June 26, 2008

経済に国境はない

 もうひとつ、Youtubeで見つけた必見の動画を紹介したい。大前研一さんが若い頃のカナダでの講演の動画である。大前さんのすごいところは、20年くらい前から経済には国境はないことを一貫として主張し続け、実際の世界はその通りになったということだ。かつて、日米貿易不均衡問題があった時、当時、マッキンゼー・ジャパンの大前さんが、日米間に貿易不均衡など存在しない、なぜならば、多国籍企業の業績も含めてみれば、日米の間に不均衡などないし、そもそも、経済はボーダーレスなのに、「日」「米」という国の単位で考えるのは間違っていると指摘したのが大前さんだった。これが、大前さんが日本の論壇に現れた最初だったと思う。当時、大学生だった私は、大前さんのこの主張を聞いて、世界観が変わる衝撃を受けた。

| | Comments (3) | TrackBack (0)

マハティールは語る

 マハティール・ビン・モハマドは、マレーシアの前首相である。5月23日、来日した彼は、東京有楽町の外国特派員協会で記者会見を行った。そこで、彼は、アメリカは自分自身を変えるべきだと述べている。「アメリカは変わるべきだ」というのは、今、アメリカ国内では大統領選挙でいたるところで言われているセリフであるが、こうやってアジアの第一級の政治家が語る「アメリカは変わるべきだ」という言葉の方がどれほど重いものあるのか、アメリカのみなさんは考えたことがあるのかというと、当然のことながら、そんなものはまったくない。オバマも、マケインも、選挙にインターネットを活用しているが、基本的に選挙とは有権者を相手にして行われるものであり、合衆国大統領選挙の有権者とは、合衆国市民である。従って、合衆国大統領という国際社会で大きな影響力を持つ職席の選挙が、極めて国内的なイベントによって決まってしまうのである。そこに外国からの視点が入ることはない。

 しかしながら、我々は、ネットによって、こうしてマレーシアの前首相の考えを聴くことができる。現代の富とは、軍事力の介入によってもたらされるのではない、とマハティールは語る。

| | Comments (20) | TrackBack (3)

June 25, 2008

Al Gore Endorses Obama

 16日、デトロイトでオバマを応援するアル・ゴア

 当然だけど、ゴアは、オバマをめっちゃホメである。しかしまあ、ゴアという人は、理想主義に傾き過ぎるところがあるので、ゴアに応援されても、うーむ、ナンだよなあという気がしないでもないような気がするのであるが。ゴアは、いわばアンチ・ブッシュの大御所的存在であり、とにかく、今のブッシュとチェイニーのアメリカが大嫌いな人なのである。だから、オバマを応援しているのであって、オバマ自身と、例えば環境問題について語り合えば、そりゃあもうゴアの方が格が上になる。だから、オバマは、ゴアを応援演説に持ってくることもないのになあと思う。

 今回の大統領選挙には、もちろん注目している。しかし、その反面、今までのようにアメリカの大統領選挙に思い入れを強く持つことができないでいる。なにしろ、アメリカ市民という人々は、あれほど世界の心ある人々が反対したにも関わらず、ジョージ・ウォーカー・ブッシュという人物を合衆国大統領として再選した(つまり2回にわたっても、だ)のである。ようするに、アメリカの大統領選挙というのは、そういうものなんだなと思う。

 我々は変化を必要としている、とゴアは語る。それは確かだ。しかし、本当に変化を望んでいるのかというと、(くどいようだけど)過去2回もブッシュを選択した国なのである。土壇場になって、メディアによって、どうとでも変わるのが大統領選挙なのである。

| | Comments (8) | TrackBack (0)

May 31, 2008

日本占領政策としてのテレビの普及

 先日、渋谷のHMVへ行くと、押井さんの『真・女立喰師列伝』のDVDを発見。押井さんの映画だしな、ということで購入。で、何日かたった後で、何気なく見てみたのだけど、この短編集映画の中の「クレープのマミ」を見て、なんとそうだったのか!!ということを知る。戦後日本でのテレビジョンの普及は、アメリカの対日政策のひとつであったということだ。

 物語の中で、小倉優子が演じる立ち喰い師「クレープのマミ」はこう語る。60年代と70年代の安保闘争を繰り返さないように、日本のワカイモンたちの関心を政治から遠ざけるために、80年代のメディアはエンターティメント主流になった。アイドルという幻想を作り、そのへんのどこにでもいるフツーにお兄ちゃんや女の子がテレビでスターになるというシステムを作ったという。その代表的番組こそ、「夕焼けニャ・・」じゃなくて「たそがれ、ぴょんぴょん」という番組なのだという。これらすべて、アメリカと日本政府の陰謀であった!!!と言いながら山のようなたくさんのクレープを片っ端から口にほおばるマミであった。もちろん、タダで。だって、立ち喰い師なんだから。

 いや、これ、そうだったのかと、モロ80年代のワカイモンの一人であったワタシは思ってしまうのであった。 うーむ、これもGHQが絡んでいたのか。恐るべしアメリカの対日占領政策、である。

 閑話休題(あだしごとはさておきつ)

 戦後の日本でテレビ放送が普及したことに、アメリカの占領政策が大きく関与していたということはフィクションではない。これは事実である。というわけで、戦後の日本のテレビの普及と、アメリカの反共政策の関係について、つまりは、テレビによってアメリカの民主主義や生活様式を日本人に見せることによって、日本を心理的に占領し続けようという、戦後日本でのアメリカのプロパガンダとしてのテレビとその普及について、今、ちょっと調べている。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

May 17, 2008

『王道の狗』を読む

 今年のGWは、前半は道場で稽古の日々、後半はもっぱら韓国ドラマをレンタルのDVDで見る、というものであった。

 韓国ドラマは以前『朱蒙』を見ていたのだが、あまりの長さに、クムワ王を演じたチョン・グァンリョルが主役をしている『ホジュン』の方を見始め、これはいいということで(こっちも全64話という長さなのであるが)延々と見ている。『ホジュン』は、『朱蒙』と同じ歴史ものである。時代は、秀吉による日本軍の侵攻の場面もあるので、その頃なんだなと思う。このドラマは、実在した医師許浚の生涯のドラマである。朝鮮のこの当時の医学と言えば、当然のことながら古代中国から朝鮮に伝わった医学である。これを今日の韓国では漢医学と呼ぶようだ。すなわち古代中国の医学である。その内容の高度さに驚く。日本では、明治になって西洋の医学が導入され、漢方医学は、ほとんど絶えてしまった。今の日本では、古代中国の人間観に基づいた漢方医学をマスターしている人は数が少ない。このへん、『ホジュン』を見ながら、日本では失われしまった中国からの知識と技術の伝承について、うーむとうなってしまうのである。

 というわけで、『ホジュン』の話ではなくて。

 安彦良和の『王道の狗』全4巻を読む。この作品は、なぜか今まで読むことがなかった。昭和前期の日中戦争やノモンハン事件の話である『虹色のトロツキー』も、日本の古代史ものも、アレキサンダーもネロも、安彦さんの歴史ものは全部読んできたワタシであったが、なぜか『王道の狗』をこれまで読むことはなかった。

 なぜか。ひとつは、この物語の時代背景について、自分はよく知らないということが挙げられる。『王道の狗』は、明治17年の秩父事件から物語が始まる。そして、囚人の強制労働によって行われる北海道開拓の話になり、やがて話は朝鮮の甲申事変から金玉均の日本亡命、そして日清戦争へと進んでいく。つまり、大ざっぱに言うと、西南戦争の後から日清戦争へ至る過程の中で、この国ではどのようなことが起こったのかという物語である。実際のところ、この明治17年の秩父事件から日清戦争の始まる明治27年の間の10年間こそ、日本の近代史において最も大きなターニングポイントの時代であった。しかしながら、それはわかっているのであるが、では何が起きたのかということを深く知ることなく、ただ年月がたってしまった。この時代について、自分は何も知らないという思いから、なんとなく『王道の狗』を避けてきたのかもしれない。日清戦争がなぜ起きたのかということについて、ワタシが日本と朝鮮の関係において理解できるようになったのはつい最近のことだ。日本の近代史において、朝鮮との関係はいかなるものであったのかということの理解なしに、日本の近代は理解できない。それほどつまりは、日本にとって朝鮮は大きな意味を持っている。

 しかし、まあ。当然のことかもしれないが、『王道の狗』を読んでみても、よくわからない。つまるところ、アジアの島国であるこの国は、19世紀に西欧列強の圧力に反応するかたちで、近代国家へと国を変えていった。その国が、やがて隣国の朝鮮を支配し、中国大陸に傀儡国家である満州国を作るようになったのは、そもそも、なぜなのか。これを、今の一部の史家が言うような、ロシアの南下に対抗するために祖国防衛のために行ったとは、どう考えても言えない。ちなみに、シバリョーによると、カンタンに言うと、明治が良くて、昭和はダメだったということになる。しかし、明治17年以後の辺りから、この国はある方向へ大きく曲がっていった(「曲がっていったという」表現もナンであるが)のは確かである。それは一体何であり、なぜそうなったのか。

 わからないまま、考えてみたい。

 庶民にとって、明治の日本は、増税と不況が続き、そして国権はひたすら重いものであった。1882年に、ヨーロッパで起きた生糸価格の大暴落の影響は日本にも波及し、日本国内でも生糸の価格の大暴落が発生した。埼玉県秩父地方は、養蚕が盛んであったため、その収入のほとんどを生糸の生産に頼っていた。生糸市場の暴落と増税等は、彼らの生活を圧迫し、そこにつけこむ銀行や高利貸したちが、彼らをさらに貧困に貶めた。この農民の困窮を前にして、自由民権思想を掲げる自由党党員らが秩父困民党を結成し、武装蜂起をしたのが秩父事件である。この当時、こうした民衆の苦境を救うために自由民権運動の者たちが蜂起する事件が日本各地で数多く起こっていた。秩父事件は、それらの中でも大規模なものであった。この蜂起は、政府の警察隊や憲兵隊、そして最後には陸軍の鎮台部隊との戦闘に至り、秩父困民党は壊滅する。その後、秩父困民党の指導者や参加者は各地で次々と捕縛された。彼らの多くは、北海道の刑務所へ送られ、そこで政府の行う石狩道路の建設に使役させられる。この当時、未開拓の原野が広がる北海道で、政府は囚人を使って、過酷な労働のもとに道路建設を行っていたのである。

 その囚人の中に、『王道の狗』の二人の主人公、加納周助と風間一太郎がいた。この二人が脱獄するところから、この物語は始まる。そして、二人は、警察の執拗な追跡を振り切り、アイヌの猟師に助けられる。アイヌとしての名前を与えられ、彼らは新しい人生を始める。この二人の若者は、その後、対称的な人生を歩むことになる。

 加納が大東流合気柔術の武田惣角から柔術を学ぶところは、こんな短時間で取得できるわけないだろうと思ったが、そこはまあ、お話ということで。

 やがて加納は柔術の腕を見込まれて、金玉均のボディーガードになり、ここで加納は、朝鮮の政治家、金玉均と出会う。金玉均のことについて、今の日本では(韓国の側でも)あまり知られていない。知られていないが、この人物をキーにして、日本と朝鮮の過去を振り返ることなくして、この二つの国の近代史は理解できない。

 金玉均が、この時、日本にいたのは、甲申事変により日本に亡命してきたからである。甲申事変とは、何であったのかということを考えるには、その前に起きた壬午事変のことを考えなくてならず、壬午事変のことを考えるには、その前に起きた江華島事件について考えなくてはならず、つまりは、明治日本と李氏朝鮮はどのように出会ったのかということから考えなくてはならない。

 革命によって誕生した国家というのは、革命がひとまず終了すると、得てして、その革命のイデオロギーを他国へ伝えようとする。こんな素晴らしい人類普遍の価値を、おたくの国も取り入れなさい、ということである。しかしながら、これは伝えようする側は善の行為であると思っているが、伝えられる側は迷惑な行為になることが多い。迷惑な行為なのであるが、社会変動というのは、往々にして、そうやって行われてきたとも言える。19世紀のアジアにとって、日本は迷惑な国でもあった。

 欧米文明と出会い、その衝撃から近代国家への道を進んでいった明治日本が、隣の朝鮮を見ると、未だ極めてアジア的な旧態依然たる封建社会国家がそこにあった。欧米の近代文明を導入することこそ、アジア諸国が西洋列強の植民地なることから脱却できることなのであると考える明治日本にとって、朝鮮、そして清朝中国は、手助けして、近代化への道を歩んで欲しい相手であり、できることならば、共に近代化して、西洋列強と相対峙したいという願いのようなものがあった。幕末では、薩摩藩主の島津斉彬や勝海舟、福沢諭吉などは、そう考えていた。

 しかしながら、この理想があっさりと実現できる程、この世界は単純ではなかった。どの国にも、その国の内部事情というものがある。1868年、明治政府は朝鮮に、新政権樹立の通告と国交と通商を求める国書を送ったが、朝鮮側は洋服を着て、皇の詔勅だというものを倭奴が持ってくることは何事であるかと、これを拒否する。李氏朝鮮にとって、皇とは、北京にいる中国皇帝のことであり、詔勅とは、中国皇帝のみが発するものである。中華帝国の華夷秩序こそ守るべき価値観であった。しかし、明治日本にとってすれば、その考え方こそアジア的なものであり、そんなものはあっさりと捨てて、欧米の文明を導入することこそ善であるという考え方であった。ここで日本と朝鮮の双方は決裂する。

 明治日本が考える東アジア諸国間の国際関係とは、中華帝国による冊封体制的な国際関係ではなく、ヨーロッパの近代的国際法と条約に基づく国際関係であった。しかし、これをこの当時の朝鮮に理解せよというのは、およそ不可能なことであろう。結局、1875年に朝鮮の江華島付近で日本と朝鮮は武力衝突になる。武力衝突になるというか、交渉が遅々として進まない事に業を煮やした日本政府による軍事的な威圧行為、つまり「砲艦外交」であった。この22年前の1853年に、江戸湾の浦賀でペリーが徳川日本に対して行ったようなことを、明治日本は李氏朝鮮に対して行ったわけである。このことにより、朝鮮は日本との国交回復をはかり、1875年に日朝修好条規が締結される。

 当然のことながら、この条約は不平等条約、つまり朝鮮側にとって著しく不利な条約であった。朝鮮側が近代国際法や条約について不慣れであっためである。ちなみに、同じく、日本もまたこの当時、欧米諸国から日本側に不利な不平等条約を結ばされていたが、日朝修好条規では、欧米が日本に課した条約よりも、さらに不利な条約を日本は朝鮮に課している。このへん、今日の感覚からすれば、法的に間違ったことをやったわけではないが、アコギというか、悪どいことを日本はやったと非難されてもしかたがないであろう。

 日朝修好条規の後、日本以外にもアメリカ、フランス、ロシアとも条約を結ぶことになり、かくて朝鮮は開国へと進むことになるのであるが、朝鮮の国内の政治は、開化派と保守派勢力との対立が深刻化する。開化派勢力の筆頭は、高宗の王妃の閔妃とその一族である。開化派は、国の近代化に着手した。日本から軍事顧問を招き、日本と同じく近代的な軍隊を作ろうとした。この軍政改革に不満を持ったのが、旧軍の保守派であった。旧軍側の兵士は、開化派の軍隊の兵士と待遇が違うことなどに不満を持ち、ついに暴動へと発展する。この暴動の背後には、閔妃とその一族を筆頭とする開化派から、政治の実権を奪い取ろうとする保守派の陰謀があった。この反乱暴動事件を、壬午事変と呼ぶ。

 閔妃は、反乱兵士の暴動から逃れるため王宮を脱出し、当時朝鮮にいた清国の実力者である袁世凱の力を借りる。清からすれば、朝鮮が日本の力を背景として清の冊封国でなくなったことを元に戻したいという意志があった。閔妃は清に密使を送り、清からの軍隊を派遣を要請する。清はそれを受け軍隊を送る。一方、日本も軍隊を送り、日本と清のどちらが反乱を鎮圧するかの争いになったが、結局、清の軍隊が反乱を鎮圧し、閔妃の一族は政権を取り戻すことになる。以後、閔妃は日本よりも清を頼るようになる。この当時、アジアにおいて、清朝中国は今だ巨大な存在であったのである。

 壬午事変で表面化したことは、朝鮮を日本と清のどちらが支配するのかということであった。ちなみに、朝鮮の人々からすれば、朝鮮はどちらの国のものでもなく、朝鮮は朝鮮の人々の国であるが、そうしたことを顧みることは、そのどちらの国もすることはなかった。そういう時代だったと言わざるを得ない。

 朝鮮には、閔妃のやっていることは、真の意味での朝鮮の独立ではないと考える開化派の人々もいた。その人々の代表的人物が、金玉均である。そして、日本の政治家や思想家の中にも、金玉均を支持する人々が数多くいた。その一人が福沢諭吉である。福沢の理想は、アジアが共に近代化の道を歩み、西欧列強に対抗しうる独立自尊の国になることだった。福沢は、金に朝鮮の独立と近代化の希望をかける。

 1884年、金玉均らは日本の援助のもとで、クーデターを実施し、開化派が新政府樹立を宣言する。この事件を、甲申事変と呼ぶ。このクーデターは成功したかのように見えたが、袁世凱の率いる清軍が王宮を守る日本軍に攻め入り、日本軍は敗退し、金のクーデターは3日で失敗に終わる。この時でも、清朝中国と袁世凱は日本よりも遙かに上手だったと言えよう。開化派の新政権は崩壊し、計画の中心人物だった金玉均らは日本へ亡命する。

 『王道の狗』の主人公の一人の加納が金と出会うのは、この時である。この時、日本国内では、朝鮮についての考え方が大きく変わっていた。金は、再び福沢と出会い、さらなる援助を求めようとするが、福沢はこれを拒否する。福沢の内面において、もはや朝鮮に関わることはやめようという気になってきたのである。朝鮮は言うまでもなく、清の袁世凱や西太后がやっていることは、とても近代化とは遙かに遠く、従来の旧態依然たるアジアでしかないという絶望感のようなものが、この時の福沢にはあったのではないかと思う。その挫折と怒りから、福沢はこの甲申事変の後、時事新報の社説に「悪友を親しむ者は共に悪名を免かる可らず。我は心に於て亜細亜東方の悪友を謝絶するものなり」と書く。後に言う「脱亜論」である。また、欧米との不平等条約の改正を求めていた陸奥宗光は、日本が西洋と平等な国になったことを示すには、朝鮮、中国と戦争を行い、これに勝利すること以外に方法はないのではないかと考える。つまり、ここで、日本の対アジア認識が大きく方法変転するのである。

 しかし、福沢と同じくアジア主義の考えを持っていた勝海舟は、甲申事変の後になっても、福沢のようには考えなかった。『王道の狗』の中で、勝は西郷隆盛が生きていれば、こうしたことはなかっただろうと語る。勝は、どうなろうと、朝鮮の支配をめぐって日本と中国が争うことになるのは正しいことではないと考えていた。秩父事件によって弾圧され、北海道の獄に繋がれ、道路建設に使役され、アイヌへの差別を体験した加納は、日本に亡命していた金と出会い、さらに勝と出会うことで、人生の目的を知る。その目的とは、覇道ではなく王道に生きるということである。王道、覇道というのは、孟子の思想である。覇道とは、武力や権謀によって人民や他国を服従させることである。これに対して、王道とは、徳によって仁政を行うことであり、そのため小国であっても人民や他国はその徳を慕って心服する。王道を尊び、覇道を軽蔑せよというのが儒学の教えである。

 日本の支援をもはや得られないことを知った金は、失意のもと李鴻章と会うために上海へ行くが、これは李鴻章と閔妃の罠であった。このことは、陸奥、すなわち日本国外務省も知っていた。金は、上海で閔妃の刺客に殺害される。遺骸は分断され、朝鮮の漢陽近郊でさらしものにされる。

 日本国内では、金の殺害を援助した李鴻章と袁世凱、そして朝鮮の閔妃への反感が高まり、清そして朝鮮と戦争をすべしという気分が盛り上がる。これこそ、清との戦争をもくろむ陸奥と、陸軍の参謀本部次長の川上操六のねらいであった。朝鮮の全羅道で東学党の乱が勃発し、この乱はまたたくまに大きな乱へとなる。これに危機感を感じた閔妃は、東学党の乱を鎮圧するため、またもや清に軍の派兵を要請し、清はこれに応えて軍隊を朝鮮へ送る。明治政府は、清との戦争を避けるため、朝鮮に軍隊を送ることを望まなかった。しかし、参謀本部次長川上操六は、先の甲申事変で清朝軍に日本軍が敗北したことを繰り返すことないよう、大規模の軍隊を朝鮮に送る。

 東学党の乱は停戦で終わり、朝鮮政府は清と日本に軍隊の撤兵を要請したが、どちらもこれを拒否する。日本は清に独立国である朝鮮への内政干渉を抗議し、朝鮮には国内の改革を要求するが、清も朝鮮もこれを認めず、対立は激化した。清にとっては朝鮮を従属国にし続けることが望みなのだ。一方、日本の(というか、外務省の陸奥宗光と陸軍の川上操六の)望んでいたものは、清との戦争であり、清と戦争して、これに勝利することによって、日本の国際的地位を向上させ、清国から利権を獲得しようということなのである。とにかく、なにがなんでも戦争へと持ち込みたいということなのだ。ここに日清戦争が始まる。明治天皇は、こうした強引な開戦に激怒し、「これは朕の戦争に非ず」と述べた。

 日清戦争に勝利した日本が求めたものは、遼東半島の割譲である。李鴻章は、この要求をのまざる得なかった。しかし、このあまりにも広大な土地を日本が植民地にすることを恐れたロシアは、フランスとドイツを誘い、遼東半島領有に強く抗議した。これを、三国干渉と呼ぶ。当然のことながら、ロシアもフランスもドイツも、中国人民の国土は、中国人民のものであり、日本の侵略は間違っているという考えで、三国干渉したわけではない。西欧列強からすれば、清朝中国の衰退は明らかであり、中国を分割させておのおの領有することを考えていたが、日本は自分勝手にいち早く広大な領土を獲得しようとしていると見えたのであろう。

 『王道の狗』の中で、東学党の乱(甲午農民戦争)の首謀者であり、後の刑死となる全琫準(チョン・ボンジュン)は、加納にこう語る。「国の利益や民族の都合を越えた正しい道があることを、おまえは信じているか?」と。加納はこう答える「もちろん」と。だからこそ、加納は王道の道を歩き、革命軍を支援する武器商人であり、テロリストである人生を選択したのであろう。これに対して、陸奥宗光はそうは考えない。明治日本そのものが、そうは考えなかった。

 1924年11月、孫文は神戸で講演を行った。その講演の中で、孫文は日本の聴衆に「ヨーロッパのように覇道を求めるのかアジアの王道を歩むのか」と述べている。その翌年、孫文は他界した。

 その後の日本はどちらの道を歩んだか、後世の我々は知っている。

| | Comments (0) | TrackBack (1)

March 30, 2008

ダメダメの国の未来

というわけで、久々のエントリーは例によって、robitaさんへのコメントです。


robitaさん、

ちょっと間があいてしまいました。

首相のリーダーシップがない、ということについて漠然と考えてみます。結論から言いますと、この「首相のリーダーシップがない」ということについて、「だから何なの」ということなんじゃあないのかと思います。「首相のリーダーシップがない」というのは、「だからコレコレができません」と言っているだけです。しかしですねえ、本当は現状を考えると、そんな悠長なことは言っていられないはずなんです。

国というのは、英邁で優秀な政治家がリーダーとなり民衆を率いていくものである、という考え方がここにあるとします。この考え方は、これはこれで正しいです。確かに、その通りです。で、今の日本の現状を見ると、なんか、あの政治家はちっとも優秀じゃあない、これは文句を言わなくてはならない、批判をしなくてはならない、なぜならば、「国というのは、英邁で優秀な政治家がリーダーとなり民衆を率いていくものである」のだから。そうでない政治家はビシビシ批判して、「英邁で優秀な政治家」になるようになってもらわなくては困ります。それが民主主義によって選ばれた政治家の務めなのだ、ということなのではないかと思います。

しかしながら、上記のような考え方では、永遠にマスコミは政治家を批判し、国民は政治に不満を感じるだけ、になるでしょう。なぜならば、英邁で優秀な政治家なんているわけないじゃあないですか。そんな人物は、歴史的に非常に希です。まず、いないと思った方がいいでしょう。つまり、ダメダメの政治家がいて、ダメダメの国民がいる、みんなダメダメなんじゃん、というのが国の真実の姿なんです。で、それじゃあ、政治家もダメダメで、国民もダメダメで、じゃあどうなのということなんだと思います。

ここで突然、隣の国の韓国の話になります。韓国というのは、韓国好きのワタシが見ても、これはどうもダメダメだよなあというのがマンサイの国なんです。マンサイの国なんですけど、オレたちは、日本人や中国人より優れているんだ、優等な民族なんだと自分たちを鼓舞し、とにかく、ダメダメどおし、みんなが協力して、いいものを創っていこうという情熱というか気概というか熱気があるんです。喜怒哀楽が激しいというか。週末は、カルビをほおばり、キムチを食べて、焼酎飲んで、さあ来週もガンバって働くでぇ!!イルボンに負けてたまるかぁ!!と意気を高める。ココですね、今の日本人と韓国人の最大の違いは。

民族が危機に立った時、その国の中では、指導者が悪いとか、政治が悪いとか、世の中が悪いとか言っているだけにはなりません。政治家だろうと、庶民だろうと、とにかく、おのおのがおのおのの立場や場所で助け合い、協力しあって、その危機を乗り越えようとするものです。

政治家はバカでもなんでもいいんです。そりゃあ、優れた政治家であった方が良いのはあたりまえです。しかしながら、優れた政治家というのは、めったにいません。まず、いないと思った方がいいでしょう。バカな政治家しか、今のこの国は生み出すことができないのならば、それはそれでいいじゃあないですか。そのバカな指導者を掲げて、国民みんなが、なりふりかまわず、わからないことはわかる人に訊きまくり、できないことはできる人にやってもらい、とにかく、みんなでこの危機を乗り越えようとしないと、国の危機というものは乗り越えることはできません。みんな人間なんですから、みんなダメダメなんです。そうしたダメダメの集団が、今目の前にある危機を乗り越えるには、みんなが協力し合うしかないじゃあないですか。

今のこの国は、そういう状態になっていません。そうなっていないというのは、みなさん、危機が迫っていると実感をしていないからでしょう。危機というのは、それが危機であるということがわかる想像力と、その危機を乗り越えようとする意志がなくては、乗り越えることはできません。今の日本にないのが、その想像力と意志です。マスコミは政治家を批判し、国民は政治に不満を感じるだけというのは、まだ余裕があるというか。ヒマしてるというか。本当は、そんなことをやっているヒマなんか、ないはずなんですけど。

まあ、細かく言うと、危機だ危機だと言っても、本当に危機になるのは、先日も申しましたように、robitaさんのお子さんの世代が父親、母親になる頃です。まあ、これも先日申しましたように、もうこれはカクテイというか、なんともしようがもうないのですけど。これを今現在の時点で「まだゆとりがある」と思っていいのかどうかは、さまざまだと思います。しかし、少なくとも、次の世代に対して責任を持つべき人たちは、今、何を考えるべきか、ということは言えると思います。

ローマ人やイギリス人ならば、小さくて貧乏な国から始まって、やがて大国になり豊かな国になったのならば、その豊かさがこれからの100年も続くように、後世の子孫も豊かな国に住むことができるように、いろいろな仕組みを必死になって作るでしょう。豊かさなんて、砂上の楼閣みたいなもんなんですから。その砂上の楼閣を、100年たっても、びくともしない盤石なものにする必要があります。そこまでやって、初めて本当の「豊かな社会になりました」ということなんです。実際、ローマ帝国や大英帝国はそうであったわけです。しかしながら、まー、我が愛する日本人というヒトビトは、そーゆーことができる民族じゃあなかった、ということです。

戦後日本というのは、大体おおざっぱに言って、大東亜戦争が終わって、生き残った若者や少年たちの国だったんだなあと思います。保険制度にしても、年金制度にしても、そうですね。この世代にためにあるようなもんです。しかし、それは当たり前なのかもしれません。この世代が、戦後日本を作ってきたのですから。robitaさんのご両親の世代やワタシの親の世代です。それらの世代とともに、経済大国日本は終わるでしょう。そうなって初めて、ありゃあ、目の前に危機が迫っているんじゃん、もうダメじゃん、と知るのではないでしょうか。

そこまで行かなくてわからんのですか。もっと前からやっていれば良かったじゃあないですか、と言いますと、人間ですから、みんなダメダメなんですよ。試験勉強だって、テストの前日から始めるしぃ、夏休みの宿題だったって、やり始めるのは夏休みの最終週ぐらいからじゃあないですか。人間の集団というものも、そういうもんなんですよ。

そうなった状況の時、人口の減少と高齢化と財政破綻により、GDPが第5位か6位ぐらいに落ち込んだ日本で、何が大切なのかというと、ダメダメどおしが協力しあう心や、生きていく熱意なんじゃあないかなと思います(ひと昔前の少年マンガのテーマですね)(笑)。で、このへん、やっぱり今の韓国を見ていると、それらがマンサイなんですねえ。

| | Comments (5) | TrackBack (3)

February 02, 2008

DavosにてCondoleezza Riceかく語りき

 世界経済フォーラム年次総会、いわゆるダボス会議での、コンドリーザ・ライス国務長官のOpening AddressをYouTubeで見ることができる。

 この演説は、民主主義が人類普遍の価値なのであるという確固たる理念をもって、アメリカは世界に民主主義を広げていくという使命感を持っている国であるということを見事に述べた演説である。この理念こそ、アメリカが大英帝国の植民地から独立した理念であり、アメリカ合衆国がアメリカ合衆国であるための理念であると言ってもいい。アメリカというのは、革命によって生まれた国なのであるということを実感する見事な演説である。このスピーチは、アメリカの政治、外交に関心のある者は必聴のスピーチであろう。

 ライスは、こう語る。

Yes, our ideals and our optimism make Americans impatient, but our history, our experience, should make us patient at the same time. We, of all people, realize how long and difficult the path of democracy really is. After all, when our Founding Fathers said “We the People,” they did not mean me. It took the Great Emancipator, Abraham Lincoln, to overcome the compromise in our Constitution that made the founding of the United States of America possible, but that made my ancestors three-fifths of a man.

So we Americans have no reason for false pride and every reason for humility. And we believe that human imperfection makes democracy more important, and all who are striving for it more deserving of patience and support. History provides so many affirming examples of this.

After all, who would have thought that Japan would be a pillar of democratic stability in Asia? Once, that seemed impossible. Now, it seems inevitable.

 しかしながら、である。

 イギリスのブレアは、この演説を聴いて感動したそうであるが、ライスの語る、アメリカによる民主化に成功した国の住人であるワタシはこの演説を聴いて、アメリカって、こういう国だよなあということしか思えない。ライスの言っていることが間違っているというわけではない。これは、これで正しい。良くも悪くも、アメリカというのはこういう国であるということを我々は理解すべきだと思う。こういう国がないと、人類社会っていうのは、えらく窮屈なものになるだろうなとも思う。

 しかし、その一方で、強制的な民主化というのは、他の国からすれば迷惑以外のなにものでもない。この演説が言っていることは、つまりは、「民主化」される側の迷惑なんてしっちゃいません。「民主化」されるってことは、最高にすばらしいことなんだからっていうことだ。しかし、そうではないということを、アメリカは過去に何度も経験している。ライスは、歴史の例に日本を出して、ベトナム戦争には触れない。ベトナム戦争は、なかったこと(これを某アニメの用語で言うと「黒歴史」)(笑)にしたいのであろう。

 ちなみに、同じく革命によって生まれた明治の日本は、隣国の朝鮮に「近代化」をもたらそうと様々なことを行った。しかしながら、それらは全部裏目に出て、結局残ったものは、朝鮮の人々からの恨みだけだった。他人の国を民主化するというのは、その国の人々の恨みを買うものなのである。だから、今、世の多くの国々は、そんなことはしない。唯一、やっているのがアメリカである。そして、アメリカもまた恨みを買っている。

 それともう1点、この演説が終わったライスに向かって、おずおずと手を挙げて、ワタシはこう質問したい。

 レッミー、アスク、アー、ジョージ・ワシントンは大統領職を離任するときに告別演説の中で、世界のいずれの国家とも永久的同盟を結ばないことを述べましたけど、それはどうなるんですかぁ。それと、保守主義の本流は外国不介入主義ですけどぉ。この外国不介入、つまり孤立主義というのも、アメリカの建国以来の理念にあります。すなわち、アメリカの外交理念には、その根底に相反する二つの考え方があり、今、国務長官が述べられたことは、ある一方の考え方なのじゃあないでしょうか。

 ここで、共和党リバータリアンが「そうだあ」と声をあげ、ネオコンや共和党右派は「なにをいうかあ」「そんな歴史事実はない」と声をあげ、ついでに、スタートレックのファンのトレッキーが「艦隊の誓いを忘れたのかぁ」と声をあげる(知らない人、意味不明)(笑)かくて喧喧諤諤の議論になる・・・・。

 はあ、アメリカの政治思想って複雑ですねえ。

| | Comments (3) | TrackBack (1)

January 12, 2008

給油活動を再開します

 もはや、日本のインド洋で給油をやろうがやるまいが、日米関係がどうなるわけでもなく、国際社会での日本のイメージがどうなるわけでもなく、ましてやテロ対策のなにがどうなるわけでもない。

 しかしながら、である。我が国において重要なことは、もっかの国際社会の状況や今後の動向はコレコレである。従って、我々はコレコレの行動をする、ではなくて、アメリカ様がどのような意向であるのか、が重要なのである。国際社会がドウコウ、ではなく、アメリカ様はどうなのか、である。日本政府のやることとは、アメリカ様の意向と国内世論の間をどう調整するかということであろう。

 アメリカはパキスタンがここまで混乱していても、それでもなお巨額の軍事援助をやめることはできないのは、アルカイダに対抗するためと、パキスタンは核兵器を持っているため、ここに反米政権ができてしまっては困るためだ。

 民主党の小沢代表は「インド洋での給油は憲法違反」とし、インド洋での海自派遣は中止となった。そして、日本の国際貢献とはどのようなものであるべきか、現法憲法下で自衛隊のISAF参加が可能なのかどうかまでを含めて考え直す方向へと進んだ(はずだった)。ところが、だ。そこまでいった時になにが出てきたのかというと、守屋前防衛事務次官の不正疑惑である。ここにきて、国会の審議は防衛利権問題へと大きくシフトしてしまった。そして、論議されるべき本来のことはさほど論議されることなく、多数決ということで給油再開になってしまった。やるならやるで、日本は給油活動でイラク戦争に参加するということをきちんと表明できるようにするべきであるが、そこまでやるつもりはなく、とりあえずこれから1年間、給油活動ができさえすればいいようだ。で、1年たったらどうするのであろうか。また、再延長すればいいのであろうか。

 日本の政治での意志決定のプロセスのおもしろい特徴は(おもしろい、と言っていいのかどうかわからんけど)、ある時、ある部分においては、非常に論理的で、理が通っていているのであるが、そのまま、その方向へ進むことなく、必ず(必ずだ)わけのわからん方向へと曲げられて、あとは時間切れかのように、駆け込みで物事が決定されてしまうのである。

| | Comments (0) | TrackBack (0)

January 11, 2008

2008年を考える

 ざっくばらんに今年を考えてみたい。

 まず、国内の政治について。

 おおざっぱに言うと、今の日本では、政治は公共サービス業みたいなものだと捉えられているのではないかと思う。もちろん、政治は「こうきょうさーびすぎょう」なのであると言えば、確かにその通りである。しかし、この観点からは、国民は、有権者であり参政権を所有する市民ではなく、日本政府や地方行政のサービス業の顧客であり消費者である意識しか出てこない。国民は行政のお客様であり、政治は顧客にとって満足のいくものであるかどうかという顧客満足度で判断されるものになっている。顧客満足度で判断するのならば、それは良いことなのではないかと思うかもしれないが、その満足の中身が、公共サービスの側から提供される選択肢の中での選択でしかない。公共サービスをもっと充実させたいのなら、消費税を上げるしかないという選択肢を国民の前に出し、さあ選択して下さいとするのである。

 例えば、住宅を購入しようとすると何千万円もして、20年ローンとか30年ローンとか組むのが当然になっているが、なぜそもそもこんなカネがかかるのか、なぜもっと安くならないのかといった「顧客要求」はなぜか出てこないのである。あるいは、なぜ子供を育てるのにこんなにカネがかかるのか。教育費ひとつをとってみても、なぜもっと安くならないのか。安くするためには、なにをどうしたらいいのか。そうした根本的な議論はなぜかまったくされることがない。つまり、まるであたかも公共サービス業の顧客であるかのような意識を持ちながら、本当の意味での顧客優先、生活者優先になっていない。本来の問うべきこと、やるべきことが巧みに隠蔽されている。

 かつて昭和35年、時の内閣総理大臣の池田勇人は「みなさんの所得を倍にします」と公言し、国民所得倍増計画を経済政策とした。所得を倍にしますというのは、簡単に言えば、日本の経済の成長率を上げ、国民一人あたりの平均所得を倍しますということだ。事実、日本経済は驚異的な成長を遂げ、数年後に国民1人当りの実質国民所得は倍になった。国民所得倍増計画は達成されたのだ。この政策を企画し実行したのは、この時代の官僚たちであったことを思うと、当時の日本は政治家も官僚も国民生活の向上が国の復興であるという共通の目的に邁進していたということがわかる。

 では、あの時代から半世紀後の今日、あのように、政治が国民の暮らしを豊かにすることができるであろうか。「住宅購入は今の半額でできるようにします」とか「子供の教育費を今の3分の1にします」とか「高校まで義務教育とし、国公立大学は入学試験なしにします」といったことを公言する総理大臣はいるであろうか。しかし、今、必要なのはそうした根本的なことではないかと思う。生活の質を上げて、生活のコストは下げることは可能だ。消費税を上げれば、なんとかなるという思考では、やがてまた税収が足らないので上げざる得ませんということになるだろう。

 今の経済政策の考え方は、簡単に言えば、少数のお金持ちが豊かになれば、そのお金が一般大衆の層にも回り、全体の底上げをするという考え方だ。しかし、太平洋戦争が敗戦で終わり、焦土と化した日本の国土を復興した経済の考え方は、大衆に安く良質の製品を大量に提供することで経済を成長させるというものであった。大雑把に言うと、私は1990年代に、「大衆に安く良質の製品を大量に提供することで経済を成長させる」というこれまでの路線ができなくなったので、「少数のお金持ちが豊かになれば、そのお金が一般大衆の層にも回り、全体の底上げをする」というアメリカの共和党レーガン政権時代に始まった経済政策の思想に日本は変わったのだと考えている。どちらも経済を成長させることを目的としたものであるが、そのやり方は大きく異なる。そして、現状を見ていると、「少数のお金持ちが豊かになれば、そのお金が一般大衆の層にも回り、全体の底上げをする」ではなくて、実際にできたものは格差社会であった。アメリカでは、共和党の経済政策がもらたしたものは、巨額の財政赤字とますます進行する社会格差だけである。

 よく言われることに、これから日本もアメリカのような格差社会になるということがあるが、それもその通りで、レーガン政権やイギリスのサッチャー政権の経済のやり方を日本も導入したが故に、同じ結果になるのは当然であろう。こうした現状の姿を、生活者主体の経済政策に変えなくてはならない。

 そうした考え方は、官僚の側からは出てこない。官僚組織とは、自己の組織の存続を第一とし、その存続と利益に反するものは巧みにこれを排除する。しかしながら、官僚というのは、本来そういうものであって、これをとやかく言ってもしょうがない。また、役所は非効率、非能率なので、民営化させればいいというのも、それでは民営化させればなんでもいいのかというとそうでもない。このなんでも民営化させればいいという思考もまた、アメリカのレーガン政権以後の共和党政権のやり方のマネである。なにがなんでも小さい政府が良い、だから民営化させれば良いという思考はおかしい。本来、生活者にとって必要なものはなんなのかという視点が必要であろう。不必要な役所は不必要であり、必要な役所は必要なのである。

 政権交代がポイントなのではない。自民党であろうと、民主党であろうと、その区別はあまり関係ない。ようは生活者主体の政策ができるのか、できないのか、ということであろう。極端なことを言えば、政治家とは本来のやるべきことをやるのならば、企業から賄賂や裏金をもらっているかどうかなどどうでもいいのである(いや、良くはないけれども)。

 次に、国際面について考えてみたい。

 年末年始のNews Week(Dec 31,Jan 7,2008)の特集は、中国であった。今年は、北京オリンピックがある。東京、ソウル、そして北京と、アジアで開催される三番目のオリンピックである。アメリカの国際メディアはどこもそうであるが、News Week誌もまた、中国への注目が大きい。今年はThe Year of China Watchingなのであると書いている。今のアジアは、中国、そしてインドの存在によって大きく変貌しつつある。20世紀末の世界経済は日本と、アメリカと、ヨーロッパという3つの大きな「経済大陸」に分けられ、その相互依存によって動いていたが、今ではその3つに加えて中国の存在を外しては世界経済は成り立たない。そういう時代になった。

 そうした時代になったのであるが、日本国内では日中関係は必ずしも良好ではない。中国では、日本は先の戦争の謝罪をしようとしないと思われている。また、日本では、中国は反日政策であり、軍事大国化して日本に圧力をかけていると思われている。これら意味することは、ますます日中関係の不和を招くだけである。実際のところは、これらは両国の一つの側面であって、これらを過大に強調することによって、保守的な対外強硬派の勢力拡張になっている。日本が先の戦争について反省もなにもしていないと言うのはまったく見当違いも甚だしいように、中国が日本に謝罪を要求し、反日感情を強く持っているだけというのも見当違いも甚だしい。胡錦濤政権は、その前政権である江沢民の政権とは異なり、対日政策においても柔軟で新しい思考を取り入れている。ナショナリズムはどこの国にもある。特定の政治目的のために作られた世論や、あるいは逆に世論を特定の政治目的のために迎合したりすることなく、中国情勢の本質を考えたいものである。

 同様に、ただ単に反米、嫌米意識を高めることもいかがなものかと思う。戦後60年、日本がアメリカと同盟を持ってきたのは、時代背景や国内事情等、様々な理由がある。本来、行うべきことは、戦後60年のアメリカとの、結果的には依存になっている関係の、そのプラスとマイナスを客観的に評価することである。そして、ではその評価をやっているのかというと、親米かもしくは保守反米のアメリカ論があるばかりで、しっかりとした日米関係の総括があるように見えない。それは、近現史の研究・考察がそれほど大きく進展していないということにもつながっている。アメリカ依存から抜け出したいのならば、過去の60年間の日米関係を客観的に分析し、その功罪を理解することがその第1歩なのである。

 今年はアメリカの大統領選挙の年でもあり、アメリカの新しい外交方針はどのようなものになるかが大変重要なことになる。レーガン政権以後の保守の時代が、今年で終わりを告げる可能性が大きくある。アメリカ単独による世界管理が困難になりつつある。アメリカの意思は、アジア地域の管理は米中が行うというものである。中国の台頭により、相対的に日本の地位は下がる。しかし、それは逆から見れば、日本外交の自由度が高まるということである。米中という二つの大国の間にあって、日本は独自の方針を貫くことができるということだ。そうしたことができるような国になるのか、あるいは中国の覇権に怯え、北朝鮮や韓国の主張に振り回され、相変わらずアメリカ依存のままでいるのか、ということであろう。

| | Comments (115) | TrackBack (2)

November 24, 2007

再開に向けて、努力しております

 産経の古森義久記者が例によって例の如く「冷却化する日米同盟」ということを報道している。

「日米両国の安全保障関係が従来とは異質の冷却をみせ始めたことへの懸念が、米側関係者の間で表明されるようになった。日本側がインド洋での国際安保活動から離脱する一方、米側が日本の激しく反対する北朝鮮の「テロ支援国家」指定解除へと進むことが両国の安保協力に深刻なミゾを生み、日米同盟の基盤に悪影響を及ぼし始めたという懸念である。」

 とのことだ。日本としては、今回の選挙で圧勝した民主党の代表が「アメリカ主導の戦争なんかに荷担しない」と言っているので、こらもうニッポンも民主主義なので、民主党の意見に従わざる得ないので給油活動をやめました、ということなのであるが、アメリカ様としてはおもしろくないであろう。

 ここでアメリカが、ああ、俺たちがきちんと国連承認をとる手回しや裏工作をしていれば、子分のジャパンも自国の野党のために苦労しなくてすんだのになあ、思えば今の大統領の父親は湾岸戦争では国際社会の承認をとってから戦争を始めた、しかしながら、あの息子にはそんな外交手腕はないし、などと思うわけがなく(ホンネではそう思っているだろう)、なんだとう、オレ様にさからうのか、というわけである。

 しかしながら、もっかパキスタンの国内状況は、おおもめにもめている

 ブッシュ政権がムシャラフ大統領にアイソがつきたということになれば、アメリカによるムシャラフ支援は「オワリ」ということになる。そうなると、日本による給油活動も「オワリ」ということになる。我が国としては、テロとの戦いのためにパキスタン海軍に給油をしていたんじゃあないのですか、と言いたいところであるが、当のアメリカにしてみれば、こうしたもんなのである。こうしたもん、のために海自のみなさんは家族と別れ、遠く離れたインド洋まで行かざる得なかったと思うと怒りがこみ上げてくるのであるが、それはそれとして。(自衛隊って、いつもこうやって政治の道具に使われるのだ。)

 「オワリ」ということになるになるのだけれど、アメリカ様の子分の日本国の政府としては、親分国から「オワリ」の指示がこない限り、海自のインド洋での給油活動再開に向けて努力しなくてはならない、というわけである。

 パキスタンがこうなっている情勢の中で、我が国の総理大臣はシンガポールで「海上給油は日本の繁栄にとって、欠くことのできないひとつの方策だ。」と堂々と述べ、インド洋の給油活動再開のための補給支援特別措置法案の意欲を示したというのはお笑いなのか、あるいは、そこまで「姿勢」をアメリカ様に見せなくてはならないという悲劇なのか、よくわからんが。とにかく、もっかのパキスタン情勢とかアメリカの対パキスタン政策とかは、日本政府にとってはどうでもよくて、とにかく、ひたすら「再開に向けて、努力しております」という態度をアメリカ様にお見せすることが、安倍政権を継いだ福田首相の課題なのであろう(なんだかなあ)。

 仮にアメリカとパキスタンの関係が悪化して、アメリカのパキスタン支援が「オワリ」になったとして、その直前に補給支援特別措置法が通ったとしたらどうなるのであろうか。海自にどこへ行けというのか。考えるとおもしろいけど(笑)。

 当然のことながら、新テロ特措法案も小沢一郎は「うん」と言わない。よって、国会会期は再延長となるだろう。でもって、産経で小森義久記者が「さらに冷却化する日米同盟」とか「とことん冷え切った日米関係」とかいった記事を書くのであろう。で、きっと、年明け早々、衆院解散と総選挙になるのではないか。

| | Comments (3) | TrackBack (4)

November 03, 2007

政宗の謝罪

robitaさん、

ちょっとrobitaさんの3つのご質問に答える前に、中国への謝罪とはなにか、ということについて書いてみます。

中国への謝罪というものを考えるにあたって、いつも思うひとつのシーンがあります。

唐突ですが、大河ドラマの『独眼竜政宗』の話をします。『政宗』の中で、僕が好きなシーンのひとつが、正宗が秀吉に初めて会うシーンです。天正18年、信長の天下統一を受けついた秀吉は九州・四国を平定して、西日本を支配下に置き、関東の覇者であった小田原の北条氏を攻めます。この時、秀吉は全国の戦国大名に小田原征伐に参加するように命じますが、そんな話など頭っから無視をして、秀吉など相手にしないという態度をとった人物がいます。奥州の伊達政宗です。信長の小姓上がりに、誰が頭を下げるものかと思っていたのでしょう。かたや、秀吉側はどうか。この小田原征伐に政宗がこなかったら、北条の次は伊達を攻めることを決定していました。天下を統一するということは、軍事力でまず日本国全体を支配する必要があったのです。秀吉の命に従わない者は、軍事力をもって滅ぼさなくてはならないわけです。

さて、小田原城陥落はもはや時間の問題になった時、このままでは次は伊達が滅ぼされる、つまり、天下は秀吉のものになったのだということが現実になってきて、政宗は考えます。ここんとこ大切なので強調しますが、政宗としては秀吉なんかに屈したくないんです。頭なんか下げたくないのです。しかしながら、秀吉の方が強いのです。ですから、あくまでも秀吉に抵抗して、奥州で秀吉軍を向かいうち、壮絶な滅亡の道を選ぶか、それとも秀吉に服従するか。しかし、服従するにしても、もはやこの時期に遅れてノコノコと小田原へ行って秀吉は許してくれるのであろうか。

そこで政宗は何をしたか。これはもうみなさん、よくご存じであるわけです。渡辺謙の政宗が白い死に装束をして、勝新太郎の秀吉に頭を下げたわけです。秀吉としては、死に装束までしてきて「太閤殿下に背くつもりは毛頭ございません。遅参の段、如何なる御沙汰あっても、御受け致す所存」と頭を下げてきた相手に対して、むげにするわけにはいきません。かくて、政宗は罰せらることはなく、秀吉の奥州討伐はなくなります。勝新太郎と渡辺謙のこのシーンは良かったですねえ。

秀吉は、政宗より強いのです。秀吉は天下統一の覇者なのです。だから、政宗は下げたくもない頭を下げざるを得なかったのです。しかし、ただ秀吉に服従するわけではない。小田原参陣を遅らせて、しかも、遅れてきて、あっと驚く「謝罪」をして、秀吉に伊達征伐の命を出す大義名分を失わせたということを政宗はやってのけたのです。これに脅威を感じたのは、当の秀吉でしょう。こちらより軍事的に弱い相手が「うちらは悪くない、おまえが悪い」と理をもってまくしたててくるのならば、これは怖くもなんともありません。かりに、その意見が正しいものであっても、正論なんてものは暴力でたたきつぶす。これが現実の世界です。しかしながら、「悪いのはうちでございます。おたく様に刃向かうつもりは毛頭ありません」を頭を下げてくる相手に暴力をふるうわけにはいきません。大義名分のない暴力は、統治者が行使する軍事力ではありません。いかなる権力者であっても、天下の秩序を壊すわけにはいかないのです。

政宗は、秀吉に謝罪をしました。「謝罪をした」ということは、その場にいた戦国武将たち、みんなが知っています。しかしながら、これは政宗が秀吉に従属する意志を示したということではないですね。もちろん、表向きは従属しますということになっているんですけど。むしろ、その逆に「お前なんかに従属しないぞ」と言っているのです。そのことは、当の相手の秀吉も含めた世の人々みんながわかることだったのです。ただし、それを北条のようにストレートにやってしまうと天下の秩序が乱れるんです。人々としては、誰かが天下を平定し安定した世の中にして欲しいと感じていましたから。権力者にそむく者は、これを倒さなくては天下の秩序が成り立ちません。だから、秀吉は自分に屈しない北条を滅ばしたのです。しかし、政宗は権力者に屈してきたのです。屈してきたんですけど、政宗は内心では屈してるどころか敵対心満々なんです。それは秀吉にもよくわかっているんです。しかしながら、そうであっても、こうなった以上、伊達を攻めることはできない。天下の秩序がそれを許しません。

もし、ここで伊達を攻めれば、もちろん秀吉の勝利に終わるでしょう。しかし、遠い奥州で伊達を相手に戦うのならば、相当な規模のコストがかかることは覚悟しなくてはなりません。その莫大なコストを払うことは、秀吉にはできない、政宗はそう判断したのでしょう。秀吉が欲しいのは、諸侯の前で政宗が自分に頭を下げるということでした。伊達政宗という若造個人が、秀吉をどう思っているか、はどうでもいいんです。奥州の覇者である伊達も秀吉に頭を下げたということで、実質的に西日本から東日本に至るまで、太閤秀吉の天下になったということを世間に示すことができるのです。

つまり、天下人である秀吉が意識していたのは、政宗ではなく「天下」というものだったのです。そして、政宗が見ていたものも、秀吉ではなく、秀吉の向こうにある「天下」というものだったんです。天下にとって、どうなのか、どう評されるのか、ということです。強国に対して、弱小国が行える最大の防衛とは、自国を攻撃する大義名分を立てさせないことです。相手が自国を攻める理由を出してきたのならば、ことごとくそれを無力化すること。策をもって相手の軍事行動を封じることです。

秀吉没後、家康の天下になっても、政宗は家康にひたすら恭順の意を示します。徳川様に、刃向かうつもりは毛頭ございません、と頭を下げ続けます。頭を下げながらも、政宗は江戸から遠く離れた仙台で、幕府になにかあったら、すぐさま徳川を滅ぼしてやろうと虎視眈々としていました(まあ、晩年の政宗はそんな野心など捨て去って悠々とした人生を送りましたが)(『独眼竜政宗』のラストで、歳老いた政宗が、能の舞台の演舞を見ながら、幼い頃に見た父親輝宗の舞を思い出し懐かしむシーンが好きです。輝宗は北大路欣也でしたね)。だからこそ、家康、秀忠、家光と三代の徳川将軍にとって、奥州に伊達政宗がいるということに緊張感をもっていたのだと思います。

以上、中国への日本の謝罪ということについて、僕の考える「謝罪」の意味を述べてみました。日本軍による戦争犯罪行為への謝罪云々ということ(これはこれで、別に考えなくてはなりません)から1歩離れた、これからの東アジアを見据えた外交戦略としての「謝罪」の仕方があると思うのです。中国は、日本より強国です。アジアの覇者は、日本ではなくこれからは中国です。ここんとこが、我々日本人としては受け入れ難いことかもしれませんが、国際社会の冷然たる事実なのですからしかたありません。

覇権国家中国は(アメリカと同じく)、かりに、その意見が正しいものであっても、正論なんてものは暴力でたたきつぶす、そうした国なのです。誠に失礼ながら、robitaさんの「うちらは悪くない、おまえが悪い」という意見を我が国は中国に主張し続けるべしというお考えは正論ですが、理想の、あるべき、日本と中国が対等で平等な関係である日中関係と言わざる得ません。中国は(アメリカと同じく)(しつこいか)(笑)そういう国ではありません。中華帝国の世界観には、中国とその属国しかありません。それが現実の世の中なのです。しかしながら、そうした中華帝国でさえ、国際社会の秩序の中にあります。これが秀吉と政宗が見ていた「天下」です。ですから、日本は中国そのものではなく、中国を通して、その向こうにある国際社会に向かって「謝罪」をするのです。そして、中国が納得してくれなくても、国際社会が納得すればそれでいいんです。中国もまた覇権国家たらんとしているので、いやでも国際社会の秩序に従わざる得ないのです。

国際社会が納得するとはなにか。これも不幸なことに、今の国際社会とは第二次世界大戦の戦勝国である米英仏露中が中心になってできています。これがヤダであろうと、なんであろと、これも冷然たる事実なのだからしかたありません。アジア侵略したオマエらが悪い、は正論なのですが、通用しません。それが現実です。そうした世界に、小国日本がどう立ち向かうのか。政宗にように立ち向かって行きましょう。

| | Comments (5) | TrackBack (6)

October 28, 2007

戦争に先手なし

 robitaさんが、非常にインパクトのある文章を書かれた。それでコメントを書こうとしたのですが、例によって長くなってしまったので、例によって自分の方に置きます。

---------------------------------
robtaさん、

robitaさんが言われていることは、大別すると武装中立論になると思います。今のアメリカ従属関係から脱却し、日米安保は破棄し、独立した国防力を持った国家になるということです。思えば、昭和26年のサンフランシスコ講話条約で、戦後日本はアメリカの占領から独立したということになっていますが、実際のところは、この講話条約は「日本は今後、アメリカの従属国家になります」という内容であったわけです。まあこのへん、世界は米ソ冷戦になっていたので、好きでそうなったわけではないと言えば、そうであったわけですが。

そして戦後も半世紀を過ぎると、もうアメリカのいいなりにはなりたくない、そういう気分が広がっています。これはブッシュ政権になって、アメリカはあまりもメチャクチャなことをやり始めたので、もうつきあっていられないという感覚もあると思います。

そこで、アメリカ従属から脱却し、真に独立した国家になるということですが、ここで考えるべきことは、やはり憲法9条だと思います。結論から申しますと、アメリカ従属から脱却し、真に独立した国家になるからこそ、憲法9条は維持しなければなりません。

なんでそうなのか、といいますと。

アメリカ従属関係から脱却するということは、今まで以上にアジア諸国との関係を深めなくてはならないということです。なんでそうなの、アメリカ依存をやめるだけじゃない、他の国との関係なんてどうでもいいじゃない、と思われるかもしれませんが、アメリカという後ろ盾を失うということは、今まで以上に、諸外国との関係を深めなくてはならないということです。特に重要になるのが、周辺アジア諸国です。

ところが、この周辺アジア諸国において、イルボンというか、リーベンというか、日本という国は、どーも好かれていません。まず、この現状では、とてもアメリカ依存をやめるなんてできません。超大国アメリカにはたてつくわ、中国からはバカにされるわ、韓国からは嫌われるわ、では、国際社会の中のやっていけません。戦後日本はアメリカ従属関係の中に身を置くことによって、逆に周辺アジア諸国の信頼を得ることをしてきませんでした。この「してこなかった」というツケが、今、日本の足を引っ張っています。

この現状の上で、なおかつ、日本が「日米安保はやめます」「自衛隊を国防軍にします」「憲法9条はやめます、なくします」となったらどうなるか。こりゃあもう、すわ、日帝の復活か!!と思うに違いありません。中国や韓国だけではなくロシアもそう思うでしょう。なんで、そんなこと思うの、日本がそんな国になるわけないじゃん。オマエたちがどう思うと勝手だが、日本が何をしようと日本の勝手だ。そんなことを思う、オマエたちが悪い、と思われるかもしれませんが、現状、イルボンというか、リーベンは、政治家が靖国神社を参拝したり、あの戦争は正しかったとか言っている以上、信用できません。

ここんとこ重要なので強調しますが、我々日本人としては、そんなことはまったく思っていない、そう思う前たちが悪いと思われるかもしれませんが、それならば、なぜ誤解され、警戒されるようなことをやるのでしょうか。彼らにも、彼らの生活があり平和を守る必要があります。隣に、前の戦争を反省していない不気味な国があったら警戒するのは当然です。つまり、日本の安全保障上、憲法9条を維持する必要があるということです。

憲法9条を廃止すると、周辺アジア諸国は日本に対する緊張感を高めます。そうした状態で、なにか事件が起こり、それがもとで中国とかロシアが、我が国への攻撃か!!と判断し、核ミサイルを日本に撃ち込むことなるかもしれません。そうなったとしても、国際世論は、「ああ、あの国はそうされてもしかたないね」ということなるでしょう。なんてったって、前の戦争は正しい、うちらは全く悪くないという歴史観をもった特殊な神社に政治家が参拝する国ですから。また、あの連中は何がしでかすんじゃないか、どうも信頼できない、あの国は今度は核ミサイルを抱えてカミカゼ攻撃をしてくるんじゃないか、そういう懸念があるから、国連でも日本はまだ敵国条例の対象になっているのです。

では、どうであればいいのか。日本が武装中立になり、真に独立した国になるには、「日米安保はやめます」「自衛隊を国防軍にします」しかしながら「憲法9条は続けます」あるいは、新しい「自分から戦争はしません憲法」を作る必要があるのです。

軍事力は必要です。武装中立なんですから、日本は武装します。こればっかりは、中国がなんと言おうと、韓国がなんといおうと、日本は武装します。日本は武装国家になります(武装国家になるための予算があるんですかという話は、ちょっと横に置いておきます)。しかし、その武装は身を守るための武装であって、他国を侵略したり、他国に暴力をふるう国を支援するためのものではありません。そして、そのことを世界の人々に説得して理解してもらわなくてはなりせん。中国や韓国が、100回言ってもまだ理解してくれないのならば、200回言って理解をしてもらうようにします。200回言っても伝わらなければ、300回言います。理解しないオマエたちが悪い、うちが何をしようとうちの勝手とは言いません。なぜなら、自国の意図を相手に伝える、伝えようとする熱意が、戦争を回避するのです。国家間がその意志をなくした時に、戦争は始まります。

ここで突然、映画の話になります。

先日、銀座で『黒帯』という映画を見てきました。沖縄空手の明武舘剛柔流空手の八木明人さんと日本空手協会の中達也さんが主演をした空手映画です。二人とも師範で、子供の時から稽古をしてきた人です。日本空手協会は松濤館流なので、つまり剛柔流と松濤館流という、今はやりのフルコン空手ではない伝統空手の二つの流派がそろって出ているということになります(もう一人、極真の人も出ますけど、この人はアクションなしです)(フルコン派の極真空手に伝統空手の動きができるのかというと、話が深くなるのでここでは触れません)(笑)。

昭和7年、軍国主義に突き進む世の中で、古くから続いていた空手道場が憲兵隊に接収されます。その道場で修行に励んでいた二人の若者が、一人は軍の命令に従うことで、己の強さを追求し、もう一人は師の教えを守ろうとします。この二人の若者が、亡くなった師の空手を継承するために争うという物語です。これは、良かったです。いわゆるアクション映画や格闘映画ではなく、ストイックで純粋な精神性のある映画です。武術としての空手の見事な動きを、ひさしぶりに見ました。夏木陽介の演じる師の柴原英賢はこう教えます。「空手に先手なし」と。「己より劣る者に勝って何になる」「己の技を全力で向けるのは己のみ」と。

国家の話に戻ります。

robitaさんは「日本が世界平和を全世界に訴えるならば、まず、強くなることを考えるべきではないのか。」と書かれています。この「強さ」とは何だろうと考えます。そもそも、ある国が他のある国の言うことに従う、というのはどういうことなのでしょうか。その国の言うことを聞かないと酷いことをされる、いやがらせをされる、いろいろと困ることになる、だから、その国の言うことに従う、というのは恐怖があるから従うのです。他国に恐怖心を与えて威嚇し、威圧し、恫喝することで従わさせているのです。そんな国に日本はなろうと言うのでしょうか。本当の強さとは、あの国には信頼がある、尊敬ができる、だから、あの国の言うことは正しいと思う、あの国に従います、そうなるのが本当の強さです。そうした「強さ」を持つ国にならなければなりません。

軍事そのものに、攻撃専門の軍隊とか防衛専門の軍隊とかいうものはありません。軍隊は軍隊であり、軍事は軍事なのです。専守防衛とは、戦闘の思想なのです。それを政治として、アメリカへの都合上、自衛隊といういびつな軍隊らしきものを作ってきたのが戦後日本なのです。そうしたことはもうやめて、本来の日本国の国民のための軍隊を作りましょう。そして、憲法9条を維持すること、つまり、戦争に先手なし、です。あの国は軍隊は強いのだけど、自分から攻撃することはしないという拳法、じゃなかった(笑)、憲法を持っている、さすが侍の国だ、立派だ、と思われるようになりましょう。これが国際社会での日本の発言力を高めることになるのです。どこぞの某国の属国のように、あの国にさからうと嫌がらせをされる、だからあの国に従おう、従うことが国益なのである、となるのはもうやめましょう。

| | Comments (11) | TrackBack (2)

October 14, 2007

じきに人々の意識が変わり、新しい時代が開けると

  『An Inconvenient Truth』の中で、アル・ゴアはこうした意味のことを述べるシーンがあった。自分は世界各地を回り、これほど何度も何度も語っていても、それでも地球温暖化の危機を理解しない人々が多いと。

しかし、それでも、彼はこう語る。

「私は信じている。じきに人々の意識が変わり、新しい時代が開けると。」

 今年のノーベル平和賞は、アルバート・ゴア元アメリカ副大統領と、国連の政府間機構変動条約(IPCC)が共同で選定された。彼の映画はオスカーやアカデミー賞を受賞し、そして、今度のノーベル平和賞受賞である。世界の心ある人々は、ゴアの語る言葉を聴き、行動しようとしている。ゴアを批判する人々は、気象学的な反論サンプルを提示するだけであって、地球温暖化問題の本質がまったくわかっていない発言を繰り返すだけである。もはや地球温暖化を否定する人々は、一部の気象学者の枝葉末節的な論争を繰り返すだけの者か、自動車会社や電力会社や石油会社の回し者と思われてもしかたないであろう。

 ゴアの受賞について、アメリカのメディアは礼賛である。(共和党寄りの保守派メディアは除く)(笑)

 ワシントンポスト紙は、"Gore v. Bush The Nobel Peace Prize committee hands a victory to Al Gore."と題された社説にはこう書いている。"That achievement is impressive and important, notwithstanding factual misstatements and exaggerations such as the "nine significant errors" in the film cited by a British judge Wednesday."(水曜日にイギリスの法廷で映画の中に「9つの重要な間違い」として誤りや誇張があることが指摘されたにも関わらず、ゴアの業績は重要である。)と書いている。

"Mr. Bush said, through a spokesperson, that he was "happy" for Mr. Gore. But there was no congratulatory phone call,"

 とあるように、ブッシュ大統領は、ゴアの受賞は"happy"であったそうであるが、ゴアに電話で祝賀連絡することはなかったそうだ。

 そして、こう書いている。

"When it comes to global warming, the ire is warranted. Mr. Bush's inaction on climate change is one of the major failings of his presidency. He squandered nearly seven years by questioning the science of global warming and undermining efforts to do anything substantive about it. His recent efforts to demonstrate leadership -- from finally recognizing global warming as real to hosting a climate summit with the major emitters of greenhouse gases -- are undermined by his insistence that nations pursue voluntary "aspirational goals" to reduce carbon dioxide emissions. This is not the kind of leadership the world is looking for. "

 最後の"This is not the kind of leadership the world is looking for."(こんなことは、我々の求めるリーダーシップではない)という言葉こそ、ワシントンポスト紙が述べたいことなのであろう。

 ゴアの評価がますます高まっていく背景には、今、アメリカで大きくなっている反ブッシュ感情がある。その意味で、LA Times紙のOctober 13, 2007のコラム"Al Gore: the anti-Bush No wonder conservatives are apoplectic - Gore's fortunes rise as the president's plummets."はおもしろいことを書いている。

"Some of us prefer a president like Gore no matter what. But many people don't have a strong preference, or don't think very hard about what Gore would have been like as president. Therefore, he lacks a positive identity; people think of him only as the anti-Bush."

 ようするに、少数の人々にとってゴアへの支持は絶大であるが、一般の大多数の人々にとっては、ゴアを強く支持しているわけではない。しかし、それでもゴアの人気が高いのはなぜか。ゴアは、反ブッシュのシンボル的存在として見られているのである。

 アンチ・ブッシュ、今や流れは、ようやく正しい方向へ向かい始めたようだ。 Anyway, Congratulations, Al Gore & IPCC for winning the 2007 Nobel Peace Prize!!

| | Comments (30) | TrackBack (2)

October 08, 2007

確かに、「憲法上難しい」

ISAF参加「憲法上難しいのでは」 外相・防衛相(アサヒコム)

 高村外相と石破防衛相は、民主党の小沢代表が国連決議に基づくアフガニスタンの国際治安支援部隊(ISAF)への自衛隊参加は可能との見解を示していることについて、「憲法上難しいのでは」と述べたという。

 ふーん、イラク派兵は「憲法上難し」くなかったんだねえ。アメリカがイラク戦争を始めたら、「突如として日本の主権が消えて憲法9条に反しないという理論」が生まれたのは、どこの政党だったんだろうねえ。

 少なくとも、アメリカが関わる自衛隊のことについて、「憲法上難しい」ことは存在しない。アメリカが関わると、この国では、憲法上どうであろうと、なぜか超法規的処置として通るのである。小沢一郎のテロ特別措置法の延長への反対は、極めて特筆すべきことなのだ。民主党のウェブサイトにある「小沢一郎代表 テロとの戦い疑問に答える」(「テロとの戦い疑問に答える」っていうタイトルは、なんだかなあ)で小沢一郎が述べていることは、まったくの正論である。

 しかしながら、次に問うべきことは、ISAF派遣が憲法に抵触しない、ということをどのように説明するのかということであろう。これまでの自民党のように「アメリカ様にたてついたら、北朝鮮問題が進展しない」というのは、当然のことながら説明にはならないが、今の日米関係のリアリズムの観点から見れば、これはこれでホンネの「説明」にはなっている。(かなり、歪んだ説明ではあるが)。

 国連の承認があるから、何をやってもいいというわけにはならない。その意味では、高村外相や石破防衛相が言うように、憲法がある。自衛隊のISAF参加は、確かに「憲法上難しい」のである。「憲法上難しい」んだけど、アメリカ様にたてつくことはできないので、憲法を改正するのではなく、その場その場でつくろってきて、それでもそれなりにやってきたのがこれまでの自民党及び外務省であった。そして、自衛隊はいつも、軍事ではなく、政治の道具にされてきた。

 民主党が、これを小沢代表の原則論でどう乗り切るのだろうか。

| | Comments (21) | TrackBack (2)

September 30, 2007

再び「「丸山眞男」をひっぱたきたい」を考える

 7月24日の「ひっぱたきたいのは、「丸山真男」ではなく」への、のれそれさんのコメントで、のれそれさんの言われる「「丸山〜」の本質は労働者VS労働者です。」というのは、まったくその通りであって、前回の私の文章には、このことをどう考えるかということについての言及はなかった。むしろ、赤木さんが言われている今の労働市場なり社会構造のなりの本質的欠陥は紛れもなくあることを述べたに過ぎない。

 そこで、再度、赤木さんの「「丸山眞男」をひっぱたきたい」を読み、さらにその続編の「けっきょく、「自己責任」 ですか 続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで──」を読んでみた。

(以下、文中、「「丸山眞男」をひっぱたきたい」を「丸山〜」と、「けっきょく、「自己責任」 ですか 続「『丸山眞男』を ひっぱたきたい」「応答」を読んで──」を「続丸山〜」と表記する。)

 「丸山〜」を読んで誰もが感じることは、なぜ非正規雇用者と正規雇用者が対立しなくてはならないのかということであろう。経済の成長が止まり、ゼロサム成長になれば、あとは必然的にゼロサムの中でのパイの奪い合いになる。「丸山〜」は、正規雇用者と非正規雇用者がパイの奪い合いになることを論じている。ここで、「論じているだけにすぎない」と書こうと思ったが、このことをま正面から直接に論じたのは、私は寡聞にして「丸山〜」以外に知らない。「すぎない」と言えば「すぎない」のであるが、非正規雇用者の誰もが内心漠然と感じていたであろうことを述べた意義はある。

 その反面、「丸山〜」はかなり多く誤解、誤読されていると思う。この論考への反論の多くが、正規雇用者もまた数々の不平等や問題を抱えており、非正規雇用者が正規雇用者に利益の平等分配を求めるのは、お門違いも甚だしい。利益の平等分配を求めるべき相手は、正規雇用者ではなく資本主義なのであるという意味の反論であるように思える。

 実際、これらの反論は赤木「丸山〜」への反論として正しい。労働者VS労働者の構図ではなく、労働者VS資本主義の構図でなれば、労働問題は解決しないのである。しかしながら、これは私個人の勝手な思いこみであるが、赤木はこのことをよくわかっているのではないかと思う。本来は、労働者VS資本主義の構図であるべきものを、赤木はあえて労働者VS労働者の構図を持ち出してきているのではないか。

 なぜなならば、この本来の構図である「労働者VS資本主義」を、そもそも今の左派はとっていないではないかという怒りのようなものが赤木にはあるように感じられるからだ。「丸山〜」の文章にあるのは、非正規雇用者の怒りと怨嗟である。それを社会的弱者の不平不満であると批判するのはたやすい。しかし、今、我々の誰もが赤木になりうる可能性を持っている。自分で望んでそうなるわけでも、自分に過ちがあってそうなるわけでもない。社会が人を社会的弱者にするのである。そうした現状に対して、今の左派はまったく無力である。

 赤木は「続丸山〜」の中でこう書いている。

「こうして考えてみると、安定労働層とそれに結びつく左派が、貧困労働層を極めて軽視しているという現状が改めて見えてくる。」

 つまり、本来は「労働者VS資本主義」の構図であるべきはずなのに、新左翼が崩壊した以後、いつまにか左派は労働者の中の安定階層しか相手にせず、貧困労働者層を相手にしなくなったではないかと赤木は書いているのである。それなのに、ここで非正規雇用者からその疑問が提起された時、左派が言うことは、正規労働者だってたいへんなんだとか、労働者VS労働者ではない、というお決まりの古典的左翼の論法でしかないことに赤木はいらだっているのである。「労働者VS資本主義」であることをやめたのは、左派の方ではなかったのか、と。

 さらに、赤木は「続丸山〜」の中でこう書く。

「団塊ジュニア世代が「就職時に不況であった」という理由だけで、本来得られるべき安定した生活を得られない。そして「自己責任論」のもとに、再チャレンジなどというギャンブルに身を投じるよう強いられる。その一方で富裕層はもちろん、安定労働層を含む既得権益層