January 15, 2008

『朱蒙(チュモン)』見始めました

 今年のNHKの大河ドラマは、なんか朝の連続ドラマみたいなので見る気なし。そこで、じゃあというわけで、韓国歴史ドラマ『朱蒙(チュモン)』を見ようと思い(間違っても『24』を見ようではなく、『朱蒙』を見ようというのが、いかにもワタシらしい)(笑)、本日、第一話から見始める。なにしろ、韓国の国民的人気歴史ドラマなのである。これは、なんかものすごく面白いと評判いいのだ。それを聞くたびに、うーむ、そーか、コレハ見なくてはなるまい、と思っていたのである。韓国の剣術は、もちろん日本のとも違うし、中国とも違うので、こっち方面でも関心がある。

 第一話を見てみると、これは、おもしろいではないか。ちょっと韓国古代史の本を読まんと時代背景がよくわからんですね。韓国古代史というと、そもそも古代の朝鮮半島は中華帝国のひとつだったのか、それとも独立国と見ていいのか、ということで韓国と中国の間に歴史論争がある。もっか韓国は東の日本だけではなく、西の中国とも歴史論争で戦っている。そのためのドラマでもあるのかもしれない。我々は、漢に屈していたわけではないと。

 このドラマの時代の頃、我が日本国はどうだったのかというと、倭の時代である。邪馬台国の時代よりさらに前だ。竪穴式住居に住んでいて、木の実や米を食べていたという時代である。それはそれで、それなりの暮らしがある社会であったかもしれないが、こうした豪華絢爛なドラマにはならんな。日本が、とりあえず「国」らしきものになるのは(といったって、大和盆地とかの周辺の小さな王権でしかないのだけど)、これからずっと後の聖徳太子から大化の改新の時代になってからである。

 というわけで『朱蒙』、見始めました。

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May 03, 2007

韓国映画『韓半島』は見たい!!

 昨年公開された韓国映画『韓半島』は、日本で公開しないのであろうか。
 あー、これ見たい。

 南と北が統一の象徴として、鉄道の完全開通式を行うが、日本は、1907年の大韓帝国(当時、李氏朝鮮は自国のことを「大韓帝国」と呼んでいた)(うーむ、「ていこく」だったのか)(まあ、日本もそうだったんだけど)との条約を根拠にして開通式を妨害し、韓半島に投入したすべての技術と資本を撤収すると韓国政府に主張してきた。この時の条約の国王の印鑑が正しいものではなかったという学説を持つ歴史学者が、自分の説を立証すれば、日本の圧力を覆し、韓国は救われると考える。この歴史学者の説を信じる大統領は、日本海じゃなかった東海に出現した海自の艦隊に対して戒厳令を宣言し、国璽の真相究明に希望を託す。これに対して、対日関係の円滑が国家の安定であるとする総理は、この国璽発掘を妨害し、歴史学者を殺害しようとする。日本の圧力はますます高まり、日本海じゃなかった東海(くどいか)(笑)上では、韓国海軍と海自が一触即発の状況に。さあどうなる!!これに、100年前の明成皇后暗殺事件(日本軍が関与したと言われるこの暗殺事件の後、日本による朝鮮合併政策が進んだ)がオーバーラップして、韓国は再び、日本に占領されてしまうのかあああ。

 というストーリィの映画であるようだ。ネットでは、それなりに話題になっているんですね、この映画。

 日本では公開しないとなると、日本語では見れないということで、映画の公式サイトで予告編を見ても、大統領を演じているアン・ソンギが、イルボンなんとか、と言っているので、あー日本がなんとか、と言っているんだろうなあぐらいしかわからないのであった。

 こりゃあもう、韓国でDVDが出たらネットで買うしかないな。で、英語字幕で見よう。

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February 07, 2007

『墨攻』

 映画『墨攻』を観てきた。

 以前、映画館の予告で、この映画のことを知り、公開されるのを楽しみに待っていた。この物語は、今からおよそ2400年ぐらい前の中国の戦国時代の物語である。2400年ぐらい前というと、中国大陸の最初の統一国家であった秦よりも前の時代になる。キリスト教歴で言えば、キリスト出現以前、すわなち紀元前の話である。ちなみに、この時代の日本は縄文晩期の時代であり、邪馬台国もまだなかった。
 
 この時代、戦乱の中国に、墨子という思想家が出現し、墨子の没後もその教えを守り実践していく思想集団があった。墨家である。

 実は、この映画の予告を映画館で見た時、そういえば墨子という人がいたな、確か諸子百家のひとつではなかったかな、高校の世界史でやったな、ということを思い出したのである。つまり、高校時代以後から今日に至るまで、墨子のことなど考えたことは、ただの一度もなかった。日頃、このブログでも、中国がどうの、歴史がどうのと言いながら、ワタシの教養など、この程度のものなのであった。そこで、すぐさま酒見賢一の小説『墨攻』を読み、さらに墨子について調べてみると、これはきわめて興味深い思想であることに気がついた。墨子の思想は、今の時代にこそ顧みる必要がある。うーん、よっしゃあ、映画も見るでと、公開を心待ちにしていたのである。この映画の直接の原作であるマンガの方は、まだ読んでいない。

 さて、映画が始まると北京語の中国語であった。広東語ではない。最近よく見ている中国の武侠ドラマも、ほとんど北京語なので、わー北京語かと思ってしまった(何を言っているのかは、字幕がないと全然、わかないんですけど)。最初の方のシーンで、ちらりと見える白髭のおじいさんは、おや『七剣下天山』の傅さんではないですか。燕に攻め込む趙の前線の将軍は、同じく『七剣下天山』での七剣士の宿敵多格多の師父の紐枯魯ではないですか。いやあ、いい脇役が出てますね。で、傅さん役の于承慧は、いつも武術の達人の役で、実際に達人の人なのだけど、今回は少しだけ出て、すぐにやられてしまうのであった。あー残念。この人の剣さばきが見たかったのに。とまあ、知らない人、意味不明のことを書いていますが。

 主役たちも、またいい役者をそろえている。主人公の墨家の革離を演じるのは、香港のアンディ・ラウ。アンディ・ラウだと、原作の革離のイメージとは違うのであるが、ストイックな墨者の雰囲気はでていたと思う。アンディ・ラウとトニー・レオンの『インファナル・アフェア』を見ても思ったけど、この人はいい俳優だよなと思う。趙の将軍の巷淹中を演じる韓国のアン・ソンギもいい俳優だ。韓国の映画俳優では、ベストの役者ではないかと思う。一部で不評の(笑)騎馬武者の逸悦の中国の女優ファン・ビンビンもいいじゃあないですか。逸悦の出てくるシーンは、なんか数千年前の中国という感じがしないのだけど(笑)、美人だから良し。ただ、あのシーンは必要なのかというと、まあどうかとは思うのだけど。
 
 戦闘シーンについて言えば、原作小説にあったように、戦闘そのものよりも、作戦の準備段階でさまざまな仕事を黙々とこなしていく革離のシーンがもっとあってもよかったのにとは思う。作戦家や戦術家の仕事とは、戦闘そのものよりも、その前段階でほぼ作業が終わるものなのである。実際の戦闘になったら、あとは戦闘部隊が決めたことを決めた通りにやってくれればそれでいい。しかしまあ、それは近代の軍隊の話であって、革離は作戦を考えて、かつ、自分で前線部隊の指揮をとらなくてはならないという激烈さなのであった。しかし、その激烈さが、それほど激烈だったのかというと、ファン・ビンビンの逸悦がいるため、なんかこー中途半端なものになっていないかと思う。いや、いんだけどファン・ビンビン。もし、主役キャストがアンディ・ラウとアン・ソンギだけだったのならば、あまりもオモイ・・・・。なお、川井憲次の音楽は『セブンソード』みたくて、かっこいい。

 墨子の思想について、少し考えてみたい。

 墨子の思想は非戦である。およそ、人の世では殺人は容認されない。ところが、国家の命令による殺人は犯罪にはならない。つまり、戦争で人を殺害することは容認されるのである。これはおかしいではないか、と墨子は考えた。殺人が悪であるように、国家が行う殺人である戦争もまた悪である。よって、いかなる侵略行為もこれを否定した。とまあ、ここまでは、よくある平和主義の反戦論である。しかし、ここからが違うのだ。ここからが墨子の墨子たる所以である。墨子は侵略戦争を否定するとともに、侵略されることもまた否定したのである。こちらから攻撃することはないが、防衛のための戦争は断固として行うのである。墨子の思想集団である墨家は、防衛のための様々な戦術を練り、数多くの戦争兵器を開発してきた。墨家は、防衛戦闘の戦争職人の集団であり、中国の春秋戦国時代最大の軍事組織であった。こちらからは攻めないが、攻めるのならばどうぞご自由に、その代わり徹底的に反撃します、ということである。これを墨子は「非攻」と言った。自国の防衛のためには、先制攻撃をすべきであるとのたまう某超大国の某大統領には、絶対に理解できない考え方であろう。

 これはまさに、戦後日本の専守防衛のあるべき姿ではないか。なぜ、この思想が今までさほど知られることなく、歴史の闇に埋もれていたのか。自衛隊の防衛大学と幹部学校は、今すぐでも墨子の思想を扱うべきだと思ったりするほど、まさに2400年前の専守防衛の思想なのである。墨者は、諸国の王の招聘に応じ、現地である城郭に立て籠もり軍事専門家としての仕事を行う。報酬は受けない。営利栄達は求めない。そこでの防衛戦闘を専門とした軍事コンサルタントとして仕事が終われば、墨家教団に戻り、次の仕事を待つという、きわめてプロフェッショナルな職能集団だった。『墨攻』の主人公革離は、墨家の有能な戦争職人である。

 中国において最も影響力が強い思想とは、言うまでもなく儒教である。しかし、この時代、墨家は、儒家と思想界を二分するほど、広い影響力を持っていた。墨家の思想は、儒教とは真っ向から対立していた。墨家の思想のバックボーンにあるのは、ようするに普遍的な「人間」という概念ではないかと思う。儒家では、人の世には秩序があり、出身や身分によって「人」は異なると説く。これに対して、墨子は「人」には上下などなく、みな平等だと説いた。人はみな共に敬い合い、愛し合うべきなのであると考えたのである。これを墨子は「兼愛」と言った。
 
 墨子の時代から、遙かな年月の後の世に住む我々にとって、人は平等であるということなど常識みたいなことであろう。しかしながら、2400年前の、しかもアジアでこうした考え方が出現していたということは、かなり驚愕すべきことなのである。同時代で、人は平等であるという思想を述べていたのは、『墨攻』の時代より200年くらい前になるが、インド北部でゴータマ・シッダッタが唱えた後に仏教と呼ばれる思想ぐらいであった。さらに時代が数百年下って、中近東においてユダヤ教のエッセネ派のヨハネの弟子のイエスが、後にキリスト教と呼ばれる宗教を説き、人類愛を述べる。さらに時代は遙かに下り、18世紀ヨーロッパに啓蒙思想が出現し、ようやく近代の社会意識が生まれることになる。しかし、それに先駆けること2000年以上も前の中国に、キリスト教や西洋近代のような平等思想があったのである。
 
 墨子の思想は、中国どころか世界の思想の中でも、極めて特異で異質なものであった。その異質な故にか、墨家は中国史の中で突然に消え去る。戦国時代が終焉し、始皇帝が中国を統一し、秦を建国する頃、異能の戦争思想集団であった墨家は、忽然とその姿を消すのである。なぜ消えたのかということについては、今でもよくわかっていない。しかも、墨子の思想はまるでなかったかのように、その後の中国思想史の中で忘れ去られるのである。中国の知識人が、墨子の思想を高く評価するようになったのは、秦の時代から遙かな後年の清朝の時代であった。

 21世紀の今日の英米の国際関係論の分野で、墨子の思想に似たような考え方がないかと思ってみたが、どうもなさそうである。反戦でありながら、強靱な軍事力を持つというのは、ないように思われる。マハトマ・ガンジーは非暴力・非服従を述べたが、相手は暴力で服従を迫ってくる以上、こちらが非暴力では服従せざるえない。ジョン・レノンの「ラブ・アンド・ピース」では、侵略してくる敵とは戦えない。平和をいくらイマジンしても、戦争のない世界にはならない。

 戦後日本の専守防衛というのは、思想というにはあまりにもオソマツすぎる。墨家は専守防衛であるが、そのための軍事力の維持と研究開発を怠ることはなかった。一方で「兼愛」を説きながら、その一方で敵を殺戮するという矛盾を抱えながら、それでも墨者は理想を主張する。戦後日本は、できることならば軍隊なんか持ちたくないけど、国際状況上持たざるえないので、軍隊みたいなものを作りました、敵が攻めてきたら日米安保条約で米軍に守ってもらいますという吉田茂の苦肉の策でしかなかった。

 この映画は、安易なハッピーエンドで終わらない。リアルな結末だった。革離は、墨家である。戦争職人であると共に、思想伝道者である。墨家の説く非戦論は、理にかなった理想である。しかしながら、この世は理想が通ることなど希である。どんなに優れた理念であっても、理念だけでは現実を変えることはできない。革離と戦った巷淹中もまた同じく理念に生きる人だった。しかし、最後に勝ったのは誰か。この映画のラストは、ある意味で理想主義の悲劇を意味している。この現実をかみしめながら、それでもなお、自分の理念に生きていく。思想者とは、そうした人なのである。

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January 28, 2007

NHK大河ドラマ『風林火山』

 今年のNHKの大河ドラマの『風林火山』って結構いいなと思う。自分の大河ドラマのベストを挙げよと言われたら、まずは『飛ぶが如く』と『花神』というシバリョーの幕末維新もの、次に『炎立つ』や『独眼竜正宗』(どっちも渡辺謙だな)となるが、今年の『風林火山』は良いではないか。内野聖陽って、全然知らなかったんだけど、いいじゃあないですか。文学座の人だったのか。

 私は、このところ中国の武侠ドラマを、レンタルDVDで見まくっている。それらを見ていると、中国の時代ものはいいよなーと思ってしまうのであるが、こうして気合いの入った戦国時代ものを見ると、いやあ、日本のものはいいですよねーと思ってしまう。なんというか、中華料理と日本食の違いというか、中国の武侠ものの絢爛さと比べて、日本のものは「質実剛健」ということをずっしりと感じるわけですね。ちなみに、『The West Wing』や『StarTrek』などを見ると、アメリカの良質のドラマはいい、日本ではとてもできない、とか思ってしまう。日米中と、ぼーだーれすってゆーか、ちゃんぽんな、ワタシ(笑)。ようするに、いいものはいい。

 毎回、ドラマが終わった後でチェン・ミンの二胡の音楽を背景に、ドラマの関連の史跡を紹介する「風林火山紀行」を見ていると、ああ日曜日が終わったなという気持ちと、甲州を旅するのもいいなと思ってしまう。

 この、大河ドラマを見終わると、日曜日が終わったという気持ちになるのは、その昔、毎年、大河ドラマを見ていた頃そうだったなと思う。この数年、というか、かなりの長い期間、大河ドラマを見ることはなかった。今年は良さそうなので、毎週見ているが、この見終わった時の気持ちというのが、子供の頃、親と一緒に日曜の夜、大河ドラマを見ていた時と同じだなと思う。チェン・ミンの曲を聴くと、それを思い出す。

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January 20, 2007

NHKスペシャルドラマ「坂の上の雲」

 NHKのスペシャルドラマ「坂の上の雲」の秋山兄は阿部寛、秋山弟は本木雅弘に決定したという。

 うーん、ま、いいかな。真之が本木雅弘というのは悪くはないな、と。徳川慶喜もよかったし、聖徳太子もよかった。好古が阿部寛というのは、ちょっとイメージが弱いのだけど。コサック騎兵と戦えるのか。正岡子規の香川照之は、これは良し。律を菅野美穂というのは、なんかどうでもいいや(笑)。この物語は、女性キャラがほとんど出ないしぃ。真之と律の青春恋愛ものにするなよ。

 まー、なんといいますか、帝国陸軍ファン(なのか)としては、日本海海戦はさらっとでいいから(そうはいかんだろう)、とにかく奉天の会戦はしっかりやって欲しい。203高地よりも、奉天の会戦を見てみたい。海戦で言えば、日清戦争の鴨緑江海戦をじっくりやって欲しい。

 この物語は日本と清朝中国、そしてロシアの物語なのだけど、アメリカも関わってくる。やるんだったら、ぜーんぶ、しっかり描いてくれぃ。そのために受信料倍払えというのならば、払いましょう!!!払うから、満足のいくものを作ってくれぃ。

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December 31, 2006

硫黄島二部作を見る

 クリント・イーストウッド監督の映画『父親たちの星条旗』と『硫黄島からの手紙』について、以下、感想のようなものを述べてみたい。

 『父親たちの星条旗』(以下、映画「父親たち」と略す)と『硫黄島からの手紙』(以下、映画「硫黄島」と略す)の二つの映画で、日本では当然の如く映画「硫黄島」の方が話題になっているが、問いかけるものの意味では圧倒的に映画「父親たち」の方が大きかった。この硫黄島二部作は日米双方の視点で描いていると言われているが、双方とも監督をしているのがイーストウッドであって、どちらもイーストウッドの視点である。しかも、イーストウッドの視点は、この二つの映画はおのおの違っている。一言で言ってしまうと、映画「父親たち」が問いかけるものは、国家と国家に翻弄されざる得ない(国民というか)兵士たちの姿であった。

 映画「父親たち」の全編に貫いているのは、正直であり公平であるということだと思う。イーストウッドは、徹底的にフェアな人なのだ。国の名のもとで、硫黄島の戦場で地獄のような体験をして、たまたま、すり鉢山に星条旗を(しかも、ふたつめの星条旗を)掲げたということで帰国することができた3人の若者に待っていたものは、ここでも国の名のもとで「英雄」を演じなくてはならないということであった。これがいかに国の欺瞞であり、演じざる得なかった若者にたちに精神的に苦痛を与えるものであったかということをこの映画を見る人々に伝えている。愛国心は大切だみたいなことを言っている政治家たち(その最たる人が現在ホワイトハウスにいる)や、9.11以後のアメリカで大きな政治勢力を持つ共和党支持の保守の人々は、この作品を好きにはなれないであろう。

 特に、3人の若者たちの一人がネイティブ・アメリカンの出身であったということが、さらにこの作品の公平さを物語っている。「英雄」として祭り上げながらも、ホンネではインディアンを差別していたという事実をイーストウッドはストレートに伝える。これなども、保守の人々は苦々しく思うであろう。

 ただし、である。イーストウッドは、左翼やリベラルのような、だから国は間違っていた、国なんてものは、こんなものなのだと騒ぐことはしない。映画「父親たち」はラストの方で、なぜ父は戦争のことを何も語らずに、その生涯を終えたのかという息子の疑問を追っていく物語であったことがわかるが、ようするに、父親たちというのは、国のやることは欺瞞でばかばかしい限りなのであるが、その思いを声高に語ることなく、自分の胸にだけに置いて、黙って生涯を生きてきたということなのだろう。

 ここで『ダーティハリー2』のワンシーンを思い出す。この映画は、法律で裁くことができない悪を、自分たちの力で裁くという考え方をもった警察内部のとあるグループとハリー・キャラハン刑事が戦う話なのだが、この話の中で、ハリーは、このグループのリーダーから自分たちの仲間に入らないかと言われた時、ハリーはその申し出を拒否し、確かこう答えていたと思う「どんなに腐った法でも、法は法だ。法は守らなくてはならない」と。(今のアメリカ政治の文脈で考えると、この警察内部の急進派グループはネオコンだなと思う。イーストウッドはイラク戦争に反対していたのも、そうした理由からなのであろうと思う。まだらっこしいからと言って国際法を無視するのならば、秩序はなくなるのである。)

 では、イーストウッドは左翼でリベラルなのだろうか。イーストウッドの政治思想の立場は、共和党である。しかし、共和党であっても、共和党の保守主義の本流とは別のリバータリアンである。リバータリアンとは、徹底的な個人主義であり、国家などというものは必要最小限度あればいいとする。では、保守主義かというと、保守のような共同体や伝統に価値を置く考え方はしない。では、リベラルかというと、リベラルは個人の自由を自由権のような形で政府が保証するというように考えるが、リバータリアンは政府が認めるということすら不要であると考える。いわば、リバータリアンとは、大西部の荒野で自分と自分の家族を守って生きていく、開拓農民のような思想である。

 映画「硫黄島」は、そうしたイーストウッドの視点で日本を見たものであった。この作品が伝えるものは、敵である日本人もまた我々と同じ人間なのであるということである。国家がいう「英雄」とは、国民に戦時国債を買わせるための宣伝であったということと同様に、あの戦争の時代、国家がジャップは悪逆非道の猿であると言っていたことは、戦争のためのプロパガンダであったということである。このことはつまり、硫黄島から広島へ視点を移せば、こうしたまっとうな、普通の人間たちの頭上に、我々は原爆を落としたのだということになる。もちろん、イーストウッドはここまでは言っていない。しかし、そういうことになる。そういうことになることを、イーストウッドはわかっていると思う。硫黄島での日本軍のすさまじい戦闘を体験したアメリカ軍が、日本本土上陸の前に、自分たちの犠牲を少なくさせるために広島と長崎に原爆を落としたというよくある原爆投下正当化の理由は自分勝手な理屈にすぎないことを、イーストウッドは(リベラルのように)(笑)百万遍の言葉を費やすのではなく、1本の映画を作ったのだと考えたい。

 と同時に、これは、今のアメリカがイラクでなにをしてきたのか、そして、今なにをしているのかということにつながる。イスラムをあたかも60年前のジャップのように悪逆非道のテロリストのように仕立て上げ、イラクと戦うことが正しいかのように政府は言ってきたが、みなそれは政府に都合がいいプロパガンダなのだということだ。

 以上、アメリカの文脈で見た、アメリカ映画である「父親たち」と「硫黄島」についてである。自分がアメリカ人ならば、このふたつの映画をこう見るというものである。では、日本の文脈で映画「硫黄島」について考えてみたい。日本人である自分は、この映画をどう考えるか。

 細かい点で事実と違うということについて。例えば、夜中に国旗の掲揚などしないとか、ライフルなんて言葉は使わないとか、陸軍が「撃てー!」とは言わないとか、いろいろあるようであるが、そうした細かいことは映画なんだから、ということで。映画「硫黄島」を映画館の中で見ながら思ったのは、なんかこー、話がのっぺりとしているというか。見てる側としては、最後は全滅するということはわかっているわけで、その全滅に向かって物語がフラットに進んでいくみたいな話の進み方になっているなと思った。

 もちろん、映画として良くなかったわけではない。ただ、ドラマとしての構造があったのかというとなかったと思う。なぜこうなったのかというと、イーストウッドの視点が敵の側もまた人間であったということにあって、玉砕することが決定していた硫黄島に2万人の兵士を置くという当時の日本国家のばかばかしさを伝えるものではなかったからだと思う。しかし、栗林中将が硫黄島から大本営に宛てた訣別電報の中で「散るぞ悲しき」と記したのはまさにそのことであって、いわば、映画「父親たち」の3人の若者のように、栗林中将も国家に翻弄された人であった。そのことが、映画「硫黄島」からはあまり感じれなかった。渡辺謙が演じる映画「硫黄島」の栗林中将は、『ラストサムライ』の勝元のような優秀な指揮官であり、在米体験もある異色の軍人であったということしかわからなかった。むろん、アメリカ人であるイーストウッドのアメリカ映画である映画「硫黄島」に、そこまで求めるのは無理があるのかもしれないが。

 僕が上記のことに気がついたのは、映画「硫黄島」を見た後で、梯久美子著『散るぞ悲しき』(新潮社)を読んでからである。渡辺謙も、撮影中にこの本を読んでいたという。

 以下、この本に従いつつ、映画「硫黄島」では触れることがなかった3つの点について考えてみたい。

 第1点は、硫黄島での戦闘の異常性(というか、太平洋戦争において、島々でのほとんどの戦闘はみな異常であった)をもっと掘り下げてほしかった。

 通常、戦闘での軍の作戦とは、勝つことを目的とする。勝つためには、なにをどうすると考えるのが作戦である。勝つためには、どのような兵器がどれくらい必要である、弾薬がどのくらい必要である、食料はどのくらい必要である、と考えていく。しかしながら、太平洋戦争における日本軍の異常さとは、その末期において、もはや勝つことを目的としていなかったということである。なぜ、勝つことを目的としないのか。勝てないからである。勝てないのならば、もう戦争などやるべきではない、すぐに戦争はやめよう、と考えるのが古今東西の常識なのであるが、昭和の日本軍はそうは考えなかった。負ければ、民族が滅亡するとでも思っていたのであろうか。

 何度も繰り返すが、補給もなく援護もなく、洋上の上の小さな島に2万人の兵士を置いて、それでなにをどうしろというのであろうか。これはもう軍隊の行う戦争ではなく、では一体なんであるのかというと、よくわからない。栗林中将を硫黄島の総指揮官に任命したのは、当時首相の東條英機である。東條は栗林に「アッツ島のようにやってくれ」と言ったという。アッツ島とは、栗林中将が硫黄島に赴任する前年の昭和18年5月に、日本軍が玉砕して全滅したアリューシャン列島の中のひとつの島である。ようするに、死ねということなのであろう。

 結局、死ぬということが決定づけされている場所に2万人もの人々を置くというのは、一体どういうことなのか。合理主義者である栗林が直面したのは、そのことだったと思う。ようするに、華々しく戦って潔く散る。お国のために戦いました、という話になればいいということで、人の命を軽々しく扱う、その精神とは一体なんなのか。アメリカで教育を受けた人間は、そうしたものを一番嫌う。それを自分もまた2万の兵士に命じなければならない、ということの苦悩はものすごいものがあったと思う。栗林中将が家族に書いた手紙は、実にこまかく愛情に満ちたものであったが、それはこの苦悩の中で、少しでも人間であり続けたいとしたことではなかったのだろうか。そうしたことが、映画「硫黄島」で出てくれていたらと思う。

 2点目は、栗林は家族へ手紙を書いていたこととは別に、戦闘の状況を電報で大本営に送っている。彼の戦況報告は極めて客観的であり、正確なものであったという。その最後の電報で、通常は大本営作戦部に送る戦訓電報であるが、蓮沼侍従武官長宛てに送ったものがある。侍従武官とは、陸海軍の軍人で天皇のそばで仕える職務である。蓮沼は栗林の陸大時代の兵学教官であったという。この電報の中で、栗林は痛烈に大本営を批判している。アメリカ軍の上陸に対して、従来の作戦の方針は水際陣地を構築し、海岸で敵を迎え撃つものであったが、栗林はこれを後退配備で敵を迎える戦法に切り替えた。ところが大本営は、後方陣地を作るのは良しとしても、水際陣地も作れと命じてきたのである。このために、中途半端な防備態勢になってしまった。そもそも作戦とは、コレコレはコレであると決まったら、そのコレにあらゆる兵力を100%そそぎこむべきものなのである。敵に制空権、制海権をとられている以上、敵の上陸を阻止することは不可能であるが故に、後方に陣地を構築し、そこで敵を迎え撃つとした。それを、どちらつかずの曖昧な方針にしてしまったため主陣地が不徹底なものになってしまった。この件に限らず、太平洋戦争全体にわたって、大本営の作戦はあいまいな内容のものが多かった。

 もうひとつ栗林が批判したのは、日本軍にはもはや使用できる飛行機がないにもかかわらず、大本営は飛行場の拡張工事を命じていたということである。当初は、硫黄島守備の目的は飛行場の整備拡張であった。しかし、もはや島を少しでも長く死守することが目的となった以上、飛行場の拡張に人員を割くのは理解に苦しむというわけである。この二つの批判点は、いずれも海軍が従来の方針に固執したためであった。栗林は陸軍中将であり、硫黄島では、栗林の指揮下に海軍は属していたが、海軍には海軍のやり方があり、栗林の方針が徹底できなかった。この陸軍と海軍の確執は陣地構築から始まり、アメリカ軍上陸後の戦闘に至るまで続くものであった。映画「硫黄島」では、この陸海軍の不和が少し出ていたが、すぐに中村獅童が演じる陸軍中佐に話しがいってしまい、組織的な問題があったことが説明できていなかったと思う。ちなみに、この陸海軍の間の確執は、日本軍の組織的欠陥であり、帝国陸海軍が終わるまでなくなることはなかった。さらに言えば、アメリカ軍は、戦争になると組織を改善し、この点を実にうまく解決していた。栗林は、陸軍と海軍の縄張り主義をなくし、指揮系統を一元化することが必要であることを、この最後の電報で記している。それを可能にできるのは、天皇しかいない。だからこそ、陸大時代の恩師であり、今は天皇のそばにいる蓮沼侍従武官長に伝えたかったのであろう。

 そして、この最後の電報の締めくくりを、巨大な国力の差がありながら、戦術も対策もなにもせず、その場限りのことを繰り返すだけだと戦争指導者を批判している。これこそ、硫黄島で死んでいく2万人の兵士の声なき声であろう。

 この電報については、映画で触れられていない。映画「硫黄島」では、日本人の敗者の美学が前面に出され、ドラマとしての栗林の精神的内面への掘り下げが甘い。何度も繰り返すが、アメリカの映画に、そこまで求めるのは無理があるのであろう。ただ、渡辺謙が演じる栗林が「天皇陛下万歳」と言う時のうつむいた顔の表情に、渡辺謙はあるいはそのことを込めていたのかなと思うのは思いすぎであろうか。

 3点目として、東京への爆撃が始まったことである。大本営から死ぬことが決定づけられている戦闘で、それでもなお栗林が見出した戦う意義とは、1日でもこの島を死守すれば、それだけ本土への攻撃が遅れるということであった。彼は、やがて東京に空襲があることを予期していた。アメリカ軍の上陸後、すぐにすり鉢山が占拠され、栗林たちは当初の計画通り、塹壕に身を隠し、壮絶なゲリラ戦を展開する。安易に死を選ぶことなく、最後まで戦う意味とは、愛する家族が住む本土への攻撃を1日でも遅らせることが、自分と2万人の兵士たちの死の意味であると考えていた。しかしながら、3月9日、グアム、サイパン、テニアンから飛び立ったB29の編隊は翌10日、東京を無差別爆撃する。東京大空襲である。このことを栗林は、無線機で知る。恐れていた本土への攻撃が始まってしまった。この時、彼は何を思ったであろうか。

 映画「硫黄島」で、以上の触れられていない3点を軸にしてくれたのなら、栗林中将の内面の葛藤を表すことができて、のっぺりとしたストーリー展開にならなかったと思う。渡辺謙ならそれを見事に演じたであろう。今回でも、十分見事に演じている。

 最後の出撃の前に、栗林はこう訓示する。

「いま日本は戦いに敗れたりと言えども、日本国民が諸君の忠君愛国の精神に燃え、諸君の勲功を讃え、諸君の霊に対し、涙して黙祷を捧げる日が、いつか来るであろう。」

 通常、戦場での日本軍の総指揮官の最後は、陣の後方での切腹である。しかしながら、栗林中将は兵士のように自ら突撃をし、戦場でその生涯を終える。その遺骨は、今だ発見されていない。


 祖国はその後、硫黄島を振り返ることはなかった。
 60年の年月が過ぎ、硫黄島で死んでいった者たちの手紙を拾い上げたのはアメリカ人の映画監督であった。

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September 16, 2006

『ユナイテッド93』

 映画『ユナイテッド93』を見てきた。この映画は、共和党のプロパガンダ映画であるという。国民がテロ事件への恐怖を感じ続けていれば、軟弱な民主党には期待できないということで共和党に票が集まるからである。よって、9.11の記憶が風化しないように、こうして映画を作って人々に見せているのだという。映画は、政府の嘘を糾弾することもあれば、時の政府の有利になるように世論を誘導することもある。テロへの恐怖心がなければ有権者の支持を得られないというのも、なんだかなと思うが、あらゆることを利用して選挙を勝ち抜こうというのはわからないでもない。

 そうか、プロパガンダ映画なのか。よーし、見たろうじゃないかと思い、見に行ったわけである。場所は、日比谷の帝国ホテルの道向こうのみゆき座である。

 で、見てみると、これはなかなかドキュメンタリードラマ映画として良い映画なのではないかと思う。大体、アメリカへ行く時はユナイテッド航空をよく使っているので、なんか他人事にように思えないのである。

 この映画は、9月11の朝、テロリストたちにハイジャックされた4機の旅客機の中の1機、ユナイテッド航空93便の機内で起きた出来事を緊張感のあるリアルなタッチで再現した映画である。とにかく、緊張感が最初から最後まで続く映画である。それでいて、上映時間は約2時間なのだが、見ていて疲れないのだ。つまり、2時間ずーと、緊張感を持って見続けられる作品なのである。このへん、作り方がうまいと思った。話は、連邦航空局とボストンやNYの空港の管制ルームと空軍のNORADのコントロールルーム、そして93便の機内など複数の場所で起きた内容が同時進行していく。

 次々と起こる出来事に連邦航空局は混乱し、軍に連絡するために「連絡将校はどこだ」と何度もどなる。NORADは、NORADで、連邦航空局から誤情報が流れてきたり、戦闘機を飛ばそうとすると許可しないので、「FAA(連邦航空局)なんかくそくらえだ、従う必要はない」と言う。前方の巨大モニターにペンタゴンに旅客機が突っ込んで炎上していく映像が映し出されると、NORADのコントロールルームはその瞬間、人々は凍り付いたかのように動きが止まる。そして、しばらくの無音の後、コントロールルームは再びより一層の混乱状態になる。

 これらのシーンのリアルさは迫真であった。NORADの軍人たちのペンタゴンがやられたという思いが、見ていて伝わってくる。この時、軍はWTCへ旅客機が突っ込んできた時点では、まさかワシントンDCにも同じことが起こるとは思ってもいかなかったということが見ていてよくわかるのである。連邦航空局や空港の管制ルームの人々の、ハイジャックされた旅客機に自分たちはなにもできない無念さの姿と、それとは対象的に、冷静さを失い、とにかく旅客機の撃墜許可をとろうと「大統領には連絡がつかないのか」「副大統領はどこだ」と電話をかけまくるNORADの大佐の姿。

 そして、93便の乗客とテロリスト。

 この映画を見ると、9.11はとかくWTCの方に注目が集まっているが、改めて考えてみると、あれは航空テロだったのだ。着目すべき所は空、すなわちハイジャックされた4機の民間旅客機と航空管制と空軍の3つであった。WTCでの出来事は、その目的の一つにすぎなかった。

 この映画は、いわゆるサスペンス映画やスペクタクル映画などではない。この日なにが起こったのかのということを、ひたすらリアルに描写している。観客を泣かせるような煽情的な演出や、イスラムへの怒りを煽るようなシーンも一切ない。どちらかと言うと、人間としてのテロリストを描いている。 事件の前日、明日決行ということで不安と緊張感の中で神に祈り、みそぎ(?)をする。当日、空港の待合い場では家族か恋人(?)に最後の別れの電話をし、93便が離陸した後も恐怖心からかリーダー格の若者はなかなか決行しようとしない。しびれを切らした仲間が堪えきれずに行動を開始する。そして、リーダー格の若者もまた後戻りのできない悲劇に踏み出すのである。

 テロリストたちは、みな震えながらコクピットを占拠し、パイロットやスチュワーデスを殺害し、乗客を脅し押さえつける。彼らもまた怖いのだ。そうした恐怖に打ち勝つように、彼らは祈りの言葉を絶えず口にしている。「アラー・アクバル(神は偉大なり)」と。「アラー・アクバル」と言いながら、乗客の首をかき切るのである。神に祈りを捧げれば、自己の行為は正当化されるとでも言うのであろうか。それほど怖いのならば、なぜこうしたことをするのかと思う。数多くの人々を道連れにすることの罪悪感を感じながら、それでもなおかつ、やらなくてはならないこととは一体何であるのだろうか。

 乗客は機内電話や携帯電話で、旅客機はWTCやペンタゴンに墜落したことを知り、これもただのハイジャックではないことを知る。そうであるのならば、なんとか阻止したいと考える。この時、乗客の中に操縦できる者がいないか探したことを見ると、できることならテロリストから操縦桿を奪い、地上に着陸したい、生きて帰りたいと思ったのであろう。しかし、その一方で、自分たちはもう助からないという覚悟もあったのだろう。この映画は見ていて、「こうなった時、自分はどうするのか」ということを生々しく考えさせるのである。乗客がテロリストと戦うシーンで、テロリストたちは神への祈りの言葉を繰り返しつぶやき、乗客の側もまた神への祈りの言葉を唱える。このシーンは印象深い。このふたつの神は、こうした形でしか接し遇うことができないのであろうか。であるのならば、人にとって神とはなんだろう。

 この映画は、すべてが事実の話ではない。遺族や関係者の証言に基づく推測のドラマである。映画を見た後、ネットで調べてみるとユナイテッド航空93便についてさまざまな謎があることを知った。例えば、この旅客機はペンシルバニア州シャンクスヴィルの地表に墜落したわけであるが、その墜落現場の写真を見る限りでは、ボーイングが墜落したように見えないのは確かである。いずれせよ、前回のエントリーでも書いたが9.11には謎が多い。

06/12/29追記
補足エントリー「「9.11」をどう考えるか」

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August 19, 2006

映画『もんしぇん』を見ました

 ネット配信で『もんしぇん』をという映画が公開されるという。どんな映画なのかと調べてみると、なんかファンタジーのような不思議な物語のようだ。主演の玉井夕海さんは、『千と千尋の神隠し』のリンの声の人だという。あー、あのリン姉さんの声の人か!『千と千尋の神隠し』のキャラの中で、一番印象に残ったのが体育会系のノリの先輩ねーさんだったリンなのである。コレハ見なくてはと(笑)と思った。

 でまあ、ネットで見るのもなんだし、なんと19日の今日は上映初日なのであった。上映している映画館は、上野の国立博物館の敷地内にある映画館であるという。ぢゃっまあ、ちょっと行ってみようかしらと上野へ向かった。

 上野駅から炎天下の上野公園を歩いて国立博物館へ行く。さて、この中に映画館があったかなと思いながら入り口に近づくと、「もんしぇん」の立て看板があって、映画館の方向へ矢印が書いてある。それに従って、博物館沿いにさらに歩く。なるほど、確かに、博物館の敷地の中に映画館があった。一角座というこの映画館は、うーむ、なにゆえここに映画館が、という気がするのであるが、その疑問はこっちに置いておいて。

 結構、混んでいるのである。先日も書いたけど、これはイイなと思う映画は、なぜか単館上映が多い。映画を見るという行為は、映画そのものを見ることだけではなく、その劇場へ行く間も、その劇場にいる間も、その劇場から帰る間も、すべてを含めて「映画を見る」ということだと思うので、こうした「この映画館へどうやって行けばいいのか」から始まる映画館もいいなと思う。でも、単館上映で制作費のコスト回収とかどうなるのかなあとか。シネコンでこれはやらないよなあとか、そーゆー心配は、プロデューサーがすればいいんだよなあとか、そうしたことをぼおおっと考えながら、次の上映時間まで少し時間があるので、真夏の空の下、一角座の入り口の前でぼんやりと立っていた。

 公開初日ということで、映画の上映前に、山本草介監督と主演女優の玉井夕海さんとイメージ設計の海津研さんの舞台挨拶があった。

 物語は、主人公ハルが山道を走るバスに乗っているシーンから始まる。ハルのおなかを見ると、この女性は妊娠していることがわかる。思い詰めた表情でパスの窓の外を眺めていることから、祝福された妊娠ではないようだ。嘔吐を感じたハルは、バスを降りて、雨が降り出したバス停でうずくまって吐く。身体を引きずるように立ち上がり、ようやくベンチに座って、そして目にしたあるものから、ハルの不思議な物語が始まる。

 映画を見ながら思ったことを、以下、断片的に述べてみたい。映画を見ていない人はわからないだろうと思うけど。ぜひ、この映画を見て下さい(としか言えないしぃ)。

 おもしろいのは、この不思議世界ではバアサンの方がしっかりしていて、ジイサンたちを叱咤するのである。オトコってこうだねえと見ながら思ってしまう。

 ストーリィはかなり違うが、同じく海が一人の女性の内面を癒していく物語に是枝裕和監督の『幻の光』という映画がある。これも、生と死がつながった不思議な映画であったが、『もんしぇん』の方がファンタジー性が強く、宮崎アニメの影響を感じる。

 この映画では「舟」が重要なイメージのひとつになっているが、映画を見ながら、これは「うつぼ舟伝説」のバリエーションなのかなとも考えた。「うつぼ舟伝説」とは、簡単に言うと、海の彼方から舟がやってきて、その舟には「魂」や「異人」や「貴種」が乗っていたりする話だ。また、こちら側から、海に向かって、死者を乗せた舟を流す話もある。海の彼方に常世の国があり、そこでは人は年をとらない。人は死後そこへ旅立つという伝承も多い。補陀楽浄土ともいう。この映画は、「うつぼ舟」や「補陀楽浄土」の民話や伝承を思い起こさせるものがある。海にまつわる話もまた、みなつながっているのだろう。

 この映画の中で歌われる「うみは広いな、大きな」という歌で、「月は昇るし、陽は沈む」は、生と死のモチーフだと思う。海は生も死も包括するのである。そのことと、ハルが自分が身ごもったことを知った時、自分の中にも「海」があることを感じたと語る言葉がつながる。そして、それがちいに起こる次の展開につながっているように思う。ちいが海ですくい上げる棺舟は、ちいに亡くした我が子への執着があったため、いつまでも漂っていたのだろう。それが解けた時、棺舟は漂流をやめ、ちいの時間は元に戻るのである。生も死も、もっと大きなもののつながりの一面にすぎないのだ。

 そうすると、この物語のもう一人の主人公である作一は、入り江で自分が若い時に住んでいた家を見つけたということなのだろう。あの日記は、自分の日記だったのだ。ちいの妊娠もまた幸福な妊娠ではなかった。ちいは一人で産むと作一の前から姿を消した。作一は、その後、「はる」と名付けた、その生まれた子が亡くなったことを知る。彼は、このことがずっと気がかりで生きてきたのだろう。そして、年老いた今、あの頃のちいに出会うのである。しかし、今となって、ちいになにをしてやれるのだろうか。その苦しみは、ハルに宿った新しい命への祈りにつながるのだろう。

 もちろん、上記のことは、僕個人の勝手な解釈である。

 最後のシーンで、ハルは持っていたあるものを見て、はっと気がつき、後ろを振り返る。その時、僕も、あっそうだったのかと思った。自分の中に宿った小さな命を、どうしようかと悩んでいた一人の若い女性に、天草の神々が命のつながりを教えてくれたのかもしれない。ちいの我が子への想いが、ハルとその新しい命に伝わっていくのである。そうやって、人は生命を継いでいく。命を宿りし者、命を育てし者は、「ひとり」ではない。みんな、つながっているのだ。

 映画が終わった後、玉井夕海さんの音楽パフォーマンス集団「Psalm」(さーむ)によるミニライブがあった。玉井さんは、この映画の音楽も担当していて、ヴァイオリンの人は映画のちいの役の人だったのだ。あとで、パンフを読むと松尾嘉子さんというヴァイオリニストの人だった。この人と、 25絃箏を弾くかりんさんの3人でのライブ。Psalmとは、ラテン語で讃歌、賛美歌を意味する言葉だという。玉井さんのヴォイスパフォーマンスに、カミが宿るシャーマンのようなものを感じた。

 出入り口を出るところで、パンフとサントラ音楽CDを買う。自宅に戻って、さっそくiMacのiTunesにエンコードする。「脈動変光星」を聴きながら、東京の夏の夜の下で、遠い天草の海を想う。

 テーマ曲「脈動変光星」は、音楽サイトのmF247から無料でダウンロードできます。この映画がどのような物語であるのかは、この曲を聴いてもらえばわかると思います。静謐で、そして深い物語でした。

Monsyen

Itukaku

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August 13, 2006

映画『太陽』を観ました

 自分にとっての昭和天皇のイメージが根本的に変わったのは、アメリカの歴史学者ハーバート・ビックスの『昭和天皇』を読んでからである。僕はこの本をアマゾンで注文して入手していたのであるが、なにしろ分厚い本なので、そのまま読まずにいたら、やがて日本語訳本が出たのでこちらの方を読んだ。読みながらも、その内容に偏りが感じられる箇所がいくつかあった。偏って解釈することはできないだろうと思うことがしばしばあった。ワタシがそう思うくらいなのだから、この内容たるや、そうとうバイアスがある見方をしていると思っていいだろう。

 しかしながら、その一方で、昭和天皇が生まれた時から、昭和の終わりに至るまで、その全体的な構図の中で考察していることについて。そして、これまでの日本の歴史書では触れることがなかった資料の存在などについて学ぶことが多い本であった。戦争中は軍部の行動に疑念を感じながらも、大元帥として軍の作戦企画に関わりながら大東亜戦争の遂行と勝利を願い、戦後は自己の保身を願っていたというビックスの意見は、「結果としてそう見える」というだけのことであると考える。この本は、天皇を象徴としての「神」ではなく、人間としての昭和天皇の存在を教えてくれたものであった。

 ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の映画『太陽』を観る前に考えたことは、このハーバート・ビックスの『昭和天皇』と、もうひとつ、ベルナルド・ベルトリッチ監督の映画『ラストエンペラー』であった。満州国の皇帝であり、中国最後の皇帝であった愛新覚羅溥儀の生涯をあつかったこの映画では、溥儀は皇帝の家系に生まれ、大日本帝国の傀儡ではあるが満州国の皇帝として君臨し、最後は庶民の暮らしの中で住む老人であった。昭和天皇もまた、天皇の家系に生まれ、皇太子、摂政そして天皇となり、敗戦後も最後まで天皇であり続けた。溥儀は、中国共産党によって皇帝の座から引きずり下ろされた。昭和天皇は、法廷に立つことをGHQによって免れた。昭和21年にいわゆる「人間宣言」がなされたが、戦後日本人にとっても、「人間宣言」があろうがなかろうが、昭和天皇は天皇であった。

 映画『太陽』は歴史ドキュメンタリーでもなければ、いわゆる歴史映画でもない。昭和天皇の私的な視点からの文芸作品である。大東亜戦争戦争の終結からマッカーサーとの会談までの閉鎖された数日間だけを扱っている。歴史娯楽大作であるベルトリッチの『ラストエンペラー』とはまったく別のものであった。この映画にはハーバート・ビックスのような、ひたすら昭和天皇の戦争責任を立証しようとする姿勢はない。この映画では、ヒトラーのように自殺することなく、マッカーサーと会見し、「どのような決定にも従う」と言ったことに昭和天皇の責任の取り方を表現している。これ以外に、どのような責任の取り方があったのであろうか。

 イッセー尾形が演じる昭和天皇は、口もぐも含めて、1970年代以後の昭和の天皇のテレビ映像からきているのだろうと思う。終戦直後のニュース映像で観る40歳代後半の昭和天皇とは違う感じがする。しかし、今の平成日本人の大多数の記憶にある昭和天皇は、40歳代の天皇ではなく、70歳代の昭和天皇なのだろう。その意味で違和感はない。

 映画の中で、書斎で科学者と会話するシーンがあって(このシーンの椅子の譲り合いのアドリブ・コント?がおもしろい。侍従長を演じる佐野史郎が堪えらきれずに笑っているのがわかる)(このシーンをリテイクせず、そのまま使っちゃう監督がいいですね)、この時の天皇の話し方を聴いて、ああそういえば昭和天皇はこうした話し方をされる人であったと思い出した。自分の記憶の中でも、昭和天皇ってどういう人だったのかということを忘れていたことに気がつく。歴史の知識としての昭和天皇については、それなりに知っているのだが、テレビで見た人としての昭和天皇については、ほどんど覚えていないのである。

 GHQから箱詰めのハーシーズ・チョコレートが送られてくるシーンでは、昭和天皇というよりもイッセー尾形のコントであった。こうした笑えるシーンがあるのは、外国の映画監督の文芸映画作品であるからであろう。日本人の映画監督であれば、こうしたシーンはできないだろうなと思う。ちなみに、天皇は書斎の机の上にリンカーンとダーウィンとナポレオンの胸像を飾っていたが、敗戦後、ナポレオンの胸像だけを隠すシーンがあって、これは鬼塚英昭の『天皇ロザリオ』にも書いてあった。どうやら事実らしい。この映画は、全体としてフィクションの文芸作品なのであるが、みょーなところは史実に忠実なのである。

 天皇がGHQのカメラマンからチャーリーと呼ばれ、天皇自身も帽子をとってチャップリンのようなポーズをとるシーンがある。このシーンで劇場の中では笑う声が聞こえたが、僕には笑えなかった。ああ、この人(この人と言っては不敬だな)は勝者であるアメリカが「チャーリー」と呼ぶのならば、チャップリンのマネをしようとされるのだな、そう決意したんだなと思った。その決意たるや、いかに重いものであっただろうか。

 60年前の戦争での敗北は、日本人にとって徹底的な敗北であった。原子爆弾を2回も落とされ、国土は荒廃し、総力戦的にも敗北し、科学技術にも敗北し、精神的にも敗北であった。占領下の日本では、すべての物事が日本人で決めることができず、GHQの指令に従うより他になかった。天皇ですら、裁判の場で処刑されるかもしれなかったのである。特に、外国の世論は、天皇を裁判の場に送ることを要望していた。この時期の天皇がなにを考え、なにを語ったのかということについては、今なお解明されていない。昭和天皇の日記は公開されていない。

 この映画のオフィシャルブックを読むと、ソクーロフ監督はこの映画の制作にあたって、数多くの日本の歴史学者にコンタクトをとったようなのであるが、協力を断る人が多かったようだ。この映画のパンフレットにもオフィシャルブックにも、歴史学者の文章が載っていない。歴史学の観点からすれば、資料が公開されていない以上なにも言うことができないということなのであろうか。しかし、そうであるのならば、そうした困難な資料の状況の中で研究を進めるアメリカの歴史学者はどうなのであろうか。

 もうひとつ感じたのは、今のロシアでの文芸やアートの力強さである。こうした映画が、日本で今できないのはなぜなのか。資料がないからワカリマセンというのは、学者ならばそれでいいのかもしれない。しかし、一人の人間としての昭和天皇の個としての内面を「イマジネーションする」文芸やアートや思想の力が、今の日本はあまりにも貧困化し枯渇している。

 それにしても銀座シネパトスで見たわけであるが、アノ音は地下壕のシーンでの効果音だと最初から最後まで思っていたのだけど、あれはなんと本当のあれだったわけですね・・・・・。

Taiyo_1


Cinema_1

めちゃ混んでいました。

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August 12, 2006

銀座でちょっと

 というわけで、もっかワタシは銀座の歌舞伎座の隣の某サテン(電源コンセントあり、BBモバイルポイントありのあの喫茶店ですね)にいます。

 なぜ、ここにいるのでせうか。銀座にはめったに来ることがないワタシであるが、ロシアのアレクサンドル・ソクーロフ監督の映画『太陽』を観に来たわけである。ところが、映画館へ行ってみると、ものすごく混んでいるのである。いやあ、みなさん、この映画には関心があるわけですね。でまあ、それじゃあというわけで、15時30分の回の入場券を買って整理券をもらってきたわけである。

 なんかしらんけど、ワタシがこれはイイなと思う映画は、どうも単館上映が多いです。こんなに観に来る人がいるのだから、この映画は、もっと数多くの映画館でやればいいのにと思う。例えば、新宿コマ劇場前の数百人入る巨大映画館で上映するとか。いや、やはり、この映画はあまりおおっぴらに上映してはマズイのであろうか。この映画を上映する配給会社はエライ。
 
 入場券を買った時に、隣でパンフが売っていたので買ってきた。それを今、パラパラとめくっているのだけど。イッセー尾形の演じる昭和天皇の写真を見ていると、みょーに緊張してくるな。うーむ、それにしても、うーむ、この映画は、コーラー片手にポップコーンをかじりながら見る(そんなことするつもりはないし、かつまた、上映しているのがそうした映画館ではないけど)のは、あまりにも恐れ多いことだと感じでしまふ、ワタシも日本人なのであった。はっ、こんな短パンでポロシャツのラフな格好でいいのでせうか。まさか映画の始まる前に「脱帽」という文字がスクリーンに現れたりしないだろうな(戦前のニュース映画では、そうだった)。

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August 06, 2006

『An Inconvenient Truth 不都合な真実』日本での公開決定

 10月21日から始まる第19回東京国際映画祭にて、アル・ゴアのドキュメンタリー映画『An Inconvenient Truth』が日本初の上映になるようだ。一般公開は、10月28日六本木ヒルズその他でロードショー公開されます。日本語版の公式サイトはこちら(いきなり日本語の字幕付きのトレイラーが始まります)。「温暖化の原因は我々人間にあります」とゴアは語っています。

 ついに、というか、とうとう、というか、遅ればせながら日本でも公開です。

 それにしても10月ってまだ先だな・・・・・・・。まー4回見たから、いいんだけど。つーか、その頃はアメリカでDVDが出ているんじゃないかと思うのだけど。本の方は翻訳が出るのであろうか。ビジュアル的にもいい本なので出て欲しい。

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May 28, 2006

映画『日本国憲法』

 ジャン・ユンカーマン監督の映画『日本国憲法』をDVDで見た。この映画のことは知っていたのだが、あーそうなの日本国憲法なの、という感じでこれまで見ていなかった。しかし、この映画は第9条を世界の視点から考えるという、たいへん意味のある映画であった。これまで、ワタシはこれを見なかったことを反省したい。

 ダグラス・ラミスさんが出ていることは知っていたけど、ジョン・ダワーやチャルマーズ・ジョンソンが出ていたとは知らなかった。日高六郎さんが、憲法9条を国内的なことではなく、国際的な話にしなくてはならないと語るのを見て、なるほどそうかと思う。日本の憲法なんだから、なんで外国の声も聞かなくてはならないのという保守派からのお決まりの反論がくるかもしれないが、日本の憲法だからこそ、広く世界の声を聞くべきなのだと思う。特に、アジアからの声である。

 小泉総理がイラク派兵を決めたことで、世界の人々は「日本は憲法9条を無視するんだな」「それほど、日本はアメリカに従いたいのか」という認識を持ってしまった。これは、日本の外交上大きな損失であった。

 中韓からの、日本はアジアに謝罪していないという声には、憲法第9条を掲げて、我が国はこうした憲法を持っているのだと胸を張って誇りをもって主張することができるはずだ。第9条は今時代に合わないという前に、そもそも日本は日本国憲法の理念を世界に向かって主張したことがあったであろうか。

 もちろん、僕は憲法は変える必要はあると思う。しかしながら、現状の状況では、日本国憲法が作られた歴史や意味についてなにも知らないまま、今の政府が言ってることだけを鵜呑みして改憲の是非を判断するようなものである。まず、日本国憲法について知ろう。世界の人々が第9条をどのように思っているのか知ろう。Kenpo9Zyoって、これからの世界でキーワードにならないだろうか。

 (第9条を考えるために『マガジン9条』はお勧めです。特に、最近の中国脅威論に対して、本当に我々が考えるべきことはアジアの平和であるはずだ。『マガジン9条』の中国の作家班忠義さんのこのコラムは読んで欲しい。)

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May 19, 2006

An Inconvenient Truth

 前アメリカ副大統領のアル・ゴアが出演して地球環境の危機を語る"An Inconvenient Truth"というドキュメンタリー映画が、今月アメリカで公開される。"Inconvenient"とは「都合の悪い」という意味で、誰、あるいは何にとって都合の悪い真実なのかというと、現在、まだ公開前だというのに、この映画に対しても「そうした事実はない」とか言っている人々がいることでもわかるであろう。地球温暖化という事実があっては困る人々が世の中にはいて、そうした人々にとっては「都合の悪い真実」なのであろう。

 2000年の大統領選挙では、共和党の不当な策略と保守派主導の連邦裁判所の判断によってジョージ・ウォーカー・ブッシュが第43代合衆国大統領になったが、ゴアはその後、政界に戻るよりも、自分がこれまで集めた地球温暖化についての情報をもとに、広く全米で講演を行っていたという。ゴアにとって環境問題は、テネシアン(Tennessean)紙の記者だった若い時からの関心事であり、上院議員時代に"Earth in the Balance"という環境問題の本を書いている。そのゴアを主演にし、彼が集めたマルチメディアスライドを中心にして制作されたのがこの映画だ。サンダンス映画祭でも高評をはくしたとワシントンポスト紙は報道している。この映画は、ゴアによる地球温暖化の現状と今後の予測であると同時に、彼がなぜ環境問題に関わってきたのかを語る映画でもある。

 予告がショッキングで、かついい予告になっている。ゴアは「科学的な共通認識では、地球温暖化の原因は我々なのです」と語る。「私が元次期合衆国大統領と呼ばれたアル・ゴアです」と冗談交じりに言うシーンがあって、僕もウォーと声を挙げてしまった。この「ウォー」という人々の声の背後には、「そうなんだよ。この人こそ合衆国大統領なんだよ、そうであって欲しかった」という想いがある。そして、地球の各地の景観がいかに変貌してしまったかをゴアは語る。今後10年の間で、キリマンジャロには雪はなくなるという。

 「これは政治的な問題なのではなく、それよりもっと大きな問題なのです」と彼は語る。ハリケーンカトリーナのシーンで、地球が我々を裏切ったのか?それとも、我々が地球を裏切ったのか?という文字が画面に出る。環境問題は、もはやテロリズム的脅威になっている。環境破壊が経済や社会に与える被害は甚大なものなのだ。この予告を観ただけでも、地球はかなり変貌している。ゴアは、我々が対処しなければならない本当の危機とは何であるのかを語っている。

 それにしても、日本でも公開するん・・・・だろうな。

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May 04, 2006

『Good Night, and Good Luck』

 ジョージ・クルーニー監督・脚本・出演の映画『Good Night, and Good Luck』を六本木ヒルズで観てきた。この映画は、今のところヒルズの映画館でしか上映していないが、今月の13日から全国で公開されるようだ。1950年代のアメリカのCBS放送の伝説的なジャーナリストであるエドワード・マローの映画を、ジョージ・クルーニーの監督でやるということは知ってたので、13日になるのも待ちきれずヒルズに行って観てきた。

 時代は、1950年代のマッカーシズム時代。マッカーシズムとは、1950年にウィスコンシン州の上院議員Joseph Raymond McCarthyが国務省内に共産党員が入りこみスパイ網をつくっていると発言した。ここからいわゆる「赤狩り」が始まる。具体的な証拠も確証もなく共産主義者であると糾弾されたのは、国務省職員だけではなく、中央情報局や陸軍内部、大学の中国研究家や外交官らにもおよび、さらに映画関係者にもその対象が広がっていった一連のマス・ヒステリー現象であり、この20世紀の魔女狩り現象をマッカーシズムという。この背景には、米ソ冷戦の進行と朝鮮戦争の勃発がある。共産主義への恐怖が大衆に蔓延していた時代だった。

 このマッカーシズムに対して、マスコミは何の反対の声も挙げることはなかった。マッカーシー上院議員を批判することで、共産主義者であるというラベルを貼られることを恐れたのである。これに対して真っ向から意義を唱えたのが、CBSの報道番組「See It Now」のジョージ・クルーニーが演じるプロデューサー、フレッド・フレンドリとデヴィッド・ストラザーンが演じるキャストのエドワード・マローの二人である。ジョージ・クルーニーは監督を務め、脚本も共同で書いている。この映画に対する思い入れは尋常ではないことがわかる。今やハリウッドのリベラル俳優の筆頭ともいうべき感のあるクルーニーは、今のブッシュ政権下のアメリカの状況を、50年代のマッカーシズムの時代に重ねているのであろう。

 物語はストレートかつシンプルで、ドラマとしての盛り上がりとかサスペンスさとかいったものは一切ない。同じCSBの番組ジャーナリストが大企業の違法行為と対立する実話を元にした映画として、マイケル・マン監督の『インサイダー』があるが、こちらの方はドラマとして起伏があり、内面の感情表現もあったが、クルーニーの映画ではそうしたものがない。マローやマッカーシーの人間的な内面の説明といったものもなく、『シリアナ』でもそうであったが、ドキュメンタリーのように淡々と物語は進んでいく。ちなみに、公式サイトで見ることができる予告を見ると、なんかすごくドラマチックな物語のように見えるのであるが、実際はそれほどでもありませんと言っておこう(笑)。あの予告の編集はうまい。

 おもしろかったのが、とにかくこの映画の中で登場人物の多くがタバコを吸う。マロー自身、タバコを片手にテレビ(ラジオではない)に出演するのである。タバコの煙をくゆらせながら、コメントを語り、最後に"Good Night, and Good Luck"と言ってキメる。この時代は、これほどタバコを吸う時代だったのかと思う。マローの語り方も、今のテレビでは考えられないような「きちっとした」語り方である。

 ジャーナリストのマローが政治権力と戦い、利益と経営の安全を求めるCBSの会長と対立する姿は、これまでアメリカ映画で何度も繰り返されてきたお決まりのパターンと言えば確かにそうだが、結局、ジャーナリズムは権力や経営とは目的を異にするものなのだろう。クイズ番組の方が制作費が3分の1ですむ上に広告収入が多い、フレッドとマローの番組は胃が痛くなるとペイリー会長は二人に語る。この印象的なシーンの前にも、「経営は報道の編集に介入しない約束だろ」と言うマローに向かって、「なるほど、経営は編集に介入しない。だがな、エド、編集が何百人という従業員の身を危うくされることは許さん。わかったな」とペイリー会長が言うシーンがあって、このCBS会長の言葉には、確かにうなずけるものはある。この時代、テレビは創世期の一部の人々だけのメディアではなく、一般大衆に広く普及し始めた時代へと移り変わっていた。大衆は、テレビに娯楽を求めた。良質な報道を求める視聴者もいたであろうが、数が違う。もはや、テレビにマローのような良識的なジャーナリストは求められない時代になりつつあった。そうしたテレビの現状を、マローは批判する。

 しかし、この映画を見ていて、マローのテレビ批判とテレビにおけるジャーナリズムのあり方について、それがそのまま今の時代にも通じるだろうかという疑問を感じた。マローの時代は、報道する側と、それを受ける側が明確に分かれていた。少数のマスコミ人が、膨大な数の非マスコミ人に対して情報を提供するという時代だった。社会の大多数たる非マスコミ人は、マスコミから情報を入手する以外に手段はなかった。この構図が、ネットの登場により根本的に変わっている。

 今の時代は、ネットを使えば、ある程度の情報については、マスコミ業界人や専門家であろうとなかろうと、誰もが情報を入手することができるし、自分の意見や考えを広く発信することができる時代になった。しかし、そうなると情報の量と流通が膨大な世の中になり、その膨大な情報の中で何をどう考えるべきなのかということがわかりにくくなってしまった。

 マローの時代は、マッカーシズムならマッカーシー上院議員という批判すべき相手があった。赤狩りという、よく考えてみれば誰でもおかしいと感じることができる明確な対象があった。マローは視聴者に向かって自分の良心と信念に基づく意見を語りかけた。それで心ある視聴者は、何が正しく、何が間違っているのかということを気がつくことができた。

 今の時代は違う。アメリカで言えば、悪いのはブッシュとチェイニーであると言うことは確かに正しいが、それでじゃあなんなのかというと、映画『シリアナ』でも描いていたように、ブッシュもチェイニーも、ある大きなシステムの一画であって、ブッシュとチェイニーがいなくなれば、それで解決するというものではない。結局、マイケル・ムーアの限界はそこにあったと思う。しかし、それではその「大きなシステム」とは何かという話になると、かなり複雑で大きなシステムであるが故に、見る人見る人によってそれぞれ異なっていて、ロックフェラーの陰謀であるとか、フリーメーソンの陰謀であるとかいった陰謀論に終始してしまっている。日本の状況について言えば、さらに批判すべき対象はなんであるのかわからない状況になっている。自民党が悪いと言うだけで、それですべてが解決するわけではない。現代のジャーナリズムは、個別の対象を扱いながらも、政治や経済をマクロでグローバルに見て分析する視点や技術が必要な時代になったのだと思う。それは、マローの時代にはなかったものだ。

 また、テレビ局の企業としての収益を上げるためは、どうしても娯楽が中心のものになってしまうというのは、マス(大衆)を相手にしたビジネスである以上、必然的なことであろう。しかし、今の新聞にせよ、テレビにせよ、もはやマスを相手の商売ではなくなりつつあるのではないかと思う。テレビをあまり見ない人の数は少なくない。テレビ自体が、多種多様化している。携帯電話でワンセグを見る時代に、もはや古典的なテレビのイメージは通用しなくなってきている。さらに言えば、テレビは録画してディスクに落として、CMをカットして見ることが当たり前の今日、テレビ番組と広告の関係についても大きく変わろうとしている。

 テレビは、数多くのメディアの中のひとつにすぎなくなった今、ビジネスモデルの再構築を余儀なくされている。セグメント化したマーケットに適した良質のサービスを、低コストで提供することがビジネスの主体になりつつある今、企業としてもテレビは大きく変わらなければならない時期にきていると思う。ネットが普及した現在、テレビは従来のマスを対象にしたショービジネス的なものでは成り立たなくなってきているのではないか。その意味で、エド・マローのような、古典的な、あまりにも古典的なスタイルのジャーナリストを顧みる必要があるのだと思う。

 映像がモノクロであることや、しっとりとしたジャズ音楽を使っていたことなど、50年代の時代の雰囲気をうまく出していたと思う。このへんはクルーニーはうまいと思った。エド・マローというジャーナリストが、当時の支配的だったマッカーシー上院議員による赤狩りに真っ向から異義を唱え、その後マッカーシーは没落の一途をたどることになる。しかし、マローもまた報道の内容や質よりも営利を優先せざる得ないテレビ界から去ることを余儀なくされるという、いかにもという感じがしまくりの内容の映画を、いい雰囲気の漂う映画にしていた。

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February 18, 2006

『鬼平犯科帳スペシャル』を見ました

 今日はひさしぶりに早く自宅へ帰れた。というわけで、今日はフジテレビで8時から『鬼平犯科帳スペシャル』を見ることができた。以前、これをやることを知って、これは見なくてはと思っていたのだが、今日やるということをすっかり忘れていたのであった。

 しかし、である。見たのだけど、やはりみなさん歳をとりすぎているのではないか。今回、ひさしぶりに鬼平のレギュラーキャストのみなさんを見たのだけど、ええっこんなに歳とっちゃたの、ということばかりだった。久栄もおまさも、顔のアップは辛い。

 かといって、違うキャストでやるのはむずかしいかもしれないが。もともと、『鬼平犯科帳』は、中村吉右衛門の父の松本白鸚のハマリ役だったそうであるけど、僕は見たことがないからよくわからない。丹波哲郎が鬼平を演じたこともあったようだ。

 いずれせよ、次の代の鬼平を作らなくてはならないだろうが、では、誰が中村吉右衛門を演じられるのかとなると、これはうーん、誰だろ。つーか、時代劇を演じられる役者が少なくなってきているということで、時代劇そのものが、今後どうなるのだろうか。

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February 12, 2006

韓国ドラマ『遠い路』

 近所のTSUTAYAに、韓国ドラマのコーナーがある。そこの棚をつらつらと眺めていたら、なんと『遠い路』があるではないか。僕は、韓国ドラマはまったく知らない。見たことがない。しかし『遠い路』だけは、以前NHKで見たことがあって、これは良い作品だと思っていた。これはぜひとも借りなくては、あの感動をもう一度と思ったけど、運悪くこの時は貸し出し中であった。そこで、それが返却されるのを待って、ようやく見ることができた。いい作品だった。

 この作品は、去年のお正月にNHKで放送された作品で、今年のお正月でも再放送していた。今年の再放送のことは後で知って、ビデオに撮っておけばよかったと思ったものだった。DVDでも出ていることは知っているのだけど、他の作品と二枚組で一緒になっていて、値段が高いんだよこれは。

 この作品を最初に見た時の印象は、自然の風景の美しさだった。この作品を見て、韓国の雪景色の美しさに驚いてしまったのである。そうだよな、韓国でも雪は降るよなと思ったのだ。そりゃあ当然、韓国でも雪は降るだろ、バカかオマエと言われると思うが、正直に白状してそう感じてしまった。このブログでは、世界がどうとか、国際社会はどうとか、ボーダーレスなんだとか書いているが、本当にオオバカなことに、隣国韓国と雪というのが、自分の頭の中ではこれっぽちも結びつかなかったのである。ワタシの外国への想像力など、こんな程度のもんである(だから、実体験のない外国理解なんぞ、底の浅いもんですね、kakuさん)。

 例えば、雪が降っているとする。その雪を見て、京都や大阪にも雪は降るということと同じように、ソウルにも雪が降ることを思い、その降る雪の下で毎日を暮らしている人々のことを思う。ようするに、国際性とは、国際社会や異文化の知識をどれだけもっているかではなく、こうした人としてのあたりまえの感覚を持っているかどうかなのであろう。

 物語は、郵便局に勤めるパク・チニが演じるソンジュは、恋人ギヒョンと一緒に正月休みに故郷の実家に帰り、男手ひとつで育ててくれた父親に婚約者を紹介しようとしていることから始まる。ところが、突然、ソンジュはギヒョンから別れを告げられる。ソンジュは、失恋の悲しみにくれるが、それでも帰省を楽しみにしている父親のために、嘘でもいいから自分と一緒に父親に会って欲しいとギヒョンに話す。帰省の日、失意のままで、でもわずかな期待を持ってソウルの駅前で待つソンジュ。結局、いつまでも待ってもギヒョンはこなかった。悲しくて帰る列車に乗ることもなく、ソンジュは呆然と駅前にたたずむ。するとそこに、以前、郵便局に大量の小包を持ってきたイ・ビョホン演じるウシクと会う。雑貨品配達の仕事(?)をしているウシクは、年末の駅で白タクをやって稼ごうとしていたのだった。ただ泣くだけのソンジュをほおっておくこともできず、ウシクは車にソンジュを乗せて、故郷の実家におくっていくことにした。

 この車でソンジュの実家に向かうシーンでの、自然の風景がすごく美しい。途中、お昼ということで、休憩所で食事をするシーンで、ソンジュはギヒョンと一緒に食べようと思って、前の晩に作った海苔巻きを出す。海苔巻きって、韓国にもあったのか。ていうか、海苔巻きって、朝鮮半島からきた文化なのかもしれない。あるいは、ただ単に日本の食文化が朝鮮半島に渡ったのかもしれない。日本を嫌う韓国がそんなことするわけないだろと言う声もあるかもしれないが、文化というものは相互に交流し合っているものであり、我が国のオリジナルだと思っていたものが、実は意外と外国から