ケーガンの『アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界』を読む
ロバート・ケーガンの最新著書『アメリカが作り上げた”素晴らしき”今の世界』(副島隆彦監修 古村治彦訳 ビジネス社 2012年)を読んだ。ケーガンはネオコンの有名なイデオローグである。この本の中でケーガンが述べることを端的に言えば、次の3点だろう。現在の世界体制はアメリカが作った。だから、アメリカが世界を支配する権利と義務を持つ。アメリカは衰退していないし、これからも衰退しない。
第1点目の現在の世界体制はアメリカが作ったということについては誰も異存はあるまい。確かに、第二次世界大戦以後のこの70年近くの国際社会の体制はアメリカが作った。
しかしながら、第2点目については、そう簡単には同意できない人が多いだろう。
確かに、誰かが世界を管理しなくてはならない。20世紀後半以後、アメリカがその役割を担ってきた。この「その役割を担ってきた」というのは、アメリカが好むと好まざるとに関わらずであったと思う。第二次世界大戦はヨーロッパの力を弱め、ヨーロッパは世界覇権の座から降りざる得なくなった。だが、ヨーロッパができなくなったからといっても、誰かがその役割を果たさなければならない。戦争で工業生産力が増大し、強大な軍隊を持つアメリカがその役割を果たすよう世界が求め、アメリカもまた自らそれを求め。
以来半世紀以上、アメリカは他国の政治を工作し、紛争に介入してきた。ケーガンも書いているように、アメリカは万能ではなく、間違いもおかしてきた。世界の多くはアメリカを愛しているが、また世界の多くはアメリカを恨んでいる。恨みはテロを生み、アメリカはその膨大なコストと代償を支払ってきた。世界システムは揺るぎない強固なものとしてそこにあるのではなく、アメリカが管理し維持してきたから成り立っている。我々はアメリカを賞賛し、アメリカに敬意を払うべきである。
しかしながら、だからアメリカはなにをやってもいいとは誰も思わない。
アメリカは革命によって生まれた国である。革命によって生まれた国は、国内が安定してくると、次に外国のその革命思想を伝えようとする。ケーガンの言う世界中が民主主義の国になれば、世界から戦争はなくなるという思想は、ケーガンの思想というよりもアメリカの根幹的な思想のひとつである。他国から見れば迷惑きわまりない考え方であるが、アメリカはそうしたl国なのであると理解するしかない。
第3点目のアメリカの衰退については議論が大きく別れる。ケーガンはアメリカが衰退し、中国が覇権国になる世界になれば、アメリカがこれまで築き上げてきた世界システムが崩壊すると述べているが、例えばプリンストン大学のアイケンベリーはアメリカが衰退しても、リベラルな国際秩序は保たれるとフォーリン・アフェアーズで述べている。
「アメリカのグローバルシステムにおける地位が変化しているとしても、リベラルな国際秩序は依然として健在だ。国際秩序をめぐる今日の戦いは、基層部分での原則をめぐるものではない。中国を始めとする新興市場国には、リベラルな国際秩序の基本ルールや原則をめぐって先進国に闘いを挑むつもりはない。むしろ、その枠内でより大きな権限とリーダーシップを得たいと望んでいるだけだ。 」
アメリカの覇権と中国の覇権への野望の争いがあって、アメリカが勝つか中国が勝つかような図式で考えている人が多いが、これは正しくないと思う。実際のところ、中国はアメリカが作った世界システムの上で台頭しているのであって、中国が独自に世界システムを作り、アメリカの世界システムに対抗しているわけではない。かつてソ連は、アメリカの世界システムそのものに対抗したが、中国はソ連とは違うやり方をしている。
例えば、中国が国連のような国際機関を作ることが考えられるだろうか。あるいは、中国が国際的な食べ物の安全基準を定めたとして、それを信用する国があるだろうか。ケーガン言うように、中国に、今のアメリカが行っているような、世界を管理し運営していく責任感があるのかと問えば、そんなものなどないと彼らは答えるだろう。中国は今のアメリカが支払っているようなコストと代償を、自分たちが払うつもりはなく、それらは依然としてアメリカに支払ってもらい、自分たちはそのシステムの上で利益を得るとするだろう。世界を監視する責任の重圧は、これからもアメリカに背負い続けて欲しいというのが彼らの思いだろう。アイケンベリーが言うように、仮にアメリカが衰退したとしても、リベラルな国際秩序は保たれる。
ケーガンが言うような、これからもアメリカはその責任を背負い続けるという理想は気高く雄々しい。しかし、現実にそれができる財政なのかどうかは疑問である。ケーガンはITと経済を知らない。しかしながら、今の時代はIT
と経済がわからないと世界はわからない。
また、アメリカの覇権についても、これからはより柔軟で多角的な考え方が必要になる。前回のアーミテージとナイのレポートの紹介で述べたように、アメリカの意向は米日韓による中国への対抗であるが、例えばアイケンベリーとジョージタウン大のチャールズ・カプチャンは、日中が密接に連携しあうことが東アジアの安定をもたらすと論じている。ドイツとフランスが中心になってEUができたように、日中の二国が共同で東アジア共同体をつくることができるとアイケンベリーとカプチャンは述べている。当然のことながら、アーミテージとナイは日中による東アジア共同体に反対している。しかしながら、日中関係によって中国を国際社会の一員として組み入れることができれば、それはアメリカにとっても有益なことだ。
つまり、日米同盟をより強固なものにするのではなく、逆により小さなものにし、アメリカ国務省は日本の政治への介入をやめる、あるいは、なるべく少ないものにして、日本に対するアメリカの影響力を弱めることが必要なのである。日本が中国、ロシアと連携を深めていくことが、東アジアに安定をもたらすことになり、結果的にこれはアメリカの利益になる。
こうしたことは、「アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界」にならないのだろうか。日米関係を深めることや、中国の軍事力拡張に対抗的に対応することだけが「アメリカが作り上げた“素晴らしき”今の世界」を守り、維持していくことではない。
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