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May 2014

May 25, 2014

『天の血脈』

 安彦良和の『天の血脈』を読んでいる。現在、コミックスの第三巻まで出ている。僕はマンガ雑誌を読んでいないので、マンガは本屋にコミックスで出るものでしか買わない。『天の血脈』は第一巻が出た時に本屋で手に取って少し立ち読みをした。なんか満州辺りに石碑の調査に行く話のようで、その後、これがなにかつなながるような話だった。

 なにしろ安彦さんの作品である。『虹色のトロツキー』や『王道の狗』や『ナムジ』や『神武』や『蚤の王』や『ヤマトタケル』の安彦さんの作品である。コミックス1巻だけで読むのもなんなので、とりあえずもう何巻か出たらまとめて買おうと思って、そのままとした。それからしばらく経った先日、本屋で第二巻、第三巻と出ていることを知って、もうそろそろいいかなと思い、まとめて三巻を買って読んだ。

 時代的に言うと『王道の狗』は秩父事件から日清戦争、『虹色のトロツキー』が昭和初期からノモンハン事件までとするのならば、『天の血脈』はその間を埋めるものになっている。この時期は大変重要な時期だと思う。この時期に何がどう起こったのかでその後の日本の歴史は決まり、そのことが今日まで続いていると言ってもよいだろう。

 『天の血脈』は、一高と東京帝大の合同調査隊が高句麗の第19代の王である好太王の業績を称えた石碑を調査しに行くことから始まる。この石碑の碑文には、4世紀に倭が百残・加羅・新羅を破り支配したという意味の句があるとされた。このことは『古事記』『日本書紀』にある神功皇后が海を越えて新羅、百済、高句麗を支配したという記述とつながり、つまり大日本帝国の朝鮮侵略のイデオロギーを補完するものになった。

 ちなみに、今日ではこの神功皇后による新羅、百済、高句麗の征服、いわゆる三韓征伐は、神功皇后の実在性も含めて史実として確証されていない。征伐といっても、なにを持って「征伐」というのか。今日的な意味でいう軍事侵略や支配とは同じものではないだろう。この三韓征伐については、これはこれで別に詳しく調べてみたい。

 大変興味深いのは、この物語に内田良平が出てくることだ。アジア主義者、黒龍会主幹の内田良平は辛亥革命に関わり、インド、フィリピンの独立運動に関わり、そして朝鮮の日韓併合に関わった極めて重要な人物である。この人が何を考えていたのかということについて大変興味がある。

 ようするに日韓併合とは一体何だったのかという疑問がある。もっと大きく言うと、この時代、日本人は朝鮮をどのように思っていたのだろうかということだ。

 1910年(明治43年)、大日本帝国は朝鮮を併合した。カンタンに言うと日本は朝鮮を植民地にした。しかしながら、例えば1583年(嘉永6年)に浦賀にペリー艦隊が来た時の日本人は、将来、この国が朝鮮を植民地にするようになるとは思ってもいなかった。幕末の知識人たちが考えていたことは、アジア諸国が連携して西洋列強の侵略に対抗するということだった。その意識が明治維新後、アジア主義になる。数多くの人々がアジア主義を持って海を渡った。インドやビルマ(ミャンマー)やフィリピンや朝鮮や中国の独立を求め活躍した。アジア主義が意図するものはアジアへの侵略ではない。そのことは否定できない事実である。

 朝鮮について言えば、朝鮮の独立を本気で望んでいた日本人は数多くいた。日本と共同して朝鮮を独立国家にしようとした朝鮮の人々も数多くいた。何度も言うが、そのことは否定できない歴史の事実だ。ある一点の角度から見れば、本来の日韓の近代史は今の我々が知るものではなかった。日本と韓国はもっと違うお互いの関係を持つことができたはずだった。

 それがなぜこうなってしまったのか。ここのところがはっきりしていないから、21世紀になっても慰安婦や日本軍の残虐行為を正当化する声が後を絶たないのだ。アジア主義であったはずの日本はアジアを裏切ったと言われてもしかたがないであろう。それはなぜだったのだろうか。福沢諭吉の『脱亜論』にあるように「悪友を謝絶」したくなった気持ちはわからないでもない。また当時の世界情勢はアジア主義の理想が通るものではなかったということもわかる。しかし、その上でなお釈然としないものがある。なぜ、この国はこんな近代史を歩んだのだろうか。その「歩み」は今もなお続いているのではないか。

 安彦良和は『王道の狗』において、日清戦争で日本はすでに朝鮮と中国への侵略の意図があったとしている。日本がというのが言い過ぎであれば、陸奥宗光や川上操六は、であろう。しかし、陸奥は外務大臣、川上が軍人であって、彼らの意志がイコール大日本帝国の意志ではない(日清戦争の段階では)。では、『虹色のトロツキー』ではもはや軍事行動として当然のことになっている近代日本の総体の意志としてのアジア侵略はいつ、どのようにして始まったのだろうか。その意志の源はどこにあるとするのか。明治の話と古代の神功皇后の三韓征伐の話が交互して進む物語になっている『天の血脈』でその間を埋めて欲しい。

 第三巻では日露戦争勃発の前である。日韓併合まで話しが進むのかどうかは今はわからないが、今後の進展が楽しみだ。

May 18, 2014

ますます「普通の国」ではなくなっていく

 イラク戦争の時、時の小泉内閣で日本の自衛隊も派遣することになった時、作家の池澤夏樹さんがホームページに掲載していたコラムで、将来は自衛隊は米軍の支援で地球の裏側にも行くようになることを危惧することを書いていた。それを読んだ時、そうしたことになる日が本当に来るのだろうかと思った。まさかそこまでにはならないだろうという思いと、そこまでいくかもしれないという思いがあった。以来の自分の中のどこかで、どのようにしてこの国はそうしたことをやるようのだろうかという思いがずっとあった。今の安倍首相が集団的自衛権の行使容認の動きを見ていると、こうしてこの国はそうしたことをやるようになるのだと思っている。

 戦地から日本に避難する日本人の乗せた米軍艦が攻撃された時、自衛隊が守ることができない。だから守ることができるようにしたいと述べているが、自衛隊が守ることができるという前提でものを言っているのがまったく理解できない。この時の指揮権はどこにあるのだろうか。米軍の指揮下に入るということは、もはや米軍の一部隊であり、それであるのなら最初から「米軍の一部隊である自衛隊」を組み入れた行動になる。おそらく安倍首相が言っていることはそういうことではなくて、戦地から日本に避難する日本人の乗せた米軍艦が敵の攻撃を受けた。米軍だけでは十分な対応が取れないと思われる状況になった。そこで米軍は日本の支援を要請し、日本の自衛隊が駆けつけて米軍艦を助ける、具体的には米軍艦を攻撃している敵に日本の自衛隊が攻撃するということなのであろう。こんな想定はまったく話にならない空想の話だ。本気でこうしたことがありうると思っているのだろうか。

 集団的自衛権の行使せよという人々の根本のところには、アメリカは日本を防衛するのに日本はなにもしないのはおかしいではないかという考えがある。おかしいではないかと言っても、そもそも日米安保はそうなっている。何度も述べて恐縮だが、日米双方の合意のもとで日米安保は結ばれている。だから日本は国内の数多くの場所(特に沖縄県)に広大な米軍基地を置き、思いやり予算を払っている。日本はそのコストを払っているのだ。にもかかわらず日本はなにもしていないという声が上がってくるのは、日米安保の成立過程やこれまでの状況についての正しい理解がないからであろう。

 アメリカ政府から日本に公式に集団的自衛権の行使容認を求められたわけではない。しかしながら、アメリカの思惑は日本に集団的自衛権の行使容認をするようになって欲しいとしている。なぜならば、アメリカだけでの防衛負担に耐えられなくなってきたからだ。NATOに対してもそうであるように、なるべく各国は各国の手で防衛負担をして欲しいというのが今のアメリカの政策である。もはやアメリカ一国で世界を管轄できる時代ではない。日本は日本でやってもらいたい(ただしアメリカの管理の下で)という意図がアメリカにはある。しかし、これはアメリカ側の都合であって、日本の都合ではない。

 今の日本国は現在の日本国憲法と日米安保で防衛できる。外国での邦人保護や外交官護衛は現状の個別自衛権と警察権で十分可能だと思う。憲法解釈を変えことは必要ない。戦後の日本が、そうしたことができなかったのは政府と外務省の分析や判断が間違っていたからであり、日本国憲法第九条のせいではない。

 ところが、今の政府はこれを憲法のせいとし、では憲法を改正するのかというと解釈の変更でやろうとしている。安倍内閣は現行憲法を改正することなく、一内閣の政策として憲法の制約を無力化しようとしている。これがどれだけ危険なことかわかっているのだろうか。まともな近代国家ならば、こうしたことはやらない。これでますますこの国は「普通の国」ではなくなっていく。

May 17, 2014

「美味しんぼ」騒動

 「美味しんぼ」騒動は、「週刊ビッグコミックスピリッツ」誌上での自治体や有識者による賛否両論を並べた特集と「美味しんぼ」をしばらく休載することで幕が閉じられるようだ。出版社的には作者の問題提起を世に問う意義があるとした一方で双方の意見を掲載し、どちらに偏っているわけでもないことを示し、作者的にはこうした事実もあることをいち表現者として述べたということなのだろう。今回、これほどの大騒ぎになったことを見ると、今の福島の放射能被害に言及することは人々が隠しておきたいことに関わることであることがよくわかる出来事であった。

 「美味しんぼ」は、誰もが触れようとしないその静かな水面に一石を投じてさざ波を起こし、そして去って行くというわけなのだろう。「美味しんぼ」の休載が事前から決まっていたとのことであるが、その真偽はわからない。事前に休載することを決めていて、こうした思い切った描写をして世論が喚起する(かもしれない)ことを考えていたのならば見事な作戦勝ちと言わざる得ない。実際、世論は喚起した。

 今、被災地は安全な方向に向かっているという「気分」「空気」「雰囲気」「流れ」「世論」のようなものができつつある。もちろん、それはそこに住む人々にとって必要なことだ。それは別にウソや間違ったことではなく、ごく普通の自然な心情だろう。数多くの人々が復興に向かって活躍している。

 しかしながら、それは被災地の人々が健康への不安、除染の不安、政府と東電への不信感を公言することをしてはいけないということではない。汚染除去に不安感、不信感を持つ人がいるのならば、国は安全対策の検討や住民への説明をさらに進めていかなくてならないはずであるのに、汚染対策は万全であり疑問を持つ者は風評被害を助著させていると批判するのはおかしい。事故によって放出された(そして今なおされている)放射能による生態系全体への影響は解明されていない。科学的に言えば「まだわからない」が事実であり、なにをもって汚染対策は万全だと言うのだろうか。

 「絶対」安全というものはなく、国であろうと誰であろうと、コレコレの観点において安全であるとしか言えない。その「コレコレの観点」とはなんであるのか、「コレコレの観点」ではない事態が起きた時はどうするのかといったことを考えることがあって「安全です」が成り立っている。だからこそ、様々な視点からの意見が必要なのだ。

 見方を広げれば東京だって「危険」なのであり、関東にもそれなりの放射能による健康被害がある可能性は否定できない。そもそも、放射能被害以外にも震災被害全般において東京は非安全な都市である。やがて起こるであろう関東地域の大規模な地震が起これば、東京は崩壊するであろう。しかしながら、東京都民である私は東京が絶対安全だと思って住んでいるわけではない。もし仮に美味しんぼが東京の危険性を述べたとしても、風評被害を助長させているとは思わない。

 これで福島の放射能対策への安全性について否定的なことを言うと風評被害を助長するという批判を受ける世の中であることがはっきりした。安全か危険かには絶対安全か絶対危険かのふたつしかなく、コレコレの観点において安全である、コレコレの観点において危険である、といった言い方が通じない世の中のようだ。ある一つの方向の「気分」「空気」「雰囲気」「流れ」「世論」のようなものができると、それに対する否定的なことは「言わない」「言うことは間違っている」ということになる。

 かつての事故以前の原発の安全神話のように、事故後の今度は放射能対策の安全神話が生まれつつあるようだ。国が言う絶対安全ということにおいて事故前も事故後も同じであり、そうした絶対安全は当てにならない、安全はある観点の上でしか成り立たない、そのリスクテイクの上に安全はある、そしてそれは福島であろうとどこであろうと同じである、ということを学んだのが福島原発事故だったのではないのだろうか。

May 11, 2014

沖縄の反「反基地」運動

 今朝の朝日新聞に、沖縄で米軍基地反対に反対する動きが表面化しているという記事があった。このことはこれまで産経新聞が何度も取り上げていたが、朝日新聞までもが取り上げるようになったということは、それなりに大きな出来事になってきたということなのだろう。

 朝日の記事によると、反「反基地」運動の人々は沖縄で基地に反対する自称平和運動家は労働組合や極左集団ばかりであって、そうした沖縄の左極化を戻していると言っているとのことだ。そうであるのならば、反「反基地」運動ではなく、反「反基地運動」なのだろう。しかしながら、反「反基地運動」は反「反基地」運動になってしまっているようだ。

 反「反基地」の人々の訴えに共通するのが中国の脅威だという。もっと具体的に言うと、沖縄から米軍が撤退すると中国軍が侵略してきて沖縄を占領する、だから沖縄には米軍がいるべきであるという考えだ。

 ここで思うのは『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』で映画監督のオリバー・ストーンと歴史学者のピーター・カズニックが書いていた、共産主義ソビエトの脅威はハリー・トルーマンという凡庸な大統領が作った幻想だったという説だ。

 ソ連の脅威などどいうものは、実は西側が一方的にそう思っていただけのことであり、アメリカはソ連への恐怖からソ連の周囲を数多くの核ミサイル基地で囲んだ。こうなるとソ連もまた国防の必要上、核ミサイルで対抗せざる得なくなった。かくて米ソはひたすら核兵器の数が増えていく競争になった。これが冷戦の本質であった。

 第33代大統領がトルーマンではなく、ソ連に講和を求めようとしていたヘンリーウォレスであったならばその後の現代史は大きく変わっていた。とオリバー・ストーンとピーター・カズニックは述べている。この説は大変興味深い。私たちは、ソ連という国がどのような国であるのかということをもっぱら西側、アメリカ側の視点でしか学んでこなかった。

 私は崩壊する直前のソ連を旅したことがある。モスクワに行って見れば、当然のことだがごく普通の人々が住む、ごく普通の都市だった。モスクワのマクドナルドには長蛇の列ができていて自分もその中に並んでハンバーガーを買った。店にはものがあまりなく、ショーウインドウも空っぽが多く、それでいながら道を歩いている女性のファッションが欧米の女性ファッション雑誌に出てくるようなファッションを着こなしていて、こういう情報は来ているのだなと思った。

 つまり、モスクワの人々にとっては情報については欧米の人々を同じになっているのだがモノはない、商品がない。だから、西側の経済とボーダーレスにつながることを求めたのだろう。そのことはべつにおかしなことでもなんでもない。行って見れば、ソ連もまた我々と同じ人々だった。

 冷戦の時代、アメリカもソ連も、お互いがお互いの恐怖や猜疑心や情報の不足から数多くの間違ったことをしてきた。そういう時代だった。ソ連は全世界を共産主義化しようとしている悪の帝国だとレーガンは語った。しかしながら、世界は何度かの核戦争の危機があったが、米ソは全面戦争になることはなく冷戦は終わった。

 この終わり方についても、ゴルバチョフが終わらせたのであって、アメリカはまだ続ける気だった。軍産複合体が冷戦を終わらせることを望まなかったからであるとオリバー・ストーンとピーター・カズニックは述べている。彼らが言うように、冷戦が終わった今、ジョージ・ケナンとハリー・トルーマンが作ったソ連の脅威とはそもそもなんであったのか、実際にそれはあったのか、ということを振り返って考える必要がある。重要なことは「ソ連の脅威がある(あった)」のはあたりまえの常識であるかのような視点を捨てるということだ。『オリバー・ストーンが語るもうひとつのアメリカ史』はそのことを教えてくれた。

 さて、では中国の脅威というものがあるのだろうか。

 今の南シナ海で繰り広げられているような領有権の争いや中国が実効支配領域の拡大をしようという動きは確かにある。しかしながら、沖縄から米軍が撤退すると次の日には人民解放軍が侵略してきて沖縄を占領するということがあるのだろうか。ウイグルやチベットの暴動の鎮圧する中国人民武装警察部隊の話ではなく、人民解放軍の兵士が日本国民である沖縄の人々に銃を向けることがあるのだろうか。その写真なり動画なりがネットに流れるだけで中国がどうなるか。

 実際のところ、沖縄さらには日本から在日米軍がいなくなったらどうなるのか、どうしたらよいのかということについて、今のこの国ではまともに考えようとしていない。まるで、そんなことはありえないことが常識のようになっている。太陽が西から昇るようになったらどうなるのか、ということを考えることがないように、日本から在日米軍がいなくなったらどのようになるのか、ということについて考えようとしない。太陽が西から昇ることはないが、在日米軍がいなくなるということは「起こりうること」として、その可能性やそうなった場合、国はどうするのかというシュミレーションがあって当然のことであろう。

 日米同盟があることを当たり前のこと、自明のこととしてはならない。日米同盟というのは、日本にとってもアメリカにとっても複数ある選択枝の中の一つであり、日本とアメリカは過去にどのような経緯、どのような理由でそれを選択したのか、現在なぜそれを選択しているのか、そしてこれからも選択し続けるのかといったことについて学び考えていかなくてはならない。

May 06, 2014

サムスン電子の収益低下

 韓国は今、危機的な状態にある。危機的な状態とは旅客船の沈没事故による韓国社会全体への信頼感の低下のことではなく(それもあるが)、韓国経済のことだ。

 4月29日のブルームバーグはこう報道している。

「世界最大のスマートフォンメーカー、韓国のサムスン電子 の1-3月(第1四半期)のモバイル部門の売上高は5四半期ぶりの低水準にとどまった。新興市場で中国メーカーが機能満載の低価格品で売り上げを伸ばしている。 」

 サムスン電子という韓国のいちメーカーの売り上げが減っているとしても、それが韓国経済全部の低迷につながるわけではないのではないかという声もあるだろう。ところが、今や韓国の経済を支えているのはサムスン電子と言ってもいい。韓国にはサムスン電子以外にも大きな財閥系企業は数多くある。その中でサムスン電子が韓国の経済全体に与える影響は大きい。サムスン電子の収益が伸びれば韓国経済の収益は伸び、サムスン電子の収益が落ちれば韓国経済の収益が落ちる。サムスン電子と韓国経済は一蓮托生なのである。このへん、ソニーや日立がどうなろうと、とりあえず全体の経済はびくともしない日本とは違うのだ。

 ブルームバーグの報道では「サムスンは高位機種ではアップル、低位機種では華為技術などの中国勢と厳しい競争に引き続き直面している」と述べているが、スマホの高位機種でのアップルとの競争にはまずかなわない。というか、サムスン電子は高位機種のスマホでの市場には入っていくつもりないし、入れない。サムスン電子は独自技術で商売をしているわけではないからだ。

 もともと日米の半導体摩擦により、日本は半導体の20%を輸入しなければならなくなったため、韓国企業に半導体製造のノウハウを教え、韓国製の半導体を輸入することにしたことで、サムスン電子は半導体事業で急成長を遂げ、後に日本の半導体産業を追い抜くようになった。半導体事業で成長して、日本企業との合弁で液晶パネルや薄型テレビなどに大規模な投資を行い、家電分野にシェアを広げていった。スマホがブームになるとGoogleのアンドロイドOSを搭載したスマホを開発し、低価格のスマホ販売で一気に躍り出た。

 家電の時そうだったようにスマホについても、先行企業の製品を徹底的に分析し、日本企業などから技術とエンジニアの両方を高給で引き抜き、巨額な広告宣伝費を投じていく、これがサムスン電子のやり方だ。財閥企業なので、そうしたことがトップダウンですばやく判断し実行できるのが韓国企業の強みである。

 しかしながらこのやり方では、当然のことながら中国の企業が性能的にそれなりのスマホを販売するようになれば、あとは価格競争になり、価格競争では中国には勝てない。日本企業がたどった道を、サムスン電子はもっと早く走り抜けていったようなものだ。日本企業には独自技術を作る技術力があるのでまだ未来への道があるが、サムスン電子にはそれすらもない。サムスン電子は日本の製造業以上に、基本的なビジネスモデルを転換させることの必要にせまられているのだ。

 そして、今回の旅客船の沈没事故であるこの事故により、イベントや団体旅行がキャンセルになり、韓国社会全体の消費心理が萎縮しているようだ。この事故により60%台を維持していた朴槿恵大統領の支持率は40%台に急落したという。興味深いの韓国メディアに「日本に学ぶべきだ」という声が出ているということだ。日本の安全管理の意識の高さと韓国のそれとを比較し、我々は大きく遅れていると指摘する意見がメディアにいくつか出ている。

 中央日報に東京特派員のコラムでこうしたものが載っていた。この記者が東京に赴任して間もなく、2012年のゴールデンウィークに石川県から東京ディズニーランドへの深夜バスが運転手の居眠り運転で壁に衝突し乗客7人が死亡、38人がケガを負った事故が起きた。事故後の日本の国土交通省のバス会社への厳しい対応やマスコミの報道を見て「東京赴任後まだ1年にもならない特派員の目には、日本社会の対応がとても大げさだという気がした」そうだ。ところが、今回、韓国での旅客船の沈没事故が起こり、2年前はオーバーだと思った日本の対応は至極まっとうな正しいものだったと述べ、日本を絶賛している。

 ある時は侵略者・略奪者としての日本を批判し糾弾する、またある時は先進国としての日本を賞賛し、日本から学ぼうとする。こうした韓国のマスコミの姿勢はおかしくはないと思う。本来、こうであるものなのだ。反日報道しかないというのは異常なのであり、実際のところ韓国のマスコミは反日だけではない。

 さらに韓国経済を支えるサムスン電子はスマホの低価格競争では、もはや中国の華為技術やレノボなどにはかなわなくなってきている。スマホに変わる主力製品として期待されている有機ELテレビの分野でも同様だ。有機ELテレビへの投資を中断したという。

 ハード的な技術を含めたいわゆる「独自技術」は一朝一夕では根づかない。となると、韓国が進むべき道はソフトウェアで優位に立つことである。しかし、GoogleのアンドロイドOSを使っているように、この分野でアメリカの企業に対抗するのは極めて難しい。日本から技術を低コストで導入できたようにいかなくなっている。サムスン電子も研究開発に多額の投資をしているが、なかなか独自技術が出て来ていない。韓国の基礎科学や科学技術そのものがまだまだのところが多い。韓国映画には優れた作品が多いが、これは日本にも中国にもハリウッドにもできず、韓国でなくてはできないものだからである。しかし、映画産業だけでは韓国経済は支えられない。

 韓国の社会と経済そのものが今、大きな曲がり角にきている。

May 03, 2014

解釈でどうとでもなると思っている人々

 大学生の時、砂川事件のことを知った。最高裁の判決を知って、ああこの国は憲法を守ろうという意志はないのだなと思った。この国の文化では「書かれているもの」は書かれているだけのものであって、実際のところはその場、その場の状況でどうとでも解釈するんだなと思った。以来、政治家の憲法を改憲すべきであるというコトバを見るにつれ、憲法を守ろうという意志もないのに何を言うのだろうかと思ってきた。今でもそう思っている。

 この国は憲法がどうこう以前に、いわば超法規的なことが多い。本来、憲法上でいえばこうなる、ということがこうならないことが多々ある。まず、そうしたことは一切なくして欲しい。憲法でやるのならば、全部憲法でやって欲しい。ここが私は信用できない。

 西洋における法の独立は、つきつめると神から与えられた法であるため、国が滅ぼうがどうなろうが法は法であるという意識があるように思える。国家あっての法ではなく、国家がなくても法なのである。実際のところ、欧米でもそれはタテマエであって、国家の介入で法の解釈が変えられることしばしばある。しかしながら、タテマエはあくまでもそうなっている、というところが欧米にはある。

 幸か不幸か日本には、そうした唯一神の信仰のような社会意識はない。それでも西洋から近代法を学んだので、そうしたタテマエが若干ある。が、それがタテマエだと誰もが思っている社会ではない。

 近代日本における最高の権威は国体であろう。太平洋戦争の終結が遅れたのは、国民がどうなろうと国体だけは護持しなくてはならないと政治家や軍人たちは思っていたからである。戦後半世紀以上たったが、このことが消え去ったとは思えない。いつまた「国民がどうなろうと国体だけは護持しなくてはならない」ということが起こるとも限らない。

 この「国民がどうなろうと国体だけは護持しなくてはならない」というのは法律に書いてあることではなく、日本人の共同体意識のようなものである。日本人の共同体意識といっても、例えば江戸時代の日本人はそんなことを思うことはなかったであろう。この国では、法よりも世間が優先する。法が世間の中にあると言ってもいい。それが悪いとか間違っているとか言っているのではない。

 集団的自衛権が必要だという人たちは、日本はアメリカに何もできないけど、アメリカは日本を守って下さいと言えるのか。一定の役割分担が必要だという。この話はおかしい。言えるのかと言っても、そうするのが日米安保条約だろと思う。それで良しで日本もアメリカも了解して条約が結ばれたのである。

 70年前、吉田茂はサンフランシスコの第6軍司令部プレシディオで一人で日米安保条約に署名した。吉田はよもや未来のこの国で「日本はアメリカに何もできないけど、アメリカは日本を守って下さいと言えるのか」みたいな発言が出てくるとは思ってもいなかったであろう。何度も言うが、それで良しなのが日米安保なのである。もちろん、そうした考えがでてきたっていい。吉田茂だって、安保はあの時代の選択であって、未来永劫、日米安保条約があり続けるとは思ってはいなかったであろう。

 しかしながらそうであるのならば、じゃあ日米安保を変えましょうという話になるはずだ。わからないのは日米安保はこのままで、「日本はアメリカに何もできないけど、アメリカは日本を守って下さいと言えるのか」と言うということだ。実際のところ、今の日米の同盟関係の中で米軍と自衛隊の役割分担はある。安保タダ乗りというが、現行憲法の中で自衛隊はやるべきことをやっている。

 政府は、憲法9条を変えることはたいへんだから、憲法はこのままにして集団的自衛権を認めるという解釈はオッケーにしましょうという方向のようだ。認めるのは、放置すれば日本が武力攻撃を受ける事態に限定するとのことだ。

 またもや解釈でどうにでもなる、である。集団的自衛権を行使できるということは、外交のカードになり抑止力になるのだという。外交や軍事が解釈でどうとでもなると思っているのだろう。

 「やる」のならば、憲法改正、安保改正、自衛隊法等の関連法の改正、自衛隊組織の抜本的な変更までやらなくては、自衛隊(でも日本国軍でも名前はなんでもいいけど)はオーストリア、フィリピン、インドネシア、インドへと拡大解釈していく以前にハワイ沖ですら軍事活動などできない。そこまで「やる」意志と予算が今の日本にあるのですかと問いたい。「やる」のならば、そこまでやらなくてはなんの意味もないのである。

May 02, 2014

台湾出兵から第二次世界大戦まで

 中国の「共産党・政府は昨年12月末の安倍晋三首相の靖国神社参拝を受け、「戦争の歴史を使って日本を孤立させる」(共産党関係者)政策を決定。内外に対して大々的にアピールしており、来年の抗日戦争勝利70周年に向け、反日機運をさらに盛り上げる方針とみられる。 」

 共産党理論誌「求是」は「「今年は日清戦争開戦120周年で、(明治政府成立以来で初の海外出兵となった)台湾出兵140周年でもある」と指摘。「1874年の台湾出兵から1945年の第2次大戦終了まで、近代日本が中国に対して行った70年余の侵略」について歴史的事実を明らかにする必要性を訴えた。」

 台湾出兵から第二次世界大戦まで、この間に日本が中国にやったことをあげつらわれるとなると、そうとうな数になる。

 大日本帝国は中国に対して、ほとんど全部「悪いこと」をやってきた。西洋列強も中国に対してそうした「悪いこと」をやってきただろ!と言うことは正しいが、だから日本もやっていいという理屈にはならない。では、あの時、日本が台湾出兵とかコレコレの「悪いこと」をやらないことができたかどうか、できたわけないだろ!と言うことは正しいが、だからやってよかったという理屈にはならない。戦前の日本人は、まさかこの中国が21世紀には日本を抜いて世界第二位の経済大国になって、自分たちのやっていることを謝罪せよと言ってくるようになるとは夢にも思っていなかっただろう。

 1972年に田中角栄と周恩来の間でかわされた日中共同声明で、中国は日本国に対する戦争賠償の請求を放棄することになった。だから、日中共同声明で放棄するって決まったでしょうと日本側は思っているかもしれないが、一介の共同声明で中国側の恨みつらみがなくなるわけはなく、その後、この謝罪問題は日中間で何度も出てくることになり今日に至る。とうとう昭和の日中戦争どころか、その先の明治7年の台湾出兵から謝れと言われるようになるようだ。このままでいくと、さらにその遙かな先の室町時代の倭寇についても謝れと言ってくるかもしれない。ちなみに、倭寇というのは日本人だけではなかったのだが。

 普通、世界のどの国もこうしたことを政治家は国際的な場では言わない。というか「言わない人」が政治家をやっている。こんなことを言っても相手の国の国民感情を悪くするだけで、それはめぐりめぐって自国の益にならないということをよく知っている人が政治家をやっているものなのである。習近平がドイツで半世紀以上前に起きた日本による侵略を非難したが、そうしたことを言うということは、言うことが利益になると思っているから言ったのであろう。でなければ、普通は言わない。

 日本人が「我々は日本人である」という意識を持つようになったのは、欧米諸国が日本にやってきたからであり、最も衝撃を与えのが言うまでもアメリカであり、ペリー艦隊の来航である。欧米の対概念として「日本」という意識が生まれ、「我々は日本人である」「このままでは我々は侵略される」「清朝中国のようにはなりたくない」という意識を持つようになった。

 同様に、中国では日本に侵略されることによって「我々は中国人である」という意識を持つようになった。不幸なことに、「このままでは我々は日本に侵略される」と思い、近代国家となって日本や欧米列強の侵略をはねのける国になればよかったが、そうしたことにはならなかった。日本のような列島国家であれば、すばやく国がまとまり、ひとつの方向へ進むことができたが(それでも、それなりにいろいろなことがあった)大陸の広大な国である中国はそうカンタンにはいかなかった。清朝の末期から共産党による中華人民共和国の誕生の半世紀の時間はその混乱の時間だったと言える。中華人民共和国になってもその混乱はまだ続いていた。やがて工業化より経済成長の一途を辿っていった。一方、日本経済は落ちていった。21世紀になって、ようやく中国は日本を「見下す」ことができるようになった。

 日本の側もそもそも脱亜入欧で近代国家になった国である。戦後も脱亜入米で脱亜であることは変わりない。ようするに中国を「見下して」きた。ところが「見下して」きた中国が、大国として日本の前に現れる時代になった。近代日本の歴史的な感覚では「見下して」きた中国なのである。

 経済はもはや国がどうこうという世の中ではなくなっている。しかし、人々の意識は近代国家の枠の中にある。

 まこと日中はややこしい。

May 01, 2014

『1971年 市場化とネット化の紀元』

 土谷英夫著『1971年 市場化とネット化の紀元』(NTT出版)を読んだ。ブレトンウッズ体制が崩壊し通貨が変動為替制になったこととインテルの汎用マイクロプロセッサーが誕生した1971年を今日のグローバル経済の情報ネットワーク社会の始まりと捉え、そこに至った道筋とその後の世界の変貌を論じた本である。

 1971年は著者が日経に入社し経済部に配属され通産省の記者クラブに通うようになった年とのことである。時の総理大臣は佐藤栄作だった。佐藤内閣の時代のこの年に、ニクソン大統領がブレトンウッズ体制を廃して世界経済は変動相場制へと移った。

 この「世界を駆け巡る」ことを可能にしたのは情報通信技術の発展であり、その中核とも言うべきものはコンピュータである。金融にITは深く関わっている。筆者はブレトンウッズ体制が崩壊した1971年は、インテルが汎用マイクロプロセッサーを開発した時でもあることから、この年は今日の世の中の世界の市場化とネット化の始まりの年であったと顧望し、なぜ変動相場制へとなったのか、この変化に日本政府はどのように対応をしたのか、そしてその後、今日のカジノ化しつつある世界金融になったことをわかりやすく書いている。大変興味深い。

 この20世紀後半に起こった変化の中に今の我々はいることはまぎれもないことであり、折に触れ今の世界経済を動かしている金融資本がどのようにこの世に生まれたのかということは振り返って考える必要がある。

 インテルのマイクロプロセッサーがあってこそパーソナル・コンピュータの誕生があったと言われれば確かにそうだが、金融のためにパーソナル・コンピュータは生まれたわけでない。ITは金融にも歴史的に大きな影響をもたらしたということであり、パーソナル・コンピュータの誕生について言えば金融とは別の長い長い物語がある。しかしながら、世界をネット化しているのは金融情報であることは間違っていない。経済の側から見ればITはこうしたものだ。その意味で、この本は現代の金融の物語である。

 ブレトンウッズ体制がなくなった後、なにが起きたのか。お金の先物取引が可能になり、この本の中で書かれている、それをビジネス・チャンスとして、お金が「商品」として利益を生む世の中へさせていった人物の一人、レオ・メラメドの話はおもしろい。この人は日本とも関わりがあった。

 膨大な情報が自由な流れていくことが可能になったことは、市場経済を活性化させた。それを受けて、経済思想の主流がケインズからハイエクへと移り、アダム・スミスの『国富論』が復権する。資本が自由に移動することは主要先進国の財政政策ではなく金融政策が意味を持つ。つまり、中央銀行の総裁の政策が意味を持つ。

 イギリスでサッチャーがイギリス経済を立て直し、アメリカではレーガンにより経済が改革される。このように1971年に始まり1980年代の金融とITによる経済の革命的な変化の中で、サッチャーとレーガンによりイギリス・アメリカ型経済が復活し、社会主義国ソビエトは崩壊していった。同じく社会主義国の中国は鄧小平が資本主義を導入し、工業化へと推進させ、21世紀初頭に経済大国第二位の国になる。その一方で没落の一途をたどっていったのが日本であった。

 全地球上を市場で覆うグローバル経済には矛盾や問題もある。経済のグローバリゼーションは、貧しい国に豊かになる機会を与えた。その一方はグローバリゼーションによって貧富の格差が広がったということもある。社会主義経済の機能不全を経験した今日の時代では、経済の発展には情報の自由な流れが必要であるという考えになっている。この観点から見れば国家が主導する経済、いわゆる国家資本主義ではやがて限界になり、民間主導の資本主義にならざるを得ない。

 民間主導の資本主義の社会とは、選挙があり言論の自由があり法の支配がある民主主義の社会だ。社会主義を標榜していながら実質は国家資本主義国であろうとしている中国が今後どうなるだろうか。民主主義にも欠点はある。金融資本主義は、一歩間違えれば世界経済は危機的な状態になるという危険を常に孕んでいる。そうした様々な欠点を抱えながら現代の社会と経済は進んでいくしかない。

 この本の中で最も印象深かったのが次の一節だ。

「1985年に日本は世界一の債権国になった。プラザ合意があり、ここから円の急騰が始まる。堺屋太一氏は、この年『知価革命』を著し「知恵の値打ちが支配的になる」社会への移行を唱えた。新たなパラダイムへ適応の勤めだった。しかし、現実に起きたのは”地価革命”なのだ。やがて泡と消えるバブルである。」

 つまり、戦後から1970年代までの日本政府の経済政策には正しさがあった。おかしくなったのが1980年代以後なのだ。この国は30年前に堺屋太一が言った「知価社会」に今だなっていない。なぜできなかったのか、どうすればそうなるのか、それを考える必要がある。本質的な議論は1980年代から進んでいないのだ。

 この本と野口悠紀雄著『変わった世界 変わらない日本』(講談社現代新書)を合わせて読むと、1970年代以後の金融と経済の変化がよくわかる。経済の基本的な仕組みを変えなくては日本経済は復活しない。だから、アベノミクスとやらではダメなのだ。

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