July 30, 2006

動画を見ています

 このところ、ブログを書くこともせず、何をしていたのかというと、当然仕事をしていたわけであるけれど。とりあえず、夜、自宅へ帰った後とか、土日とかは(まー土日も仕事したりしていたけど)もっぱらネットで動画を見ています。

 自宅のネットが光接続になっているからというわけでもないが、最近、ネットで動画を見ることが多い。元々、以前からABCが有料でネットで流しているABC NewsTVWorld Newsなどをパソコンで見ていたわけであるが、少し前からCNNがCNN Pipelineというこれも有料の番組配信サービスが始まっていて、これを見ている。スカパー!でやっているCNNはCNNjと呼ばれ、CNN internationalを日本向けにアレンジしたものである。スカパー!でCNNを見るよりも、直接、CNN internationalをCNN Piplineで見た方が安い。そもそも、僕はかなり前からスカパー!は契約をやめていて衛星放送のテレビを見ていない。しかし、そうなるとCNNが見れなくなったので、どうしようかなあと思っていたが、ネットで見ることができるようになったので良かった。

 CNN Piplineでは4つのチャンネルがあって、少し前のスペースシャトルのミッションフライトの時は、宇宙センターとスペースシャトルの通信を延々と流していた。打ち上げの時とか、帰還の時とかだけではなく、おもなフライト中全部の通信を延々と流していたのである!スペースシャトルから地球を映したlive映像とかも延々と流れていて、こうしたものを日本の東京の自分の家の机のパソコンで見ることができる今の時代について、つくづく考えるのであった(なんかこの文章が多いな)。今現在は、レバンノンとイスラエルのニュース番組を並べて流していたり、国連での会議の様子などを延々と流している。

 最近話題のYouTubeGoogle videoでは、アル・ゴアやトマス・フリードマンの対談番組を見ることができる。これがいい。さらに、C-SPAN2のBooktvにはキングリッチとアルビン・トフラーの対談やフランシス・フクヤマが最近の自著について語る番組があって、これもまたいい。それらの動画は、10分とか20分とかの動画ではなく、1時間とか2時間とかの動画なのである。トマス・フリードマンなんか3時間なのだ。また、NewYorkTimesのPodcastでは、作家やジャーナリストの約1時間もののディスカッション番組があって、これもいい。前回紹介したように、ザカリアがホストを務める国際関係の番組"Foreign exchange"もネットで見ることができる。

 日本に住んでいる日本人だから、日本のテレビしか見れないというわけではない。日本に住んでいる日本人だって、こうして外国のテレビを見ることができる。これまではアメリカのテレビ番組は、日本のテレビ局が放送するものしか見ることができなかった。しかしながら、今の時代は違う。日本にいながらこうした番組や放送を見たり聴くことができるようになったのだ。しかも、これらの動画やPodcastはタダである。今日、アメリカではネットは人々の知的生産活動のインフラともいうべきものになっている。国境がないインターネットに、アメリカの知的生産活動のインフラがあるということは、日本にいてもそれらを利用することができるということである。さらに言えば、シンガポールにいようと、中国の上海にいようと、インドのバンガロールにいようとできるということなのである。

 知識や技術やデザインやビジネスモデルといった知的付加価値のあるものを創造する産業を、自国の経済のコアにしようとしている国にとって、ネットで教育・啓蒙を行うことはもはやあたりまえのことになっている。日本では、ネットをいかにビジネスにするか、いかに宣伝でネット使うか。あるいは、いかに業務を効率化するかみたいな話しかない。これらは、いわばモノつくり生産技術の発想である。日本では、一般的にネットを製品やサービスの生産や流通、販売の技術の視点でしか見ない。教育や研究や社会啓蒙の分野で、ネットを使っていくことが本格的になされていない。地上波デジタル放送を携帯電話で見ることができるとか、ようするに日本ではコンテンツよりも技術偏重なのである。政治家や作家や芸術家と2時間とか3時間とか対談する番組をネットで流すことを日本ではやらないのはなぜなのか。

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April 07, 2006

マックでWindows!!

 最近、僕のPowerbookはiPod専用マシンになっている。買った音楽CDとか、オンラインで購入した音楽ファイルとか、とにかくかたっぱしからPowerbookのハードディスクに落とし(そして、iPodに転送し)ているので、ハードディスクがほとんど音楽ファイルでフルになってしまっている。

 で、このところ、新しい音楽ファイルを追加しようとすると、「内蔵ディスクが満杯に近いですよ」メッセージがぴんぱんに出てくる。でまあ、そういう時は、もう聴かなくなった古い音楽ファイルをちまちまと消しているのだけど、元の音楽CDの方はブックオフに売り飛ばしてしまったりしているものもあって、そーゆーことに気がつかず、ついうっかり削除した音楽ファイルは永遠に戻ることはないのであった・・・・・・・。どうしてもまた聴きたくなったら、ブックオフで音楽CDを買い戻して、またPowerbookに落として(当然、ここでまた他の音楽ファイルをちまちまと削除する)、そしてiPodで聴いているのであった。なんとオオバカな、ワタシ。

 これは、なんとなせねばならん。なんとかせねばならなんというのは、もう一台、大容量のマックを買おうかなということなのであるが、しかしまあ、カネはかかるよなと思っていた。

 ところがなんと。マックでWindowsXPがブートできるようになったと言うではないか。Powerbookのディスクが音楽ファイルで一杯になったことと、Windowsが正式に使えるようになったことと、どんな関係があるんですかと言われそうだけど。なにを言っているんです。これはすごいことなんです(きっぱり!)。なにがどうすごいのかよくわかないけど、とにかくすごい。

 たとえば、だ。マックを買いたいのだけど、でもなあ、Windowsでなくてはダメというアプリがあるしなあ、だからWindowsPCを買うしかないなあ、という選択が今後一切存在しなくなるということなのである。なんら迷うことなく堂々と(いえ別に、今までコソコソとマックを買っていたわけじゃあないですけど)マックが買えるのである。これはいい。すごくいい。そうまでして、MacOSXを使いたいのですかというと、そうなんですと力強くうなずくのがマックユーザーつーもんであろう。マックは音も静かだし。音楽の質もいいし。映像はまあWindowsPCでもいいのがあるけど(てゆーかディスプレイの話だよな)。

 できることならば、ブートしないで、キー操作でWindowsにもMacOSXにも切り替えられて、そして、ファイルの共有は当然できる、となってくれれば、これはもう言うことなし。

 いずれにせよ、WindowsOSが正式サポートになったということで、これはもう一台マックを買ってしまうかも。

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February 16, 2006

Googleの「めろんぱん」

 今週のTIME Feb 20のcover storyはGoogle。どこぞの国ではIT企業は虚業だとか言われているが、Googleこそ、いまや世界を変えるテクノロジー企業だ。

 特集の紙面の中で、コーヒーブレイクをしている二人のエンジニアの背後に"idea board"というアイディアを書きまくっている壁一面のでかいボードが見える。当然のことながら、一面、英語であるのだが、そこに地球の絵があって、その下に日本語で「食べるもんじゃないぞ」という書き込みがある。で、そこから矢印の線がひっぱってあって、その先に「めろんぱん」という日本語の書き込みが。うーむ、「めろんぱん」・・・・・・・・。

 もっか、『ザ・サーチ グーグルが世界を変えた』(日経BP社)を読書中。Googleなんて、ただの検索と広告の会社だろと思ったら大間違い。

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February 13, 2006

光接続にした

 自宅のネットを、光回線にした。住んでいるマンションで、NTTのフレッツBが使えるようになったということで、それじゃ、ま、ひとつ光にすっかというわけで、光にした。ちなみに、ワタシはさすがに300ボーの時代は知らないけど、その昔、パソコン通信を始めた頃は1200ボーだったのである。1200ボーなんて書いても、今の大多数のインターネットからネットを始めた方々は、なんのことかわからないだろうけど。

 あの当時、将来は光接続になると言われていた。そんなのは、未来の話だなと思っていた。その「未来」になったというわけだ。しかし、肝心の自分の中身の方は、あの頃からどれだけ進歩したのかというと、なんかあの頃のままであるような、ただたんに外観が歳をとっただけのような。

 とりあえず回線が速くなった(なったのか、これで・・・)から、Google Earthは快適に動きますねということで、おもわず20ドルを払ってGoogle Earth PlusにUpgradeしてしまった。

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February 11, 2006

『ウェブ進化論』備忘録その1

 アメリカのシリコンバレーを拠点としてコンサルタントとして活躍する梅田望夫さんの待望の本『ウェブ進化論』(ちくま新書)を今読んでいます。これはもう非常に考えるべきことがたくさんあって、ちょっと今まとまりきれないのですが、この本は今のネットや経済や社会を考える上での必読書である。さる2月7日に、筑摩書房主催により梅田さんと何人かのブロガーで「ウェブ進化論」発売記念イベントがあった。そのイベントの内容がテキストPodcstingで読んだり、聴いたりすることができる。

 そのイベントのログを読みながら、つらつら考えたことをメモってみた。以下は、その断片的な思考のメモである。

人がいて、人々が集団としてそこにある場合、どうしても個別の「人」ではなく「集団」としての思考なり判断なり行動なりが「生まれてくる」。そして、その思考なり判断なり行動なりは、なにを基準にして行なわれるのかというと、経験と情報であろう。経験はともかくとして、その情報はどこから得るのか。「マス(大衆)」は今日では存在し得ないと思う。では、なぜ「マス」は存在しているのか。それは「マス」にさせられてしまったのである。本来、個々にセグメント化されているのに、情報の提供側が個々のセグメントに対して情報を提供するというシステムがないため、今だに「マス」扱いされているのだ。「マス」相手の情報しか提供されないのだから「マス」になるしかない。--->この状況はどうすれば変わるのか。

テレビ、新聞よりは小さいマーケットになる週刊誌やネットが、個別相手の情報を提供していくことによって、マスコミの支配力は弱まるのではないか。

マスコミはなぜ「マス」しか相手にできないのか、「個別」を相手にするとコストの回収ができない、利益にならないからである。マスコミのビジネスモデルは「マス」を相手に商売をするようになっている。

ネットを体験している人と、そうでない人のものすごい断絶。---->掛け渡しが必要---->マスコミにはそれはできない----->ではどこが?

メディア業界人、広告業界人、IT業界人、教育関係者でどれだけの人がこの変化を理解しているか。

本屋へ行くと、こうやって読む本を探したり買ったりしているよりも、ブログ書きとかをする方がいいんじゃないかと思うことがある。インプットはやっていくときりがない。アウトプットの方が意味がある。アウトプットは、自分の人生の時間と労力という限りがある。

大きな本屋へ行くと、これらの本を全部読むのは、自分の人生の時間を全部かけても不可能だろうなと思う。知識の量は、人の生きている時間、脳の理解量を超えている。インプットはきりがない。それよりも、どの知識を学ぶべきか、編集が必要。

グーグルにまだできないのもの、アップルがやろうとしたナレッジナビゲーターみたいなものか。

Web2.0って、つまり「みんな、つながっている」っていうことか。

大学教育を根本的に変えなくてはダメ。

教育を変えなくてはならないことは誰もわかるが、ではどう変えるかで、昔の教育は良かった式なのはダメ。確かに教養は旧制教育の人は高かった。目標は教養があってITもわかる人であるが、大学4年間でそんな教育は無理。卒業後も学ぶことによって可能になる。つまり、大学教育を変えるということよりも、生涯の中で「教育」をどう行なっていくかを考える必要がある。

ようするに編集の問題なのか、コンテンツの問題なのか。永遠に解けない謎。しかし、ネットで誰もがクリエイターになれるのならば、少なくともいいコンテンツをクリエイトすればそれでいいわけではない。

昔、アドビがページミルを始めてリリースした時、マックワールドSFでのアドビのセッションで、老婆が熱心に質問をしていた。ごく普通のおばあさんなのだけど、このおばあちゃんはマックでウェブをやるのかと感動した。

誰もがクリエイターって、アップルの思想ではないか。

シリコンバレーは、その昔、サンノゼに行って道に迷って困りまくったことがある。


 以上、ほんのメモです。『ウェブ進化論』そのものについての感想や、Web2.0については、近日中に書きまとめたい。とにかく、ちょっと今、新しいネットの考え方をもとに、自分の知的生産の方法のもろもろを作り直しています。まるで、なんかこー大学生の頃に戻ったみたいな感じってゆーか。

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January 15, 2006

インテルマックあらわる

 9日、サンフランシスコでマックワールドが開催された。一時期は毎年のように行っていたマックワールドであるが、最近はめっきりと行くことがなくなって、自宅でジョブズの基調講演をWebcastで見るだけになってしまった。それにしても、ジョブス歳をとったな。

 しかし、実際、これを現地で見るのはそれなりにたいへんなのだ。いい席を確保するためには、早朝から並ばなくてはならないし、入場料金もそれなりに高額なのである。それが今では、わざわざサンフランシスコへ行くこともなく、自分の家のパソコンで基調講演を見ることができるという、こりゃあもう時代は大きく変わってしまったんだなと、しみじみ思う冬の空なのであった。ちなみにその昔、東京でもマックワールドは開催されていて、幕張でやっていたのである。ジョブズも来日して基調講演をしていた。東京でのマックワールドは、来場者数がアメリカを超える20万人近くにおよび世界最大規模のマックユーザーの集いであった。あの頃のマックワールドは楽しかった・・・。(遠い目)

 というわけで、インテルマシンになったマックであるが、なんつーか、あの「MacBook Pro」の名前はなんとかならんもんかと思う。Powerbookのままでいいではないか。なんすかMacBookProって。それに、MacBook Proの製品コンセプトは一体なんなのかよくわからん。唯一わかることは、あの重量2.54kgはモバイル用ではないなということだ。結局、マックユーザーが、マックのノートがインテルにならないかなあと思っていたのは、インテルマシンになればもっと軽量なノートになるであろうと思っていたのだと思う。それが2キロを超えるノートでは、とてもではないが持ち歩きはできない。もちろん、モバイル用ではない15インチのノートなのであるということは言えるであろう。しかしそうであるのならば、今、Powerbookを使っているユーザーはMacBookProに変えようという気にはならない。それと毎度思うことは、もの書きにとって打ちやすいキーボードとはなにかという視点なんて、全然持ってねえだろう、えっアップルさんよお。思えば、PowerBook1400のキータッチの良さは、アップルの歴史の中でその後二度と顧みられたことなどなかった。

 ジョブズの基調講演を聴いていて不思議だったのは、インテルマックはiPodとiTunesとiLifeが動けばそれでええんかということだ。つまり、クリエイターのツールとしてのマックとして見た場合、プロ向けのFinal Cut ProやShakeといった映像・音楽編集ソフトがインテル版のマックではどうなるのか、こっちの方が重要だと思う。しかし、こちらの方は依然としてPowerPCでなくてはならないままである。

 アップルという企業の理念には"rest of us"というのがある。「アップルは一般の人々のためのコンピュータを提供する」という意味である。「一般の人々のため」であるのならば、確かにiLifeが動けばそれでいいであろう(それにしても、iLifeを使っている人って、あまり見かけないような気がするのだけど)。今回、iWebという新しいソフトが出た。カンタンにブログやPodcastが作成できるところは、いかにもアップルの"rest of us"のソフトだと思う。しかしながら、その一方でアップルは、クリエイターのツールとしてマックを位置づけているではないか。ここに矛盾がある。つまり、マックは一体どっちのユーザーを向いているのかということである。

 もうひとつ疑問に思ったのは、iPodとiTunesのビジネスモデルが成功したことはわかった。iPodが売れていることはよーくわかった。では、今後の展開をどうするのかということはさっぱりわからない。テレビ番組の配信をもっと増やすというのはわかるのだけど、iTunesは音楽だけを扱うのではないから、ミュージックストアであることやめるとか、レファレンス機能をアップさせるとか、日本に住所のあるクレジットカードでも、アメリカのものを買えるようにするとか、やることはたくさんあるだろう。そうしたIT企業のCEOみたいな話はしないというところが、いかにもジョブズらしい。

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December 30, 2005

2005年のメディアとネットの出来事を振り返る

 2005年のメディアの出来事を振り返ってみたい。今年の初めのライブドアがニッポン放送の株の買い占めを行うことにはじまった、ライブドアとフジテレビジョンによるニッポン放送争奪騒動について、これが起きた時、堀江貴文ライブドア社長は「放送とITの融合」と言っていた。これを聴いて、僕は「放送とITの融合ってなんだ?」と思った。

 実際のところ、ホリエモンのその後の発言を見ても、「放送とITの融合」について、具体的な内容が示されることはまったくなかった。つまりだ、ここで僕は思った。ようするに、ホリエモンという人は、放送やITについて実質的に考える能力を持った人ではないなということだ。ホリエモンの目的は「放送とITの融合」ではなく、自分が購入したニッポン放送株を、高値でフジテレビジョンに買い戻させるということであった。そして、その筋書き通りに物事は進み、ホリエモンは巨額のカネを取得し、ライブドアの知名度も大いに挙げた(よって、ライブドアのポータルサイトの集客力も高まった)というわけである。

 こうした方法で、巨額の資金を得ることができるということは、アメリカではよくあることであるが、日本ではめずらしい。いわば、銀行からカネを借りるということをしなくても、会社はこうしてカネを得ることができる、ということの見本みたいな出来事であった。もちろん、だからといって、誰でもできることではない。ホリエモンは、株を使った金儲けの能力には、天才的なものがあるのだろう(実際に画策したのは村上氏であろうけど)。旧世代の経営者には、思いもつなかったことを、さらりとやってのけたホリエモンを若い世代が支持したのも当然である。

 それでは、カンジンの「放送とITの融合」はどうなるのかというと、実はそんなものはない。テレビとインターネットを融合させても、あまりメリットはない。ホリエモンも、そのことはわかっていて、当初、フジに株を買い戻させるだけのつもりであったのだろう。ところが、途中になって、本気でフジの経営をしたいと言い出した(ように見える)。このへんがまたホリエモンの、株にはくわしいがIT方面のことはよく知らないという一面を表していた。結局、この騒動は、フジが高額で株を買い取り、ホリエモンの勝ちとなった。しかし、この人はそこから得たカネでなにをやるのだろうかと思っていたら、選挙に出たり、宇宙旅行をやるとか言ったり、なんかよくわからない。

 ここで今年、広告の費用対効果でインターネットがテレビを抜いたということを考えたい。ハードディスク・レコーダーでのテレビ番組の録画は、過半数の人々がCMをカットしているという。今後、ますますハードディスク・レコーダーは普及していくだろう。現在、アメリカで注目を集めているデジタル・ビデオ・レコーダ企業のTiVo(ティーボ)は、やがて日本にも参入してくることは十分予測できる。現在、TiVoの日本市場参入を妨げているのは電通であるようだ。電通にとって、テレビのCMをスキップされるのは困るのである(だったら、電通はテレビ局とつるむのはやめて、ネットでの広告商売をメインにすればいいような気がするけど)(ちなみに、日本のメディアの本当の親玉は電通である。メディアは電通の批判はできない。さらに言えば、電通は自民党のメディア担当企業である)元々、民放テレビのビジネスモデルは、CSテレビの専門チャンネルとは違い、視聴者には無料で番組を見せて、スポンサーからカネを得るというものである。それがCMをスキップされると、このビジネスモデルは根底から成り立たなくなり、テレビ局の死活問題になる。

 デジタル放送への切り替えなど、一般大多数がテレビを見るということを前提にしているが、従来とは異なる状況がもう目前に迫っている。電通がどうしようと、テレビ局がなにをしようと、もはや、テレビのCMなど視聴者は見なくなる世の中になりつつある。その割には、テレビ業界に危機感はないのは、電通(および自民党)が守ってくれるものだと確信しているからなのだろうか。

 もう一つは、今のテレビの番組は、おもしろくないということだ。自分が歳をとったからなのかもしれないが、自分が子供の頃の70代や80年代のテレビの方がおもしろかったように思う。最近のテレビは、スポンサーの影響が強く、それが番組をどんどんつまらないものにしているのではないか。これに対して、インターネットの使用時間は増えているという。つまり、広告媒体としてのテレビの価値はなくなりつつある。

 だからこそ、楽天の三木谷社長のTBS株の買い占めと経営統合など、今後、斜陽産業になるテレビ局と組んでなにがいいのかさっぱりわからん。今月、テレビ局の株の買い占めなどには見向きもせず、「Yahoo!動画」で「TV Bank」というネットでの動画コンテンツサービスを本格的に開始し始めたソフトバンクの孫正義社長の方がよくわかっていると思う。今年から始まった動画配信サービスの「GyaO」にも注目したい。コンテンツは無料で提供し、インターネット広告で収益を得るというのは、当然のことながらテレビにはない新しいビジネスモデルである。

 ネットでの新しいビジネスモデルをまざまざと見せてくれたのが、アップルのiPodとiTunes Music Store(iTMS)だ。今年の音楽業界で起きたこの出来事は、衆院選で自民党が歴史的大勝をしたことなんかよりずっと意味がある出来事だった。音楽のダウンロード販売は、日本でも何年も前から行われてきたが、著作権の問題からユーザ主体の販売になっていなかった。レコード会社の都合が優先され、ユーザは不便を強いられていた。もし、アップルというアメリカの企業の日本市場への参入がなかったら、今年も来年もさ来年もずーと、我々ユーザは不便を強いられていた。そこに、風穴を開けてくれたのがアップルである。

 従来の日本のやり方は、ダウンロードしたパソコンでしか使用できず、CD-Rへの転送は一部楽曲を除いてダメ、携帯音楽ディバスへの転送は回数制限ありという、とにかくみんなダメダメ、曲の価格も高いというものであったが、みーんなOKで、曲の価格も安いというiTMSの日本到来は、日本の音楽シーンで革命的な出来事だった。アップルの参入により、日本の従来の音楽配信サービスをその商売の方法を大きく変えざるえなくなった。やはり、この国はアメリカが入ってこなければ新しい動きが起こることはなく、日本人だけでは、なにも変えることができないのだろうか。

 文化庁は、JASRACなど「iTMSによってダウンロードした音楽ファイルをフリーでじゃんじゃんiPodにコピーして聴かれては、音楽CDが売れなくなるので困る」団体からの要求を受けて、文化審議会著作権分科会法制問題小委員会なるものを発足し、iPodに課金をかけること検討している。現在、結論は見送りになっている。

 iTMSのようなことが、今度、テレビ番組などといった映像の世界でも起こるであろう。アメリカでは、ABC、Fox、NBCだけではなく、CBSやNBCなどの番組もiTMSで購入しiPodで見ることができる。日本でも今月、「PodTV」というiPod向け専門テレビ局ができた。番組そのもので料金を取るか、それとも「GyaO」のように番組は無料で提供し、広告で収益を得るか、どちらが主流になるか今後注目したい。

 最後に、今年起きたネットのことで印象深いのは、人工衛星からの映像をベースに、全地球上を鳥瞰することができるようになったということだ。NASAの「World Wind」もすごいが、Googleの「Google Earth」もまたすごい。これほどのものを、パソコンの画面で見ることができるということは、根本的ななにかが変わるということだろう。そのなにかというのは、まだよくわからないが。マウスでぐっとズームインすれば、東京の拙宅の辺りが見れて、そしてズームアウトすると宇宙空間に浮かぶ地球の姿が見えるというのは、自分の中の世界観のなにかが変わるような気がする。一台の小さなモバイルパソコンでも、そのディスプレイに全地球を映し出すことができる。これは、ネットとITの潜在的な可能性を感じさせてくれるものであった。この感覚が、既存のメディアにはない。

 少なくとも言えることは、今年は、巨大メディアの終わりの始まりの年になるだろう。

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December 23, 2005

なぜネットにシンクタンクを作らないのか

 20日の朝日新聞の記事に「動かぬ?政党シンクタンク」というのがあった。自民、民主党が進めようとしているシンクタンク構想が、カネがかかる、研究者が集まらない、そもそも、そんなもん必要ないではないか、ということであまり進展がないという。

 民主党のシンクタンクは設立記念シンポジウムについては、参加されたBigBangさんたちのブログの記事に詳しく書かれている。それらを読んで、正直に言って、なんかこー時代遅れなことをやっているような気がしてならなかった。結局、これなら朝日の記事にあったように、全然進展はなく、ただ単に「我が党はシンクタンク(みたいなもん)を作りました」でオワリになるのではないかと思う。朝日の記事によると、自民党のシンクタンクは設立だけして、研究は外部の民間機関に委託するという。では、なんで党のシンクタンクを作るのであろうか。民主党は、当面や学識経験者や官僚を集めて、定期的に勉強会やシンポジウムを開くという。あーそうなの。なんつーか、有権者にとってはどうでもいい話だ。

 シンクタンクというものについて、ある特定の人々、いわゆる学識経験者や議員や官僚なる人々を、ある特定の時間に、ある特定の場所(六本木ヒルズすか?)に集めてシンポジウムなるものをやる、そして、それをネット配信やウェブなどによって、一般市民の皆様がインターネットで見ることが可能ですよ、という発想そのものが時代遅れだと思う。ネット配信にしたって、スティーブ・ジョブスのスピーチなら見るけど、学者と議員センセイと役人のシンポジウム?誰がそんなもん見るかと思う。Podcastにして、iPodにダウンロードできても聴きたくもない。モーリー・ロバートソンのi-morleyの方が聴いていてずっとためになるもん。

 そもそも、学者や議員や官僚という、社会の大多数の人々とは、かけ離れたところにいる人々による、高尚でアカディミックな発表や「議論」(彼らは本当の意味での議論はしない)で、社会や経済のリアルな現状を捉えることができるのであろうか。むしろ、様々な実社会で働いている人々(いや、家庭の主婦だって、働いていない引きこもり君やニート君だって)のいろいろな意見の方がずっと価値があるのではないか。そうしたリアルな現場からの意見の集合体を、ただの2ちゃんねる的なネット世論にせず、そこから社会と政治のあるべき方向が生まれてくるプロセスを作り出すのが、これからの時代の政党の役割であろう。

 だからこそ、そのためには、政党がシンクタンクを作るのならば、ネット上に作るべきだと思う。政党は、もっと有権者のことを考えるべきである。政治に関心があるというと、今の世の中ではなんか老人ばっかりになるが、それは老人にはヒマがあるからである。隠居した老人であるならば、フルタイムで社会のこと、経済のこと、政治のことを考えることができるであろうが、30代、40代、50代で働いている者は、そんなことできるわけがないではないか。しかしながら、働いていても、帰宅後や休日だけでも、社会のことや政治のことを考える場や機会があれば、積極的に参加したいという人は多いのではないか。本来、「政治や経済や社会について会話する、議論する」ということが、まるであたかも学者や官僚だけの特権的な役割であって、フツーの庶民はそんなことはしない、できないというのが一般認識であった。しかしながら、そんなことはまったくない。むしろ、学者や官僚に、そうしたことを任せてきてきたのが間違いであった。彼らに任せると、我々市民から搾取することばかりで、ろくなことはない。

 実際のところ、シンポジウムそのものをネットで行うことは可能である。パワポを使ったプレゼンだろうとなんだろうと、自分のパソコン上で見ることができる。議論はフォーラム形式の電子会議室でやればいいし、お知らせもメーリングリストでできる。資料入手はダウンロードすればいい。なにも、ある特定の時間と場所に「集まって」行う必要はないのである。そうすれば、こっちだって、いつでも自分の都合に合わせて「参加」することができる。日曜日にスタバで、ノートPCを開いて「参加」することだってできる。

 もうひとつ重要なことは、ネットでならば、外国で生活をしている日本人も参加できるということだ。僕は、一時期、アメリカのサンノゼやオークランドなどで生活をしている日本人のコミニティのネットの運営の手伝いをしたことがある。このネットでの政治議論は、非常にレベルが高かった。彼らは国外で暮らしているため、日本と日本人を客観的に見ることができ、それを実際に体験している。こうした国外からの意見が、国内の社会に反映されれば、どれだけ良いだろうと思ったことが何度もある。学者や官僚なんかのシンポジウムより、海外に住む日本人の意見の方がずっと貴重である。

 政党は、もっとパソコンとネットを活用すべきだ。そして、ネットワークから考えるという視点が必要だ。政党がシンクタンクを持って、学者や議員や官僚が考えるのではない。ネットワークそのものがシンクタンク(シンクネット?)であり、社会のおのおのの現場の人々が考え、意見を発信していくのだ。そして、ネットには国境はない。国内の日本人も、国外の日本人も、あるいは在日外国人でも、さらに言えば日本人であろうとなかろうと、とりあえず日本語の読み書きができるのならば誰でも参加できて、政治や経済や社会のことについて会話するネットの場が必要なのだ。これができれば、従来のマスコミや政党政治は根底から変わる。

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December 05, 2005

Googlezon

 ネット界では、だいぶ前からよく知られていたことであるけれど、2007年にアマゾンコムとgoogleが合体してgooglezonというのができるというメディアの近未来を予測する架空ドキュメンタリーがネットにある。日本語字幕もあるので、関心のある方はぜひご覧になって欲しい。これは単なる予測ではなく、かなり実現性のあるメディアの未来だと思う。「ニューヨークタイムズは、エリート層と高齢者向けに紙媒体のみを提供するようになる。」というのは紙の新聞の未来について、これはもうそうなるなと思わざるを得えない。

 ただし、だ。これは英語圏の話であって、日本の場合は、日本語というカプセルというかバリアがあるため、アメリカで今始まっているメディアの「進化型パーソナライズ情報構築網(EPIC)」の変化への流れに参加することができないであろう。

 しかしながら、Gooleとアマゾンコムがそうであったように、(ソフトバンクやライブドアとかも、似たようなものをやるだろうけど)Googlezonが日本にGooglezon日本版を作り、学生やフリーターがこれに参加する形で日本のメディアは大きく変化するのではないだろうか。20世紀に生まれ発展したテレビとマスコミの時代は、どうやら終わりつつある。

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October 04, 2005

iPod60GBは大きかった

 昨日書いたiPodの続き。軽くてスリムで薄型の最近iPodが欲しい、でも大容量じゃなきゃいやだということで、60GBのiPodに買い換えたわけであるが、なんとなくこれも前の40GBのiPodと同様の「石けん箱」みたいな感じなんじゃないかということに気がついた。つまり、大きさとしては、なんか全然変わらんわけですね。少しばかり薄いような気がするけど。

 しかしですよ。液晶はカラーだし、ホイールを動かすとバックライトは光るし。多少は分厚くても、やはり最新のiPodなのだ、と思うことにしよう。

 ところがだ。ここに注目すべき情報を発見した。アップルの未確定情報を事前にすばやく公開することで有名な情報サイトのAppleInsiderがなんと、今月、東芝のハードディスクドライブを使った40GBと80GBのiPodが出るかもしれないという情報を出していた。しかも、ビデオ再生機能もついているという。

 もしこれが真実であるのならば、前回、PowerBookがそうであったように、ワタシのiPodもまた買ってすぐに旧機種になってしまうのであった。さて、いかなることになるであろうかつーか、この情報に気がつかずiPodを買い換えたワタシは一体・・・・・・。

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October 03, 2005

iPodで読書

 ようやく休みの取れた日曜日、秋葉原へ行ってiPod60GBを買ってきた。ろくじゅーぎがバイトである。ここ数日間、買おうかな、どうしようかと考えていたのであるが、えーい買ってしまえと買ってしまった。

 これまで、旧機種のiPod40GBを使い続けてきた。このiPodは2台目で、最初はiPodが販売された当時すぐに買って、たしか数ギガしかなかったと思う。数年後、今の40ギガのものを買った。ところが、最近どーもバッテリーの持ちが悪くなってきたような気がする。大体、約3時間ぐらいは使っていると、もう「バッテリーがないから早く電源をつなげよ」という意味のメッセージが表示されるのである。約3時間持つのならば、通常の通勤の行き帰りの電車の中で聴くのは十分にまかなえるが、出張となるとそれなりの長時間を電車の中で過ごすことになる。こうなると、行きの電車の中では聴けても、帰りの電車の中ではバッテリー切れになることが多い。「電源につなげよ」と言ったって、電車の中でどうせよというのだとオロオロしていると、そのうちiPodはすとんと電源を落として、それっきりになってしまうのである。

 アップルのiPodは、SONYのウォークマンを遙かに凌駕する最強の音楽デバイスであるが、唯一の弱点はバッテリーの使用時間が短いということであった。こうした出先でiPodのバッテリーが切れてしまうと、ワタシなどは、ううっ音楽が欲しいという音楽禁断症状になる。電車の中で座っているのならば寝てしまうという手もあるが、立っている場合は、なにをするわけでもなく、ただぼんやりと立っているという状態になる。本を読むという手もあるが、iPodがあるから電車の中で読む本を持っていない。しょーがないので、つり革広告でも漫然と眺めるしかないのであった。これはイカン、なんとかせねばならないと思っても、iPodのバッテリーだけ売っていることはなく、うーむ、これは新しいヤツを買ったるかと思い続けてきた。

 その昔、iPodがこの世に出現した当時は、世のワカイモンは電車の中ではみんなMDやCDで音楽を聴いていた。Podなんか使っているのは一部のマックユーザーぐらいであったが、今ではiPodを持っている者はいたる所で見ることができる。しかも、みなさん、最新のiPodなのでスリムで薄いタイプなのである。僕のiPodはどってりとしていて、まるで石けん箱のようだ。この「石けん箱」の機種が出た当時は、このサイズで40GBなんて驚いたものだったのだけど、最近発売されたnanoにいたっては4GBで6.9mmという薄さだ。nanoを持っている人はまだ見かけたことはないが、最近のiPodはどれも薄い。電車の中で、薄くて軽いiPodを持っている、これまたスリムな体型のワカイモンやOLのお姉さん方を見ていると、「石けん箱」のiPodを持って、もはやオジサンの体型になってしまった我が身を省み、なんかこーカナシクなるものがあるのであった。

 それに、日本でもiTunes Music Storeが本格的に展開し初めて、かなり結構気楽にダウンロードをするようになった。これまで、近所のTSUTAYAでレンタルCDを借りるか、HMVやタワーレコードへ行って買っていたものが、例えば寝る前にちょっとMusic Storeにアクセスして、何曲か視聴して、おっこれはいいなとポチッと購入ボタンを押してしまうのだ。こんなことをやっているので、次第にiPodのディスクスペースがなくなっていく。40GBでは足りなくなってきた。もっと大きな容量が欲しい。

 と、上記のようなことを漠然と思っていたのであるが、そのうち、コレハやはり60GBぐらいの大容量のiPodにしなくてはならないと思うことがあった。iPodを音楽を聴いたり写真を見たりするデバイスだけではなく、映像を見たり文章を読んだりすることができるツールとして捉えることができるということを、オールド・マックユーザーの世界では有名なマックの伝道師でライターの大谷和利さんがネットで書いていたのを読んだ。言われてみればなるほど、iPodは新しいブラウジングスタイルをもった電子本のプラットフォームだったのだ。

 近年、電子本へ注目が高い。元々、パソコンで「本のように」テキストを読もうということから始まった電子本は、当初あまり普及することはなかったが、携帯電話でテキストやアニメを見ることができるようになった今日、新しい読書のスタイルとしての可能性を期待されるようになってきた。しかしながら、僕個人としてはケータイで「本」を読むのもなんだかなあと思ってきた。

 ところが、である。iPodで「本」を読むというのは、なんかアリなんじゃあないかと思うようになってきた。このへん、アンタはマックに対する思いれが激しく、アップルの製品ならなんでもかんでも革命性を感じるからそう思うのであろうと言うのならば、確かにそうですとしか言いようがない。しかし、そうであったとしても、iPodのあのシンプルな操作性はすごいではないかと思う。PDAにせよ携帯電話にせよ、とにかくめったやたらと機能がついて、なにをどうすれば、なにがどうなるのかさっぱりわからないではないかと思う。製品の進歩とは、機能やデザインの向上だけになっていて、機能が増えるたびに操作性はますます複雑になっていっている。これに対して、iPodは音楽を聴く機能に、デジタル写真を見ることができる機能が追加された。しかしながら、操作性は初期の頃と変わっていない。

 株式会社ボイジャーという、本を紙の上ではなくパソコン上で読むという電子出版に早くから取り組んできた会社がある。ここで、最近新しい試みとしてazur(アジール)というソフトをリリースした。「青空文庫」というサイトでは、版権がなくなった夏目漱石、森鴎外、芥川竜之介などの作品をテキストにして、自由にフリーでダウンロードできる。このテキストデータを一度パソコンにダウンロードして、次にazurを使ってデータを変換し、iPodやSONYのPSPやシャープのザウルスに送り、それらの機器でテキストを読むことができるようになる。DoCoMoやauのメモリスロット付き携帯電話でもこれは可能だ。

 ただのテキストの表示ならば、azurなんかなくたってできるじゃあないかと思うかもしれないが、「ただのテキストの表示」はフォントが美しくない。ヒラギノ、秀英明朝体などの美しいフォントで表示されたテキストが、それらの携帯デバイスで表示されるのである。つまり、テキストではなく、「テキストが美しく表示されたページ」そのものを画像データにしているのだ。本とは、ただのテキストデータの羅列ではない。ページのレイアウトやフォントがあって、人が読みやすいものになっている。「ただのテキストの表示」では「本」にはならないのである。このことはつまり、azurは電子出版のためのツールと言えるだろう。ボイジャー・ジャパンは、azur以外にも電子出版のための新しいツールを開発・販売しており、そうした製品を通して僕たちもまた電子出版の時代の黎明を感じることができる。志のある出版社である。昔は、マック用のソフトを作っている会社には、こうした志のある会社が多かった。今では、ボイジャー・ジャパンなど数社しかなくなってしまったように思う。

 さっそく、僕もPowerBookにazurをダウンロードして、買ってきた新しいiPodに青空文庫から寺田寅彦の「科学と文学」と夏目漱石の「現代日本の開花」のテキストデータを入れてみた。読んでみると、フォントはきれいで読みやすい。ページが小さな文庫本を読んでいるような感じがある。寺田先生も漱石先生も自分が書いたものが遠い遙かな未来の世にこうして読まれようとは思いもよらなかったであろう。

 このように、iPodにはさまざまなメディアの可能性があると思う。大谷和利さんが書いているように、映像とテキストが融合したメディアのプラットフォームとしての可能性もある。大谷さんも書いていたが、ミュージシャンがiTunes Music Storeで音楽を販売して、Pod Photo Booksでライナーノーツを提供するというのはいいアイディアだと思う。実は、iPodにはもうひとつPodcastingを使った新しいメディアの可能性もある。このへん、「初めにカネ儲けありき」のビジネスではなく、「初めにコンセプトありき」の志あるビジネスとしての展開も可能なのではないかと思う。資本主義とは、ユーザの需要(ニーズ)に対応した、いわゆる「売れる商品」を提供することによって利潤を得る経済システムであるだけではなく、ユーザにあるべき未来の方向性と可能性のようなものを情報や製品として提示する経済システムでもあるはずだ。アップル・コンピューターはそうした企業であり、アップルの出す製品のコンセプトに共感し、アップルの製品を使って、さらに遠くの未来を模索するボイジャー・ジャパンという会社もまたそうした企業のひとつだ。

 iPodを手にとって、そこにazurで変換された100年前の人々の文章を読む。その文章の合間に、これからの100年に成していかなければならないことをかいま見る。どうやら、僕たちはなにものかの継承の流れの中にいるようだ。

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March 24, 2005

「NASA World Wind」はスゴすぎ

 先日、某メーリングリストで「World Wind」というソフトのことを知った。えー、なになにとその紹介を読んでみると、うおおおおおっ、これは、絶対、使ってみたい、いや、使わなくてはならない、と即行で171MBをダウンロードし、インストールして使ってみた。で、ハマっている。僕のThinkPadだと、使っている途中で衛星を切り替えると、OSがフリーズするのがナンであるが、とにかくハマっている。

 これはすごい、スゴすぎ。この「World Wind」は、NASAが配布しているフリーソフトで、NASAの地球資源探査衛星ランドサットからの画像データを元に、地球全体をカバーする3Dの地球儀ソフトだ。このソフトを起動すると、ディスプレイに地球儀が現れて、それをマウスで自在に回転させることができる。

 ところが、である。それだけなのではない。このソフトのすごいところは、その地球儀の表面を、どんどんクローズアップしていくことができるのである。マウスのホイールを動かすことで、アメリカ国内の特定の都市ならば、道路や建物や車まで見えるのである。つまり、地球全体から道路1本まで眺められるソフトなのだ

 こういった上空の人工衛星からの映像は、これまで映画などで何度も見てきたが、実際、この目で見てみると、これはすごい(さっきから、こればっかだな)と思わざる得ない。しかも、これは自分の机の上のパソコンから見れるのだ。これをすごいと言わずして、何がすごいと言うのだろーか。気象情報や災害情報も表示できて、かなり楽しめる。フォーカスを近づけていくと、地表に人間の営みである文明があり、そして今度はフォーカスをぐっと離してみると、惑星地球の姿があるのは、ちょっと感動もんである。太陽系の第三惑星を調査しに来た知的生命体の気分になれる。

 画像データは、NASAだけではなく、USGS(米地質調査所)からも連動しているようだ。こんなすごいもんを、フリーで世界の人々に配布して公開するアメリカという国は、つくづくすごい国だと思う。ただまあ、これって、他人の国の地理情報を勝手に世界中に流してしまうということで、そんなことをしちゃあイカンような気もしないでもない。しかしながら、そもそも全地球上をカバーできる監視衛星を所有しているということは、世界のすべての国の地理情報はアメリカに筒抜けということなのである。いわば、アメリカが全世界を監視しているのだ。アメリカの政府当局は、このソフトで見るアメリカの主要都市の画像データの解像度並で、他国のデータを見ているのだろう。資源探査衛星より、軍事用のスパイ衛星の解像度はもっと高度なのではないかと思う。

 しかし、そうであっても「World Wind」は十分すごい。ポール・ヴィリリオの「戦争の知覚論」を引用するまでもなく、人間の世界認識において、これはもう革命的な出来事だと言っていいのではないか。もしかしたら、この「World Wind」というフリーソフトの出現は、多少大げさに言えば、人類の文化史に記入されるべきイベントなのかもしれない。このソフトを使って、ズームインやズームアウトを繰り返していると、なにか奇妙な感覚になる。これはもう「神の視点」ではないか。情報技術って、ここまで来たのか。

 画像データを見ながら、いろいろなことを考える。こうして、パソコンのディスプレイで見ている「世界」と、今僕たちが生きているこの「世界」って、どう関わるのだろうか、とか。考えすぎて、今ちょっとまとまらない。唯一、今言えることは。

 これはもう、いかなる国もアメリカとは戦争はできんな・・・・。
 と同時に、宇宙から見れば国境なんてものはないんだなと思った。


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February 04, 2005

買って9日後に旧機種になった

 1月のサンフランシスコでのマックワールドでMac miniが発表された。これ、いいかも、よっしゃあ買うで、と思って、さっそく先月の22日に秋葉原に行った。店頭で実際に見てみると、思っていた以上に大きかったので、うーん、どうしようかと思った。これはシステム装置だけだから、別にディスプレイとキーボードが必要になる。キーボードは使っていないのがいくつかあるけれど、ディスプレイ装置は、その昔Power Macintosh 8500を使っていた時以来買っていない。場所を塞ぐディスクトップマシンを買わないようになって、もっぱらディスクトップでも一体型のiMacか、ノート型のiBookか、WindowsノートのThinkPadを使ってきた。だから、パソコンのディスプレイなるものは、もっか拙宅にはないのである。そりゃまあ、ここでApple Cinema Displayを買ってもいいのだけど。

 さて、どうするかと思っていたら、なんか12インチのPowerBookG4がやたら気になってきた。持ち運びができるノートパソコンを、ここずっと持ってこなかったなあと思った。以前、ThinkPadi のiSeries 1124をかなり使い込んでいたのであるが、さすがにこの機種は、今では時代遅れになってしまった。OSをMeからWindowsXPに上げたのであるが、XPがさくさく使えるかというとそうでもないので、なにかと使いづらくなってしまったのだ。それにEthernetを内蔵していなくて、LANにつなぐときはPCカードを使わなくてならないので、めんどう。ノートパソコンは、なきゃないで、なんとかなる。だから、ここ数年はパソコンを持ち歩くことはなくなってしまっていた。なんたって、重いし。メールも、ちょっとしたウェブ閲覧も携帯電話でできるし。

 ただ、である。この感覚がわからない人からすれば、アホかと思われるであろうが、ノートパソコンというのは、なんかこー、心ときめくものがある。小さなディスプレイとキーボードしかないけれど、自分の書いたものや撮ってきたものがディスクの中にあるし、ディスプレイの向こうには広大なネットの世界が広がっているのだ。個が個である、と同時に世界に向かって開いているという感覚がある。そのプラットフォームが、WindowsというおもしろくもなんともないOSよりも、MacOSである方がずっといい。そんなことを、店の中でつらつらと考えていたら、なんかムショーにPowerBookが欲しくなってきた。12インチのPowerBookが初めて世にリリースしたのは、数年前のサンフランシスコのマックワールドでだったよな。あの時は僕も行っていて、アップルのブースで触ったっけとか思い出した。このPowerBookなら、さぞかしいい文章が書けるのではないか(と、マックで書きものをしている者ならば、誰もが聴くであろうゴーストのささやき)、うん、そーだ。そーに違いない。えーい、それじゃあ買ってしまえと、12インチのPowerBookを、メモリーをMAXの1GBにして、さらにアップルケア込みで買ってしまったのだ!!いやあ、やっぱマックはいいですね。

 ところが、ところが、ところがだぁ(くどいか)、なんと1月31日にアップルは新型のPowerBook G4シリーズを出したのだ。性能もアップしたし、値段だって安くなったのだ。うおおおおっ、出すのなら、マックワールドでなんで出すと言わなかったんだあ、少し待てば新機種が買えたじゃないかあ、とアップル本社に怒りのメールを出そうかと思ったが、あまりにも大人げないのでやめるとして。うううっ、こんなことは、この業界ではよくある話ですよ。「あれは酸っぱい葡萄さ」とか思ったりして。かくて、僕のPowerBookG4は、購入して僅か9日後に旧機種になってしまったのである。まだ、カードの支払いもこれからだっていうのにぃ・・・・・・・。

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January 24, 2005

ネットラジオ「くりらじ」はおもしろい

 数日前、ふとしたことから「くりらじ」というネットラジオを聴くことがあり、これはおもしろいと、この土日も、自宅にいる時は過去のバックナンバー番組をほとんど聴きまくりの状態になっている。このネットラジオは、ものすごくおもしろい。

 この「くりらじ」は、山口県下関市から発信しているインターネットラジオである。ここのBJというパーソナリティーがおもしろい。「えんたも」という番組での、この人のアニメの「攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIG」の解説を聴いて、おおっこれはいいと思ってしまった。この人は、政治の話からアニメ、漫画、映画、本、テレビ番組に至るまでものすごくキャパシティが広くて、キャパの広さでは僕も多少の自信はあるが(笑)、僕なんか比べものにならないキャパの広い人である。で、この人がまたぐたぐたと雑談をしたり、世の中の現状に怒りをぶつけるのである。カトリーヌころんさんというパーソナリティーもレギュラーで出ていて、この人もいい。「くりらじ」以外にも自分のメディアをネットで持っていて、こっちもいい。とにかく、「くりらじ」はおもしろい。かつてあったパーソナルな文化は、ネットで復活するのだとつくづく思う。やっぱ、ネットは現代のアジールなんだなと思う。

 「くりらじ」を聴きながら、トーク系のネットラジオのこれからの可能性とか、山口の下関から、こうしたデジタル・コンテンツを世界に向かって発信していることとか、今の時代は、もはや東京にいようが、山口にいようが関係ないんだなとか、いろいろ考えることがあった。それはまた別途書いてみたい。

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October 03, 2004

スパムコメントに遭遇する

 本日(3日)、午前9時頃、ブログを開いてみると、government grantsなる「人」より英語のコメントがついていた。そのコメントのURLをクリックして見ると、なにやらよくわからない英語のサイトにアクセスした。

 そこで、このコメントに返事を書いて、送信を押すと、先のgovernment grantsのコメントが消えてしまった。おや、これはニフティのシステムの異常かと「ココログスタッフルーム」を調べてみると、コメントの消失という現象が起きているようであることがわかる。このことが起こっているのかなと思い。自分で、government grantsの英文のコメントを(内容を覚えていたので)書いて送信をしてみた。すると、以下のメッセージが表示された。

---------------------------------------------

問題が発生しました。

Your comment has not been posted because it appears to contain questionable content. If you believe you have received this message in error, please contact the author of this weblog.

下に入力された内容を訂正してから「送信」を押してコメントしてください。

----------------------------------------------

 なにゆえ、こんな文章で"contain questionable content"なのかと思い、いろいろ違うパターンの文章を書いて「送信」をするという実験をしてみた。すると、これは文章に対してのメッセージではなく、どうも投稿者のURLに対してのメッセージであることがわかった。では、このURLのなにが問題なのか。

 というわけで、さらにネットで調べてみると、どうやらこのコメントは業者の宣伝を目的とするスパムコメントであったらしい。ぐぐって見ると、数多くのブログで被害報告が出ているようだ。この時、僕は初めてスパムコメントというのものがあることを知った。なんとまあ、アホなことをやる人も世の中にはいるものだ。

 そして、ニフティのココログは、スパム業者のURLのついたコメントはブロックする、あるいは送信された場合でも保存ができないようになっているのではないかと思う。このへん、問い合わせのメールをニフティに送ったのでいずれ判明するであろう。(であるのならば、あのメッセージはなんとかして欲しい。あんなことを言われたら、"questionable content"があるんじゃないかと思ってしまうではないか。しかし、それにしても、"questionable content"というのは、誰、あるいは、何にとっての"questionable content"なのか。political correctnessのことなのか。そもそも、表現の自由が憲法で保障されている国で、こうした警告文って問題があるような気もしないでもないけど。)

 このスパムコメントについて考えてみると、メールの場合とは異なり、なにがスパムコメントなのか明確に定義することはむずかしいだろう。そりゃま、例えば、同じコメントが大量につけられたというのならば、速攻でこれはスパムコメントだと判断し、しかるべき処理を行うことはできる。名誉を毀損するものや、個人情報が記載されているものなどもそうだろう。しかし、そうしたものではない、エントリーに対するひとつのコメントで、これは悪意あるコメントだと判断するのはむずかしいのではないかと思う。特に、政治的内容へのコメントはむずかしい。

 とは言うものの、世の中には悪意(しかない)のあるコメント、ただの宣伝目的のコメントがあることは事実であり、これらに対するなんらかの法的対策は必要であるとは思う。スパム業者のURLはブロックするというのは妥当な方法だと思う。

 今回の場合、government grantsのコメントの削除は僕が行ったのではなく、ニフティのシステムが行ったものであるということを明記しておきたい。

 government grantsさん、なにかコメントしたいことがあるのならば、自分のメールアドレスかwebのURLで投稿してください。文章は、日本語か英語でお願いします。それ以外の言葉は、辞書があっても僕は読めませんから。(フランス語を遠い昔に習ったはずであるが、試験が終わったら全部忘れた。)

 というわけで、みなさん、スパムコメントがニフティのココログにも上陸(?)したようです。ご注意ください。

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June 09, 2004

Compuserve大改造のお手伝い

 Compuserveという、日本では知っている人はあまりいないが、アメリカでは古くからあるオンライン・サービスがある。日本ではアメリカン・オンラインの方が知名度は高い。しかし、CompuserveにせよAOLにせよ、インターネットの普及により、今日まったく陽の目を見ない状況になっている。僕は、このCompuserveにあるJapan Forumというフォーラムの手伝いをもう何年もしてきているのだが、どうやらついに本格的にインターネットに対応した内容に変わろうとしているらしい。古くからの伝統的BBSスタイルは完全に払拭されるようである。

 というわけで、僕も立場上、この大改造に関わることになる。東京に住んでいながら、アメリカのネットに「ブッシュはイカン」とか好き勝手なことを書き込むのは大好きなのだが、こうしたアメリカのオンライン・サービスのシステムの運営や設計に関わることをやるのはシンドイんだよね。当然のことながら、アメリカのネットの最新動向や技術情報について、それなりの知識がなくては話にならない。そんなもん調べる時間がどこにあるというのだ。

 あーあたし、夏コミの原稿が・・・・とか言っていられなくなったな。

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