台湾は台湾であり続ける
台湾の大学生たちが、台湾の国会である立法院を占拠して1週間以上になる。去年の夏、ぶらぶらと歩いていた台北で、半年後にこうしたことが起こるとは思ってもいなかった。台湾大学の近くの定食屋さんでお昼ご飯を食べたり、本屋で過ごしたりしていたが、あの時そこにいた学生さんたちも今、立法院にいるのかもしれない。
ことの発端は中国と台湾の間で調印された「サービス貿易協定」にある。これは中国、台湾双方が双方の市場を開放する協定である。台湾の野党はこの協定は中国側に有利なものになっていると調印に反対していたが、与党である国民党は野党の意見には応じず、時間切れとして審議を一方的に打ち切り。十分に話し合うことなく強引に協定の調印を進めた。このことに大学生たちが抗議し、今回の立法院を占拠となった。
つまり、大学生たちが抗議している点はふたつある。ひとつは「サービス貿易協定」そのものの内容であり、もうひとつはきちんと十分の時間をかけて審議することなく、密室で中国と調印したかのようなやり方をしたことことである。こうした国の将来に関わることで国民に十分な説明がなく政府が独断で調印することは、民主主義国家としてあるべきことではないのは当然のことだ。
台湾では2008年以後、総裁は親中の馬英九総裁になっている。馬政権がめざすものは中国と台湾の密接な関係である。この関係が、対等な関係になるのか、それとも大陸中国に含まれる関係になるのか。極めて難しい状況になっている。中国の望みは言うまでも台湾を併合することだ。中国は香港に見られるように一国二制度をとっており、この方法で台湾も中国の一部に組み込むことができる。習近平政権のいう中台統一とはこうしたことだ。
香港について言えば、主権がイギリスから中国に戻されてから20年近くたったが、さまざまなところで大陸中国が大きく関与し数々の問題をもたらしている。最近、中国政府を批判する報道への規制があり報道の自由が脅かされつつあるとして市民ら6千人以上によるデモがあった。香港も香港行政長官は親中派の梁振英である。まぎれもなく香港は中国であるが、大陸中国とは一線を引き続けたいというのが香港の市民の意識であろう。
この香港を台湾は見ている。そして、台湾はアメリカの動向も見ている。シリア問題やロシアに組み込まれるクリミアに対してアメリカはなにもしかなった。では、台湾についてアメリカはどうなのだろうか。
今回の台湾での大学生たちよる立法院の占拠は、大きな枠組みで見ると私がかねがね述べているアジアにおける「アメリカのパワーの衰退と中国の台頭」によるものと考えることができる。アジアでのアメリカのプレゼンスの低下は日本だけではなく台湾にも大きく関わっているのだ。
今のアメリカの国際政治学では台湾放棄が言われ始めている。例えば、ジョン・ミアシャイマーは最近「The National Interest」誌に「Say Goodbye to Taiwan」というエッセイを寄稿している。アメリカにとって台湾を防衛するというのは、いわば朝鮮戦争以後の対共産主義シフトの名残であって、21世紀の今日ではもはや実質的な意味を持たなくなってきている。地政学的には朝鮮半島と同様に台湾もまた中国の台頭に直面し、遠く離れたアメリカがこれを防ぐのは難しい。台湾防衛はアメリカにとって巨大なコストになっている。その半面、台湾を防衛することでのアメリカへの利益は少ない。アメリカの外交はウィルソン主義的な理想論ではなく、リアルなバランスを重視するようになってきている。いわば日本以上に台湾は「いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ」(by 産経新聞の古森さん)なのである。
ちなみに、いずれそのうちこのミアシャイマーか、「パックス・アメリカーナの終焉後に来るべき世界像」を論じているオフショア・バランシング論のクリストファー・レインあたりが「Say Goodbye to Korea」とか「Say Goodbye to Japan」とか、さらに言えば「Say Goodbye to NATO」とか「Say Goodbye to Middle East」というエッセイも書くようになるのではないかと思う。将来、そうした時代がやってくるだろう。
今、アメリカの国際関係論では次の時代の新しい世界戦略論の模索が始まっている。これに対して、日本では旧態依然とした世界の警察官であるアメリカとか、パックス・アメリカーナの世界がこれからも続くかのような国際認識しかないのは嘆かわしいといわざるを得ない。
いずれにせよ、台湾は台湾でやっていくしかない。
しかしながら、立法院を占拠すればそれでいいわけではない。今回、長期にわたって大学生たちは立法院を占拠し、野党も協定の見直しを要求しているが、かりに「サービス貿易協定」が破棄になったとしても、今後も同じようなことは中台間で何度も繰り返し起こるだろう。
台湾は今後もますます巨大化する大陸中国の存在に直面せざる得ない。韓国は中国とアメリカの間に立って立ち回りつつ、基本的にはかつての宗主国である中国に帰属する道を選択した。香港はもはや中国の一部になってしまった。では、台湾はどうするのか。
台湾には台湾のとるべき道がある。大陸中国に飲み込まれない、台湾としてのアイデンティティと台湾の独自性を守り、維持していく方向だ。このボーダーレス・ワールドでは、政治的な中台統一や台湾独立は実質的な意味を持たない。中台統一や台湾独立とは違う将来の台湾のビジョンが必要だ。
台湾が進むべき道は、大陸中国に併呑されることでもなく、台湾一国で国を閉ざし経済の自由化をしないことでもない、本当の意味で世界に開かれたボーダーレス・ワールドの中の民主主義国家台湾になることである。そして、そうしたこれからの台湾を担っていくのは民主化した台湾に生まれ、育ち、学んできた台湾の若者たちだ。日本統治下の台湾人でも、大陸から来た国民党中国人でも、民主主義を勝ち取った親の世代でもない、今の台湾の若い世代なのだ。
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