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September 2014

September 21, 2014

スコットランド独立の住民投票

 スコットランドの独立を問う住民投票の結果は、独立反対の票が賛成の票を上回った。かくて、スコットランドの独立は行われないことになった。

 今回のスコットランドの独立投票のことを最初に知った時、雇用や財政や安全保障など、つまり外交と経済の合理性から考えると独立などということはしない方が良いのだが、それでもやるというのはすごいなと思った。スコットランドの誇りや名誉は合理性を超えるということなのだろう。もし独立するとなると、イギリス軍をスコットランド国軍にすることやスコットランドにある核兵器をどうするのかといったことなど膨大な変更作業と混乱が予想される。それでも独立するというのならば、それ相応の理由がなくてはならない。北アイルランドならまだしも、スコットランドである。

 もちろん、スコットランドは独自の文化を持った地域であり、イギリスに併合されてからイギリス政府への不信感を高めることが数多くあったのであろう。支配される側の心情は支配する側にはわからないものであることは、もはや支配する側でも支配される側でもなくなった日本と韓国の関係を見てもよくわかることだ。イギリス政府はここまでスコットランドの世論が独立を支持するとは思ってもみなかったのであろう。

 8月の世論調査では独立反対の方が多かったが、今月初めの世論調査では独立賛成が多くなり、これは本当に独立ということなるかもしれないということで注目された選挙であったが、結果として独立しないということになった。

 いざ投票となって、意識としてはイングランドに従属するのはイヤだが、雇用や財政を考えると独立はしない方が良いという判断をした人が多かったということなのだろう。これは当然の姿だと言える。ということは、雇用や財政に順風満帆な未来が開けていれば、人々はなに気兼ねすることなく国家政府から独立するということだ。

 これが独立戦争であったのならば雇用や財政ということよりも誇りや名誉が優先する。アメリカがイギリスから独立したときは、将来の見通しなどなかったであろうが、戦争になった以上、勝って独立する以外になかった。

 もうひとつの背景としてEUがある。英連邦王国に所属していなくても、EUに所属すれば広大な市場と安全保障を持つことができる。今回イギリスは独立するならポンドを使わせないと脅したそうであるが、ポンドを使わなくてもユーロがある。ただし、地理的言えばブリテン島の中でポンド圏とユーロ圏ができてしまうわけであるが、できないことではなかった。つまり、スコットランドはイギリスからの独立というよりも欧州連合への一員になることを求めたと考えることもできる。

 興味深いのは、独立派が描いてた社会・経済政策は北欧のアイスランドやスエーデンやデンマークから多くを学んでいたということだ。見方によってはスコットランドはイングランドやウェールズの方ではなく、アイスランドやスエーデンやデンマークの方の地域に属すると見ることもできる。ようは、中央政府であるイングランドの社会・経済政策にスコットランドが「従わなくてならない」のは、そもそも「なにをもってそうなのか」ということを突きつけた出来事だったと言えるだろう。

 この選挙でスコットランドのイングランドへの不信感が消えたわけではない。これで独立運動がなくなったわけではない。独立賛成の票が多かったグラスゴーでは独立が否決が決定したあと、中心部の広場に、独立賛成派と反対派の住民たちが集まり、一時、緊張した雰囲気に包まれたという。キャメロン首相が約束した自治権の拡大は、スコットランドを優遇するものだとイングランド出身の議員たちから批判が上がっているという。本音のところでは、イングランドはスコットランドへの分権を好ましく思っていない。スコットランドがイギリスにある限り、対立は続く。

 また、今回の出来事が北アイルランドとウェールズにも影響を与えることは必至だ。彼らもまたスコットランドのように分権化を求めている。

 これは帝国の末路なのだろうか。かつて世界に冠たる大英帝国がこうしたことなるとは、100年前の人々は思ってもいなかったであろう。

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September 06, 2014

華山1914文創園区

 先月、夏休みをとって今年もまた台湾へ行ってきた。去年行った時は、ちょうど台風が来ている時で台湾滞在中ほとんど毎日雨だった。今年はいかにもこの季節らしい台湾の炎天の天気で、いわば真夏の8月の酷暑の台北を今回初めて体験したわけである。台北市街は高層ビルが建ち並び、道路にはたくさんの車とバイクがガンガン走る。そうした街の中、強烈な日差しとアスファルトの照り返しの中、歩いているとすぐ疲れるしアタマがぼーとしてくる。この時期の台北に来るものではないなと思った。

 今回の台湾旅行の目的の一つは今、台湾では日本統治時代の建築物を改築や改装して現代風のおしゃれなお店やカフェにしたりレストランや旅館にしたりするリノベーションが流行っているというので実際にそれを見てみたいと思ったからだ。そうしたリノベーションのスポットとして代表的とも言える華山1914文創園区に行ってきた。

 ここは日本統治時代は酒工場であり、このへん一帯は「樺山町」であった。「樺山町」の「樺山」は初代の台湾総督の海軍大樺山資紀から「樺山」からきている。ここに初めて酒工場ができたのは1914(大正3)年である。以来、その規模は大きくなり、1924年には台灣總督府專賣局台北酒工場と呼ばれるようになる。1945年、日本の敗戦により中華民国になり台灣省專賣局台北酒工廠となる。1987年に工場は移転し、工場跡地はそのまま放置され、やがて工場跡の建物に絵を描く若者たちが入り込み、その後、アートイベントの場所となり、2002年に本格的に工場跡の建物を文化空間としてオープンにして再利用するようになった。さらに、カフェやレストランやショップやライブハウス、映画館などが加わり、台北の観光スポットとしても有名な場所になった。

 実際に行ってみると、若者や家族づれの人々が多く集まっていた。むしろ、大陸中国からの観光客や欧米人の観光者の姿はなく、日本人の姿も見なかったように思う。酒工場の跡地が見事におしゃれな場所になっていた。

 しかしながらその一方で、では何度もここへ来たいと思ったかというと、そうは思わないかった。ショップで売られているものは、いわば見栄えはおしゃれでお土産には良いが日常で使うというものではない。一度来てみて、わー雰囲気いい、おしゃれなお店だなと感じるだけでそれで終わりである。もちろん、そうしたことを感じされるのが目的であり、そうしたことを感じさせる場所なのであるが、その後はどのように顧客を集めるのだろうか気になった。見栄えで集客しているものは常に見栄えを新しくしていかなくては集客は続かない。テナントの入れ替え、改装を常に行っていく必要がある。そうなると逆になじみのお店、いつも行くお店というものではなくなってしまう。

 もうひとつ気になったのは場所だ。華山1914文創園区は、地下鉄の駅から少し歩くし、周りにも商業施設があるわけではない。いわば車とバイクが走り回る中にこの一郭がある。ここはもともとお酒の工場であったわけでお酒の工場であるならばこうした場所にあって良かったであろうが、ここをアートスポットとするというのは場所的に不便と言えるだろう。つまり、リノベーションはその建築物の本来の目的とは違うものにするために、地理的な場所で見ると無理を感じさせることがあるのである。場所で言うと、華山1914文創園区は観光客相手の場所とするよりもビジネスオフィスの場にした方が良いのではないと思われる。仕事をする事務所があって、おしゃれなカフェーやバーがあるというのが合うと思う。大都会の中の広大なクリエイティブアート空間と言われているようであるが、ではなにをクリエイトするのか。それが重要だ。

 日本との比較を言えば、東京でも台北のようなリノベーション活動が必要だと思う。東京には東京にしかない歴史建築物がある。それらを現代の観点で再利用することはとても必要なことだ。江戸情緒ある町並み、明治・大正の面影のある建造物、古き良き昭和の雰囲気がある場所など、それらは過去の遺物がそのままそこにあるだけでは「過去の遺物」のままである。そうしたものを「江戸情緒ある町並み」「明治・大正の面影のある建造物」「古き良き昭和の雰囲気がある場所」にリノベーションしなくてはそうしたものはならない。

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