およそ、この世界というものは、こういうものなんだろうなと思ってはいたが、こうまでストレートに「アメリカによる中近東の民主化って一体なんなのか」という疑問に対して、「それは石油の利権確保である」とあっさりとというか、堂々とというか、ジョージ・クルーニーは体重増やして、いい演技していますというか、マット・デイモンはいくつになっても童顔だなとか、とにかく映画『SYRIANA』を見てきた。
某ネットラジオでこの映画のことを紹介していて、この映画はむずかしい、予備知識がないと何をやっているのかよくわからないと言っていた。そこで、そーか、よーし、じゃワタシ、ちょっくら観てやろうじゃあないかと気合を入れて、新宿歌舞伎町へ行ったのであった。
映画館に入って、まずパンフを買う。劇場内に入って椅子に座り、さっそくパンフをめくって予備知識を頭にたたき込む。特に、人物の相関関係を理解しないと、この映画はわからんということ聞いていたので、ふむふむとパンフを読んだ。
さて、そうして映画を見たわけであるが、事前にパンフを読んでいて正解だった。これは、事前知識がないとまずわからない。いくつのかのストーリィが同時進行的に、なんの説明もなく進むので、頭の中で整理しながら観ないと、とてもストーリィを追っていくことができなかったであろう。通常、洋画を観る時は、英語のフレーズや使い方を意識するのであるが(その昔、学生時代、映画館の暗闇の中で、洋画の台詞を聴いてノートに素早く書いてdictationの訓練をしたものだった)、今回はそうしたことは一切なし。はなっから「英語を聴く」ということは完全にやめて、脳の全処理能力をストーリィとその背景を理解することに集中させた。字幕がなかったら、ワタシはカンペキにこの映画はわからなかったであろう。
内容的には、とりあえず知っていることばかりで、それらをうまくつなげて映画にしているなと感じた。この映画は、当然のことながらエンターティメントではなく、ドラマでもなく、サスペンスさはあるが、どちらかというと良くできたドキュメンタリーのようだった。大学の国際関係学科の授業で、この映画を観てessayを書くという教材として使えるのではないかと思う。
この映画を理解するための第一の「知っておくべきこと」は、中央アジアに油田があるということだ。これをどこの企業が押さえるのか。この映画の冒頭で、アメリカの石油会社のキリーン社が、中央アジアのカザフスタンでの採掘権を得たという話が出てくる。ちなみに、この映画では触れていなかったが、この中央アジアで出る石油を、どうやってアメリカまで運ぶのか。タンカーで運ぶわけである。タンカーは港にある。つまり、港まで石油を輸送しなくてはならない。では、何で輸送をするのか。パイプラインで石油を送るのである。そのパイプラインはどこを通っていくのかというと、そこにアフガニスタンがあった。アフガニスタンは、タリバンが支配していた。そこで、9.11の直後、アメリカはアフガニスタンを「民主化」するという名目で、タリバンを追い出しアメリカが支援するカルザイの親米政権を置いた。これが、アメリカのアフガニスタン侵攻の理由であると言われてる。
二つ目の「知っておくべきこと」とは、中国である。今日、急成長している中国もまた中近東の石油が欲しい。映画では、中近東某国(おそらくサウジアラビア)のナシール王子が、油田の採掘権をアメリカのコネックス社から中国企業に渡す。中国企業の方が有利な条件を持ち出してきたからである。その油田で働いていたパキスタンからの出稼ぎ労働者の少年ワシームは、オーナーが中国企業になったということで解雇される。失業者となったワシーム少年は、希望のない暮らしからの救いを求めてイスラム神学校へ通うようになる。就職のためにアラビア語の勉強を始めるなどの日々を送っていたが、ここでイスラム過激派である教師から殉教の尊さを教えられ、やがてワシームは自爆テロリストになる。
そして三つ目の「知っておくべきこと」とは、アメリカによる中近東の民主化とは、親米政権を作ることであり、さらに言えば、産油国に安い価格でアメリカに石油を売るようにさせるということである。アメリカにとって、石油を安い価格で安定して供給されるようにすることは、国家安全保証の最重要課題であり、そのためには何をしてもいいというのがアメリカの本音なのである。石油の価格が安いといっても、毎年厖大な量の石油を売っているわけであり、つまり石油産油国には莫大なオイルマネーが入ってくる。この映画では、中近東某国の国王の後継者として、ナシール王子という人物が出てくる。この王子は、今の自国の姿に疑問を感じ、アメリカ支配から脱却した国を作ろうと考えている。しかし、そんなことされては困るのはアメリカであり、ナシール王子はテロリストの支持者だということで、ジョージクルーニーが演じるCIAの工作員ボブに、ナシール王子の暗殺を命じる。
以上、三つの「知っておくべきこと」を押さえて、さらにこの映画の内容を考えてみたい。
マット・デイモンが演じるエネルギーアナリスト(銀行や証券会社に石油市場の情報を提供する人)のブライアンは、ある出来事がきっかけになってナシール王子のアドバイザーになる。ブライアンは、オイルマネーを自分たち一族の栄耀栄華のために浪費し続ける王族を批判し、ナシール王子にもっと自国の一般社会を豊かにするようにすべきだと主張する。これに対して、ナシール王子もそう考えていると答える。ナシール王子は、石油を適正価格で、アメリカだけではなく中国にも販売し、そのマネーで自国を豊かにする産業を興し、公共インフラを作り、教育を普及させ、女性の地位を向上させたいということをブライアンに語る。この二人の言っていることこそ、本当の意味での中近東の民主化であった。そして何度も書くが、そうされてはアメリカの不利益になるである。
ナシール王子にはメシャール王子という弟がいて、この弟は兄のような見識やカリスマ性はなく、浪費癖のある凡庸な若者であった。メシャール王子は、日頃から優秀な兄を出し抜きたいと思っていた。そこに目をつけたのが大手法律事務所の代表のディーンで(これをクリストファー・ブラマーが演じている。この人はいい役者で、ファンなんですよねえ)、実はこの人物はアメリカの政財界の黒幕の一人であった。ディーンは、次の王になる気はないかとメシャール王子に告げる。一方のディーンは、部下の弁護士ベネットに、コネックス社とキリーン社との合弁でコネックス社に有利になるよう調査することを命じている。これは、コネックス社とディーンの法律事務所は癒着しているという背景がある。
このように、この映画は何人もの人物の話が同時進行で進んでいく。中盤辺りから、それらの別々の話からひとつの構図が見え始めて、ラストに向かって集結していく。このへんの緊張感がまたいい。
内容的に知っていることばかりだったと書いたが、こうしてアメリカの中近東政策を映画を通して考えてみると、これはこれでちょっと暗い気分になった。
この映画は、中近東でのアメリカの「民主化」の実体を述べているものであるが、かつて半世紀前、アメリカは太平洋戦争に勝利し、アジアのある国を占領統治した。その国に親米政権を樹立させ、社会を「民主化」し、さまざまな経済援助を行うことで、やがてその国は経済大国になった。その国は確かに「民主化」されたのかもしれない。しかし、本当にその国の人々は民主化されているのであろうか。アメリカは、その国を世界戦略の重要な位置に置き、今日に至るも今だ間接的支配を続けている。その国の名とは、日本である。
今、アメリカが中近東でやろうとしている「民主化」とは、ようするにそういうことなのだ。
しかしながら、この映画を見終わった後で、映画館を出て、道を歩きながら、しばらく呆然と考えてしまった。この映画は、そうした自分たちの利益、自国の利益を優先し、そのためには何をしてもいいという人間と国家の姿を描いているが、決して、それらを糾弾する姿勢をとっているわけではない。この映画は、誰が悪人というわけではなく、こうした今のアメリカと中近東の姿をただ淡々と物語っているだけなのだ。
例えば、石油価格を安くすることは悪いことなのだろうか。中国に中近東の石油を渡さないことは、間違っていることなのだろうか。それは、アメリカだけではなく日本の安全保障にも関わってくるはずだ。しかし、それらは、暗殺や違法行為をやってまで必要なことなのか。そう考えてみると、何が悪で、何が正義なのだろうか。ブライアンとナシール王子は正しかった。しかし、それではボブやベネットは間違っていたのだろうか。この映画は、中近東の石油を巡る大きなつながりの物語である。この大きなつながりをアメリカの陰謀と見るか、あるいは自国の繁栄のためにはやむをえないことだと見るかは、人それぞれであろう。しかしながら、唯一言えることは、我々日本もまた、この大きなつながりの中にいるということである。
なぜ中近東の一般社会は貧しいのか。それは、そうした社会構造になっているからだ。では、なぜそうした社会構造になっているのか、それは、欧米諸国がそうした社会構造であり続けることを求めているからである。その欧米諸国の末席に、この国はいる。我々の文明は石油の上に立つ砂上の楼閣であるが、その砂上の楼閣を守るために、我々は中近東で暗殺でも違法行為でもなんでもやっているのである。そして、中近東の貧しさや不満の中から、イスラム過激派の自爆テロが生まれ、罪なき人々がその被害を受けている。これが、この世界の不条理な事実なのだ。この映画を見終わった後、この事実を奥歯でかみしめることしか自分にはできなかった。
そして、こうした映画を作って公開するアメリカ映画というもの、この映画でジョージ・クルーニーにアカデミー助演男優賞を与えるアメリカに底の深さを感じた。
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