アメリカの本当の危機
毎日新聞に、トランプがアメリカの大統領になることによる影響について各界の識者にインタービューをする連載コラムで、アメリカの政治学者イアン・ブレマー氏へのインタビュー記事が載っていた。
ブレマー氏はこう語る。
「ドナルド・トランプ氏の勝利は「パックス・アメリカーナ」(米国の支配による平和)の終焉(しゅうえん)を意味する。この時代は今後、歴史教科書に「1945年に始まり2016年に終結」と書かれるだろう。世界に指導的な国が存在しない「Gゼロ」の時代の始まりが決定的になった。」
そして、こう語っている。
「次期大統領は、世界に米国の価値観を広めて公共財を提供することや「民主主義の旗手」「世界の警察官」であることに関心がない。外交は単独行動主義で、同盟国との関係はビジネスのような取引となる。米国は軍事力や経済力だけではなく、日本や欧州などと共有する価値観を通じ、重層的に世界秩序を守ってきたが、これが大きく変わる。」
ブレマー氏が著書で書いているように、また私がこのブログで何度も書いているように、アメリカの衰退は今回トランプが次期大統領に決定したからではなく、ブッシュ政権の時代から始まっていた。
アメリカは革命国家である。革命とは、「コレコレであるのが正しい」という主義・思想の上に成り立っている。アメリカの場合、その主義・思想とは言うまでもなく「普遍的に人類にとって自由主義と民主主義が正しい」というものであり「自由主義と民主主義でなくてはならない」というものである。この主義・思想をもって、アメリカは独立戦争に勝利し、独立宣言と合衆国憲法を高々と掲げた国である。ここで強調したいことは、この主義・思想とは、アメリカという一つの国だけの話ではなく、広く普遍的に人類はこうでなくてはならないという主義・思想であるということだ。
よって、独立した革命国家であるアメリカが、次に行ったことは、この主義・思想を広く人類社会全般に広げるということであった。ちなみに、革命によってできた国家は、多かれ少なかれ、次にやることはその革命思想を他の国々に広げようとする。ソ連もまた革命国家であり、その革命思想を広く人類全体に広げようとした。広げようとする側は、「人類はコレコレであるのが正しい」という主義・思想を他国へ伝えることは正義の行為であると確信しているが、広められる側からすれば迷惑以外のなにものでもないものであった。
アメリカはその国土があまりにも広いため、ひとつの国としてまとまるようになったのは、19世紀の終わりの頃であった。この時代にアメリカが遭遇したことは、第一世界大戦の勃発とこれによって疲弊したヨーロッパであり、次に遭遇したのが(というか自ら主役になったのが)第二次世界大戦であった。第二次世界大戦の世界は紛れもなくヘンリー・ルースが言った「アメリカの世紀」であり、20世紀末のソ連の崩壊後は「パックス・アメリカーナ」(米国の支配による平和)の時代であった。
なぜ、こうした「アメリカの世紀」あるいは「パックス・アメリカーナ」と呼ばれる世界が成り立ち得たのかというと、アメリカには「普遍的に人類にとって自由主義と民主主義が正しい」「自由主義と民主主義でなくてはならない」という主義・思想を世界に広げようというイデオロギーがその根底にあったからである。
つまりは、銭カネの話ではなかったからだ。銭カネ勘定ではなく、いわば採算を度外視しても、アメリカの主義・思想を人類全体に広げたいというマニフェスト・デスティニーがあったからである。アメリカのリベラリズムには、多かれ少なかれこの主義・思想がある。
ただし、と、ここで、ただしがつく。アメリカがこのアメリカ革命の主義・思想を、時には行き過ぎと思える程、他の国々に対して過剰に行使することができたのは、この主義・思想が「正しい」からではなく、アメリカには、これを可能にする巨大な経済力があったからである。そして、採算を度外視してもやるということをやっている以上、やがて経済は破綻することは目に見えることである。かくして、ブレマーが言うように「パックス・アメリカーナ」は終焉した。
もちろん、アメリカの経済は成長し続けている。しかし、重要なことは、経済の成長が、アメリカ市民の大多数の経済の成長ではなく、一部の富裕層のみの成長になっているということである。格差社会が続いていくことは、アメリカの将来に大きな影をさすことになることは、これもまたブッシュ政権あたりから、ロバート・ライシュなど一部の経済学者たちが言っていたことだ。
なぜ、中間層の収入が低下し続けてきたのかということについて、もっと考えるべきことは数多くのあるのであるが、不法移民のせいであるとか、外国に工場を置くからとかと話を単純化させ、では富裕層の税金を上げればいい、不法移民を追い出せばいい、中国にではなくアメリカ国内に工場を戻せばいいということで解決することではない。
アメリカの有権者たちは、アメリカの衰退を、トランプが解消してくれる。アメリカは再び、偉大な国になる。中西部、南部の中間層の政治不信を正してくれる、ということを望んでトランプに投票したわけであるが、ではトランプ大統領になって、アメリカの衰退が止まるのかというと止まるものではない。
なぜ、ポピュリズムではいけないのか。重要なのは、トランプが大統領になっても、今のアメリカが抱えている諸問題の本質的なことはなにも変わらないということだ。財政赤字が解決するわけもなく、格差社会がなくなるわけではない。なにも解決しないのに、あたかも解決するかのような気分になるのが、トランプ現象の実体なのである。
そして、一番いけないのは、この「なにも解決しないのに、あたかも解決するかのような気分になる」ということであり、アメリカの再生のために、本当にやらなくてはならないことは一向に行われないままになっている。これこそ民主主義が思考を停止した状態になっているということであり、これが今のアメリカの危機的な状況なのである。
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