September 18, 2017

沖縄での日米関係の姿は日本全体での日米関係の姿なのである

 先日、NHKオンデマンドで「スペシャルドラマ 返還交渉人~いつか、沖縄を取り戻す~」を見た。

 このドラマは、1960年代の沖縄返還交渉の実務を担当した外務省北米第一課長・千葉一夫の物語である。戦争中は海軍の通信士官だった千葉は、沖縄を攻撃する米軍の無線を傍受していた。戦後、千葉は外務省の外交官になり沖縄返還交渉の実務を任されることになる。

 千葉の想いは、米軍に占領されたままになっている沖縄を取り戻すということである。日本本土は占領が終わって10年以上たっていたが、アメリカのベトナム戦争が本格化し始めており、沖縄はアメリカにとっての重要な出撃基地であった。沖縄には核兵器すら配備されていたのである。

 そこで千葉は、沖縄返還交渉の目標を「核抜き本土並み」とし自ら率先して交渉を重ねていく。GHQの占領が終わり、国内の米軍基地の多くは本土から沖縄に移転した。本土の米軍基地は減ったが、逆に沖縄では増えたのである。千葉の想いは、本土は沖縄に負担を押しつけているということであり、沖縄は日本であり、日本は独立国家であるという日本人としての当然の想いであった。

 しかしながら、沖縄返還は結局どういうものであったのかということを、後の時代の私たちは知っている。

 沖縄返還は、千葉の想いとはまったく逆の結末になる。このテレビドラマは役者の演技も良くたいへん質が高いものであるのだが、主人公が難航する交渉をまとめ上げて見事な成果を上げるとか、危機を乗り越える逆転劇とか、カタルシスのある結末とかいうものはまったくない。このテレビドラマには、ドラマとしてのおもしろさはまったくない。だからこそそこに沖縄返還とはどういうものであったのかが感じられるのである。

 結局、返還交渉は密約をもって決められる。日米関係という大きな枠組みの中で、千葉の返還交渉は徒労として終わる。千葉の父親もまた外務省の外交官であり、日本政府がポツダム宣言受諾をした時に自殺をしたという。外交官であるため敗戦後の日本がどうなるかをわかっていたのかもしれない。心ある外交官は外交に理想を掲げるが、結局、大きな枠組みに押しつぶされて消えていく。だが、我々はそこにその人の生涯の意義を見る。

 なぜ千葉の返還交渉は、徒労で終わってしまったのだろうか。1960年代の外務省の北米第一課長にはわからなかったことが、それから50年以上たった今では誰でもわかるようになった。上記のNHKのドラマで言えば、北米局の課長であった千葉には知らされていない(つまり、我々、日本国民に知らされていない)ことがあったのである。

 今日よく知られている日本の佐藤栄作総理とアメリカのニクソン大統領との返還後の沖縄への核持ち込みの密約については、当時、北米局の局長クラスより上でなくては知らなかったであろう。だからこそ、千葉の沖縄返還交渉、というかNHKのこのドラマはああした徒労の結末で終わったのだ。

 このドラマが放映されて、数日後の10日に放送されたNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」を見るとそれがよくわかった。

 これはアメリカの国防総省が公式に認め機密を解除した沖縄での核兵器配備についての資料を基に、元兵士やアメリカの政府関係者へのインタビューも踏まえ、沖縄の核配備の事実を明らかにした番組である。

 沖縄がアメリカ軍の占領統治にあった時代に核兵器が置かれていたことは、周知の事実なのかもしれない。しかし、それが1300発もの核兵器が置かれていたのである。また、核弾頭つきミサイルの誤射事故があり、もう少しで大惨事になったことがあったということや、1962年のキューバ危機の時には、沖縄の核兵器は(ソ連ではなく)中国を目標とした発射準備が完了していたということ(こちらが撃てば、当然、相手も日本へ撃ってくる)を番組では明らかにしている。

 本土に返還された1972年まで沖縄はアメリカ軍の統治下にあったのだから、これらは当たり前のことだと言うかもしれない。しかし、こうしたことが、当時、日本政府及び日本国民にはまったく知らされることがなかった(日本政府は知ろうとすらしなかった)ということが問題なのである。こうしたことについて、アメリカは日本を守ってくれているのだから問題でもなんでもないという者は、独立国家とか国民主権という近代社会の基本がわからないただのバカであろう。

 では、本土に返還された72年以後はどうであるのだろうか。この番組では、沖縄の核配備について国防総省は回答をしないとし、日本政府は当時の密約はなくなっているとしていると述べて終わる。

 しかしながら今日に至るまで、日米の安保条約や地位協定などの実質的な内容はなにひとつ変わっていない。

 戦後日本の歴史を見てみると、どう考えても理解できない、腑に落ちない「傾向」というか「雰囲気」のようなものがある。これがなんであるのか、これまで私は様々な本を読み、メディアに接してきて、きっとこうなんじゃないだろうかと漠然と考えてきたことがある。これが最近、ああそうなのかとわかった。

 なにがわかったのかというと、一言で言えばこの国は本当の意味では独立国ではないということである。もちろん、これまでそう漠然と思ってきたが、今や明確にそうなのだと言うことができる、ようするにこの国は独立国ではなく半独立国の状態なのであるということだ。

 このことは戦後史関連の書物を数多く出版し、自らも調査したことをまとめて本を出している出版・編集人の矢部宏治さんの以下の3冊の本に詳しく書かれている。この3冊は、大変重要な事実を明らかにしている。

『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社)

『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(集英社)
『知ってはいけない 隠された日本支配の構造 』(講談社現代新書)

 歴史の教科書で言えば、1951年にサンフランシスコ平和条約により日本はGHQ(General Headquarters)、より正しくはSCAP (Supreme Commander for the Allied Powers) による占領が終わり、独立主権国家に戻るとされている。しかしながら、実は様々な点においてアメリカ軍による統治・介入が行われ続けられるように「できていた」のである。アメリカの占領体制が独立後も維持、継続されているのである。この「決まり」は、日本国憲法よりも上位であり、憲法を超えて優先されている。

 1952年に始まる安保条約(旧安保条約)は、1960年にアメリカ軍の日本駐留を引き続き認めるように改訂される(新安保条約)が、在日米軍が事実上、日本国内でいかなることも自由にでき、治外法権の特権を持つということや有事の際には日本の自衛隊は在日米軍の指揮下に入るといったことは今日に至るまで変わっていない。アメリカ本国では、このことを良しとしない国務省や議会の議員や知識人などが数多くいる。常識的感覚からすれば、これはおかしいことなのである。

 そして最も重要なことは、これらはアメリカ側が強制的に無理矢理に日本側にそうさせてきたのではなく、日本側が自ら進んでこうするようにしてきたということである。今おな続く沖縄の基地問題の背景には、そうしたアメリカへの依存関係を持ち続けようとする日本側に問題がある。何度も強調するが、これはアメリカの常識的感覚からすれば理解し難いことを日本人はやっているということであり、こうした構造的背景の中で日米関係を強固なものにすると言っている日本人は、アメリカの国務省から見れば内心では不可解と軽蔑の対象とされている。

 北朝鮮のミサイル問題に対して、この国が軍事的にも外交的にもまったく無力なのは、戦後70年間、ただひたすらアメリカだけに依存し続け、アジア諸国やロシアと良好な関係を築いてこなかったからだ。

 そして、安倍政権や安倍支持者は憲法を改正しなくてはならないと言っているが、憲法9条がどうこうという前に、自衛隊は米軍の指揮下に入るように「なっている」ということから改めることをしなくては話は進まないはずである。しかしながら、そうした事実が表に出ることはないまま、憲法改正がどうのこうのということばかり言っている。

  「スペシャルドラマ 返還交渉人~いつか、沖縄を取り戻す~」やNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」を遠い沖縄での話であり、自分たちには関係はないと思うのは間違っている。沖縄での日米関係の姿は、日本全体での日米関係の姿なのである。

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February 10, 2017

『すべての政府は嘘をつく』

 NHKオンデマンドで『BS世界のドキュメンタリー シリーズ トランプ大統領 誕生の深層 「すべての政府はウソをつく」』を観た。

 今から思うと、私が学んだアメリカは、ウォータゲート事件やベトナム戦争以後のアメリカだったのだと思う。メディアには、政府を監視する役割がある。このことを最も体現しているのが、アメリカのメディアであるというのは私の信念であったと言ってもいい。だからこそ、アメリカのメディアは、世界最高のジャーナリズムであると信じていた。

 そのアメリカのメディアは、911以後、少しおかしくなった。政権への批判をしなくなった。あのニューヨーク・タイムズやワシントンポストまでもが、ブッシュのアフガニスタン空爆やイラク侵攻に賛成したのである。しかし、これだけの大規模なテロが起きたのだから、しかたがないと私は思った。メディアが政権に迎合するのは、この時期なのだからだろうと思っていた。

 ところが、その後、さらにアメリカのメディアはおかしくなっていった。

 この理由として、政権のメディア操作が著しく進歩したということが言える。ニクソン政権の頃とは比較にならない程、今の時代は政府によるメディア操作の技術が進歩している。もうひとつの理由は、メディアの側にある。メディアが産業として大きくなり、大手の新聞社やテレビ局は、巨大資本へ買収、合併されていった。このため、今やマスコミは大企業であり、体制側であり、そうカンタンに政府にたてつくことができなくなった。社会正義よりも、利益を優先しなくては会社が成り立たないようになったのである。さらに言えば、消費者が良質なジャーナリズムにお金を払うことはせず、メディアにエンターテインメントを求めるようになったということが挙げられるであろう。

 アメリカは第二次世界大戦以後も、世界各地で戦争をしてきたが、一般市民が直接関わる戦争は、ベトナム戦争を最後とし、1991年の湾岸戦争ではテレビにアメリカ兵の死体が映っただけで、国民は拒否感を持つようになった。このため、これ以後の戦争では、国民にとって完全にメディアの向こう側での戦争になった。というか、政府がそのようにした。国民に実感が伴わない戦争になったのである。

 このことに、心ある人々は危機感を感じ、大手のメディアがやらないことを独立系のメディアが報道している。情報通信技術の進歩により、個人や小さな組織でも世界に向かって発信することができるようになった。

 「すべての政府は嘘をつく」(All Governments Lie )とは、冷戦時代に個人で雑誌を発行し、政府を批判し続けたジャーナリスト・I.F.ストーンの言葉である。先に述べたように、ブッシュ政権以後、アメリカのメディアは大きく劣化した。しかしながら、アメリカのジャーナリズムには、政府を監視するという役割を、今やタテマエにおいてであっても持ち続けているところがあり、独立系メディアへの支持も高い。なによりも、こうしたドキュメンタリー番組が作られる(この番組自体はカナダの制作である)ことに、アメリカのジャーナリズムの、アメリカたるところがあると言えるだろう。意味は多少違うが、銃の所持規制ができないということもこれに関連していることである。

 トランプ支持者も「政府を疑う」人々である。しかし、この番組での「政府を疑う」とは、リベラルな意味での「政府を疑う」だ。政府への不信、マスコミへの不信が、一方ではトランプ大統領を生み出し、一方でこの番組で取り上げられている独立系メディアを生み出したのだ。それが今のアメリカなのであろう。

 アメリカ以上に劣化しているのが、この国のメディアだ。

 アメリカも日本も、いまやメディアは営利企業になったが、そうであっても、アメリカのジャーナリズムには営利企業であることへの反発と抗いが多少なりともあるが、日本にはそれがまったくと言っていいほどない。日本において、志ある良質のメディアは数少ない。

 以下、多少、大げさであるが、そもそもから考えてみたい。

 今のこの国には、この「政府を疑う」という考え方そのものが、典型的左翼の思考であり、政府を批判することは、自分たちが知的であるかのような衒いでしかないという意見がある。特に、ネット界隈でよく見かける。

 「政府を疑う」というのは左派だけではなく、右派の思想にもあるが、なぜか「政府を疑う」のは左翼の典型的な思考になるらしい。ネトウヨは、今の政府を疑わないのであろう。「政府を疑う」というのは間違っているという思考そのものが、かなり幼稚で低レベルなものだ。今のこの国では、こうしたことを言う人が数多い。そういう世の中になってしまった。

 なぜ、こうなってしまったのであろうか。

 明治は有司専制であった。明治政府は国家が民間企業も含め無知蒙昧な一般大衆を、指導し撫育するというものであった。この構図は、基本的に江戸時代と変わらない。江戸時代もまた、統治階級である武士が、それ以外の者たちを管理するという基本構図をもって、この国は成り立っていた。明治になり階級制度は廃止され、四民平等の世の中になったが、お侍様が我々を導いてくれるという意識が、政治家の先生や偉いお役人様が我々を導いてくれるという意識に変わったにすぎない。

 事実で言えば、確かにそうであったのであろう。国家が権力をもって、無理にでもこの国を欧米のような国にする、そうしたないと日本は欧米の植民地になる、というのが明治維新の目的であり、意図であった。

 しかしながら、近代社会というのはそういうものではないと考える人々がいた。自由民権運動の人々である。彼らはフランス革命の思想的背景のひとつであったルソーの思想からそれを学んだ。主権は、王権にあるのではなく民衆にあるという思想である。ところが、この自由民権運動は、明治23年に施行された大日本帝国憲法の発布と帝国議会の設置を経て、次第に小さなものになっていき、やがて歴史の表舞台から消えてしまった。有司専制であっても、とりあえず国民国家になったということで、それで良しとしたのであろうか。自由民権運動には、薩長だけがいい思いをしていることへの士族たちの憤りがあったとも言える。

 日本人が主権在民という考え方を持つようになったのは、太平洋戦争の敗戦によるGHQの占領下においてであった。ここでようやく、かつて明治の時代に自由民権運動の人々が主張した民権というものが、アメリカを経由してこの国にもたらされることになった。

 国権により与えられる、国権により保証される「自由」と、市民社会本来が持つ「自由」は別のものである。この「別ものである」というのが、戦後日本ではあいまいになって今日に至っている。戦前の大日本国憲法での国民の持つ「自由」とは、国権により与えられ、国権により保証される「自由」であった。これに対して、戦後、GHQが草案した日本国憲法での国民の持つ「自由」とは、国権によって与えられり、保証されたりするものでない。人間本来が自明で持つ「自由」であり、これが欧米の市民社会の「自由」である。ところが、いわば占領軍であるアメリカから「与えられた」ようなものであるが故に、戦後の日本の主権在民とは、国権によって与えられるものではないということが正しく理解されていない。

 「国民主権」というものと、「政府を疑う」ということは、実は密接に関連している。国民主権であるから「政府を客観的に見る」のであり「政府を疑う」という行為がある。「政府を疑わない」というのは、国民主権ではないと言っていることに等しい。

 いや、主権をもって「政府を疑わない」のだと言うかもしれない。しかしながら、政府は国民を統治し、権力を維持するためにウソをつく。政府はウソをつくという前提があって、主権をもって「政府を疑わない」というのならば、それは主権放棄になるのではないだろうか。いわば、主権をもって主権を放棄するということだ。つまりは、国民主権ではなくなるということなのである。

 なぜ、「すべての政府はウソをつく」という当たり前のことを前提としないのだろうか。政府が国民のためを思ってしっかりやっているのだから、批判するのはおかしいと言う人が今でもいるということは、戦後70年たっても、「国民主権」を正しく理解していないのである。憲法についていうのならば、憲法を改正するどころか、まず戦後の日本国憲法すら正しく理解していないということが言えるだろう。それで憲法改正がどうのこうのと言っているのが、今のこの国なのである。

 何度も書いて恐縮であるが、今やアメリカでも日本でも、メディアが「すべての政府はウソをつく。だから、政府を疑わなくてならない」という意識を持つということはタテマエになってしまった。しかし、タテマエであったとしても、アメリカのメディアには、それを掲げようとする者たちを讃え、今の現状を嘆かわしく思う良心の呵責がある。これに対して、そうした意識をタテマエとしてすら持とうとしないのが、この国の姿なのだ。この違いは大きい。

 NHKのBSで放送したドキュメンタリー番組『すべての政府は嘘をつく』は、3月にアップリンク渋谷にて劇場公開するという。


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August 12, 2016

『太陽の蓋』

 先日、『太陽の蓋』という311原発事故のセミドキュメンタリー映画を観た。福島原発事故の時、官邸の対応をセミドキュメンタリードラマにした映画だ。

 官邸担当の新聞記者を主人公とし、震災発生の時のシーンと、2012年や2013年などの後日の取材のシーンを挟み、あの時、官邸ではなにがどうなっていたのかを描き出すストーリーになっている。311の時の政府の対応の内幕については、いくつかのノンフィクション本が出ているが、映画では始めてのことではないかと思う。

 福島原発事故は有事であった。有事であるということは、めったにない出来事であったということだ。基本的に、政治システムや法律体制は「めったにない出来事」に即応できるようになっていない。なんていったって、「めったにない出来事」なのだから。

 しかしながら、「めったにない出来事」とは「絶対に起こらない出来事」ではない。「絶対に起こらない出来事」ではない以上、起こり得るのであり、実際に起きたのが311であった。だからこそ、政府は混乱した。混乱するのが当然だ。問題は、どのように混乱したのかということである。

 この時の政府の対応の不手際を、民主党政権だったからとか、菅直人総理大臣であったからとかいう見方がある。しかし、どの政党の政権であろうと、誰が総理大臣であったであろうと、政府の対応はこうしたことになっていたであろう。政府にせよ、東京電力にせよ、この出来事に対して十分に対応できるようになっていなかったのである。何度も言うが、これは「めったにない出来事」を「絶対に起こらない出来事」としてきたが故の当然の姿であった。

 菅総理がヘリで現地を視察したことや東電本店に乗り込んでいったことについて、今でも批判の声が多いが、この時の状況を考えれば、総理大臣がああしたことをせざる得なかったと言えるだろう。たまたま、この時、民主党政権であり、総理大臣が菅直人であったにすぎない。

 この映画は、あの時、官邸でなにがあったのかを伝えようとしているだけではなく、あの時、マスコミの大多数はいかに「正しく」報道をしていなかったということを伝えている。あの時の民主党政権の対応を十分なものであったとは言っていない。この映画は、あの時、こうしたことがあったということを伝えているだけである。そして、この対応が良かったのかどうかの判断は、この映画を観る側に委ねている。

 福島原発事故については、今でもわからないことが多い。なぜ最終的に大惨事になることはなかったのかということは今だに解明されていない。この映画でも、なにがどう明らかになることはなく、とにかくあの時、政府は混乱し、情報は錯綜していたということしかわからない。

 しかし、実際そうだったのであり、これが事実であったのだろう。必要なのは、この出来事を振り返り、なにがどうであったのかという筋道を明らかにするということだ。未確認な情報、伝えられていない情報が錯綜していたあの時から5年がたった今、俯瞰した場所から振り返ることは重要なことであり、必要なことだ。本来は、この映画だけではなく、もっと多くの映画や本がこのことを扱うべきことなのである。

 私も含め、あの出来事を実際に体験していない者たちにとって、311はテレビの向こう側の出来事でしかない。だからこそ、映像や活字を通して、あの出来事を「体験」し続けていく以外に方法がない。

 また、政府の対応についても、数々の証言があり、この映画で描かれた内容が「真実」なのかというと、必ずしもそうではない箇所もあるようであり、このへんはさらなる調査が必要なのであろう。

 原発とは、戦後日本の国策であり、その背後にはアメリカの存在がある。いち首相、いち政権でどうこうできるものではなく、実際に民主党政権で脱原発に転身することが試みられたが、その後、自民党政権でまたもとに戻ってしまった。それほど、原発政策は、与党がどうこう、野党がどうこうということを超えた、この国の根幹の一部になっていると言えるほど大きく深いものなのであろう。だからこそ、原発について考えるには、多面的な視点が必要だ。

 この『太陽の蓋』が興味深いのは、その多面的な視点を持っているということだ。この映画の外伝とも言うべきスピンオフドラマ映像がYoutubeに挙げられている。

 この映像は、今日の時点で3本挙げられている。

 スピンオフ映像1は、ある記者が、自らの取材によって注水を止めたのは官邸の指示ではなかったという結果を、マスコミはなぜ広く伝えようとしないのかを問うものになっている。

 注水を止めよというのは、官邸の指示ではなかった、では、誰がそれを指示したのは藪の中になっている。しかし、結局、「注水を止めたのは官邸の指示だった」というデマが広がり、世論の民主党政権退陣の雰囲気の後押しのひとつになっていった。そして、マスコミは後にあの時の官邸の状況を知ったとしても、それを報道することはなかった。

 スピンオフ映像2は、原発を誘致した側には、誘致をした理由があるということである。たんなる反原発では、原発をやめることはできないということだ。

 このスピンオフ映像2を見て、『太陽の蓋』はこれまで観てきた様々な反原発映画とは違うものを感じた。原発を誘致する側にも切実な理由があるというであり、それに対して「正しい」異議を唱えても伝わらない。原発による地域の経済安定と、原発の持つ危険性を知る作業員の複雑な心情が出ている。

 スピンオフ映像3は、原発事故が起こると、その被害規模は想像を超える程大きいということだ。原発は、これだけの大きな被害コストに見合うものなのかという根本的な議論を、我々はしてこなかった。政府と電力会社がいう安全神話により、本来の考えるべき原発の本当のコストを正面から考えることをしてこなかった。

 『太陽の蓋』は、本編である映画と、この3本のスピンオフ映像でできていると言ってもいいだろう。映画館で映画を観て、それで終わりなのではなく、何度も考えなくてはならない。そのことを、映画本編とこの3本のスピンオフ映像は教えてくれるのである。

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June 19, 2016

『帰ってきたヒトラー』

 『帰ってきたヒトラー』という映画を観た。

 現代のドイツにヒトラーがタイムスリップするというこの映画は、コメディ映画だと思ってたが、産経新聞でこの映画の紹介を読むと「コメディーで始まった物語が風刺劇に変わり、最後は悲劇で終わる。」という。おや、これは、ただのコメディではないのかなと思い、ネットで少し調べてみると、原作の小説があって、ドイツではベストセラーになったという。コメディなのであるが、実はかなりシリアスな内容を持った作品のようだ。これは観なくてはと思い、早速観てきた。

 この映画は、実際の今のドイツの政治状況とか、映画『ヒトラー最後の12日間』のパロディとかもあって、ブラックジョーク満載でおもしろかった。アドルフ・ヒトラーは、1945年に地下壕で自殺し、その遺体はガソリンをかけて燃やされた。この映画は、そのヒトラーがベルリンのとある公園で目覚めるシーンから始まる。そこは、2014年のベルリンであった。

 なにしろ、ヒトラーその人、本人が、現代のドイツに現れるのである。ところが、人々は、この人物をヒトラーの物まねコメディアンとして扱い、当然のことながら本物とはまったく思わない。ヒットー本人が「私はヒトラーである」と言っているのに、周囲の人々は、この人物をただの芸人としてしか思わない。このへん、小松左京のSF小説で、ある日突然、宇宙人が日本にやってくる作品があるが、映画を観ていて、小松さんのこの作品を思い出した。現代人は、宇宙人が現れようが、ヒトラーが現れようが、まったく驚くこともせず気にしないのである。

 興味深いのは、このヒトラーは、ドイツの敗北が濃厚になり、重度のパラノイアと左手が震えるパーキンソン病になっていた第二次世界大戦末期のヒトラーではなく、ナチ党を結成し、1933年の選挙で首相に選ばれた当時のヒトラーだということだ。そもそもヒトラーその人なのだから、自分かつてやってきたことを、再び2014年のドイツでやろうとしても不思議ではない。

 ヒトラーはドイツ各地をめぐり、人々の抱えた不満に耳を傾け、聞き入る。民衆がなにを求めているのかを、実際に民衆と対話して知ろうと努める。このシーンは、ドキュメンタリータッチになっていて興味深い。人々が何を不満に感じているのか、その実体を素直に調べ、民衆の声に耳を傾け、そして巧みな演説で人々の心をつかむという政治を、ヒトラーという人物は持っていることがよくわかるシーンになっている。

 普通であれば、オレは総統なんだと偉ぶり、民衆を平気で「処分」することができる人物である。その男が、今自分が置かれている2014年という状況に見事に対応し、ここから再度、政治権力を手中にするために、民衆の心をつかむことを一からやり直す。それほど、この男は政治家として優れているということであり、この偏執狂的と言える程の前向きな思考と柔軟な発想の姿に、ヒトラーは人々を惹きつけるこういう人物だったんだろうなと思わせる説得力がある。

 テレビのバラエティ番組で、このヒトラーが演説をするシーンがある。ヒトラーがしゃべろうとしていても、テレビ局内の番組の聴衆は騒いでいる。この騒いでいる聴衆を前にして、彼は黙ってただ立っている。やがて、ヒトラーの沈黙に耐えかねるように聴衆が静まると、ヒトラーはゆっくりと話し始める。この演説の始まりのやり方は、ヒトラーの演説の方法だった。こういうシーンひとつをとっても、このヒトラーは、あのヒトラーなのだと思わせるようになっている。

 そして、このヒトラーは、現代の人々の声を聞いていくと、この時代にも、移民や失業、貧困、格差問題があることを知っていく。戦前のドイツと今のドイツで、ヒトラーが主張していることが重なるのだ。この映画は、それを難民排斥デモのニューズ映像などを交えて表現している。ここで、この映画の本当の意味を知る。

 ヒトラーはネットで爆発的な支持を得て、やがて政治家たちも、彼が人気者になるにつれ、彼に接近してくるようになる。

 このヒトラーの本性を見抜くのは、かつて家族が収容所へ送られ殺された、今は痴呆症になっているユダヤ人の老婆である。老婆は言う。あの頃も人々は最初はヒトラーを笑っていた、と。

 ヒトラーは遠い歴史の忘却の彼方に消え去ったが、民族主義や排他主義の意識は今でもなくなっていない。今も人々の心の中にある民族主義は、巧みな政治指導者が現れれば簡単に表に出てくる。大衆扇動やポピュリズムに対して民主主義はまったくの無力であるように、ファシズムに対しても民主主義は無力なのだ。ヒトラーをなくしても、またヒトラー的なるものが現れる。ヒトラーは何度でも帰ってくる。ヒトラーがいたからドイツがああなったのではなく、人々がヒトラーを登場させたのだと、この映画はパロディで娯楽映画でありながら、そのことを正面から堂々と言っている。

 ドイツでは、ヒトラーやナチズムについて、おおっぴらに語ることができない雰囲気が今もあるという。この映画、(というか原作の小説は)、そうした今のドイツで、しかも、あれはナチスの戦争犯罪であったという歴史認識が一般化しているドイツで、こうしたことを言っているということに意味がある。

 この物語の中で歴史学者は出てこなかった。歴史学者ならば、ヒトラーの第三帝国が結局どうなったのかを論じることができる。極端な民族主義の末路がどうなるかを語ることができる。ただし、それはヒトラーに語ることはできても、人々に語り得るかどうかということなる。

 日本では政策として移民を受け入れることをしていない。そのためもあって、日本ではヨーロッパの移民問題をなかなか理解できないところがある。しかしながら、今のヨーロッパの移民問題はかなり大きい。自分たちの生活圏に、イスラム教徒の集団が「はいりこんでくる」という感覚はかなり深刻なものになっている。この映画のラストは、この帰ってきたヒトラーを支持し、極右傾化していくドイツである。

 この映画は、もちろんフィクションである。フィクションであるからこそ表現し得ないものを表現し、そして実は、それが最も真実を現しているという文芸の持つ重要な力を現している。おそらく、帰ってきたヒトラーに対抗し得るものは、こうした文芸の力なのだろう。

 このような作品を日本で作るとなると、どうなるだろうか。「帰ってきた東條英機」であろうか。しかし、東條英機は、演説は上手くなくカリスマ性も能力もない、ただの軍事官僚だった。戦前、戦中を通して、日本国民は東條英機を支持したわけではない。では、誰だろう。帝国陸軍そのものだろうか。しかし「帰ってきた大日本帝国陸軍」では、これもまた支持する人は少ないだろう。国家総動員体制の確立と大陸に侵攻し資源を獲得することは、陸軍軍務局長の永田鉄山が考えていたことであったが、今のグローバル経済の時代ではこんな考えは通用しない。

 日本が戦争に突き進んでいった背景のひとつに、世論があり、国民の気分があったことは事実である。それを煽ったのは、軍部というよりもメディアであったことも事実である。それでは、誰が、あるいはなにが、その中心的な指導的役割を果たしていたのかということになると、具体的な人物が挙げられない。大東亜戦争は、一人のカリスマ的指導者が現れ、国民がそれを支持して始まった戦争ではなかった。そして、この状態は、ドイツがそうであるように、日本もまた戦後70年たっても変わっていない。だからこそ、日本の状況は、ドイツ以上に複雑でより深刻なのだ。

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April 10, 2016

日本の王朝時代劇ドラマはなぜないのか

 このところ、韓国時代劇ドラマ『イ・サン』を見ている。

 10年くらい前のテレビ番組である。私は、この名作時代劇ドラマを見ていなかったのだ。『イ・サン』という韓国歴史ドラマがあることは知っていた。知っていたが、全77話をレンタルDVDで借りて見るのは、それなりに手間とお金がかかるなあと思い、見ることがなかった。dTVで『ホジュン』のリメイク版を全話見終わって、さて次に何を見るかと思い、作品リストの中に名作の誉れ高い『イ・サン』があることに気がついて見ることにした。

 『イ・サン』は、李氏朝鮮の第22代国王の正祖を主人公とした時代劇ドラマである。監督はイ・ビョンフンで、この人は名作時代劇ドラマ『ホジュン 宮廷医官への道』の監督さんで、『ホジュン』のリメイク版を見て、以前見た旧作『ホジュン』のことをついて調べていたら、監督が『宮廷女官チャングムの誓い』の人で、この人の作品に『イ・サン』や『トンイ』や『馬医』があることを知ったのだった。そこで、これは(dTVで全話見れるのだし)『イ・サン』を見なければと思ったのだ。しかし、こんな韓国ドラマの基礎知識は、昨今の寒流ドラマ愛好者には当然のことであり、誰もが知っていることだ。私は韓国映画はそれなりに見ているのだが、テレビドラマの方はさっぱり知らないのだ。

 韓国の歴史ドラマは映画にせよテレビにせよ、学ぶことが多い。基本的に、朝鮮の文化や歴史について活字を通してしか知らない者にとって、映像ドラマで見るのは大変勉強になる。しかしながら、韓国歴史ドラマの話は別の機会に書くこととして、今回考えてみたいのは我が国、日本のことだ。

 日本の王朝である天皇家にも、その長い歴史の中で、様々なドラマがあったはずである。しかしながら、そうしたことが映画やテレビの時代劇ドラマで扱われることが極めて少ない。なぜなのであろうか。

 ひとつ言えることは、韓国では王政は完全に廃止され、遠い歴史の出来事になっているにの対して、日本では天皇制は今だ続いているということだ。このへんに、そう簡単にはテレビドラマにできない理由があるのかもしれない。仮に天皇家の時代劇ドラマ番組を作ろうということになっても、そもそもスポンサーがつくのかどうかという問題もあるだろう。

 もう一つの点として、日本の天皇と朝鮮の国王の意味や役割の違いがある。日本史の中で、歴史に大きな影響を及ぼす劇的な生涯を送った天皇は、古代の大和時代から14世紀の南北朝時代の後醍醐天皇を最後として、その後、歴史の表舞台には姿が見えなくなる。次に、天皇が表舞台に出てくるのは幕末の孝明天皇である。しかし、どうも、これら日本の王朝史劇は、韓国と比べて劇的要素が低い。日本は、12世紀に鎌倉幕府が成立し、以後、武家による支配統治と天皇の権威の二重構造の社会であり、大王としての天皇が最高権力者であることはなかった。こうしたことに、王朝ドラマに成りにくい点があるのかもしれない。

 天皇には祭司のとしての役割が濃厚にあるが、それと比較して、朝鮮の国王には、為政者としての役割が大きい。朝鮮は儒教の国である。儒教における優れた為政者とは、どのようなものであるのかという意識がある。朝鮮の国王は、都から出て、各地を巡り、民衆の生活の姿や奴婢たちの声をじかに聞くことを行うが、日本の天皇の行幸にはそうしたものがない。朝鮮には、民衆の声を聞くのが儒教における徳の体現者としての国王の役割であるという思想があるからである。もちろん、これは為政者としての役割は武家が努め、天皇にはその役割がなかったということも言えるが、そのためもあって、天皇は民衆よりも神道の神々の方が近い。これは、なかなかドラマには成りにくいとは思う。

 少なくとも、明治時代から今日至る近現代の天皇を扱うのは、かなり困難であろう。李氏朝鮮の最後の国王高宗とその后閔妃の時代劇ドラマ番組があるが、どうも見たいとは思わない内容のようなので見ていない。日本による日韓併合はもちろん間違った出来事であったが、あの時代の朝鮮と高宗をどのように歴史的に解釈するのかは難しい。同様に、明治・大正・昭和の天皇をどのように解釈するのかは難しい。また、古代の天皇を扱うのも難しい。三韓征伐を行ったとされる神功皇后のドラマをやるとなると、日韓関係はもめるだろう。しかし、大化改新や壬申の乱前後の頃から持統天皇に続く時代も劇的な時代だった。

 このような韓国のような絢爛豪華で、権力への野望と政治抗争劇の歴史ドラマが、日本でもできないものかと思う。日本史上、最も劇的な時代のひとつといえるのが、平安末期の保元・平治の乱による武家の台頭から鎌倉幕府の創世と滅亡、南北朝の騒乱に至る時代である。この時代の天皇家の物語を韓国時代劇ドラマに負けない程の内容でドラマ番組にしてくれないものかと思う。

 歴史の表舞台には一切出ることはなく、何事もなかったのような江戸時代でも、天皇家には実はこのようなことがあったという新発見はないものだろうか。

 天皇家の物語だけではない、今の歴史ドラマは内容は固定化して、新しい物語がない。国が歴史研究にもっと予算を出し、歴史家が隠れた物語を発見し、ドラマ作家がそれらをドラマにし、テレビ局がドラマ番組を作成し放送する。番組は日本だけではなく、大陸中国、香港、台湾、韓国、その他の国々でも放送し、その収益を得るというビジネスモデルができないものだろうか。

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August 30, 2015

『南京!南京!』

 先日、ニコニコ動画で中国映画『南京! 南京!』を見た。

 この映画は2009年に中国で公開され大きな話題を呼んだ映画である。日本では、1日だけひとつの映画館で上映されたそうだ。日本語版DVDも発売されていない。私は香港版のDVDをネットで購入して持っていたが、まだ見ていなかった。今回、ニコニコ動画で、反日と呼ばれている作品を見てみようという企画のもとに公開されたものである。ネトウヨの牙城とも言うべきニコニコ動画でこの映画を公開するということの興味もあり、見てみた。

 映画の前半は、日本軍と中国軍の南京での市街戦である。この市街戦のシーンは、戦争映画として見た場合、見事なカメラワークの映像になっていて、見応えがある。帝国陸軍は本来、こうした大陸の市街戦や広大な平地での戦闘が主たる任務であったが、太平洋戦争は文字通り太平洋の島々での戦争であって、数多くの太平洋戦争の戦争映画での帝国陸軍は本来の姿ではない。映像で、市街戦で戦う日本陸軍はめったに見れるものではないのだ。この映画は、そのめったに見れない帝国陸軍の市街戦の戦闘シーンがある。

 見ていてつくづく思ったのは、やはり日本軍は装備が貧弱で、例えばヨーロッパ戦線でのドイツ陸軍や英米の陸軍とはとてもではないが比べものにならないなということだ。帝国陸軍は、中国の国民党軍を相手に戦うことはできても、ソ連の機甲師団と戦ったらまず勝てるとは思えない貧弱さである。日中戦争で日本軍が連戦連勝だったのは、国民党軍や八路軍が近代軍隊としては日本軍よりも遅れていたからである。

 映画の冒頭、南京を守備をしていた国民党軍が、日本軍の攻撃を前にして市民を見捨てて脱出してしまう。迫り来る日本軍を前にして南京の城門から逃亡しようとする兵士たちと、それを押し止めようとする兵士たちのぶつかり合いのシーンがある。このへん、南京を見捨てた蒋介石の国民党を批判する視点があるのが興味深い。根本的な話をすれば、国民党はなぜ南京を守らずに逃げたのかという話の一言につきる。

 蒋介石の考えは、日本軍と徹底抗戦することなく、退却をし続けることで日本軍の補給ラインを伸ばし、泥沼の状態の戦争に引きずり込むことであった。しかし、そうした戦略的な撤退であったとしても、一般市民を安全に撤退させることをしなかったのはなぜなのかという疑問が残る。ただし、しかなかったということについては、満州国が崩壊した時、関東軍は一般の日本人を避難させることはしなかった。軍は自分たちだけで撤退し、残された一般市民はソ連軍に蹂躙されるがままになった。沖縄戦で、日本軍は沖縄県民をどのようにしたのかということについては言うまでもない。ようするに、軍隊というのは、必ずしも一般市民を守るわけではないということだ。

 南京に残ったわずかな兵士たちは日本軍と戦うが、当然のことながら勝ち目はなく日本軍の勝利となる。この捕虜となった中国兵士たち、市内に残された一般市民たち、そして日本軍の追求から逃れ、市民の中に隠れた中国兵士たちという、この3者に対して、後に日本軍による「大虐殺」と呼ばれる出来事があったとされているのが、いわゆる南京大虐殺事件の背景である。

 映画の後半は、日本軍よる残虐行為が、これでもかというほど繰り返される。これらは、かなり惨いシーンになっている。中国人であろうが、何人であろうが、こうしたことをする日本に憎悪を感じるのは当然であろう。それほど、日本軍が行う陰惨なシーンが出てくる。とにかくひたすら延々と日本人による理不尽な暴力が繰り返されるだけのシーンが続く。かといって、そうした極悪非道の日本軍を倒して、溜飲を下げる出来事があるわけでもなく、日本人が見ても、中国人が見ていても気持ちのいいものではないだろう。

 ニコ動で見たので、流れ出てくるコメントは、ほとんどが「日本はこんなことはしない」「こんなことをしたら軍法会議ものだろ」という批判や否定が多い。この映画の監督によると、膨大な数の日本兵の日記を読み、そこにこうしたことが書かれていた、決して荒唐無稽な作り話ではないという。

 この映画は、一方的な中国側の視点ではなく、一日本兵の視点から描かれた話になっているという。確かに、良心的な一日本人兵士が登場し、日本軍が行う残虐行為に葛藤し苦悶する話にはなっている。しかしながら、この日本兵士の視点というものが、それほど深くは感じることができない。これはおそらく、この映画の中の「日本」にリアルさを感じることができなかったからだろう。私としては、この兵士に、感情移入がし難い。なぜもっと深く、重く、日本人が共感できるような、この日本人兵士の内面を描いてくれなかったのだろうか。

 むしろ、感情移入ができたのは、中国人女性が慰安婦の募集に対して、躊躇しながら手を挙げるシーンだ。自分が慰安婦になることで、他の女性たちの安全が確保されると考え、この女性は自ら手を挙げる。日本側からすれば「自発的」になるのだろうが、どう見てももこれは「強制」である。この女性の姿に感動を感じるとともに、いかに日本軍が醜悪な連中であることを感じるシーンになっている。慰安婦制度というものを置くことによって、(それら以外の)女性たちは安全が保証され、暴力の恐怖から逃れることができる(といっても、あくまでも表面的なものではあるが)ということがよくわかるシーンだった。

 この映画は、日本軍が行う残虐シーンは、かなり強烈なシーンとして映しているのであるが、良心的な一日本兵士の心情の葛藤があまり深く描けていないように思う。これで、この映画は「一日本兵の視点から描かれた話になっている」と言われても困るであろう。やはり、この映画の重点は戦場における残虐性であろう、ただし、戦場の残虐性がメインテーマであるのならば、どの国でも行われてきた戦争そのものの罪悪を映し出すということになるが、この映画では日本軍が行った戦争の罪悪という、「日本軍が行った」という点に焦点があてられている。

 戦場において、非人間的行為が行われることは事実である。おそらく、監督が読んだという日本軍兵士の膨大な数の日記には、そうした戦場での非人間的行為が書かれていたのであろう。便衣兵と一般市民の見分けがつかず、大量の捕虜の扱いにも困り、捕虜も一般市民も誰もかれも、とにかく全員まとめて建物の中に押し込めて、ドアに鍵をかけて火をつけて建物ごと焼き去るということや、子供を窓から放り投げて殺すということも、個々の場面でいうのならば、そうしたことがあったということは十分考えられる。もちろん、そうした行為は軍紀違反であり、軍法会議になるはずであるが、そういうタテマエの話にはならなかったことは数多くあったであろう。その意味においては、日中戦争のある側面をリアルに描写していると言える。

 この映画では、日本軍に30万人が殺戮されたとしている。今日よく言われているように、虐殺された数が30万人だったというのは考え難い。いわゆる南京で起きたという日本軍による30万人の大量虐殺は、いわば日本軍の非人道的行為を糾弾する政治的なサンプルとして作られた話であったというのが今日の常識的な判断と言われている。

 しかしながら、それでこの話は終わりなのではなく、こうした非人道的な行為を、南京だけではなく中国大陸の各地で、日本軍はやったということは紛れもない事実であり、その歴史は残る。この歴史を日本人はどのように考えるのかという話は、南京大虐殺と呼ばれるものはなかったとしても残り続ける。南京で殺戮されたのは何人だったのかとか、南京大虐殺はあったのか、なかったのかということは、いわば枝葉末節なことであり、こちらの方がずっと大きな課題である。戦前の時代、アジアの各地で、人々に尊敬される立派な日本人は数多くいた。しかし、その一方で、日本人は他のアジア人に対して過剰な攻撃性や残虐性を表してきた。このことをどのように考えればよいのだろうか。戦争だからこうだった、とは一概には言えないものがある。

 この映画を見て中国のみなさんはどう思うか。国が弱かったから、こうした外国の侵略を受けたのだ。国は強い軍事力を持たなくてはならないと思うであろう。現在の中国が行っている、外国の国々から見ると理解し難い程の異常な軍事力増加への傾斜、領土権の主張の背景には、この想いがある。欧米や日本は、中国に国際法の遵守を言うが、中国からすれば、お前たちはこれまでさんざん国際法を無視したことをやってきて、なにを言っているのだという感があるだろう。

 この映画はフィクションである。中国の映画は、検閲を通らなくては公開できない。そう考えてみると、この映画は過去にある国が自国に行ったことの反感と憎悪をかき立てると同時に、現在の軍備増強を正当化させるものになっていると思えなくもない。何れにせよ、今の中国の軍拡の意思の背後にあるものの一つは、近代史における侵略された側の想いがある。

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August 10, 2015

『日本のいちばん長い日』

 原田眞人監督の映画『日本のいちばん長い日』(以下、原田版と呼ぶ)を見た。

 この映画は、1967年公開の岡本喜八監督の映画作品(以下、岡本版と呼ぶ)のリメイクである。実際のところ、「いちばん長い日」としての昭和20年8月14日から15日正午にかけてをきちんと描いているのが岡本版であり、原田版の方はその「いちばん長い日」に至ったその以前からの経過的な部分もある。いわば岡本版は、天皇による終戦の聖断という状況におかれた人々の群像劇であり、原田版はその状況に至った人々の話とも言えるだろう。

 重要な点は、その人々の中に岡本版では単なる役割でしかなかった昭和天皇を、原田版では登場人物としてはっきりと出しているということである。原田版は、英語タイトルが「THE EMPEROR IN AUGUST」になっている。終戦決定時の昭和天皇の姿を出したかったのであろう。その意味では原田版では、『日本のいちばん長い日』という邦題は正しくない。原田版は岡本版のリメイクでありながら、正しくは『8月の天皇』なのである。

 もともと『日本のいちばん長い日』は、ポツダム宣言を受けて日本政府が降伏を決定した時から、8月15日の玉音放送が行われた時までの、その間の陸軍大臣の姿と陸軍省と近衛師団の若手参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件も含めてなにがあったのかという話だ。岡本版のは、そのへんの動向が緊迫感と暑苦しさをもって描かれていたが、今回の原田版では、終戦を求める昭和天皇の意向と、本土決戦をもって最後まで戦う陸軍の間に立って苦悩する陸軍大臣と、敗戦を認めず決起する若手将校たちと、さらにもう一人、この戦争を終わらせる意思を最後まで貫く昭和天皇の四者の視点になっている。

 さらに言えば、原田版は状況が主軸だった岡本版から人を主軸としている。その人を陸軍大臣阿南惟幾と首相鈴木貫太郎、そして内閣書記官長迫水久常の3人を選らんだことは上手いと思った。そして、ここにもう一人、新たな主軸として、67年当はできなかった昭和天皇を置いたのである。このへん、原田版は上手い。堤真一の内閣書記官長迫水久常は、どことなく『クライマーズ・ハイ』の日航機事故担当全権デスクっぽさがあっていい感じだった。

 大ざっぱに言えば、終戦の決定は各人各様まったくバラバラでまとまることがない政府閣僚に対して、昭和天皇の聖断によってようやく決まったものだった。この政府閣僚のダメダメさは岡本版ではそうでもなかったが原田版ではダメダメ度合いが高い。閣議のシーンを見ていて、こりゃあ天皇をもってこなければ、まとまることはできなかっただろうなと思った。

 本来、大日本帝国は立憲君主制であり、天皇は政府の決定に介入することはできない。ただし、これはタテマエであって、その実体にはかなり曖昧なところがあった。しかしながら、そうであったとしても、原田版の中で少し語られていたが、天皇の意思で戦争が終結したとなると、天皇の戦争責任が成り立つことになる。このことは、後の東京裁判でメモる一件になる。そうなることは十分に予測できることではあったが、山崎努が扮する鈴木貫太郎首相が言っていたように、このかなりきわどいことをやらざる得なかった。とにかく、天皇の聖断でなければまとまらないのある。

 この矛盾というか、構造的な欠陥のようなものは、大日本帝国の政体そのものにあったとも言えるだろう。鈴木貫太郎首相は、そうした矛盾があることを知りながら、あえて天皇の聖断で戦争を終わらせようとしたのである。

 岡本版の笠智衆の鈴木は、いかにも笠智衆らしく飄々としたジイさんであったが、原田版の山崎努の鈴木は飄々としていながら、老練で優れた手腕を持つ人物という感じがしていた。山崎の鈴木と役所の阿南の双方が「みず」とコップを差し出すシーンはおもしろかった。原田版には、こーゆーアソビのシーンがある。

 ちなみに、この閣僚たちのバラバラさは、後の東京裁判での誰がこの戦争を始めたのかという責任者さがしの無意味さにつがっていく。正論で言えば本木昭和天皇が言ったように、昭和天皇の名でこの戦争始まり、昭和天皇の名でこの戦争は終わったのであって、昭和天皇その人に責任があると言えば確かにその通りで、それで話は終わってしまうのであるが、日本人側にもGHQ側にもそういうわけにはいかなかったということがあって、この処理の曖昧さが、その後の戦後日本にずーと引きずり続け、今日に至る。

 岡本版の天本英世が扮する横浜警備隊の大尉はとにかく狂気以外のなにものでなく、あの時、こういう人はいただろうなと思わせるものであったが、松山ケンイチの横浜警備隊の大尉は小もの感がはんぱなく、これもまたあの時、こういう人はいただろうなと思わせるものであった。松山ケンイチはいい役者だわあ。堤真一の迫水久常にせよ、原田版には岡本版への小ネタが多く、逆に物語としての構成が岡本版と比べると散漫なものになっている欠点はある。

 戦争は、始めるより終わらせるのが難しいと言われる。日露戦争の時はかろうじて持ちこたえた奉天会戦と、バルチック艦隊を殲滅させた日本海海戦での勝利があり、軍部は停戦交渉をする意思があった。太平洋戦争はただ一方的に敗北し続けた末の状態での、しかも停戦交渉ではなく無条件降伏である。心情としては、そうカンタンに終わりできるものではない。

 岡本版でも原田版でも、畑中少佐であったか、陛下が戦争をやめよといって、はいそうですかとやめることは死んでいったものたちに対してどうなのかみたいなことを言うシーンがある。これはこれで正論だと思う(この言い分が、戦争をずるずると長引かせたとも言える)。

 しかしながら、その一方で、この先も戦争を続けていくことは、さらに戦死者を増やすだけであり、ここで戦争を終わらせる必要はあると昭和天皇がいうのも正論である。結局、こっちの正論を言うことができるのは昭和天皇ただ一人であった。しかし、それじゃあ、日本の勝利を信じて死んでいったものたちはどうなるのか、という堂々巡りの循環はある。皆、この循環を背負って生きていくしかない。

 昭和20年に8月14日から15日かけて、こうしたクーデター未遂事件があったということは、戦後史の本の記述ではあまり見ることはなかったように思う。私は初めて岡本版映画を見た時、本当にこんな出来事があったのかと思ったものである。戦後日本の文脈で言えば、終戦に抵抗した若手将校たちの行動は狂気以外のなにものでもなく、絶対的に否定しなくてはならないものであったのだろう。このへん、岡本版にはそうした戦後日本の風潮に向かって、あの日、決起した若手将校たちの狂気さを見せつけるかのような気迫と緊張感がある。岡本版が公開された67年は、こうしたモロモロとゴタゴタがあって、今の日本があるという意識と雰囲気が濃厚にまだ残っている時代であったのだろう。

 これに対して戦後70年の年月がたった原田版では、岡本版のような最初から最後まで激烈な情感と、モノクロ画面から感じられる役者の汗が感じられることはない。しかしながら、決起という状況の中で、だんだんと狂気になっていく松坂桃李の畑中少佐は、これはこれで見応えのあるものだった。軍人というもの、特に帝国陸軍の陸軍省や参謀本部の参謀将校には、(もちろん、帝国海軍の軍令部もそうであったが)極端な狭窄さ、狭量さがあった。このへんが、原田版ではよく出ていたと思う。

 本木雅弘の昭和天皇は、見事の一言につきる。「あっそう」という言葉を出したのは驚いた。そこでまで出したのかという感じである。役所演じる阿南の前になにか人が立って、阿南が自分から敬礼をする。陸軍大将が敬礼する相手って誰だろって思ったら本木雅弘の昭和天皇だった。それりゃあ阿南は畏まるよなと思った。

 御前会議が終わり陛下は出て行く、閣僚たちもバラバラと席を立とうとしている。そこへ侍従の人らしき人が阿南に耳打ちをする。阿南は部屋を出る。はああ、これは天皇からのお呼び出しか。陛下は阿南になにを言うのか、と思っていたら、昭和天皇は阿南に、娘の結婚式は無事に済んだのかと訪ねられる。なんだい、そんな話かよと思ったと同時に、これは本当にあった会話なのかと思った。あの日の宮城内御文庫地下の防空壕の中で、昭和天皇は阿南陸軍大臣にこんな話をしたのだろうか。

 原田版での昭和天皇は、どの程度まで史実に基づいているのだろうか。原田版での昭和天皇は、こうしたことがあっただろうと納得ができる箇所もあれば、そうでない箇所もある。昭和天皇は、西欧的リベラルな教育を受けた人であったが、国民がどうこうというよりも、天皇として皇祖皇宗への思いが強い人であったという。原田版の昭和天皇は、どう見ても、軍を抑えることができず戦争に至ることになった昭和天皇と、終戦後の昭和天皇の姿に合わないところがある。

 偏った見方の記述が多いように感じられるとは言え、その内容を無視することはできないアメリカの歴史学者Herbert P. Bixの歴史書『Hirohito And The Making Of Modern Japan』の昭和天皇像は、どちらかと言えば国民のことを思っていた天皇ではない。原田版の昭和天皇は、あくまでも映画としての昭和天皇であり、史実の昭和天皇とは別のものと考えなくてはならない。

 陸軍大将阿南惟幾の「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」のは、誰に対しての「大罪ヲ謝シ奉ル」であったのかといえば、それは言うまでも天皇である。良くも悪くも大日本帝国陸軍は、国民の軍隊ではなく天皇の軍隊であった。幕末の戊辰戦争の官軍として始まった帝国陸軍は、8月14日から15日のかけての陸軍大臣の自決と将校たちの狂気の決起とその失敗をもって終わった。

 政治家たちはまとまらずバラバラで、内実は国際水準から著しく遅れたレベルで、「中国があ」と言うネトウヨが跋扈する今の時代とあの頃となにが違うのであろうか。この映画について小林よりのりは、再び天皇陛下に決めてもらわないといけないような時代にしてはならない、と言ったという。つまりは、この国はこの時となんら変わっていないということを言いたいのであろう。その通りである。

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February 28, 2015

『アメリカン・スナイパー』

 クリント・イーストウッド監督の映画『アメリカン・スナイパー』を見た。

 テキサスに生まれ育ち、幼い時から父親から、この世には弱者と悪人と悪人を懲らしめ弱者を守る者しかないと教えられ、狩猟に連れられて射撃を学び、いじめられている弟を自ら乗り込んで助けて相手を殴りまくる体力と気概を持った少年が、長じて大学を中退し、カーボーイになってロデオ大会などに出て酒を飲む日々であったが、、アメリカ大使館爆破事件のニュースをテレビで見て、国を守らなくてならないと軍隊に入隊する。シールズの入隊試験と過酷な訓練を経て、射撃能力が高いことから専門のスナイパーになる。911が起こり、イラク戦争に4回従軍して戦場で活躍し、伝説的なスナイパーと呼ばれた男の物語である。実在した伝説のスナイパー、クリス・カイルの自伝をもとにした映画だ。

 国と家族を守る。これはまっとうな感覚であり、自然な感覚である。自国の大使館や貿易センタービルが破壊された、民間人に多数死傷者が出た。そうしたことをやる相手は敵であり、この世からなくさなければならない。そう考えるのは当然のことだろう。

 その一方で、例えば、カルフォルニア大学の国際政治学者チャルマーズ・ジョンソンの著作を読めば、こうしたテロ行為は、実はアメリカが世界各地で行った違法行為が相手の国の人々に極端な反米感情を生み出し、めぐりめぐってアメリカに対するテロ行為になった、いわゆる「ブローバック(blowback)」であることがわかる。

 しかしながら、クリス・カイルにとって、そうした知識が何になるというのであろうか。

 生まれ育った祖国と愛する家族を守り、敵を憎み、敵を倒すのは当然のことではないだろうか。これは、クリス・カイルだけではない。戦争に従軍する兵士が、そう思うことは当然のことなのである。だからこそ、半世紀以上前はハワイを奇襲攻撃したファシズム国家日本を叩きのめし、日本人を殺戮した。今は大使館や貿易センタービルを攻撃した中東の国を叩きのめし、殺戮するのである。これはアメリカの正義なのだ。そう心の底から信じている人々がいる。

 そう心の底から信じているからこそ、軍隊の過酷な訓練に耐え、悲惨な戦場で戦い、友人の死を乗り越えるのである。『アメリカン・スナイパー』の見事さは、そうした個人の意思を正面から描き、安易な反戦映画にしていないことだ。リバータリアンのイーストウッドは、反ブッシュ政権であり、イラク戦争には反対していた。イラク戦争は不必要な戦争であった。しかし、そうであることと、戦争で戦った兵士たちの人生は否定できないものであり、愛国者には十分な敬意を払うべきこととは別のことだ。

 伝説のスナイパー、英雄と呼ばれるクリス・カイルは心を病み、家族に犠牲を強いる。彼は軍隊を除隊し、それらを兵士としての心の強さで克服していこうとするが悲劇的な最後を遂げる。この映画は最後まで、イラク戦争を大きな枠組みではなく、個人の枠組みで扱っている。そして、イラク側のスナイパーにも家族がいる描写がある。彼はシリア人で元オリンピックの射撃の金メダリストだったという。クリス・カイルはイラクを蛮人と呼ぶが、イラク側から見れば、アメリカ軍は侵略者である。この映画はこうした描写をわずかしか出さないことで、逆に考えさせられる。こうしたことにも、リバータリアン保守の視点がある。アメリカにとって、イラク戦争は必要な戦争だったのか、と。

 ただし、何度も強調して申し訳ないが、だからといってリベラルがよく言う軍産複合体がどうとかこうとかという大きな枠組みは出さない。ただ淡々と静かにクリス・カイルの葬儀シーンが流れ、映画のエンドロールは無音である。この映画は愛国心を高揚する映画でもなければ、反戦の映画でもない。クリント・イーストウッド監督は、この映画を見る側に、この映画の意味の判断を委ねているのだろう。

 イーストウッドには、硫黄島で日本軍と戦った兵士たちの戦場とその後の後日談を描いた『父親たちの星条旗』と、敵である日本軍の側を描いた『硫黄島からの手紙』の監督作品がある。硫黄島で星条旗を掲げたアメリカ兵士たちは英雄と讃えられたが、その後は政府のプロパガンダに利用される生涯だった。硫黄島の日本軍守備隊の総指揮官栗林中将は、日本がアメリカと戦争することには反対していたが、少しでも本土攻撃の時期を遅らせることに玉砕することの意義を見いだし、軍人としての努めを果たした人であった。その意味で、硫黄島2部作と『アメリカン・スナイパー』には同じものがある。

 イーストウッドは政治的には共和党支持であるが、共和党のジョン・マケイン上院議員らからは「中道」と見られている。イラク戦争やアフガン戦争を批判し、反ブッシュ政権であったイーストウッドは、オバマ政権にも批判の声を表明している。祖国と家族を守るために、敵と戦うことは悪いことでもなんでもない。愛国心は、間違った感情ではない。問題なのは、間違った戦争をする者たちがいるということだ。

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April 20, 2014

映画『パンドラの約束』を見た

 もととも反原発論者であったロバート・ストーン監督が撮影をしていくにつれ原発推進派になったという原発推進ドキュメンタリー映画『パンドラの約束』を見た。この映画は去年のサンダンス映画祭で上映され、かなりの論争を巻き起こしたということは知っていて、日本でも早く公開されないかなと思っていた。ようやく日本でも公開するということで、さっそく期待して見に行った。

 見てみると、この映画は原子力エンジニアリングの理想論の映画であった。この映画が言っていることを簡単に整理すると以下の5点だろう。

(1)地球温暖化を避けるためにはクリーンなエネルギーである原子力しかない。
(2)次世代の原発は全電源が喪失しても自動で停止する機能があるから安全である。
(3)廃棄物は100万年保存する必要はなく、次世代の原発は廃棄物を再利用し最終的には300年ぐらいの保管でよい。
(4)次世代の原発は核ミサイルの核弾頭を燃料にして稼働することができる。核兵器の拡散を防ぐことになる。
(5)太陽光や風力など再生可能エネルギーは今日の電力需要をまかなうことはできない。

 この映画を見ながら、これを福島の人々が見たらどう思うだろうかと思いながら見ていたが、きっとなぜこういうことにならなかったのかと思うのではないかと思う。この映画は原子力工学が描く輝かしい未来であり、この方向に向かって進んでいくのならば福島県だけではなく原発を誘致した各地の市や街や村は前途洋々たる未来が待っているはずだった。

 はずだった、ということがそうはならなかった、というところに原発の問題がある。カネと時間をかければいくらでも安全な原発を作ることは可能だ。ところが実際のところ、エンジニアの納得ができるまでカネと時間をいくらでもかけて良し、にはならなないではないか。こんなことは原発の話ではなく、世間の至るところである話だ。

 環境問題を解決する唯一の方法は、新しいテクノロジーに基づく原子力発電であるというのが、この映画の中心的な主張だ。この考え方が、そもそもオメデタイとしか言いようがない。電力発電だけ二酸化炭素をださないとして他はどうするのだろうか。この次世代原発の開発には、日本のメーカーも関わっている。日本が原発をやめることになれば、そうした日本の原子力工学の技術が消えてしまうということは事実だろうが、だからなんですかと言いたい。これまで消えた技術は他にも数多くある。

 かりに全電源が喪失しても安全を維持できるとか、廃棄物の処理に膨大な年月がかかることなどは工学的に解決可能であろう。311の原発事故は次世代原発の実用化を待つまでもなく、今の技術でも十分可能だった。しかしながら、工学的にそうなんだから、それですべてオッケーで、さあ原発を推進しましょうという話になるというわけではない。

 最新の原発は絶対に安全な仕組みになっていることが事実であったとしても、事故の可能性を排除することはできない。311以後、原発の事故は起こりえるという前提で考えなくてはならなくなった。事故が起きた場合の住民の避難計画や汚染対策や環境に与える短期的、長期的な影響への対応も必要になる。そうした事故が起きた場合のコストを、この映画は扱っていない。

 技術イノベーションによって原発の安全性は高まり、廃棄物の処理が簡単になったということはよくわかった。では事故が起きた場合のコストは少なくなったのだろうか。半分になったのだろうか。三分の一になったのだろうか。ゼロになったのだろうか。そうしたことについて、この映画はなにも語らない。風力や水力、地熱などでは十分な電力の供給ができないというのも、それこそ今後の技術革新でどうとでもなる話しだ。原発の未来のテクノロジーを信じろと言うのなら、なぜ再生可能エネルギーの未来のテクノロジーを信じろとは言わないのか。

 上記の5点で「私は原発には反対だったけど、よく考えたら原発は正しい、原発推進派に転向しました」と考える人は短絡的思考であるとしか思えない。

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August 04, 2013

『風立ちぬ』

 宮崎駿監督の『風立ちぬ』を見た。見てみて驚いた。今までのジブリアニメと違って、大人向けの作家性の高い映画だった。

 通常、今の商業映画では制作予算が大きく、映画を上映してのその採算を考える、つまり、商業的に売れるようにする、つまりは顧客の見たいニーズの合わせるということをやらなくてはならなくなっているが、『風立ちぬ』にはそうしたものがない。『風立ちぬ』は、宮崎監督がつくりたいものをつくりたいようにつくった作品だ。観客への媚びが一切ない。ようするに観客に不親切な映画なのであるが、そもそも映画とはそうしたものだった。そうしたものだったわけだが、商業映画全盛の今日、これが通るのは巨匠宮崎駿とジブリの名前があるからだろう。

 戦前の日本は階級社会だった。堀越二郎は裕福な家庭に生まれ、一高、東京帝大へと進み、卒業後は三菱に入社し航空機の設計に従事するいわば中産階級の上位に属する人生だった。『風立ちぬ』では、大正の関東大震災や昭和初期の銀行の取り付け騒ぎの光景が描かれるが、主人公の二郎はそうした人々を風景のようにただ淡々と見ているだけだ。もちろん、ただのいち大学生であり、あるいはただの三菱の航空機技師でしかない二郎になにができるというわけでもなく(関東大震災のシーンでは後の話につながる出会いがあるが)眺めるだけしかできないことは事実そうなのだろう。

 しかしながら、通常、そうした現状に対してなにかを感じ、なにかを行っていくことで物語は進んでいくものであるが、二郎はそうしたことについては徹頭徹尾に淡泊である。航空機エンジニアとして、美しい飛行機を作ることだけに興味と関心を持つ。

 かつて飛行機は、酔狂な人間がやっている酔狂なテクノロジーだった。技術の発明とは、たいてい酔狂な人間がやっている酔狂な機械から始まるものであるが、その中でも特に飛行機は酔狂な機械だったと思う。なにしろ、空を飛ぶ機械なのである。なぜ、そんなことをするのかと問えば答えなんてないであろう。とにかく、空を飛びたいから空を飛ぶ機械を作るとしか言いようがない。そうした酔狂な機械の数え切れない試作と失敗の積み重ねの末に、どうやら人は空飛ぶ機械で空を飛ぶことができるらしいということになり、戦争の兵器として使えるということでこの空飛ぶ機械、飛行機に初めて実用性が与えられた。以後、開発費が注ぎ込まれ、飛行機は大きく発展した。堀越二郎はそうした時代の人である。航空機機体設計エンジニアである二郎は、軍用機を作る以外にない。

 ちなみに、私個人は空を飛ぶ機械を造りたいとかは思わないし、そうした機械を造ることにロマンを感じるかと言えば感じない。そもそも、地を歩く生き物である人間が重力に逆らって空を飛ぶ意味がわからん。昆虫や恐竜の一派は空を飛ぶ生物に進化したが、ヒトは技術で無理に「空を飛んでいる」。だから、その技術になんらかの不具合が起これば「空から落ちる」。その技術に対して己がなにかをすればなにかになるのかというと、そういうわけにもなっておらず、いわば、その技術に我が身を預けなくてはならない。本来であれば、そのような己の才覚ではなにもできないものに身を預けなくてはならない状況をなるべく避けるようにするのが正しい姿であろう。しかしながら、今の時代はそうは言っていては車にも電車にも乗れなくなるので、とりあえずテクノロジーを信じるしかない。現代は、テクノロジーを信じることを強制させられる時代である。

 映画の中の二郎の夢のシーンで、夢の中のカプローニ伯爵から「君はピラミッドがある社会がよいのか、ピラミッドのない社会がよいのか」と問われるシーンがある。この「ピラミッドのある世界と、ない世界」のセリフを聞いた時、自分はてっきり「探求すべきロマンがある世界と、ない世界のこと」と思ったが、どうやらピラミッドがある社会とは、古代社会でピラミッドのような巨大建築物を作ることができる階級社会のことを言っていたようだ。そういう意味であるのならば「よいかのか、わるいのか」ということを簡単に一言で言えるものではない。個人としての意見を言えということであったとしても、自分の所属している社会階層によって違う。そして、決して下層階層ではない二郎もカプローニ伯爵も「ある社会の方がいいという。このへんは、別に政治イデオロギーがどうこうということではなく、一介の、しかも天才的な才能を持つ航空機機体設計エンジニアである二郎の正直な気持ちなのだろう。極端なことを言えば、二郎が美しい飛行気の設計ができる社会であるために、ピラミッドがある社会である必要があると思っているだけで、ただそれだけことなのだろう。

 ただし、二郎はイタリアでもフランスでもアメリカでもない。日本の軍用航空機機体設計エンジニアであった。

 戦闘の目的は自己の被害を最小限にし、敵の被害を最大とすることであろう。しかしながら、昭和の軍隊ではこの常識がなかった。いや、なかったと言えば語弊がある。日露戦争以後の軍隊にもこの常識はあった。あったのだが、第一次世界大戦以後、戦争の概念が大きく変わり、戦争はその国の工業力そのものが直結する総力戦の時代になった。ここで、日本軍は困った。国力が弱小な国である日本は戦争ができない国になったのである。

 ところが、「だから、もう日本は戦争はできない時代になりました」で話しを終えることはできなかった。

 日本軍は、弱小国力の日本が大きな工業力を持つ国と戦争をして勝つためにはどうしたらよいのかと考えた。ここで出て来たのが精神論である。本来、科学と合理主義を持つ組織であった大日本帝国陸海軍は、ここか精神論至上主義へと大きく傾いていった。

 兵器の設計思想もまた人命軽視になった。零戦の欠点のひとつは、装甲の薄さや防弾機能がないことだった。そうした機能な余分な重さになり、そうしたものを排除して造った飛行機が零戦だった。もちろん、これは零戦だけの欠点ではなく、日本の軍用機そのものの特徴だった。その意味で、堀越二郎の設計思想がとりわけそうだったとは言えない。

 人命を守る機能はどのようなものであり、それを装備するとどのくらいの重量になる。その重量を搭載してなおかつ要求された性能を出すにどのような性能スペックでなければならないかということは、計算尺で計算できることであり、その性能を満たすエンジンなり機体強度なりが必要でありことは単純に論理的な帰結である。

 では、現実にそうしたエンジンなり材料なりがこの国に存在するのか、開発できるのかという話になると、それはないという話になる。従って、これも単純な論理的帰結として、ではそんな軍用機は「できません」という結論になって話は終わる。

 ところが、(何度も言うが)「できません」で話しを終えることができなかったのが、この時代だった。

 余談ながら、どう考えても日本がアメリカと戦争をすることなどできるわけがない、単純に論理的に考えて、戦争ができる話にはまったくならない。にもかかわらず、日本はアメリカと戦争をした。当時の日本をまったく理解できない。ということが言えるであろうが、では今の日本はどうなのかというと、財政や社会保障がこのままではどう考えても成り立つわけがない。破綻する。単純に論理的に考えてそうなるのだが、それでもアベノミクスとやらで意味のない散財財政をまだ続けている今のこの国はどうなのであろうか。

 映画の中で、三菱の設計技師たちの新型機(後の三菱九六式艦上戦闘機になる)についての議論をしているシーンで、重量を少なくさるために機関銃なんかはずしましょうと二郎が言うセリフがある。なるほど、この男にとっては機関銃など邪魔以外のなにものでもないんだろうなと思った。この男には、自分が今設計しているものは「美しい飛行機」である前に軍用機なのである、空の上で敵と撃ち合わなくてならないのだ。攻撃と防御をどうするのか。そうした意識は、二郎にはないんだなと思った。こういう男の設計した飛行機は運動性能が高く、航続距離は長いだろう。しかし、十分な攻撃力や防弾機能がない。性能の良い通信機の搭載もない。まともな技術将校ならそう考える。結果的に、日本軍の一般通念には人命重視という考えはなく、育成にカネと時間がかかるパイロットを使い捨てにするかのような運用だったことが敗因のひとつにもなった。もちろん、これは二郎の責任というわけではない。あえていうのならば、そういう時代だったとしかいいようがない。

 人は「時代」や「社会」や「自己の才覚」や、その他様々なものの制約の中にある。それらの制約を負いながら、それでも生きていかなくてはならないのだろう。『風立ちぬ』は、それを短編小説のように淡々と伝えてくれる。

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