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August 10, 2015

『日本のいちばん長い日』

 原田眞人監督の映画『日本のいちばん長い日』(以下、原田版と呼ぶ)を見た。

 この映画は、1967年公開の岡本喜八監督の映画作品(以下、岡本版と呼ぶ)のリメイクである。実際のところ、「いちばん長い日」としての昭和20年8月14日から15日正午にかけてをきちんと描いているのが岡本版であり、原田版の方はその「いちばん長い日」に至ったその以前からの経過的な部分もある。いわば岡本版は、天皇による終戦の聖断という状況におかれた人々の群像劇であり、原田版はその状況に至った人々の話とも言えるだろう。

 重要な点は、その人々の中に岡本版では単なる役割でしかなかった昭和天皇を、原田版では登場人物としてはっきりと出しているということである。原田版は、英語タイトルが「THE EMPEROR IN AUGUST」になっている。終戦決定時の昭和天皇の姿を出したかったのであろう。その意味では原田版では、『日本のいちばん長い日』という邦題は正しくない。原田版は岡本版のリメイクでありながら、正しくは『8月の天皇』なのである。

 もともと『日本のいちばん長い日』は、ポツダム宣言を受けて日本政府が降伏を決定した時から、8月15日の玉音放送が行われた時までの、その間の陸軍大臣の姿と陸軍省と近衛師団の若手参謀が中心となって起こしたクーデター未遂事件も含めてなにがあったのかという話だ。岡本版のは、そのへんの動向が緊迫感と暑苦しさをもって描かれていたが、今回の原田版では、終戦を求める昭和天皇の意向と、本土決戦をもって最後まで戦う陸軍の間に立って苦悩する陸軍大臣と、敗戦を認めず決起する若手将校たちと、さらにもう一人、この戦争を終わらせる意思を最後まで貫く昭和天皇の四者の視点になっている。

 さらに言えば、原田版は状況が主軸だった岡本版から人を主軸としている。その人を陸軍大臣阿南惟幾と首相鈴木貫太郎、そして内閣書記官長迫水久常の3人を選らんだことは上手いと思った。そして、ここにもう一人、新たな主軸として、67年当はできなかった昭和天皇を置いたのである。このへん、原田版は上手い。堤真一の内閣書記官長迫水久常は、どことなく『クライマーズ・ハイ』の日航機事故担当全権デスクっぽさがあっていい感じだった。

 大ざっぱに言えば、終戦の決定は各人各様まったくバラバラでまとまることがない政府閣僚に対して、昭和天皇の聖断によってようやく決まったものだった。この政府閣僚のダメダメさは岡本版ではそうでもなかったが原田版ではダメダメ度合いが高い。閣議のシーンを見ていて、こりゃあ天皇をもってこなければ、まとまることはできなかっただろうなと思った。

 本来、大日本帝国は立憲君主制であり、天皇は政府の決定に介入することはできない。ただし、これはタテマエであって、その実体にはかなり曖昧なところがあった。しかしながら、そうであったとしても、原田版の中で少し語られていたが、天皇の意思で戦争が終結したとなると、天皇の戦争責任が成り立つことになる。このことは、後の東京裁判でメモる一件になる。そうなることは十分に予測できることではあったが、山崎努が扮する鈴木貫太郎首相が言っていたように、このかなりきわどいことをやらざる得なかった。とにかく、天皇の聖断でなければまとまらないのある。

 この矛盾というか、構造的な欠陥のようなものは、大日本帝国の政体そのものにあったとも言えるだろう。鈴木貫太郎首相は、そうした矛盾があることを知りながら、あえて天皇の聖断で戦争を終わらせようとしたのである。

 岡本版の笠智衆の鈴木は、いかにも笠智衆らしく飄々としたジイさんであったが、原田版の山崎努の鈴木は飄々としていながら、老練で優れた手腕を持つ人物という感じがしていた。山崎の鈴木と役所の阿南の双方が「みず」とコップを差し出すシーンはおもしろかった。原田版には、こーゆーアソビのシーンがある。

 ちなみに、この閣僚たちのバラバラさは、後の東京裁判での誰がこの戦争を始めたのかという責任者さがしの無意味さにつがっていく。正論で言えば本木昭和天皇が言ったように、昭和天皇の名でこの戦争始まり、昭和天皇の名でこの戦争は終わったのであって、昭和天皇その人に責任があると言えば確かにその通りで、それで話は終わってしまうのであるが、日本人側にもGHQ側にもそういうわけにはいかなかったということがあって、この処理の曖昧さが、その後の戦後日本にずーと引きずり続け、今日に至る。

 岡本版の天本英世が扮する横浜警備隊の大尉はとにかく狂気以外のなにものでなく、あの時、こういう人はいただろうなと思わせるものであったが、松山ケンイチの横浜警備隊の大尉は小もの感がはんぱなく、これもまたあの時、こういう人はいただろうなと思わせるものであった。松山ケンイチはいい役者だわあ。堤真一の迫水久常にせよ、原田版には岡本版への小ネタが多く、逆に物語としての構成が岡本版と比べると散漫なものになっている欠点はある。

 戦争は、始めるより終わらせるのが難しいと言われる。日露戦争の時はかろうじて持ちこたえた奉天会戦と、バルチック艦隊を殲滅させた日本海海戦での勝利があり、軍部は停戦交渉をする意思があった。太平洋戦争はただ一方的に敗北し続けた末の状態での、しかも停戦交渉ではなく無条件降伏である。心情としては、そうカンタンに終わりできるものではない。

 岡本版でも原田版でも、畑中少佐であったか、陛下が戦争をやめよといって、はいそうですかとやめることは死んでいったものたちに対してどうなのかみたいなことを言うシーンがある。これはこれで正論だと思う(この言い分が、戦争をずるずると長引かせたとも言える)。

 しかしながら、その一方で、この先も戦争を続けていくことは、さらに戦死者を増やすだけであり、ここで戦争を終わらせる必要はあると昭和天皇がいうのも正論である。結局、こっちの正論を言うことができるのは昭和天皇ただ一人であった。しかし、それじゃあ、日本の勝利を信じて死んでいったものたちはどうなるのか、という堂々巡りの循環はある。皆、この循環を背負って生きていくしかない。

 昭和20年に8月14日から15日かけて、こうしたクーデター未遂事件があったということは、戦後史の本の記述ではあまり見ることはなかったように思う。私は初めて岡本版映画を見た時、本当にこんな出来事があったのかと思ったものである。戦後日本の文脈で言えば、終戦に抵抗した若手将校たちの行動は狂気以外のなにものでもなく、絶対的に否定しなくてはならないものであったのだろう。このへん、岡本版にはそうした戦後日本の風潮に向かって、あの日、決起した若手将校たちの狂気さを見せつけるかのような気迫と緊張感がある。岡本版が公開された67年は、こうしたモロモロとゴタゴタがあって、今の日本があるという意識と雰囲気が濃厚にまだ残っている時代であったのだろう。

 これに対して戦後70年の年月がたった原田版では、岡本版のような最初から最後まで激烈な情感と、モノクロ画面から感じられる役者の汗が感じられることはない。しかしながら、決起という状況の中で、だんだんと狂気になっていく松坂桃李の畑中少佐は、これはこれで見応えのあるものだった。軍人というもの、特に帝国陸軍の陸軍省や参謀本部の参謀将校には、(もちろん、帝国海軍の軍令部もそうであったが)極端な狭窄さ、狭量さがあった。このへんが、原田版ではよく出ていたと思う。

 本木雅弘の昭和天皇は、見事の一言につきる。「あっそう」という言葉を出したのは驚いた。そこでまで出したのかという感じである。役所演じる阿南の前になにか人が立って、阿南が自分から敬礼をする。陸軍大将が敬礼する相手って誰だろって思ったら本木雅弘の昭和天皇だった。それりゃあ阿南は畏まるよなと思った。

 御前会議が終わり陛下は出て行く、閣僚たちもバラバラと席を立とうとしている。そこへ侍従の人らしき人が阿南に耳打ちをする。阿南は部屋を出る。はああ、これは天皇からのお呼び出しか。陛下は阿南になにを言うのか、と思っていたら、昭和天皇は阿南に、娘の結婚式は無事に済んだのかと訪ねられる。なんだい、そんな話かよと思ったと同時に、これは本当にあった会話なのかと思った。あの日の宮城内御文庫地下の防空壕の中で、昭和天皇は阿南陸軍大臣にこんな話をしたのだろうか。

 原田版での昭和天皇は、どの程度まで史実に基づいているのだろうか。原田版での昭和天皇は、こうしたことがあっただろうと納得ができる箇所もあれば、そうでない箇所もある。昭和天皇は、西欧的リベラルな教育を受けた人であったが、国民がどうこうというよりも、天皇として皇祖皇宗への思いが強い人であったという。原田版の昭和天皇は、どう見ても、軍を抑えることができず戦争に至ることになった昭和天皇と、終戦後の昭和天皇の姿に合わないところがある。

 偏った見方の記述が多いように感じられるとは言え、その内容を無視することはできないアメリカの歴史学者Herbert P. Bixの歴史書『Hirohito And The Making Of Modern Japan』の昭和天皇像は、どちらかと言えば国民のことを思っていた天皇ではない。原田版の昭和天皇は、あくまでも映画としての昭和天皇であり、史実の昭和天皇とは別のものと考えなくてはならない。

 陸軍大将阿南惟幾の「一死以テ大罪ヲ謝シ奉ル」のは、誰に対しての「大罪ヲ謝シ奉ル」であったのかといえば、それは言うまでも天皇である。良くも悪くも大日本帝国陸軍は、国民の軍隊ではなく天皇の軍隊であった。幕末の戊辰戦争の官軍として始まった帝国陸軍は、8月14日から15日のかけての陸軍大臣の自決と将校たちの狂気の決起とその失敗をもって終わった。

 政治家たちはまとまらずバラバラで、内実は国際水準から著しく遅れたレベルで、「中国があ」と言うネトウヨが跋扈する今の時代とあの頃となにが違うのであろうか。この映画について小林よりのりは、再び天皇陛下に決めてもらわないといけないような時代にしてはならない、と言ったという。つまりは、この国はこの時となんら変わっていないということを言いたいのであろう。その通りである。

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