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September 2017

September 30, 2017

民進党の消滅

 28日の産経新聞によると、

「民進党の前原誠司代表は同日の両院議員総会で、衆院選に公認候補は擁立せず、小池百合子東京都知事が代表を務める国政政党「希望の党」に合流する案を示し、満場一致で了承された。民進党は事実上「解党」した。」

 かくて、この国で一時期、政権をになった政党はこうして終わった。しかも野党筆頭の政党が希望の党へ移るというまったくあり得ないようなことを、しかも「満場一致で了承された」という事態で終わった。

 先日、前原代表は政治理念が違う政党とは手を組むことはできないと言って、共産党などとの野党連合を拒否していた。その舌の根も乾かぬうちに、希望の党に鞍替えするというのはいかなることであろうか。民進党にとって希望の党は共産党よりも全く真逆の政党ではなかったのだろうか。

 安倍自民による衆院解散とそれによる衆院選で、前原誠司が代表になった民進党は終わるだろうと思っていたが、希望の党に合流するということで民進党は完全に解体したと言っていい。もちろん、この政党にはとうの昔から希望はなかったわけであるが、これで完全に終わったと言える。

 民進党が終わったということはどうでもいいことなのであるが、これで結局、この国ではまともな野党というものが育つことはないということになる。共産党のような良くも悪くも一貫した態度を貫く政党は別として、どの政党もなんかよくわからなくて、みんな「同じ」というのがこの国の政治環境なのであるということだ。しかも、その「同じ」の内容が、いわゆる右派の方向へ「同じ」になるのである。

 希望の党の小池代表は、安倍晋三さんとは少し違うが「同じ」対米従属の人である。この人の政党に合併吸収されることを望んだ民進党という政党は、その程度の政党であったわけであるが、枝野さんが代表であったのならばこうしたことはならなかったであろう。そもそも改憲をするという小池代表と、改憲には慎重な態度を持つ枝野さんでは「同じ」にはならない。

 もともと民進党には、改憲を求める右派と護憲の左派の分裂があった。改憲の筆頭ともいうべき前原氏が党の代表になったということで、民進党が希望の党と「同じ」になることは容易であったのであろう。枝野さんたち民進党の護憲左派は、民進党から離れざるを得ないことになる。無所属で出馬することになるだろう・

 この今の日本の政界での自民と希望党の対立の構図の背景に、アメリカ本国でのトランプ大統領と、いわゆる日本利権を持つ者たち、リチャード・アーミテージやジョセフ・ナイやマイケル・グリーンらジャパンハンドラーたちとの対立があるということを、孫崎享さんがニコニコチャンネルにあるご自身のチャンネルのブロマガで書いている。

 安倍晋三さんは日本国の総理としてジャパンハンドラーの影響圏の中にいるが、むしろトランプ大統領と一体になっている。安倍総理はオバマとはまったくあわなかったが、トランプとは大いにうまがあうようだ。同じ程度の人だからであろう。一方、ジャパンハンドラーたちはトランプ政権の誕生によって、アメリカの政界の主要勢力から外されてしまった。つまり、日本の安倍総理に対して、リチャード・アーミテージやジョセフ・ナイたちの意向より、トランプ大統領の意向が強く伝わるという事態になってしまった。そこで、ジャパンハンドラーたちは自分たちと関係が深い小池百合子、前原誠司、さらには長島昭久などを日本の国政の中枢に置く必要がある。

 安倍自民と希望の党は改憲と安全保障について「同じ」であるというのは、どちらも対米従属と新自由主義であることで「同じ」である。あとは直接的に影響を及ぼされる相手が合衆国大統領かジャパンハンドラーかの違いでしかない。この孫崎さんの指摘は大変興味深い。

 安倍政権が一強であり続けているということが、国民にとって不幸であることは確かなことであるが、こうしたカタチでしか安倍政権一強を終わらせることができないということに大きな問題がある。

 本来であれば、安倍政権がやってきた経済政策や安全保障や外交など様々なことが大きく間違っているので即刻やめさせなくてならないという認識を、広く国民の多くが持って安倍政権を退陣させなくてはならないはずだ。ただの雰囲気やムードで政権がかわっても、また大きく間違った方向へ進んでいくだけである。

 いわゆる政治改革とか維新とかいうコトバには怪しさがあるが、リセットとか寛容な改革保守政党とか「しがらみ政治」から脱却するとか税金の有効活用(ワイズ・スペンディング)の徹底とかいうコトバもまた怪しい。わずか1年の都政でさしたる成果を出していない小池都知事は、なにをどう改革するのかさっぱりわからない。築地市場は豊洲に移転をすると同時に築地にも市場機能を残すというが、なぜふたつあることにするのか理解できない。

 希望の党は脱原発をいっているが、もしそれが可能になるのならば喜ばしいことであるが、小池代表が脱原発をやるかどうかは疑問である。

 安倍自民にとって、今度の衆院選で自民の議席が減り、希望の党が数多く議席をとっても、改憲に消極的な公明党をきり、希望の党と組むことで改憲に持ち込むことができるという見方がある。しかしながら、今の日米関係のままで、安易に改憲をすることはこの国の対米従属がさらに進むだけである。

 結局、希望の党が出現しても、国民の暮らし、生命、財産、基本的人権というものは置きざりにされたままになっている今の状況はなにひとつ変わらない。本来そうしたことを主張すべきであったが、これまでなにもしてこなかった野党第一党はかくも恥ずかしい姿で消え去っていった。そして、メディアは安倍VS小池で押していくであろう。

September 23, 2017

「言うだけ番長」のトランプと北朝鮮

 「言うだけ番長」とは産経新聞による造語で、今は民進党党首の前原誠司氏のことを揶揄したものであるという。口先ばかりで結果が伴わない人のことを言うらしい。その意味でならば、アメリカのトランプ大統領と北朝鮮の金正恩は(さらに言えば、日本の安倍晋三さんも)「言うだけ番長」であると言えるだろう。

 トランプ大統領は19日、ニューヨークの国連本部で行った演説で北朝鮮を「完全に破壊」せざるを得なくなる可能性があると述べたという。ひとつの国を「完全に破壊」すると言うアメリカの大統領を見ることはあまりない。トランプらしい、おっさんの放言のような演説である。

 このトランプの演説に対して、北朝鮮の李容浩外相は「犬がほえて脅かそうというなら、ばかげた夢だ」と言い金正恩は「米国の老いぼれの狂人を必ず火で罰するであろう」と言い、これに対してトランプはツイッターで「金正恩は狂った男」とツイートしたという。

 私はこれまでトランプはアメリカの外交には役立たずと思っていたが、その考えを訂正しつつある。北朝鮮は確かに非合理的言動をする国であるが、それに負けず劣らない人間がアメリカ側にもいた。合衆国大統領のトランプである。またはったりや恫喝を得意とする合衆国大統領は、同じくはったりと恫喝で国際社会を生き抜こうとしている北朝鮮の相手としてたいへんふさわしい。太平洋を挟んで、東と西でメディアの中で罵倒と罵り合いをする「だけ」という関係もあってもいいと思う。それで双方のメンツが立つのならば大いにやって欲しいものである。

 北朝鮮に対して、最も必要なことは北朝鮮がなにをやろうと実質的な意味はないのでこちらは騒がないということであるが、北朝鮮の言っていることにはむかっ腹が立つであろうから、ここはひとつ合衆国大統領トランプが立ち向かい罵り合い合戦をしてもらうというのはどうだろうか。こうしたことは、オバマではできなかった。オバマにはできず、トランプにはできることは数多くある。トランプと金正恩(というか北朝鮮という国そのもの)は似たところがある。

 安倍晋三さんは国連での演説で「必要なのは対話ではない。圧力だ」と言い、軍事行動を含むアメリカについて「一貫して支持する」と述べるという、毎度変わらずの対米従属を表明しているが、アメリカの軍事行動をすることについては私は疑問がある。

 アメリカによる軍事攻撃は、当然のことながら北朝鮮が反撃に出る前に金正恩と北朝鮮軍を完全制圧しなくてはならない。アメリカ軍によるいわゆる斬首作戦は可能であるのかどうかということになると困難であろう。パキスタンで特殊部隊によりオサマ・ビンラディンを殺害したようにはできない。もし失敗した場合、北朝鮮による韓国と日本への攻撃がある。このリスクをかけることに、トランプ政権のケリー首席補佐官、マクマスター補佐官、マティス国防長官の軍人トリオは同意しないであろう。軍人であるからこそ、実際の軍事作戦は、映画のようにうまくいかないことを骨身に染みるほど知っているのである。

 ただし、失敗し北朝鮮から反撃があったとしても、韓国と日本の被害をそれほど大きくはないと考えられることも事実である。このブログで何度も書いているが、北朝鮮のミサイルは張り子の虎であり命中率と破壊力が軍事兵器として使いものになっているレベルではない。百歩譲って、仮にソウルや東京に命中したとしても、ソウルや東京が「火の海」になる程ではない。この前、北朝鮮の攻撃でソウルは火の海になるかのように書いたが、よく考えてみれはミサイル攻撃だけではそこまでの破壊規模はないことに気がついた。

もちろん地続きで隣にある韓国は、北朝鮮の地上軍が侵攻してきた場合は被害が大きくなることは十分予測できる。つまり緒戦の被害は大きくないであろうが、先の朝鮮戦争のような中国の軍事介入は今度はないとしても、戦争が拡大していけば北東アジア全域に大きな被害を及ぼすであろう。

 アメリカの軍事行動について、もう一つは中国とロシアが承認することはないということだ。中露の承認なくして、アメリカは東アジアで大規模な軍事行動はできない。中国とロシアが承認しない状態で、アメリカが軍事行動をとった場合、その結果を予測することが困難になるのである。かつて朝鮮戦争は、北朝鮮が侵攻してくることは絶対にあり得ないとアメリカは思っていた戦争であり、中国が本格介入してきたことも想定外であった。

 では、北朝鮮への経済封鎖は今後どのようになるであろうか。

 過去20年近くにわたって、北朝鮮への経済制裁が効をなさなかったのは中国が関係をもってきたからである。だからこそ、中国が本気で経済封鎖をすれば北朝鮮を崩壊させることはできる。中朝関係というものは、その実体は中国が北朝鮮に援助をしてやっているというものであり、北朝鮮は中国を利用しているという程度のものでしかない。中国と北朝鮮は一蓮托生というものでない。

 しかしながら、かといって時間をかけて北朝鮮をゆっくりと崩壊させることは望まないであろう。北朝鮮からの大量の難民が発生すること避けたいのである。やはり、人民解放軍が介入し、一気に体制転換を図りたいであろう。

 中国が恐れることは、このまま北朝鮮が核兵器やミサイル実験を続けていくことにより、これに対抗して韓国や日本が(つまり、在日米軍と在韓米軍が)兵力を増加し、さらには韓国と日本が核武装をするということだ。こうなると中国も金体制を見捨てざる得なくなる。ただし、中国は自国だけで軍事介入はしないであろう。中国がまた朝鮮を軍事支配したということになるからである。歴史上、朝鮮は大陸の軍事力何度も被害を被ってきた。朝鮮は、その恨みを忘れていない。なので、中国は国連を通して介入しようとするであろう。中国にとって一番望ましいのは、米中共同で北朝鮮に軍事介入するプランであろう。ただし、韓国と日本はこの介入による被害を避けることはできないであろう。

 北朝鮮のミサイル問題は、おのおのの国によって求めることが違うということが重要なのである。アメリカにとっては、北朝鮮が核兵器をもっていても、本土に核ミサイルが飛んでこなければそれでいいのであり、長距離弾道ミサイルを持たないということになればそれでいい。しかしながら、日本と韓国にとってはそれだけでは不十分だ。中国とロシアの思惑も異なっている。だからこそ、国連で会議をして全員一致で決まるということはない。つまり、アメリカ主導だけでは北朝鮮問題の解決にはならないのだ。そう考えてみると、安倍政権はそのアメリカに従属一辺倒であるが、いかに愚かしいことであるかよくわかるであろう。

 その一方で北朝鮮側が求めているのは、現在の体制の容認、つまり現在休戦の状態にある朝鮮戦争の終結であり、休戦協定から平和条約への移行なのである。このこと自体はおかしなことでもないでもない当然のことであろう。朝鮮戦争が休戦でずるずると60年以上も続いてきたこの状態が、そもそもの原因なのである。これがこのままである限り、これからも北朝鮮問題は続いていく。

 北朝鮮問題とは、結局のところ、アメリカと中国は休戦状態にある朝鮮戦争をどうするつもりなのか。ここできっちりと決着させるのか、あるいはこの先もこのままにしておくのか、しかしそれでもいつかは必ず決着しなくてはならない時はくる、という話なのである。

 15日の外国特派員協会での姜尚中さんの講演はたいへん興味深い。姜尚中さんはこう語っている。

「かつて韓国は、ロシアと中国と国交を正常化したとき、朝鮮半島のアンバランスを危惧しました。キッシンジャー元国務長官はかつて、クロス承認(アメリカと日本が北朝鮮を、ソ連(現ロシア)と中国が韓国を相互に承認する構想)ということを述べていたと思います。いま考えると、韓国は4大国と国交正常化しているんですけれども、北朝鮮は結局、中国とロシアとの正常化しか成し遂げられていない。ですから、米朝正常化と日朝正常化ができれば、ようやくクロス承認が達成されるということだと思います。

私自身は、北朝鮮が核を脅しに使って南北を統一するとは考えていません。彼らが望んでいることは、アメリカを引き入れ、アメリカと平和的な関係を結び、そして中国をけん制しながら、日本との日朝平壌宣言によって何らかの経済援助、おそらく現行でいえば1兆円くらいの有償・無償の経済援助が引き出せると、彼らは考えていると思います。」

「結局、北朝鮮が孤立している限り、北朝鮮のいわば独裁的なレジームはかなりしぶとく続いていくと思います。むしろ正常化することを通じて、北朝鮮の中が変わっていく可能性が十分にあると思います。

これは、みなさんが思考実験をやれば分かると思います。キューバであれ北朝鮮であれ、もし正常化してさまざまな形での交流がもっと深まっていれば、キューバも北朝鮮も大きく変わっていたはずです。

これは韓国の場合も言えると思います。もし1965年に日韓基本条約によって国交が正常化されなかったとして、ずっと軍事政権が現在のミャンマーのように続いていたと仮定すると、韓国という国は今のような経済的繁栄を謳歌することはできなかったはずです。」

 まさに姜尚中さんの言う通りだと思う。北朝鮮にとっては、朝鮮戦争が休戦状態になった1953年以後、実質的な歴史が動いていない。これを動かす必要がある。

 平和条約が成立したら、日本は北朝鮮への積極的経済協力を行うべきである。かつて朝鮮を統治した国として、もう一度、大規模な経済介入をするのである。東アジアで最低レベルの貧困地域に巨大なインフラ事業を行うのだからその成果は大きい。日本の国民感情は、北朝鮮を助けるということに抵抗を感じる声が多いであろうが、ここで行う様々な事業は北朝鮮のためにドウコウという話ではなく、世界に向けての日本の経済力のアピールなのであり、現在、中国が行っている「一帯一路」政策への対抗措置なのである。

 中国は中央アジアの砂漠地帯でインフラ事業を手がけているが、実際のところインフラ事業としての効果やビジネスとしての利益を考えた場合、意味を持つのは北朝鮮地域から北のロシアの沿岸地帯、北方4島、千島列島の地域である。ここで巨大インフラ事業ができるメリットは大きい。また、日本の安全保障にとってもこの意味は大きい。必要なのは金体制の容認ではなく、日本が北朝鮮という国に影響力を及ぼす国になるということである。そして、北朝鮮の経済が向上していった時、金体制がどうなるのか、存続するのかどうかは北朝鮮の人々の選択である。

 姜尚中さんがいうように、韓国の朴正煕政権は決して民主的な政権ではなかった。軍事独裁政権であり、国民は政府に支配され民主化運動は弾圧、逮捕、殺害されていた政権である。それでも日本は日韓基本条約を結び巨額の経済援助を行った。今日の韓国の経済発展の背後には、この時の日本の経済援助があるというのは間違いではない。韓国に対してできたことが、なぜ北朝鮮に対してできない(もちろん、日本の陸軍士官学校を出た朴正煕は「米国の老いぼれの狂人を必ず火で罰する」とかおおっぴらに言うことはなかったが)のであろうか。

 では、誰が、このむかっ腹の立つ北朝鮮の金正恩と朝鮮戦争終結の和平交渉を締結することができるのか。

 それは「言うだけ番長」の似たものどおしのトランプではないかと思う。核なき世界演説でノーベル平和賞をもらったのはオバマであるが、北朝鮮との和平交渉を成立させることができればノーベル平和賞ものであることは間違いない。第45代アメリカ合衆国大統領ドナルド・ジョン・トランプの偉業となり、キューバ危機を乗り越えたJ・F・ケネディと並ぶ偉大な大統領として現代史にその名が残るであろう。

September 18, 2017

沖縄での日米関係の姿は日本全体での日米関係の姿なのである

 先日、NHKオンデマンドで「スペシャルドラマ 返還交渉人~いつか、沖縄を取り戻す~」を見た。

 このドラマは、1960年代の沖縄返還交渉の実務を担当した外務省北米第一課長・千葉一夫の物語である。戦争中は海軍の通信士官だった千葉は、沖縄を攻撃する米軍の無線を傍受していた。戦後、千葉は外務省の外交官になり沖縄返還交渉の実務を任されることになる。

 千葉の想いは、米軍に占領されたままになっている沖縄を取り戻すということである。日本本土は占領が終わって10年以上たっていたが、アメリカのベトナム戦争が本格化し始めており、沖縄はアメリカにとっての重要な出撃基地であった。沖縄には核兵器すら配備されていたのである。

 そこで千葉は、沖縄返還交渉の目標を「核抜き本土並み」とし自ら率先して交渉を重ねていく。GHQの占領が終わり、国内の米軍基地の多くは本土から沖縄に移転した。本土の米軍基地は減ったが、逆に沖縄では増えたのである。千葉の想いは、本土は沖縄に負担を押しつけているということであり、沖縄は日本であり、日本は独立国家であるという日本人としての当然の想いであった。

 しかしながら、沖縄返還は結局どういうものであったのかということを、後の時代の私たちは知っている。

 沖縄返還は、千葉の想いとはまったく逆の結末になる。このテレビドラマは役者の演技も良くたいへん質が高いものであるのだが、主人公が難航する交渉をまとめ上げて見事な成果を上げるとか、危機を乗り越える逆転劇とか、カタルシスのある結末とかいうものはまったくない。このテレビドラマには、ドラマとしてのおもしろさはまったくない。だからこそそこに沖縄返還とはどういうものであったのかが感じられるのである。

 結局、返還交渉は密約をもって決められる。日米関係という大きな枠組みの中で、千葉の返還交渉は徒労として終わる。千葉の父親もまた外務省の外交官であり、日本政府がポツダム宣言受諾をした時に自殺をしたという。外交官であるため敗戦後の日本がどうなるかをわかっていたのかもしれない。心ある外交官は外交に理想を掲げるが、結局、大きな枠組みに押しつぶされて消えていく。だが、我々はそこにその人の生涯の意義を見る。

 なぜ千葉の返還交渉は、徒労で終わってしまったのだろうか。1960年代の外務省の北米第一課長にはわからなかったことが、それから50年以上たった今では誰でもわかるようになった。上記のNHKのドラマで言えば、北米局の課長であった千葉には知らされていない(つまり、我々、日本国民に知らされていない)ことがあったのである。

 今日よく知られている日本の佐藤栄作総理とアメリカのニクソン大統領との返還後の沖縄への核持ち込みの密約については、当時、北米局の局長クラスより上でなくては知らなかったであろう。だからこそ、千葉の沖縄返還交渉、というかNHKのこのドラマはああした徒労の結末で終わったのだ。

 このドラマが放映されて、数日後の10日に放送されたNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」を見るとそれがよくわかった。

 これはアメリカの国防総省が公式に認め機密を解除した沖縄での核兵器配備についての資料を基に、元兵士やアメリカの政府関係者へのインタビューも踏まえ、沖縄の核配備の事実を明らかにした番組である。

 沖縄がアメリカ軍の占領統治にあった時代に核兵器が置かれていたことは、周知の事実なのかもしれない。しかし、それが1300発もの核兵器が置かれていたのである。また、核弾頭つきミサイルの誤射事故があり、もう少しで大惨事になったことがあったということや、1962年のキューバ危機の時には、沖縄の核兵器は(ソ連ではなく)中国を目標とした発射準備が完了していたということ(こちらが撃てば、当然、相手も日本へ撃ってくる)を番組では明らかにしている。

 本土に返還された1972年まで沖縄はアメリカ軍の統治下にあったのだから、これらは当たり前のことだと言うかもしれない。しかし、こうしたことが、当時、日本政府及び日本国民にはまったく知らされることがなかった(日本政府は知ろうとすらしなかった)ということが問題なのである。こうしたことについて、アメリカは日本を守ってくれているのだから問題でもなんでもないという者は、独立国家とか国民主権という近代社会の基本がわからないただのバカであろう。

 では、本土に返還された72年以後はどうであるのだろうか。この番組では、沖縄の核配備について国防総省は回答をしないとし、日本政府は当時の密約はなくなっているとしていると述べて終わる。

 しかしながら今日に至るまで、日米の安保条約や地位協定などの実質的な内容はなにひとつ変わっていない。

 戦後日本の歴史を見てみると、どう考えても理解できない、腑に落ちない「傾向」というか「雰囲気」のようなものがある。これがなんであるのか、これまで私は様々な本を読み、メディアに接してきて、きっとこうなんじゃないだろうかと漠然と考えてきたことがある。これが最近、ああそうなのかとわかった。

 なにがわかったのかというと、一言で言えばこの国は本当の意味では独立国ではないということである。もちろん、これまでそう漠然と思ってきたが、今や明確にそうなのだと言うことができる、ようするにこの国は独立国ではなく半独立国の状態なのであるということだ。

 このことは戦後史関連の書物を数多く出版し、自らも調査したことをまとめて本を出している出版・編集人の矢部宏治さんの以下の3冊の本に詳しく書かれている。この3冊は、大変重要な事実を明らかにしている。

『日本はなぜ「基地」と「原発」を止められないのか』(集英社)

『日本はなぜ、「戦争ができる国」になったのか』(集英社)
『知ってはいけない 隠された日本支配の構造 』(講談社現代新書)

 歴史の教科書で言えば、1951年にサンフランシスコ平和条約により日本はGHQ(General Headquarters)、より正しくはSCAP (Supreme Commander for the Allied Powers) による占領が終わり、独立主権国家に戻るとされている。しかしながら、実は様々な点においてアメリカ軍による統治・介入が行われ続けられるように「できていた」のである。アメリカの占領体制が独立後も維持、継続されているのである。この「決まり」は、日本国憲法よりも上位であり、憲法を超えて優先されている。

 1952年に始まる安保条約(旧安保条約)は、1960年にアメリカ軍の日本駐留を引き続き認めるように改訂される(新安保条約)が、在日米軍が事実上、日本国内でいかなることも自由にでき、治外法権の特権を持つということや有事の際には日本の自衛隊は在日米軍の指揮下に入るといったことは今日に至るまで変わっていない。アメリカ本国では、このことを良しとしない国務省や議会の議員や知識人などが数多くいる。常識的感覚からすれば、これはおかしいことなのである。

 そして最も重要なことは、これらはアメリカ側が強制的に無理矢理に日本側にそうさせてきたのではなく、日本側が自ら進んでこうするようにしてきたということである。今おな続く沖縄の基地問題の背景には、そうしたアメリカへの依存関係を持ち続けようとする日本側に問題がある。何度も強調するが、これはアメリカの常識的感覚からすれば理解し難いことを日本人はやっているということであり、こうした構造的背景の中で日米関係を強固なものにすると言っている日本人は、アメリカの国務省から見れば内心では不可解と軽蔑の対象とされている。

 北朝鮮のミサイル問題に対して、この国が軍事的にも外交的にもまったく無力なのは、戦後70年間、ただひたすらアメリカだけに依存し続け、アジア諸国やロシアと良好な関係を築いてこなかったからだ。

 そして、安倍政権や安倍支持者は憲法を改正しなくてはならないと言っているが、憲法9条がどうこうという前に、自衛隊は米軍の指揮下に入るように「なっている」ということから改めることをしなくては話は進まないはずである。しかしながら、そうした事実が表に出ることはないまま、憲法改正がどうのこうのということばかり言っている。

  「スペシャルドラマ 返還交渉人~いつか、沖縄を取り戻す~」やNHKスペシャル「スクープドキュメント 沖縄と核」を遠い沖縄での話であり、自分たちには関係はないと思うのは間違っている。沖縄での日米関係の姿は、日本全体での日米関係の姿なのである。

September 10, 2017

プーチンが正しい

 5日の産経新聞はこう書いている。

「ロシアのプーチン大統領は5日、訪問先の中国福建省アモイで記者会見し、「北朝鮮は雑草を食べることになったとしても、自国の安全が保障されない限り(核開発の)計画をやめない」と述べ、北朝鮮の核問題の解決には、関係各国の対話が必要との従来の主張を繰り返した。インタファクス通信が伝えた。またロシアに制裁を科す米国が、北朝鮮への制裁でロシアに協力を求めている状況を「ばかげている」と述べ、米国を批判した。」

 これはまったくもって、プーチンが正しい。

 北朝鮮の隣国は韓国、日本だけではない。中国やロシアも隣国である。つまり、北朝鮮が核兵器を持てば、その脅威にさらされるのは韓国や日本だけではない。中国やロシアもそうなる。

 しかしながら、中国やロシアは日本のように騒いでいない。中国・ロシアにとって第二次朝鮮戦争が起きて亡命や大量の難民が発生したり、金正恩体制が崩壊して親米国家がすぐ隣にできるのは困ることなのである。核兵器の拡散については危惧しているが、経済制裁にはあまり積極的ではなく、従来から対話と協議によってこの問題を解決するとしている。

 産経などでは、中国やロシアが国連での北朝鮮への制裁決議に従わないことを咎める記事が多いが、重要なことは、国際社会のすべてが北朝鮮に対して制裁行動をとることで北朝鮮を孤立させてはならないということだ。孤立させると、もっとなにをするかわからない国になる。その意味で、中国とロシアがアメリカ主導の北朝鮮への制裁に参加することなく、北朝鮮との独自の関係を保ち続けようとしていることは、実は北朝鮮の暴発を抑えることになっている。

 脅威というのは、「脅威だと思う」ことによって脅威になる。張り子の虎であっても、それが「虎である」と相手が信じれば虎になる。ようは、相手がそのように「思う」か「思わない」かで決まるのである。小野寺防衛相は「脅威となる核兵器を持っている」と述べているが、北朝鮮側からすれば、これこそが彼らの目的であり、その目的は達成されていると言わざるを得ない。

 ことここに至っては、北朝鮮に対して有効なのはアメリカに従うのではなく、中国・ロシアと共同することだ。日中露で北朝鮮を経済援助するということでもいい。ようは自分たちが影響を及ぼすことができる関係の中に、北朝鮮を組み入れることである。排除し疎外させることではない。

 しかしながら、「脅威となる核兵器を持っている」としたことで、ではどうするのかというと、その先はアメリカまかせである。北朝鮮の脅威を煽り、なまじトランプ政権による軍事制裁を期待していて、実際のところ、アメリカはなにもしないということになった場合、どうするのであろうか。

 実質的にアメリカは、北朝鮮が核兵器を持ったとしても、広大な太平洋の向こう側にいるのであまり関心はない。だからこそ日本は「あんなものは脅威でもなんでもありませんねえ」と言っておいて、裏で中国・ロシアと対策を練ることをすればいいのであるが、アメリカとの従属構造の下にある日本は、そうしたアメリカ抜きの外交ができない。

 そもそも日本は北朝鮮をどうしたいのか、アメリカの軍事行動があった方がいいのか、そうではないのかがまったく明確になっていない。脅威は煽るが、北朝鮮とアメリカの動きを対岸の火事を眺めるようにただ拱手傍観しているだけである。

 その一方で北朝鮮のことよりも、本来、やらなくてはならないことがまったく進展していない。今朝の毎日新聞は社説でこう書いている。

「政府の文書管理をめぐり、看過できない動きが起きている。

 国家戦略特区の認定手続きの文書記録について政府は「透明性向上」を理由に新たな基準作りを検討している。だが、その内容はむしろ透明化に逆行し、情報隠蔽(いんぺい)を正当化する意図すら読み取れる。

 加計学園の獣医学部新設をめぐっては安倍晋三首相と学園理事長が親しい友人関係にあることが手続きをゆがめたとの疑いを持たれている。

 内閣府が「総理のご意向」をかさに着て文部科学省に圧力をかけたと受け取れる文書が同省内で見つかった。実際に不当な圧力があったかは「言った」「言わない」の水掛け論でうやむやにされたままだ。

 問題の再発を防ぐのであれば、利害の対立する省庁間の調整過程を記録に残すことをルール化すべきだ。行政文書を保存・公開する意義は、政策決定の結果だけでなく、その経緯を記録する点にこそある。それにより権力の行使に不正がなかったかを検証できる。民主主義の根幹だ。」

 森友・加計問題で明らかになったことは、官庁は自分たちの仕事を記録に残し、それを保存し、公開するというあたりまえの基本的なことをやっていないということだ。このままだと政府に都合が悪いことは記録に残さなくていい、残したとしても国民に公開しなくていいという社会になる。いわば近代社会、民主主義社会の基本中の基本ができていないということになる。何度も書いていることであるが、北朝鮮よりもこっちの方がもっと重要なのである。

September 03, 2017

北朝鮮のミサイルが「北海道の上空を通過」した

 北海道のベンチャー企業が開発した全長10メートルの観測ロケット「MOMO初号機」が7月30日午後4時頃に打ち上げられた。この打ち上げの様子は、ニコニコ動画でライブ放送されていた。ロケットの高度は目標100キロ以上であったが、30キロから40キロまでしか到達できず、目標としていた100キロ以上の宇宙空間には到達できなかったようだ。ロケットはエンジンを緊急停止し、海上に落下したという。

 100キロ以上の上空というのは、観測ロケットが飛んでいく場所なのである。この高度は、熱圏と呼ばれる地球の大気層のひとつになる。

 国際宇宙ステーションは、高度400kmの上空を飛んでいる。29日のロイターによると、「北朝鮮は29日午前6時前、首都平壌の近郊から弾道ミサイル1発を発射した。ミサイルは高度550キロに達し、北海道の上空を通過しながら襟裳岬の東方およそ1180キロの太平洋上に落下した。」という。

 国際宇宙ステーションが飛んでいるところの、さらに150kmの上をミサイルは飛んでいったのである。政府は「北海道の上空を通過した」といったが、これを「北海道の上空を通過した」というのはおかしい。北海道の上空を通過したと言っても、空を見上げて目で見える風景の中を通過したわけではない。国民に不安を煽っていると言われても否定できない。

 ミサイルでJアラートの警告が出るというものもわけがわからない。どのような基準で、なにを目的としているのか。よくわからない。では、原発関連施設については政府なにか対応をしたのであろうか。安倍晋三さんは「いかなる状況にも対応できる緊張感をもって、国民の安全、安心の確保に万全を期していく」と言うが原発にはなにも対応はしないらしい。

 日本向けのミサイル(何度も言うが、軍事兵器として使い物になるシロモノなのか大いに疑問がある)は、何年も前から配備されている。日本上空を「通過した」のは以前、1998年と2009年に東北地方の上空を通過し、2012年と2016年には、沖縄県上空を通過している。それなのになぜ、今、騒ぐのであろうか。

 しかも今回、日本に向かって撃ったわけではない。アメリカに向かって撃ったと北朝鮮は言っているのだ。ところが、とうのアメリカでは、アメリカ南部を襲ったハリケーン「ハービー」による大規模な被害の方が大きな問題になっている。アメリカに向かって「撃った」(これは撃ったと言えるのだろうか)というミサイルで、日本が大騒ぎしているのである。

 安倍晋三さんは「政府としてはミサイルの動きを完全に把握していた」と言うが、ならばなぜ不安を煽るようなことをするのであろうか。この問題を利用して国民の目を加計学園問題からそらす意図があると言わざるを得ない。

 かりにもし日本へのミサイル攻撃があったとしても、朝鮮半島と日本列島の距離では完全なミサイル防衛はできない。前から書いているが、この距離での正しいミサイル防衛とは、ミサイルを撃たせないということである。

 もちろん国防意識はなくてはならない。しかし、正しい論理的な根拠に基づいた防衛ではなくては意味がないのが軍事なのであえる。対処できるものには対処しなくてはならないが、対処できないものは対処できない。違う方法で対処することを考えなくてはならない。

September 02, 2017

記者会見というのは「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑をする」場所である

 昨日の政府の東京新聞への抗議は理解し難い。産経新聞によると

「首相官邸報道室は1日、学校法人「加計(かけ)学園」の獣医学部新設計画をめぐり、8月25日の菅義偉官房長官の記者会見で、東京新聞記者の質問に不適切な点があったとして書面で東京新聞に注意を喚起した。」

 とのことである。

 政府はなにがよろしくないと言っているのかというと

「加計学園が計画する獣医学部施設の危機管理態勢をただす中で「(計画に対する)認可の保留という決定が出た」と言及した。」

 とのことである。なぜならば、

「獣医学部の新設計画は大学設置・学校法人審議会が審査し、答申を受けた文部科学省が認可の判断を決めるが、この時点ではまだ公表されていなかった。」

 からであるという。そして

「官邸報道室は東京新聞に宛てた書面で「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」として、再発防止を強く求めた。

 という。

 これはまったくおかしな話だ。記者であるのだから、公表前のことも情報を入手することはできる。仮に公表前のことを公開されている記者会見の場で話したことがよろしくないというのならば、公表前のことを記者会見で質問したことを不適切な点があったとして注意を喚起するべきであろう。

 ところが、公表前のことを記者会見で質問したということで、「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑応答がなされ、国民に誤解を生じさせるような事態は断じて許容できない」という書面を出すというのはもはや異常な反応であると言っていい。ささいなことで過剰な反応をするのは安倍晋三さんその人の傾向であり、これはそのまま安倍政権の傾向でもある。

 この「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑をするな」というのは、公式発表前に記者会見で質問したことに言っているのではなく、ここ数日間、東京新聞の記者が北朝鮮の弾道ミサイル発射をめぐる政府の対応について熱心に質問をし続けてきたことに対する嫌がらせであったのだ。さらには、先日の北朝鮮の弾道ミサイル発射だけではなく、森友・加計学園の新設に関しての忖度疑惑問題についても何度もし続けていたことについての東京新聞の記者への圧力なのである。

 そもそも記者会見のという場の目的は、以下の通りである。

 記者は「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑」を行い、それに対して政府は確定された事実に基づき適切な応答を行うことによって「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑」を解消し、国民に誤解を生じさせないようにする。

 記者会見というのは、これ以外のナニモノでもない。記者会見というのは「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑をする」場所なのである。今の政府はこれをまったく理解していない。ようするに、この政府は「未確定な事実や単なる推測に基づく質疑」に対して適切な対応ができないから、こうしたお門違いの理解し難いことを言っているのである。

 同様に理解し難いのが、例によって例の如く産経新聞の産経抄だ。上記の東京新聞の記者に対して今朝の産経抄はこう書いている。

「まるで日本政府が北朝鮮の軍事情報をどこまで把握し、どう対応しているのか、北朝鮮に手の内を明かせと迫っているかのようである。こんな平和ボケを治すには、やはり憲法改正が一番だろう。」

 憲法を改正して報道に規制をかけよと産経は言っている。ようするに、そのために憲法を改正したいのだ。ここに産経及び今の政府のホンネがあると言える。とにかく政府に小うるさく言ってくる連中は不逞の輩であり、徹底的に排除したいのであろう。

 8月29日の弾道ミサイル発射の前夜に安倍首相が首相公邸に宿泊したのは、政府が発射の兆候をつかんでいたというのは十分に考えられることであり、アメリカからの情報があったのであろう。アメリカ軍には全地球上を覆う監視システムがある今日、こんなことは当然である。産経新聞は「ミサイル発射の兆候を、政府がどの時点でどの程度把握していたかを公表することは、日本の情報収集能力を明らかにすることを意味する。」問い書いているが、この程度で「日本の情報収集能力を明らか」になるのならばお笑いである。

 北朝鮮がミサイルを発射した後、国民のそのことを伝えたとしても(北朝鮮と日本のこの距離では)なにどうする時間はない。仮に前日、それを発表したとしても、国民は(この小さな島国の上で)なにをどうすることもできない。Jアラートも意味がない。「前夜になぜ、私たちが知らされなかったのか」という東京新聞の質問の方も質問すべきものだったとは思えない。北朝鮮のミサイルが日本に向かって発射され攻撃目標に命中するのならば、前夜に知らされても、国民はどうすることもできないということなのである。だからこそ、北朝鮮との敵対関係になっている今の外交状況は変えるべきことなのだ。

 その意味において、東京新聞の記者が言う「米韓との対話の中で、金委員長側の要求に応えるよう冷静に対応するように働きかけることをやっているか」という質問はまったくその通りのことだ。これに対して「北朝鮮の委員長に聞かれたらどうか」という菅義偉官房長官の返答や「「金正恩委員長の要求に応えろ」…!? 東京新聞記者が菅義偉官房長官にトンデモ質問」という産経新聞は愚かしいとしか言いようがない。

 菅義偉官房長官は「(北朝鮮が)性善説のような質問ですけども」とも言っているが、今のこの政府には、相手側は性善であるかような交渉をすることによって、こちら側が有利になるようにさせるという(外国では当然のことである)外交交渉ができない。逆に政府は、反体制的なメディアには恫喝し圧力をかける。

 また、産経は加計学園をめぐる疑惑について、東京新聞が(前愛媛県知事の)加戸氏の発言をあまり報道しなかったとして「民主主義破壊するメディア 安易な『報道しない自由』の行使」と批判し、産経及びネトウヨが擁護する今の政府にとって都合の悪いことを質問されると「こんな平和ボケを治すには、やはり憲法改正が一番だろう」と言う。

 かつて共謀罪の法案か可決されたとき、共謀罪に反対する者はやましいことがあるから共謀罪に反対しているのだろうと言われた。であるのならば、同じことを言いたい。政府はやましいことがあるから、東京新聞からの自由な質問をやめさせたいのである。

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