天安門事件
1989年6月4日、北京の天安門広場で民主化を求める学生や一般市民のデモに人民解放軍が武力で弾圧し多数の死傷者を出した。あれから25年がたった。この間、中国はオリンピックを行い、万博を開催し、経済で日本を抜いて世界第二位になった。思えば不思議なものだと思う。ウイグルやチベットのテロに対してではない。大学生や北京の一般市民に銃を向け、戦車で押しつぶしたのである。つい最近までデモに対して平気で発砲して弾圧する国が、オリンピックをやり万博をやり、超大国であると世界中に影響力を見せつけている国になっているのである。
今、大陸中国では「天安門事件」はなかったことになっている。暴徒が天安門を占拠したので政府がこれを鎮圧した程度のことになっている。若い世代では六四天安門事件そのものを知らない人も多いという。
ようするに、あれはなかったこと、にしたいのであろう。
なぜ、なかったことにできるのかというとその後の25年のすさまじい経済成長があるからである。先に述べたように、その後の中国はオリンピックをやり万博をやり、世界の経済大国になった。だから、25年前に天安門で起きたことをどうでもいいと思わせることが可能になった。中国の経済レベルが25年後の今でも当時とたいして変わりないようであったのならば、共産党政府はどうなっていたかはわからないだろう。いわば天安門事件以後の25年は、天安門事件を隠蔽することを可能にした経済成長の25年だった。
これは、このように選択したのかどうかわからないが、選択として良かったとは言えないのではないか。中国は国が貧しい状態から民主主義の国家であったという道ではなく、「国が豊かになる」ということを「共産党の独裁政権」であることの条件というか見返りにするという方法をとったということだ。つまり、ある一定の経済水準を満たさなければ、その政権は崩壊するということである。もっとも、中国では過去の歴代王朝はみなそうであったとも言える。
かつて中国は日中戦争の時も国共内戦の時も、国と人民は貧しくても統一的な理想に向かって進んでいくという国だった。もはや、今の中国はそうした国ではない。政権が人民を貧しくさせると人民は政権から離れ、やがて人民は反乱に及び新しい政権を樹立するという易姓革命のパターンに戻ってしまったのが今の中国の状況だ。
天安門事件以後の25年間、大規模な民主化運動は起きておらず、チベットやウイグル等の少数民族問題を除けば司法の透明さや食の安全といったことにデモ運動が各地で多発している。今の中国の政治的な課題は民主化という抽象的、観念的なスローガンではなく、まず司法の徹底と汚職の廃絶、生活環境の安全である。逆から言えば、これらをきちんと遂行できる政府であるのならば共産党だろうとなんでも良いということだ。現在、習近平が行っている汚職撲滅運動もそうしたことのためだ。国民の大多数にとって民主主義よりまず暮らしの安定である。もちろん、これらを可能にするのは選挙による政治、つまり民主主義でなければならないとなると民主化運動が高まるということになる。
このように中国は内政にやるべきことが万里の長城のごとく数多くあり、外征などやっている余裕はない。外国との戦争にでもなり国内の経済が低迷すれば共産党政府はひっくり返る。独裁国家としての面子があるため東シナ海や南シナ海で強硬な姿勢を見せているが、中国海軍は張り子の虎に過ぎない。巨大な内政問題を抱える中国は海軍力を保持できるゆとりがないのである。今の中国はかりに日本やアメリカやベトナムやフィリピンと戦争したくてもできない、そんな国になってしまった。その昔、大日本帝国と戦い、国民党軍と戦い、ソ連と戦い、インドと戦い、ベトナムと戦い、韓国・アメリカと戦った人々が今の中国を見たらどれほど嘆くだろうか。
中国共産党政府は天安門事件を「なかったこと」にした。このことはつまり、天安門事件をなかったことに「し続けなくてならない」ということを負うことになった。本来、この出来事の責任と処罰をきちんととっていれば、その後、こうした憂いを持つことはなかったのだが、共産党指導部の鄧小平ら老人たちは自分たちの権力が失われることを恐れそうしなかった。
それらの老人が世を去った25年後の今、中国共産党はそのツケを払い続けなくてはならないことなった。このツケとは経済を成長させなくてはならないというツケであり、かつこのツケは経済が成長することでさらに大きくなるというツケである。このツケを払い続けることができなくなった時、中国共産党政府は終わるだろう。
そしてこれを日本からの視点で見た場合、中国の脅威で憲法解釈を変えようとする今の安倍政権がやっていることは返って逆効果であり、中国の日本への強硬な態度をさらに強めることにしかならない。むしろ人権問題を主張することの方が大きな効果を与えるのである。
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