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February 01, 2015

「イスラム国」人質事件の結末について

 イスラム国の日本人記者殺害脅迫は、最悪の結末になってしまった。

 昨年8月に湯川遥菜さんが人質になり、10月に後藤健二さんが人質になっていることを政府はわかっていた。わかっていたのに、なぜ安倍首相はイスラエルを訪問し、エジプトのカイロでの演説ではイスラム国への敵対行為と思われることを言ったのだろうか。人質救出のことなど、まったく考えていなかったと非難されてもしかたがないであろう。

 今回の出来事で明らかになったように、安易にアメリカとイスラエルの側に立つことを表明するのは危険である。世の中にはやたらと「正義」を標榜し、アメリカやイスラエルに「正義」があることを言い立てる人々がいるが、自国でイスラム国に対抗できる軍事力を持ってない日本の首相が、イスラムテロ集団を敵とすることを不必要に主張することは、日本国民に大きな危険を招くことになる。

 本来、戦後日本の基本的な外交方針は国連中心であった。中近東に対しては、パレスチナ・イスラエルのどちら側につくことはなく、非軍事的な支援を行うのが日本であった。それがイラク戦争に日本も参加し、自衛隊が派兵された小泉政権時代から対米従属による中近東への軍事的な介入をするようになってきた。対米従属ということでは、サンフランシスコ体制下にある戦後日本はいつの時代も対米従属であったと言えば確かにそうなのであるが、そうであっても独立国家として、できるだけアメリカとは距離をもって独自外交をしようとする意思が戦後日本にはあった。

 ところがいつの間にか、この意思はなくなり、ただひたすら、とにかくすべて対米従属であれば日本国は安泰であるかのように思う状態になってしまった。これまでも日本はアメリカとイスラエルの側に立つことを表明してきたが、中近東と日本は地理的に近いわけでもなく、テロの矛先が日本に向けられることはほとんどなく、大きな被害もなかった(ただし、日本人人質事件はあった。日本人が殺害されたこともあった)。だからこそ、自分たちは「悪」のパレスチナやイスラム国と戦う「正義」の側であるかのような気分に酔うことができたのであろう。

 しかしながら、それはまったくの空虚な幻想であったことが明らかになったのが、今回の出来事であると言えるだろう。日本経済は、いやでも中近東に関わらざるを得ない。しかしそれには、それ相応のリスクが伴うということである。今後、テロリストの矛先が日本人に向けらるようになると、中近東やイスラムについてそう深く知っているわけでもなく、外交交渉に有効な人物とのコネクションがあるわけでもなく、ましてやテロと戦う軍事力を持っているわけでもないという日本の無力さがますます露呈される。政治家が安易にアメリカとイスラエルの側に立つことを表明するのは、リアルな国際社会を知らないからだ。

 では、テロと戦うことができる軍事力を持てばいいのだろうか。安倍総理は今回の事件を使って集団的自衛権の必要だとか邦人救出ができる自衛隊にするようにするかもしれないが、根本的に国家ではないイスラム国と戦争をしたとして、なにをもって勝利とするのであろうか。テロと戦うということと、どこどこ国家と戦うということは次元が違うのだ。

 空爆では、イスラム国をなくすことはできないことは証明済みである。むしろ、アメリカの空爆はテロとは無関係な一般市民に被害を及ぼしている。必要なことは、テロリストの一掃だけであり、一般市民に被害を与えることではない。ところが、このテロリストの一掃だけを行うということが、もはや不可能になっている。イスラム国にさらなる空爆をしたり、この先、アメリカ軍の地上部隊を投入したとしてもテロリストをなくすことはできない。世界中からムスリムの若者たちを引きつける「力」がイスラム国にはある。この「力」そのものをなくさなくては、イスラム国なるものはなくならない。

 何度も強調して恐縮であるが、テロリストは廃絶させなくてはならない。しかしながら、その方法は一般市民を巻き込み、新たなる混乱と恨みをもたらすものであってはならない。例えば、イスラム国に核ミサイルを打ち込んだとして、Islamic Stateというものはこの地球上からなくすことはできるが、また同じようなテロ集団組織が出てくるだろう。この方法では、この世からテロリストをなくすことはできない。そもそも軍事力で押さえつけることは、テロとの戦いで有効な方法ではないのである。

 日本人であった湯川さんと後藤さんは、日本人であるというただそれだけの理由で殺害された。これからの世界は、日本人が日本人であるというただそれだけの理由で殺害される可能性があるという世界になってしまった。

 泥沼のようになった中近東の混乱と恨みの連鎖を終わらせることで、唯一確かなことは、それは軍事力ではないということだ。

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