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June 21, 2015

日韓基本条約から50年がたった

 日本と韓国の間で1965年に日韓基本条約が結ばれ、日韓国交正常化が達成してから、22日で50年になるという。本来であれば、大々的な催しが行われるのだろうが、日韓両政府は22日、双方の大使館が東京、ソウルで国交正常化を記念する式典を開くだけであるという。安倍晋三首相と朴槿恵大統領は出席はしない。双方、日韓基本条約などというものはなかったことにしたいようだ。

 新聞やテレビは、依然として日韓関係の悪さを風潮しているが、それは政治の話であって、経済やサブカルやメディアなどいった政治以外では、日本と韓国は「ひとつの経済圏」になっている。歴史認識で隣国どおしが政治的にもめているというのは、世界の国々の至る所にある「よくあること」であって、日本と韓国だけの出来事ではない。今の日本と韓国のような不和は、いわばあたまえの正常な状態なのだと言えるだろう。

 韓国が日本を恨むのは当然のことであり、恨まれて当然のことを日本はやった。恨まれて当然のことを日本はやったのであるが、日本側からすれば、あの時代の時代背景を考えれば、これも当然と言えば当然のことをやったという言い分はあるだろう。

 そもそもの話をするのであるのならば、大清帝国が西欧列強のアジア侵略をはねのけることができる強国であったのならば、その後のアジア史は変わっていた。日本は、明治維新をやることもなかった。

 しかしながら、そうはならなかった。西欧列強の軍事力の前にさらされた日本にしてみれば、なりふり構わずの富国強兵をする以外に方法はなかった。朝鮮は近代国家として独立し、日本とともにヨーロッパのアジア侵略に対抗することをなぜしないのか。日本列島から朝鮮半島を眺めると、そうした思いがあったのであろう。だから他国を侵略して良いという話しにはならないが。

 なぜ朝鮮は、清朝中国にもロシアにも依存しない、自ら独立した近代国家になれなかったのか。なぜ日本は朝鮮の独立を最後まで助けることをせず、最終的に日韓併合に至ったのか。日本と韓国の国レベルの間で、このへんの本質的な歴史認識の対話は未だ行われたことがない。従軍慰安婦という、いわば末端の出来事だけが持ち出されて、日本と韓国は、自国の歴史について本当に議論すべきことを議論していない。

 今現在の国の政治がどうであろうと、日本と韓国はこの先も存在し続ける。たとえ、この先「日本国」や「大韓民国」という国がなくなっても、日本列島と朝鮮半島に住む人々は存在し続ける。この日本列島と朝鮮半島に住む人々は、数千年のタイムスケールで、お互いがお互いに関わってきたのである。

 そうした本質的な議論を、政治家やマスコミも含めて、日韓双方の人々が対話できるようにならなくてはならない。従軍慰安婦で歴史認識がどうこうと言っている現状では、とても話にならない。

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