全額負担で日本防衛をするのか
「訪米中の石破茂地方創生担当相は6日、記者会見し米大統領選の共和党の候補指名を確定させた実業家ドナルド・トランプ氏(69)が在日米軍駐留経費の全額負担を求めていることについて、「米国が日本を守っているのだから、その経費を負担すべきだ、という文脈で言っているなら、日米安全保障条約をもう一度よく読んでほしい」と語り、同条約への認識が欠けていると指摘した。 」
という。さらに、
「石破氏は、日本は納税者の負担で他の多くの同盟国よりも多くの駐留経費を負担している▽日本に米軍基地があることで地域の平和と安定に寄与している▽米国の国益にも寄与していると説明。在日米軍は同条約に基づいて「極東における平和と安全」のために駐留しており、「ひたすら日本の防衛のために負担しているのだから、経費は日本が持つべきだというのは、条約の内容から論理必然として出てこない」と反論した。」
という。
在日米軍の費用の支払いについて規定しているのは、日米地位協定である。これは、外務省のホームページで見ることができる。その第24条には、以下のように記載されている。
「1 日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、2に規定するところにより日本国が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される。
2 日本国は、第二条及び第三条に定めるすべての施設及び区域並びに路線権(飛行場及び港における施設及び区域のように共同に使用される施設及び区域を含む。)をこの協定の存続期間中合衆国に負担をかけないで提供し、かつ、相当の場合には、施設及び区域並びに路線権の所有者及び提供者に補償を行なうことが合意される。
3 この協定に基づいて生ずる資金上の取引に適用すべき経理のため、日本国政府と合衆国政府との間に取極を行なうことが合意される。」
ここで、冒頭の石破氏の発言に戻ると、「日本は納税者の負担で他の多くの同盟国よりも多くの駐留経費を負担している」の事実その通りである。第24条には「日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」とあるのに、なぜか日本国は「おもいやり予算」等の名目でそれなりの額の資金を支払っている。トランプは、全額を日本が負担すべきであると言っている。しかし、日米地位協定では、全額を日本が負担するとはなっていない。
もちろん、トランプの言っていることは、これから先のことで、日米地位協定を改定したいということなのだと理解することはできる。これからは、全額を日本の支払いにしたいということなのであろう。
一方で、日米安保には、よく知られているようにアメリカにとって「抜け道」がある。これも外務省のホームページで見ることができる日米安保条約(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)では、以下の記述がある。
「第五条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」
つまり、アメリカは日本の防衛について、自国の憲法上、つまり合衆国憲法、の規定及び手続に従って、これに対処するとしているのである。合衆国憲法では、軍隊の派兵は議会の承認を必要としている。つまり、日本の有事の際は、アメリカは即時に自動的に軍事行動に出なくてならないのではなく、合衆国議会の承認というワン・クッションをおいて軍事行動を行うのである。議会承認が得られなければ、日本がどうなろうと、アメリカは軍事行動をとらない。そういうように日米安保はできている。今の日米安保の最大のネックはここにある。アメリカの議員が自国の若者の命を、日本の防衛に差し出しすることを許可するとは、とても思えないのである。
戦後70年間、日米安保にもとづきアメリカが軍事行動をとったことは、ただの一度もなかった。戦後日本に他国が侵略してくることなく平和であり続けたのは憲法9条があったからではなく、在日米軍がいたからだという声がある。百歩ゆずって、もしこれが正しいとして、日本を攻撃すれば、アメリカ軍が出てくる「かもしれない」ということを、攻撃しようとする相手国に思わさせるという意味での日米安保であるのならば、まことに、この日米安保は「抑止力」であったと言えるだろう。「かもしれない」というのは、アメリカの議会や世論が、日本防衛の軍事行動を承認する「かもしれない」ということである。
冷戦時代のアメリカは、いかなる犠牲を払っても共産主義の侵攻を防ぐというイデオロギーがあった。このため、アメリカは朝鮮半島やベトナムに軍事介入をしたのである。日米安保は、全額日本負担どころか、全額アメリカ負担でもいいから、占領終了後も引き続き日本に軍事基地を置きたいとするアメリカのアジア戦略から生まれたものであり、引き続き軍事基地を置かれる側の日本は、これを再軍備はせず、在日米軍が日本を防衛するというロジックをもって自己正当化したというものであった。この時代の、冷戦という時代背景と、アメリカの思惑と日本の事情を考えると、日米安保というのは、極めて微妙な状況の上に成り立つ条約であったと言えるだろう。
トランプの発言は、この在日米軍が日本を防衛するという自己正当化が、もう通用する時代ではなくなったということである。アメリカの議会や世論が、日本防衛の軍事行動を承認することは「ありえない」という時代になったということを図らずも明らかにしてしまったということである。このことは、冷戦が終わった20世紀末からわかりきっていたことなのであるが、日本人はこの事実をなるべく考えまい、見まいとしてきた。
自国の防衛をアメリカに依存しているのならば、日本政府は、どのような状況ではアメリカ軍は日本防衛を行わないのか、また、どのような状況においてアメリカ軍は日本防衛を行うのか、ということをあらゆる角度から何度も徹底的に考えているべきことなのであるが、この1点において、日本政府も日本人も思考停止の状態であり続けていたのである。
このため、例えば石破氏が在日米軍は「「極東における平和と安全」のために駐留」していると言っても、では具体的にどのように「「極東における平和と安全」のために駐留」しているのか、その具体的根拠を日本側が提示することができない状態になっている。これは、トランプの発言に対しての反論になり得ない。
しかしながら、アメリカの議会や世論が、日本防衛の軍事行動を承認することは「ありえない」という時代になったということを踏まえると、トランプの発言のおかしさがよくわかるだろう。かりに日本が全額負担をしたとしても、アメリカの有権者は日本防衛のために若者が死ぬことを承認するとはとても思えないのである。戦争の大義とはカネではない。アメリカが、自国が侵略されたわけでもないのに、第二次世界大戦で、朝鮮戦争で、ベトナム戦争で戦ったのは、他国が費用を全額負担したからではない。
トランプの認識が欠けているのは、日米安保についてではなく、自国の歴史についての認識が欠落しているのである。
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