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October 20, 2013

『クロスロード・オキナワ』を読む

 鎌倉英也・宮本康宏『クロスロード・オキナワ 』(NHK出版)読了。沖縄について考える時、いやが上でもその歴史を考えなくてはならない。ようするに、本土は沖縄になにをしてきたのかということであり、今なにをしているのかということであり、そしてこれからなにをしようとしているのかということだ。

 沖縄は、かつて琉球と呼ばれていた。中国との冊封関係にあったが、大陸人たちからすれば南洋の島々などある種どうでもよいことであり、宗属関係があればあとはどうでもよかった。その意味で沖縄は、実質的には独立王国として周囲の国々と交易し豊かに栄えていた。

 17世紀に、薩摩・島津家が沖縄を侵略する。暴力で支配しなくても、交易をすればいいだろうにと後生の我々は思うが、とりあえずそういう時代だった。ちなみに、同じ17世紀頃、北海道では松前藩が先住民族のアイヌへの過酷な搾取を始めていた。こっちの方も、平等な「くに」と「くに」の関係をもって交易をすればいいだろうにと思うのだが、何度も書くがそういう時代だった。

19世紀になって、日本列島の本土では幕藩体制が崩壊し大日本帝国ができる。おもしろいのは、廃藩置県の時、政府はいきなり琉球国を沖縄県にしなかったということだ。中国が琉球は自国の領土だと言ってくることを避けようとしたのである。その後、台湾出兵の時、清は琉球を自国領と言ってこなかったので、それではとばかりに日本は琉球を日本国の沖縄県とした。日本としては近代的な国境を定め、国家の防衛拠点を作りたかった。それが沖縄だった。以後、今日に至るまで沖縄はこの「日本国の防衛拠点としての役割」を一方的に課せられることになる。これが琉球処分であったと言えよう。

 我々が明治時代を振り返る時、そこに明治のナショナリズムを見る。欧米列強のアジア侵略に対して、日本人は自らの手で幕府を倒し、近代国家を作り、欧米に対抗しうる軍事力を持たざるを得なかった。しかしながら、沖縄の人々としては、日本国の国民国家に巻き込まれなくてはならない理由などどこにもない。これもまた、そういう時代だったとしかいいようがない。

 太平洋戦争での沖縄戦が、どのようなものであったかは言うまでもないだろう。沖縄戦では、日本軍による沖縄住民への虐待や集団自決の強制といったことが行われた。そんなことはなかったと言う声があるが、昭和の日本軍とはどのような軍隊であったかということを思えば、いわずもがなであろう。ちなみに沖縄だからそうしたことが起こったわけではなく、もし関東での戦闘になったのならば、沖縄と同じような光景が関東の各地で起きたであろうことは容易に考えられる。

 1951年、占領統治が終わり日本は独立国に戻った。しかし、アメリカによる沖縄の占領は続き、8年後の1960年に沖縄は本土に「復帰」する。「復帰」したその後においても、実質的になにがどう変わったというわけではなく、アメリカのベトナム戦争、そして米ソ冷戦の極東基地としての役割を負うことになる。

 現在、沖縄には在日米軍基地が集中しているが、最初からこうではなかった。占領が終わった50年代、米軍基地は読谷村や中頭郡辺りにあっただけであった。その後沖縄は、本土の様々な米軍基地の移転先となり、今日のような至る所に基地があるようになる。今日、在日米軍の移転先として沖縄は県外移転を望んでいるが、受け入れる県は一県もない。本土の県は沖縄を米軍基地の移転先としてきたのに、自分たちに来ることは望まない。このへんに、本土にとって沖縄とはなんであったのかがわかる。

 現在、在日米軍の再編により海兵隊が沖縄に常駐するのではなく、グアムとオーストリアのダーウィンにローテーション的に移動することが検討されている。これは沖縄は対中国戦の基地としては、大陸からのミサイル攻撃の射程圏に入り過ぎていて有効ではなくなってきたためだ。対中戦略を踏まえると、沖縄に大規模な米軍を置くことは意味がなくなってきている。そうしたわけで、ある期間はグアム、ある期間はオーストリアにへと海兵隊を移動させることになった。

しかしながら、グアムもダーウィンも市民レベルでは沖縄からアメリカ軍が来ることを望んでいるわけではないということがこの本を読むとわかる。こうした現地の声は、日本のメディアでは伝えられていない。グアムもダーウィンも米軍基地を招聘しているのは為政者であり、市民は喜んでいるわけではない。

 誰も米軍が駐留することを望んでいない。もちろん、これまでも米軍基地は迷惑以外のなにものでもなかった。だが、国の防衛という観点から、そうした市民の感情より国の政策が優先されてきた。しかしながら、これからの時代、国の政策を市民感情に優先させることが出来にくい世の中にますますなっていくだろう。

 では、日本国の防衛をどうするのだという話はある。防衛とは、何を守るのか。それは「生活圏」をどう考えるかということであった。与那国島の『自立へのビジョン』構想が大変興味深い。与那国島は沖縄本島よりも台湾の方が近い。戦後の一時期、台湾や香港、フィリピンからの交易や漁業で大いに栄えたことがあったという。これを政策としてもう一度取り戻そうというものである。人の交流があるところに軍隊はいらない。与那国島から台湾へは日帰りができる。沖縄は日本と台湾、香港、中国、ベトナム、フィリピン、シンガポールなどとつながる場所になれる。

 こうした安全保障もある。栄えている国境があることが、実は最も強固な国防なのだ。防衛というものは、我々の生活圏の「枠」をもって成り立っている。しかしながら、その「枠」を外して、違う「枠」で生活圏を捉える、作ることは可能だ。与那国島の『自立へのビジョン』構想は、今の時代のグローバル経済と情報テクノロジーをもってすれば充分可能であり、ようはやるか、やらないかでしかない。我々は、なにをもって日本の安全保障とするのかというレベルから考え直す必要がある。その考える作業を、今の日本はやろうとしていない。アミテージやナイの言っていることは、アメリカの思惑である。それもアメリカの一部の意見であって、アメリカ側にも様々な考え方がある。

 少なくとも沖縄には、沖縄独自の進むべき道を示すビジョンがある。本土のメディアはそうしたことを一切伝えていない。『クロスロード・オキナワ』を読んでつくづくそう思った。

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