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September 2017

September 18, 2017

沖縄での日米関係の姿は日本全体での日米関係の姿なのである

 先日、NHKオンデマンドで「スペシャルドラマ 返還交渉人~いつか、沖縄を取り戻す~」を見た。

 このドラマは、1960年代の沖縄返還交渉の実務を担当した外務省北米第一課長・千葉一夫の物語である。戦争中は海軍の通信士官だった千葉は、沖縄を攻撃する米軍の無線を傍受していた。戦後、千葉は外務省の外交官になり沖縄返還交渉の実務を任されることになる。

 千葉の想いは、米軍に占領されたままになっている沖縄を取り戻すということである。日本本土は占領が終わって10年以上たっていたが、アメリカのベトナム戦争が本格化し始めており、沖縄はアメリカにとっての重要な出撃基地であった。沖縄には核兵器すら配備されていたのである。

 そこで千葉は、沖縄返還交渉の目標を「核抜き本土並み」とし自ら率先して交渉を重ねていく。GHQの占領が終わり、国内の米軍基地の多くは本土から沖縄に移転した。本土の米軍基地は減ったが、逆に沖縄では増えたのである。千葉の想いは、本土は沖縄に負担を押しつけているということであり、沖縄は日本であり、日本は独立国家であるという日本人としての当然の想いであった。

 しかしながら、沖縄返還は結局どういうものであったのかということを、後の時代の私たちは知っている。

 沖縄返還は、千葉の想いとはまったく逆の結末になる。このテレビドラマは役者の演技も良くたいへん質が高いものであるのだが、主人公が難航する交渉をまとめ上げて見事な成果を上げるとか、危機を乗り越える逆転劇とか、カタルシスのある結末とかいうものはまったくない。このテレビドラマには、ドラマとしてのおもしろさはまったくない。だからこそそこに沖縄返還とはどういうものであったのかが感じられるのである。

 結局、返還交渉は密約をもって決められる。日米関係という大きな枠組みの中で、千葉の返還交渉は徒労として終わる。千葉の父親もまた外務省の外交官であり、日本政府がポツダム宣言受諾をした時に自殺をしたという。外交官であるため敗戦後の日本がどうなるかをわかっていたのかもしれない。心ある外交官は外交に理想を掲げるが、結局、大きな枠組みに押しつぶされて消えていく。だが、我々はそこにその人の生涯の意義を見る。

 なぜ千葉の返還交渉は、徒労で終わってしまったのだろうか。1960年代の外務省の北米第一課長にはわからなかったことが、それから50年以上たった今では誰でもわかるようになった。上記のNHKのドラマで言えば、北米局の課長であった千葉には知らされていない(つまり、我々、日本国民に知らされていない)ことがあったのである。

 今日よく知られている日本の佐藤栄作総理とアメリカのニクソン大統領との返還後の沖縄への核持ち込みの密約については、当時、北米局の局長クラスより上でなくては知らなかったであろう。だからこそ、千葉の沖縄返還交渉、というかNHKのこのドラマはああした徒労の結末で終わったのだ。

 このドラマが放映されて、数日後の10日に放送されたNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」を見るとそれがよくわかった。

 これはアメリカの国防総省が公式に認め機密を解除した沖縄での核兵器配備についての資料を基に、元兵士やアメリカの政府関係者へのインタビューも踏まえ、沖縄の核配備の事実を明らかにした番組である。

 沖縄がアメリカ軍の占領統治にあった時代に核兵器が置かれていたことは、周知の事実なのかもしれない。しかし、それが1300発もの核兵器が置かれていたのである。また、核弾頭つきミサイルの誤射事故があり、もう少しで大惨事になったことがあったということや、1962年のキューバ危機の時には、沖縄の核兵器は(ソ連ではなく)中国を目標とした発射準備が完了していたということ(こちらが撃てば、当然、相手も日本へ撃ってくる)を番組では明らかにしている。

 本土に返還された1972年まで沖縄はアメリカ軍の統治下にあったのだから、これらは当たり前のことだと言うかもしれない。しかし、こうしたことが、当時、日本政府及び日本国民にはまったく知らされることがなかった(日本政府は知ろうとすらしなかった)ということが問題なのである。こうしたことについて、アメリカは日本を守ってくれているのだから問題でもなんでもないという者は、独立国家とか国民主権という近代社会の基本がわからないただのバカであろう。

 では、本土に返還された72年以後はどうであるのだろうか。この番組では、沖縄の核配備について国防総省は回答をしないとし、日本政府は当時の密約はなくなっているとしていると述べて終わる。

 しかしながら今日に至るまで、日米の安保条約や地位協定などの実質的な内容はなにひとつ変わっていない。

 戦後日本の歴史を見てみると、どう考えても理解できない、腑に落ちない「傾向」というか「雰囲気」のようなものがある。これがなんであるのか、これまで私は様々な本を読み、メディアに接してきて、きっとこうなんじゃないだろうかと漠然と考えてきたことがある。これが最近、ああそうなのかとわかった。

 なにがわかったのかというと、一言で言えばこの国は本当の意味では独立国ではないということである。もちろん、これまでそう漠然と思ってきたが、今や明確にそうなのだと言うことができる、ようするにこの国は独立国ではなく半独立国の状態なのであるということだ。

 このことは戦後史関連の書物を数多く出版し、自らも調査したことをまとめて本を出している出版・編集人の矢部宏治さんの以下の3冊の本に詳しく書かれている。この3冊は、大変重要な事実を明らかにしている。

『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社)

『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(集英社)
『知ってはいけない 隠された日本支配の構造 』(講談社現代新書)

 歴史の教科書で言えば、1951年にサンフランシスコ平和条約により日本はGHQ(General Headquarters)、より正しくはSCAP (Supreme Commander for the Allied Powers) による占領が終わり、独立主権国家に戻るとされている。しかしながら、実は様々な点においてアメリカ軍による統治・介入が行われ続けられるように「できていた」のである。アメリカの占領体制が独立後も維持、継続されているのである。この「決まり」は、日本国憲法よりも上位であり、憲法を超えて優先されている。

 1952年に始まる安保条約(旧安保条約)は、1960年にアメリカ軍の日本駐留を引き続き認めるように改訂される(新安保条約)が、在日米軍が事実上、日本国内でいかなることも自由にでき、治外法権の特権を持つということや有事の際には日本の自衛隊は在日米軍の指揮下に入るといったことは今日に至るまで変わっていない。アメリカ本国では、このことを良しとしない国務省や議会の議員や知識人などが数多くいる。常識的感覚からすれば、これはおかしいことなのである。

 そして最も重要なことは、これらはアメリカ側が強制的に無理矢理に日本側にそうさせてきたのではなく、日本側が自ら進んでこうするようにしてきたということである。今おな続く沖縄の基地問題の背景には、そうしたアメリカへの依存関係を持ち続けようとする日本側に問題がある。何度も強調するが、これはアメリカの常識的感覚からすれば理解し難いことを日本人はやっているということであり、こうした構造的背景の中で日米関係を強固なものにすると言っている日本人は、アメリカの国務省から見れば内心では不可解と軽蔑の対象とされている。

 北朝鮮のミサイル問題に対して、この国が軍事的にも外交的にもまったく無力なのは、戦後70年間、ただひたすらアメリカだけに依存し続け、アジア諸国やロシアと良好な関係を築いてこなかったからだ。

 そして、安倍政権や安倍支持者は憲法を改正しなくてはならないと言っているが、憲法9条がどうこうという前に、自衛隊は米軍の指揮下に入るように「なっている」ということから改めることをしなくては話は進まないはずである。しかしながら、そうした事実が表に出ることはないまま、憲法改正がどうのこうのということばかり言っている。

  「スペシャルドラマ 返還交渉人~いつか、沖縄を取り戻す~」やNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」を遠い沖縄での話であり、自分たちには関係はないと思うのは間違っている。沖縄での日米関係の姿は、日本全体での日米関係の姿なのである。

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September 10, 2017

プーチンが正しい

 5日の産経新聞はこう書いている。

「ロシアのプーチン大統領は5日、訪問先の中国福建省アモイで記者会見し、「北朝鮮は雑草を食べることになったとしても、自国の安全が保障されない限り(核開発の)計画をやめない」と述べ、北朝鮮の核問題の解決には、関係各国の対話が必要との従来の主張を繰り返した。インタファクス通信が伝えた。またロシアに制裁を科す米国が、北朝鮮への制裁でロシアに協力を求めている状況を「ばかげている」と述べ、米国を批判した。」

 これはまったくもって、プーチンが正しい。

 北朝鮮の隣国は韓国、日本だけではない。中国やロシアも隣国である。つまり、北朝鮮が核兵器を持てば、その脅威にさらされるのは韓国や日本だけではない。中国やロシアもそうなる。

 しかしながら、中国やロシアは日本のように騒いでいない。中国・ロシアにとって第二次朝鮮戦争が起きて亡命や大量の難民が発生したり、金正恩体制が崩壊して親米国家がすぐ隣にできるのは困ることなのである。核兵器の拡散については危惧しているが、経済制裁にはあまり積極的ではなく、従来から対話と協議によってこの問題を解決するとしている。

 産経などでは、中国やロシアが国連での北朝鮮への制裁決議に従わないことを咎める記事が多いが、重要なことは、国際社会のすべてが北朝鮮に対して制裁行動をとることで北朝鮮を孤立させてはならないということだ。孤立させると、もっとなにをするかわからない国になる。その意味で、中国とロシアがアメリカ主導の北朝鮮への制裁に参加することなく、北朝鮮との独自の関係を保ち続けようとしていることは、実は北朝鮮の暴発を抑えることになっている。

 脅威というのは、「脅威だと思う」ことによって脅威になる。張り子の虎であっても、それが「虎である」と相手が信じれば虎になる。ようは、相手がそのように「思う」か「思わない」かで決まるのである。小野寺防衛相は「脅威となる核兵器を持っている」と述べているが、北朝鮮側からすれば、これこそが彼らの目的であり、その目的は達成されていると言わざるを得ない。

 ことここに至っては、北朝鮮に対して有効なのはアメリカに従うのではなく、中国・ロシアと共同することだ。日中露で北朝鮮を経済援助するということでもいい。ようは自分たちが影響を及ぼすことができる関係の中に、北朝鮮を組み入れることである。排除し疎外させることではない。

 しかしながら、「脅威となる核兵器を持っている」としたことで、ではどうするのかというと、その先はアメリカまかせである。北朝鮮の脅威を煽り、なまじトランプ政権による軍事制裁を期待していて、実際のところ、アメリカはなにもしないということになった場合、どうするのであろうか。

 実質的にアメリカは、北朝鮮が核兵器を持ったとしても、広大な太平洋の向こう側にいるのであまり関心はない。だからこそ日本は「あんなものは脅威でもなんでもありませんねえ」と言っておいて、裏で中国・ロシアと対策を練ることをすればいいのであるが、アメリカとの従属構造の下にある日本は、そうしたアメリカ抜きの外交ができない。

 そもそも日本は北朝鮮をどうしたいのか、アメリカの軍事行動があった方がいいのか、そうではないのかがまったく明確になっていない。脅威は煽るが、北朝鮮とアメリカの動きを対岸の火事を眺めるようにただ拱手傍観しているだけである。

 その一方で北朝鮮のことよりも、本来、やらなくてはならないことがまったく進展していない。今朝の毎日新聞は社説でこう書いている。

「政府の文書管理をめぐり、看過できない動きが起きている。

 国家戦略特区の認定手続きの文書記録について政府は「透明性向上」を理由に新たな基準作りを検討している。だが、その内容はむしろ透明化に逆行し、情報隠蔽(いんぺい)を正当化する意図すら読み取れる。

 加計学園の獣医学部新設をめぐっては安倍晋三首相と学園理事長が親しい友人関係にあることが手続きをゆがめたとの疑いを持たれている。

 内閣府が「総理のご意向」をかさに着て文部科学省に圧力をかけたと受け取れる文書が同省内で見つかった。実際に不当な圧力があったかは「言った」「言わない」の水掛け論でうやむやにされたままだ。

 問題の再発を防ぐのであれば、利害の対立する省庁間の調整過程を記録に残すことをルール化すべきだ。行政文書を保存・公開する意義は、政策決定の結果だけでなく、その経緯を記録する点にこそある。それにより権力の行使に不正がなかったかを検証できる。民主主義の根幹だ。」

 森友・加計問題で明らかになったことは、官庁は自分たちの仕事を記録に残し、それを保存し、公開するというあたりまえの基本的なことをやっていないということだ。このままだと政府に都合が悪いことは記録に残さなくていい、残したとしても国民に公開しなくていいという社会になる。いわば近代社会、民主主義社会の基本中の基本ができていないということになる。何度も書いていることであるが、北朝鮮よりもこっちの方がもっと重要なのである。

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September 03, 2017

北朝鮮のミサイルが「北海道の上空を通過」した

 北海道のベンチャー企業が開発した全長10メートルの観測ロケット「MOMO初号機」が7月30日午後4時頃に打ち上げられた。この打ち上げの様子は、ニコニコ動画でライブ放送されていた。ロケットの高度は目標100キロ以上であったが、30キロから40キロまでしか到達できず、目標としていた100キロ以上の宇宙空間には到達できなかったようだ。ロケットはエンジンを緊急停止し、海上に落下したという。

 100キロ以上の上空というのは、観測ロケットが飛んでいく場所なのである。この高度は、熱圏と呼ばれる地球の大気層のひとつになる。

 国際宇宙ステーションは、高度400kmの上空を飛んでいる。29日のロイターによると、「北朝鮮は29日午前6時前、首都平壌の近郊から弾道ミサイル1発を発射した。ミサイルは高度550キロに達し、北海道の上空を通過しながら襟裳岬の東方およそ1180キロの太平洋上に落下した。」という。

 国際宇宙ステーションが飛んでいるところの、さらに150kmの上をミサイルは飛んでいったのである。政府は「北海道の上空を通過した」といったが、これを「北海道の上空を通過した」というのはおかしい。北海道の上空を通過したと言っても、空を見上げて目で見える風景の中を通過したわけではない。国民に不安を煽っていると言われても否定できない。

 ミサイルでJアラートの警告が出るというものもわけがわからない。どのような基準で、なにを目的としているのか。よくわからない。では、原発関連施設については政府なにか対応をしたのであろうか。安倍晋三さんは「いかなる状況にも対応できる緊張感をもって、国民の安全、安心の確保に万全を期していく」と言うが原発にはなにも対応はしないらしい。

 日本向けのミサイル(何度も言うが、軍事兵器として使い物になるシロモノなのか大いに疑問がある)は、何年も前から配備されている。日本上空を「通過した」のは以前、1998年と2009年に東北地方の上空を通過し、2012年と2016年には、沖縄県上空を通過している。それなのになぜ、今、騒ぐのであろうか。

 しかも今回、日本に向かって撃ったわけではない。アメリカに向かって撃ったと北朝鮮は言っているのだ。ところが、とうのアメリカでは、アメリカ南部を襲ったハリケーン「ハービー」による大規模な被害の方が大きな問題になっている。アメリカに向かって「撃った」(これは撃ったと言えるのだろうか)というミサイルで、日本が大騒ぎしているのである。

 安倍晋三さんは「政府としてはミサイルの動きを完全に把握していた」と言うが、ならばなぜ不安を煽るようなことをするのであろうか。この問題を利用して国民の目を加計学園問題からそらす意図があると言わざるを得ない。

 かりにもし日本へのミサイル攻撃があったとしても、朝鮮半島と日本列島の距離では完全なミサイル防衛はできない。前から書いているが、この距離での正しいミサイル防衛とは、ミサイルを撃たせないということである。

 もちろん国防意識はなくてはならない。しかし、正しい論理的な根拠に基づいた防衛ではなくては意味がないのが軍事なのであえる。対処できるものには対処しなくてはならないが、対処できないものは対処できない。違う方法で対処することを考えなくてはならない。

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September 02, 2017

記者会見というのは「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑をする」場所である

 昨日の政府の東京新聞への抗議は理解し難い。産経新聞によると

「首相官邸報道室は1日、学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画をめぐり、8月25日の菅義偉官房長官の記者会見で、東京新聞記者の質問に不適切な点があったとして書面で東京新聞に注意を喚起した。」

 とのことである。

 政府はなにがよろしくないと言っているのかというと

「加計学園が計画する獣医学部施設の危機管理態勢をただす中で「(計画に対する)認可の保留という決定が出た」と言及した。」

 とのことである。なぜならば、

「獣医学部の新設計画は大学設置・学校法人審議会が審査し、答申を受けた文部科学省が認可の判断を決めるが、この時点ではまだ公表されていなかった。」

 からであるという。そして

「官邸報道室は東京新聞に宛てた書面で「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」として、再発防止を強く求めた。

 という。

 これはまったくおかしな話だ。記者であるのだから、公表前のことも情報を入手することはできる。仮に公表前のことを公開されている記者会見の場で話したことがよろしくないというのならば、公表前のことを記者会見で質問したことを不適切な点があったとして注意を喚起するべきであろう。

 ところが、公表前のことを記者会見で質問したということで、「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」という書面を出すというのはもはや異常な反応であると言っていい。ささいなことで過剰な反応をするのは安倍晋三さんその人の傾向であり、これはそのまま安倍政権の傾向でもある。

 この「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑をするな」というのは、公式発表前に記者会見で質問したことに言っているのではなく、ここ数日間、東京新聞の記者が北朝鮮の弾道ミサイル発射をめぐる政府の対応について熱心に質問をし続けてきたことに対する嫌がらせであったのだ。さらには、先日の北朝鮮の弾道ミサイル発射だけではなく、森友・加計学園の新設に関しての忖度疑惑問題についても何度もし続けていたことについての東京新聞の記者への圧力なのである。

 そもそも記者会見のという場の目的は、以下の通りである。

 記者は「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑」を行い、それに対して政府は確定された事実に基づき適切な応答を行うことによって「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑」を解消し、国民に誤解を生じさせないようにする。

 記者会見というのは、これ以外のナニモノでもない。記者会見というのは「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑をする」場所なのである。今の政府はこれをまったく理解していない。ようするに、この政府は「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑」に対して適切な対応ができないから、こうしたお門違いの理解し難いことを言っているのである。

 同様に理解し難いのが、例によって例の如く産経新聞の産経抄だ。上記の東京新聞の記者に対して今朝の産経抄はこう書いている。

「まるで日本政府が北朝鮮の軍事情報をどこまで把握し、どう対応しているのか、北朝鮮に手の内を明かせと迫っているかのようである。こんな平和ボケを治すには、やはり憲法改正が一番だろう。」

 憲法を改正して報道に規制をかけよと産経は言っている。ようするに、そのために憲法を改正したいのだ。ここに産経及び今の政府のホンネがあると言える。とにかく政府に小うるさく言ってくる連中は不逞の輩であり、徹底的に排除したいのであろう。

 8月29日の弾道ミサイル発射の前夜に安倍首相が首相公邸に宿泊したのは、政府が発射の兆候をつかんでいたというのは十分に考えられることであり、アメリカからの情報があったのであろう。アメリカ軍には全地球上を覆う監視システムがある今日、こんなことは当然である。産経新聞は「ミサイル発射の兆候を、政府がどの時点でどの程度把握していたかを公表することは、日本の情報収集能力を明らかにすることを意味する。」問い書いているが、この程度で「日本の情報収集能力を明らか」になるのならばお笑いである。

 北朝鮮がミサイルを発射した後、国民のそのことを伝えたとしても(北朝鮮と日本のこの距離では)なにどうする時間はない。仮に前日、それを発表したとしても、国民は(この小さな島国の上で)なにをどうすることもできない。Jアラートも意味がない。「前夜になぜ、私たちが知らされなかったのか」という東京新聞の質問の方も質問すべきものだったとは思えない。北朝鮮のミサイルが日本に向かって発射され攻撃目標に命中するのならば、前夜に知らされても、国民はどうすることもできないということなのである。だからこそ、北朝鮮との敵対関係になっている今の外交状況は変えるべきことなのだ。

 その意味において、東京新聞の記者が言う「米韓との対話の中で、金委員長側の要求に応えるよう冷静に対応するように働きかけることをやっているか」という質問はまったくその通りのことだ。これに対して「北朝鮮の委員長に聞かれたらどうか」という菅義偉官房長官の返答や「「金正恩委員長の要求に応えろ」…!? 東京新聞記者が菅義偉官房長官にトンデモ質問」という産経新聞は愚かしいとしか言いようがない。

 菅義偉官房長官は「(北朝鮮が)性善説のような質問ですけども」とも言っているが、今のこの政府には、相手側は性善であるかような交渉をすることによって、こちら側が有利になるようにさせるという(外国では当然のことである)外交交渉ができない。逆に政府は、反体制的なメディアには恫喝し圧力をかける。

 また、産経は加計学園をめぐる疑惑について、東京新聞が(前愛媛県知事の)加戸氏の発言をあまり報道しなかったとして「民主主義破壊するメディア 安易な『報道しない自由』の行使」と批判し、産経及びネトウヨが擁護する今の政府にとって都合の悪いことを質問されると「こんな平和ボケを治すには、やはり憲法改正が一番だろう」と言う。

 かつて共謀罪の法案か可決されたとき、共謀罪に反対する者はやましいことがあるから共謀罪に反対しているのだろうと言われた。であるのならば、同じことを言いたい。政府はやましいことがあるから、東京新聞からの自由な質問をやめさせたいのである。

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