October 28, 2017

現状維持とはなにか

 衆院選の結果は、相変わらずの自民圧勝である。

 この「相変わらずの自民圧勝」というのは、思えばほとんどすべて衆議院議員総選挙は、2009年の衆院選を除けば「相変わらずの自民圧勝」だった。今回、有権者は現状維持を望んで自民党に投票したと言われているが、こうしたことは毎回(2009年の衆院選を除けば)そうだった。この「現状維持を望む」という感覚はよくわかる。

 現状維持というのは、読んで字の如く今の現状が変わらないということである。とことが、だ。現状維持であれば、今の現状が変わらないのであるのならばその通りなのであるが、実際のところ、今の現状そのものに問題がある以上、現状維持であろうとするのならば、実体において現状維持ではなくなるなのである。

 現在は過去の選択の結果である。今の数々の問題は、例えば1980年代に対策を始めていたら、2010年代後半の今日、これほど大きな問題になっていなかったものが数多くある。つまり、現状維持を望んできたために、現状を維持できなくなったことが数多くあるということだ。現状維持というのは、最悪の選択である場合もあり得るのである。

 ただ単純にすべてにおいて「現状維持を望む」のではなく、コレコレは「現状維持を望む」であるが、コレコレは「現状維持を望む」ではダメだと判断しなくてはならない。現在の政治においては、与党・野党とかいうことはあまり意味はない。ざっくばらんな候補者や政党の選択ではなく、これほどネットが普及した今日のこの国であるのならば、個々の政策について有権者が選択できるようになってしかるべきなのであるが、今の選挙制度はそうなっていない。

 変えなくてはならないことは、変えなくてはならない。変えてはならないことは、変えてはならない。

 例えば、安倍政権になって景気が良くなった、いや良くなっていないという声が数多くあるが、安倍政権がどうこうという以前に、このブログで何度も書いているが、バブル崩壊後、この国の政府がやり続けてきたことは、国債を乱発し、景気対策と称するバラマキを続けて借金の山を作ったということだけである。安倍政権がやっていることもこの続きであり、さらに異次元金融緩和という国債乱発のスケールをとてつもなく大きくしたのがアベノミクスというものなのである。これはそもそも「おかしい」「異常な」状態なのだ。

 アベノミクスの異次元金融緩和は、もうそろそろこれはヤバい状態になっているということを誰もが認識すべき時なのであるが、そういう状態にはほど遠い。今、これだけの国債を発行している、これで金利が上昇すれば金利の支払いは不履行になり国家の財政は破綻する。仮に財政破綻にならなかったとしても、いつかは返済をしなくてはならないものであり、他のことに回せるお金がこの支払いに消えていくのである。アベノミクスはやめるべきものであり、今の経済政策は「即刻変えてなくてやらない」。

 その一方で「現状維持でなくてはならない」のが憲法である。GHQが作った憲法であることは確かであるが、あの当時においても、今の時代においても、日本人の手であのレベルの基本的人権と国民主権の水準を維持する憲法を作ることはとうてい不可能であると言っていい。今、改憲をしたいと言っているのは、日本会議などといった国権主義の勢力であり、今の日本国憲法は個人主義が強すぎる、もっと国権に寄るものでなくてはならないと考えている。この勢力が安倍自民党政権を支える大きな柱であり、安倍政権下での改憲は間違いなくこの勢力に沿った改憲になるであろう。そうである以上、GHQが作った国際水準の憲法のままで十分だ。

 もうひとつ憲法9条については、日米安保とセットになっているのであり、憲法9条を変えるには日米安保その他諸々の条約や密約も変える必要がある。このための日米交渉をしなくてはならない。そう簡単に短期間でできるものではない。自衛隊そのものの改革も必要だ。その膨大な予算が、今のこの国の財政では出すことは困難である。そう考えると憲法9条も「現状維持でなくてはならない」のである。

 さらに言えば、在日米軍についてなど、高度な政治性を有する国家の行為については司法は判断しないという結論を裁判所が出す現状では、憲法9条がどのようなものであっても「通ってしまう」のである。この統治行為論の乱用そのものを改めるという認識がなければ憲法9条の改憲は意味はない。北朝鮮のミサイルがどうこうというが、日本防衛の活動をしているのは自衛隊であり海上保安庁である、在日米軍は日本を防衛しているわけではない。このような現状を考えると、現実的観点から見て憲法は「現状維持でなくてはならない」。

 26日の産経新聞によると「安倍晋三首相は26日の経済財政諮問会議で「3%の賃上げが実現するよう期待する」と述べ、来年の春闘での賃上げを産業界に要請した。」という。

 アベノミクスの効果がさっぱり出てこないので、もはや政府は強制的に賃上げを要求してきたということである。民間企業が従業員に直接的にいくらの賃金を支払うかということについて政府が要求をするというのである。これはもう自由経済とは言い難く、戦争中のような統制経済になってきたと言えるだろう。もともと、戦後の日本経済は大枠において戦争中の統制経済がそのまま存続しているところがあったが、それは今でも続いている。中国ロシアや北朝鮮のような非自由主義経済的な国家による統制がどうこうという声をよく聞くが、この国も同じようなことをやっているのである。

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October 15, 2017

1950年にできた枠組み

 安倍自民党は憲法に自衛隊を明記する改憲案を提示し、憲法を改正してこれを2020年に施行させようとしている。

 今、憲法第9条を改正せよという声が多い。憲法第9条には「陸海空軍その他の戦力は、これを保持しない。国の交戦権は、これを認めない。」とあるのに、なぜ自衛隊があるのかという問いがある。国が防衛力を持つのは当然であり、当然のこととして自衛隊はある、であるのになぜ自衛隊は違憲になるのか。憲法に軍隊を持たないとあるのはおかしいではないかという声は多い。

 回答は簡単だ。GHQが軍備を持てと言ったから持った。そうとしか言いようがない。なぜ自衛隊があるのかと言えば、70年前にマッカーサーと吉田茂がそうしたからとしか言いようがない。再軍備はできないという憲法がありながら戦力を持たせたのはアメリカであり、その指示に従ったのは日本政府である。

 なぜ憲法に戦力を持たないとあるのに、自衛隊は存在しているのであろうか。1950年に朝鮮半島で朝鮮戦争が勃発し、アメリカは日本に駐留させていた部隊を出動させることになった。だがそうすると。日本の防衛兵力が存在しなくなる。そこでその代わりとしての武装組織を発足させるととした(露骨に言うと、これは日本国及び日本国民のための防衛ではない。なんのための防衛兵力かと言えば、進駐軍つまりGHQのための防衛兵力である)。日本国憲法は1947年(昭和22年)に施行されているので、これは当然、憲法第9条に触れることではあったが、憲法以上の存在であった占領軍の指示である。事実上、警察予備隊の創設は日本の再軍備であったが、時の総理大臣吉田茂はこれを再軍備とはいわず「警察予備隊」と言い続けた。

 しかしながら、警察予備隊ができたのは占領時代の話だ。これがGHQを守る兵力であるのならば、占領が終わり、日本が独立国になった後は、憲法違反の警察予備隊を廃止していいはずだ。あるいは、戦力を持たないという憲法はおかしいとするのであるのならば、GHQから「押しつけられた」憲法を即刻改憲すべきであった。

 ところが、そうはならなかったということに日本の戦後史のある側面がある。占領が終わり主権回復をした1951年(昭和26年)以後、今日に至るまで日本国憲法はなにひとつ変わることはなくそのままであり、警察予備隊は保安隊になり自衛隊へと拡張していった。

 なぜそうなったのであろうか。

 ここで大きく言えば米ソ冷戦というもの、具体的には朝鮮戦争というものが現れる。おおざっぱに言ってしまうと、今、私たちが置かれている状況とは、1950年に起きた朝鮮戦争への協力体制がその後もずっと続いてきたという状況なのである。日本の戦後史でいう「逆コース」のことなのであるが、この時代のことについて、先日もここで紹介した矢部宏治さんの『知ってはいけない 隠された日本支配の構造』(講談社現代新書)にわかりやすく書かれており、しかもこれまで知らなかったことが数多く書かれていた。

 この本の中の4コマ漫画を講談社のウェブページで見ることができる。これを見るだけでも、これまで私たちが知らなかった日米安保の事実がわかる。ようするに、こういうことだったのだ。

 もともと、なぜ日本国憲法の第9条で日本は戦力を保持しないとしたのかと言えば、当時、マッカーサーが構想していた日本の防衛とは、国連及び(実質的にはアメリカ軍を主力とする)国連軍が日本を防衛するというものであった。

 第9条はこれ単独ではなく、日米安保やそれに関連する協定や密約などと一緒に考えなくてはならない。なぜ第9条で戦力の保持を放棄しているのかと言えば、日本にはアメリカ軍がいるから戦力を保持しないのであり、ではなぜ自衛隊が存在しているのかと言えば、有事の際にアメリカ軍の指揮の下で日本の防衛を行うための日本側の実行組織として自衛隊がある。このことをまず第9条の認識の基本にしなくてはならない。すべてはこの理解から始まる。この理解がないため9条論議は常に混乱するのである。

 日本にはアメリカ軍がいるから戦力を保持しないというのは、日本国内にアメリカ軍がいることを認めるということだ。ここで重要なことは、日本国内にいるアメリカ軍とは、日本の防衛のためにだけ存在する兵力ではないということだ。日本政府は、日本国内にいるアメリカ軍は、日本の防衛のためにだけ存在する兵力とするという取り決めをしていない。

 つまり、日本国内にいるアメリカ軍はアメリカ国内のアメリカ軍とまったく同じであり、在日米軍基地及び基地外部でなにをしようとも、また基地からどの国へ兵力を送ろうとも日本国はまったく関与しない(というか関与できない)というものである。日米安保条約では、アメリカは日本の最終的な防衛義務は負っていないことはあまり知られていない。というか、ほとんどの人々はそのことをを知らない。アメリカは日本を守ってくれると無邪気に信じている。

 こうした日米関係を基盤として第9条は成立している。つまり第9条とは、いわば日本を軍事的には半植民地的状態にするものであったのだ(GHQが作ったのだから、当然と言えば当然なのであるが)。

 これに対して日本政府は、わずかばかりの抵抗をし続けてきた。自衛隊の活動が日本国内に留められていれば、有事には自衛隊はアメリカ軍の指揮下に入るといっても日本国内の専守防衛だけにすることができる。だからこそ戦後日本の歴代政権は自衛隊の海外活動に難色を占めてきた。ところが、安倍政権による新安保法制の成立はこのストッパーを外してしまい、海外での自衛隊の活動を法的に可能にした。自衛隊はアメリカ軍に従って海外派兵をすることができるということになってしまった。

 さらに安倍自民党は自衛隊を合憲にしようとしている。この状態で自衛隊は合憲、海外派兵はすでに合憲、しかしながら、指揮権はアメリカ軍にあることは変えないということは、日米関係がより強固なものになるのではなく、日本の対米従属がより強固なものになるというのが正しい。

 日本が戦力を持たないのはおかしいとするのは極めて当然の考えだ。ではなぜ自衛隊はアメリカ軍指揮下になる現状を変えようとはしないのであろうか、なぜ、正しい本来の姿の軍隊を持とうとしないのだろうか。ただうわべ的な部分だけを変えても、なにも変わらない。

 現状の自衛隊は在日米軍の支援組織、補助組織として作られた組織であり、主権国家としての日本国の軍隊としての役割を完全に実行することができない。これをあるべき正しい日本国の軍隊にするにはやるべきことは数多くある。ところが、安倍自民党においても、憲法に自衛隊を明記するという話だけで、実質上、専守防衛といういびつで、かつミニアメリカ軍のような「ぐんたい」である自衛隊の内容を日本国のまっとうで正しい軍隊にするという話はまったく出ていない。

自衛隊を正しい日本の軍隊にするには、当然それなりの莫大な費用がかかる。その費用はどこからか持ってもなくてはならないということになる。第9条を変えるといっている政党で、そうしたことを言っている政党はひとつもない。いざとなったらアメリカ軍頼みのメンタリティーは、今日においても変わることなく続いているのである。

 戦後日本の安全保障が「こういう姿になってしまった」ことの背景には、第二次世界大戦以後の世界は米ソの冷戦になったということ、アジアで朝鮮戦争とベトナム戦争が起きたということ、国連が世界政府として機能しなかったということ、そしてなによりも敗戦国として世界覇権国である超大国アメリカの意向を否応なく受けざるを得なかったということなどがある。マッカーサーが想定した世界政府としての国連と強力な国連軍の存在を前提とした日本国憲法第9条は、そうなることはなかった戦後の現代史と日米関係の中で大きく歪んだものになってしまった。

 この歪みの出発点になったのは朝鮮戦争である。この1950年6月に起きた出来事によって成立したある歴史的な枠組みがあり、我々はその枠組みの中に2017年の今日においてもあり続けている。そして、今の状況を考えるとこの先も続くものと思わざるを得ない。

 私は9月30日にここで「結局、希望の党が出現しても、国民の暮らし、生命、財産、基本的人権というものは置きざりにされたままになっている今の状況はなにひとつ変わらない。」と書いたが、これは枝野さんの立憲民主党の出現があった今でも変わっていない。

 今回の選挙は自民、公明、希望、維新が圧勝し、選挙後のこの国の政治には巨大な保守連合とも言うべきものができる可能性は高い。結局、立憲民主党が出現しても国民の暮らし、生命、財産、基本的人権、さらに言えば国家主権と平和の理念が置きざりにされたままになっている今の状況はなにひとつ変わらない。この国の政治は軍事において、事実上、野党は消滅したのである。これを矢部さんは最近のコラムの中で「「朝鮮戦争レジーム」の最終形態である「100パーセントの軍事従属体制」に他ならない」と述べている。

 今後、安倍自民党たちが悲願とする憲法改正はできず、第9条はこのままであったとしても、矢部さんがコラムで書いているように、在日米軍と自衛隊の一体化はさらに進展していくだろう。また核兵器の保持が、現実をもって論じられるようになるだろう。その時、核兵器の配備場所として沖縄が挙げられるようになることは十分ありうる。中国と北朝鮮の脅威に対抗するために、在日米軍と自衛隊の一体化を進め、沖縄に核兵器を公式に配備することが、この国の安全保障で必要なのであるというが声が強く聞こえるようになるだろう。

 我々はこの枠組みの中から、いつ抜け出すことができるのだろう。

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October 07, 2017

立憲民主党の設立

 かつて大前研一さんは、去年の11月に『PRESIDENT』誌上で「さらば民進党」もはや愛想が尽きた」というタイトルのコラムでこう書いている。

「今度ばかりはほとほと愛想が尽きた。民進党のことである。参院選、都知事選から党代表選に至る迷走ぶりは、完全に分裂・消滅のプロセスに足を踏み入れたと思わざるをえない。」

「民主主義の根本であるところのマジョリティに拠って立つ、ということで民主党は自民党との対立軸を明確にしてきた。たとえば医療問題では医師会重視の自民党に対して民主党は患者側に重きを置く。年金問題では年金機構ではなく年金受給者に重きを置くし、教育改革では教師や学校側ではなく、生徒や保護者に重きを置く。受益者側に重きを置くことで、予算配分もドラマチックに変わってくる。」

「日本の景気をおかしくしている。日本経済の再生に本当に必要なのは、アベノミクスのようなまがいものの経済政策、人工的な成長戦略ではない。ひたすらサイレントマジョリティの将来不安というものを取り除くことだ。その意味では、民進党は「サイレントマジョリティのための国づくり」という原点にいま一度立ち返るべきなのだ。」

「私は今回の党代表選を機に、民進党に対する一切の助言、助力を打ち切ることを決めた。未練もない。」

 あの大前さんが、もはや救い難いと見切りをつけたのが民進党である。大前さんが言っている党代表選とは、ひとつ前の連坊代表の時のことだ。その後もこの政党は原点に変えることはまったくなかった。7月の参議院選挙では民進党、共産党、社民党、生活の党の野党4党が共闘したが成果は思ったほどは出ず、民進党は議席を大幅に減らした。続く都知事選では、民進党は惨敗した。そして理解し難いのが、党代表選で知名度抜群があるということだけで蓮舫を担ぎ上げたということだ。

 なぜこうした時に連坊が政党の代表になり得るのかさっぱりわからない。幹事長には野田佳彦前首相を置くなど、この人たちはいまなにをすべきなのかまったくわかっていない人々であった。連坊代表の二重国籍の是非がどうこうというよりも、言っている内容が言い訳がましく二転三転する姿はもはや政党の代表の器ではないことは明白であった。結局、連坊は代表の座を退くことになる。

 さらに理解し難いのが、次に前原誠司を代表にしたということだ。これでこの政党は終わるなと思ったいたら、案の定、終わった。この政党は、終わるべくして終わった。野党連合がどうこうというよりも、大前さんが言うようにサイレントマジョリティの将来不安を取り除くことをきちんと明確に言えば、それだけで数多くの有権者が支持をするのである。なぜ、そうした当たり前のことすらできなかったのであろうか。国民の一般大多数が不安を感じているこの先のこの国の行方を払拭してくれることをきちんと言ってくれれば、それでいいのである。ただそれだけのことなのに、なぜできないのだろうか。

 なぜできないのかといえば、そうした原理原則、哲学、理念ともいうべき大きな枠組みや方向性、ミッション、ビジョンを構想することができないからであり、目先の利害、損得勘定しかできないからだ。もちろん、目先の利害、損得勘定は必要なことであり、これがなくては現実は成り立たない。しかしながら、原理原則、哲学、理念ともいうべきものがなければ、実は目先の利害、損得勘定で大きく不利益になるのである。だからこそ、目先の利害、損得勘定をより確実なものにするために、もっと土台、基盤からの原理原則、哲学、理念ともいうべき大きな枠組みやビジョンが必要なのである。

 2日、枝野さんが立憲民主党という新しい政治政党をつくった。この政党は期待できるのだろうか。また民主党みたいなものになるんじゃないだろうなと思いながらネットに挙がっている枝野さんの演説を見てみた。誠実に、国民の一般大多数が不安を感じているこの先のこの国の行方を払拭することが政治家の基本であり原理原則であることを体現している演説であった。思えば昔は、こういう語りをする政治家が数多くいたように思う。

 安倍晋三さんは相変わらず、北朝鮮がどうこうとか「いま、求められているのは国際社会と連携していく外交の力です」とかわけがわからないことを言っている。6日の毎日新聞のコラム「経済観測」に経営共創基盤CEOの冨山和彦さんが興味深いことを書いていた。

「希望の党と民進党の合流が報じられ、総選挙はがぜん盛り上がってきた。ただ、そこでの政策論争、取り分け経済政策を巡って以前から気になっている風潮が一つ。それはあたかも経済の行方が政府の政策次第のような前提で議論されがちなことだ。

 実際、財政出動やら金融政策やらマクロ経済政策の力で持続的成長を実現できるかのようなことを、経済評論家や政治家が分かったような顔をして語る。しかし、この手の政策が景気刺激策としてはともかく、日本経済が長年にわたり直面している根本問題、すなわち経済の芯を強くし、イノベーションを促して持続的な成長力を押し上げる力を持っているとは思えない。」

「日本は自由主義経済の国だ。そこで経済の行方を決めるのは、圧倒的に民間の市場参加者の自由な経済活動である。民間企業、そして個々人がいかに生産し、投資し、消費し、イノベーションを起こしていくかで99%が決まる。政府の役割は、自由な経済活動がフェアに透明にオープンに行われるような環境整備を行うこと。そして市場参加者として活動する前提となる教育投資やさまざまなインフラ整備を行うことに尽きる。」

 これはまさにその通りで、政府の経済政策で実際の日本経済そのものが良くなるということはない。枝野さんの演説に対して、具体的な政策は、とか、じゃあ、どうするんだよ、みたいな書き込みが多く見かける。しかし、今言うべきことは、経済政策がどうこうとか外交がどうこうということではなく、この国はこれからどうするのかという大きなビジョンや理念、方向性を出すものであり、具体的なことは、その現場、現場で実務者がやっていくのである。また、具体的な政策や対案がないとよく言われるが、実際には民主党時代から数多くの政策や対案は出してきている。対案がないとか言っている者たちは、それを知らないだけである。

 国が経済の個別の現場に介入してきてロクなことはない。安倍自民の理解し難い点のひとつは、アベノミクスだとか「働き方改革」だとか「まち・ひと・しごと創生」とか「若者・女性活躍推進」とか、とにかく民間がやることに必要以上に介入してくることである。政府がやるべきことは、企業や人々が自由に活動できるようにすることであり、国民の生活、生命、財産、権利を守るということだけでいいのだ。経済でなにをどうするということを政府にどうこう言われるものではない。それは企業や個人がやっていくことなのである。

もちろん企業の活動には、規則なり制限なりは必要だ。戦争中の統制経済、戦時体制がそのまま戦後半世紀以上たっても続き、今や政官財は癒着し、さらにそこにメディアと学界が加わって利権集団になっているのが今のこの国だ。それで経済がうまく回っていったのは20世紀末ぐらいまでで、それ以後の20年間以上にわたって停滞し、この先は衰退していくしかないという状態にある。

 本来、政治家に必要なことは、個別の政策がどうこうということではなく、なにを原理原則とするのか国民に提示するということである。今の政治家のレベルではこれができない。個別の政策がどうこうとか、目先の利害損得しか言わない。

 だが、枝野さんはなにを政治の原理原則とするのかを述べている。政治はなにを基盤とするのかということ語る政治家をひさしぶりに見た。原理原則はシンプルなのである。枝野さんは、3日の有楽町での街頭演説でこう語っている。

「権力といえども、自由に権力を使って統治をしていいわけではありません。憲法というルールに基づいて権力は使わなければならない。」

「役所が、政府が、法律を守らない。こうしたことを前提にルールは作られていません。公文書管理法も情報公開法も、行政がちゃんとルールを守る、その前提で作られています。それをいいことに、作ってないわけない、捨てるわけない、そういう文書が捨てられた、全部真っ黒けなら、どこがおかしいのか、この先は公開してもいいんじゃないか、そういうことすらチェックできない。こういったやり方で開き直っている。 」

「格差が拡大し、貧困が増大している。これで景気が良くなるはずないじゃないですか。」

「強い者をより強くして格差を拡大しておきながら、いずれ皆さんのところにいきますよ、トリクルダウン、滴り落ちますよ。上からの経済政策はもうやめましょう。生活に困っている人たちから、暮らしから、それを下押さえして押し上げることで、社会全体を押し上げていきましょう。経済全体を押し上げていきましょう。 」

 枝野さんの言っていることは、しごくまともで当然のことだ。しかしながら、このまともで当然のことすらできていないのが、今の与党も野党も含めた政治界の姿である。

 2012年12月の第46回衆議院議員総選挙で自民党が圧勝し、安倍晋三が第96代内閣総理大臣に選出され、第2次安倍内閣が発足した。それから4年間たった。アベノミクスが始まった当時、「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「成長戦略」の3番目の「成長戦略」ができるかどうかで決まると言われていた。4年間たちこの第3の矢は結局できずにアベノミクスは終わろうとしている。

 アベノミクスは、第1、第2の矢に偏重し過ぎて成長率の引き上げにはなっていない。成長率目標2%の物価目標の達成はできていない。円安による物価押し上げは、企業のコスト増加を招き、家計の実質的な可処分所得の減少は続いているため個人消費は低いままである。国の財政は1800兆円という先進国で最悪の状態にある。この先、社会保障制度は破綻することは避けられない状態になっている。

 それでいて、実質的な意味がまったくない共謀罪法や新安保法は強行採決で無理矢理に可決させ、肝心のテロ対策や安全保障はできていない。これが安倍自民の4年間である。これでいいわけがない。


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September 30, 2017

民進党の消滅

 28日の産経新聞によると、

「民進党の前原誠司代表は同日の両院議員総会で、衆院選に公認候補は擁立せず、小池百合子東京都知事が代表を務める国政政党「希望の党」に合流する案を示し、満場一致で了承された。民進党は事実上「解党」した。」

 かくて、この国で一時期、政権をになった政党はこうして終わった。しかも野党筆頭の政党が希望の党へ移るというまったくあり得ないようなことを、しかも「満場一致で了承された」という事態で終わった。

 先日、前原代表は政治理念が違う政党とは手を組むことはできないと言って、共産党などとの野党連合を拒否していた。その舌の根も乾かぬうちに、希望の党に鞍替えするというのはいかなることであろうか。民進党にとって希望の党は共産党よりも全く真逆の政党ではなかったのだろうか。

 安倍自民による衆院解散とそれによる衆院選で、前原誠司が代表になった民進党は終わるだろうと思っていたが、希望の党に合流するということで民進党は完全に解体したと言っていい。もちろん、この政党にはとうの昔から希望はなかったわけであるが、これで完全に終わったと言える。

 民進党が終わったということはどうでもいいことなのであるが、これで結局、この国ではまともな野党というものが育つことはないということになる。共産党のような良くも悪くも一貫した態度を貫く政党は別として、どの政党もなんかよくわからなくて、みんな「同じ」というのがこの国の政治環境なのであるということだ。しかも、その「同じ」の内容が、いわゆる右派の方向へ「同じ」になるのである。

 希望の党の小池代表は、安倍晋三さんとは少し違うが「同じ」対米従属の人である。この人の政党に合併吸収されることを望んだ民進党という政党は、その程度の政党であったわけであるが、枝野さんが代表であったのならばこうしたことはならなかったであろう。そもそも改憲をするという小池代表と、改憲には慎重な態度を持つ枝野さんでは「同じ」にはならない。

 もともと民進党には、改憲を求める右派と護憲の左派の分裂があった。改憲の筆頭ともいうべき前原氏が党の代表になったということで、民進党が希望の党と「同じ」になることは容易であったのであろう。枝野さんたち民進党の護憲左派は、民進党から離れざるを得ないことになる。無所属で出馬することになるだろう・

 この今の日本の政界での自民と希望党の対立の構図の背景に、アメリカ本国でのトランプ大統領と、いわゆる日本利権を持つ者たち、リチャード・アーミテージやジョセフ・ナイやマイケル・グリーンらジャパンハンドラーたちとの対立があるということを、孫崎享さんがニコニコチャンネルにあるご自身のチャンネルのブロマガで書いている。

 安倍晋三さんは日本国の総理としてジャパンハンドラーの影響圏の中にいるが、むしろトランプ大統領と一体になっている。安倍総理はオバマとはまったくあわなかったが、トランプとは大いにうまがあうようだ。同じ程度の人だからであろう。一方、ジャパンハンドラーたちはトランプ政権の誕生によって、アメリカの政界の主要勢力から外されてしまった。つまり、日本の安倍総理に対して、リチャード・アーミテージやジョセフ・ナイたちの意向より、トランプ大統領の意向が強く伝わるという事態になってしまった。そこで、ジャパンハンドラーたちは自分たちと関係が深い小池百合子、前原誠司、さらには長島昭久などを日本の国政の中枢に置く必要がある。

 安倍自民と希望の党は改憲と安全保障について「同じ」であるというのは、どちらも対米従属と新自由主義であることで「同じ」である。あとは直接的に影響を及ぼされる相手が合衆国大統領かジャパンハンドラーかの違いでしかない。この孫崎さんの指摘は大変興味深い。

 安倍政権が一強であり続けているということが、国民にとって不幸であることは確かなことであるが、こうしたカタチでしか安倍政権一強を終わらせることができないということに大きな問題がある。

 本来であれば、安倍政権がやってきた経済政策や安全保障や外交など様々なことが大きく間違っているので即刻やめさせなくてならないという認識を、広く国民の多くが持って安倍政権を退陣させなくてはならないはずだ。ただの雰囲気やムードで政権がかわっても、また大きく間違った方向へ進んでいくだけである。

 いわゆる政治改革とか維新とかいうコトバには怪しさがあるが、リセットとか寛容な改革保守政党とか「しがらみ政治」から脱却するとか税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)の徹底とかいうコトバもまた怪しい。わずか1年の都政でさしたる成果を出していない小池都知事は、なにをどう改革するのかさっぱりわからない。築地市場は豊洲に移転をすると同時に築地にも市場機能を残すというが、なぜふたつあることにするのか理解できない。

 希望の党は脱原発をいっているが、もしそれが可能になるのならば喜ばしいことであるが、小池代表が脱原発をやるかどうかは疑問である。

 安倍自民にとって、今度の衆院選で自民の議席が減り、希望の党が数多く議席をとっても、改憲に消極的な公明党をきり、希望の党と組むことで改憲に持ち込むことができるという見方がある。しかしながら、今の日米関係のままで、安易に改憲をすることはこの国の対米従属がさらに進むだけである。

 結局、希望の党が出現しても、国民の暮らし、生命、財産、基本的人権というものは置きざりにされたままになっている今の状況はなにひとつ変わらない。本来そうしたことを主張すべきであったが、これまでなにもしてこなかった野党第一党はかくも恥ずかしい姿で消え去っていった。そして、メディアは安倍VS小池で押していくであろう。

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September 23, 2017

「言うだけ番長」のトランプと北朝鮮

 「言うだけ番長」とは産経新聞による造語で、今は民進党党首の前原誠司氏のことを揶揄したものであるという。口先ばかりで結果が伴わない人のことを言うらしい。その意味でならば、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩は(さらに言えば、日本の安倍晋三さんも)「言うだけ番長」であると言えるだろう。

 トランプ大統領は19日、ニューヨークの国連本部で行った演説で北朝鮮を「完全に破壊」せざるを得なくなる可能性があると述べたという。ひとつの国を「完全に破壊」すると言うアメリカの大統領を見ることはあまりない。トランプらしい、おっさんの放言のような演説である。

 このトランプの演説に対して、北朝鮮の李容浩外相は「犬がほえて脅かそうというなら、ばかげた夢だ」と言い金正恩は「米国の老いぼれの狂人を必ず火で罰するであろう」と言い、これに対してトランプはツイッターで「金正恩は狂った男」とツイートしたという。

 私はこれまでトランプはアメリカの外交には役立たずと思っていたが、その考えを訂正しつつある。北朝鮮は確かに非合理的言動をする国であるが、それに負けず劣らない人間がアメリカ側にもいた。合衆国大統領のトランプである。またはったりや恫喝を得意とする合衆国大統領は、同じくはったりと恫喝で国際社会を生き抜こうとしている北朝鮮の相手としてたいへんふさわしい。太平洋を挟んで、東と西でメディアの中で罵倒と罵り合いをする「だけ」という関係もあってもいいと思う。それで双方のメンツが立つのならば大いにやって欲しいものである。

 北朝鮮に対して、最も必要なことは北朝鮮がなにをやろうと実質的な意味はないのでこちらは騒がないということであるが、北朝鮮の言っていることにはむかっ腹が立つであろうから、ここはひとつ合衆国大統領トランプが立ち向かい罵り合い合戦をしてもらうというのはどうだろうか。こうしたことは、オバマではできなかった。オバマにはできず、トランプにはできることは数多くある。トランプと金正恩(というか北朝鮮という国そのもの)は似たところがある。

 安倍晋三さんは国連での演説で「必要なのは対話ではない。圧力だ」と言い、軍事行動を含むアメリカについて「一貫して支持する」と述べるという、毎度変わらずの対米従属を表明しているが、アメリカの軍事行動をすることについては私は疑問がある。

 アメリカによる軍事攻撃は、当然のことながら北朝鮮が反撃に出る前に金正恩と北朝鮮軍を完全制圧しなくてはならない。アメリカ軍によるいわゆる斬首作戦は可能であるのかどうかということになると困難であろう。パキスタンで特殊部隊によりオサマ・ビンラディンを殺害したようにはできない。もし失敗した場合、北朝鮮による韓国と日本への攻撃がある。このリスクをかけることに、トランプ政権のケリー首席補佐官、マクマスター補佐官、マティス国防長官の軍人トリオは同意しないであろう。軍人であるからこそ、実際の軍事作戦は、映画のようにうまくいかないことを骨身に染みるほど知っているのである。

 ただし、失敗し北朝鮮から反撃があったとしても、韓国と日本の被害をそれほど大きくはないと考えられることも事実である。このブログで何度も書いているが、北朝鮮のミサイルは張り子の虎であり命中率と破壊力が軍事兵器として使いものになっているレベルではない。百歩譲って、仮にソウルや東京に命中したとしても、ソウルや東京が「火の海」になる程ではない。この前、北朝鮮の攻撃でソウルは火の海になるかのように書いたが、よく考えてみれはミサイル攻撃だけではそこまでの破壊規模はないことに気がついた。

もちろん地続きで隣にある韓国は、北朝鮮の地上軍が侵攻してきた場合は被害が大きくなることは十分予測できる。つまり緒戦の被害は大きくないであろうが、先の朝鮮戦争のような中国の軍事介入は今度はないとしても、戦争が拡大していけば北東アジア全域に大きな被害を及ぼすであろう。

 アメリカの軍事行動について、もう一つは中国とロシアが承認することはないということだ。中露の承認なくして、アメリカは東アジアで大規模な軍事行動はできない。中国とロシアが承認しない状態で、アメリカが軍事行動をとった場合、その結果を予測することが困難になるのである。かつて朝鮮戦争は、北朝鮮が侵攻してくることは絶対にあり得ないとアメリカは思っていた戦争であり、中国が本格介入してきたことも想定外であった。

 では、北朝鮮への経済封鎖は今後どのようになるであろうか。

 過去20年近くにわたって、北朝鮮への経済制裁が効をなさなかったのは中国が関係をもってきたからである。だからこそ、中国が本気で経済封鎖をすれば北朝鮮を崩壊させることはできる。中朝関係というものは、その実体は中国が北朝鮮に援助をしてやっているというものであり、北朝鮮は中国を利用しているという程度のものでしかない。中国と北朝鮮は一蓮托生というものでない。

 しかしながら、かといって時間をかけて北朝鮮をゆっくりと崩壊させることは望まないであろう。北朝鮮からの大量の難民が発生すること避けたいのである。やはり、人民解放軍が介入し、一気に体制転換を図りたいであろう。

 中国が恐れることは、このまま北朝鮮が核兵器やミサイル実験を続けていくことにより、これに対抗して韓国や日本が(つまり、在日米軍と在韓米軍が)兵力を増加し、さらには韓国と日本が核武装をするということだ。こうなると中国も金体制を見捨てざる得なくなる。ただし、中国は自国だけで軍事介入はしないであろう。中国がまた朝鮮を軍事支配したということになるからである。歴史上、朝鮮は大陸の軍事力何度も被害を被ってきた。朝鮮は、その恨みを忘れていない。なので、中国は国連を通して介入しようとするであろう。中国にとって一番望ましいのは、米中共同で北朝鮮に軍事介入するプランであろう。ただし、韓国と日本はこの介入による被害を避けることはできないであろう。

 北朝鮮のミサイル問題は、おのおのの国によって求めることが違うということが重要なのである。アメリカにとっては、北朝鮮が核兵器をもっていても、本土に核ミサイルが飛んでこなければそれでいいのであり、長距離弾道ミサイルを持たないということになればそれでいい。しかしながら、日本と韓国にとってはそれだけでは不十分だ。中国とロシアの思惑も異なっている。だからこそ、国連で会議をして全員一致で決まるということはない。つまり、アメリカ主導だけでは北朝鮮問題の解決にはならないのだ。そう考えてみると、安倍政権はそのアメリカに従属一辺倒であるが、いかに愚かしいことであるかよくわかるであろう。

 その一方で北朝鮮側が求めているのは、現在の体制の容認、つまり現在休戦の状態にある朝鮮戦争の終結であり、休戦協定から平和条約への移行なのである。このこと自体はおかしなことでもないでもない当然のことであろう。朝鮮戦争が休戦でずるずると60年以上も続いてきたこの状態が、そもそもの原因なのである。これがこのままである限り、これからも北朝鮮問題は続いていく。

 北朝鮮問題とは、結局のところ、アメリカと中国は休戦状態にある朝鮮戦争をどうするつもりなのか。ここできっちりと決着させるのか、あるいはこの先もこのままにしておくのか、しかしそれでもいつかは必ず決着しなくてはならない時はくる、という話なのである。

 15日の外国特派員協会での姜尚中さんの講演はたいへん興味深い。姜尚中さんはこう語っている。

「かつて韓国は、ロシアと中国と国交を正常化したとき、朝鮮半島のアンバランスを危惧しました。キッシンジャー元国務長官はかつて、クロス承認(アメリカと日本が北朝鮮を、ソ連(現ロシア)と中国が韓国を相互に承認する構想)ということを述べていたと思います。いま考えると、韓国は4大国と国交正常化しているんですけれども、北朝鮮は結局、中国とロシアとの正常化しか成し遂げられていない。ですから、米朝正常化と日朝正常化ができれば、ようやくクロス承認が達成されるということだと思います。

私自身は、北朝鮮が核を脅しに使って南北を統一するとは考えていません。彼らが望んでいることは、アメリカを引き入れ、アメリカと平和的な関係を結び、そして中国をけん制しながら、日本との日朝平壌宣言によって何らかの経済援助、おそらく現行でいえば1兆円くらいの有償・無償の経済援助が引き出せると、彼らは考えていると思います。」

「結局、北朝鮮が孤立している限り、北朝鮮のいわば独裁的なレジームはかなりしぶとく続いていくと思います。むしろ正常化することを通じて、北朝鮮の中が変わっていく可能性が十分にあると思います。

これは、みなさんが思考実験をやれば分かると思います。キューバであれ北朝鮮であれ、もし正常化してさまざまな形での交流がもっと深まっていれば、キューバも北朝鮮も大きく変わっていたはずです。

これは韓国の場合も言えると思います。もし1965年に日韓基本条約によって国交が正常化されなかったとして、ずっと軍事政権が現在のミャンマーのように続いていたと仮定すると、韓国という国は今のような経済的繁栄を謳歌することはできなかったはずです。」

 まさに姜尚中さんの言う通りだと思う。北朝鮮にとっては、朝鮮戦争が休戦状態になった1953年以後、実質的な歴史が動いていない。これを動かす必要がある。

 平和条約が成立したら、日本は北朝鮮への積極的経済協力を行うべきである。かつて朝鮮を統治した国として、もう一度、大規模な経済介入をするのである。東アジアで最低レベルの貧困地域に巨大なインフラ事業を行うのだからその成果は大きい。日本の国民感情は、北朝鮮を助けるということに抵抗を感じる声が多いであろうが、ここで行う様々な事業は北朝鮮のためにドウコウという話ではなく、世界に向けての日本の経済力のアピールなのであり、現在、中国が行っている「一帯一路」政策への対抗措置なのである。

 中国は中央アジアの砂漠地帯でインフラ事業を手がけているが、実際のところインフラ事業としての効果やビジネスとしての利益を考えた場合、意味を持つのは北朝鮮地域から北のロシアの沿岸地帯、北方4島、千島列島の地域である。ここで巨大インフラ事業ができるメリットは大きい。また、日本の安全保障にとってもこの意味は大きい。必要なのは金体制の容認ではなく、日本が北朝鮮という国に影響力を及ぼす国になるということである。そして、北朝鮮の経済が向上していった時、金体制がどうなるのか、存続するのかどうかは北朝鮮の人々の選択である。

 姜尚中さんがいうように、韓国の朴正煕政権は決して民主的な政権ではなかった。軍事独裁政権であり、国民は政府に支配され民主化運動は弾圧、逮捕、殺害されていた政権である。それでも日本は日韓基本条約を結び巨額の経済援助を行った。今日の韓国の経済発展の背後には、この時の日本の経済援助があるというのは間違いではない。韓国に対してできたことが、なぜ北朝鮮に対してできない(もちろん、日本の陸軍士官学校を出た朴正煕は「米国の老いぼれの狂人を必ず火で罰する」とかおおっぴらに言うことはなかったが)のであろうか。

 では、誰が、このむかっ腹の立つ北朝鮮の金正恩と朝鮮戦争終結の和平交渉を締結することができるのか。

 それは「言うだけ番長」の似たものどおしのトランプではないかと思う。核なき世界演説でノーベル平和賞をもらったのはオバマであるが、北朝鮮との和平交渉を成立させることができればノーベル平和賞ものであることは間違いない。第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・ジョン・トランプの偉業となり、キューバ危機を乗り越えたJ・F・ケネディと並ぶ偉大な大統領として現代史にその名が残るであろう。

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September 03, 2017

北朝鮮のミサイルが「北海道の上空を通過」した

 北海道のベンチャー企業が開発した全長10メートルの観測ロケット「MOMO初号機」が7月30日午後4時頃に打ち上げられた。この打ち上げの様子は、ニコニコ動画でライブ放送されていた。ロケットの高度は目標100キロ以上であったが、30キロから40キロまでしか到達できず、目標としていた100キロ以上の宇宙空間には到達できなかったようだ。ロケットはエンジンを緊急停止し、海上に落下したという。

 100キロ以上の上空というのは、観測ロケットが飛んでいく場所なのである。この高度は、熱圏と呼ばれる地球の大気層のひとつになる。

 国際宇宙ステーションは、高度400kmの上空を飛んでいる。29日のロイターによると、「北朝鮮は29日午前6時前、首都平壌の近郊から弾道ミサイル1発を発射した。ミサイルは高度550キロに達し、北海道の上空を通過しながら襟裳岬の東方およそ1180キロの太平洋上に落下した。」という。

 国際宇宙ステーションが飛んでいるところの、さらに150kmの上をミサイルは飛んでいったのである。政府は「北海道の上空を通過した」といったが、これを「北海道の上空を通過した」というのはおかしい。北海道の上空を通過したと言っても、空を見上げて目で見える風景の中を通過したわけではない。国民に不安を煽っていると言われても否定できない。

 ミサイルでJアラートの警告が出るというものもわけがわからない。どのような基準で、なにを目的としているのか。よくわからない。では、原発関連施設については政府なにか対応をしたのであろうか。安倍晋三さんは「いかなる状況にも対応できる緊張感をもって、国民の安全、安心の確保に万全を期していく」と言うが原発にはなにも対応はしないらしい。

 日本向けのミサイル(何度も言うが、軍事兵器として使い物になるシロモノなのか大いに疑問がある)は、何年も前から配備されている。日本上空を「通過した」のは以前、1998年と2009年に東北地方の上空を通過し、2012年と2016年には、沖縄県上空を通過している。それなのになぜ、今、騒ぐのであろうか。

 しかも今回、日本に向かって撃ったわけではない。アメリカに向かって撃ったと北朝鮮は言っているのだ。ところが、とうのアメリカでは、アメリカ南部を襲ったハリケーン「ハービー」による大規模な被害の方が大きな問題になっている。アメリカに向かって「撃った」(これは撃ったと言えるのだろうか)というミサイルで、日本が大騒ぎしているのである。

 安倍晋三さんは「政府としてはミサイルの動きを完全に把握していた」と言うが、ならばなぜ不安を煽るようなことをするのであろうか。この問題を利用して国民の目を加計学園問題からそらす意図があると言わざるを得ない。

 かりにもし日本へのミサイル攻撃があったとしても、朝鮮半島と日本列島の距離では完全なミサイル防衛はできない。前から書いているが、この距離での正しいミサイル防衛とは、ミサイルを撃たせないということである。

 もちろん国防意識はなくてはならない。しかし、正しい論理的な根拠に基づいた防衛ではなくては意味がないのが軍事なのであえる。対処できるものには対処しなくてはならないが、対処できないものは対処できない。違う方法で対処することを考えなくてはならない。

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August 26, 2017

「アメリカ・ファースト」ではなくなろうとするトランプ政権

 トランプ政権は、アフガニスタンに4千人規模の増派をするとしている。

 アフガニスタン戦争は、ブッシュ・ジュニアが始めた戦争だった。公式の戦争の理由は、アフガニスタンを支配せていたタリバンがオサマ・ビンラディンの身柄を匿ったためというものでる。では、特殊部隊を使ってオサマ・ビンラディンをすでに殺害した現在、戦争を続ける理由はなんなのであろうか。

 トランプは、選挙期間中、オバマのイラクやアフガニスタンからの撤退政策が結果的にISの出現と台頭を招いたものとして批判をしていた。そして、アメリカは中東からの撤退をしないかのようなことを言っていた。トランプはアメリカの直接利益にならない派兵はしないと言い、その一方でアメリカの威信を低下させないとして中東に介入し続けるとしていた。このへん、大きな矛盾がある。大きな矛盾があるのであるが、トランプが大統領になってしまった。

 現代の戦争は、国の正規の軍隊だけが行うのではなく民間の軍事会社も行う。4千人規模の正規軍が投入されるとして、さらに民間軍事会社が傭兵が投入されるであろう。当然のことながら、その会社への支払いをするのは国である。アフガニスタンをどうこうするということではなく、こうした傭兵専門の民間軍事会社も含めた軍産複合体の利益がアフガニスタン戦争の目的になっている。だからこそ、オバマは、アフガニスタンをどうこうするということではなく、きっぱりとアフガニスタンから撤退することにしたのである。悪事に対して、明確にこれを遮断する以外に対策方法はないとしたのである。

 この(軍産複合体にとっては良いことであるが、アメリカ国民にとっては)悪事が、さらに続行されようとしている。

 中東への介入について、カネの面では反対であり、威信の面では介入を続行したがっていた(しかし、ホンネでは反対であった)トランプの側近中の側近であり、オルタナ右翼の首席戦略官バノンは、はっきりとアフガニスタン派兵には反対であった。バノンは中東への介入も北朝鮮への介入も反対であり、バノンの「アメリカ・ファースト」がトランプ政権の「アメリカ・ファースト」であると言ってもいい。

 このバノンが更迭され、トランプ政権から去っていった。今のトランプ政権の国防長官のジェームズ・マティス、国家安全保障補佐官のハーバート・マクマスター、大統領首席補佐官のジョン・ケリーの3人はみな退役もしくは現役の軍人である。今のトランプ政権は、異様な軍人政権になってしまった。

 何度も強調して恐縮であるが、アフガニスタンをどうこうしようというきちんとした政策なり方針なりがあるわけではない。彼らにとって重要なのは、とにかくアフガニスタンに軍事介入し「続ける」ということが重要なのである。軍産複合体の利益が重要なのであって、アフガニスタンに平和と秩序をもたらすとかいうことはどうでもよいことなのだ。かくてアメリカの意味のないアフガニスタン戦争は続いていくのである。

 これは北朝鮮についても同様である。北朝鮮への介入に反対していたバノンを更迭したということは、北朝鮮の危機を煽ることが軍産複合体にとっての利益になるからだ。ただし、北朝鮮の危機について重要なことは、本当の戦争状態に突入しないようにするということである。アメリカが北朝鮮へ直接的な軍事行動をとった場合、北朝鮮は韓国を攻撃するであろう。少なくとも、ソウルは戦場になる可能性が高い。日本への攻撃も起こり得る。中国とロシアも軍事行動をとる可能性はある。東アジアで戦争が起こることは、世界経済にとって好ましいことではない。

 従って、北朝鮮の脅威を煽り、北朝鮮への制裁活動を行いつつ、しかしながら、北朝鮮問題は一向に改善しないというのが最も望ましいということになる。特にアメリカはアフガニスタン介入をやめることはしないため、その分、北朝鮮への対応は片手間になり続ける。つまり、北朝鮮問題はこの先、なにがどう解決することはなく、このままで「北朝鮮の脅威」状態だけが続いていく。

 このことは、日本の軍事企業にとっても望ましいことになる。東京新聞によると、「防衛省は二〇一八年度予算の概算要求で五兆二千五百五十一億円を盛り込む方針を固めた。一七年度当初予算は五兆一千二百五十一億円で過去最大の要求額。」とのことである。

 北朝鮮問題が解決しないのは、このように国際政治や軍事といったこととは別のファクターがあるためいつまでたっても解決しないのだ。いわば、この「別のファクター」にとっては解決してもらっては困るのである。今、この国は北朝鮮のミサイルとやらのことで変わりつつある。ありもしない北朝鮮の脅威を煽り続けてきた者たちにとっては喜ばしいことなのであろう。

 しかしながら、戦争は公共事業であり、経済成長になるという考え方はもうやめるべきだ。本来、国家予算(というか、正しくはこれは国民の税金である)は、軍事ではなくもっと生産的な消費や投資などに使うべきものであり、軍事運用に多額の予算を使うことは、結局は長期的に見て経済成長の低下になるのである。

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August 20, 2017

森友・加計学園、北朝鮮

 いわゆる、森友・加計学園の新設に関しての忖度疑惑について、北朝鮮の情勢が緊迫しているのに、こんな些細なことで大騒ぎすべきではない、というような声が産経やネトウヨ一派から聞こえている。

 しかしながら、これは大きな問題なのである。

 森友・加計学園についての出来事を問題視しているのは、安倍晋三さんを糾弾したり、安倍政権の退陣を要求しているのではない。いわゆる反安倍だからなのではない。

 つまるところ、有力政治家の知り合いであれば、役人が忖度をして法規制の運用を融通してくれる。しかも、そのことについての記録や書類は全く残さない、証言台に立っても記憶はない、覚えていない、問題はないと言う。

 森友・加計学園問題を「こんな些細なこと」と言っている人たちは、社会常識も節度もモラルも倫理も遵法意識もない。物事を正しくきちんとやろうという意識も意思もない。あるべき政治の姿を追求しよう模索していこうという理念はなく、間違ったことでも容認するという人々である。

 なぜ、行政の意思決定の公文書がきちんと残っていなくてよいのであろうか。森友・加計学園についての出来事が問題なのは反安倍だからではなく、日本国国家の存立に関わることだからなのである。これを左翼メディアによる反安倍運動かのようにしか考えることができないということが、すでに一般的な社会常識や社会通念が欠落しているのである。

 こうした人々が、国民感情で大統領を罷免し、国家間の合意で決定されたことを蒸し返す韓国は法治国家ではないと言っているのはおかしな話だ。森友・加計学園問題を「こんな些細なこと」とするのは、自分たちの国・日本は法治国家でなくていいと言っているのである。

 それでは、彼らが重大事と称する北朝鮮についてはどうであろうか。これについてもまたお話にならないレベルなのだ。

 本当にアメリカと戦争をするつもりであるのならば、事前にどこどこにミサイルを撃つぞ、撃つぞと言って戦争を始めるわけがなく、常識で考えても実際に撃つわけではないことがわかる。かつて、この国がアメリカのハワイ真珠湾を奇襲攻撃した時、徹底的に情報を管理して行った。その国が今や北朝鮮の虚言に右往左往しているのを見ると、戦前にはあった一般的な軍事常識がなくなってしまったのであろう。

 事前にどこどこを攻めると言うなどということは、一目見ただけでたんなる脅し、ブラフ(はったり)である。

 しかるに、ミサイルが上空を通過すると指定があったということで、島根、広島、高知や愛媛の地対空誘導弾パトリオットを配置するというのは、政府の「国防をやっています」を見せるためであり、防衛省が地上配備型イージスの導入や対ステルス機レーダー試作に196億円の予算を要求するというのは、この機会に乗じての予算獲得でしかない。

 北朝鮮がどうこうするから憲法改正が必要だと言っている人は、本気で北朝鮮がどうこうすると思っているのならばただの無知蒙昧であり、あるいは、北朝鮮がどうこうするという状況を演出して、憲法を改正したいという政治的な魂胆があると思って良い。

 産経新聞によると、「小野寺五典防衛相が国会で、北朝鮮が米軍基地のあるグアム島を弾道ミサイルで攻撃した場合、集団的自衛権の行使が許される「存立危機事態」に該当する可能性があるとの見解を示した。グアム攻撃によって米軍の打撃力が損なわれれば、日本防衛にも支障がでるとの判断からだ。国民を守り抜くうえで極めて妥当な認識である。安全保障関連法は、国民の生命、自由などが「根底から覆される明白な危険がある事態」を、存立危機事態と位置づけている。」という。

 具体的に日本がなにをどうするのか。そういったことはまったく決められていない。ただ単に、産経やネトウヨ一派が喜ぶ雰囲気だけが生まれている。

 この雰囲気で、日本がアメリカの戦争に巻き込まれていく。これが新安保でもっとも危惧されたことであり、今回はそうならないようであるが、この先において危惧されたとおりのままで自体は進展していくことが、これでよくわかるのであろう。

 北朝鮮がどうこうよりも、この方がもっと問題なのである。


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May 02, 2017

第二次世界大戦で作られた国際秩序の終わり

 『ニューズウィーク日本版』(2017年5月2日号)の「特集:国際情勢10大リスク」は、なかなか興味深いものであった。ニューズウィークは(TIME誌もそうであるが)カバーストーリーがいつもページ数が少なく、内容も物足りないのであるが、今回の特集記事はそれなりに読み応えのある記事ばかりであった。

 その中でも特に考えさせられたのが、ニューズウィークのコラムニストで元CIA諜報員であったというグレン・カールのコラム「国際機関に終わりの日が迫る」(End of The Postwar order)だ。「第二次大戦の経験が生んだ米国主導の多国間主義は中国の台頭やポピュリズムによって機能不全に」なったとするコラムである。これは極めて重要なことだ。こういうことがニューズウィークのような国際誌に堂々と載るようになった。それほど、これは進展しているということであり、誰もが漠然とではあるが確かに感じていることなのだろう。第二次世界大戦で作られた国際秩序(The Postwar order)が今、本当に崩れ始めているということである。

 以下、このコラムの概要をまとめてみたい。

 このコラムでは、今日の経済と政治システムの在り方が定められたのは、第二次世界大戦が終わろうとしていた1944年に、ブレトンウッズ会議で決められたブレトンウッズ体制と、ダンバートン・オークス会議で決められた、後にサンフランシスコ会議で採択される国連憲章になる「ダンバートン・オークス提案」であるとしている。

 ブレトンウッズとダンバートン・オークスで生まれた戦後体制は、次の3つの概念的・構造的支柱から成り立っていたという。

 第一は、国際的な政治問題の解決に取り組む国際システムの構築である。これは、1945年に設立された国際連合のことだ。国連の国連憲章や世界人権宣言は、国家間の問題を解決するルールとして機能してきたという。

 第二は、国際的な経済問題を解決すべくIMFや世界銀行、WTO(世界貿易機関)の前身となる組織を創設したことである。これらの組織の目的は、貿易と経済成長の促進であり、その手段として関税や貿易に関する国際ルールを形成し、通貨安定を通じた経済成長を奨励してきたとしている。

 第三は、このコラムはこう書いている。「ダンバートン・オークス会議やブレトンウッズ会議に集まった首脳は、共有する政治・社会哲学の基盤の上に新たな国際秩序を打ち立てようとした。主権国家、国際法の支配、人権を柱とする秩序だ。」

 このコラムでは、こうした試みが(それなりの)成功を収めてきたのは、国連の「ポリスパワー」にあったとしている。国連は加盟国に、必要とあれば安全保障理事会の決議によって武力を行使できるということである。実質的には、戦後の超大国であるアメリカが「世界の警察」の役割を果たしてきた。

 この戦後体制が、もはや機能していない。国連もWTOも世界銀行も国際法も、多くの国々は従わない。アメリカは「世界の警察」の役割を自ら辞退するようになった。このコラムはこう書いている。「アメリカでも他の国々でも、今や国際機関を敵視する勢力が力を増やしている。ドナルド・トランプ米大統領は国連などへの拠出金削減を唱え、地球温暖化対策の新しい枠組みであるパリ協定など、多国間協定から離脱すると主張する。同様に、フランスの極右政党・国民戦線のマリーヌ・ルペン党首や、イギリス独立党(UKIP)のナイジェル・ファラージュ元党首は「自国第一」を訴えて幅広い支持を得ている。」

 シリア難民を受け入れているメルケル首相への反感も、ドイツ国内では高まっている。もはや人々は、国家間で協力して物事を解決していこうということをしなくなったと言えるだろう。

 なぜ、こうなってしまったのだろうか。このコラムでは、従来の国際機関が相対的に衰退している要因は、次の3つであるとしている。

 一つめは、ブレトンウッズ会議とダンバートン・オークス会議が開催された1944年以降、150以上もの主権国家が誕生したことである。世界にこれだけの数多くの主権国家が増え、各国が自国の利益を主張するため、アメリカが国際機関、あるいはアメリカ自国の意向に基づいて秩序を守ることは飛躍的に困難になった。

 二つめは、中国が超大国に変貌したことである。コラムはこう書いている。「国際機関や国際条約は、超大国の同意なくしては機能しない。15年に採択されたパリ協定は、米中がそろって批准したことで発効に弾みがついた。とはいえ合意が得られない場合もある。例えば南シナ海問題では、中国は国際法にもオランダ・ハーグの国際仲裁裁判所の決定にも従おうとしない。44年当時の世界秩序に基づく今の国際機関は、経済や政治、軍事力の現状をもはや反映していない。」

 三つめは、戦後の経済システム、つまりグローバリゼーションの成功が敵意を招き、システム崩壊の危機に陥ろうとしている現状があることである。コラムはこう書いている。「各地でポピュリズムが盛り上がり、グローバル化が推進する価値観を拒絶する傾向が強まり、自らの直接的な主権が及ばない場所でなされた決定に反感を募らせる人々は増えている。ポピュリズムはナショナリズムにつながり、ナショナリズムは国際機関の影響力をむしばむ。このままでは、世界は地域ごとに分割され、列強がそれぞれ影響圏と貿易圏を率いる形に再構成されそうだ。」

 結論として、これからの世界は「ブロック化」すると言う。

「アジア地域でカギを握るのは、もちろん中国だ。中国はこれからも、南シナ海問題に見られるように、多国間の取り決めを拒否して伝統的な2国間協定を選択するのか。そうであるのなら、アメリカが中国と直接対決しない限り、アジアは中国が覇権を握る経済ブロックに化すだろう。
中東では、アメリカに対抗するロシアやイランが影響力を拡大している。そのせいでシリア内戦、イラク、グルド人問題などの危機の解決に当たって、国際機関が持つ意味は薄れるばかり。国際協定の瓦解や国家対立が膨らんでいる。」

「地域内で、あるいは2国間で貿易協定を結ぶ動きは今後も続く。世界規模での経済統合は鈍化または停止し、保護主義が台頭し、世界経済の成長率は失速して生活水準は下がるだろう。」

「その先に待つのは、より地域的でより貧しい世界。変化の速度がより遅く、これまでよりもゆがんだ世界だ。」

 そして、このコラムの作者はブレトンウッズを歩き、300年前にこの一帯に暮らしていて、今はいない先住民アナベキ族のことを思う。彼らが不変だと信じたこの世界は、新しくこの地へやってきた人々によって滅ぼされたことを思いながら、最後にこう書いている。「73年前に形作られた国際体制と組織も、新たな時代の中で滅びの時を迎えようとしている。」と。

 以上がこのコラムの概要である。以下、このコラムについて私の考えを述べたい。

 まず、今の経済と政治システムのあり方が定められたのは、ブレトンウッズ体制とダンバートン・オークス提案であるとしていることは理解はできるが、さらに言えばブレトンウッズ体制による固定為替相場制は1971年のいわゆるニクソンショックにより変動相場制に変換された。この変化は20世紀末に起こる金融革命とでもいうべき金融の大規模な変革をもたらした要因の大きなひとつである。つまり、戦後の経済のあり方がブレトンウッズ体制にあるというのであるのならば、20世紀末においてすでに崩壊していた。この時点で、もはや国際的なあるひとつの秩序が金融を管理するスタイルではなくなった。金融の世界では、アメリカ中心ではなくなっていたのである。

 一方、ダンバートン・オークス提案についてであるが、実際のところは、こうした国際的な理念は第二次世界大戦ではなく、その前の第一次世界大戦の後から生まれていた。第一次世界大戦のような巨大規模の戦争を二度と起こさないように、アメリカのウッドロウ・ウィルソンは十四か条の平和原則を発表し、国際的な平和維持機構の設立を提唱した。この平和原則が、敗戦国であるドイツに対する講和条約の前提となり、1919年のパリ講和会議では連盟設立が取り上げられ、ここから国際連盟が発足した。つまり、主権国家、国際法の支配、人権を柱とする政治・社会哲学と国際秩序の構築は、第二次世界大戦後ではなく、第一次世界大戦後においてすでに試みられていたのである。しかしながら、それでも第二次世界大戦は起こり、再度の試みとして構築されたのが第二次世界大戦後の国際秩序であった。

 では、第二次世界大戦後の国際秩序は、約70年間、なぜとりあえずは機能していたのかというと、三つの理由があると思う。ひとつめは、核兵器の存在である。二つめは、グローバル経済の発展である。三つめは、地球規模の交通と情報通信の発達である。

 しかしながら、このコラムでも述べられているように、主権国家の数が増えた今日では、国際社会の利害調整は困難なものになっている。国連は国際紛争の解決はできず。WTOや世界銀行が言う経済成長は、先進国に有利な経済成長でしかなかった。これまでも、アメリカとソ連は国際法に従わないことはたびたびあった。それが可能だったのは、言うまでもなくアメリカとソ連は超大国だったからである。今ここに新たに中国という超大国が出現し、国際法に従わないようになった。そうなると、もはや国際法は「法」としての機能を果たせなくなってしまった。

 アメリカは依然として世界最強の核攻撃力を持つ国であるが、そのアメリカの影響力が通じないようになった。もはや核兵器を持つことが、国際社会で強い影響力を持つことではなくなっている。さらに経済はグローバルにリンケージしているため、戦争をすると世界経済に膨大なダメージを与えるようになった。そう簡単に、戦争ができるようにはならなくなったのである。

 情報テクノロジーの進歩が、インターネットを出現させたことも大きい。いまや既存のメディアの管理にされない独立したメディアを、一般の個人やグループや市民が持つことができる。トランプにせよ、ルペンにせよ、あるいはイタリアの五つ星運動にしても、みなネットを積極的、戦略的に使用している。もともとアメリカの軍事テクノロジーとして誕生したインターネットを全人類に普及させようとした者たちの理念は、ネットにより人々が地球市民の意識を持つことであった。しかし、今日の現状は、過激な宗教集団や排他的ナショナリズムや民族主義者の団体の有効な情報ツールとして使われている。

 このままの状態が続けば、グローバリゼーション支持派や富裕層もまたブロック化するであろう。これからの国際社会は分断し、分断したままであろうとするであろう。しかし、分断状態ではどちらもやがて衰退していくであろう。

 以上をまとめると、アメリカンヘゲモニーの衰退とは、第二次世界大戦後の国際機関の衰退であり、それは第二次世界大戦後の国際秩序の崩壊であり、それは第二次世界大戦後の政治・社会哲学の衰退なのであった、ということである。この流れを否定することは、もはやできないであろう。しかしながら、これからの時代は、世界はブロック化するといっても、今の経済の実体はワールドワイドにリンケージされている。保護主義、自国第一主義で国を閉ざして、自国内部だけで完結した経済などできない。

 従って、ブロック化をするのならば、そうしたグローバルにリンケージされた経済が、いわば基盤のようなものとしてあり、その上でブロック化する、グローバリゼーションとローカリゼーションが多重構造化した政治・社会哲学の構築が必要なのであり、そうした観点で社会と経済を捉えることができる国際組織のようなものの設立が必要なのであろう。

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May 01, 2017

北朝鮮のミサイル「実験」で東京の地下鉄は止まる

 29日の早朝、ラジオを聴いていたら、突然、北朝鮮がミサイルを発射したというニュースがあった。最初は、アメリカがとうとう北朝鮮にミサイル攻撃をしたのかと思った。

 北朝鮮がミサイルを発射するということは、いわば当たり前のことである。わざわざ臨時ニュースのように報道をするのは、アメリカがミサイルを撃ったということなのであろうと思っていたからだ。だが、北朝鮮がミサイルを発射したということを知って、はああ?と思った。

 何度も書くが、北朝鮮がこの先もミサイル発射をするのは当たり前のことであり、驚くことでもなんでもない。トランプが発射をやめよと警告をした。アメリカがそう言っているのだから、北朝鮮はミサイル発射はやめるであろうとでも言うのであろうか。

 29日の早朝のミサイル発射は、平安南道から発射され、空中で爆発したとのことである。このことにより、東京メトロは全線で一時運転を見合わせたという。今後も北朝鮮がミサイルを発射すると、東京の地下鉄は止まるのであろうか。

 北朝鮮から日本に向けてミサイルを発射すれば、今回のように空中で爆発するか、日本海のどこか落ちるだけである。何度も書いているが、そもそもミサイルというものは、どこどこの場所に何時何分何秒にコレコレの破壊規模で着弾しなくては兵器として使いものにならない。ミサイルはミサイル本体とともに、これを制御する技術が重要なのであり、北朝鮮にはその技術がない。ただ爆弾をつけたロケットを、どこどこの方角に向かって発射しました、では戦争にはならない。

 軍事兵器は、ひとつのシステムである。北朝鮮のミサイルは、システムとして使い物にならない。今だ実戦で使えるようなシロモノではない。戦前の大日本帝国は、第一次世界大戦以後の総力戦の戦争ができる資源と工業力を持つ国ではないため、もはや現代戦争はできなくなったという真実をひた隠してきた。今の北朝鮮も同様である。アメリカは、あと5年から10年以内にアメリカ本土に到達するICBMを北朝鮮は保有すると述べているようであるが、あと5年なり10年なりが、これまでのペースで成長するとは限らない。何度も言うが、国にそれなりの巨大な産業と高度な技術力があって、その上に軍隊はある。北朝鮮という国は、とてもではないが戦争ができる国ではない。

 その「とてもではないが戦争ができる国ではない」北朝鮮を、ここまで追い込んだ原因はアメリカと中国にある。このことの認識がまずなければらない。

 東京新聞の記事によると、東京メトロでの一時運転の見合わせについて、在日三世の経営者の人が「東京で地下鉄を止めるなんて、過剰に反応しすぎだ」「北朝鮮がやっていることはもちろん問題だが、日本政府や行政が過剰な恐怖心をあおっているのも問題だ」と話したという。その通りである。

 29日の産経新聞に、以下の記事があった。

「フィリピンのドゥテルテ大統領は29日、東南アジア諸国連合(ASEAN)首脳会議後の記者会見で、同日深夜に予定している米国のトランプ大統領との電話会談で、「北朝鮮の指導者の術中にはまらないよう忠告するつもりだ」と述べた。

 ドゥテルテ氏は、北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長について、「ただ単にこの世界を終わらせたいと思っているだけだ」と指摘。核戦争が起きれば東南アジアにも被害が及ぶとし、戦争を防ぐには「米国が慎重で我慢強くいられるかにかかっている」と述べた。」

 フィリピンの大統領は、日本の総理大臣よりもずっとまともな正しいことを言っている。アメリカにものを言うというのはこういうことを言うのであり、ただアメリカに追従するということではない。また、ロシアのラブロフ外相は「米国がシリアのようなことをしないことを願っている」と述べたという。北朝鮮にはミサイルを撃つなといい、自分たちはミサイルを撃つというアメリカの言っていることは矛盾している。

 北朝鮮をこんな国にしたもうひとつの当事国である中国は、かつての朝鮮戦争の時のように北朝鮮に強行介入するつもりはまったくない。中国にとって、北朝鮮問題を解決させることは、国際社会への極めて重要なアピールになり、アジアの覇権国として認められるのであるが、習近平にはそのつもりはないようである。習近平にとって最大の課題は、国外的にはアメリカとの良好な関係であり、国内的には最高権力者としての権力の集中である。朝鮮戦争についての中国共産党政府の責任を、今の中国はきれいさっぱりに忘れている。

 そもそも、朝鮮戦争はなぜ起きたのか。なぜ朝鮮半島は二つの国に分割されたのか。なぜ北朝鮮は「ああいう国」になってしまったのか。そこから考えることをしなくてならないはずであるのに、どのマスコミもそうしたことをしない。そして日本は、かつて朝鮮を植民地とし、戦後は朝鮮戦争の特需景気で高度成長をなしえたことを思えば、北朝鮮について、ただ脅威を煽るだけではない対応があるはずである。

 北朝鮮を威嚇するためにアメリカの空母が朝鮮半島近海を航行し、米軍と韓国軍が共同訓練を行うなどといったことは、これまで何度もある通常の姿であり、「緊張が高まる」とか「有事が起こる危険性がある」とかいったことではない。韓国の地下鉄は、テロの危機の心構えを映像等で流すことはあるが、ミサイル発射で電車を止めたことはないとのことである。

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