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August 2009

August 21, 2009

鍛えてます

鍛えてます
 今日は仕事が早く終わったので、道場へ行って稽古を一本やって、続いて新宿スポーツセンターで自主トレ。これで家に帰ってまだ体力があれば剣の稽古。鍛えまくりのワタシであった。

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August 15, 2009

8月15日

 今年もまた8月15日になった。

 大日本帝国が降伏文書に調印したのは9月2日である。第二次世界大戦の勝利側である連合国では、9月2日が対日戦勝記念日になっている。つまり、国際的に言えば、今日はなんでもない普通の日なのであるが、8月15日は天皇が国民に敗戦を告げた玉音放送があった。このため、我が国の慣例というか、日本人の心情的に言えば8月15日が「終戦の日」になる。

 もうひとつ本日が「特別な日」である国がある。韓国である。韓国では、今日は「光復節」になる。

 64年前の8月15日、昭和天皇が連合国への無条件降伏をラジオで宣言すると、朝鮮では、日本による植民地支配が終わりを告げたとされ、各地で民族解放の喜びに沸き立った。このへん、細かく言うと、この日は「各地で民族解放の喜びに沸き立った」ことがあっただけで、正式に日本国の植民地支配が終了したのは、やはり降伏文書に調印した9月2日になる。しかしながら、これもまた韓国の慣例というか、韓国の人々の心情的に言えば8月15日が「民族解放の日」になるのであった。

 しかしながら、「民族解放の日」といっても、日本とアメリカとの戦争で、日本が無条件降伏になったわけで、つまりは、自分たちの手で憎っくき日帝の植民統治を終わらせたわけではなかった。このことが、これから後の長きわたって韓国でのイルボン感情をさらに複雑で屈折したものにさせることになった。なんかこー、イルボンに対してすっきりとしたものがないのである。

 イルボンの側もまた、戦後半世紀以上、自分たちが行ってきた日韓併合とはなんであったのかということを明確にして、それを韓国の人々に伝えるということを行うゆとりもヒマも、さらにはその意志すらもなく今日に至る。いわば、この64年間の中で、「8月15日」という日が隣国の間で、その双方でまったく逆の意味を示し、その双方は歴史的に深く関わり、しかも、その双方でお互いにお互いをまったく無視しているということが続いてきた。

 韓国の中央日報は、今日の社説「先に心を開いて真の韓日同伴時代へ」にこう書いている。

「先に手をさし出すからと過去を忘れようという話ではない。過去の過ちを繰り返さないためには過去をより正確で客観的に究明し、後世に正しく教える努力はむしろ強化しなければならない。ただ過去と関連する問題が起こる度に熱くなるのはもうやめにしようという話だ。私たちが先に成熟した態度を見せるにもかかわらず、日本が過去のように我々の傷に塩を塗る小児病的行動を続けることができるか。 」

「世界でいちばん平和に繁栄された北東アジアを子孫に譲ることは韓日中の3カ国の現世代共同の夢ではなければならない。北東アジアに覇権主義が復活したとき、いちばん被害を受けるのが韓半島なのは歴史が証明している。64年間、我々が遂げた誇らしい歴史に対する自負心をもとに私たちから心の扉を開こう。米国との同盟関係を大切にしながらも中国、日本とうまくいけば我々の役割空間は大きくなる。日本の戦後体制が大きな変化の兆しを見せている今こそ、我々が広い心で先に和解の手を差し伸べられる良い機会ではないか。」

 かたや日本側の新聞の社説には、読売にも、朝日にも、日経にも、「8月15日」に隣国を考えることはないようである。だから、どうこうというわけではないが、特に産経の中国を出してナショナリズムを煽り立てるやり方は毎度のことだ。日本のメディアに出てくるアジアは中国脅威論と韓流ドラマの話ばかりで、中国から学ぼうとか韓国から学ぼうとかいう話はまず出てこない。少なくとも8月15日に、先の戦争の敗因と、これからの時代の安全保障を考えるのならば、「日中韓」の間で友好的な関係を結ぶことに目を向けることが必要だと思うのだが。

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August 12, 2009

暑さを避けて

暑さを避けて

 高田馬場の駅近くのルノアールにて。このところ読まずにたまっているTIMEとNewsWeekを読む。

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ファリード・ザカリア"The Post-American World"を語る

 Fareed Zakariaの"The Post-American World"についてのBBCのインタビュー動画。

 ようするに、この世界は経済によってリンケージされていて国境なき世界(ボーダーレス)になっているが、政治の世界では依然として国境がある。しかしながら、ボーダーレスな潮流、つまり産業や情報の国境なき動きが、旧態依然とした政治の世界を変えていくという、20年くらい前から当時マッキンゼーにいた大前研一さんが言っていたようなことを言っている。あの当時、大前さんは、日米の経済関係はボーダーレス化していることから、世界経済全体がボーダーレス化しつつあることを論じた。あれから20年、さらに言えば、21世紀のこの10年で、この世界は実質的にグローバル経済が覆うようになった。この10年で、本質的変化が起きたのである。

 重要なことは、これはいわゆる「アメリカの没落」ではないということだ。「アメリカの没落」ではなく、「その他の国々が台頭してきた」ということだ。

 日本で言えば、19世紀以後、アジアで日本は唯一の近代化に成功した国であった。この時代、産業社会の国家とは、日本以外にはなかったのである。しかし、21世紀の今、日本以外の国々、中国、韓国、台湾もまた急速に発展してきた産業社会の国である。それは同様に、インドやロシアなどについても言える。アジア経済において、日本は今でも巨大なパワーを持つ国である。しかしながら、その他の国々もまたアジア経済において大きな位置を持ち始めている。日本が没落したのではなく、日本以外の国々が台頭してきたのである。先に親米の人々の愚かしさを述べたが、今の東アジアを嫌中感情や嫌韓感情でしか観ることができない我が国のナショナリズムの人々もまた、世界の見方が間違っているとしか言いようがない。中国も韓国も、反日が目的ではない。彼らは、ポスト・ジャパン、日本以後のアジアに対応していかなくてはならず、そのために(反日も含めて)(笑)「いろいろやっている」のである。

 そして、それは日本自身についても同じだ。ポスト・ジャパンの東アジアに、日本はどう対応していくのか。これからの時代は、日本と中国と韓国を「ひとつ」のフレームで観ることができる視点というか能力のようなものが求められるであろう。今、「日中韓」という枠組みで国際社会と世界経済を語ることができる人は少ない。そうした論者は、少なくとも今の自分の知る限りでは、北京にも上海にもソウルにも台北にもシンガポールにもまだいない。インド出身のFareed Zakariaにも、それはできていない。それは、我々、東アジア人で国際社会に関心を持つ者の課題である。

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August 11, 2009

ポスト・アメリカン・ワールド

ポスト・アメリカン・ワールド

 神保町の上島珈琲店にて。

 北京にいた時、上島珈琲店へ何度も行った。ここは外国人相手の店らしく、英語で注文ができるので、ついついラクな方を選んで、上島珈琲店へ行ってしまうのであった。そのかわり、珈琲一杯でも、中国の物価から見てものすごく高い値段なのである。 中国では、外国人相手の商売は、とにかくふんだくるのである。うーむ。

 というわけで、Newsweek Internationalの編集者Fareed Zakariaの"The Post-American World"を読み始める。アメリカ単独による世界管理は、もはや不可能になりつつある。そのことを一番よく知っているのは、アメリカ自身である。だからこそ、アメリカは今、新しい時代と状況に対応しようとしている。この自己変革力こそ、アメリカの本当の意味での強さである。

 そして、そのことがわからないのが、我が国のいわゆる親米派の人々だ。彼らはとにかく、なにがなんでもアメリカに従属していれば良いと考えている。これまで通りに、いや、これまで以上にアメリカに従属していれば良いと考えている。実は、こうした人々こそアメリカから見て「迷惑」な人々なのだ。

 ポスト・アメリカン・ワールド。世界は、その方向へと向かっている。

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夏休みに突入

夏休みに突入

 本日より今週一杯、夏休みをとる。今週は道場も休みなので、自主トレをしつつ、このところ遠ざかっていた国際政治と経済の論評にしばし戻ろうと思う。お茶の水のNew Yorker's cafeにて、HP Miniをlivedoorの無線LANにつないでネットをしながらぼおーとする。

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August 02, 2009

プラハ演説に反対する国

 アメリカのシンクタンク「憂慮する科学者同盟」(UCS)のグレゴリー・カラキー氏が日本人に向けたメッセージを見て欲しい。

 アメリカは、オバマ政権によって今、新しい核政策に変わろうとしている。一言で言えば、核兵器のない世界の実現だ。ところが、これに反対している人々がいる。そういう連中は、オバマのカイロ演説やプラハ演説に反対する国防総省とか、国家安全保障会議とか、軍事産業とか、旧ネオコン一派の連中だろうと思うかもしれないが(まあ、そうだけど)、なんと、それに反対しているのは我が国、日本国の政府であった。ようするに、日本国政府としては、アメリカの軍事パワーが低下すると「困る」のである、というわけである。このように、アメリカのいわば「理想」的な方向への転換を、日本政府が反対するということは、これまでも何度もあった。アメリカの国防総省とか、国家安全保障会議とか、軍事産業とか、旧ネオコン一派とか(あーくどいか)(笑)、いわゆるそうした人々を支持する人々が日本にもいる。この人たちは、アメリカが巨大な軍事パワーで世界を管理し続けることが、日本国の国益になると考えている。この考え方自体が、そもそも間違いであり、かつ、アメリカそのもの未来にとっても良い選択ではない、ということがこの人たちにはわからないのであろう。

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