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May 14, 2017

国連が「慰安婦」日韓合意見直しを勧告した

 昨日の13日の産経新聞の産経抄。韓国の文在寅大統領は11日の安倍首相との電話会談で、慰安婦問題をめぐる日韓合意について「国民の大多数が、心情的に合意を受け入れられないのが現実だ」と言ったことについてこう書いている。

「自国民の感情を、どうして他国が無条件に尊重すると思い込めるのか。それが国と国との公の約束より重いという発想は、どこから来るのか。」

 ここまではっきと、こうしたことを臆面もなく述べるということに驚いた。いかにも産経らしいというか。大日本帝国は滅び日韓併合がなくなってから70年たったというのに、なぜこうしたことを韓国に対してまだ言っているのであろうか。

 二つ理由があるであろう。

 ひとつめは、日本はかつて朝鮮を植民地にしたという歴史がある、ということである。なぜ侵略をした側の国の政府は、侵略をされた側の国民の感情を尊重することをしないのだろうか、ということである。

 この、他国の人々の感情を、尊重とまではいかなくても「知る」ということが日本人は不慣れである。大日本帝国の朝鮮統治は、朝鮮社会の多額の国家予算を投入して、インフラを整備し、殖産興業を行い、教育や医療を充実させた。その一方で、朝鮮の人々の感情においては、徹底的に逆撫でをし、恨みを買うことをやってきたと言わざるを得ない。一例を挙げれば、日本は朝鮮総督府を李氏朝鮮の王宮である景福宮の敷地に置き、光化門を(破壊するつもりであったが、日本の文化人らからの反対運動があり北へ)移築した。このことは李氏朝鮮から長く続いてきた景福宮の景観を変えることなり、朝鮮の人々の心情に屈辱感となってその後も長く残った。こうしたことが、GHQによるアメリカの占領から70年たっても、まだ、というか、2000年代以降、さらに強く対米従属を続けている日本人には理解ができていない。

 上記の産経抄の文を、戦前風に書けば、なぜ日本が朝鮮人の感情を尊重しなくてはならないのか、ということであり、朝鮮人の感情など尊重しない、と言っているのである。ここに、大日本帝国の朝鮮統治の思想と同じものが如実に表れている。本来、他民族の社会を統治するには、その人々の心情を巧みに操作する必要がある。なるべく恨みを買わないように統治しなくてはならない。そうした高度な他民族統治の能力を日本は歴史的に持っていない。

 ふたつめは、国民の大多数が心情的に受け入れられない「合意」をなぜしたのか、ということである。国民の大多数が心情的に受け入れられない「合意」であるのならば、政府は変更すべきではないのか。

 国民の心情などというものよりも、国の公の方が重いものという考え方そのものが、極めて日本的な特殊なものであることがなぜわからないのであろうか。

 さらに言えば、この従軍慰安婦の日韓合意は、韓国の国民の大多数は受け入れていないことは十分にわかっていた。もちろん合意を認めたのは韓国政府であるが、こうなることを知っていながら日本側はなぜ通したのであろうか。

 ここで、戦後日本のアジア諸国への戦争賠償の政策ついて考えたい。

 戦争の賠償は、その国の民間組織や国民に対して行うのではなく、その国や政府に対して行うのが日本の基本姿勢であった。インドネシアにも、フィリピンにも、ベトナムにも、ミャンマーにも、そうしてきた。このていで、乗り切ってきたのである。

 ところが韓国の場合は、これで終わりにはならなかった。朝鮮は高麗王朝以来、古代からの文明国であり、14世紀から20世紀に至る李氏朝鮮の文化伝統と国民気質をもった国は、植民地として統治するのにも困難が伴ったが、独立後もそう簡単に過去の恨を忘れる国ではなかった。李氏朝鮮の時代、宗主国である中国の中華秩序は、中国よりも強固で絶対的な朝鮮のイデオロギーであり続けた。このため、東の夷である日本に従わざる得なかったことは、歴史的な屈辱感として民族の記憶に深く根付いている。

 朝鮮にとって日本への恨みは、他のアジア諸国とは別種のものであるとさえ言ってもよいだろう。日本側から見れば、他のアジア諸国はそれなりに戦争の「謝罪」を受け入れてくれたのに、朝鮮(韓国)だけは、そうはなってくれないということになる。

 日本の嫌韓の人々にとって、韓国は手に負えない国、国交断絶すべき国、消えて欲しい国であると思っているのは上記の理由による。ちなみに、中国における反日感情は、朝鮮(韓国)におけるそれとは歴史的に違うものであるが、ここでは中国については触れない。

 そして産経抄は、最後にこうしめくくる。

「「韓国にはやっぱり、民主主義は無理なんだよ」。かつてある政府高官が漏らしたセリフである。」

 ようするに産経新聞というか、保守メディアやネトウヨ一派は「韓国にはやっぱり、民主主義は無理なんだよ」なのである。このへん、戦前の朝鮮差別の心情となんら変わっていない。今回の朴槿恵政権を退陣に追い込んだのは、その是非はともかくとして、今の韓国は十分に(民主主義すぎるほど)民主主義であったと思うのであるが、こうした人々はそうは思わないらしい。

 民主主義が無理な状態になっているのは、今の日本である。明治の自由民権運動は国権主義に変わっていったし、大正デモクラシーの政党政治も、結局は世界恐慌による経済不況の中で消滅してしまった。そして、戦後、GHQの指導による民主主義が行われた。それも70年で形骸化してしまった。民主主義社会が、民主主義社会であるためには、憲法の文言がどうこうではなく、民主主義社会であろうとする人々の意思と行為が必要なのである。王権を打破し、革命によって民主主義になった国の国民はこのことを知っている。それがこの国にはない。日本には民主主義は無理なのかもしれない。

 産経の黒田記者は、13日の紙面のコラム「ソウルからヨボセヨ」でこう書いている。

「最近の朝鮮半島をめぐる軍事的緊張に関連し「日本では子供でもこんな雰囲気です」と知らせてきたのだが、韓国とのあまりの違いにうならされた。韓国の子供にはそんな雰囲気はまったくなかったからだ。日本で子供までも戦争を心配しているのは、日本ではテレビを中心にマスコミが今にも戦争が起きるかのように“危機”をあおったせいだと思う。

 万一に備えるのが国の安全保障であり危機管理は最悪の場合を考えるものではある。しかし戦争は地震と違って人為的なものだから一定の情報や経験、分析で「起きるか? 起きないか?」はある程度分かる。とくに長く「北の脅威」にさらされてきた当事者の韓国人は経験的に判断する。」

 このように、黒田記者は北朝鮮がどうのこうのと騒いではいない韓国の姿は当然だとしている。そして、日本について「日本人は逆にその経験がないから慌てふためくということかもしれない」と書いている。まったくその通りだ。

 案の定というか、当然というか、慰安婦問題をめぐる日韓合意について、国連の人権条約に基づく拷問禁止委員会は被害者への補償などが不十分として合意の見直しを勧告する報告書を発表した。日韓両政府に対して「被害者の補償と名誉回復が行われるように尽力すべきだ」と強調しているという。

 産経新聞はこれを「誤った情報に基づく勧告に日本政府は強い不快感を示している。」と書いている。このように、国連が日本について至極当然でまっとうなことを言うと、常に「誤った情報に基づいている」というのが今の劣化した保守の常套文句である。外国は日本について間違った認識をしている。コレコレの情報が伝わっていない。国際社会に事実を伝え、抗議も含め対処すべきである、というのがおきまりのパターンだ。他国の歴史や文化を学ばない。他民族の心情を理解しようとしないのである。

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