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May 13, 2012

野口悠紀雄著『経済危機のルーツ モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか』を読む

 野口悠紀雄著『経済危機のルーツ』(東洋経済新報社)を読んだ。

 パナソニックとソニー、シャープの電機大手3社の2012年3月期決算では過去最大の最終赤字を記録。赤字額は計1兆6000億円と空前の規模に膨らんだという。この赤字は、今回のだけというより、このままでいれば今後も増え続けるだろう。

 なぜこうなったのか。韓国や台湾・中国のメーカーが日本製品よりも低価格の製品を提供できるようになったからだ。これまでの日本の製造業は、終焉したと言えるだろう。

 ではどうするのか。

 ではどうするのか、を考えると共に、なぜこうなったのか、ということを考える必要がある。今の時代が「こうなっている」というのは、当然のことながら、ある日ある時突然こうなったわけではなく、長い年月のある過程を経てこうなった。

 今の日本経済が没落しているというのならば、過去、繁栄していたことがあるということだ。では、なぜ「その時」は繁栄ができたのか。その繁栄の条件が、その後変わったために、繁栄ができなくなったのではないか。その繁栄の条件とはどういうものであり、それはどのように変わったのか。そして、これからどうなるのか。

 第二次世界大戦以後の世界経済は、国内産業は無傷であり、高い工業力を持つアメリカと、戦勝国側とは言え戦争により荒廃したヨーロッパと、敗戦国の日本とドイツ、そして内戦状態に突入した中国、朝鮮があった。20世紀後半、日本は経済発展がめざましく世界第二経済大国になった。それが21世紀の今日、中国が世界第二位の経済大国となり、韓国のメーカーは日本を追い抜いた。日本経済は奈落の底に沈んでいこうとしている。

 これは一体、いかなることがあったのか。

 という大きな枠で見なくては、今の中国や韓国やアメリカやヨーロッパや、そして日本を考えることはできない。

 というわけで、野口先生の『経済危機のルーツ』である。

 第二次世界大戦以後の世界経済をどう捉えるか。著者は今日いたる変化の始まりは1970年代にあったという。なぜか。この時代に、ブレトンウッズ体制が変動相場制へと移った。そして、コンピュータ技術の変化が始まった。つまり、金融とITで変化が始まったということだ。

 よく言われる「ヒト、モノ、カネ、情報」で言うのならば、「カネ」の姿がこの時代に大きく変わった。この時にできた世界金融の姿が今でも続いていると言っていい。特に、金融について言えば、この変化を受けて、イギリスは新しい金融立国として確立している。

 続く1980年代は、サッチャーとレーガンによる経済体制の改革が行われ、新しい経済思想が生まれた。ソ連では、ゴルバチョフが登場し、その改革が、ソ連の崩壊へと進む。中国では鄧小平の開放政策が始まる。この時以後、中国は世界の工場へと大きく舵を切る。思えば、この舵の先に、今日の世界第2位の経済大国中国があり、2012年3月期のパナソニックとソニーとシャープの巨額の赤字があるとも言えるだろう。

 1990年代は、情報通信の技術が本格的に産業に関わり始めた時代だった。「ヒト、モノ、カネ、情報」で言えば、「情報」に大きな変革があった。金融での変革にも、このIT技術の革新は大きく関わっていることを見れば、情報通信技術の進歩こそ20世紀後半の人類史の変革の要であったとも言えるだろう。

 2000年代、日本では、アメリカでのサブプライムローンの破綻、リーマンショックは金融工学の失敗のように思われているが、金融工学の失敗というよりも、この新しい金融工学を運用できなかったマネジメントの失敗だった。

 大ざっぱに言えば、中国が世界の工場として世界経済にどれだけ台頭しようとも、あるいは、韓国メーカーが世界市場で自動車や家電をどれだけ販売しようとも、1970年以後、様々な変革を経て脱工業化をし金融が中心になっているアメリカやイギリスは影響を受けない。それに対して、「ものづくりが大切なのだ」とか言って、1970年以後も変わることなくずーと製造業が中心のままになっている日本は、モロにダメージを受けているというわけだ。

 ではなぜ、1970年以後、日本は、小手先的な改革は細々とやってきたが、根本的な改革をすることなく、21世紀の今日に至り、中国と韓国に追い抜かれ、日本の製造業は終焉を迎えることになったのか。

 この時期、イギリス、アメリカが行ったことの概要を著者の言葉も交えて挙げてみると、

第一に、中国が世界の工場になるのならば、製造業依存の産業から脱却しなくてはならない。価格競争ではかなわない。それよりも、中国の安い製品を利用し、付加価値の高い産業に特化する必要がある。
第二に、金融産業は大きな雇用吸収力がある。「金融では数多く雇用が生まれない。やはり製造業でなくてはならない」と言われているが、そんなことはない。金融産業が中心と言っても、みんな銀行や保険会社勤めになるわけではない。専門知識はない者でも十分に働ける雇用の場はたくさんある。
第三に、新しい金融産業はITやファイナンス理論と深く関わっている。
第四に、経済はグローバル化している。

ということだ。

 そして、この国の現状を見れば

第一については、依然として製造業依存の産業のままである。
第二については、「金融では数多く雇用が生まれない。やはり製造業でなくてはならない」とか言って、金融産業が大きくならない。
第三については、ITやファイナンス理論は学校では教えない。社会人になって勉強ができる場がない。これについて、著者はこう書いている「社会人の勉強を支援する制度がほとんどない。税制上の措置もないし、奨学金も十分ではない。企業もMBAを評価しない。エコカーの購入支援や高速道路の無料化が行われる半面で、将来のための人材教育がまったく議論されないのは、驚くべきことだ。」。
第四については、資本やヒトのグローバル化がしていない。

 さらに、アメリカやイギリスは大学や研究機関の質が高い。これに対して、日本はどうであるかは言わずもがであろう。

 この本のサブタイトルは「モノづくりはグーグルとウォール街に負けたのか」とあるが、これは正しくない。この本で述べられていることは、日本の家電や自動車は、グーグルとウォール街に負けたわけではなく、フォックスコンやサムスン電子や現代自動車に負けたのである。グーグルとウォール街があるアメリカは、もはや同じ次元で勝負をしていない。中国や韓国がどうであろうと負けることはない。むしろ、日本はグーグルとウォール街がないから中国・韓国に負けるのだ、ということだろう。

 この本の最後で著者は「韓国に学べ」と述べている。

「日本と韓国の間で、なぜこのような差が生じてしまうのだろうか?基本的な差は、「外国に学ぶ」という謙虚さを、日本人は失ったが、韓国人は持ち続けていることだと思う。
謙虚さを取戻し、優れたものに学ぶ勇気をもう一度持つこと。今の日本で最も求められるのは、このことだ。」

 私もそう思う。韓国のなりふり構わず学んでいく姿に、日本は学ばなくてはならない。

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