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January 2009

January 25, 2009

中国は米国債を売りに出すか

 アメリカは、この経済危機に対して、さらに国債を大量発行するしかない。大量発行すると国債の価格が下がる。国債の価格が下がるということは、買っている側としては良くないことになる。今の世界金融が崩壊して、中国は困ると言えば困るであろうが、それで国が崩壊することはない。

 そこでだ。

 中国は世界最大の米国債保有国である。この中国が米国債を売りに出してしまうと、もはやドル暴落になる。つまり、アメリカにとって米中関係の安定維持は死活問題なのである。

 中国のあり方ひとつで、ドル暴落になるのである。何度も言うが、かりにドルが暴落しても、中国はなんとかなる。なんとかなるんなら、売りに出っしゃいましょうかと思う可能性は十分にある。

 今、中国では米国債を売りに出そうという動きがある。

「ガイトナー発言に反発 「中国が通貨操作」、米国債売却論に拍車 」
http://www.nikkei.co.jp/news/main/20090124AT2M2401P24012009.html

 ドルを基軸とする世界金融が安定運行するためには、アメリカの圧倒的な世界覇権力が必要である。しかしながら、アメリカ以外にも中国などいったいくつかの国が、世界を多極的に管理する時代になると、ドルを基軸とする世界金融は合わないことになる。今起きているのは、そういうことだ。ドルを基軸としている世界経済は、ドルを基軸としない世界経済へと変わり始めている。

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January 21, 2009

もうすぐ歴史的演説が始まる

 もうすぐ歴史に残る演説が始まる。

 アメリカ史上初のアフリカ系アメリカ人の大統領就任演説は、歴史に残る名演説になるだろう。
近年の歴史に残る大統領就任演説はジョン・F・ケネディである。自分はケネディの時は生まれていなかった。オバマの大統領就任式は、自分にとってライブでアメリカ史を見ることになる。

 レーガンに始まった保守主義のアメリカは、こうして終わりを告げた。しかし、オバマの理想主義が今のアメリカでどこまで通用するであろうか。ケネディは、あの時代の心ある人々にとっての希望の光だった。その光をオバマが受け継ぐことができるだろうか。

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January 18, 2009

『第5共和国』を観ています

 韓国のテレビドラマ『第5共和国』のDVDをTSUTAYAのレンタルで観ている。このドラマは、朴正煕大統領暗殺事件の後、全斗煥が権力を手中に収め、軍事独裁政権を樹立し、様々な出来事を経て、次の盧泰愚大統領へと政権が移行するまでの事実に基づいた政治ドラマである。

 とにかく、内容が重い!ものすごく重い。朴大統領暗殺の捜査を指揮していた全斗煥が、陸軍参謀総長で戒厳司令官の鄭昇和を逮捕して、実権を掌握し、クーデターを起こすところなど、おおおおっ、という感じである。反乱部隊の決起シーンというのは、日本では昭和11年の2.26事件の記録写真でしか見ることはできない(細かく言うと、昭和20年の8月15日未明に、それらしき事件はあったけど)(明治10年の西南戦争も、陸軍の反乱部隊の決起であったと言えなくもないが、あまりにも昔の時代でよくわからん)。あとは、押井監督のアニメ映画『パトレイバー2』を見るしかない。

 ところが、である。韓国では、1979年にこうしたことが起こった。起こったというか、韓国は1963年に朴大統領がクーデターによって大統領になった時から軍事独裁政権が続いていた。ずーと前から軍事政権であったのである。朴大統領の政権時代を第4共和国、全斗煥の政権時代を第5共和国、その次の盧泰愚大統領の時代を第6共和国と呼び、この第4と第5の時代は、軍事独裁政権の時代だった。

 その軍事独裁政権の時代をよくぞドラマにしたものだと思う。
 というか、これを観ながら、そうだったのかと思うことばかりなのだ。

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January 12, 2009

『街場の教育論』を読む

 この年末年始に読んでいた本は、内田先生の次の2冊の本であった。

『昭和のエートス』バジリコ

『街場の教育論』ミシマ社

 『昭和のエートス』の方は昭和回顧の内容で、正月2日間で読み終わり。で、次に『街場の教育論』を読んだ。

 『街場の教育論』は内容が深い。かなり、いろいろなことを考える。いわゆる、今の教育というか、教育へのビジネスメソッドの導入や就職予備校、専門学校化する今の大学に対して、なんか変だよなあと漠然と思っていたことが、この漠として感じる、そうしたものへの違和感は、こういうわけだったのかと納得できる。理想の大学空間は、学園漫画の『ハチミツとクローバー』と『もやしもん』で、今の大学生活はこうではなくなってしまったと書いてあるが、今の大学生も、まあ似たような暮らしをしているんじゃないかと思う。このへん、よくわからん。ワタシも含めて、オジサン的年代以上の人々が、過ぎし昔の大学生活を想うと、戦前の旧制高校の寮生活のようなイメージを回顧するのは、おきまりのパターンというか。今の大学生にはネットもあるし、そうそう「戦前の旧制高校の寮生活のような」ものとかけ離れてとも思えない。むしろ、そうであるのに、人生設計と目的意識をもって、就職のことを意識して、将来役に立つことを勉強せよと言う側がおかしい。

 ネットでの教育では、これから学ぶものについて、まだわけのわからない者どおしが、キャンバスの中で、みんなでなんだかわけのわからないものに巻き込まれていくことによって学んでいく、ということができない、ということはまったくその通りであって、大学そのものをネットオンリーでやるのは無理があるだろう。しかしながら、ネットでの大学教育は、大学での専門教育を支援するものであって、むしろ大学を卒業した者が、もう一度、大学を授業を受けるというものだ。サイバー大学のような、大学教育そのものをネットですませるというのは稀な話である。大学教育におけるIT技術の活用というのは、もっといろいろな側面があります、とワタシは内田センセーに言いたいが、この本はそういう本ではないし。

 内田先生は、フランス文学の先生なので、この本に書かれている大学教育は文学部文学科的な気がしないでもない。経済学部とか経営学部とか、理学部とか医学部とか工学部とかであると、また違う考え方もあるであろう。もちろん、だからどうということではない。

 教育制度というものは、実際のところ、いつの時代においても数多くの問題を抱えている。そして、そうした「数多くの問題を抱えていた」中学校や高校に、自分も生徒として、そこにいた時のことを思うと、楽しかった。しかし、だからといって、教育が今の姿でいいとも思えず。ようは、「数多くの問題を抱えていた」教育制度であっても、その当事者たちは、それなりにやっていますということなのだろう。教育改革とは、そうしたものを改革するということであって、内田先生も書いている通り、行いながら改革をするというものなのだ。教育に問題があるので、一度、教育をストップして、メンテナンスします、ということができない。このへんに、教育問題のややこしさがある。

 今の教育のあれが悪い、これが悪いと問題点を列挙し、これらを解決するためには教育のにビジネスの手法を導入して、悪い学校、悪い教師を判別し、指導する、とかではなく、むしろ、今の現場の教師がのびのびと教育ができるようにすることの方が必要であるという内田先生の指摘は正しいと思う。

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January 11, 2009

ネットブックを買った

 さる事情により、最近話題のネットブックを買った。どのマシンも同じようなスペックで、まあ、こんなところだなということでHPのMini1000を買った。いわゆるモバイル・コンピューティングについては、初期の頃から実際にやってきたわけであるが、インターネットがこれほど普及して、誰もが携帯電話を持つ世の中になってくると、なんかもうモバイル・コンピューティングって何?ってゆーか、当たり前になったので、ワタシ個人的にも、もうどうでもいいなと思っていた。ところが、去年から大きく話題になってきたネットブックについて、あれこれ調べてみると、これはその昔、漠然と考えていたモバイル・コンピューティングなのかと思うようになってきた。しかしまあ、モバイル・コンピューティングなんていう昔の言葉を、今こうして使っている奴っていないよなあ。

 というわけで、去年の年末からちびちび書いているブログのための文章を早く書き上なくては。

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