMFや世界銀行、WTO(世界貿易機関)の前身となる組織を創設したことである。これらの組織の目的は、貿易と経済成長の促進であり、その手段として関税や貿易に関する国際ルールを形成し、通貨安定を通じた経済成長を奨励してきたとしている。

 第三は、このコラムはこう書いている。「ダンバートン・オークス会議やブレトンウッズ会議に集まった首脳は、共有する政治・社会哲学の基盤の上に新たな国際秩序を打ち立てようとした。主権国家、国際法の支配、人権を柱とする秩序だ。」

 このコラムでは、こうした試みが(それなりの)成功を収めてきたのは、国連の「ポリスパワー」にあったとしている。国連は加盟国に、必要とあれば安全保障理事会の決議によって武力を行使できるということである。実質的には、戦後の超大国であるアメリカが「世界の警察」の役割を果たしてきた。

 この戦後体制が、もはや機能していない。国連もWTOも世界銀行も国際法も、多くの国々は従わない。アメリカは「世界の警察」の役割を自ら辞退するようになった。このコラムはこう書いている。「アメリカでも他の国々でも、今や国際機関を敵視する勢力が力を増やしている。ドナルド・トランプ米大統領は国連などへの拠出金削減を唱え、地球温暖化対策の新しい枠組みであるパリ協定など、多国間協定から離脱すると主張する。同様に、フランスの極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首や、イギリス独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージュ元党首は「自国第一」を訴えて幅広い支持を得ている。」

 シリア難民を受け入れているメルケル首相への反感も、ドイツ国内では高まっている。もはや人々は、国家間で協力して物事を解決していこうということをしなくなったと言えるだろう。

 なぜ、こうなってしまったのだろうか。このコラムでは、従来の国際機関が相対的に衰退している要因は、次の3つであるとしている。

 一つめは、ブレトンウッズ会議とダンバートン・オークス会議が開催された1944年以降、150以上もの主権国家が誕生したことである。世界にこれだけの数多くの主権国家が増え、各国が自国の利益を主張するため、アメリカが国際機関、あるいはアメリカ自国の意向に基づいて秩序を守ることは飛躍的に困難になった。

 二つめは、中国が超大国に変貌したことである。コラムはこう書いている。「国際機関や国際条約は、超大国の同意なくしては機能しない。15年に採択されたパリ協定は、米中がそろって批准したことで発効に弾みがついた。とはいえ合意が得られない場合もある。例えば南シナ海問題では、中国は国際法にもオランダ・ハーグの国際仲裁裁判所の決定にも従おうとしない。44年当時の世界秩序に基づく今の国際機関は、経済や政治、軍事力の現状をもはや反映していない。」

 三つめは、戦後の経済システム、つまりグローバリゼーションの成功が敵意を招き、システム崩壊の危機に陥ろうとしている現状があることである。コラムはこう書いている。「各地でポピュリズムが盛り上がり、グローバル化が推進する価値観を拒絶する傾向が強まり、自らの直接的な主権が及ばない場所でなされた決定に反感を募らせる人々は増えている。ポピュリズムはナショナリズムにつながり、ナショナリズムは国際機関の影響力をむしばむ。このままでは、世界は地域ごとに分割され、列強がそれぞれ影響圏と貿易圏を率いる形に再構成されそうだ。」

 結論として、これからの世界は「ブロック化」すると言う。

「アジア地域でカギを握るのは、もちろん中国だ。中国はこれからも、南シナ海問題に見られるように、多国間の取り決めを拒否して伝統的な2国間協定を選択するのか。そうであるのなら、アメリカが中国と直接対決しない限り、アジアは中国が覇権を握る経済ブロックに化すだろう。
中東では、アメリカに対抗するロシアやイランが影響力を拡大している。そのせいでシリア内戦、イラク、グルド人問題などの危機の解決に当たって、国際機関が持つ意味は薄れるばかり。国際協定の瓦解や国家対立が膨らんでいる。」

「地域内で、あるいは2国間で貿易協定を結ぶ動きは今後も続く。世界規模での経済統合は鈍化または停止し、保護主義が台頭し、世界経済の成長率は失速して生活水準は下がるだろう。」

「その先に待つのは、より地域的でより貧しい世界。変化の速度がより遅く、これまでよりもゆがんだ世界だ。」

 そして、このコラムの作者はブレトンウッズを歩き、300年前にこの一帯に暮らしていて、今はいない先住民アナベキ族のことを思う。彼らが不変だと信じたこの世界は、新しくこの地へやってきた人々によって滅ぼされたことを思いながら、最後にこう書いている。「73年前に形作られた国際体制と組織も、新たな時代の中で滅びの時を迎えようとしている。」と。

 以上がこのコラムの概要である。以下、このコラムについて私の考えを述べたい。

 まず、今の経済と政治システムのあり方が定められたのは、ブレトンウッズ体制とダンバートン・オークス提案であるとしていることは理解はできるが、さらに言えばブレトンウッズ体制による固定為替相場制は1971年のいわゆるニクソンショックにより変動相場制に変換された。この変化は20世紀末に起こる金融革命とでもいうべき金融の大規模な変革をもたらした要因の大きなひとつである。つまり、戦後の経済のあり方がブレトンウッズ体制にあるというのであるのならば、20世紀末においてすでに崩壊していた。この時点で、もはや国際的なあるひとつの秩序が金融を管理するスタイルではなくなった。金融の世界では、アメリカ中心ではなくなっていたのである。

 一方、ダンバートン・オークス提案についてであるが、実際のところは、こうした国際的な理念は第二次世界大戦ではなく、その前の第一次世界大戦の後から生まれていた。第一次世界大戦のような巨大規模の戦争を二度と起こさないように、アメリカのウッドロウ・ウィルソンは十四か条の平和原則を発表し、国際的な平和維持機構の設立を提唱した。この平和原則が、敗戦国であるドイツに対する講和条約の前提となり、1919年のパリ講和会議では連盟設立が取り上げられ、ここから国際連盟が発足した。つまり、主権国家、国際法の支配、人権を柱とする政治・社会哲学と国際秩序の構築は、第二次世界大戦後ではなく、第一次世界大戦後においてすでに試みられていたのである。しかしながら、それでも第二次世界大戦は起こり、再度の試みとして構築されたのが第二次世界大戦後の国際秩序であった。

 では、第二次世界大戦後の国際秩序は、約70年間、なぜとりあえずは機能していたのかというと、三つの理由があると思う。ひとつめは、核兵器の存在である。二つめは、グローバル経済の発展である。三つめは、地球規模の交通と情報通信の発達である。

 しかしながら、このコラムでも述べられているように、主権国家の数が増えた今日では、国際社会の利害調整は困難なものになっている。国連は国際紛争の解決はできず。WTOや世界銀行が言う経済成長は、先進国に有利な経済成長でしかなかった。これまでも、アメリカとソ連は国際法に従わないことはたびたびあった。それが可能だったのは、言うまでもなくアメリカとソ連は超大国だったからである。今ここに新たに中国という超大国が出現し、国際法に従わないようになった。そうなると、もはや国際法は「法」としての機能を果たせなくなってしまった。

 アメリカは依然として世界最強の核攻撃力を持つ国であるが、そのアメリカの影響力が通じないようになった。もはや核兵器を持つことが、国際社会で強い影響力を持つことではなくなっている。さらに経済はグローバルにリンケージしているため、戦争をすると世界経済に膨大なダメージを与えるようになった。そう簡単に、戦争ができるようにはならなくなったのである。

 情報テクノロジーの進歩が、インターネットを出現させたことも大きい。いまや既存のメディアの管理にされない独立したメディアを、一般の個人やグループや市民が持つことができる。トランプにせよ、ルペンにせよ、あるいはイタリアの五つ星運動にしても、みなネットを積極的、戦略的に使用している。もともとアメリカの軍事テクノロジーとして誕生したインターネットを全人類に普及させようとした者たちの理念は、ネットにより人々が地球市民の意識を持つことであった。しかし、今日の現状は、過激な宗教集団や排他的ナショナリズムや民族主義者の団体の有効な情報ツールとして使われている。

 このままの状態が続けば、グローバリゼーション支持派や富裕層もまたブロック化するであろう。これからの国際社会は分断し、分断したままであろうとするであろう。しかし、分断状態ではどちらもやがて衰退していくであろう。

 以上をまとめると、アメリカンヘゲモニーの衰退とは、第二次世界大戦後の国際機関の衰退であり、それは第二次世界大戦後の国際秩序の崩壊であり、それは第二次世界大戦後の政治・社会哲学の衰退なのであった、ということである。この流れを否定することは、もはやできないであろう。しかしながら、これからの時代は、世界はブロック化するといっても、今の経済の実体はワールドワイドにリンケージされている。保護主義、自国第一主義で国を閉ざして、自国内部だけで完結した経済などできない。

 従って、ブロック化をするのならば、そうしたグローバルにリンケージされた経済が、いわば基盤のようなものとしてあり、その上でブロック化する、グローバリゼーションとローカリゼーションが多重構造化した政治・社会哲学の構築が必要なのであり、そうした観点で社会と経済を捉えることができる国際組織のようなものの設立が必要なのであろう。

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May 01, 2017

北朝鮮のミサイル「実験」で東京の地下鉄は止まる

 29日の早朝、ラジオを聴いていたら、突然、北朝鮮がミサイルを発射したというニュースがあった。最初は、アメリカがとうとう北朝鮮にミサイル攻撃をしたのかと思った。

 北朝鮮がミサイルを発射するということは、いわば当たり前のことである。わざわざ臨時ニュースのように報道をするのは、アメリカがミサイルを撃ったということなのであろうと思っていたからだ。だが、北朝鮮がミサイルを発射したということを知って、はああ?と思った。

 何度も書くが、北朝鮮がこの先もミサイル発射をするのは当たり前のことであり、驚くことでもなんでもない。トランプが発射をやめよと警告をした。アメリカがそう言っているのだから、北朝鮮はミサイル発射はやめるであろうとでも言うのであろうか。

 29日の早朝のミサイル発射は、平安南道から発射され、空中で爆発したとのことである。このことにより、東京メトロは全線で一時運転を見合わせたという。今後も北朝鮮がミサイルを発射すると、東京の地下鉄は止まるのであろうか。

 北朝鮮から日本に向けてミサイルを発射すれば、今回のように空中で爆発するか、日本海のどこか落ちるだけである。何度も書いているが、そもそもミサイルというものは、どこどこの場所に何時何分何秒にコレコレの破壊規模で着弾しなくては兵器として使いものにならない。ミサイルはミサイル本体とともに、これを制御する技術が重要なのであり、北朝鮮にはその技術がない。ただ爆弾をつけたロケットを、どこどこの方角に向かって発射しました、では戦争にはならない。

 軍事兵器は、ひとつのシステムである。北朝鮮のミサイルは、システムとして使い物にならない。今だ実戦で使えるようなシロモノではない。戦前の大日本帝国は、第一次世界大戦以後の総力戦の戦争ができる資源と工業力を持つ国ではないため、もはや現代戦争はできなくなったという真実をひた隠してきた。今の北朝鮮も同様である。アメリカは、あと5年から10年以内にアメリカ本土に到達するICBMを北朝鮮は保有すると述べているようであるが、あと5年なり10年なりが、これまでのペースで成長するとは限らない。何度も言うが、国にそれなりの巨大な産業と高度な技術力があって、その上に軍隊はある。北朝鮮という国は、とてもではないが戦争ができる国ではない。

 その「とてもではないが戦争ができる国ではない」北朝鮮を、ここまで追い込んだ原因はアメリカと中国にある。このことの認識がまずなければらない。

 東京新聞の記事によると、東京メトロでの一時運転の見合わせについて、在日三世の経営者の人が「東京で地下鉄を止めるなんて、過剰に反応しすぎだ」「北朝鮮がやっていることはもちろん問題だが、日本政府や行政が過剰な恐怖心をあおっているのも問題だ」と話したという。その通りである。

 29日の産経新聞に、以下の記事があった。

「フィリピンのドゥテルテ大統領は29日、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議後の記者会見で、同日深夜に予定している米国のトランプ大統領との電話会談で、「北朝鮮の指導者の術中にはまらないよう忠告するつもりだ」と述べた。

 ドゥテルテ氏は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長について、「ただ単にこの世界を終わらせたいと思っているだけだ」と指摘。核戦争が起きれば東南アジアにも被害が及ぶとし、戦争を防ぐには「米国が慎重で我慢強くいられるかにかかっている」と述べた。」

 フィリピンの大統領は、日本の総理大臣よりもずっとまともな正しいことを言っている。アメリカにものを言うというのはこういうことを言うのであり、ただアメリカに追従するということではない。また、ロシアのラブロフ外相は「米国がシリアのようなことをしないことを願っている」と述べたという。北朝鮮にはミサイルを撃つなといい、自分たちはミサイルを撃つというアメリカの言っていることは矛盾している。

 北朝鮮をこんな国にしたもうひとつの当事国である中国は、かつての朝鮮戦争の時のように北朝鮮に強行介入するつもりはまったくない。中国にとって、北朝鮮問題を解決させることは、国際社会への極めて重要なアピールになり、アジアの覇権国として認められるのであるが、習近平にはそのつもりはないようである。習近平にとって最大の課題は、国外的にはアメリカとの良好な関係であり、国内的には最高権力者としての権力の集中である。朝鮮戦争についての中国共産党政府の責任を、今の中国はきれいさっぱりに忘れている。

 そもそも、朝鮮戦争はなぜ起きたのか。なぜ朝鮮半島は二つの国に分割されたのか。なぜ北朝鮮は「ああいう国」になってしまったのか。そこから考えることをしなくてならないはずであるのに、どのマスコミもそうしたことをしない。そして日本は、かつて朝鮮を植民地とし、戦後は朝鮮戦争の特需景気で高度成長をなしえたことを思えば、北朝鮮について、ただ脅威を煽るだけではない対応があるはずである。

 北朝鮮を威嚇するためにアメリカの空母が朝鮮半島近海を航行し、米軍と韓国軍が共同訓練を行うなどといったことは、これまで何度もある通常の姿であり、「緊張が高まる」とか「有事が起こる危険性がある」とかいったことではない。韓国の地下鉄は、テロの危機の心構えを映像等で流すことはあるが、ミサイル発射で電車を止めたことはないとのことである。

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April 28, 2017

「自国第一主義」では経済はよくならない

 23日のフランスの大統領選の第1回投票の結果で、独立系のエマニュエル・マクロン前経済相と、極右、国民戦線のマリーヌ・ルペン党首が決選投票進出を決めたという。

マクロンはEU支持であり、ルペンはトランプと同じく「自国第一主義」を掲げている。

 しかしながら、ルペンが言うフランス第一主義のイメージは、かつてド・ゴールが言ったフランス第一主義とは大きく異なる。今のこの時代の、いわゆる「自国第一主義」とは、そもそもなんであろうか。

 以下、実際はもっと複雑であるのだが、ここでは単純なものとして考えてみたい。

 例えば、トランプは労働者が失業しているのは、自動車工場がメキシコへ移転したためである。工場が外国へ行くのはよろしくないとしている。しかし、自動車工場は好きでメキシコに移転するのではない。そこには理由がある。メキシコでは人件費が安くなるため、メキシコの工場で自動車を生産すれば、それだけ安い価格で販売できるのである。自動車をアメリカで販売する際にも、価格を安くすることができる。つまり、アメリカの消費者は、自国で生産するよりも安い価格で購入することができるのだ。これは、アメリカの消費者の利益ではないのだろうか。

 いやいや、「消費者だけ」という人間はいない。労働をしてお金を得て、そのお金で商品を購入するのである。消費者である前に労働者なのである。消費よりも雇用を考えなくてはならない、というのは確かにその通りだ。

 では、自動車工場の労働者は、自動車工場の労働者でしかあり得ないのであろうか。ここで、政治なり行政なりの手腕が問われる。他の業種の仕事で働く、あるいは、自動車のメンテナンスや、交通インフラの整備・管理などは「メキシコにある工場」にはできないことである。そうしたサービス産業、つまりは脱工業社会になることで、かつて自動車工場で働いていた労働者は、新しい雇用の場を持つことができる。工業の外国移転によって、国内産業が空洞化するか、しないかは、そうした産業構造の転換をやるか、やらないのか、という話なのである。

 必要なことは、自動車会社が工場を国外に移転させないようにすることではない。むしろ、外国で生産できるものは、積極的に外国へ移転するようにさせることだ。自国の経済がグローバルになればなるほど、外国と深く関わっていくということであり、それが自国の安全保障を高めることなのである。

 そうして、自国の企業が外国へ出て行った時、国内の雇用をどうするのかを考えるのが政治家や官僚たちの役目なのである。ところが、今、アメリカやヨーロッパのいわゆるアンチ・グローバリゼーションが言っていることは、自国の企業を外国に出さない、ということだ。まったくの真逆のことを言っているのだ。これはつまり「自国の企業が外国へ出て行った時、国内の雇用をどうするのか」、その対応がまったくわからないと言っているのである。

 だが脱工業化社会へ転換しなくては、この先の先進国の未来はないことは、1980年代から言われ続けてきたことだ。政治家や官僚は、この30年間、一体をなにをしてきたのであろうか。

 仮に、トランプが言ってる通りにしたとしよう。国内で、高い人件費で自動車を作り続けたとしよう。まず、そうした高価な車は外国では売れない。そして、自動車は外国でも生産している。このため、外国車の輸入に高い関税をかけて、国内市場への参入を阻むであろう。ということは、国内の人々は、高い国内車を使い続けなくてならないということになる。

 もちろん、実際の世の中は多かれ少なかれ、どの国でも上記のことをやっている。国内の産業を保護する名目で、外国の製品やサービスの参入を阻んでいるものは数多くある。問題なのは、それを露骨に、大規模にやろうということなのである。それを彼らは「自国第一主義」と言っている。

 トランプやルペンを支持する人々は、政治の無策さが招いた状態にある人々である。彼らの既存政党に対する怒りや不満を受け入れてくれる相手としてトランプやルペンはある。しかし、トランプやルペンでは経済は回復しない。かくてますます、人々の怒りと不満と政治への不信は高まり続けるだろう。この有権者のフラストレーションは、この先、どこへ向かうだろうか。

 次回の本選挙では、棄権が数多く出るだろう。ルペンが当選する可能性は高い。仮に当選しなくても、大統領選挙で極右政党がかなりの投票数を獲得したという事実は、これからのヨーロッパの政治に大きく影響を与えることになるだろう。重要なことは、トランプのアメリカと同じく、アンチ・グローバリゼーションを支持する勢力と、グローバリゼーションを支持する勢力で、ヨーロッパの政治が分断するということである。もうかつてのような統合された国民国家というのは、昔の話になっているのだ。

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April 15, 2017

現実感覚を持たない国

 今朝の産経新聞の一面は、産経抄が安倍政権バンザイの内容で、「米「核実験 確証得れば先制」という記事があり、その隣に「北「いつでも実施」」という記事があって、いますぐにでもアメリカの北朝鮮への攻撃が始まるかのような論調である。

 社説「主張」はこう書いている。

「安倍晋三首相が国会で、北朝鮮のミサイル戦力に関連し、「(化学兵器の)サリンを弾頭に付けて着弾させる能力を、すでに保有している可能性がある」と答弁した。

 この懸念は以前から、政府や安全保障専門家の間で共有されてきたものだが、首相の発言は北朝鮮情勢がより切迫していることを物語っている。

 併せて、菅義偉官房長官は北朝鮮が「生産できる複数の施設を維持」していることを明かした。韓国国防省は、北朝鮮がサリンやVXなど2500~5千トン規模の化学兵器を保有するとみている。」

 と、あたかも北朝鮮が化学兵器を搭載したミサイルを保有していることが認定された事実であるかのように書かれている。さらに言えば、こうしたことを首相が言うこと自体が、かなり大きな問題なのであるが、誰もそのことに気がつかないようだ。北朝鮮に対して、アメリカが積極的な行動にでる可能性が高くなったので、日本政府はここぞとばかりに高飛車な態度になっている。そのことが、産経新聞の紙面から伝わってくる。

 その今朝の産経新聞のコラム『緯度経度』で、黒田さんが「有事感覚が後退した韓国」というコラムを書いていた。黒田さんは、こう書いている。

「いつもそうだが肝心の韓国社会にはことさら緊張感も危機感も感じられない。

 韓国社会のこの雰囲気はそんな「危ない北」と長く付き合ってきたことからくる“慣れ”と同時に、北との戦争となると韓国が真っ先に被害を受けるのだから「米国はまさか韓国の意向を無視した勝手なことはやらないだろう」という安心感(?)からだ。」

 黒田さんは、産経新聞のソウル駐在特別記者であり論説委員である。嫌韓が社是である産経新聞の中で、この人は当然のことながら嫌韓ではない。以前、東京都の朝鮮学校への補助金支給の停止について、その通りであると喝采する産経の紙面の中で唯一、黒田さんのコラムでは、かつてソウルで日本人学校を作る時、ソウル市からの援助を受けたことを思えば、東京都が援助することぐらいしてもいいのではないかという意味のことを書いていたのを読んで、なるほどこの人は平等な見方をする人なのだなと思ったことがある。そういう人である。

 黒田さんのコラムからの引用を続けたい。

「韓国社会で北朝鮮との戦争という有事感覚が後退しているのは、韓国が今や本格的な戦争はできないようになってしまったからだ。

 たとえば北との軍事境界線に近いソウルの北方は、高層マンション中心の100万都市である。この新都市開発にあたった盧泰愚(ノ・テウ)政権(88~93年)は「高層マンションは北からの攻撃に際してはソウルを守る盾になる」などといって物議をかもしたが、今や人気の住宅都市である。

 それに韓国が世界に誇るハブ空港の仁川(インチョン)空港も、機上から眼下に北が見えるほどだ。こんなに近くては戦争などできない。」

 ようするに、黒田さんの眼から見ても、今の韓国は「北朝鮮があ」という雰囲気でもなんでもないということだ。国境に接している隣国である韓国ですら、こうなのだ。このコラムでは、韓国がこうであることを、有事感覚の緊張感もなにもないのはいかがなものであるのだろうかという批判的スタンスをにおわせてはいる。だが、おそらく黒田さんは、この現実を受け容れざるを得ないと思っているのだろう。産経新聞の記者である以上、こう書かざるを得ないのである。

 この韓国の社会の姿は、当たり前の現実的な感覚であろう。 戦争になれば、日本による日韓併合から独立して以後、そして朝鮮戦争が休戦になって以後、これまで韓国の人々が築き上げたもの一切が灰燼に帰することなる。そんなことを、誰が望むのであろうか。韓国は、もはや戦争ができる国ではない。これは有事感覚が後退したのではなく、まともな現実感覚になっているということなのである。

 そもそも、北朝鮮が今後も核実験をし続けたとしても、それでアメリカが北朝鮮にミサイル攻撃をするということは国際社会のリアリズムに欠けている。これは、紛争地域のシリアでの政府軍が化学兵器を使った(とアメリカが主張している)ことへの攻撃とは本質的に違うものだ。ましてや北朝鮮の一般市民を犠牲にすることは、国際社会では通らない。むしろトランプ政権は北朝鮮に対して積極的に行動すると言われていることについて、本当にそうであるのか疑いの眼を向けることが必要である。

 仮にアメリカは北朝鮮に先制攻撃をしたとして、その次に起こることは第二次朝鮮戦争であろう。しかし、今ここで戦争などやられたものでは、中国、ロシア、日本を含め周辺国の経済的なダメージは甚大であり、世界経済は第二次世界大戦以後、最大の危機を迎えることになるであろう。その損失をアメリカが支払うとでもいうのであろうか。日本では朝鮮半島の有事を文字通り対岸の火事であるかのように思っている人々が多い。ミサイルが飛んできたり、避難民が押し寄せるのは阻止したいと思っている程度である。その程度の認識しかないのだ。

 今の朝鮮半島の情勢は緊迫しているというのは、確かにそうであろう。しかし、その緊迫の内容は、今すぐ戦争が起こるようなものではない。ましてや、戦争が起こりそうであるのならば、起こらない方法を考えるべきなのであるのだが、そうしたことを考える気はないようである。戦争について現実感覚を持つということは、そういうことなのだ。むしろ重要なことは日本が知らないところで、在日米軍が中国やロシアに対して行っていることだ。

 この国総理大臣とか、ネトウヨとか、ネトウヨ新聞とかが、この島国の中で、北朝鮮がミサイルを打ってくるとか、戦争が起こると不安を煽っているだけである。なぜそうなのかと言えば、国民が北朝鮮への不安を感じることが、安倍政権の支持につながるからだ。

 本当は今こそ、広い視野をもって自分のアタマで、日本以外の広い世界を見て聞いて考えなくてはならない時なのである。それが国際的な現実感覚を持つということなのだ。

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April 09, 2017

アメリカのシリア攻撃と北朝鮮

 アメリカは7日、シリア政府軍が北西部イドリブ県南部の空爆で化学兵器を用いたと断定し、非難するとともに、シリアの軍事施設へのミサイル攻撃を行ったという。またもや、国連安保理の決議前のアメリカの軍事行為である。もはや、アメリカは国連を完全に無視していると言えるだろう。

 シリアの化学兵器使用の有無については立証されていない。むしろ、確実に国際世論の非難を招く化学兵器の使用をシリアがするだろうかという疑念がある。

 仮にそれが真実であったとしても、では今回、ミサイル攻撃を行ったとして、この先、化学兵器を使わせないようにどうするのであろうか。このへんの展望がまったくなく、ただ、ミサイルを打ち込みました、ということをしたとしか思えない暴挙である。また、トランプはそもそもアサド政権と共同し、イスラム国を掃討することを掲げていたが、このミサイル攻撃でアメリカとシリアの関係はどうなるのであろうか。

 オバマ政権であれば、こんな愚かしいことはしなかったであろう。実際のところ、2013年、化学兵器の使用が疑われたアサド政権に対して、オバマは軍事行動に踏み切らなかった。トランプ政権になり、中東の混乱はますます深まるばかりであるとしか言いようがない。イラクに大量破壊兵器があるという捏造で、イラク侵攻を行い、今のイラクの荒廃をつくったのはアメリカであることを国際社会は忘れていない。

 これは、北朝鮮への威嚇行為なのだとする見方がある。というか、北朝鮮に軍事的圧力をかけたい者たちは、アメリカのシリア攻撃を北朝鮮への威嚇行為なのだと思いたがっている。産経新聞はこう書いている。

「トランプ米政権は、北朝鮮に対し、軍事攻撃も辞さない姿勢を見せてきた。今回のシリア軍基地への攻撃は、核・ミサイルだけでなく、化学兵器の開発にも邁進(まいしん)する金正恩(キム・ジョンウン)政権に向け、この上ない強い警告となった。北朝鮮は公式の反応を示していないが、衝撃を受けたことは間違いないだろう。」

 しかしながら、今の時代、力による威嚇は国際問題の解決にはならない。力による警告を行えば、北朝鮮は行いを改めるであろうという考え方そのものが間違っているのだ。この、力でねじ伏せれば、相手はいうことをきくという発想に基づくこの考え方は、それはつまり、自分たち自身が、力でねじ伏せれれば、相手のいうことをきくからなのであろう。

 前にも書いたが、そもそも北朝鮮は「悪い国」なのであろうかと私は考えている。

 こんなことを言うと、悪い国であることは当たり前じゃないかという声が聞こえてくる。つい最近、ドキュメンタリー映画『太陽の下で』を観たばかりだ。あの時間が停止したかのような進歩もないもない、自由がなく、人権もない国がいいわけないではないかという声が聞こえてくる。もちろん、北朝鮮の社会が「正しい社会」だとは私は思わない。

 だが、数多くの国民を餓死させ、虐待し、虐殺をしている国家体制の国は、今現在、地球上に数多く存在している。北朝鮮がけしからんというのならば、そうしたことを行っている他の国々を放っておくのはなぜであろうか。

 北朝鮮は日本をミサイルで狙っているではないかという声もあるが、何度も書くが、あんなものは兵器でもなんでもない。ミサイル兵器に必要なのは、これこれの破壊規模で、何時何分何秒にどこどこへ着弾するということであり、これができなくては戦争にならない。実験程度の打ち上げでは、アメリカはおろか、韓国や日本とすら戦争ができる国になっていない。北朝鮮の国力では、戦争は不可能である。

 北朝鮮の望みは、アメリカとの交渉であり、アメリカによる現体制の維持の保証である。以前に書いたように、この言い分には北朝鮮側にも理はある。北朝鮮を力で威嚇して、では、拉致問題はどうなるのであろうか。北朝鮮に拉致され、2002年に帰国した蓮池薫氏は、NHKのインタビューでこう述べている。

「拉致を解決すれば見返りを与えることができると伝える必要がある。例えば電力事情の改善など経済協力という形で、北朝鮮に必要なもので核やミサイルの開発につながらないものがあるはずだ」

 これは極めて重要なことだ。拉致問題の交渉には、当然のことながら見返りを与えることが必要になる。北朝鮮にとって、今の体制維持が必要なのである。仮に、軍事力により北朝鮮の体制を崩壊させたとしても、その先のことについて明快な道筋を韓国も日本も持っていない。金正恩体制は崩壊する、崩壊するといっていながら、では、実際に崩壊したらなにが起こるのか、なにをどうするのかということについて韓国と日本は現実的に考えることをしていない。実質的なことはなにも考えておらず、万事、アメリカまかせになっているのが現状である。そのアメリカは、力による安易な示威しか考えていない。となると、拉致問題の解決など永遠に不可能であろう。

 今回のアメリカのシリア攻撃で明らかになったことは、トランプ政権のアメリカは安易な軍事行動をするということであり、北朝鮮に対して力による威嚇しか考えていないということだ。つまり、アメリカが北朝鮮に攻撃する可能性が出てきたということである。軍事行動には、合理性がなくてはならない。合理性のない軍事行動は、危険以外のなにものでもない。今の国際社会で、北朝鮮やイランよりも、アメリカが危険な国になっているのだ。トランプのアメリカは、北朝鮮を攻撃することについて、韓国や日本がどうなろうと知ったことではない。アメリカは勝手に北朝鮮に軍事挑発をして、そこから北朝鮮は韓国と日本に過剰な反応をするかもしれない。そうなれば、東アジアは混乱し荒涼となった中東化するであろう。

 そうならないためには、日本はアメリカとは違う外交戦略が必要になる。アメリカがこうなった以上、北朝鮮について、日本がロシア・中国との関係において対処すべき課題であると私は考える。しかしながら、この国には、とてもではないがそんな高度な外交能力はないのである。

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March 18, 2017

朴槿恵大統領の罷免

 産経新聞によると「韓国憲法裁判所は10日、国会が弾劾訴追した朴槿恵(パク・クネ)大統領を罷免する決定を言い渡し、朴氏は失職した。」という。

 韓国、というか韓半島に住む人々の社会が、民主政治になったのは20世紀の終わる頃からである。大統領直接選挙制にすることを決定したのは、わずか30年程度前でしかない。

 古来、朝鮮の社会は、国や集団の利益と合理性で動く国王や政治集団や党によって構成されるグループと、儒教理念で動く在野の儒学者、士大夫、読書人らといった人々の二つのグループがあった。

 ここで話は、14世紀の李氏朝鮮の成立に遡りたい。高麗を滅ばし李氏朝鮮王朝を築いたのは太祖である李成桂(イ・ソンゲ)であるが、もちろん、彼一人で高麗を滅ぼしたわけではなく、彼は高麗を滅ぼした一群の集団の代表であった。この一群の集団こそ、儒学者、両班、士大夫のグループである。李氏朝鮮成立時の両班は、王権を支え、時に王権に朱子学の教えに反するようなことがあれば、それを咎め、諫めることをおこなった。まっとうな、社会勢力であった。

 後に、李氏朝鮮の後期になると、両班は退廃した固陋な階級になり、最終的には朝鮮国家を滅ぼす原因のひとつになる。19世紀、欧米諸国からのウェスタン・インパクトに対して、朝鮮は近代化を受け入れることができなかったのは、この両班、士大夫の階層が近代化に強烈に反対したことがその理由のひとつとして挙げられる。

 日韓併合により両班階層はなくなるが、この文化はなくなることはなかった。この文化が、民衆蜂起で対抗し、反日運動を繰り広げていった。日本の朝鮮統治は、このことを理解することがなかったということが言える。台湾や南洋諸島ならいざ知らず、朝鮮において皇民化政策など朝鮮側からすれば、お笑いものであったろう。

 日本統治が終わり、大韓民国になっても、軍人政権に対して学生運動をもって権力に抗議をしていったのが、この文化である。盧武鉉の弾劾を支持し、実兄が斡旋収賄事件を起こした李明博を糾弾したのもこの文化である。そして、今回、朴槿恵を罷免へと追い込んだのも、この文化である。権力を監視し、社会正義を訴え、政府に問題があれば行動する、かつての朝鮮の在野の儒学者、両班、士大夫、読書人の文化は、今でも韓国に生きている。

 朴槿恵の政治は、父親の朴正煕と同じく密室の独断政治であった。このスタイルは、当然のことながら現代の韓国では合わない。崔順実(チェ・スンシル)被告と、彼女を通しての財閥との癒着があったというイメージもまた現代の韓国では通用しない。朴槿恵政権の誤りは、韓国という国の今の時代状況と、自国の中のこれら反体制の社会勢力の存在の大きさを考慮しなかったということだろう。

 朴政権が日本と合意した慰安婦合意も、合意したのは「国や集団の利益と合理性で動く王朝や政治集団や党によって構成されるグループ」であって、この「在野の儒学者、両班、士大夫、読書人」たちではない。彼らからすれば、日本と合意したとは思っていない。

 ちなみに、戦後日本のアジア諸国への賠償は、その国の政府に対して行い、民間に対しては行われなかった。なぜならば、個人賠償になった場合、日本政府は、その規模と額が限度がない果てしないものになることを恐れたからである。さらに言えば、その国の政府に対し、賠償というカタチでの資金や技術での援助を行い、その結果、両国の親善と日本企業の市場進出を果たすという思惑があったからである。今に至っても、アジア諸国の民間レベルでは、日本の戦争責任の糾弾がなくならないのは、こうした背景がある。

 ともあれ、大統領が罷免された状態になっている今、韓国は外交的に孤立している。THAAD(高高度防衛ミサイル)問題により、中国との関係は悪化し、慰安婦像問題で、在韓日本大使は不在になり、ミサイル実験を繰り返し、金正男暗殺を行った北朝鮮に対してなんの対策を行っていない。アメリカのトランプ政権は、韓国に送る在韓アメリカ大使をまだ指名していないという。現状では、米日韓で北朝鮮に対応するなど無理な話になっている。本来であれば、日本が中心になってとりまとめるべきことなのであるが、そういうことができる能力がこの国にはない。

 実際のところ、在韓米軍に配備されるTHAADは、中国にとって国家安全保障上の脅威でもなければなんでもない。それよりもアメリカ軍がハワイに配置しているレーダーや在日米軍の方がもっと大きな影響力を持っている。これを考えれば、いやがらせは韓国にするのではなく、アメリカや日本に対して行うべきなのであるが、そういうことはせず、ねちねちと韓国をいじめるのは、とてもではないが世界の大国とは言えない姿である。かつて、順治帝・康熙帝・雍正帝・乾隆帝の頃の大清帝国は、朝貢国・朝鮮に対してこんなことはしなかったであろう。

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February 19, 2017

テロ等準備罪(共謀罪)

 「テロ等準備罪」(共謀罪)なるものが新設されようとしている。産経新聞によれば

「安倍晋三首相は17日の衆院予算委員会で、「テロ等準備罪」を新設する組織犯罪処罰法改正案に関し「団体が犯罪集団に一変した段階で(構成員が)一般人であるわけがない。組織的犯罪集団と認めることは当然で、取り締まりの対象となるのは明確だ」と強調した。」

 とのことである。

 犯罪の取り締まりが、一般人が対象であるわけがないのは当たり前のことだ。この「一般人が対象ではない」というのは、なにも説明していないコトバなのである。「一般人」と一般人ではない者」をどう区別するのかということが問題なのだ。この法案を危惧する人々は、なにをもって犯罪行為とするのか、それをきちんと明確にして欲しいと述べている。

 しかしながら、政府は相も変わらず「一般人が対象ではない」と言い続けている。なぜなら、そうとしか言いようがないからだ。この法案は、「一般人」と「一般人ではない者」の違いを「明確にしない」という法案だからである。

 ここに奇妙な弁論がある。犯罪者でないのならならば、この法案に反対するわけはない。組織的なテロや犯罪を防ぐために、この法律は必要なのだという弁論である。「一般人」と「一般人ではない者」の違いを「明確にしない」という法律であるのに、なぜ支持をするのかと言えば、政府が言う「一般人ではない者」には、自分は絶対にならないと思っているのであろう。政府は社会全体のためにやっている。政府が社会を悪くするわけはないではないか。だから、政府を信頼する、というわけである。

 例えば、政府による監視ひとつをとってみても、監視されたくないというのは、なにかやましいことがあるのであろう、やましいことがないのであるのならば、政府に監視されてもいいはずだ、という弁論である。

 この弁論は一見、正しく説得力があるように見える。

 しかしながら、なにが犯罪で、なにが犯罪ではないということが明確になっていない。時の政府の恣意的な判断でどうにでもできる、という世の中になると、人々は疑心暗鬼になり必要以上に自己規制、自粛するようになる。どこまで自己規制、自粛すればいいのかわからないため、どこまでも自己規制、自粛する世の中になる。結局のところ、国家権力に怯える世の中になるということである。

 「政府は社会全体のためにやっている。政府が社会を悪くするわけはないではないか。」と言っても、取り締まる側の現場では、そうしたキレイゴトは通らない。現場では、無制限に権力を行使することが許可されたと判断する。「疑わしきは罰する」ということが常態になる。そうした世の中を、誰が望むのであろうか。

 この法案への野党からの批判を受け、法務省は犯罪対象の枠を狭めた。NHKニュースよると、以下の通りである。

「法務省は、組織的なテロや犯罪を防ぐための「国際組織犯罪防止条約」の締結に向け、犯罪の実行前の段階での逮捕などを可能にする「共謀罪」の構成要件を厳しくして、「テロ等準備罪」を新設する法案を今の国会に提出する方針で、当初、対象犯罪を懲役・禁錮4年以上の刑が科せられる676とする案を示していました。

しかし、与野党双方から「対象が多すぎると国民の不安を招きかねない」といった指摘が出されたことから、公職選挙法違反や危険運転致死など組織的犯罪集団が行うとは考えにくい犯罪などを除外して、対象範囲の絞り込みを進めてきました。

その結果、対象犯罪を組織的な殺人やハイジャックなど、テロの実行に関連するおよそ110の犯罪や、覚醒剤や大麻の輸出入といった薬物に関する30程度の犯罪など、当初の想定のおよそ4割まで絞り込んだ270余りとする方針を固めました。」

 犯罪対象を少なくしました、というわけである。しかし、こうした新しい法律を作らなくても、今の法律で十分に対応できる。政府は、東京オリンピックのための国連越境組織犯罪防止条約に批准するために、「テロ等準備罪」(共謀罪)が必要であるとしているが、日弁連が述べているようにそうしたことはまったくない。

 また、テロについて言えば、こうしたテロ犯罪への法律を新設したり、国民へのプライバシーや人権を無視した監視を強化しても、テロはなくならない。

 ようするに、どう考えてもこの「テロ等準備罪」(共謀罪)は必要あるものではなく、また施行された場合の社会への悪影響があまりにも大きなものなのである。

 そういう法律が生まれようとしている。

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