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June 14, 2007

おまかせ文化

 robitaさんの「国民はバカか?」というエントリーへのコメントを書いていったら長くなってしまったので、こちらに書くことにします。

 確かに、国民の政治意識が高いアメリカ人やヨーロッパ人から見れば、日本人はバカに見えると思います。これはもうしょうがありません。これはこれで、確かにそうなのですからしょうがありません。日本人はバカなんでしょう。しかしながら、日本では国民一人一人が政治に参加するアメリカやヨーロッパの社会とも、また同じアジアでも中国や韓国とも違う社会なんだと思います。

 では、日本はどうなのかというと、僕は「おまかせ社会」ではないかと考えています。

 食堂のメニューで、定食というものがありますね。あれです。おまかせ、なんです。いちいち、細かく言わないんです。その道のプロ、職人さんを信頼している、というわけです。政治も同じです。「東大を出て、官庁に勤めています」これだけで、もう信頼しちゃうんですね。で、ああ、東大を出て、官庁に勤めているのならば、さぞや優秀なんだろう、それならば、間違えることもあるまい、と思っちゃうわけです。これはこれで、いろいろ問題はありますが、まあ、この国ではそういうもんなので、しかたありません。

 これは昔からそうなんです。日本人には秀才信仰みたいなものがあって、これは戦前も同じです。第一高等学校を出て東京帝大を出ましたとか、士官学校を出て陸軍大学、兵学校を出て海軍大学を首席で出ました、で、信頼して、まかせちゃうんです。政治家もそうですね。代議士の先生方にまかせる、国民がアレコレ細かく言わない。立派な人なんだろうから、まあ、そうそう自分たちの悪いようにはしないだろうと信頼する、だからそうしたエライ人を尊敬する。感謝する。これが日本の伝統的な庶民感情です。

 この信頼が、欧米人から見ればバカに見えます。支配者の圧政と戦ってきた中国や韓国の人から見てもバカに見えるでしょう。なんで、信頼するの?信頼するのではなく、彼らは我々が少しでも目を離すと、すぐ自分の私利私欲に走るのだから、しっかりきちんと国民が監視しなくちゃだめではないの、と思うわけです。

 ここです。つまり、日本人は、エライ人というか、人の上に立つ人とは、自分の栄耀栄華や私利私欲に走ることなく、お国のため、公のためにつくすものであると思っているのです。だから、エライ人を信頼して、まかせるわけです。では、なぜ、エライ人というのは、そういうもんなのかと思うのか。これは、栄耀栄華や私利私欲に走ってもむなしいじゃあないの、そんなものは儚いものなのだと感じるからではないかと思います。平家物語の祇園精舎の鐘の音ですね。日本人の歴史的な伝統的美意識というのはそういうものなんです。貧しいということを、誇りに思うというか。私財を増やすことは恥ずかしいと思うというか。それでいて、芸事や技術には非常にこだわるところが、この国の人々にはあります。一芸に秀でた職人を高く評価しますね。そして、公のために、私利私欲がなく働く人を尊ぶ気風がありました。「立って半畳寝て一畳」という言葉があります。人間、所詮はそういうもんなんだという達観みたいなものが、日本人の民族性にはあるような気がします。この気風は、欧米にも、あるいは同じアジアの国の中国にも韓国にも、ちょっと見られません。つくづく、日本人というのは変わった民族です。

 ここが今、社会の変動で大きく変わり始めています。庶民がいくら「人の上に立つ人とは、栄耀栄華や私利私欲に走ることなく、お国のため、公のためにつくすものである」と思っていても、その「人の上に立つ人」側はそうではなかったりしているわけですね。ここが今、混乱しているんです。

 国民は、外国人から見ればバカに見えますけど、本心では「おまかせ」にしたいんです。政治家や官僚が本来のやるべきことをしっかりやってくれれば、国民はそれでいいんです。その方が、国民もラクと言えばラクですし。おサムライさんさえしっかりしていれば、庶民は気楽に暮していけるというのが日本なんです。ところが、政治家や官僚が「本来のやるべきこと」をしっかりやっていないので混乱しているのです。

 で、じゃあ、さあ国民としてはどうしたらいいのか。欧米のように国民が政治への関心を高めて国を変えようとするのか、というとそうではなくて、やっぱり「おまかせ」なんです。「おまかせ」ができそうな政治家が出現してくれるのを待って、それを支持しようとしているのだと思います。

 これは、日本人はバカなのだからかもしれません。しかしながら、日本人は、かつて自分たちが持っていた価値観を捨てたくないのだと思います。もし、国民が「おまかせ」をしない、自分たちでやっていく、というようになるのならば、それは為政者への信頼感をなくすということです。しかし、国民は信じたいのです。「おまかせ」にしたいのです。

 明治の初期の頃は、この価値観を為政者も国民も、みんなが持っていたと思います。まあ、実際ところは色々ありましたけど。シバリョー的な「明治は良かった」感からすると、あの時代が過ぎた今、振り返ると全体としては、やっぱり良かった時代だったと思います。国民は政治家とエリートである官僚に国政を託し、政治家や官僚たちは国民の信頼に全力で応えようとしました。というか、この時代は、そうでなかったらとても日本国が成り立たなかったわけです。日本は、できたばかりの、小さな町工場のような国でしたので。

 平成の日本は、とても「小さな町工場のような国」じゃあありません。世界の経済大国日本です。しかし、気分的には、日本人は小さな町工場のような国だった頃の気風を、ちょっとでもいいから取り戻すということが必要なのでしょう。政治はエライ人に「おまかせ」、で、いいと思います。今、必要な為政者は、その期待と信頼に応える人であるということです。そうした人がいる日本であるのならば、日本人はバカと言われても全然へっちゃらですよ。

 しかし、じゃあ、そうした、庶民の期待と信頼に応える人がいるのか、今後現れるのかというと、惨憺たる気分になってはきます。次の時代を託すに足る人々を作る、人を育てるということをしてこなかったのが、戦後日本の最大の誤りなのでしょう。政治は「おまかせ」にしたいのが国民感情です。しかし、それではどうやら、やっていけなくなってきたようだと、たんだん思い始めてきた。そうした状態なのでしょう。

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Comments

すごく良い記事ですね。
ありがとうございました。
私のほうにも書きました。

Posted by: robita | June 14, 2007 at 10:44 AM

真魚さん、久しぶりにコメント。

>しかし、国民は信じたいのです。「おまかせ」にしたいのです

「祇園精舎」とか「和」とか、「日本人特殊論」などなど、カッコ良く色々弁明されていますが、実のところは単にそれが一番「ラク」だから。

私は日本を愛していますが、日本人はそこのところを、自分に厳しく把握しておかねばいけないと常々思っています。

followerは目先ラクです。ダメならお上、最終的には天運のせいにすればよい。自分で井戸を掘り文句を言われ、挙句の果てに失敗したときの罵詈雑言に比べれば、と。

しかし、長い目で見れば、人生は幸も不幸も「自分で選んだ」感を持たねば、結局不満と文句ばかりです。人間、己の最後の一瞬の「思い」が全て。これは真理です。

だからContorol your destiny, or someone else willなんですなぁ(我田引水)。



Posted by: kaku | June 14, 2007 at 11:21 AM

kakuさん、

自分はどうあるべきかということと、世の中はどうであるのかを混同してはいけません。みんながみんな、己に厳しくなくちゃあイカンというわけではないです。自分の努力によって自分の望む結果を出してきた、というのはある意味で幸福な人なんです。だからお前も努力せいと言うのは、実は傲慢なことなんです。自分の努力ではどうしようもなかった、世の中にはそういうことも数多くあります。それを「いいわけ」としか聴けない人は、傲慢な人です。

ラクに生きる、それでいいじゃないですか。ラテン系の民族の生き方を見ると、うらやましくなります。ラクでいいんです。信頼できる人物に国政を託して、おまかせにして、自分たちは気楽に楽しく陽気に暮らしていく。それでいいんです。この「楽しく陽気に暮らしていく」というのは、実は強さであり、たくましさなんです。人間、己の最後の一瞬の「思い」が全て、というわけでもないなと思います。その人生の全部が、その全てなんですよ。

Posted by: 真魚 | June 15, 2007 at 01:20 AM

真魚さん、

>ラテン系の民族の生き方を見ると、うらやましくなります。ラクでいいんです。信頼できる人物に国政を託して、おまかせにして、自分たちは気楽に楽しく陽気に暮らしていく。

残念ながらそんな国はこの世の中にどこに存在できたためしはありません。博学な真魚さんならご存知のはずなのに、そういう事を言っちゃうなんて、お人が悪い…じゃなくって、リベラルですね(同じ意味か)。

真魚さんの大好きなアジアのラテン国家・韓国ですが、10年前にいきなり財政破綻を発表し、先進国にもかかわらずIMFのお世話になり、世界中の笑いものになりました。

が、結果、血の出るような思いを国民が敢えて選ぶことによって、少なくとも我が国より比較にならないスピードで債権処理を終了させました。

人も国家も皆、不幸も幸福も同じ分だけの「種」を持っている、と言うことです。傲慢とか努力とか格差社会とか(言ってないか)、そういう精神論を述べたのではありません。

Posted by: kaku | June 15, 2007 at 11:16 AM

kakuさん、

>>博学な真魚さんならご存知のはずなのに、そういう事を言っちゃうなんて、お人が悪い…じゃなくって、リベラルですね(同じ意味か)。

私も真魚さんの博識には経緯を持つ者の一人です。しかしよ~く注意して下さい。真魚さんはどうしたわけか、しばしばショッカーの特定を誤るんですよね。真魚さん自身が「おまかせ社会」を批判しているので、kakuさんが洗脳されるとは心配していませんが。

>>真魚さんの大好きなアジアのラテン国家・韓国ですが、

そうかなぁ~。チョ・スンヒの事件で国民をあげての懺悔モードに入った韓国人に私は強烈な違和感を感じました。何故、たった一人の狂人の愚行に全韓国民があそこまでなるの?さすがに日本への謝罪を要求し続ける国民は違うと感じました。

少なくともあの態度にラテン系の気軽さは全くありません。むしろ儒教的な原理原則主義と堅苦しさを感じます。礼節を重んじるのもほどほどにと言いたいところです。

Posted by: 舎 亜歴 | June 16, 2007 at 11:14 AM

舎さん、

ショッカーはブッシュとチェイニーであると何度も申していますが・・・・・。

今日の中近東の状況については、これを招いたのはカーターではなく、CIAの政策の失敗によるものです。これは、5月の共和党の大統領候補者によるディベート大会でテキサス州のRon Paul議員の発言です。

"I believe very sincerely that the CIA is correct when they teach and talk about blowback. When we went into Iran in 1953 and installed the shah, yes, there was blowback. A reaction to that was the taking of our hostages and that persists. And if we ignore that, we ignore that at our own risk. If we think that we can do what we want around the world and not incite hatred, then we have a problem. They don't come here to attack us because we're rich and we're free. They come and they attack us because we're over there. I mean, what would we think if we were –if other foreign countries were doing that to us?"
Ron Paul

Posted by: 真魚 | June 17, 2007 at 11:25 AM

kakuさん、

韓国は財政破綻したってケンチャナヨ。イルボンサラムは、もっとケンチャナヨ精神を学ぶべきでは?
明朗であるという国民性は「強さ」なのです。

Posted by: 真魚 | June 17, 2007 at 11:26 AM

こうなって来ますと、はて、Latinとは何か。ラテン文化とは何を指すのか。そういう定義づけが必要になってしまいますね。

舎さん、私は韓国を「アジアの」ラテン、と表現しました。ラテン系って、総じて形は違えど「浪花節」じゃないですか?つまり、心底はカラッとなんぞしていませんね、ものすごく、血と涙でウエットな、そういう感じ。

>チョ・スンヒの事件で国民をあげての懺悔モードに入った韓国人

あれは興味深かったですね。以前から舎さんが「日韓は同文化圏ではない」と仰っていたことを思い出しました。

真魚さん、

>韓国は財政破綻したってケンチャナヨ。イルボンサラムは、もっとケンチャナヨ精神を学ぶべきでは?
明朗であるという国民性は「強さ」なのです。

・・・ん?

真魚さん、最近、太極拳(だっけ?)に夢中で、魂レベルで宇宙とばかり交信してるから。故丹波哲郎翁みたいになってきたなぁ。

Posted by: kaku | June 18, 2007 at 03:01 PM

お久〜
ここは宗教サイトに鞍替えですかw

それはそうと
http://www.mainichi-msn.co.jp/shakai/wadai/kunrin/news/20070615ddm002040082000c.html

韓国のネット事情を見ると、中国とも日本とも
通じる所があるんでないかな?
良くも悪くもみんなでまっしぐら。

Posted by: ルイージ | June 21, 2007 at 05:31 PM

kakuさん、

丹波哲郎といえば、いいキャスティングだったのが映画『203高地』の児玉閣下と、NHKのドラマ『真田太平記』の真田昌幸ですね。真田昌幸は今NHKでやっている大河ドラマの『風林火山』で佐々木蔵之介さんの演じる真田幸隆の息子になります。父親の幸隆も軍略に優れた人でしたが、この息子の昌幸は父親おも凌ぐ戦国時代きっての軍略家でした。ちなみに、昌幸の息子が幸村です。真田家は幸隆、昌幸、幸村と3代にわたって優れた軍略家でした。児玉源太郎も明治の帝国陸軍きっての軍事戦略家でしたし、台湾総督としても優れていました。ですので、ワタシが丹波哲郎さんみたいだというのはお褒めの言葉ですね。あっいや、似ているのは丹波哲郎さんのそっちの方ではなくて、あっちの方でした。でも、そういえば秋山真之も晩年は宗教に凝っていたしぃ。

Posted by: 真魚 | June 23, 2007 at 11:13 AM

ルイージさん、

宗教はアヘンである・・・・・・ですよ(笑)。

中国の場合は民族も多様ですし(まあ、漢族が多くて、今の中国は漢族の国ですけど)いろいろな考え方があります。満州族のみなさんの中には、漢族の今の国家に反感を持っている人も少なくないようですし。満州族としてのアイデンティティを持とうとしています。それはウイグルもチベットもそうですね。

韓国は良くも悪くも日本人と似ているところがあります。似すぎているからこそ憎みあう、そういう面もあります。

Posted by: 真魚 | June 23, 2007 at 11:17 AM

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