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April 15, 2006

幻想としての「ニート」その1

 「中央公論」4月号の「若者を蝕む格差社会」を読む。この中の三浦展と本田由紀の対談で、本田さんが若者のいわゆる「ニート」とは、心理的な理由や家庭環境によるわけではなく、労働市場での採用抑制により必然的に発生したものだと語っていたことが非常に興味深かった。これ、そうだよなと思う。

 今の世の中は、とにかくフリーターやニートを対して「働かない、お前たちが悪い」かのような見方が定着している。「自己責任論」とは、当然のことながら、その人本人の能力のみしか見ない。そして、正社員になれないのは、お前の努力が足りないからだ、社会は甘くないと言う。

 しかしながら、このような見方では、日本の若年労働市場の構造的問題が見えない。つまり、今の「自己責任論」とは、個人の努力ではどうすることもできないものを、あたかも個人の努力でどうとでもできるものであるかのように論じることで、その背後にある社会的な問題を隠蔽し、本質的な解決からひたすら遠ざけているのである。

 具体的な話し、日本では離学時に非正規雇用者になると、その後、正規雇用者になるのは非常に困難である。カンタンに言えば、学校を卒業して正社員として就職しないと、その後、正社員として就職するのは非常に難しい。そして、もうひとつの問題として、正規雇用者と非正規雇用者の間には賃金や待遇の面で大きな差がある。

 この二つの問題がある限り、ある割合の若者たちは、必然的にフリーターやニートにならざる得ない。このことを直視せず、なんかワカイモンの自己責任とか、社会人としての自覚がないとか、親の育て方がどうとか、教育がどうとかいう話になっている。今の社会のそうしたあり方が、社会的敗者であるかのような「ニート」イメージを生み出している。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

Comments

雇用される個人がなぜ”ニートになってもかまわない。”という意思。”がんばればできるんだ”はどこに?

個人責任より、そのような個人を作ってしまう学校や社会に問題があるのでは?

正社員制度は確かに問題がある。もっと中途採用を外資系の会社のように行って”何時でも”成功できる環境を整える必要があるのでは?

実際、真魚さんが言う”正社員”は大企業の環境。中小企業では中途採用したいが人を探す環境が整っていないのでは?

マイク

Posted by: マイク | April 16, 2006 at 09:41 AM

Mike,

「がんばればできるんだ」というのは、ようするに「お前はがんばりが足りない」という意味になります。しかし、この「がんばり」の基準は人それぞれあって、一慨に決めることはできません。

大ざっぱに言えば、がんばらなくたって、それなりの生活ができる。まずそうした社会であることが必要なんです。生活コストが安いこと、セイフティーネットが完備しているということですね。失敗しても再トライできるということです。そうなって初めて、その上で、がんばる人は、とことんがんばる、競争する、という自由競争社会が可能になるんです。

Posted by: 真魚 | April 16, 2006 at 12:20 PM

<<そうなって初めて、その上で、がんばる人は、とことんがんばる、競争する、という自由競争社会が可能

アメリカに来た移民は上記の保障ひとつ無くがんばって成功を収めてきた。社会もそれなりに強い社会となった。


リスクが無い環境。それが今の日本です。真魚さんが求める”理想郷”に近づいています。近づけば近づくほど、”がんばらない”問題が発生します。

MikeRossTky

Posted by: マイク | April 16, 2006 at 12:36 PM

今日のwww.asahi.comより:http://www.asahi.com/life/update/0416/004.html

就職活動中の大学生で「主体性」に自信がある学生は3割弱にとどまる一方、8割以上の企業は「主体性」を求め、採用企業と学生の意識に大きな隔たりがあることが経済産業省の調査でわかった。同省は、こうしたずれがニート急増の一因とみて、今後、大学や企業と共同で教育手法の改善に取り組む考えだ。

Posted by: マイク | April 16, 2006 at 08:10 PM

小泉改革は先のサッチャー改革と一緒ですね~所得の二極分化が進んで非正社員で正社員と同じ仕事をしても賃金で報われなかったら、自然とやる気をなくしますよね~ニートやフリーターが増えるのはそういうことに敏感だから~自営業であれ、サラリーマンであれ、敗者復活の土壌がないと新会社法は絵に描いた餅なんですよね~自己責任論で責任を弱いものになすりつけるのはおかしな社会の証ですよ!!

Posted by: 半ニート | April 16, 2006 at 10:53 PM

Mike,

>>アメリカに来た移民は上記の保障ひとつ無くがんばって成功を収めてきた。<<

Pilgrim Fathersでしょうか?建国の父たちでしょうか?
そりゃあ、あの時代にはMedi-Careなんてなかったでしょうねえ。

いわゆる「がんば」らない生き方だって選択のひとつです。
「がんば」らない人々がいてもいいのでは。
共和党は同性愛者や人工中絶を認めませんから、生き方の選択が狭いんです。

Posted by: 真魚 | April 16, 2006 at 11:19 PM

>>こうしたずれがニート急増の一因<<

なのではなくて、一般的に新卒採用しかしないことや、正規雇用と非正規雇用の違いが大きすぎることが一因なのだということがまったくわかっていない証拠ですね。正規雇用になってもサービス残業とかあるとかいったことが、就職する意欲をなくさせるわけです。

大学生の年齢で「主体性」に自信がある者が数多くいるわけないではないですか。自分で自分を作っていく時期でしょう。ましてや、「主体性」を必要とする教育を、日本の教育はやってきたのでしょうか。ひたすら画一的な管理教育であったではないですか、それで社会人になる時は「主体性」を持てというのは都合がいい話ですな。

Posted by: 真魚 | April 16, 2006 at 11:40 PM

半ニートさん、

小泉政権のやり方は、サッチャーやレーガンの経済政策であるとよく言われますが、サッチャーやレーガンのような根本的な改革はしていませんから、中途半端なサッチャー改革です。小泉自民党は、小さな政府といいますが、そもそも年金・保険金制度の整備や小子化対策や福祉の充実や治安対策や教育改革や若年労働市場の改善などいったことをやるのは小さな政府でできるわけはないんです。このへんからして小泉政権は論理が破綻しています。

ニートというのは、まず社会政策や産業構造の変化によってできた現象であると正しく認識することが必要です。そして、経済の問題でできたものは、経済の問題として考えるべきです。それが若者の生活態度が悪いからだということになり、親や学校の教育によって改善できるというように話が進んでいくのはおかしいですね。

Posted by: 真魚 | April 17, 2006 at 01:16 AM

<<Pilgrim Fathersでしょうか?建国の父たちでしょうか?

私の祖父・祖母は子供としてドイツからアメリカにわたった。大学の友達の何人かは世界各国から移民してきた両親を持っていた。アメリカの移民の時代は200年前に終わったわけではない。今も続いている。

<<大学生の年齢で「主体性」に自信がある者が数多くいるわけないではないですか。自分で自分を作っていく時期でしょう。

正直いってほとんどの外資系の会社は日本の大学からの新卒を雇うことをためらう。自主性がほとんどない。大学で”グループ”単位でプロジェクトを行なった経験などがない。

今、会社にアメリカの大学3年生がバイトで働いている。簡単な指示に基づいて仕事をどんどんこなしている。すばらしい自主性を持っている。

この問題は政策レベルの問題ではなく、”ゆとり教育”や”大学受験で終わる”教育システムに構造的問題がある。また、個人が全く”ハングリー”ではない為、会社の役に立たない子供をかばう親に問題がある。

リベラルな方々には”政府”としてこの問題を直したい気持ちはわかりますが、個人が意識しない限り、フランスの用に低迷する国を作る結果となります。

MikeRossTky

Posted by: マイク | April 17, 2006 at 12:01 PM

この問題は、ニューディール時代や日本の高度成長期のようなケインジアンでは解決しないでしょう。今は就職できた会社でも3年以内に退職する人が多いです。言うならば、経済的に満たされればOKではなく、自己実現の欲求を満たせない仕事には不満を感じる人が増えているます。事はtailor madeで解決するしかないです。

ところで真魚さん、小泉経済政策にそこまで批判的なら、何点かの論文を基に「深夜のニュース」ならではの分析をしたらどうですか?そこで小泉政策よりもっと魅力ある代替案を出すと。

そこまで言うならお前がやれといわれるかも知れませんが、私の方は自分のブログテーマがあります。それに人それぞれで得意分野もあるので。

こう言うのも、多くのブログが飲み屋の愚痴の域を出ていないからです。また、その程度のブログが人気を集めている現状にも不満足だからです

Posted by: 舎 亜歴 | April 18, 2006 at 08:50 AM

同感です。「努力がたりない」という見方は、結局、構造的な問題に着目させないように働いていますし、「日本の若年労働市場の構造的問題」が見えなければ、問題の解決から遠ざかるばかりでしょうね。

「離学時に非正規雇用者になると、その後、正規雇用者になるのは非常に困難」で、両者の間に大きな差があるという社会的な問題を直視しなければならないと思います。

個人の選択の可能性が制限されているにもかかわらず、親の育て方等々を犯人に仕立て上げてしまうのは一種のいじめみたいなもののように思えます

Posted by: kamiyam_y | April 18, 2006 at 11:14 PM

>大ざっぱに言えば、がんばらなくたって、それなりの生活ができる。まずそうした社会であることが必要なんです。生活コストが安いこと、セイフティーネットが完備しているということですね。

同感です.
これは,頑張る人にとっても安心できる仕組みです.今頑張れていても,いつ,頑張れなくなるとも限らない.私たち夫婦のように二人で持病を持っている場合は,特にそう思います.

でも,今年,うちの会社に入ってきた新入社員を見ていると,正直言ってガッカリします.
覇気がなく全くやる気が感じられない.このところの人手不足感で,通常なら無職となるような子たちがたくさん紛れているのでしょう.彼らは,せっかく掴んだ新卒⇒正社員という切符を,一年以内に手放してしまうんじゃないかと思います.

私は若い人に頑張って欲しいです.それは,大きな成功を目指せというんじゃなく(もちろん目指してもいいのだけれど),日々の暮らしの積み重ねを頑張って欲しい.そこが頑張れなくて,何を頑張るの?と思うわけです.
社会構造がいくら整っても,本人の意欲は不可欠でしょう?

ニートやフリーターの人の中には,「営業はイヤ」,「工場はイヤ」と言い続けている人もいるんじゃないかとも思うんですよね.

Posted by: とと | April 22, 2006 at 12:17 AM

舎さん、

これはミスマッチと言えば、巨大なミスマッチだと思います。仕事というのは、社会的行為である以上、自己実現の手段ではなく、基本的には需要に対する供給であるわけです。仕事に過度に期待しない、かといって希望もないわけではないということを若者に教える必要があるはずなのですが、いかんせん学校もメディアもそうしたことは教えません。

以前、お話のありましたIT革命と民主主義をテーマにした論文を書いてみようという意志はあります。あるんですが、なかなか時間がとれず。しかしまあ、今度の連休にはなんとかしたいとは思ってはいるのですが、なんとかなるのだろうか。

Posted by: 真魚 | April 22, 2006 at 03:43 AM

kamiyam_yさん、はじめまして。

「さっぽろ地下鉄のなかでマルクスを呼吸する、世界を呼吸する」というタイトルを初めて見た時、わあと思いました。この意味が、自分にはよくわかるような気がします。マルクスの思想には、世界を感じることができます。まさにマルクスを呼吸することは、世界を呼吸することですね。

このニートについての考えは、これは僕の思考というより、東京大学社会学研究所の本田由紀さんの思考です。この方の専門は教育社会学なのですが、こうした「ニートは本来経済の問題なのである」ということが、産業社会学や労働経済学から出て来ず、教育社会学から出てきたことに、ある種の衝撃を受けました。自分も社会科学を学んだ者なのですが、なぜこうしたことに自分は正面から気がつかなかったのだろうかと思いました。専門が違うといえば、それだけなのですが。

大学は新学期の季節ですね。これからもよろしくお願い致します。

Posted by: 真魚 | April 22, 2006 at 03:48 AM

ととさん、

そうですよね。カンバりたい人には、とにかく納得のいくまで、とことんカンバって欲しいです。生活コストが安くて、セイフティーネットが完備しているというのは、実はカンバりたい人に、安心して徹底的にカンバってもらう社会になるということなんです。

ワカイモンがどうしようもないというのもよくわかります。そうしたワカイモンだけではないですが、まあ、確かにそうしたところもありますねえ。

Posted by: 真魚 | April 22, 2006 at 03:58 AM

<<生活コストが安くて、セイフティーネットが完備しているというのは、実はカンバりたい人に、安心して徹底的にカンバってもらう社会になるということなんです。

No Risk, No Return. ハワイやその他の”熱帯島国”のカルチャー。リスクをとって成功したい。そのような気持ちを持つ若者は少ない。なぜ徹底的にがんばる必要があるのでしょうか?

フランスの文化がそのような環境に向かっていることは日々の仕事で痛感しています。セイフティーネットが作るカルチャーの社会的代償をどう解決していくのでしょうか?

共産主義の”ユートピア”に近づけば近づくほど人は機能しなくなることは証明されている。

失敗したときに最低限のセイフティーネットはOK。リスクをとることもしない人にセイフティーネットは負を作る。

MikeRossTky

Posted by: マイク | April 22, 2006 at 08:10 AM

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午後はずっと会議で終るとすぐ2部の時間帯。2部のゼミで卒業延期になった学生が2名研究室を訪ねてきました。各自の履修登録案を見ながら、今年度に卒業するための戦略を検討しつつ、1時間くらい雑談。 「今年卒業しないと親に殺されるんですが、今年卒業できても、結局、『なんで今まで毎年単位を取れなかったの?やればできるじゃない』と逆に怒りを買うんですよ。今年よく頑張って挽回した、とほめられるんじゃなくて」と話してました。 いますよね、過去を上回る現在の努力を認めるのではなくて、過去の努力の足りなさを... [Read More]

Tracked on April 18, 2006 at 10:47 PM

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