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November 03, 2010

映画『唐山大地震』を観た

 最近、馮小剛監督の映画をよく見る。『戦場のレクイエム』も『女帝[エンペラー]』も、気がつくと馮小剛監督の映画であった。だたまあ、この監督の映画だから見ようと思ったわけではなくて、例によって好きな俳優が出ているから、じゃあ、ちょっと見てみるかという感じで見てみて、見終わった深く考えるというワタシのお決まりパターンがあって、この『唐山大地震』もそのパターンに見事にはまった映画だった。

 20世紀最大の被害を起こした1976年の唐山地震について、そうした地震があったことを、この映画で初めて知った。2008年の四川大地震と今年4月の青海省での大地震は記憶に新しいが、これらは唐山市ほどの大規模の都市での災害ではない。唐山地震では、死亡者だけでも公表で24万人なのだ。これは公表であって、なにしろ、当時の中国のことなので、実際のところはどうであったのか今なおわかっていない。それほどの大規模の被害だった。この時代、中国は文革のまっただ中であり、政府は外国からの援助を拒否。北京でのパニックを防ぐため政府は、この地震の情報を封鎖した。これらが被害を大きくした原因のひとつであったと言われている。

 物語は、『戦場のレクイエム』と同じく、冒頭に衝撃的な出来事が起こり、その後は、その出来事によって人生が変わった人々のその後の人生を長いタイムスケールで描くというものだ。最初に河北省唐山市に大地震が起こる。この地震のシーンは、特撮映画を見慣れている身からすればそれほどでもないが、とにかく人が死んでいく。

 地震そのものは数十秒で終わる。しかしながら、その振動による建物の崩壊や火災等によって被害が起こる。これが地震災害である。建物も都市インフラもなにもない野原で、地震が起こりました、では、震災は起こらない。唐山市は、中国有数の工業都市である。中国有数の工業都市であるからこそ、その被害は甚大なものだった。当時、唐山市は、この地震によって壊滅したという。

 つつましいながらも幸せに暮らす、どこにでもいるような若い夫婦の家族が、この地震に巻き込まれる。崩壊していく住居ビルの中にいる二人の子供、姉と弟を助けようと父親はビルの中へ飛び込み帰らぬ人になる。二人の子供は、瓦礫の下敷きになる。救助の男達は、二人のうちの一人しか助けられない、どちらを助けるかと母親に問う。母親は子供二人を助けられないかと嘆願するが、それが無理だとわかり、弟の方を選ぶ。瓦礫の下で、こ母の言葉を姉は聴き、そして気を失ってしまう。

 結局、子供は二人とも瓦礫の下から救い出されるのであるが、姉の方は死んだものと思われ、その場に置き去りにされる。雨の中、息を吹き返した女の子の見た風景は、累々たる死者が横たわる災害現場だった。救援活動をしている人民解放軍の人が、この子を保護し、そして、子供のいない軍人夫婦がこの子を養女として育てることになる。

 母親は、この時の選択がその後の人生でぬぐい去れない負い目となる。姉の女の子もまた、この時の母の選択が、その後の人生の重い傷になる。これがこの物語のテーマだ。

 この女の子の養父を、陳道明が演じている。実は、僕はこの人の映画ということで、この映画を見ようと思ったのだが、見る前に、陳道明がどんな役でなにをするのかまったくわからなかった。予告編を見ても出てこない。どこで陳道明が出てるのかと思って見ていたら、人民解放軍の人で、女の子を引き取り、娘として育ていく人として出てきた。この陳道明がいい。この人は皇帝やマフィアのボスとかいった役が多いが、あの雰囲気ががらっと変わって、小さい身体に悲劇を背負った娘を心から想ういい養父になっている。軍人といっても戦闘部隊の人ではなくて、ごくフツーの軍の人でいい感じになっている。やはり、陳道明、名優だ。ちなみに、この映画は、災害救援活動に活躍する人民解放軍のみなさんといった感じで、とにかく人民解放軍がカッコいい。

 母親を演じる徐帆が、若い母親から年老いた老年の母親を見事に演じている。成長した娘を演じている人が、どこかで見たような人だと思っていたら、『七剣』で出ていた姉姉であった。この娘の大学での恋愛相手の男子学生を演じているにーちゃんも『七剣』で出ていた人であった。この娘は、ある出来事で大学を退学になり、英語の個人教師をしながらシングルマザーとして生活し、外国人と結婚してカナダで暮らすという平凡ではない人生を歩む。

 この映画は、1976年の唐山地震のその後から2008年の四川大地震という、なんと30年間ものタイムスケールで話が流れていく。物語の最初に、唐山の市街風景のシーンがある。みんな人民服を着て、大通りには車は大型トラックしか走っていなくて、人々は自転車に乗っている風景だ。思えば、自分が知識として持っていた中国のイメージはこれだったなと思う。つまりは、1970年代の毛沢東がまだいて、開放政策前の中国が自分の知っていた中国なのであった。結局、日本での中国のこれまでのイメージというのは、そういうものだった。

 この姉と弟は、四川省で大地震が起きたことを知り、救援ボランティアに行く。二人はそこで再会する。この再会のシーンは、割合あっさりしていて。もっとなんかあってもいいのではと思ったが、このへんからも、この物語は姉と弟の物語ではなく、娘を捨てざる得なかった母親と、母親に捨てられた娘の物語なんだということがわかる。

 姉は弟に連れられて、30年ぶりに唐山市へ行く。その街は、当時とはまったく違う、発展した街になっていた。この街の風景の変化の描写が見事で、この30年間で、中国は別の国になったかのように発展したことがわかる。救援活動での人民解放軍のカッコよさや、この30年間での中国の発展ぶりをみせるなど、この映画は、国策映画であるとも言われているらしい。

 母と娘の対面で、死んだものと思っていた娘を置き去りしたことを謝る母親を、あの当時、十分な救援活動ができず、これほどの大規模の災害になってしまった国からの謝罪に重ねることができるという評論をネットで読んだ。しかし、そこまで深読みする必要があるのかどうか。2008年の四川大地震では、中国政府はイメージ対策にかなり配慮していたと思う。この映画では、なぜこれほどの規模の死傷者になってしまったのかということについての問いかけはない。このへんもまた国策映画と言われる所以である。

 それはそれでわかるのであるが、その一方で、この災害に直面した人々にとってそうしたことはもはや意味がないのではないか。もちろん、これから起こる災害対策のために、そうしたことはしっかりとやらなくてはならないが、それを映画にもってこなくてはならないわけでもないであろう。さらに言えば、今の中国は、映画で現政権が批判ができる国ではない。この映画には震災を金儲けにしているなどの批判もあるが、優れた作品には批判も多い。

 ラストの慰霊碑のシーンに流れるフェイ・ウォンの般若心経がいい。ここはやはりフェイ・ウォンだろう。中国語で般若心経を始めて聴いた。結局のところ、生者は死んでいった人々への鎮魂の意を表すことしかできない。地震によって、互いに心の傷を負いながら、それぞれの人生を歩まざる得なかった母親と娘。そうした人々は、この母親と娘以外にも無数にいたのだろう。そうした数多くの人々の想いを、フェイ・ウォンの般若心経が静かに清めていく。

 この映画もまた日本で公開することはないかもしれない。こうしたまっとうな良質の中国映画に、今の日本で観客が数多く入るとは思えん。言葉は北京語とは少し違うなと思っていたら、唐山の発音であるらしい。


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