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July 2014

July 26, 2014

「正しい歴史認識を共有する」ってなに

 東京都知事が韓国の朴槿恵大統領と会談したことについて都民から数多くの反対意見が都庁にメールで伝えられたそうだ。「なぜ地方自治体が外交的なことをするのか」というわけである。

 なぜ都知事が韓国の大統領と会う必要があったのだろうか。それもさしたる用事があるわけでもなく、ただの表敬訪問である。東京都とソウル市のことは都市と都市のことであって国は別のものだ。むしろ、日本国と韓国の関係が険悪になっても東京都とソウル市は良好な関係を持ち続けますと言って欲しかった。

 会談での朴槿恵大統領の「正しい歴史認識を共有する」という言葉は今に始まったことではなく、毎度のことであるが、この言葉を聞くたびにどうも違和感を感じる。朴槿恵大統領が「正しい歴史認識を共有する」というたびに、では韓国は中国と「正しい歴史認識」を共有しているのだろうかと思う。近代以後、基本的に歴史とは国家の歴史、国民の歴史になっており、国家や民族を超えた歴史認識というのは存在していない。日本人と韓国人と中国人が共有する歴史認識とはアジア史であり人類史という枠組みになるだろう。

 しかしながら、アジア人、さらに言えば人類は、これほど経済と交通と情報通信が地球規模のグローバルなものになっていながらも、今なお共同体意識としての「アジア人」や「人類」という概念は存在していない。もし、韓国と中国とが「正しい歴史認識」を共有しているのであるのならば、韓国は日本と「正しい歴史認識」を共有できるはずなのだ。韓国と日本は「正しい歴史認識」を依然として共有できていないとするのならば、では、なぜ中国とは歴史認識でもめることはないのですかということになる。

 つまり、朴槿恵大統領の「正しい歴史認識を共有する」という言葉は本気でそう思っているわけではなく、ただ単に「私は安倍晋三が嫌いなので会いたくいない」と言っているだけなのである。

 ここにきて日韓関係は感情的なモノゴトを「歴史認識」というコトバで覆い繕っているという、かくも低レベルなものになっている。いわゆる「従軍慰安婦」問題にしても、日韓の近代史には「従軍慰安婦」の他にも様々な「問題」があるのであるが、そうしたことには目を向けることはなく、ひたすら「従軍慰安婦」問題や強制連行問題だけが話題になるのも理解し難い。日清戦争に至った背景や乙未事変のことや朝鮮統治時代のことなど解明すべきことは数多くある。それらの史実の解明なくして「正しい歴史認識を共有する」ことはできない。

 しかしながら、そうした方向に進むようにさっぱり見えない。つまりは、本気で歴史を考えるつもりはないのだ。「歴史認識」というコトバで対日外交を行いながら、実際のところ歴史が問題ではないのである。

 今の韓国の反日外交は韓国が経済的に成長し、日本が没落の一途をたどっているからであるという声がある。確かにそうしたことはあるだろう。しかし、それだけなのだろうか。

 朴槿恵の父親、朴正煕は日本統治時代に生まれ、学校教育を受けて成績優秀であっため日本の陸軍士官学校の留学生となり第57期卒になる。大統領時代は日本とアメリカの両国から多額の経済支援を得て「漢江の奇跡」と呼ばれる高度経済成長を達成した。朴正煕の政権は独裁的な軍事政権であり民主化運動は徹底して弾圧するという様々な問題があったが、今日の韓国の経済発展への道を切り開いたことは間違いない。朴正煕の対日外交は極めて現実的なものだったと言えるだろう。その内容を一言で言えば、親日外交で日本から得るべきものは得て、その一方で内政では反日政策を行うというものだった。

 では、今の韓国はどうであろうか。

 大陸中国に対して距離を持って対応しようとする台湾と比べて今の韓国を見ていると、これからの韓国経済の向かう先は中国に併呑されるということしか見えてこない。朴正煕が行った高度成長の韓国はもはや昔の話である。今の韓国は日本から学ぶべきものは学び、次のステップへと進まなくてならないのに、朴槿恵の韓国にその方向が見えてこない。「正しい歴史認識を共有」しようがしまいが、今の韓国には日本から学ばなくてはならないことがある。朴正煕なら、そうするであろう。そうした危機感が朴槿恵に感じられないのである。

July 19, 2014

地方の衰退の先には東京の衰退がある

 現在のペースで地方から大都市への人口流出が続けば、20~30代の女性が30年間で半分以下に減る自治体は過疎地を中心に896市区町村に上るとの試算を「日本創成会議」が発表したという。

 「日本創設会議」によると、全体のほぼ半数の市区町村が消滅の可能性があるという。なぜか。若い女性が地方では雇用の機会が少ないので、みんな東京に出て行ってしまうからだ。この地方の雇用の問題は極めて深刻なものになっている。原発を誘致した地方自治体は好きで原発を誘致したわけではなく、雇用の場として原発に頼らざる得なかったというところは多い。それほど雇用の場がないということは切実なことであるということだ。

 人口減少について対策が数多く論じられているが、ここで日本の人口が上昇に向かうとはとても思えず、人口は今後も減少し続けるだろう。するとどうなるのか。予測されているように、人口が少なくなった地方自治体の財政は極めて困難なことになる。これはもう避けることはできないだろう。都市は食品を生産しない。地方に人がいなくなり東京に人が集まるということは、農業や林業、漁業、畜産業などといった第一次産業が衰退していくということだ。食品は国内で生産するよりも海外から購入する方が安い。第二次産業の製造も地方から離れている。外国の方が人件費は安いので、よほど特別な意味がない限り地方で大規模の工場が建設されることはなくなっている。第一次産業にせよ第二次産業にせよ、従来の姿のものではもはや日本国内で大規模な雇用の場は生まれることはないだろう。

 地方自治体はかなり思い切ったことをやらなくてはならなくなっている。ところが、地方が地方独自のことがなかなかやりにくいのは、この国は中央集権になっていて国の主導でしか物事が進まないようになっていることが理由として大きい。道州制にして地方自治体にこれまで以上の権限を与えなくては地方は思い切ったことができない。「日本創設会議」の報告にも国の長期ビジョンが必要だとしているが、国になにかを期待することはもはやできないのだと割り切って、地方は自分たちでやっていく覚悟を持った方がよい。「国」という枠組みで対策を立てても、もはやなにもならない。そういう状況になっている。

 人口増加の鍵は、20~30代の女性と次の世代の20歳未満の女性をどれだけ確保できるかということにある。それらの年代の女性たちは無尽蔵にいるわけではない。数は限られている。端的に言ってしまうと、若い女性たちを確保できる地域とそうでない地域に分かれるということである。もちろん、若い女性たちがいたとして、その雇用の場があったとしても、子供を育てることができる環境がなくては子を産み育てようとは思わないだろう。

 しかし、人口が増えようとも減ろうとも、もはや地域格差が広がるということだ。これもまた端的に言ってしまうと、これからは東京だけが豊かになり、それ以外はそうではなくなるということだ。東京への一極集中は今度も進むだろう。しかし、それではそのままずっと東京は豊かなのかというとそういうわけにはいかない。やがて東京でも人口の減少が起こり産業の停滞化が起こるようになる。そもそも日本全体が人口の低下と産業の停滞になっているので、東京だけが豊かになるといってもそれは一時的なものだ。地方の衰退の先には東京の衰退がある。東京がそうなることで、かくて日本はオワリということになる。

 「オワリ」というのは、これまでの経済成長至上主義のような価値観から見れば「オワリ」であるが、社会のあり方としては人口が少なく、ほどほどの産業しかなくても社会としてありうる。そうした意味では「オワリ」ではなく始まりである。人口が少なく、ほどほどの産業しかない日本が世界の中でどのように成り立っていくかがこれからの考えるべき課題になる。また「東京だけが豊かになり、それ以外はそうではなくなる」と述べたが、それは全体的に見てそのようになるということであって、地方でもやりようによってできることがある。この「やりよう」は、東京もやがて衰退していく一地方になるので東京も地方も区別はない。

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