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May 07, 2012

『中国化する日本』を読む

 與那覇潤著『中国化する日本』(文藝春秋)を読んだ時に思ったことのひとつは、京都の学者はこれをどう評価するだろうかということだった。あの京都中華主義とも言うべき京都学派は、この「中国化」と「江戸封建制」の分類と流れをどう捉えるか。そもそも、この本の出発点である内藤湖南だったら、これをどう思うか。

 アジアに燦然と輝く中華帝国をメインに捉え、その歴史は「唐(中世)と宋(近世)の間で切れる」という内藤湖南の史観に始まる。内藤は10世紀の宋にすでに「近世」が確立していたと論じている。内藤のこの史観を述べながら、著者は次のように書く。

「宋では貴族とともに封建的な中間集団も解体され、科挙によって採用された官僚が皇帝のもとで権力を握ることになります。同時に税制も物納から金納になり、貨幣経済が中国全土に広がっていきます。これによって中国には、個人が社会の中で裸で競争しなければならないような今の「新自由主義」的とも言える社会が出現したのです。」

 ここに中華文明が作った「チャイナ・スタンダード」が「グローバル・スタンダード」になる。この時代、西欧はいち地方の辺境の田舎でしかありえない。この宋時代の「チャイナ・スタンダード」を、本書では「中国化」と呼ぶ。

 日本は、すでに9世紀に中国からの文化導入をやめていたが、平清盛がやろうとした日宋交易を、農本主義の鎌倉幕府が受け継ぐことなく、以後、後醍醐天皇の建武の新政や室町時代の足利義満といった「中国化」的な動きはあったが、すぐに消され、以後、戦国時代、江戸時代へとこの路線は変わることなく続いていったという。

 上記については、僕もまったく同意するのだけど、細かく言うといくつかの点でそうかなと思うことがある。

 なぜ日本は、大唐文明に学ぶことをやめたのか。具体的には894(寛平六)年の菅原道真の提言により遣唐使は廃止されたのか、つまり834(承和元)年の遣唐使が最後になったのか、ということを、単純に日本には「中国化」がなじまなかったからと言っていいのかどうか。

 日本は、宋文明に学ぶことをしていなかったというが、清盛の日宋貿易を潰した京都及び武士団一派は、単純にチャイナ・スタンダードの導入をしたくなかったからみたいな言い方で言っていいのか。

 それと、この本に出てくる権門体制論の理解は正しくないだろう。このへん、筆者の専門は日本近現代史であるそうだが、専門違いとは言え中世史について素人以上の知識はあってしかるべきだ。その意味では、中世史専門の本郷和人の方が近代史について勉強しているし、誠実かつ堅実な思索をしている。

 さて、中国の歴史は「唐(中世)と宋(近世)の間で切れる」と内藤湖南は言ったが、その内藤は、では日本史についてはどう言ったであろうか。「日本史を一か所で切るのなら、応仁の乱の前後で切れる」と述べている。

 著者は次のように書く。

「私は、この内藤湖南のふたつの近世論は、室町時代までの日本中世は「いくつかの中国化政権の樹立を通じて、日本でも宋朝と同様の中国的な社会が作られる可能性があった時代」、戦国時代以後の日本近世は「中国的な社会とは180度正反対の、日本独自の近世社会のしくみが定着した時代」として考えろ、という意味だと思っています。」

 応仁の乱以後、戦国時代、戦国大名の治世スタイルから中国とは異なる日本独自の仕組みが生まれ(ただし、織田信長は除く)、確立し、そして定着していったと著者は述べる。このへん、16世紀の西欧文明との出会い、いわゆるウェスタン・インパクトがあっても、日本社会は変わることなく淡々と続いていったことを考えるとうなずけるものがある。信長という例外はあるにせよ、なぜこの時代、日本は南蛮文化を積極的に導入することなく、世界交易にも出ることなく、一国の経済に留まる決断を徳川幕府は行ったのかは深いテーマだ。

 ちなみに、NHK大河ドラマ『平清盛』の視聴率が上がらないのも、我々は応仁の乱以後の日本人なので、応仁の乱以前の、それも文字通り「中国化」を目指そうとした清盛に馴染むことができないからということも言える。

 さて、ではなぜ江戸時代は「中国化」しなかったのか。なぜ身分制度をわざわざ「作った」のか。

 著者は次のように書く。

「考えてもみてください。お隣の中国では近世から、すなわち宋の時代から、身分制などというものは廃止されているわけです。さらに、江戸時代というのはよく知られているとおり、書物文化や印刷出版業が花開いた時代ですから、ある意味でメディアの面で宋朝に追いついたというか科挙をやろうと思えばできる環境に到達した時代ともいえます。それにもかかわらず、隣国では600年も昔になくなっている身分制度を維持し続けるというのは、異様というほかない。」

 その(宋朝中国という)「グローバル・スタンダード」から見て、異様というほかないことをやったのはなぜか。筆者は、近年の歴史学の見解を紹介している。細かいことは省くが、ざっと挙げれば、鎖国、コメの普及、イエ制度の確立、商工業・流通・サービス業の徹底管理、つまりは「封建制」である。これらを行うことによって、みんなが食っていける世の中にしていったというわけだ。

 ただし、この「みんな」の中には、「イエ」に属していない農家の次男三男と未婚女性は含まれていない。「封建制」のセーフティ・ネットの機能を果たすのは、「イエ」であり「ムラ」であり「藩」であった。従って、そうした組織に属していなければならないということになる。属していない人、属せない人はどうなるのか。自己責任なんだから、どうなっても知りませんというわけだ。

 「封建制」の江戸日本では、商工業・流通・サービス業が自由闊達に発展することはできない。技術の進歩はない。なにを言っても自由であるが、ご政道への批判、お上への批判はご法度、外国の知識を学ぶことは禁止、等々、こうしたことを制限することで社会が成り立っていた。

 ちなみに、この「引きこもり」的な江戸時代に、当然のことかもしれないが、世界にない特殊な文化が花開いていたことを考えると、こうしたガラパゴス時代にも文化的な意義はあったと思う。

 近現代に至り、世界はようやく「中国化」する。欧米諸国の近代化とは、遅れた中国化だったと著者は述べる。明治以後から平成の今日に至るまでの日本人で、(内藤湖南先生のような東洋史の碩学を除けば)自分たちが行っていることは実は「中国化」だったということは一度も思ったことはないだろう。実は、宋朝中国が成し遂げたことを欧米という国々でめぐりめぐって、再び日本人の前に現れただけのことだったというのは興味深い視点だ。

 江戸時代の、本書の文脈に従うと、応仁の乱以後の、戦国時代、安土桃山時代、江戸時代の、これらの諸々が、明治期は民族存亡の危機を目前としたので一時的に「中国化」したが、すぐに江戸時代の封建制に戻り、以後、大正、昭和、平成と続き今日に到る。

 世界は「中国化」し続けてきたが、日本は「封建制」のままになっている。「ムラ」である大企業の正社員ではない人、「イエ」に属さない結婚しない未婚女性は自己責任なのだから、どうなっても知らないというわけだ。

 しかし、今、「江戸」日本は、巨大な大国中国を隣国とし目の前にしている。経済の停滞により、「封建制」のセーフティ・ネットであった「ムラ」である企業はセーフティ・ネットの機能を果たせなくなり、未婚女性が増加して「イエ」はなくなり、公務員や正社員の人々とそうではない人々の格差が広がるままになった。江戸時代以降の(細かく言うと応仁の乱以後の)(しつこいか)(笑)「封建制」は崩壊しつつある。それが現代なのだ。(応仁の乱以後の路線では立ち行かなくなったということは、それ以前の、足利義満、後醍醐帝、そして、おー平清盛ではないか!!やはり清盛に着目すべきなんだな)

 今の中国を考える上で、なるほどと思ったのが、著者の次の文章だ。

「中国社会の怖さ、とはなんでしょうか(しつこいですが、中国という国家の軍事力の怖さ、と無関係です)。おそらくそれは、法の支配や基本的人権や議会制民主主義の欠如でしょう。
私たち日本人は、少なくとも日本国憲法ができて以来、これらの制度をそれなりにきちんとした形で持っているので、それがまるで欠けているように見える中国を、軍事的・経済的には超大国になったとされる今でも、どこか「怖い国」「遅れた国」「野蛮な国」とみてしまう癖がついています。(中略)
しかし歴史的に考えれば、これは逆なのです。
中国というのは本来、人類史上最初に身分制を廃止し、前近代には世界の富のほとんどを独占する「進んだ」国だったわけですから、むしろ、「なぜ遅れた野蛮な地域であるはずのヨーロッパの近代の方に、法の支配や基本的人権や議会制民主主義があるのか」を考えないといけないのです。中国近世の方がより「普通」の社会なのであり、西洋近代の方が「特殊」なんだと思わないといけない。」

 これについての、なぜかという問いに対する著者の最近の歴史学の見解の紹介は、なにを言っているのかよくわかない。例えば、なぜ大塚久雄や角山栄への言及がないのか。

 これからの中国を考える上でも最も重要な点は、西欧に生まれた議会制民主主義と人権というものをどう考えるのかということだ。議会制民主主義と人権というものは、そもそもなんであったのか、なんであるのか我々の社会において、それらは必要なのものなのか、なくてもなんとかなるものなのか。欧米は、それらがあることは必要不可欠であるとするが、その根拠は一体なんであるのか。

 それらが「ある」とされているこの国を見た場合、果たしてそれらがあることに十分な意義があるのか。それらは、どにように機能しているのか、といったことも踏まえなくてはならない。議会制民主主義と人権は、なくてもなんとかなる。それらは人間の社会において必要不可欠なものではないとなると、今の中国のあり方でもオッケーということになる。

 宋朝中国が人類史のグローバル・スタンダードであることは認めるものであるが、だからといって西欧がやろうとし、やってきた辺境での冒険的な試みも、それはそれで人類にとって意義のあることではないのか。西欧は西欧であり、アメリカはアメリカなのではないか。これを全部引っ括めて「中国化」と呼んでいいのか、というと、うーむという気がしないでもない。

 そうした考察が本書にはない。本書にはないというか、それは私が考えるべきことなのだろう。そういう意味では、自分の思考の整理に大いに役にたった本であった。

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