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March 11, 2017

6年目の311

 今年は土曜日であるということで、昨日の金曜の夜からNHKオンデマンドやYoutubeなどで東日本大震災や原発事故についての番組や動画を見ていた。

 改めて、この日起きた巨大津波の映像を見ると、その規模の巨大さに驚く。なるほど、海で地震が起こると、こうなるのか、ということを知識では知っていても、実際に起きた映像を見ると、これほどものとは思っていなかった。

 この地域で、過去にこれだけの巨大規模の地震が起きたのが、貞観11年(西暦869年)の貞観地震と言われている。日本史の区分で言えば、平安時代前期のことになる。前九年の役の、まだ約200年も前の時代である。

 この時代の東北は、京都の朝廷の支配が、とりあえず行われていたという時代であり、現在の宮城県に朝廷の直轄統治都市として多賀城があったが、そうした都市から外へ出れば、実質的には朝廷の管理の及ばない、蝦夷や俘囚と呼ばれた人々が暮らしていた社会であった。

 この時代に起きた巨大地震は、人がまばらに住んでいて、ほとんど大半は植物と人以外の動物たちが住んでいた広大な大地に、巨大な津波が襲いかかったのだろう。多賀城の被害は、甚大であったという。しかしながら、蝦夷と呼ばれた人々は、狩猟採集文化の人々である。彼らにとって、地震や津波は自然の姿として当然のことであったし、大地震が起きたその時は大変な出来事であっただろうが、地震がおさまり、津波がひいていき、自然の生態系が元に戻るとともに、人々の暮らしもすぐに元に戻ったのではないだろうか。

 その1000年後の21世紀の東北に、貞観地震と同じ規模の巨大地震が発生し、巨大津波が大地を覆った。地球史において、1000年など存在しないとも言える短い時である。だが、その大地に住んでいる人間たちの社会は大きく変わっていた。「自然の生態系が元に戻るとともに、人々の暮らしもすぐに元に戻る」という社会ではなくなっていた。

 このなくなっていた、というのは、すいぶん昔からのことではない。ほんの100年、さらに細かく言うのならば、戦後の70年間でしかない。50年前、福島第一原子力発電所はなかったのである。千年に一度の巨大地震が起きたのは、もし50年前にズレでいたのであれば、レベル7の史上最悪の原発事故は起こらなかった。この一点をもっても、現代という時代がいかに特殊な時代であるかがわかる。

 映画『太陽の蓋』のDVDが販売・レンタルリリースされた。映画館で一度見たきりだったということで、今週火曜日にTSUTAYAで借りて、何度も観た。

 前にも書いたが、この映画はYoutubeで公開されている3本のスピンオフ作品と一緒に観ることで、より深く理解できる。

 日本国の内閣総理大臣の場である官邸には、福島原発の事故についての情報収集を行うことができていなかった。菅総理が福島原発を直接訪問したことも、東電と官邸の意思疎通が行われていたのであればやることはなかったのであろう。この総理大臣の訪問は、福島原発の事故現場では迷惑この上ないものであった。しかし、菅総理は、総理大臣として判断をしなくてはならない立場であった。その判断の根拠となるべき情報が挙がってこないのだから、行きたくなくても行かなくてはならない状況だった。内閣総理大臣は、危機管理のマネジメントとシステムの欠陥の被害者であったのだ。映画『太陽の蓋』は、そのことを述べている。福島原発の現場が、重なる事故の連鎖に混乱していたように、総理官邸という現場もまた混乱していた。

 しかしながら、なぜ、かくもいい加減な危機管理の体制であったのだろうか。福島原発事故は、工学的な欠陥ではなく、マネジメントの欠陥だったと思う。事故後、東京電力への批判の声が高まったが、問題の本質は、戦後の国策としての原発電力政策そのものにあった。

 このことは、原発の危機管理だけではなく、国家の軍事、安全保障の危機管理の体制も、実際にコトが起きた時、このようにまったく使いものにならないものであることを意味している。ようするに、この国の組織は、上になればなるほど無能の意思決定の体制になる。これは、個々人の能力の問題なのではなく、組織的、制度的、マネジメント的な問題なのだ。民主党政権は、いくつかの点において疑問に思わざる得ないことをしてきた。もちろん、それらはそれまでの自民党政権がやってきたことばかりなのであったが、そうしたことを変えていくことができなかった。

 だが、福島原発事故の対応について、あの時、いかに原発の監督官庁や学者や東電が信頼できないものであったかという官邸の内部事情を映画ドラマにしたのは、この映画はよくやったと思う。マスコミは、時の政権の原発事故対応の欠点を咎め、そして政権交代をもたらした。『太陽の蓋』は、この時のマスコミの報道のあり方が問題の本質から外れていたかということを述べている。このことについても、この映画はよくやったと思う。

 もうひとつ、この映画が述べていることで重要な点は、スピンオフ作品の第二作にあるように、原発を誘致した地元の側にも事情があるということだ。もちろん、このことは、国と東電が、産業がない、原発に頼るしかない地方を狙って原発を設置したということもある。しかし、脱原発は、この地方経済の現実を正面から考えなくてはならないと、この映画は言っているのだ。

 この世の中には、個々に事情がある。この映画『太陽の蓋』には、官邸の事情、マスコミの事情、地元の事情が述べられている。ここにないのは東電の事情である。そこまで話を広げることは、この映画の趣旨ではなかったのだろう。

 311から6年がたって、福島原発の危機的状況は終わっていない。なにも変わっていない。その一方で、政府も官公庁も東電もなにも変わっていない。

 昨年から政府は「復興」と「自立」を掲げ、避難指示の解除を進め、被災者への損害賠償を打ち切る対応を始めている。政府は311をもう昔のこと、過ぎたことにして忘れたいのであろう。時事ドットコムニュースは、こう報道している。

「東日本大震災の発生翌年の2012年から3月11日の節目に合わせて開いてきた首相記者会見を打ち切ることを決めた。震災から6年となり、「一定の節目を越えた」(政府関係者)と判断した。安倍晋三首相は11日に政府主催追悼式で式辞を朗読するが、会見は行わない。」

 しかしながら、今でも3万人の避難民がプレハブの仮住宅で生活をしているのだ。福島原発についても、そもそも廃炉ができるのだろうか。技術的に、可能なのだろうか。実際のところ、そこから考えなくてはならないことなのである。そんな危ういものの上に、今、この国は立っている。なにも終わってはいないのだ。


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