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May 01, 2009

中国旅記1

中国へ行く。

というわけで、ここは成田空港の第2ターミナルである。JALは、第2ターミナルになることを、さっき第2空港駅に止まった京成ライナーの中で初めて知って、あわてて京成ライナーから飛び出した。思えば、日本の航空会社で外国へ行くのも初めてなのだ。

ちなみに、今回の北京の旅は、こりゃあもう中国に行くのだからというわけで、日頃、自分の稽古で使っている中国剣術の剣を一振りもってきたのであるが、京成ライナーの改札を出て、空港へ入る前の持ち物検査で、さっそく尋問となり、警官立ち会いのもと、住所、氏名等を書類に書き込むことになってしまった。木製の剣なので、銃刀法では「剣」にならないので没収ということにはならないが、とにかくまあ、文明国では武器らしきものを持ち歩くのは、いろいろややこしい。

ということは、さておき。

ちょっと中国へ旅してこようと思う。中国と言っても、チベット自治区とかモンゴル自治区に行くのならば、それなりの覚悟と根性、そしてしかるべき日数が必要であろうけど、一ヶ月も二ヶ月も行ってくるわけにはいかないので。ここはひとまず、マイ・ファースト・チャイナは北京だなというわけで、北京へ行く。

とうとう、というか。ついに、というか。である。

思えば、15年くらい前に、生まれて初めての海外旅行のタイ、インドの旅に出てから、それなりの数の国々を旅してきたが、我が人生の中で中国に足を踏む込むことは一度もなかった。日頃エラそうに、中国はどうこうと言っていながら、その国を直に自分の眼で見て、自分の足で歩いて、自分の頭で考えることをしてこなかった。

問題は、言葉である。私は日本語と英語しかできない。英語ができればなんとかなるだろうと思って、なんともできなかった国が、私のこれまでの旅の中ふたつある。当時はソ連だったロシアと、当時はイギリス領だった香港である。香港は英語でなんとかなるだろうというイメージがあるかもしれないが、香港の人々は英語を解さない。香港は広東語でなくてはならない。

この香港の時は、現地にいる友人まかせであったので、バスに乗るにも、食事をするにも友人が広東語で会話してくれるので何の不自由もしかった。

ロシアの時は、ものすごく苦労した。「ものすごく苦労した」と一言ではとても表現できないほどの、我が人生にとって、ものすごい苦労だった。私にとって、ソ連の旅は、外国で言葉が通じないと、どうなるかを骨身に染みるほど思い知らされた旅であった。言葉がわからなくてもなんとかなるだろうと思うかもしれないが、言葉がわからなくてはなんともならない。つまりは、言葉がわからないと、「言葉がわからなくても、なんとかなる」レベルのことしかできず、「言葉がわからなくては、わからない」ことはわからない。あたりまえのことであるが。だから、必死になって言葉を学ぶしかない。語学というものは、そういうものであろう。しかしまあ、ロシアでそんな苦労しながらも、その後、ロシア語を学ぶことはしなかったワタシもワタシであるが。

それを、またやろうというのである。

その昔、弘法大師空海が、大唐へ旅立った時、同じ船団に搭乗していた最澄とは違い、まったくの無名のただのワカイモンだった。しかしながら、それでもこの人は唐の都の第一級の知識人、文化人と対等に渡り合える知識と教養を持っていた。つまりは、中国語をしっかりとマスターして、佐伯真魚君は中国へ旅立ったのである。

その時から遙か千年以上の後の、キリスト教歴で21世紀の初頭に、中国に旅立とうとしているワタシは、「これはなんですか」とか「これはいくらですか」ということぐらいしか言えないレベルの中国語で中国へ旅に出るのである。

どんな苦労がこれから待ち受けているのであろうか。
ようするに、中国という国はいかなる国なのであろうか。

そうしたことをぼおーと考えながら、日本を出る。

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