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January 31, 2016

旧暦

 連日、毎日新聞からで申し訳ないが、1月31日の毎日新聞のコラム「余録」を読んで、以下のようなことを考えた。

 今日の「余録」は、このような書き出しで始まる。

「爆買いの中国人観光客のせいか、旧暦を意識することが増えた。今年の旧暦の元日は2月8日。春節(旧正月)を祝う中国や台湾からの観光客が殺到するシーズンだ。出張を控え、ホテル探しに一苦労する人や観光地で受け入れ準備に追われる人も多いだろう季節感が感じられると、旧暦に親しむ人も増えているという。」

 棚田の保存活動に取り組むNPO法人が2013年から旧暦のカレンダーを発行していて、今年からは一部の大手書店も取り扱いを始めたという。

 そして、こう書いている。

「日本が1873年から太陽暦を採用した際、福沢諭吉はその利便性を説き、改暦に戸惑う人々を啓発した。こうした合理的精神が日本の近代化に役だったことは確かだろう。中華圏をはじめベトナムや韓国でも旧正月が祝われていることを考えると、長く続いた習慣をなぜ日本だけが変えられたのか。不思議にも思う。」

 日本が太陽暦になったのは、ここに書かれているように明治6年1月1日からであるが、長く続いた習慣をなぜ日本だけが変えられたのかについては、国のすべてが脱亜入欧だった。欧米にようにならなければ、欧米の植民地になるという恐怖感があったのであろう。

 しかしながら、大日本帝国は、中国大陸や韓国、台湾に関わりが深かったこともあり、明治になって太陽暦になったといえども、社会の様々な面において旧暦の文化は残っていた。日本人が旧暦を完全に忘れ去ったのは、明治ではなく、中国大陸や韓国、台湾を忘れ去った戦後である。

 戦後の日本人が忘れ去った中国大陸や韓国、台湾が、21世紀の初頭になって経済大国として大きく発展し、再び日本人の視野の中に入ってきたのである。

 であるのならば、中国大陸や韓国、台湾が、ごく当たり前のものとして暮らしの風景の中にあった戦前のような感覚を取り戻すことはできないだろうか。もちろん、戦前の日本のアジア観の構図は、進んだ日本が遅れたアジア諸国を統治するという目線があった。本来の大アジア主義の考えは、そうしたものではなったにせよ、結局のところ、そうしたものなってしまったという事実は否定できない。

 この21世紀では、日本が中国大陸や韓国、台湾を植民地するにするどころか、中国はGDPが日本を超えて世界2位の経済大国なのである。かつて、日本に侵略された側が、今度は日本を大きく威圧するものとして、日本の前に立ち上がっている。日本はその脅威に右往左往し、反中を騒ぎ、さらなる対米依存に走っている。今の嫌韓反中は、戦前の日本にあった中国・韓国への差別意識、植民地目線の裏返しなのである。

 明治以後から今日に至って、日本人は中国に対して、支配するか、完全に視野の外に置いて意識しないか、中国に支配される、という視点しかない。そういう時代、そういうことが可能であった時代は遠い昔になったのだ。そうではなくて、ごく当たり前の感情として、隣国の中国大陸や韓国、台湾を意識することができないものなのだろうか。

 日本も東アジア文化圏の国として、長く旧暦を使い続けてきたのであり、日本人の暮らしの文化の奥には旧暦の季節感がある。それは、近代日本よりも、もっと昔の日本がもっていた人々の自然な感情なのである。

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