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March 2016

March 26, 2016

ベルギー同時テロ

 昨年11月のパリ同時多発テロの時、フランスのオランド大統領とイギリスのキャメロン首相は「イスラム国」掃討のための空爆を強化し、アメリカのオバマ大統領はフランスやベルギーと協力し「イスラム国」壊滅させるため、全面的に協力していくことを表明した。

 しかしながら、それでもテロは起きた。22日、ベルギーの首都ブリュッセルの地下鉄と国際空港で爆発テロがあり、計34人が死亡。「イスラム国」は犯行声明を出した。

 ようするに、欧米の指導者が「テロを許さない」とか「これは戦争だ」とか言っても、シリアをどれほど空爆しようとも、テロは起こるのである。「テロと戦う」とか「テロを壊滅させる」とかでは、テロを防ぐことはできないということだ。むしろ、逆にテロ活動を活発化させている。

 今回のベルギー同時テロは、パリ同時多発テロ事件の容疑者逮捕への報復ということが言われている。もちろん、犯罪行為を起こしたのだから逮捕されるのは当然のことであるが、もともとパリ同時多発テロ事件は、アメリカやフランスなどが、シリアでの一般市民も巻き込んで空爆したことに対する報復から始まっている。

 2004年のスペインのマドリードでの列車同時爆破テロは、アスナール政権がイラク戦争に賛同したことへの報復だった。2005年のロンドン同時爆破テロは、イラクやアフガンに派兵しているイギリスへの報復であった。このように、中東のイスラム教徒がある日突然、欧米諸国を恨み始め、テロ犯罪を行っているわけではない。テロをやる側には、テロをやらざる得ない理由がある(ただし、テロをやられた側は、その理由を正当化することができないという事情もまたある)。欧米諸国は、中東のイスラム教徒から恨まれても当然のことをやってきたのである。この歴史的な構造を解決しない限り、テロは続く。

 もうひとつは、欧州に今なおあるイスラムへの差別感情である。労働力として欧州に移民してきたイスラム系移民の子供や孫の世代になっても、社会の主流に受け入れてもらうことができず、格差と差別を受ける弱い立場に置かれている。そうした境遇の者たちの中から、IT技術によってグローバルに伝達されているイスラム過激思想の影響を受けて自国内でテロを決行する者が出ている。

 生まれ育った国に、アイデンティティーを持つのではなく、イスラムに帰属し、過激イスラム教徒としてのアイデンティティーを選択したということだ。これもまた、そういう選択をせざる得なかったという事情がある。今回のベルギー同時テロにおいても、ベルギーではイスラム系住民の失業が多く、政府に対する不満が高い。ホームタウン・テロに走る土壌があった。

 欧米の、イスラム差別感情は根が深い。このへんについては、例えば近代日本の朝鮮差別、中国差別よりも遙かに根が深く、歴史的な時間軸も長い。一方、イスラム側は、古くは11世紀から始まる西欧の十字軍遠征や、19世紀以後の欧米が中東でやってきたことへの恨みがある。

 「テロをなくす」ということは、そうした双方の背景や事情や立場や感情を包括した枠組みが必要なのであり、一方的にテロを悪として、軍事力で壊滅させようとしてもできるものではない。現に、壊滅できていない。

 フランスのオランド大統領は「パリとブリュッセルでの攻撃を実行したネットワークは絶滅の道をたどっている」と述べ、何件かのテロ未遂犯を当局が逮捕したことを言っているという。そして、「シリアが最初の目的であり、イラクも忘れてならない」と相変わらず軍事力で解決できると思っているようだ。

 パリとブリュッセルでの攻撃を実行したネットワークは絶滅したとしても、また新たなテロネットワークが生まれてくる。これに対するために、今後ますます欧州は監視社会へとなっていくだろう。自分たちの社会から自由がなくなり、中東からの恨みを受け続けるというわけだ。これが一番、間違った対応であることを、欧州が気がつくのはいつになるのだろう。

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March 21, 2016

やはり「共和党の終焉」だった

 先日、記事のタイトルを「共和党の終焉」にしようかと思ったが、さすがにそこまではいかないだろうと思い、やめたと書いた。しかしながら、今の共和党の大統領候補者指名競争を見ていると、やはりこれは共和党は終焉したと思うべきではないかと思い始めている。

 まさか、ここまでトランプ優勢になるとは予測できなかった。つまり、それほど有権者たちは、共和党主流に反感を持っていたのである。それほど、この問題は深い。

 アメリカの世論は、急速に分裂している。NYで移民団体などが、トランプに抗議するデモ活動が増えているという。共和党の上層部は、最終的に7月の共和党大会には、代議員の支持は過半数には達しなかったということで、共和党の大統領候補者にはなれなかったという筋書きの談合で幕を引くということをしようとしているようだ。今回はヒラリーに負け、次の大統領選挙で勝利を得たいというもくろみなのであろう。

 しかしながら、重要なのは、トランプが大統領候補になる、ならないということではなく、これほどトランプを支持する有権者がいるということだ。

 共和党の上層部が、談合で無理矢理にトランプを降ろすことは、トランプ支持の有権者を共和党から離れさせることになるだろう。富裕層への課税を高めることや、不法移民への対策について、誰が大統領になろうともやらなくてはならないということだ。イラク戦争の責任について、(民主党も含めて)口に出すことはしないことになっているジョージ・W・ブッシュの責任についても、トランプは堂々と述べている。アメリカ経済をここまで悪くしたのは、イラク戦争をしたからであり、その責任はブッシュにある。この今日、誰もが心の中でそう感じていることをはっきりと言うトランプだからこそ有権者の支持が高まっている。

 トランプ優勢は、共和党自身の身から出た錆であり、自業自得である(もちろん、大きな視点で言えば、アメリカ政治そのものの自業自得である)。富裕層だけが利益を得る格差社会を作り出したがために、有権者からのすさまじい政治的反感を買ってしまったのだ。これまで、アメリカが主体であり、アメリカが中心であり、アメリカが推進してきた自由貿易やグローバリゼーションに対して、有権者たちは反感を持ち、ワシントンの政治に怒りを感じている。

 結局、誰のための自由貿易であり、グローバリゼーションなのかということである。一部の富裕層だけではなく、国全体が豊かになるようになっていれば、今日、共和党主流は、これほどまでに有権者たちの反感を買うことはなかった。

 カリフォルニア大学バークレー校公共政策大学院教授で、クリントン政権で労働長官を務めたロバート・ライシュはこう書いている

「しかし、君たち(引用者注:共和党主流)は利己的で強欲で、目先の利益のことしか考えていなかった。君たちは、前世代の保守本流が持っていた価値観を忘れてしまった。前世代は、世界恐慌と第二大戦がもたらした荒廃を目撃し、戦後は輝かしい中産階級の形成を助けた。あの世代とて、寛容や社会的責任を理由に行動していたわけではなかったが、すそ野の広い繁栄こそが、彼ら自身の事業にとっても長期的に良い結果をもたらすことを正しく理解していた。」

 自由と民主主義思想の普及などは、ある意味どうでもよく、それらはグローバリストやレーガン・デモクラットが言ってたことであった。保守の本来のやるべきこととは、一般中間層の暮らしや仕事や教育や医療や子育てなどを守るということであったである。今の共和党の混乱は、保守思想とは、本来どのようなものであったのか、そして、これからどのようなものに変わらなくてはならないのかが問われている。

 2011年9月に、ウォール街を占拠せよ(Occupy Wall Street)と呼ばれる抗議運動が全米各地で広まったが、今思えば、あれは今回の大統領選挙の混乱のいわばさきがけであった。アメリカの政治、経済に対する有権者の反感の感情は大きい。何度も言うが、今、アメリカやヨーロッパで起きていることは、新自由主義の終焉であり、アメリカ政治で言えば、新保守主義以後の共和党の終焉なのである。この有権者が感じているワシントン政治への大きな怒りと反感を真摯にそして誠実に受けとめることができないければ、共和党に未来はない。

 共和党主流の判断では、トランプではヒラリーには対抗できないとしているが、もし、仮に(仮にだ)トランプが共和党大統領候補になり、ヒラリーとの争いになった場合、有権者たちは、はたしてヒラリーを選択するであろうかという懸念はある。サンダースではなくヒラリーの場合、どう見てもヒラリーはワシントン政治の側であることは否めない。もちろん、ではトランプが大統領候補者で良いのかということはある。ようは、それほど理性の選挙ではなく、感情の選挙になっているということであり、そうなっていることに至った問題は深いということだ。

 もはや、アメリカが世界をどうこうという話ではなくなっている。一般的に、大統領選挙は内政優先になり、外交や安全保証はあまり表面に出ることはない。2016年の大統領選挙のメインは内政である(というか、イラク戦争を最後として、もうその後は内政優先である)(それだけ財政問題や格差問題が大きいということだ)。その意味では、今の大統領選挙の姿は当然と言えば当然の姿なのであるが、自国の国内の格差問題でここまでもめる姿から、例えば日中の紛争でアメリカが派兵するなど、もはやあり得ないことは誰にでもわかることである。前々から何度も言っているように、中東にせよ、東アジアにせよ、もうアメリカの軍事力に頼ることは夢物語なのだ。パックス・アメリカーナをもう一度などタワゴトなのである。

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March 13, 2016

福島原発事故から5年がたった

 5年がたった今でも、この国は原発をやめようとしていないのは、一体どういうことなのであろうか。

 原発などという、事故が起きた場合、これほどまでに大規模な危険とコストをともなうものは、即刻やめるべきであり、より安全なエネルギーへと転換する、ということは当然のことだと思うのであるが、それを当然とは思わない人々がいるということなのだろう。

 もともと原子力発電は、実用できるのかどうか、使い物になるのかどうかもわからない状態で、まったく手探りで始められたものであった。それを思えば、原子力とは別の代替エネルギー生産技術に取り組むことは、おかしくもなんともない。日本の戦後の焼け跡には、原子爆弾の被災があったが、原子力電力はなかったのである。それをここまでやってきたのだ。また、ゼロから出発するということだ。

 バケツでウランを運んでいた東海村JCO臨界事故の時も思ったが、この国では原発はオーバーテクノロジーであって、とてもではないが原発を扱う技術力、組織力、マネジメント力、政治力がそもそもない。事故の際は言うまでもないが、仮に事故が起きなくても、耐久年数を過ぎて廃炉する原発の廃炉方法についても確立されていない。核廃棄物をどうするのかということは、誰にもわからないのである。

 東電の隠蔽体質はまったく変わっていない。汚染水の処理もできておらず、さらに増え続ける汚染水をこの先どうするのかもきまっていない。安全な汚染基準すら定まっていないのに、汚染除去は完了したとして避難指示を解除し、帰宅しないのはその人が悪いとする行政の対応など、挙げていけばきりがない程、話にならないことが多い。

 この5年間で、原発についてさまざまなことがわかった。結論はもはやはっきりしている。原発はダメだということだ。

 にもかかわらず、政府は原発を推進しようとしている。

 関西電力の高浜原子力発電所3、4号機に対して、滋賀県の住民が求めていた運転差し止めの仮処分を大津地裁が認めたことについて、産経新聞は、例によって例のごとく「常軌を逸した地裁判断だ」と騒いでいるが、福島原発事故後、東電の対応を取材しているフリージャーナリストの木野龍逸のブログを読むと、今回の裁判所の処分の正しさがよくわかる。

 事故の際の避難計画はいい加減であり、そもそも福島第一の事故原因が明確になっていないので、安全基準の根拠がない。またもや電力会社の隠蔽体質、情報の非公開さなど、どう見ても原発稼働が認められるものではない。そして、こうしたことを「高浜原発の強制停止がもたらす電力不足や電気料金上昇など社会的なリスクの増大にも、目をつむるべきではない」と言ってごまかすのが産経メンタリティである。

 産経は「高度に専門的な科学技術の集合体である原子力発電の理工学体系に対し、司法が理解しきったかのごとく判断するのは、大いに疑問である」と言うが、司法は、原子力発電の理工学体系を理解する必要はなく、また理解しようともしていない。一般の国民が理解できる内容の安全性、非難計画を出してくださいと言っているだけだ。それらが、一般人が理解でき、納得できる内容になっていないから司法は稼働を認めなかっただけなのだ。

 東電や政府の福島原発の事故対応は、あまりにもおそまつなものが多い。国のエネルギー政策どうこうよりも、もっと低レベルで理解し難いことが多すぎる。

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March 06, 2016

辺野古訴訟和解

 沖縄の翁長雄志知事による辺野古の埋め立て承認取り消しをめぐる「代執行訴訟」で、県と国は福岡高裁那覇支部が示した和解勧告案を受け入れ、和解が成立したという。

 ようするに、工事は中断され、翁長知事が埋め立て承認を取り消した時点に戻るということである。国は辺野古移転を取り下げておらず、沖縄は辺野古移転は承認しないとしている。なにがどう変わることはなく、ただ単に問題を先送りしただけだ。

 産経新聞の社説が書いているように「6月5日投開票の沖縄県議選や夏の参院選への影響を考慮して双方が一時的な問題の棚上げを図ったにすぎないのであれば、成果は全く期待できない。」のである。

 この「なにがどう変わることはなく、ただ単に問題を先送りする」というのは、これまで安倍政権が行ってきた手法である。日本経済の根本問題をなんら解決することはないアベノミクスしかり。アメリカ頼みで、自分たちで解決しようという意思すらない北朝鮮拉致問題しかり。日韓の慰安婦問題しかり。一見、なにか物事が進展したように見えるが、実は何も進んでおらず、ただ問題が先送りされただけというやり方を行うのが安倍政権は上手い。

 こういうことは先送りするが、憲法改正は先送りする気はないようである。今やるべきことを今やらず、今やるべきではないことを、今やろうとするのが安倍政権である。

 今回に和解で国と県は協議すると言いながら、安倍首相はその日に、記者団に「辺野古が唯一の選択肢であるという国の考え方に変わりはない」と言ったという。これは、協議するつもりなどまったくないと言っていることを同じだ。安倍政権のいう「和解」とは、沖縄側が辺野古移設を承認するということであるが、そんなものを和解とは呼ばない。

 沖縄タイムスを読むと、辺野古の基地建設の埋め立て承認の違法性を争う国と県の代執行訴訟の争いは、かなり踏み込んだものになっている。沖縄タイムスはこう書いている。

「県側は、戦後71年に及ぶ米軍基地の過重負担を受けた上、100年以上の耐用年数を持ち、機能強化される基地の建設は「焼け太り」「盗人に追い銭」と厳しく追及。沖縄の将来の発展を考えると、埋め立て承認の要件である「国土利用上適正かつ合理的」とは到底言えないとした。

 また、仲井真前知事の承認には辺野古大浦湾の希少な生態系を保全するという観点が全く欠けていたと主張。辺野古集落への騒音影響が軽微であるという国の評価も、日本政府が米軍の運用に口出しできない実態から「信用性がない」と突っぱねた。代執行手続きの要件で、「知事が是正する見込みがない」という国の主張を「それこそ政治的な議論」と非難した。」

 沖縄が国に求めているのは、普天間返還と辺野古移転中止である。沖縄が言っていることは、どこをどう見てもまっとうな正しいことだ。とかく政治の世界では「正しいこと」が通らないことが多い。だからこそ、翁長知事は公開される法廷論争の場に出ているのであろう。

仮に、国に都合がいい判決になった場合、沖縄県はさらなる訴訟を提起して、最終的には最高裁にまで行くだろう。最高裁にまで行ったとしても、裁判の判決理由は広く国民に提示されることになり、その内容が納得できるものであるのかどうかが問われることになる。例えば、砂川裁判のようなことはもはやできないであろう。

 普天間基地が返還され、辺野古移転が中止になっても米軍側はなにも困ることはない。何度も書いているが、嘉手納基地の返還運動にまで広がることこそ在日米軍が最も困ることなのである。

 おもしろいのが、3月5日の産経の社説を読むと、産経新聞はここまで辺野古移転をこじらせたのは安倍総理の側に問題があると認めるようになってきたように感じられる。読んでいて、まったくその通りと思っためずらしい産経の社説であった。この社説の最後に、こう書いてある。

「移設問題では昨年も工事を中断して集中協議を行ったが、歩み寄りは見られず、翁長氏は埋め立て承認の取り消しに踏み切った。

 再協議で同じ轍(てつ)を踏んではなるまい。普天間飛行場の固定化を避け、危険性を早期に除去する必要性を県民に対して丁寧に説明し、理解を促す努力が必要だ。」

「日米間で普天間飛行場の返還を合意してから約20年が経過した。この間に「5~7年以内」などの返還期限も設定されたが、いずれも実現していない。平成25年に両国政府が合意した返還時期は、34(2022)年度だ。

 約束の不履行が続いている現状は、日米同盟にも影を落としかねない。和解が解決への光明となるなら歓迎したい。」

 国と沖縄の関係を険悪化させ、またもや問題を先送りして、悪いのは沖縄の方だの一点張りの無能な政府に、産経ですらも本音のところでは、愛想がつき始めているのではないだろうか。

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