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November 2014

November 30, 2014

「イスラム国」の出現

 シリアやイラクだけではなくアフリカにまでその勢力を拡大しつつある「イスラム国」の脅威が高まっている。

 アメリカは「イスラム国」を国家ではなく、単なるならず者集団のテロ組織に過ぎないとしているが、そのならず者のテロ組織が国境を越えて活動し、カリフによる統治システムを復興し、インターネットで教義を説き、聖戦への参加を世界中に伝えている。

 「イスラム国」が目指しているものは、かつてのイスラムの復権であるとされている。もともと中東の国境線は、第一次世界大戦中にイギリス、フランス、ロシアの間で結ばれたオスマン帝国の領土分割に関する秘密協定であるサイクス・ピコ協定で決められた。いわば国際社会の列強国が勝手に決めたものである。

 サイクス・ピコ協定から約100年後の今日、「イスラム国」の指導者アブー・バクル・アル=バグダーディーはこれを否定し、非イスラム教徒たちが勝手に決めた国境を越えたイスラム共同体への回帰を訴え、暴力によるイスラムの統一を掲げている。いまや、この「イスラム国」に欧米やアジアなどから戦闘員や義勇兵として加わるムスリムは後を絶たない。

 今日、砂漠の民がネットを通じて北アフリカや欧米やアジアのムスリムの若者たちを洗脳して集め、彼らに戦闘訓練をして戦場に送り出している。この極めて異質な「国家」の出現は、ヨーロッパで誕生した「国民国家(ネーション・ステート)」の概念と相反するものとしても大変興味深い。

 「イスラム国」の台頭を作ったのはアメリカである。ブッシュ共和党政権が「悪の枢軸」と名指ししてイラクを攻撃、フセイン政権を打倒し、フセイン大統領を処刑した。まがりなりにもフセインの独裁政治の下で、スンニ派、シーア派、クルド人の3つのグループはとりあえずまとまっていたが、その安定が壊れ、イラクの社会情勢は混乱してしまった。そこに乗じてシリアなどからスンニ派の過激派組織ISIS(ISIL)が加わり、さらに事態は悪化してしまった。これらの混乱を招いたのはアメリカによるイラク戦争である。サウジアラビアはフセイン後のイラクでシーア派が勢力を拡大することを防ぐために、ISISのようなスンニ派の過激派組織を陰で支援してきた。こう考えてみると、「イスラム国」を作ったのはアメリカでありサウジアラビアであると言えるだろう。

 イラク戦争を始めるにあたってブッシュ大統領とネオコン一派は、フセインさえいなくなれば、イラクはすぐにでも日本のように民主主義の国になり、中近東に民主主義が広がっていく、だからフセインを倒さなくてならないかのようなことを言っていた。それはまったくの誤りであった。イラクには大量破壊兵器はなかったし、フセイン政権を倒す正当な理由はどこにもなかったし、現にフセイン政権崩壊のイラクはこうした燦々たる有様になっている。

 ネオコン一派は、未だその責任をとっていない。イラク戦争に反対した心ある人々は、フセインを倒してもイラクは民主化することなく、分断と紛争の地になると述べたが、その通りになった。このことについてネオコン一派は反省していない。反省しているのは、フランシス・フクヤマぐらいだろう。

 イラク戦争は間違いであり、今日のアメリカの衰退を招いたのはブッシュ政権である。思えば、アルカイダが発生したのもアメリカの中東政策の誤りであったことを考えると、アメリカが中近東に介入して、ろくなことはなかった。

 現在、オバマの中東政策は失敗していると言われているが、ブッシュの時代ですでに修復不可能な状態になっていたことが数多くあり、その後を継いだオバマはどうしようもできないことがあったのである。このことは、オバマが大統領に就任した時からすでに一部で言われていたことだ。ブッシュの政策の失敗を次に政権が引き継がなくてならなかったものである以上、すべてをオバマの誤りとするのは無理がある。

 むしろ、他人の国に暴力で介入することは正義でもなんでもなく、むしろ事態を悪化させ、さらなる、もっと大きな暴力をもたらす。歴史において幾度となく繰り返してきたこの過ちを、アメリカはオバマ政権になってようやく学び初めてきた。これを逆戻りさせてはならない。

 とは言っても、これほど混乱させてしまった中近東から、このままで手を引くわけにはいかず、アメリカは今後も「イスラム国」との対テロ戦争に進んで行かざるを得なくなっている。

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November 24, 2014

アベノミクス選挙

 興味深いことに、読売新聞と産経新聞以外ははっきりと安倍政権に反対の意思を示している。安倍政権ではどうも良くないという雰囲気が生まれつつあるように思える。

 アベノミクスの継続を問う解散と言われているが、アベノミクスは終わっていることはもはやわかりきっているほどわかっていることだ。雇用に効果は出ているというが、では正規雇用の就業率はどうなのか、賃金はどうなのか、そう考えてみればとても話にならないことがわかるであろう。過去20年間、「この方法」では日本経済は再生しないことはわかっていることを、アベノミクスという看板に変えてまたやっているだけなのだ。

 今回の選挙の目的は消費税の先送りの是非を問うことではない。今回の総選挙で、また自民党が過半数を超えるようなことになるとどうなるか。選挙の時は経済最優先と言って票を獲得しながら、実際のやることは集団的自衛権の法制化と改憲をやろうとすることは明白であろう。その背景固めの選挙なのである。

 各種の改革、産業構造の転換や新規産業の創出を妨げているものの大きな要因のひとつは規制であり制度である。この大きな壁を壊していかなくてはならない。ところがそうしたことはいっこうにやらないで、国民の抵抗がある原発推進や集団的自衛権、憲法改正、辺野古移転、特定秘密保護法などいったことは、壁を乗り越えて粛々と進めていこうとする、その意図がさっぱりわからない。このままでは国内産業は衰退の一途を辿るだけだ。

 安倍政権の思惑は、アベノミクスでは経済は良くならないことがバレ始めているが、かといって他の政党に有権者を引きつける政策があるわけではないので、結局自民党に投票するしかないということであろう。

 その思惑通りにいくかどうか。 

 安倍政権はなにをやっているのか、さっぱりわからない。いっこうに景気は良くならない。そうした感覚を有権者の多くが持つようになると自民党への投票数は減る。他に選択肢がないから自民党に投票した。あるいは投票所にいかないでは組織票を持つ自民党や公明党の圧勝になる。この安倍政権が続いていいのか。経済は良くならず、国内産業は衰退する。原発は再稼働され集団的自衛権の法制化が進み、憲法改正の動きが始まる。それでいいのだろうか。

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November 23, 2014

米中会談での温室効果ガス削減

 日本における地球温暖化の認識は「地球温暖化なんてウソだろ」という地球温暖化をマガイモノ、エセ科学とする認識である。その一方で、最近の天気はおかしいことを漠然と感じている。

 地球温暖化あるいは気候変動について、当然のことながら細部において様々な議論はある。議論はあるが、人類の活動が地球環境に大きな影響を与えている、その影響により今後、人類の(人類の、である)生存に適した環境を維持することができなくなっているという認識は、21世紀の今の時代、国際社会の常識的な認識になっていると言えるだろう。

 滅びつつあるのは野生のサイやゾウではない。もちろん、それらの動物は絶滅の危機にある。しかしながら、危機にあるのは人間の環境なのだ。地球温暖化は地球の危機ではなく、人類の危機なのである。

 ところが、この国では「地球温暖化なんてウソだろ」の話が依然として多い。世界の先進国が今の産業や文明そのものあり方を変えなくてはならないと、実行できるのかどうか別として、少なくとも思ってはいるの対して、この国では「地球温暖化なんてウソだろ」といったレベルの話をしている。

 なぜそうなのかついては、機会を改めて考えてみたい。

 今月の12日、アメリカのオバマ大統領と中国の習近平国家主席は温室効果ガスの削減や非化石燃料への転換などといった温暖化対策で合意した。もちろん、アメリカと中国の首脳がそうしたことを「考えている」だけで実際のところどうなのかということはある。しかしながら、京都議定書から離脱し国際的な温暖化対策に従うことを避けてきたアメリカと、これまでCO2の削減目標を拒否してきた中国が削減の目標値(あくまでも目標値ではあるが)に合意したことに世界からは驚きを持って見られた。

 言うまでもなく、世界でもっともC02を放出しているのはアメリカと中国である。特に中国は公害超大国といってもよいほど環境対策が遅れている。しかしながら、この二つの国は、まごうことなき人類の環境を破壊している国ではあるが、その一方で風力発電などにも力を注ぎ、脱化石エネルギーの先頭に立っている国なのである。このへんに大国のすごさを感じる。

 シェール革命により石炭と石油から天然ガスへの転換が進むアメリカはともかく、中国はそうした脱化石燃料の方向へ切り替わろうとしている。今回、中国がCO2排出削減でアメリカと合意したのは、国内での石炭発電を大きく下げる政策が軌道に乗り始めたからだ。中国が排出しているCO2の膨大な量の大きさでは、石炭発電の規模を少なくするだけで、それだけでもCO2排出削減に成功していることを世界に示すことができる。ただし、CO2排出量を2030年頃をピークにして減らすというが、これから15年先では習近平はトップの座にはいないし、この15年間はどうなるのかということがある。この先15年間、中国が排出する量はさらに増える。温暖化はさらに進展することになる。

 また、中国では化石燃料に変わる再生可能エネルギーの中に原子力発電も大きな位置を占めている。ここに中国とは違う、日本のスタンスを世界にアピールするポイントがある。

 今、我々に求められているのは、大規模なC02の排出をしなくても成り立つ産業社会である。原発の稼働を求める産業界も原発が必要なのではなく、安くて安定した電力の供給が必要なのであり、いまのところそれを可能とする技術は原子力発電なので原発稼働を求めているだけだ。原発は化石燃料を使用しないといっても核廃棄物を残す以上、とてもではないがクリーン・エネルギーとは言えない。原発への過度な依存をやめる。再生可能なエネルギーの比率を高めることは、CO2排出削減への道につながる。

 自然エネルギーの発電など使いものにならないという声があるが、原子力発電も最初はそうだった。日本の政府とメーカーはアメリカとの密接な関係の中、戦後まもない頃、まだ使い物になるかどうかわからなかった原子力発電に国策として取り組み、ここまで原発を増やしてきたのである。そのことを思えば、ここでまた国策として脱原発へと進んでいくことは可能だ。戦後日本の原発産業がそうであったように、新しいエネルギー産業の創出が、新たなる雇用の場と市場を増やし新しい経済成長を可能にする。

 今の状況は、温暖化対策において日本は中国にすら遅れていると言わざるを得ない。この国は、ますます世界の主流から外れていく。

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November 22, 2014

沖縄県知事選

 沖縄県知事選は16日、辺野古移設に反対している前那覇市長の翁長雄志氏が当選した。

 沖縄の民意は辺野古移設反対である。これで困ったのは日本政府以上にアメリカだろう。沖縄での嫌米基地意識はエスカレートする一方だからだ。

 実際のところ、良好な日米同盟を持つためには、米軍がなんのメリットも感じていない辺野古移転をするよりも、アメリカがこれからやろうとしている普天間飛行場の返還して嘉手納基地を指令系統の中核とし、沖縄から米海兵隊は撤退し、今後は巡回訓練で海兵隊は沖縄に来ることを沖縄県民の感情を損ねることなく円滑に進めていくことが必要だと考えるのが当然の思考なのである。

 こう考えていくと、実は沖縄問題などというものは存在しないということがわかるだろう。辺野古移設に固執しているのは日本政府と外務省だけなのである。政治家と外務官僚の基地利権への固執が沖縄の反米基地感情を高めたのだ。アメリカは、そんなものにつきあうつもりはまったくない。

 むしろ、アメリカが危惧しているのは、この先、このままでいけば嘉手納基地への反対運動がさらに盛り上がるかもしれないということだ。日本政府は強固な日米同盟を持つと言いながら、やっていることはアメリカ無視で、反対のことをやっているのである。アメリカから見ると、日本政府は米軍再編に強力する意思はないように思われてもしかたがないだろう。これでは安倍総理はオバマに嫌われるのも無理はない。

 沖縄には海兵隊の常駐が必要なのだとか、辺野古に基地が必要だとか、中国が尖閣諸島に攻めてくるとか、どうして間違った認識がまかり通っているのだろうか。そうした間違った前提認識から、さらに間違った認識が生まれ、もはや二重、三重にもねじれたものになっている。基地に反対するのならば、中国の支配下になっても良いのか式の話はお笑いものである。そうしたことよりも、大中華圏とも言える中華経済圏に対してどう対応するのかといったことの方がもっと重要だ。東京の政府に対して、反対すべきことはきちんと反対する沖縄は立派である。

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November 16, 2014

年内解散

 「安倍晋三首相は記者会見を18日に開き、来年10月に予定する消費税率の10%への再引き上げを1年半先送りした上で、年内に衆院解散・総選挙を実施する考えを表明する方針を固めた。」という。

 消費税はもちろん上がらない方が良い。しかし、上げなくてならない理由があったはずだ。経済全体ではどうなのかというと、財政赤字を拡大するだけで実体経済の成長はないアベノミクスである。ここで増税をやらないとなるとまたもや「輪転機を回しでお札を刷る」のかということになるが、日銀ももはやこれ以上のことはできない。結局は国債を乱発するしかないということになり、もはや危機的状態をとっくに過ぎている財政赤字をさらに広げることになる。

 景気が良くないので増税を見送るというが、ではこの先、増税を見送れば景気が良くなるのであろうか。良くなる気配がまったくない。日本の成長率はこれからさらに低くなることが十分予測される。社会保障の財源問題はこのままになり、給付を下げて負担を上げることがこれからも続く。その一方で現役世代の収入は変わらず、アベノミクスの一時的景気効果が終わる来年は不況が待っている。

 消費税が上がればどうこう、下がればどうこうということではなく、経済の実体を成長させるにはなにをどうしたらよいのかという話になぜ進んでいかないのか疑問である。規制改革や構造改革がなぜ進まないのか。政界と官界と財界そしてメディアの4つが強力な権力になってこの国の市民を縛り上げているからだ。この構造そのものを変えなくては、いくら消費税を増税してもなにも変わらない。

 実際のところの話しをすれば、消費税で社会保障費をどうにかしよう、財政問題をどうにかしようというのがそもそも間違っている。江戸時代の民衆は米の値段が上がれば打ち壊しを行った。

 この年内解散は、安倍政権とは日本の経済危機をさらに悪化させた政権であったという終わりへの始まりになるだろう。

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November 09, 2014

オバマ民主党大敗

 11月4日のアメリカの中間選挙は共和党が上下両院とも過半数を占め民主党の惨敗という結果になった。

 メディアの多くは、オバマ政権はレームダック(死に体)化してしまったかのように報道している。アメリカは今後、共和党政治へとまたもや傾くことになるのだろうか。オバマによってアメリカは弱くなってしまったという声が多い。今回の中間選挙の結果は、国際社会で強力なリーダーシップを発揮する強いアメリカ、世界の警察官アメリカへと戻ることを望む感覚を反映しているのであろうか。また、オバマケアについての批判も大きかった。

 オバマや民主党政権がどうこうではなく、我々はもっと本質なことを考えなくてはならない。オバマをいくら批判しても、今の複雑な国際情勢とアメリカの現状は変わることはない。レームダックしているのはオバマ政権ではなく、かつてヘンリー・ルースがいった世界覇権国アメリカを意味する「アメリカの世紀」である。このことはオバマ政権からではなく、その前のジョージ・W・ブッシュ政権から始まっている。イラク戦争は、20世紀アメリカのレームダック化の現れであったのだ。

 ウクライナ情勢や「ISIL」に対して強力な指導力を発揮できないのはオバマ大統領のせいではない。本質的には、20世紀の「強いアメリカ」像を引きずっている今のアメリカ外交のあり方そのものに原因がある。もし共和党政権になれば、むしろもっと悪い結果になるだろう。

 ここで問題なのは、アメリカ自身が新しいアメリカ像をまだ見いだしていないということだ。今回の中間選挙でも、共和党はオバマ批判の一点張りであって、ではどうするのかというと、なんら新しい政策はなく、昔のままの「強いアメリカ」へと戻ることである。しかしながら、現実として巨大な財政問題を抱えるアメリカに昔のような「世界の警察官」に戻れといっても、そういうわけにはいかない。共和党のオバマ批判は、オバマケアについてもオバマの外交政策についても実質的な内容がない、ただオバマを批判したいだけのものになっている。

 財政以外にも様々な国内問題を抱えるアメリカは、もう以前のアメリカではない。「20世紀アメリカ」はとっくに終わったのである。アメリカはこのことに気がつき。新しい「世界の中の覇権国アメリカ」を樹立する必要がある。ヘンリー・ルースの「アメリカの世紀」は20世紀のアメリカ・イメージであった。今、必要なのは21世紀の新しい「アメリカの世紀」像なのだ。そのイメージを持って、これからのアメリカの行く先を論じる政治家が必要だ。もはや「強いアメリカ」「アメリカは世界の警察官になるべき」というのは時代錯誤な妄想である。

 しかしながら、どうも現状ではそうした政治家が出ていない。本来、今のアメリカ政治が問うべきことはオバマがどうこうではなく、これからのアメリカはどうあるべきかということであったはずである。ところが、今回の中間選挙を見ると民主党は自分はオバマとは違う、共和党はオバマを批判することしかなかった。この先も議会が民主党過半数であろう共和党過半数であろうと、大統領が民主党であろうと共和党であろうと、アメリカは分裂し続けるだろう。

 中間選挙で共和党が大勝したから、次の大統領選挙は共和党の大統領が選ばれるようになるわけではない。大統領選挙になると若者や女性やアフリカ系、ヒスパニック系、アジア系などいわゆる白人中高年層ではない人々の票が大きく影響をする。ただし、毎度の如く巨大メディアが投票結果を大きく左右する危険性は常にある。

 今の時期のアメリカは、新しいアメリカ像を模索している時期だとも言えるだろう。本来ならば、21世紀の最初の10年間でこのことをやっておけばよかったのであるが。9.11とブッシュ政権がそれを遅らせてしまった。この政治混乱の先に新しいアメリカ像が出てくるのか。それはまだわからない。

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November 04, 2014

IPCC報告が第5次統合報告書を公表した

 国連のIPCC「気候変動に関する政府間パネル」は「2日、地球温暖化を巡る最新の研究成果をまとめた第5次統合報告書を公表した。今のペースで温室効果ガス排出が続けば、今世紀末には人々の健康や生態系に「深刻で広範囲にわたる後戻りできない影響が出る恐れ」が高まり、被害を軽減する適応策にも限界が生じると予測。その上で、気温上昇を抑えるために「多様な道筋がある」として、各国政府に迅速な実行を迫った。」という。「報告書は、温暖化の主な原因が人為である可能性が「極めて高い」(95%以上)と断定。」している。

 断定もなにも、人類社会は産業化以後、膨大な量の森林を伐採し、化石燃料を燃やしてきたことを思えば、地球大気にCO2を排出しているとは中学生でもわかることであろう。そのCO2やメタンの排出が地球の気象を変えているということはまったくの疑いようがないことである。地球環境に影響を与えていないと思うことが異常であり、まともな科学的思考ができない人と言ってよいだろう。

 問題はそれが「どれほど、どのように影響を与えているのか」ということであり、その点において各種様々な見方、考え方がある。地球環境という巨大で、いまだよくわかっていないことが数多くあるものについて明確な答えを出すことができないのは当然のことであろう。

 もうひとつの誤りやすい点は「温暖化」という言葉である。温暖化しているのならば、寒くなることはないではないかという意見だ。こうしたことを言う人は「ある地域において気温が上昇すると、ある地域においては気温が低下することがある」という現象が起こるということを理解していない。地球科学の基礎知識がないということなのであるが、このことについてはそうしたことを教えなくては一般の人々はわからない。地球科学は時間とか地理とかのスケールが「国」とか「歴史」とかよりも遥かに大きいから理解しにくいところがある。

 そうした意味では「地球温暖化」という言葉よりも「異常気象」や「気象変動」という言葉の方が良いのかもしれない。ただ、そうした「異常気象」や「気象変動」の背景に「地球温暖化」現象があることを思うと、状態の説明として「地球温暖化」でもよいのではないかと思う。必要なことは、「温暖化」しているのだから「寒冷化」するわけはないという表面的な考え方する人々に正しい地球科学の知識を教育・普及していくことだ。

 地球が寒冷化に向かっているという意見と「地球温暖化」は相反することではない。地球が温暖化や寒冷化することは太陽の活動に関連しているのであり人類の活動のせいではないという意見については、地球環境と太陽の活動は密接な関係にあることは当然のことであるが、太陽の活動だけで地球環境を決定することはできないことも当然のことだ。全球凍結時にも太陽はさんさんと輝いていたのである。

 これはそもそも問題の立て方がおかしいのだ。「地球温暖化」に否定的な研究をするのならば、その研究は人類によるCO2やメタンの大気への放出は人類の生活圏の気候になんの影響も与えるものでないという結論に到る研究であろう。しかしながら、そうした結論に到った研究は未だない。

 「地球温暖化」のわかりにくさのもうひとつの原因は、具体的な話になるととかく政治や利権がからんでくるので、マスコミは科学的に正しい内容で報道しない傾向があるということだ。そうしたマスコミの報道に対して地球科学で考えるとどうなのかという、常に科学のレベルで考えることが必要だ。

 重要なことは「異常気象」とは、なにに対して「異常」なのかということだ。地球側の視点に立てば、人類がどれほどCO2排出しようが、しまいが、まったく関係ない。これまでの人類が行ってきた、そしてこれからの人類が行うであろう環境破壊のすべてよりも、もっと巨大な環境破壊が46億年の地球史の中でこれまで何度もあった。

 それらを上回る環境破壊を人類が行うとなると、人工的に地球の周回軌道を変えるとか太陽を崩壊させることだろう。こればっかりは地球にはできなかったことであるし、これからもできないことである。それ以外のあらゆることが(宇宙から飛来してきた巨大隕石の衝突も含め)この惑星で行われてきた。それと比較すれば、人類が行うことなど「とるにたらないこと」である。

 人類がなにをどうしようと、20億年後には太陽の高熱化により海は干上がり、大地は灼熱の不毛地帯になる。さらに50億年後には最後を迎えた太陽が膨張し、その膨張の中に地球は飲み込まれて消滅する。

 クジラ、ホッキョクグマ、ゾウ、パンダ、サイなどといった動物が絶滅しても地球はなんら困ることはない。また新たな動物が進化して、そのニッチを埋めるだけである。同様に、人類が滅ぼうが繁栄しようが地球にはなんら関係ない。5億年前のカンブリア期に他種多様な生物が爆発的発生したが、2億年前のペルム紀の末に地球環境の変動により生物種の95%が絶滅してしまった。しかしながら、それでも生物の進化がなくなることなく繁栄の道を進んでいった。その後、三畳紀末、白亜紀末と地球(と宇宙からの巨大隕石)による大量絶滅があったが、それでも生命は終わることはなかった。我々、人類はそうした「生きている地球」にいる。この認識がまず必要だ。

 では、なぜ生物の多様化を保護しなくてはならないのか。それは地球や生物のためではなく、我々、人類の環境を維持するためであり。「異常気象」とは、人が住む上で「異常」なのであって、地球からすれば異常でもなんでもない。気候が変動して困るのは人類なのであって地球ではない。つまり、「地球温暖化」とは地球がどうこうという話ではなく、人が困ることになる話なのである。救わなくてはならないのは地球ではなく、我々人類なのである。IPCCの報告は地球のことを論じているというよりも、我々人類の将来のことを論じているのである。

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November 03, 2014

訪日中国人旅行客の増加

 最近、中国から日本へ来る観光客が増えている。11月3日の毎日新聞によれば「中国の訪日旅行客数が今年、V字回復している。1~9月は179万人で前年同期比8割増となり、年間での200万人突破が見えてきた。」という。

 今や中国で長期休日に外国旅行へ行く人々がまず行くのが日本である。日本の製品は安全で品質も良いので、日本に来て大量に買い物をする。そして中国に帰ると日本は街並みもきれいで、清潔で、治安はいいし、日本人は親切だということをネットでさかんに書き込んでいる。そうした書き込みを読んで、日本に行ってみたいと、さらに日本に旅行に行く人々が増えている。

 中国は政府による反日教育があって人々は反日感情を持ってきたわけであるが、国民生活が豊かになり、日本に旅行して実際の日本を知る人々が増えてくると、政策としての反日はもはや通用しなくなってきた。共産党政府がなんといおうと、実際に行ってみたら日本は好きになったというわけだ。人々は政治は政治、普通の日本は普通の日本という切り分けをするようになってきた。

 日本側が首相が靖国神社へ参拝したり、政治家がかつての戦争は侵略ではなかったかのような発言をすれば、中国側の感情が悪くなるのは当然であろう。そうしたことがなければ、中国では日本のことを知りたい、日本の製品が欲しいという要求が高まっている。政治家が余計なことをしなければ、情報と交通のグローバル化によって中国の人々の日本への感情はごく普通の自然なものになっていくのだ。

 日本側においても、これまであたかも中国が世界を支配するのではないか、中国が新しい世界秩序を樹立するのではないかという声と、その反動としての中国脅威論や反中、嫌中感情の高まりがあった。しかしながら、時が経つにつれ、中国もまた国際社会の中で、政権内部にゴタゴタを抱え、土地バブルの崩壊により経済成長に陰りが出てきた、中国は大国ではあるが、数ある国家の中のひとつであることが否応なしにわかってきたと言えるだろう。

 かつて1980年代、ジャパンマネーが世界経済に大きな影響力を持っていた時代、これからは日本が世界を支配するのではないかという日本脅威論や日本警戒論が世界のメディアを騒がした。今、中国について起きていることも同じだ。実際のところ日本の強さなど砂上の楼閣であったように、中国の脅威など張り子の虎なのである。日本の一部のメディアや論壇などでは将来に日中戦争が起こるかのような論調を煽っているが、まったくもって非現実的と言わざるを得ない。

 いや、南シナ海を見ろ。ソ連が東欧諸国を自国の勢力下に置いたように、アメリカの軍事力がなければベトナム、マレーシア、フィリピン、シンガポールなどは簡単に中国に勢力圏下になるではないかという声もあるが、では、そうした東欧諸国が今どうなっているのか、ソ連そのものが今やどうなっているのかと思えば、そうしたことがあったとしても長続きはしないことがわかるであろう。

 中国について論じる際に注意しなくてはならないことは、とかく善悪で考えることである。イギリス・アメリカが正しく、ロシア・中国は悪であるという発想だ。なにをもって中国の野望というのだろうか。ソ連に対して間違った対応をしてきたように、今度は中国に対して同じ間違いをしている。

 南シナ海の覇権をもって「野望」というのならば、その昔、イギリスが南シナ海の覇権国であった時はイギリスの野望であり、第二次世界大戦以後はアメリカの野望ということになる。イギリス、アメリカの野望は正しく、中国の野望は間違っていると言うのだろうか。世界経済に中国が台頭していることはごく当然のことであって、そこに善悪の区別はない。

 ユーラシア大陸に目を向けてみると、そこは今やEU・ロシア・中国が主導する経済圏になっており、アメリカの覇権力は著しく低下している。そうした現状を踏まえると、南シナ海も多極化した状態になると思わざる得ない。

 その意味において、南シナ海でアメリカの軍事力が低下すれば中国が出てくることはごく当たり前のまっとうな見方であり、だからアメリカの軍事力を低下させてはならない、アメリカの軍事力を低下させるオバマ政権は間違っているという論調が世界を見る見方を間違ったものにしているのだ。なにものにもとらわれない素直な目で物事を見ることが必要なのである。

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November 02, 2014

日銀の追加金融緩和について

 安倍政権になってから約2年がたった。結局のところアベノミクスでは実体経済はさっぱり回復しないことが明白になり初めてきたこの時期に、それに合わせるかのように31日、日銀は追加の金融緩和を行うことを発表した。

 安倍政権発足時の景気回復をもう一度、というわけであろう。このブログで何度も述べてきたようにアベノミクスでは実体経済は良くならない。アベノミクスは金融政策であり、金融政策だけでは一時的に金融市場が活気づくだけで経済の実体はますます低迷化するだけなのだ。

 今回の追加金融緩和もまた例によって、マネタリーベース(資金供給量)の増加額を増やして、資産買い入れ額を拡大して長期国債の買い入れを長期化することである。ようするに20世紀のケインズ的な”輪転機を回してお金の印刷をどんどん行って市場にばらまく”ということである。

 過去20年間でわかったことは、こうしたことでは日本経済は良くならないということだった。安倍政権はそれを、これまでの失敗はばらまくお金の量が少なかったとし、もっと大量にばらまけばいいのだという発想でやっている。しかしながら、何度もしつこく言うが、問題はばらまくお金の量ではなく、国がお金をばらまけばいいというやり方そのものなのである。お金をいくらばらまこうとも、個人にも企業にもニーズがないので実体経済には反映されない。経済はグローバル化している。お金は国内に留まることなく世界へ流れていく。もう一度しつこく述べて誠に申し訳ないが、このことは過去20年間でもはやわかりすぎるほどわかっていることなのである。

 それをなぜ、まだ繰り返そうとするのだろうか。

 このお金のばらまきはタダではない。すべて国の借金になる。安倍政権というか日銀が恐れるのは日本国債の暴落である。国の借金がある限界点を超えると、国債はデフォルトしハイパーインフレになる。国債がデフォルトしたら、最悪の場合、国債を保有する銀行が潰れ個人金融資産は消えてなくなることになる。

 外国は日本の国債はかなり危険状態になっていることを危惧している。消費税の値上げも、国内というより外国への日本国債の信頼を保つための措置である。だから消費税10%への値上げを見送ると、外国での日本国債への不安感が高まりデフォルトになる可能性が高まる。もちろん消費税10%への値上げとなると、国内の景気はさらに低迷する。しかし、国債のデフォルトと景気の低迷のどちらを選ぶかというと、政府はためらうことなく景気の低迷を選ぶであろう。

 消費税10%への値上げを行うことで、少なくとも今、目の前にある国債のデフォルトを避けることができる。しかし、景気が低迷し続けるということは、国債のデフォルトの危機は常にあるというわけで、今後も増税で避けていくしかない。つまり、このままではこれからの日本経済は景気の低迷と増税が続くのだ。やがて、増税ができなくなるか、あるいは増税しても国債がデフォルトする状態になるかで日本経済は終わりになる。

 問題は、国債がデフォルトするか、税金を上げて国債がデフォルトするのを避けて景気の低迷がさらに続く、という二者択一の選択の状況しかつくれない国の政策にある。アベノミクスなど即刻やめて、金融ではなく実体経済が良くなるとはどういうことなのかを考えなくてはならない。

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