地下鉄サリン事件から20年がたった
先月の3月20日、地下鉄サリン事件から20年がたった。もう20年もたってしまったのかと思う。
オウム真理教は、確かに新しい宗教だった。オウム真理教の教義は、いわゆる後期密教である。日本に正式な密教が伝来したのは、9世紀の空海による。空海が大陸で学んだ密教は、その後、インドでさらに発展し、後期密教と呼ばれるものになる。日本の仏教は、これを取り込むことはなかった。これは後期密教は、中国よりもチベットやモンゴル、ロシアへと伝わり、中国の仏教は禅が主流になったためである。日本仏教は、鎌倉時代に大きく進展するが、ここで日本仏教が大陸から学んだものは禅であった。その後、日本仏教は大陸から学ぶことはなくなる。つまり後期密教は、日本に渡ってこなかった仏教なのである。
欧米で、1970年代頃からアジアの精神文化に関心が向けられることがブームになる。このブームは、80年代の日本にも伝わり、日本でも一種のブームが巻き起こった。バブル経済はピークに達し、日本社会はこれまでになかった経済繁栄を遂げるが、その一方で、若い世代はこの現状に嫌悪と喪失感を感じていた。そうした若者たちにとって、「新しい宗教」であるチベット密教は、自分たちの悩みを解決する真理の道であると感じたのであろう。ヨーガは、神秘体験をすることができる。ヨーガを知らない者が、少しのヨーガを体験をすることで神秘的な体験をして、これは本当だと信じたのだろう。この技法をさらに学ぶことで、さらなる体験をすることができると思ったのだろう。欧米文明では理解できないものを、アジアの精神文化は理解できると思ったのだろう。
つまり、オウム真理教の持つ「新しさ」と、アジア精神文化ブームとムーブメントと、バブル期日本の拝金主義への不安感の3つが、オウム真理教の人気の高さと短期間での入信者の増加をもたらしたのだろう。
オウム真理教の教団内部の日常については、森達也監督のドキュメンタリー映画『A』『A2』でわかるように、宗教の出家信者であるということはあるが、フツーな人々の集まりであった。オウムの内側から見ると、社会の側の過剰な反応が滑稽ですらあり、異質なものを排除しようとしているとしか見えないとさえ思えるものであった。ただし、個々の人々と、個々の人々が集まった「集団」「組織」は異なる。社会の側から見れば、オウムは殺人事件を起こしたカルト教団である。
なぜオウムは、反社会的な行動をとるようになったのだろうか。オウムの犯罪は、1988年の修行中に精神錯乱状態になった信者を、頭を浴槽の水につけるなどさせて対処していた時に死亡させてしまったことを隠蔽したことから始まる。この時、オウムは東京都に対して宗教法人になるための手続きを行っており、この事件で法人申請が却下されることを恐れたという。よく89年、脱会を希望した信者から、昨年の信者死亡が発覚するかもしれないということでこの信者を殺害した。ここで教団内部では、一部の信者たちの過激な行動と、教義にあった殺人を正当化する解釈の教義を重ね合わせていったという。
ここまでで言えば、起きてしまった事故を前にして、自分たちの組織を守ろうとする違法な組織防衛であったとも言える。世間一般の企業で、時折起こる不祥事、企業犯罪と同じとも言えるだろう。しかし、この後、オウムは自ら進んで犯罪行為を行うようになる。坂本弁護士一家殺害事件も組織防衛であったとも言えるかもしれないが、そうであったとしても過剰で不要な組織防衛であり、このことが逆に社会の側からの追及と排除を招くことになる。以後、教団はさらに様々な紛争や犯罪事件を犯し、1995年、地下鉄サリン事件に至る。
およそ組織というものは、間違った行動、正しくない行動をする可能性を持つ。オウム真理教だからとかいったことではなく、どの組織でもそれは起こりうる。だからこそ、起こらないようにする仕組みなり、マネジメントなりが必要なのだ。そうは言っても、地下鉄サリン事件は前代未聞の残虐行為であったということが言えるかもしれないが、テロで使ったものが日本刀であったのか、銃であったのか、ダイナマイトであったのか、化学兵器サリンであったのかの違いにすぎない。実行犯には、高学歴者が多かった。高学歴者や恵まれた職業についていた者が、なぜこのようなカルト教団に入信しするのかという声が多かったが、高学歴やエリートであればこそ感じる、今の社会への嫌悪感があるのだろう。
ようするに、この社会には価値がある、と思えるかどうかということなのだ。なんのための豊かさなのかということだ。そして、20年前、オウムの、というか、あの頃、若者だった者たちの多くが感じていた、この社会は終わってしまったという孤独感と喪失感と嫌悪感は、21世紀の今、グローバルに全世界に拡大している。911で自ら旅客機を乗っ取りニューヨークの貿易センタービルに突っ込んだ若者たちは、裕福な家庭に生まれ育ち、高等教育の学校を出た者たちだった。そうであっても、ヨーロッパには自分のいる場所がないと感じたのだろう。オウムと、911の実行犯と、今の世界中から「イスラム国」に集まる若者たちは同じだ。この20年間で起きたことは、テロリズムのグローバル化である。
テクノロジーの進歩により、本来は国家の軍隊でしか持つことができなかった武器なり、軍事技術なりが、今の時代は個人や集団で持つことが可能になった。そのことの是非は別として、圧倒的な軍事力を持つ世界覇権国アメリカに対して、政治的なアピールをするためにテロを行い、ネットで自分たちの政治目的を国際社会に広く主張することができる時代になった。
反体制のイデオロギーとしてのマルクス主義は、ソビエトの崩壊とともに終わった。マルクス主義思想は、労働者を引きつける以前に、知識人を心情的に引きつけてきたものであったが、今日、そうした心情はもはや消滅してしまった。また経済的に搾取される側だったアジアの諸国は、中国にせよインドにせよ工業化に成功し、経済成長に突き進んでいる。従って、今やアンチ・ヘゲモニーのシンボルになるのは中東であるということになった。
中東は欧米キリスト教国から虐げられてきたということでは、アジアと同様なのであるが、アジアは欧米を凌駕する経済力を持ち、国家として経済で対抗できるようになっている。だが、中東は石油産出国とは言え、いまだそうした力を持つに至っていない。だとすると、小集団組織でテロを行う以外に方法はないということになる。親米であり世俗であったモハンマド・レザー・シャー(日本のメディアでは、パーレビ国王と呼ばれている)政権の反動としての、反米でイスラム原理主義のホメイニ師のイラン革命がある。また、世俗政権であったフセインのパース党がいなくなると、その反対のベクトルとしての「イスラム国」が出てくる。世俗化の先には、原理主義への回帰がある。
以上を考えれば、今の中東にイスラム教の原点回帰の教義が生まれ、一部の過激派が欧米キリスト教国(そして、欧米キリスト教国側についている日本も含む)にテロを行うことは必然的なことであることがわかるだろう。
自分探しや生きがいの追及で、テロをやられてはたまったものではないが、少なくともそうしたことが可能な世の中になってしまった。「イスラム国」へ行って洗脳と軍事訓練を受けた若者たちが、ヨーロッパに帰ってきてテロを起こす。今後、こうしたことが起こる可能性は非常に高い。
最近では先日、チュニジアのバルドー博物館で起きたテロ事件もそうしたものであった。また、2日、NYでテロ攻撃を計画した疑いで、若い女性2人が逮捕されたという。彼女たちは、オサマ・ビンラディンを英雄視し、「イスラム国」の「国民」を自称していたという。さらに、ケニアのガリッサで大学が武装集団に襲撃されたテロ事件も、ソマリアから来たイスラム過激派によるものであった。
これからの時代、テロの問題はたいへん深刻な事態になる。中国の脅威がどうこう、ロシアの脅威がどうこうといった、国家間で大規模な戦争が起こる可能性よりも、テロの危険性の方がもっと高い。
テロで世の中は変わらない。テロリストがより大きな犯罪事件をおこそうとも、社会はそれを上回る弾圧をテロリストに行使する。しかしながら、武力でテロを抑えても、テロはなくならない。かりに「イスラム国」を武力で消滅させたとしても、また同じようなものが現れるであろう。
人をテロに駆り立てるものは、思想であり、観念である。これを防ぐのも、思想であり、観念である。かつて、コミュニズムが人類の前衛思想であると考えた人々がいた。しかし、ソビエトは経済のリアリズムの前に崩れ去った。マオイズムが、資本主義ではない新しい社会を建設すると考える人々がいた。しかし、いまや中国も資本主義に飲み込まれてしまった。アジアの神秘主義は、西洋のモダニズムを終わらせるものではなかった。イスラム教原理主義のジハードは、テロリズムしかもたらさない。未だ世界は、新しい光を見出していない。
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