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January 2013

January 26, 2013

日中関係を良くするためには

 日中関係を良くするにためにはどうすればいいか。簡単だ、もっと仲良くなればいい。去年は尖閣諸島の問題で日中関係は大いに悪化した。今年も尖閣諸島の問題は引き続きもめるだろう。

 我が国の政府は、尖閣諸島は日本国の領土である、領土問題は存在しないと述べているが、これはこれで正しい。領土問題というのは、そういうものだからだ。お互いが、ある場所はうちの領土だと主張し続けるのが領土問題なのである。

 そもそも、領土問題で日中関係が悪くなるというのが私には理解できない。世界には領土問題は至るところであり、隣国というのは領土問題がありながらも、お互いそれなりに仲良くやっていきましょうとやっているのが、世界の普通の国の姿なのである。

 何度も言うが、領土問題があってもいい。日本と中国が尖閣諸島を自分の国の領土だと言うのはあっていい。分からないのは、このことにとより経済や文化の活動が滞るということだ。尖閣諸島の問題で日中がどれだけ対立しようとも、日中間のグローバル経済や文化交流はまったく変わらないということでなければならないはずなのに、そうなっていない。これはなぜなのか。

 ようするに、たかが領土問題で、なんでこれほどもめるのか、ということだ。

 これは「たかが領土問題」なのである。この「たかが領土問題」であることを、日本側も中国側も大きな政治問題にしている。これはなぜなんだろうと思うと、「たかが領土問題」と思っていないんだろうなと思う。産経新聞や嫌中の人のブログとかを読んでみても、みなさん「たかが領土問題」だとは思っていない。むしろ、我が国の領土は我々の先人か獲得した土地である、それを他国に渡してなるものか、たかが領土問題とを一歩でも譲歩したら、敵(中国)はさらに我が国への侵略の手を伸ばしてくる、みたいな意識で満載なのだ。

 ここだな、と思う。ようするに「たかが領土問題」と思えないことが問題なんだなと思う。

 世界の国々は領土問題があろうがなかろうが、隣国の人々は頻繁に行き来していて、持ちつ持たれつでやっている。「たかが領土問題」で毅然とした態度をとれ云々と騒いでいては世界の国々の人々は生活していけない。

 まっとうな国として、国境防衛をきちんとやっていないというのならな、それはやらなくてならない。そのための予算は出さなくてはならないし、必要ならば法律改正もやるべきだと思う。

 しかしながら、これは中国が好き、嫌いの話ではない。中国の脅威を煽らなくては、国防意識が高まらないというのはおかしい。

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January 13, 2013

習近平の中国

 2013年の始まりにあたり、ざっくばらんに書いてみたい。

 今年は、というか、今年も中国・韓国という隣国二国との関係が大きな課題になるだろう。去年の末に、中国・韓国・日本で政権交代があった。中国は現状路線をさらに進んでいく政権になり、韓国・日本では保守派の政権になった。東アジアに位置するこの三国は大変おもしろい。この三国はもはや「ひとつの経済圏」と言っても良い程密接に関係しあっているのだが、政治的に、というか国民の感情的にお互いがお互いを嫌うというメンタリティを形成している。

 よく、日中、日韓の不和の原因として領土問題が挙げられるが、私には不思議でならない。領土問題は、世界の数多くの国々にある。領土問題はあることはあるが、それはそれとして、円滑な関係を維持していくというのが今の世界では当たり前なのである。それが、この三国はなぜできないのだろうか。つまり、この三国の不和の原因は領土問題にあるのではない。領土でもめることは不和の結果の一つであって原因ではない。もっと深い原因がある。

 なぜ、この三国はお互いがお互いを嫌うのか。例えば、中国、韓国にある反日感情はなにゆえなのであるのかというと、近くは当然のことながら20世紀の日韓併合や日中戦争にその原因を求められるが、さらに遠い歴史の時代でも日本は中国、朝鮮から必ずしも良い印象で見られていない。中国、韓国における日本に対する感情は複雑なものがある。

 日本はアジアで近代化の先駆けになり、西洋列強の侵略に直面した中国、朝鮮は日本を手本とし、日本に学ぼうとしたが、その手本先である日本がその後やったことは結局、西洋列強と同じくアジアへの暴力と収奪だった。中国、朝鮮からすれば裏切られたような気持ちだろう。

 ただし、日本側にも言い分はある。当初日本の考えは、日本の援助のもとで中韓も近代化を成し遂げ、三国が提携して西洋列強のアジア侵略に対抗しようというものだった。しかしながら、それができなかった。できなかったということについては様々な理由がある。

 いずれにせよ、中国、韓国での反日ナショナリズムが高まると、それが日本のナショナリズムを刺激し、日中、日韓の政治的な対立が高まり、それが経済や文化に障害をもたらす。何度も言うが、日・韓・中は「ひとつの経済圏」を形成しているのであり、それを妨げるのが過剰なナショナリズムである。ただ、日・韓・中以外にも東南アジアも含めて「ひとつの経済圏」になっており、今後はこの経済圏でのベトナム、タイ、インドなどといった国々の比重が大きくなっていくだろう。この流れは、日・韓・中の政治的な関係がどうであろうと変わらない。

 中国と朝鮮における国家的なアイデンティティの始まりは、多くのアジアの民がそうであるように西欧との関係においてであると共に、中国と朝鮮では日本との関係において始まった。例えば、中国人が「中国人である」、朝鮮人が「朝鮮人である」というナショナリズムを持つようになったのは、19世紀の西洋列強の侵略以上に日本の侵略行為によってであった。打倒日本という意識は、中国や朝鮮において「ひとつの国」であることのスローガンになってきた。これは21世紀の今でも変わっていない。

 これからの中国は習近平の時代になる。習近平のナショナリズム意識は「打倒日本」と共に「打倒欧米」であり、19世紀以後、西洋列強に蹂躙された中国の歴史を想起することにより「中華」としてのナショナリズムを持とうとしている。中華人民共和国は、建国してまだ60年しかたっていない若い国だ。中国は、経済大国第二位の経済力をバックにして中華ナショナリズムを高く掲げ、覇権国家への道を突き進み続けるだろう。

 しかしながら、中国が覇権国家たらんと望むこの世界は、情報通信とグローバル経済で全地球上がリンケージされた時代である。この世界で、反日や反欧米ナショナリズムがどれほどの意味を持つのか疑問である。

 このことは香港やシンガポールやマレーシアや台湾といった大陸中国とは違う中華社会はよくわかっている。また大陸中国でも北京や上海といった都市部の中産階級は、これまでとは違う国際感覚を持ち始めている。習近平の中国が、政治意識としてこうした大陸中国以外の中華圏を含めることができるのか、国内の新しい国際感覚をどのように扱うのか、これから見ていきたい。

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