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December 2013

December 31, 2013

今年はバブル時代をもう一度の年だった

 昨日30日、東証の大納会の式典で安倍晋三首相は上機嫌で「来年もアベノミクスは買いだ」と述べたという。つくづく、この人は株価が上がればそれでいいという人なのだなと思った。

 今年、安倍政権が発足して1年が過ぎた。当然のことながら、改革は1年や2年でできるものではない。しかしながら、改革の方向性は最初の1年で出てこなくては、その後で出せるものではない。

 この1年ではっきりしたことは、アベノミクスとやらは株価が上がればそれでいいというものであるということだ。もちろん、株価は重要だ。しかしどう考えても実体経済の裏付けがなく、明らかに上がりすぎであろう。東証はこの1年で56%上昇し41年ぶりの高さになったという。

 例えば、日本の実体経済の要である製造業やIT産業は、例によってさっぱり未来が見えてこない。自動車メーカーは円安で収益を上げたが、規制にまみれた国内産業の構造改革などやる気はまったくないようだ。この「失われた20年」では、バブル時代がもう一度来て欲しいと思われてきたが、ここにきてついに「バブル時代をもう一度!」を実際にやるようになった。アベノミクスとやらは「バブル時代をもう一度!」なのである。ようするに、他にやるべきことが思いつかないのであろう。

 福島原発の汚染水は完全にコントロールしていますと言って勝ち取った東京五輪であるが、汚染水問題はますます深刻になっている。東京五輪は被災地の復興のためになると言っていたが、端から見て復興が進んでいるとは思えない。

 この1年で日本経済は回復した、景気は良くなった、雇用も賃金も良くなった、かつての日本がよみがえった等々言われているが、まったくそんなことはない。今のこの国は本当にやるべきことをまたもや先送りにして、「バブル時代をもう一度!」をやっているだけだ。この1年で経済も外交もますます表面的、短絡的になった。安倍首相は引き続き経済優先の政権運営をしていくそうであるが、来年もこの状況が続くと思うとうんざりする。

 しかしながら、そうはならない。バブルはバブルでしかない。来年は、金融政策も含めてアベノミクスでは世の中は良くならない事実が露呈してくるだろう。だが、安倍政権やメディアはそれを隠し、人々がそれに気がつくのをなるべく遅らせるようにするだろう。まあ、だからどうこうというわけではない。本来、国家とか体制というものはそういうものなのである。

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December 30, 2013

2013年をさらっと振り返る

 人民日報英語版の12月29日の社説「Abe's shrine visit a flagrant denial of justice」を読んで笑ってしまった。安倍総理の靖国参拝は第二次世界大戦以後の国際社会の秩序への対抗であるかのように書いているが、それでは防空識別圏の設定はどうなのであろうか。日本の防空識別圏は敗戦後の占領時代にアメリカ軍によって設定されたものである。日本は、それをそのまま継承した。であるのならば、これこそ第二次世界大戦以後のアジア圏の秩序のひとつであると思うのだが、それを変更したいとしているのが今の中国なのだ。

 自分たちの都合のいい時だけ、日本は第二次世界大戦以後の国際社会の秩序を壊そうとしている云々と言われるスジアイはない。このように、無理を通して道理をひっこめさせるのが中国のやり方だ。

 ただし、これは中国だけではなく、かつての日本もそうだったし、アメリカもそうだった。さらに言えばドイツもそうだったし、フランスもそうだったし、ロシアもそうだったし、イギリスもそうだった。およそ、ある覇権国の覇権の下で勢力を拡張するためには、無理を通して道理をひっこめさせることをやらなければならない。覇権国が作った秩序にそのまま従っていたら、いつまでたっても秩序を作る側に立つことができない。今日、先進国と呼ばれる国は、多かれ少なかどの国も過去にそうしたことをやってきた。今、それを行っているのが中国なのだ。

 古来中国は、常に北方の脅威にさらされてきた。漢族の社会は、幾度となく周辺の遊牧民からの侵略を受けてきた。中国大陸が遊牧民に支配され、遊牧民の帝国になったことは何度もある。満州族の帝国であった清朝の末期、国民党も共産党の漢族の政治集団であった。その中国共産党が作った中華人民共和国は、漢族の帝国である。今の中国では漢族以外のウイグル族、チベット族、モンゴル族などは自治区として治められ、中共政府の管理下にある。さらに清朝時代から中国の国境を脅かしてきたロシアは、今や往年の帝政ロシアのような露骨な国境侵犯を行う軍事力はない。

 かくて中国は21世紀において歴史上初めて、北方からの脅威にさらされることがなくなった。軍事力を増強し、経済は日本を抜いて世界第2位になった中国は、もはや自分たちの国はアメリカ、ロシアと対等の国だと思っている。

 歴史上、中国は海洋にさほど関心を持ってこなかった。海洋交易をしなくても、中華帝国は大陸での交易で充分豊かだったからである。ただし、例外的に14世紀から15世紀にかけて中国の交易船がアフリカ大陸の喜望峰を越えていた。明朝になって巨大な交易船の建造が禁止され、以後中国は東南アジアの向こうとの海洋交易の関心を持たなかった。

 その中国が東の海に目を転じたとき、そこにあるのはかつてはイギリスが、今はアメリカが地域覇権を持つ東シナ海と南シナ海である。これらの海域を中国の管轄下に置き、自由に進出することができるようにすることが、今の中国の課題であろう。

 防空識別圏の設定は、その第一歩であった。これに対して、アメリカはこれを排除することをしなかった。軍事的に言えばこの海域は、今でも実質的にアメリカ海軍の影響力下にある。しかしながら、国際イメージ的には中国の防空識別圏の設定は「中国の勝ち」になったと言えるだろう。こうして一歩一歩、中国は「無理を通して道理をひっこめさせること」を行い、アメリカの覇権を崩していく。

 今年は中国の経済成長に陰りが出て来たという意見が見られるようになってきたが、陰りが出ようが出まいが中国はさらに経済発展をしていく。中国国内の資源、市場は膨大である。習近平は官僚や役人の不正や汚職を摘発し、沿岸部と内陸部の格差を縮めようとするだろうが、官僚組織や沿岸部の都市はそれに反発するだろう。格差社会が人々の不満を高め、共産党政権は数年後に崩壊するだろうという声をよく聴くが、中国共産党政権はそう簡単には終わらないだろう。共産党は強力な公安警察と人民解放軍を持っている。また、共産党に変わりうる強力な政治組織が今現在存在していない。数多くの問題を抱えながら、それでも中国はチャイナ・ウェイを歩み続ける。

 何度も繰り返すが、第二次世界以後の東アジアこそ、アメリカの覇権力があってこその安定した地域であった。この地域にある日本、中国、台湾、韓国、北朝鮮、そしてロシアがこの半世紀間、それなりに大規模な軍事衝突をしてこなかった(大陸での国共内戦や半島での朝鮮戦争があったが)のはアメリカの影響力があったからだ。南米や中近東やアフリカでのアメリカの介入はことごとく不幸な結果になったことを思うと、東アジアでのアメリカの介入は(数多くの問題はあるが)それなりに機能してきたと言っても良い。このことは日本を東アジアのアメリカン・ヘゲモニーの拠点としてきたことも良い結果をもたらしてきたと言えるだろう。それが大きく変わろうとしている。

 中国の防空識別圏への日米の対応の違い。また、安倍総理の靖国参拝に対するアメリカ・オバマ政権の嫌悪的な反応は日米関係の実体を変え始めている。もちろん、日本とアメリカの安保同盟は続き、来年も中国に対して様々な対応が日本とアメリカで行われるであろう。しかしながら、それらは表面的なものであって、中国に対するアメリカの対応は必ずしも日本の世論にそうものではないことを日本人は感じ始めている。

 日本の右派は、今回の安倍総理の靖国参拝に対するアメリカの態度に大きな不満を持っている。中国に対するアメリカの曖昧な態度に、アメリカは日本の信頼しえる同盟国なのであろうかという疑問が日本人の中に生まれ始めている。

 もともと日本では親米保守というグループがあるが、保守でもネット右翼は反米であり嫌米である。日本のナショナリズムは周辺のアジア諸国、特に中国、韓国に対して排他的であり、アメリカはそれを望まない。このように中国の台頭は、日本とアメリカの関係を変え始めている。今回の安倍総理の靖国参拝に失望したという声明を発表したアメリカに対して、アメリカ大使館のFacebookには激しい非難が殺到している。

 最近、「活米」という日米同盟を強化し、中国の脅威に立ち向かうという声があるが、そうしたことは成り立たないことがこれでわかるであろう。日米関係の実体はそんな簡単なものではなく複雑である。日本が軍事志向になればなるほど、アメリカはそれを抑えようとする。また、アメリカは日本の憲法改正も認めない。それは日米安保のもうひとつの目的、東アジアにおける日本の再軍備化を防ぐことという敗戦後の占領時代の目的が今でもアメリカにはあることにつながっている。

 今年、安倍総理の発言や行動は日韓関係や日中関係だけではなく、日米関係を大きく悪化させたが、と同時に日本人の中にある潜在的な嫌米意識が表面化し始めたと言えるだろう。

 では、今年のアメリカはどうであったろうか。今年、アメリカは世界の警察官であることをやめたと世界に向かって述べた。シリアのアサド政権への軍事介入をしなかった。オバマ大統領は国民に軍事介入の必要性を述べたが、人々の側はそれを必要だと思わなかった。今年最もアメリカなき世界を感じたのは、サウジアラビアであったろう。

 今年のオバマ政権は、盗聴事件、オバマケア問題、無人攻撃機への批判、等々のさまざな失態があり、オバマ大統領の支持率は低下した。その一方で共和党は、かつてのような求心力を持てなくなっている。保守革命と言われた時代はとうの昔の話だ。共和党がティー・パーティーに引きずられているのは、もはや共和党が今のアメリカ社会と合わなくなってきているからだ。

 オバマという大統領を作ったのは、今のアメリカである。今のアメリカが分裂しているのは、オバマが大統領をしているからではない。オバマが大統領でなくなりさえすれば、かつてのアメリカが戻ってくるかのような見方は間違いである。大統領がオバマであろうと誰であろうと、アメリカは分裂する。次の大統領が共和党になっても変わらない。

 軍産複合体や大手資本は、政治を自分たちに有利なように動かそうとする。メデイアもまたそれに従う。しかしながら、アメリカではそうしたものに対抗しようとする市民意識が高い。いわば体制側と反体制側の言論がせめぎ合うのがアメリカの論壇であり政治である。シリアへの軍事介入にストップをかけたのは、議会が同意しなかったイギリスではなく、アメリカの議会であり、メディアであり、世論である。

 ネット社会では、軍産複合体や大手資本が世論を操作し難くなってきている。もはや今のアメリカは、かつてのようにネオコンが主導し、マニフェスト・デスティニーを掲げ、巨大な軍事力でパックス・アメリカーナを施行する国ではない。それはオバマ以後も変わらない。アメリカは変わり続けている。この底流での変化に気がつくことが必要だ。

 オバマを批判しているのは、過激なティー・パーティーと共和党右派、そして民主党の左派である。このこと自体がアメリカの分裂状態をよく表している。有権者は白人中年男性だけではなく、アフリカ系やその他もいる、女性もいる。そうした人々にアピールするためには、これまで以上に中道にならざるを得ない。しかしながら、中道であるということは、どのグループの要求にも完全に満たすことはしないということだ。かくて、世論は分裂する。オバマ的な右往左往が、オバマ以後も続けざる得ない。それが今のアメリカなのである。そうやって、アメリカは世界の覇権国から徐々にフェイドアウトしていく。今の国際社会は、これまでのようなアメリカ単独の覇権による国際秩序ではない国際社会システムを模索している。

 東アジアは、中国の台頭とアメリカの覇権力の低下による混乱の中で2013年を終えようとしている。しかしながら、これらは確かに大きな問題ではあるが、ボーダーレス経済と情報通信技術でリンケージされている地球社会はアメリカよりも大きい、中国よりも大きい。我々は惑星地球の住人である。アメリカや中国以外の国々もあって人類社会はある。アメリカはそのことに気がつき始めた。あとは中国がこのことに気がつくかどうかだろう。

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December 28, 2013

世界から孤立したがる政治

 東京都知事の辞任や沖縄県知事の辺野古埋め立て承認とか、いろいろある年末なのであるが、さらに安倍首相が靖国神社に参拝した。いやまったく、いろいろある年末だ。

 日韓関係、日中関係に改善に兆しなど見えないのならば、今、靖国神社に参拝をしても日韓関係も日中関係もこれ以上に悪くはならないという判断があったそうであるが、ということは、そもそも改善させようという気はまったくないということになる。日韓関係、日中関係なんてどうであってもかまわないというのであろう。

 日本はわからない国だ。これほどの経済先進国であり、文化水準が高く、科学技術力も高く、安全で清潔で快適な社会を持つ国であるのに、実効支配している尖閣諸島を国有化すると言い立てたり、首相が靖国神社を参拝して、わざわざ日中関係や日米関係を悪化させる不思議な国だ。

 靖国神社を私は嫌いではない。近現代史に関心を持つものとして、靖国神社は歴史的に意味が深く、史跡として大変重要なものである。靖国神社がいわゆるA級戦犯が合祀しているというのも、この神社のありようとして正しいと思う。大村益次郎が建てた招魂社が、やがて明治政府の国家神道の神社となってしまったのはやむを得なかったと思う。靖国神社は、そうした神社なのである。

 靖国神社は、昔ながらの靖国神社であって欲しい。それが今日、政治の道具になってしまったのは悲しむべきことだ。そうなったのは、今回のように現職総理が参拝をするからである。現職総理の公式参拝は以前からあった、騒ぐ中国・韓国が悪いという意見もあるが、時代は変わる。政治家は靖国神社に対して、時代に応じた節度ある態度をとるべきではないのだろうか。

 ようするに、端的に言ってしまうと、外国がわからない、世界の中の日本という見方ができない。

 本来、そうした知識や教養は学校教育で教えられるべきものであるが、今の学校はそうしたことを教える場ではなくなっている。「従軍慰安婦はでっち上げだ」「日韓併合は朝鮮が望んだ」「朝鮮の植民地政策は正しかった」「日本だけが悪いというのはおかしい」等々のことは、まっとうな近代史を学んでいれば思うはずのないことであるが、そのまっとうな近代史を学ぶ場所も機会もない。

 学校で教えられなければ、あとはマスコからの情報に頼るしかない。しかし、マスコミも商売でやっている以上、人々にとって望ましい情報、喜ばしい情報に偏って伝えざる得ない。マスコミの情報は断片であり、それらの断片を取捨選択するには、世界についての総合的な知識と教養が必要だ。

 今の日本には、アメリカの大統領や中国の国家主席としっかりとした会話ができる政治指導者がいない。中国にまともに対応することができないから、靖国神社参拝を行い、わざわざ自分の方から世界から孤立し、ますます国内に閉じこもる。それが外国から見た、今のこの国の首相の姿であろう。

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December 27, 2013

本来、カネの話ではないものがカネの話になる

 沖縄県の仲井真弘多知事は27日、米軍普天間飛行場の名護市辺野古移設に向けた国の公有水面埋め立て申請を承認したという。

 承認した理由についていろいろ言っているが、結局はお金だったと思われてもおかしくないだろう。日本政府は来年度から2021年度まで、毎年3000億円以上の沖縄振興予算を出すという。沖縄振興予算と言っても、我々の税金からなのである。

 以前、米国務省の元日本部長が「沖縄はゆすりの名人」みたいな発言をしたとのことで、ちょっとした騒ぎになった。この時、私はなに言っているんだ、このアメリカ人は、と思ったが、今回の沖縄県知事の承認を知って、外国人が「沖縄はゆすりの名人」と思ってもおかしくはないなと思うようになった。ある意味において、あの国務省の元日本部長は正しかったということになる。

 沖縄県知事は安倍総理との会見の後、「よい正月になる」と述べたそうであるが、承認するならするで、この後のマスコミと沖縄世論への説明がそう簡単には済まないことを意識していなかったのであろうか。あるいは、沖縄県民に説明する必要など思ってもいかなかったのだろうか。

 辺野古移設推進派と反対派が「もめる」とか「ごねる」ことによって、どんどんカネがつり上がっていく「仕組み」が政府の側と沖縄の側にある。ここに本質的な問題がある。これがある限り、沖縄問題は果てしなく泥沼化し、かつますます利権の巣窟へとなっていく。何も解決しない。何度も言うが、そのどんどんつり上がっていくカネは、我々の税金であり、本来はもっと違うものに使えたお金なのである。

 こんな知事を選んだ沖縄の有権者が悪いとは言えない。東京都民の大半だって、あんな都知事を選んだ。つまりは、民主主義そのものが正しく機能していない。今の民主主義社会とは、政治に民意が反映する社会ではないのである。

 しかしながら、「民主主義そのものが正しく機能していない」とココで偉そうに書いて、はい、それで終わりというわけにはいかない。戦後半世紀以上たって、この国はこんな「仕組み」がある世の中、こんな「民主主義」がある世の中になってしまった。

 これから、辺野古移設反対闘争はよりゲリラ的になり激しさを増すだろう。なぜならば、そこに住む人々にとってはカネの話ではないからである。

 沖縄だけに、なぜこんな潤沢な復興予算を出すのか。福島県の方にこそ出すべきなのではないか。そうした疑問がもっと出て来てもいい。

 原発もまた地域への予算がらみの話だけだったが、311以後、そうでもなくなってきた。世の中にはカネで片づく話もあるが、カネでは解決しない話もある。そうしたアタリマエの話ができるようになったのが311以後の原発だ。

 沖縄問題はまだそうなっていない。沖縄問題は常に、本来、カネの話ではないものが、カネの話になる。カネの話で終わらせようとする。であるのならば、日本国民の税金から沖縄振興予算なんかビタ一文も出さないこととしたらどうか。

 そこから話が始まらなくては、沖縄問題の解決はほど遠い。

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December 23, 2013

唯一のとりでは日本だ

 先週のニューズウィーク日本版2013.12.24号の「特集:中国の最終目標」の記事「中国の野望を止めるのは日本」は大変興味深いものだった。

 この記事は、中国のアジア支配を止められるのはどこか。考えられるのは4カ国、ロシア、インド、アメリカ、日本だけであるというと述べる。しかし、ロシアはアジアでは中国に大国できる影響力はなく、インドは中国に対抗できる経済力がない。さらに言えば、中国の対外進出はもっかのところ太平洋側に向けられており、その意味ではインドは脅威を感じることがなくすんでいる。となると、残るはアメリカと日本である。だが、アメリカは巨額の財政赤字を抱えており、中国の米国債の購入に支えられていると言っても良い。そもそも、何度も言うがアメリカは中国との対立を避けようとしている。アメリカ国民の大半はアジアのことより中東の方が関心が高い。かくて、中国を相手にする国は唯一日本だけになるのである。この記事はこう述べている。

「従って私の考えでは、中国の覇権に対する唯一のとりでは日本だ。本当の意味で有能で第一線に立つ国は日本しかない。実際、アジアの歴史において中国の支配に対抗してきたのはもっぱら日本だ。その地政学的構図は今も変わらない。」

 実際のところで言うのならば、アジア史において日本は中国の支配に対抗してきたとは言い難い。しいて言うのならば、元朝の侵攻を防いだ13世紀の文永の役と弘安の役ぐらいだろう。あとは日本海に守られて中国からの直接的な軍事的圧力を受けずにきた。日本が中国と本格的に対面せざる得なくなったのは19世紀以後のことである。良きにせよ悪しきにせよ、日本は中国と関わってきた。第二次世界大戦の終わりから今日に至るまでの約半世紀はたまたま中国と関わらずにやってきたわけであるが、これからはいやでも中国とまたもや対面せざる得ない。かつて日本が対面した中国は、東亜病夫の国だった。しかしながら今度は、アジアに覇権を唱え、世界経済第二位の大国になった国である。

 アメリカは同盟国として頼りになるのだろうか。対中国については頼りにならないと言って良い。便りにならないと言うか、何度も言うようにアメリカの目的と日本の目的は違うのである。パックス・アメリカーナよりも、地政学的な要因が大きな意味を持つ時代になったのである。

 この記事は最後にこう書いている。「日本がアメリカ任せの防衛を続けるには中国は大きくなり過ぎた。」と。またしても、ここでも「いつまでもアメリカが守ってくれると思うなよ」なのだ。

 同じ特集の中の記事「オバマの対中政策は迷走中」での「アメリカのアジア外交を迷走させているの大きな理由は、国家安全保障会議(NSC)と国防省のアジア専門家の間における見解の違いだと言っていい。」というのはその通りだと思う。アメリカがアジア政策について日本や韓国が納得できる程の優れた政策を打ち出すことができないのは、オバマ政権には中国についての優れた専門家がいないからである。

 その意味では、中国との関係がアメリカよりも長いイギリスのキャメロン首相の親中政策の方が優れていると言わざる得ない。ダライ・ラマとの会見をして中国政府から反発を受け、当面、中国・イギリスの首脳会談は一切なしかのような扱いを受けたが、キャメロン首相は100人規模のイギリスのビジネス関係者を率いて訪中し、習近平国家主席と会談し、「チベットは中国の一部」とさえ述べた。これからはイギリスは中国語教育に力を入れると言い、結局、防空識別圏や人権問題などに触れることは一切なかったという。

 もちろん、キャメロン首相が中国が気に入るようなことを行っても中国側は表面は笑顔で、内心は冷たく警戒しているであろうが、そもそも外交というものはそういうものなのである。それはイギリス側もよくわかっている。この「そもそも外交というものはそういうものなのである」ということがわかっていないのが日本なのである。

 外交というのはその時、その時の状況に応じて硬軟の双方を使い分ける必要があり、親中である側面もあれば反中である側面も必要だ。その意味で日本の対中認識は嫌中一辺倒であり、こんなことではまもとな外交などできず、まっとうな国の対外認識ではない。「中国の野望を止めるのは日本」だけであることはその通りなのであるが、その日本はもっかのところ子供じみた嫌中感情しかない。防空識別圏についての日本の対応についての国際社会へのきちんとした意思表示も今だない、おそらくこの後もないだろう。

 日本の対中認識が嫌中一辺倒なのは、いざとなったらアメリカが守ってくるという意識があるからである。中国を相手にした外交ができる能力を持っていないので、「嫌中」というカプセルに籠もっているのが今の日本だ。

 本当に自国ひとつで自国の国益を守らなければならなくなったら、いつまでも嫌中一辺倒をやっていればいいわけにはいかなくなる。バイデン副大統領やキャメロン首相のように本心はいやでも親中っぽい態度を取らざる得なくなる。しかし、親中のようで警戒は怠らない。硬軟を使い分ける。それは当然のことであり、当然のことだから国民も「中国に屈するのか」と騒ぐことはない。

 そうした当たり前の国に、なぜこの国はなれないのだろうか。

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December 14, 2013

よくわからない日本の中国防空識別圏設定への対応

 12月13日の産経新聞の記事によると

「政府は13日の閣議で、中国による防空識別圏設定に関し、日本の航空会社が飛行計画を中国側に提出しない場合でも、「直ちに安全上の問題はない」とする答弁書を閣議決定した。」

そうだ。この「直ちに安全上の問題はない」の根拠は中国の程永華駐日大使が「民間機を含め、飛行の自由を妨げるものでない」と言ったからだということのようだ。

 いち駐日大使が「安全だ」と言ったから、中国の防空識別圏の中を日本の航空機が飛んでも「直ちに安全上の問題はない」とするのはいかがなものかと思う。ようは日本国は絶対に飛行計画を中国側に提出することはしない、したくない、のであろう。その理由はいち駐日大使の発言でも、なんでもよいのだろう。日本国政府の閣議は、いち駐日大使の発言で決定されるもののようだ。

 この国の政府が言う「「直ちにナニナニの問題はない」というはまず信用できないと思っていい。なにしろ、政府は福島原発事故でメルトダウンの危険性はないと言い続けてきた。放射能汚染についても「直ちに健康上の問題はない」と言い続けてきた。そりゃあ軽度の放射能汚染は「直ちに健康上の問題はない」であろう。

 この中国の程永華駐日大使の「民間機を含め、飛行の自由を妨げるものでない」発言を政府は公式発表していない。公式発表をすれば日本国民だけではなく国際社会が知ることになり、いち駐日大使の発言であっても中国政府は無視することはできなくなる。中国は、その通りにせざる得なくなる。こうなって初めて「直ちに安全上の問題はない」と閣議決定することができるはずである。

 日本政府はなぜそうしないのか。なぜ隠していたのか。

 アメリカが強行な反対をすることはなかったので今回の中国防空識別圏は事実上「認められた」という形になった。もちろん、中国にも勝手に防空識別圏を設定する権利はある。ただし、そうするにしても、あまりに唐突で一辺倒のものであったためアメリカを含む周辺国は認めたくなかっただけなのである。このへん、中国はやり方的に上手くなかった。

 上手さで言えば、アメリカの対応は上手かった。防空識別圏を設定については遺憾を表しながら、その一方で事務的な処理としてこの空域を飛ぶ民間航空機の飛行計画を中国に提出するようにした。そして、アメリカが中国の防空識別圏を認めたわけではないというポーズだけはとる。ポーズだけはとって、中国に対して正面から反対することはしない。日中間のゴタゴタにも一定の距離をもって離れる。この対応は上手い。

 韓国は当初は中国の防空識別圏の設定を認めないとし、日本と同じく航空各社に対し飛行計画を提出しないよう求めた。しかしながら、韓国政府は韓国と中国が領土権を主張する済州島を含めた新たな防空識別圏を設定し、飛行計画書の提出については航空各社の判断に任せることに変更した。これも、これである意味当然の事務的手続きであり、これも上手いと言えば上手い対応である。

 唯一、日本だけは飛行計画書の提出は単なる事務的手続きではなく、国家のメンツにかかることになるらしい。これももちろん、日本はそうするのであるのならば、そうするでよいと思う。防空識別圏と領空は別のものであり、防空識別圏だからと「勝手に」入ってきた日本の民間航空機を中国は打ち落とすことはできない。

 しかしながら、では、上記の話に戻るが、その「直ちに安全上の問題はない」とする根拠を、いち駐日大使がそう言ったからで済ますのはなぜなのであろうか。日本は中国に対して独自の対応をとる。それはそれで良いのであるが、その基盤となる部分があまりにもオソマツではないかと思う。

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December 01, 2013

中国の防空識別圏問題

 中国の防空識別圏について、11月30日の新聞では「そもそも同盟関係にある米国が中国の一方的かつ衝突を誘発するやり方で防空識別圏を設定したことに関し、日本と連携して反対することは当然のことだ。」とあり、「民主党政権で崩壊した日米関係を立て直してきた安倍晋三政権の成果の1つといえる。」と書いていた。

 ところが翌日の12月1日、防空識別圏を通過するアメリカの民間航空機に中国側への飛行計画提出を促す方針を米政府が決めたことを知ると、一点して驚愕のムードとなり「日本政府は米当局の対応注視」になった。「日米対応割れる」なのだそうである。いかにもアメリカ様頼みの日本政府の右往左往ぶりが見えるようだ。安倍政権は親密な日米関係を立て直したのではないのだろうか。

 このブログで何度も述べているように、安倍政権で最も離れたのは日中関係でもなく日韓関係でもない日米関係である。同然のことであるが、アメリカと日本でなにを国益とするかは違う。隣に中国がある国と太平洋で隔たれた国とは違う。

 アメリカは民間航空機に中国側への飛行計画提出を促すことにしたとしても、それはアメリカの話であって、日本は日本で決めればいいだけのことだ。中国側はこの騒動で本気で日本・韓国とぶつかる気はない。

 ただし、安倍首相が明日来日するバイデン米副大統領との間で識別圏騒動について日米はこれを認めないという共同声明を出せなかった場合、実質的には中国の防空識別圏の設定はアメリカが了承したということになり、東アジアにおける中国の影響力が一層増すことになるだろう。

 もちろん、アメリカも中国の防空識別圏を認めることはない。しかし、ではどの程度の反対をするかということであり、アメリカは中国に対し強固な対抗措置をとることまではしないであろう。さらに言えば、アメリカの対中国政策のポリシーはこれまで通り変わっていない、一貫している、ぶれていない。

 この防空識別圏のポイントは東シナ海ではなく、次に一方的に言ってくると思われる南シナ海の防空識別圏の設定である。いうまでもなく、これらは中国によるアメリカへの威嚇である。しかしながら、威嚇と言っても例によって国際社会の常識から見て幼稚な威嚇だ。その幼稚な威嚇を日本にではなく、アメリカに向けていることを意識する必要がある。

 現在の防空識別圏のルーツは、第二次世界大戦以後アメリカが設定した。以前、中国は日本は第二次世界大戦以後の世界秩序に挑戦しているかのような発言をしたことあったが、第二次世界大戦以後のアメリカが作った東アジアの世界秩序に挑戦しようとしているのはまぎれもなく中国である。日本はこのことについて、国連で堂々とスピーチしても良い。日本は、おかしいことをやっている相手(中国)に対して、堂々とその非を咎めるべきであり、アメリカの威光にすがり、自分たちと同調しないアメリカに不満を持つようなことはやめるべきだ。

 中国が防空識別圏の設定で相手にしているのはアメリカである。アジアの覇権をめぐって米中が争っている。その間にあるが日本や韓国なのだ。この防空識別圏の設定について、本来は日本と韓国が共同で宣言を出すべきだ。ところが、今の日韓関係ではそうしたことができない。こうした時こそ日韓の連携が必要なのにである。日本も韓国もそうしたことをしていない。朴槿惠をオバサン外交と笑っているいるが、オバサン外交で困るのは韓国自身もそうであるが、日本も隣国がそうしたことでは困るのだ。日本は韓国を笑っている場合ではない。韓国がしっかりしていなくては、日本は中国・ロシアと直接に対座することになる。それを恐れたが故に、日韓併合をしたのではないのか。中国がやっていることは幼稚で横暴なことだ。しかし、その幼稚な横暴さを助長させているのは脆い日韓関係なのである。

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