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May 2016

May 21, 2016

沖縄は再び「オール沖縄」で結束するだろう

 沖縄の嘉手納基地で働く米軍属の男による女性遺体遺棄事件ついて、沖縄タイムスは5月21日の社説でこう書いている。

「これまでに何度、「また」という言葉を繰り返してきただろうか。県議会による米軍基地がらみの抗議決議は復帰後206件。凶悪犯の検挙件数は574件。いくら再発防止を求めても、米軍の対策は長く続かず、基地あるが故に、悲劇が繰り返される。 」

 また、琉球新報は5月20日の社説でこう書いている。

「米軍は米兵らが凶悪事件を起こすたびに再発防止に努めるとする。だが、守られたためしがないことは今回の事件が証明する。」

 容疑者は、嘉手納基地で働く軍属であったという。元海兵隊の隊員だったとのことだ。この駐留先の外国で、地元の女性に犯行を及ぼすというのは、アメリカ軍そのものの性質なのであろうか。他の国の軍隊が駐留した際、そこで起こした犯罪はどの程度の数なのであろうか。今現在、外国に自国の軍隊の基地を持つのはアメリカ以外にあるのかどうか思い浮かばない。このへん、チャルマーズ・ジョンソンの本のどこかにあったかもしれない。

 これまで、沖縄でこのような事件は、何度も何度も繰り返されてきた。そのたびに、日米両政府は「綱紀粛正と再発防止に努める」と言ってきた。しかしながら、事件は繰り返されてきた。これはもはや再発防止は不可能と判断せざる得ないであろう。アメリカの国務省や在沖米軍のトップがなにをどう言おうと、このような事件は、この先も、また何度も何度も繰り返されると思わざるを得ない。

 もはや米軍の地上戦闘部隊の基地があると、そこでは米軍兵士・関係者による犯罪が必ず起こると言っていい。だからこそ、沖縄県以外の自治体は、自分にところに沖縄の米軍基地を移転させて欲しくないのであろう。この理不尽この上ないことを、沖縄は戦後70年以上にわたって「引き受けさせられてきた」のである。日米安保は、一方的に日本側は著しく巨大な負担を負ってきた。このことを認識していない者たちが多すぎる。

 アメリカ側から見れば、容疑者は以前、海兵隊に所属していたことがある者であり、今現在は、米軍に所属していない。今は軍属であるとしても、在日米軍の管理下にある人物ではない。いわば基地関係の民間会社のいち社員が起こした犯罪行為について、在日米軍が責任を問われる理由はないと思うであろう。しかし、沖縄の世論は、これを米軍基地があるから起こったと受けとめざるを得ない。

 本来、沖縄に在日米軍基地を集中して置くのならば、それ相応のやり方があったはずである。しかし、1972年(昭和47年)の沖縄返還時、日本政府はいわばなし崩し的に、ずるずるとアメリカ主導で沖縄返還が行われ、その状態がその後も続いている。沖縄の在日米軍基地は、三沢、岩国、横田、厚木、横須賀、佐世保、等々の本土の在日米軍基地とは本質的に異なるのである。

 沖縄では、今なお日本は敗戦国であり、米軍が占領軍である状態が続いている。日本政府が改めるべきことは、このことなのであるが、これに政府側はまったくの無自覚であることが、沖縄の人々の怒りを招いている。

 今回の事件で、沖縄県は「オール沖縄」に陰りが出てきた状態が払拭され、再び「オール沖縄」で結束するだろう。

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May 08, 2016

全額負担で日本防衛をするのか

 毎日新聞によると

「訪米中の石破茂地方創生担当相は6日、記者会見し米大統領選の共和党の候補指名を確定させた実業家ドナルド・トランプ氏(69)が在日米軍駐留経費の全額負担を求めていることについて、「米国が日本を守っているのだから、その経費を負担すべきだ、という文脈で言っているなら、日米安全保障条約をもう一度よく読んでほしい」と語り、同条約への認識が欠けていると指摘した。 」

 という。さらに、

「石破氏は、日本は納税者の負担で他の多くの同盟国よりも多くの駐留経費を負担している▽日本に米軍基地があることで地域の平和と安定に寄与している▽米国の国益にも寄与していると説明。在日米軍は同条約に基づいて「極東における平和と安全」のために駐留しており、「ひたすら日本の防衛のために負担しているのだから、経費は日本が持つべきだというのは、条約の内容から論理必然として出てこない」と反論した。」

 という。

 在日米軍の費用の支払いについて規定しているのは、日米地位協定である。これは、外務省のホームページで見ることができる。その第24条には、以下のように記載されている。

「1 日本国に合衆国軍隊を維持することに伴うすべての経費は、2に規定するところにより日本国が負担すべきものを除くほか、この協定の存続期間中日本国に負担をかけないで合衆国が負担することが合意される。
2 日本国は、第二条及び第三条に定めるすべての施設及び区域並びに路線権(飛行場及び港における施設及び区域のように共同に使用される施設及び区域を含む。)をこの協定の存続期間中合衆国に負担をかけないで提供し、かつ、相当の場合には、施設及び区域並びに路線権の所有者及び提供者に補償を行なうことが合意される。
3 この協定に基づいて生ずる資金上の取引に適用すべき経理のため、日本国政府と合衆国政府との間に取極を行なうことが合意される。」

 ここで、冒頭の石破氏の発言に戻ると、「日本は納税者の負担で他の多くの同盟国よりも多くの駐留経費を負担している」の事実その通りである。第24条には「日本国に負担をかけないで合衆国が負担する」とあるのに、なぜか日本国は「おもいやり予算」等の名目でそれなりの額の資金を支払っている。トランプは、全額を日本が負担すべきであると言っている。しかし、日米地位協定では、全額を日本が負担するとはなっていない。

 もちろん、トランプの言っていることは、これから先のことで、日米地位協定を改定したいということなのだと理解することはできる。これからは、全額を日本の支払いにしたいということなのであろう。

 一方で、日米安保には、よく知られているようにアメリカにとって「抜け道」がある。これも外務省のホームページで見ることができる日米安保条約(日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約)では、以下の記述がある。

「第五条 各締約国は、日本国の施政の下にある領域における、いずれか一方に対する武力攻撃が、自国の平和及び安全を危うくするものであることを認め、自国の憲法上の規定及び手続に従つて共通の危険に対処するように行動することを宣言する。」

 つまり、アメリカは日本の防衛について、自国の憲法上、つまり合衆国憲法、の規定及び手続に従って、これに対処するとしているのである。合衆国憲法では、軍隊の派兵は議会の承認を必要としている。つまり、日本の有事の際は、アメリカは即時に自動的に軍事行動に出なくてならないのではなく、合衆国議会の承認というワン・クッションをおいて軍事行動を行うのである。議会承認が得られなければ、日本がどうなろうと、アメリカは軍事行動をとらない。そういうように日米安保はできている。今の日米安保の最大のネックはここにある。アメリカの議員が自国の若者の命を、日本の防衛に差し出しすることを許可するとは、とても思えないのである。

 戦後70年間、日米安保にもとづきアメリカが軍事行動をとったことは、ただの一度もなかった。戦後日本に他国が侵略してくることなく平和であり続けたのは憲法9条があったからではなく、在日米軍がいたからだという声がある。百歩ゆずって、もしこれが正しいとして、日本を攻撃すれば、アメリカ軍が出てくる「かもしれない」ということを、攻撃しようとする相手国に思わさせるという意味での日米安保であるのならば、まことに、この日米安保は「抑止力」であったと言えるだろう。「かもしれない」というのは、アメリカの議会や世論が、日本防衛の軍事行動を承認する「かもしれない」ということである。

 冷戦時代のアメリカは、いかなる犠牲を払っても共産主義の侵攻を防ぐというイデオロギーがあった。このため、アメリカは朝鮮半島やベトナムに軍事介入をしたのである。日米安保は、全額日本負担どころか、全額アメリカ負担でもいいから、占領終了後も引き続き日本に軍事基地を置きたいとするアメリカのアジア戦略から生まれたものであり、引き続き軍事基地を置かれる側の日本は、これを再軍備はせず、在日米軍が日本を防衛するというロジックをもって自己正当化したというものであった。この時代の、冷戦という時代背景と、アメリカの思惑と日本の事情を考えると、日米安保というのは、極めて微妙な状況の上に成り立つ条約であったと言えるだろう。

 トランプの発言は、この在日米軍が日本を防衛するという自己正当化が、もう通用する時代ではなくなったということである。アメリカの議会や世論が、日本防衛の軍事行動を承認することは「ありえない」という時代になったということを図らずも明らかにしてしまったということである。このことは、冷戦が終わった20世紀末からわかりきっていたことなのであるが、日本人はこの事実をなるべく考えまい、見まいとしてきた。

 自国の防衛をアメリカに依存しているのならば、日本政府は、どのような状況ではアメリカ軍は日本防衛を行わないのか、また、どのような状況においてアメリカ軍は日本防衛を行うのか、ということをあらゆる角度から何度も徹底的に考えているべきことなのであるが、この1点において、日本政府も日本人も思考停止の状態であり続けていたのである。

 このため、例えば石破氏が在日米軍は「「極東における平和と安全」のために駐留」していると言っても、では具体的にどのように「「極東における平和と安全」のために駐留」しているのか、その具体的根拠を日本側が提示することができない状態になっている。これは、トランプの発言に対しての反論になり得ない。

 しかしながら、アメリカの議会や世論が、日本防衛の軍事行動を承認することは「ありえない」という時代になったということを踏まえると、トランプの発言のおかしさがよくわかるだろう。かりに日本が全額負担をしたとしても、アメリカの有権者は日本防衛のために若者が死ぬことを承認するとはとても思えないのである。戦争の大義とはカネではない。アメリカが、自国が侵略されたわけでもないのに、第二次世界大戦で、朝鮮戦争で、ベトナム戦争で戦ったのは、他国が費用を全額負担したからではない。

 トランプの認識が欠けているのは、日米安保についてではなく、自国の歴史についての認識が欠落しているのである。

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May 06, 2016

トランプが共和党候補者になった

 ドナルド・トランプが、アメリカ大統領選挙で共和党候補指名を確実にしたという。これは、共和党支持者として登録をしている有権者の中で、ドナルド・トランプが最も高く支持されたということだ。

 当然のことながら、大統領選挙の有権者は、彼ら以外に、民主党支持の登録をした人々と、どちらかの政党を支持しているわけではない無党派層がいて、そうした有権者たちが誰に投票するかで合衆国大統領が決まることになる。民主党の大統領候補者はヒラリーで決まったとなると、これまでサンダーズ支持であった民主党支持者と無党派層がトランプとヒラリーのどちらへ投票するかということだ。もちろん、投票しない、棄権するという「意思表示」もある。

 ヒラリーは、有権者たちが嫌っている金融界や軍産複合体の代表である。また、ヒラリーは女性有権者たちかも嫌われている。かつて、クリントン大統領の不倫事件の時、夫をかばい、相手の女性を非難したことから、アメリカ人の多くからヒラリーは女性の敵だと思われている。史上初の女性大統領になって女性の立場を守ると言っているが、これを信じている女性有権者は少ない。

 TPPにしても、ヒラリーは国務長官としてTPPを推進してきたわけであるが、大統領選挙で有権者はTPP反対ということになると、ころっとTPP反対派になる人物である。ヒラリーは独自の外交政策を持っているわけではなく、外交的な手腕があるわけでもない。ヒラリーが大統領になったとしても、これまでのオバマ路線が変わることない。

 オバマ路線とは、基本的に軍事費を削減し、福祉を重視する政策である。外交的には、中途半端な中東政策、安易なロシア政策、そして正面対立を避ける中国政策である。これは、オバマがどうこうというわけではなく、前政権のブッシュ時代の数々の間違いが、今の状況を作り出している。今のアメリカは「中途半端な中東政策、安易なロシア政策、そして正面対立を避ける中国政策」をせざる得ないのだ。

 これを変えて欲しいとしているのが、アメリカの国民感情だ。有権者の望みは、国内の貧富の差はさほど大きくはなく、アメリカ人全体がひとつのまとまりを持ち、超大国として国際社会を統治し、数多くの国々がアメリカに従うという、あたかもアイゼンハワーかケネディ、あるいはレーガンの頃のアメリカになることを望んでいる。しかしながら、これは不可能な望みであり、そうしたアメリカに戻ることはできない。

 そうした昔のアメリカを知っている世代が、まだ多いのでトランプが支持されているが、アイゼンハワー、ケネディ時代やレーガン時代を知らない若い世代は、強大であったアメリカを知らない。彼らは、かつての偉大なアメリカをもう一度取り戻すなどと思うことはない。彼らの中から、世界の警察官ではない、新しいアメリカの国際社会での立ち振る舞いはいかなるものであるべきかという新しい世界観の思考が生まれてくるだろう。

 もともと、冷戦が終わった20世紀末に、これからの新しい世界のあり方を構築することを始めていれば、今、アメリカはこうしたことになることはなかった。しかし、遅まきながら、そうした動きは徐々に始まろうとしている。今のアメリカは、そうした変革の過渡期なのである。

 では、日本はどうだろうか。

 元NHKのキャスターで、現在はハドソン研究所の研究員の日高義樹氏は、近著の『トランプが日米関係を壊す』(徳間書店)で、こう書いている。

「いまここで我々が知る必要があるのは、ドナルド・トランプが実際に大統領になるのかという予測もさることながら、なぜトランプの出現によって、アメリカに政治的な大旋風ともいうべき現象が起きたのか、そしてその結果、アメリカの政治がどう変わるのかということである。なぜならば、トランプが大統領になるかどうかに関わりなく、トランプ旋風を巻き起こしたアメリカ人の考え方が、いまや世界に大混乱を巻き起こそうとしているからである。」

 この本は、いかにも保守派のシンクタンクであるハドソン研究所の研究員らしいというか、アンチ・オバマの主張が多く、ワシントンの政治が堕落したのも、トランプのような人物が出てきたのも、ずべてリベラル派とオバマが悪いとしている(若干、前政権のブッシュ政権への批判もある)が、そうしたことを差し引いても注目すべき視点がある。この本の中で、日高氏が強調していることは、誰が大統領になろうと、アメリカは日本をもはや守ることはないということである。仮にアメリカ政府にはその意思があったとしても、アメリカ国民はそれを許さないのだ。このアメリカ人の考え方の変化を、我々は知る必要がある。

 アメリカはもはや日本を守らないということは、日高氏だけではなく産経の古森氏もこれまで何度も報じてきている。

 もし、アメリカ政府から在日米軍の駐留費用の全額負担の要求、もしくは在日米軍の撤退を通告されるということになった場合、日本政府はどうするのであろうか。なにも考えていないというのが現実だ。戦後70年間、日本人は自国をどう守るのかということを思考停止してきた、なるべく考えまい、触れたくないとしてきた。その結果が、対米従属であり、アメリカ任せである。日米安保があれば、それでまったく問題はないとしてきた。安倍自民の安保法もその中にある。3.11以前の原子炉では全電源喪失は想定外であったように、日米安保がなくなることは、日本人において想定外の出来事であった。

 新安保法案の争議の時、安倍自民は、今の時代は昔の時代と状況が変わった、だから集団的自衛権でなくてはならないと言っていた。状況は確かに変わった。アメリカ頼みの集団的自衛権でどうこうすることは、もはやできなくなったというように状況は変わっていたのである。今のアメリカの大統領選挙の姿を見て、日米安保でアメリカが中国と戦うと本気で思う人がいたら、よほどおめでたい人としか言いようがないであろう。

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May 05, 2016

『日本人はどこから来たのか?』

 海部陽介著『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)を読んだ。

 我々、現生人類、ホモ・サピエンスは、約10万年前に、その発生の地であるアフリカを出た。その後、4万8000年前に、我々の祖先は、ユーラシア大陸でヒマラヤ山脈をはさんで南北に別れて拡散し、約1万年後、東アジアでその双方は再会することになる。この祖先たちの中の一群が、対馬、沖縄、北海道の3つのルートから日本列島にやってきた。この本は、その壮大な人類史の物語を、最新の人類学研究に基づき、世界各地の遺跡の年代比較やDNA分析、石器の比較研究などを通して明らかにしたものである。

 アフリカを出た猿人の末裔は、現生人類だけではない。現生人類がアフリカを出る前に、ホモ・エレクトスやホモ・ハビリスらの原人とネアンデルタール人などの旧人がアフリカを出て、世界各地に生存していた。ただし、これは今現在わかっている限りにおいてであり、世界の各地で原人でも旧人でも現生人類にも属さない者たちの人骨化石が発見されている。ようするに、まだよくわかっていない。

 また、原人や旧人がアフリカを出て、世界各地で進化を遂げて現生人類になったとする説があるが、今日では、遺伝学や化石形態学、考古学の観点から、この説は否定されている。我々の祖先は、アフリカを出た後、先にアフリカを出た原人や旧人と遭遇し、ネアンデルタール人と交わり、世界の各地へと広がっていったのである。

 では、我々の祖先は、どのようにして世界各地へと広がっていったのであろうか。アジアへの拡散については、欧米の学説では、ユーラシア大陸の南側のインド洋に面した海岸ぞいに移動していったということになっているという。これに対する反論として、インド洋沿岸域に、初期の海岸移住を裏付ける遺跡が見つかっていないということが挙げられる。しかしこれは、その当時より現在は海面が上昇しているため、それらの遺跡は海の中に沈んでしまい、だから発見されないのであるとしている。

 この本の著者は、そうなのかもしれないとしながら、一方で、海岸沿いの移動が始まったのが7万年前で、現生人類の内陸部での遺跡は5万年前のものである、であるのならば、この2万年間、海岸から内陸へ移動することがなかったということになる、はたしてそんなことがあり得たのであろうかと疑問を感じ、年代測定や解釈がしっかりしている大陸各地の遺跡を改めてマッピングしていった。

 すると、その調査から、7万年前に一度目の海岸沿い移動があり、その後、5万年前に内陸での移動があったという従来の説とは異なり、ユーラシア大陸各地への移動は、一度に行われたのではないかという仮説が浮かび上がってきた。アジア全域、ヨーロッパも含めて、祖先たちのユーラシア大陸全体への拡散は、爆発的な一度のイベントだったのである。

 その祖先たちの中で、ユーラシア大陸のヒマラヤ山脈を北方へ進んだ一派は、極寒の地域で生きる文化を発達させ、ヒマラヤ山脈を南方へ進んだ一派は、海洋を渡る航海術を発達させた。この二つのグループが日本列島で融合したのであると著者は論じている。

 日本列島にやってきた順番は、最初が対馬ルート、次が沖縄ルート、最後が(当時、大陸と地続きであった)北海道ルートであるという。ところが、最初のルートであった対馬ルートは、この時代においても海があった、つまり、彼らは対馬海峡を渡ってきたということであり、ということは航海技術をもった集団だったということだ。それでは、彼らは航海技術を持っている、ヒマラヤ山脈を南方へと進んだ一派の人々なのかというと、石器技術等からすると、北方へ進んだ一派の人々の文化を持っていたという。

 ここで著者が出した結論は、かつてヒマラヤ山脈を北方へ進んだ一派と南方に進んだ一派は、それから一万年後に東アジアのどこかで再会し、その人々が海を越えて日本列島にやってきた最初のヒトであったということである。この列島には、原人も旧人もおらず、現生人類がヒトで最初の居住者であった。

 沖縄ルートの人々は、対馬ルートの人々よりも、よりヒマラヤ山脈南方派に近い人々であったであろう。最後の北海道ルートの人々は、これはヒマラヤ山脈北方派であったに違いない。つまり、様々な人々と文化が、日本列島で融合したということである。

 また、我々の祖先たちは、それまでもそうであったように、この列島に来る時も、居住を目的とした移住であった。つまり、男女のある一定の人数での集団移動であったということだ。まず探検家のような者たちが、この列島を探索し、住むのに適した場所であることを確認した上で、集団「移民」を行ってきたのだろう。

 ただし、これもまた現生人類とひとことで言っても様々な一派があり、例えば北海道には後にアイヌと呼ばれる人々以外にも、オホーツク人などといったアイヌとは違う文化の人々もやってきており、この列島にやってきた人々を詳細に見ていくと、縄文文化とは異なる様々なグループがあったのである。

 沖縄ルートでは、3万年前頃から台湾島から沖縄列島に人々が渡っていたという。この本の著者は、国立科学博物館の研究員である。現在、国立科学博物館では、この本の著者たちが中心になって「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」というプロジェクトが行われている。3万年前の舟を再現して、台湾から沖縄列島へ実際に航海を行ってみるというプロジェクトだ。

 国立科学博物館のWEBページによると、現在、クラウドファンディングによる資金集めは完了して、実際に実験航海を行う準備中のようだ。沖縄列島の向こうに九州がある。3万年前に台湾から沖縄列島に行った人々が、やがて九州へと渡り、本州へと進んでいった人々である。国立科学博物館のプロジェクトは、それを明らかにするものだ。

 さらに時代が下り、日本列島に朝鮮半島や大陸から幾度も人々が(これもまた集団「移民」レベルの数の規模で)やってきて、彼らが先に日本列島にやってきた人々と交わることにより、ここからやがて「日本人」が誕生する。

 大和盆地にヤマト王権が出てくる以前から、この日本列島には人々は暮らしていたのだ。この列島に現生人類が住み始めてから、本州島の近畿地方の大和盆地にヤマト王権が出てくるまで、ざっと4万年以上の時間がある。大和盆地にヤマト王権が出て、今日の今に至るまで約2千年の時しかない。つまり、約20倍以上もの時間が、大和時代以前にあったということになる。彼らもまた「日本人」であり、彼らの歴史もまた「日本の歴史」なのである。

 そして、こうした視点を持つことは、単に「日本」や「日本人」についてだけではなく、広く「人類」についての認識を持ち、深めることへとつながっている。

 この本の著者は、あとがきの中でこう書いている。

「本文では、最初に日本列島にやってきた人々の血が、部分的に私たちに受け継がれているとも書いた。その裏には別な意味があることも、述べておかねばならない。それは人類史の中では集団の移動と混血、文化の伝播と相互作用が繰り返されているため、事実上"純粋な民族"や"純粋な文化"は存在しないということだ。アイヌ、大和民族、琉球民族、そして朝鮮民族や漢民族などの区分があるが、これらも長い歴史の中で互いに混血しあっており、その間はゆるやかに連続している。同じホモ・サピエンスの集団どうしなのだから、それはそういうものだろう。
 だが現実社会の中では、個々の民族は明確に独立した単位で、時代的に不変で固定的と誤解されることがあるし、その上で特定の民族の優越性を唱える声や政治的意図も根強くある。そうした行為は不必要な軋轢を生むだけで、人類にとって利益のあるものではない。
 だから私は、より多くの一般市民が、人類史を学ぶことを通じて"民族"というものが、政治や言語そして人々の認識といったもので人工的に規定されている仮の線引きにすぎないということを理解することが重要だと思う。それによって優劣という意識が薄まり、他の人々を尊重する空気が国際的に醸成されることを願っている。」

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May 03, 2016

経済無策の状態になったアメリカ

 アメリカの大統領選挙戦でのサンダースとトランプへのアメリカ国民の巨大な支持は、結局ところ20世紀末からのグローバル金融は、99パーセントのアメリカ国民に利益をもたらすものではなかったという結論の表れとみることができる。この格差への怒りが、グローバル経済そのものへの否定になってしまった。

 格差を是正するための教科書的な方法は、累進課税を高めるということである。

 しかしながら、これはなかなか進まない。その理由は二つある。ひとつは、パナマ文書でその一部が明らかになったように、多国籍企業や富裕層は財を国外に移動させることができ、タックス・ヘブンの対策をとることができる。タックス・ヘブン以外にも、今の法律・制度には様々な抜け道がある。

 もうひとつの理由は、アメリカでは、累進的な課税というもの、そのものに対して基本的に、これを拒否する、抵抗する感情がある。もともと、アメリカ合衆国は、政府による個人や企業への干渉を良いものとは思わない「文化」とも「社会意識」とでも言えるものがある。自分で稼いだお金を(実際のところは「自分で」稼いだわけではまったくないのであるが)政府が取り上げられる理由はないという感情である。その一方で、アメリカには共同扶助の文化もあり、助け合いや支えあいが当然のこととする文化もある。しかし、いずれせよ累進課税を上げることには大きな抵抗がある政治風土があるのがアメリカである。

 累進課税をそう簡単に上げることは政治的にできないとなると、有権者の感情をなだめるにはどうなるのかと言うと、進む方向としては、孤立主義であり、自由な貿易協定を否定するということである。外国製品には高い関税をかけ、消費者に自国の製品を買わせるようにするということだ。もちろん、アメリカ経済こそグローバル経済そのものであって、自由な貿易協定を否定したところでアメリカ経済に利益になることはない。自国の製品といっても、完全にアメリカ国内だけで完結した製品であるわけではなく、その大多数はやはり外国との交易によってもたらされるものなのである。

 しかしながら、政治は感情で動く。特に、アメリカ大統領選挙ほど、有権者の感情が左右するものはない。かつてのモンロー主義も禁酒法も、おそよ他の国々では「ありえない」ことであったが、「ありえない」ことが「ありえる」のがアメリカの民主主義である。有権者は、国家という枠組みで物事を考える人々である。このため、この有権者の上に成り立っている政治というものもまた国家の枠組みでしか物事を考えない。

 今回の大統領選挙候補者から感じることは、サンダースとトランプはもとより、ヒラリーにせよ、クルーズにせよ、格差問題を解決する道がさっぱり見えてことないということだ。選挙が目的になると、目先の票を得ることだけになり、有権者が喜ぶことをやればいいだけになる。

 その意味では、日本と同じであり、アメリカもまた巨大な経済無策の状態になってしまった。、なにをやっているのかといえば、「変えるといいながら、実質的にはこれまでと同じことをやっている」のである。

 このことが、格差はますます拡大し、これにより有権者の大多数からグローバル経済への反感を買い、そのことが自由貿易協定への否定と孤立主義を招くことになってしまった。今の状態では、誰が大統領になろうとアメリカの格差問題はなくならない。大統領候補者は、いかにも我こそが有権者の抱える問題を解決する政治指導者であるとスピーチし、有権者は新しい大統領に希望を託す。しかしながら、問題は一向に解決せず、良い方向にも向かわず、有権者の政治不信とグローバル経済への不満は、ますます高まっていくという負のサイクルになっている。

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