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May 01, 2014

『1971年 市場化とネット化の紀元』

 土谷英夫著『1971年 市場化とネット化の紀元』(NTT出版)を読んだ。ブレトンウッズ体制が崩壊し通貨が変動為替制になったこととインテルの汎用マイクロプロセッサーが誕生した1971年を今日のグローバル経済の情報ネットワーク社会の始まりと捉え、そこに至った道筋とその後の世界の変貌を論じた本である。

 1971年は著者が日経に入社し経済部に配属され通産省の記者クラブに通うようになった年とのことである。時の総理大臣は佐藤栄作だった。佐藤内閣の時代のこの年に、ニクソン大統領がブレトンウッズ体制を廃して世界経済は変動相場制へと移った。

 この「世界を駆け巡る」ことを可能にしたのは情報通信技術の発展であり、その中核とも言うべきものはコンピュータである。金融にITは深く関わっている。筆者はブレトンウッズ体制が崩壊した1971年は、インテルが汎用マイクロプロセッサーを開発した時でもあることから、この年は今日の世の中の世界の市場化とネット化の始まりの年であったと顧望し、なぜ変動相場制へとなったのか、この変化に日本政府はどのように対応をしたのか、そしてその後、今日のカジノ化しつつある世界金融になったことをわかりやすく書いている。大変興味深い。

 この20世紀後半に起こった変化の中に今の我々はいることはまぎれもないことであり、折に触れ今の世界経済を動かしている金融資本がどのようにこの世に生まれたのかということは振り返って考える必要がある。

 インテルのマイクロプロセッサーがあってこそパーソナル・コンピュータの誕生があったと言われれば確かにそうだが、金融のためにパーソナル・コンピュータは生まれたわけでない。ITは金融にも歴史的に大きな影響をもたらしたということであり、パーソナル・コンピュータの誕生について言えば金融とは別の長い長い物語がある。しかしながら、世界をネット化しているのは金融情報であることは間違っていない。経済の側から見ればITはこうしたものだ。その意味で、この本は現代の金融の物語である。

 ブレトンウッズ体制がなくなった後、なにが起きたのか。お金の先物取引が可能になり、この本の中で書かれている、それをビジネス・チャンスとして、お金が「商品」として利益を生む世の中へさせていった人物の一人、レオ・メラメドの話はおもしろい。この人は日本とも関わりがあった。

 膨大な情報が自由な流れていくことが可能になったことは、市場経済を活性化させた。それを受けて、経済思想の主流がケインズからハイエクへと移り、アダム・スミスの『国富論』が復権する。資本が自由に移動することは主要先進国の財政政策ではなく金融政策が意味を持つ。つまり、中央銀行の総裁の政策が意味を持つ。

 イギリスでサッチャーがイギリス経済を立て直し、アメリカではレーガンにより経済が改革される。このように1971年に始まり1980年代の金融とITによる経済の革命的な変化の中で、サッチャーとレーガンによりイギリス・アメリカ型経済が復活し、社会主義国ソビエトは崩壊していった。同じく社会主義国の中国は鄧小平が資本主義を導入し、工業化へと推進させ、21世紀初頭に経済大国第二位の国になる。その一方で没落の一途をたどっていったのが日本であった。

 全地球上を市場で覆うグローバル経済には矛盾や問題もある。経済のグローバリゼーションは、貧しい国に豊かになる機会を与えた。その一方はグローバリゼーションによって貧富の格差が広がったということもある。社会主義経済の機能不全を経験した今日の時代では、経済の発展には情報の自由な流れが必要であるという考えになっている。この観点から見れば国家が主導する経済、いわゆる国家資本主義ではやがて限界になり、民間主導の資本主義にならざるを得ない。

 民間主導の資本主義の社会とは、選挙があり言論の自由があり法の支配がある民主主義の社会だ。社会主義を標榜していながら実質は国家資本主義国であろうとしている中国が今後どうなるだろうか。民主主義にも欠点はある。金融資本主義は、一歩間違えれば世界経済は危機的な状態になるという危険を常に孕んでいる。そうした様々な欠点を抱えながら現代の社会と経済は進んでいくしかない。

 この本の中で最も印象深かったのが次の一節だ。

「1985年に日本は世界一の債権国になった。プラザ合意があり、ここから円の急騰が始まる。堺屋太一氏は、この年『知価革命』を著し「知恵の値打ちが支配的になる」社会への移行を唱えた。新たなパラダイムへ適応の勤めだった。しかし、現実に起きたのは”地価革命”なのだ。やがて泡と消えるバブルである。」

 つまり、戦後から1970年代までの日本政府の経済政策には正しさがあった。おかしくなったのが1980年代以後なのだ。この国は30年前に堺屋太一が言った「知価社会」に今だなっていない。なぜできなかったのか、どうすればそうなるのか、それを考える必要がある。本質的な議論は1980年代から進んでいないのだ。

 この本と野口悠紀雄著『変わった世界 変わらない日本』(講談社現代新書)を合わせて読むと、1970年代以後の金融と経済の変化がよくわかる。経済の基本的な仕組みを変えなくては日本経済は復活しない。だから、アベノミクスとやらではダメなのだ。

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