シャーロッツビルの白人至上主義集会での衝突事件
アメリカのバージニア州シャーロッツビルで極右集団と反対派との衝突で死傷者が出た事件について考えてみたい。
もともとアメリカ南部のバージニア州シャーロッツビルでは、南北戦争の南部軍ロバート・E・リー将軍の像の撤去をめぐって、今年の4月からKKKなどの白人史上主義者たちが抗議集会を開き、それに対して抗議をする人々との間で何度も衝突が起きていたという。今月の12日、その衝突がついに死傷者を出す事件になってしまった。
シャーロッツビルのリー将軍の像というのは、たとえば上野公園にある西郷さんの像のようなものであろうか。
上野公園にある西郷像は、設置当時その是非をめぐってもめた。しかしながら、西郷の像を建てるということは、西郷自身のことを思って崇め奉るということではなく、西郷を葬った後の明治政府の国内統治にとって意味のあることなのであった。敗軍の将である西郷隆盛の像を建てるということもって、反体制側を「取り込む」という政治的な意味がある。明治政府にとっては、反政府暴動が起きては困ることであり、その政治的偶像であった西郷を反乱者として歴史の闇に葬り去るよりも、維新の功労者として西郷の功績を広く世間にアピールした方が社会の安定をもたらすという計算があったのだろう。
ただし、政府は西郷の像を建てたが、その姿は陸軍大将の正装ではなく平民が普段着で散歩をしているような姿である。また当然のことながら、靖国神社には薩摩軍側は祭られていない。このへんに明治政府のホンネがあった。
西南戦争から140年たった今日、かりに西郷さんの像が上野公園から撤去されたとしても、それにより鹿児島県の人たちが薩摩士族至上主義の集会を開くことはないだろう。西南戦争は、歴史の中のひとつの出来事である。
この手の話をしていくときりがなくなる。北米先住民は旧石器時代の後期頃、アジア大陸からやってきた人々である。この時、地続きのベーリング海峡経由でやってきた者たちや太平洋の海の島々や北西部海岸を伝ってきた者たちが、北米大陸でおのおの独自に暮らし、また時には争っていた可能性があることが最近の研究でわかってきている。
確かに、15世紀頃から北米大陸にやってきたヨーロッパ人が先住民を虐殺していったのは事実であるが、そもそも論で言えば、更新世のほ乳類動物であるマストドンやオオナマケモノやスミロドンなどから見れば、彼らが暮らしていた北米大陸にやってきた人類そのものが「侵略者」であった。
そう考えてみると、南軍の将軍の像やコロンブスの像を撤去すればそれでいい話ではない。むしろ、歴史物としてそのままそこにあって良いのではないかと思う。むしろこれらの像は、自分たちの国が過去になにをしてきたのかということについて考えさせてくれるシンボルである。(その意味において、韓国の従軍慰安婦像や徴用工の像はあってもよいと思う。だが、それを日本の領事館の前に置くというのは違う話になる。
置く側はこれで倭奴を反省させると思っているのならば、置かれた側は嫌がらせ以外のなにものでもないと感じるだけであり、その目的にまったく合っていない。実際のところ、今の韓国での従軍慰安婦像を置くことは、そうしたことをまったく考えていない人たちがやっている。)
ナニナニ人がこの世で一番優れていると心の中で思うことはあってもよいと思う。そう思いながら生きていくことは、その人、個人の価値観である。しかしながら、その価値観を他人に強制することはできない。
なぜヘイトは許容されないのかというと、ヘイトすることを許容することは自分たちもまたヘイトをされる側になることを許容することになるからである。アメリカの白人至上主義者や日本の在日朝鮮差別者は、自分たちが差別される側になることはないと思っているからやっているのである。人は人種や民族を選んで生まれてきたわけではない。人種や民族に対してのヘイトは意味を持たない。殺人をやっていいという自由はないように、ヘイトには表現の自由はない。誰もがヘイトをすることをしてはならないし、誰もがヘイトされることがあってはならない。その社会の大多数を構成する人々の価値観と異なる価値観を他者に強要すると社会から拒絶される。
いや、白人至上主義者にせよ在日朝鮮差別者にせよ、自分たち白人や日本人が差別されている。非白人や非日本人は優遇され、特権が認められている。自分たち白人や日本人は差別されているではないかということが仮に事実であったとしても(在日特権というものは存在していない)、だからヘイトをするというのはおかしな話である。差別をされているというのであるのならば、差別をなくそうとすることが必要なのであり、差別に差別で対抗しても差別の解決にはならない。
この出来事に対して、為政者が行うべきことはただのひとつである。ヘイトは認められないということだ。このことを毅然と明確に述べなくてはならない。「白人至上主義者は出て行け」と述べたバージニア州のテリー・マコーリフ州知事のスピーチは、社会の分断という危機に対する危機管理として見事であり、為政者として正しい姿であった。
ところが、トランプ大統領はヘイトをあたかも容認したかのような発言をしている。もちろん、「ヘイトを容認する」と言ったわけではないが、きちんとヘイトを否定する発言をしないということは、聞く側は容認されたと感じるであろう。トランプは、自分の発言にはそうした意図はなく、そういうふうに解釈するマスコミが悪いとしているが、どう見てもトランプの発言により、これまでは社会的に存在が許されなかったヘイトという行為、その行為を行うネオナチやKKK、白人至上主義者などを許容する雰囲気が広がってしまっている。
さらに、25日、トランプ大統領は「不法移民に対する人種差別的な取り締まりで有罪宣告を受けた西部アリゾナ州の元保安官ジョー・アルパイオ被告(85)に恩赦を与えた。」という。もはやトランプのホンネは白人至上主義であり、ヘイトを容認することであると言えるだろう。合衆国大統領が、である。
トランプが大統領に就任した時から、こうしたことになるのはわかっていたことであり、現実にそうなった。
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