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November 2005

November 27, 2005

なぜ、このようなことになったのか その2

 前回の文末で、「洞窟の中にはただ深い暗闇があった、僕はその暗闇の前でたたずむしかない」うーむと腕を組みカッコよく文士を気どっていたら、BigBangさんから「なに気どっているんだよ」と背中を押されてしまった。うわっとと、と洞窟の中に前のめりに突き飛ばされてしまったワタシであった。思うに、不可解な闇を覗き込み、深遠なる暗闇がここにある、以上オワリ、なんて安易なことを書いていないで、しっかり考察せよとのBigBangさんからのお叱りなのであろう。

 タリウムによる母親殺害未遂事件について、さらに考えたい。

 しかし、さらに考えると言っても、この事件についての報道がさっぱり途絶えてしまった。今現在、広島市で起きた小1女児殺害事件の報道に関心が集まっている。毎日のように、こうした事件が起きているのだ。衝撃的な事件が起こり、なぜこんなことになったのだと考える。しかしなんかよーわからんな、と思っていると、次の新しい衝撃的事件が起こる。これの繰り返しである。こうして、僕たちは、なにかがどんどん麻痺していくのだろう。

 とりあえず、ネットから入手できる断片的な情報をもとに考えたい。どうやら、酢酸タリウムは医学的な検査では検出できないそうだ。つまり、この事件が発覚したのは、兄の証言があったからでもあろうが、警察がタリウムを使ったということがわかったのは、押収品とプログの記述によるものであったのではないかという声がある。通常の血液検査は、有機化学に基づいて行われるという。酢酸タリウムは無機化学に分類され、有機化学を前提とした通常の血液検査では引っ掛からないそうだ。つまり、押収品とブログからタリウムらしいということがわかり、その検査を行ったところ確かにそうであったということではなかったのかという推測がある。こうなると、事前に部屋の中の薬品類を隠し、プログでの記述などしていなければ、この事件の犯罪が立証されることもなかった。しかし、そうした感覚はまったくなかったようであるということは、そもそもこの子には犯罪を行っているという意識すらなかったのであろう。

 この事件のわかりにくさとは、一体なんなのだろう。

 例えば、タリウムという聞き慣れない毒薬を扱うことができる程の化学知識を用いて殺人を犯そうとしたということであろうか。しかしながら、科学技術の悪用は、現代文明がよくやっていることである。いまさら、化学知識が悪用されたということで驚くことはないであろう。

 あるいは、子供が母親を殺害しようとしたことであろうか。しかし、親が子を殺すことはある。最近も2000年7月に、奈良県で准看護婦であった母親が、高校1年の長女を毒殺しようとした事件があった。これは、長女に多額の保険金をかけており、その保険金欲しさの犯行であったとされている。であるのならば、その逆の子が親を毒殺しようとすることもあってもおかしくはないはずだ。

 つまり、「家族だから」では、解決できないことがあるということなのであろう。ちょっとややこしい文章になるが、親は「親なんだから」親であると子に対して接するが、子供の側からすると、この「親なんだから」私はオマエの親であるとする思考そのものが納得できないのではないかと思う。子供からすれば、親だから親なのだという顔をして自分の前に立つことはやめて欲しいと思うのではないか。そうではなく、親なのだから、親たるなにかを自分に示して欲しい。自分の理想とする親のイメージがあり、かくある親であって欲しいと思うのではないか。その反面、親に依存する部分もあり、その時は無自覚的に「親は親なのなのだから、そうしてくれるのは当然だ」という甘えもあるのが、この時期の子供ではないかと思う。

 しかし、親の側からすれば、神ならぬ普通の凡人である。親たるなにかを示せと言っても困るだけだ。自分はお前の親である。これ以外の、いかなる理由もないであろう。

 親が子を選ぶことができないように、子も親を選ぶことはできない。大人としては、子供がどう思うとも、親であるのだから、親として子供に接するしかない。しかしながら、子供の側は、これを納得できるか、できないかは、子供によって様々であろう。この世の中には様々な社会関係があり、親子関係もまた社会関係の中のひとつであるということを、子供の側も理解できていなくてはならない。しかし、社会性とは身につけるものであって、最初から持っているものではない。10代の後半あたりから、人は個人的な自我を持つようになるが、この個人的な自我にとって、当面の目の前にある家族ほど、じゃまなものはないであろう。

 こうした事件が起こるたびに、家族の重要さを指摘する意見が多い。「家族の絆が大切だ」とか「親の教育が重要だ」とよく言われている。しかしながら、家族が心の問題のすべてを解決するわけではない。どんなことをしても理解しえない夫婦、子供の家庭内暴力や非行に困惑する親、その逆に親の暴力や横暴に苦しむ子が数多くいる。「家族である」ということだけで、すべてが解決するわけではない。家族の中にいるが故に、ますます心が疎外していくということもある。こうなると、家族は精神の牢獄になるであろう。これは、周囲の家族の誰が悪いわけではない。ただ本人の個としての内面世界と社会的現実が極端に乖離していることによるものなのである。

 そして、個としての内面世界と社会的現実が乖離していることは、程度の差こそあれ、今の時代、誰にでもある。この子の場合は、たまたまその乖離の度合いが、ものすごく大きかっただけなのだと思う。その乖離の果てに、この子が持った内的世界は、依然として僕にとっては闇である。僕にできることは、この子の置かれた状況や内面を想像するだけだ。

 必要なことは、それが不可解な闇であるか、理解し得る闇であるかではなく、かりに不可解な闇であったとしても、その不可解な闇を、不可解な闇のままで包括するイマジネーションではないかと思う。君の気持ちはわかるよ、だから、一緒にいよう。ではなく、君の気持ちはわからない、でも一緒にいよう、ということが、今の子供たちに対して求められる態度なのではないか。共感とは、自己と相手の類似点をもって共感することもあるが、それ以上に、自己と相手との相違点をもって、なおかつ共感する方が、はるかに深い共感なのではないだろうか。今の社会に欠落しているのは、この異質なものへの共感する力である。

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November 22, 2005

なぜ、このようなことになったのか

 静岡県の16歳の女子高生が、母親にタリウムという毒薬を飲ませて殺害しようとした事件について考えている。考えてみるが、これは自分にはわからんかもしれないと思う。この事件は、どう理解すればいいのか。そもそも、理解という行為そのものが、この出来事についてありえるのだろうか。「親を殺してはいけない」とか、「社会が悪い」とか、いくらでも言えるが、なにを言っても、なにがどうわかるわけでもない。

 娘に毒殺されかかったこの母親は、この先、この娘をどう思えばいいのであろうか。この母親は、娘が毒殺しようとする程の悪い母親であったのか。それとも、ごく普通の母親と娘の関係であったのか。一時的な怒りなどの感情による衝動的な行為であったのならば、まだわかる。しかし、この事件はそういったたぐいのものでもないようだ。母親に対して強い憎しみがあったというわけでもないようだ。では、一体なんであったのだろう。この子にとって、母親とはどのようなものだったのだろうか。今後の報道で、これらのことが明らかになるのであろうか。

 この子は、タリウムの投与により苦しむ母親の様子を、自分のブログで書き綴っていたという。実際、そのブログの文章を読んでみると、かなり文学的な文章が書ける子であることがわかる。この子が書いた、次の文章を読んで、しばらく考えてしまった。

「そんな事は在りえないけれども、もし、一度だけ生まれ変われるとしたら、僕は植物になりたい。大きな喜びは無いけれど、代わりに深い悲しみも無い。」

 この子は、自分のことを「僕」と書いている。それはいい。よくあることだ。しかし、この「深い悲しみ」とは何であったのだろう。植物になりたいとはどういうことなのだろうか。つまり、動物であることの「深い悲しみ」があるということなのであろうか。では、動物であるということとは、どういう意味であろうか。なんとなくわかるような、しかし、わからないような気持ちになる。

 この子は、実験でかなりの動物を殺害しているようだ。この子にとって、それらの「実験」は必要なことだったのかも知れない。しかし、そのことについての命の意味を考えることはなかったのだろうか。この子は、化学の知識が高校生の域を超えていたという。では、化学の知識があるのならば、人も人以外の生物も、この宇宙において「同じ」であることを知っていたはずだ。その「同じ」存在でありながら、人は、他の生き物とは異なり、サイエンスという方法論を持ち、知識の探求を行うということについて、この子はどう考えていたのだろうか。人間が嫌いであるのならば、それでもいい。そうした時期を持つことも、心の成長には必要であろう。しかしながら、そうであるのならば、化学の知識を通して、この子は、なぜ生命や自然に目を向けることをしなかったのだろう。

 例えば、身近に理解ある大人や教師がいれば、この子は大学の理学部に進学し、将来は化学者の道を歩むことも可能であったのかどうか。

 なぜ、このようなことになったのか。この女子高生にも、明確にはわからないのではないだろうか。

 まるで、洞窟をのぞき込むと、そこに、どこまでも続いているような深い暗闇だけが見えるようである。その暗闇の前で、僕はたたずむしかない。しかし、その闇がそこにあるということは忘れないでいたい。

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November 17, 2005

とにかく、自由、自由、そして自由

 16日のブッシュ大統領の京都会館でのスピーチを読んでみた。ざっくばらんに見てみると、

"And at the end of World War II, some did not believe that democracy would work in your country. Fortunately, American leaders like President Truman did not listen to the skeptics and the Japanese people proved the skeptics wrong by embracing elections and democracy."

 太平洋戦争が終わった時、日本に民主主義など根付くはずはないと言われていたが、トルーマン大統領はそんな懐疑論者の声に耳を傾けなかったし、日本の人々は選挙と民主主義を「抱きしめて(embracing)」(?)(日本史家John Dowerの本から持ってきたのか)そうした懐疑論者が間違っていたことを証明したと言っている。相変わらず、戦前の日本には民主主義はなかったと思っているのであろう。

"you showed that democracy helps governments become more accountable to their citizens. "

 ワタシはさっぱり今の日本政府が"accountable"とは思えないのであるが。

"Free nations are peaceful nations, free nations do not threaten their neighbors and free nations offer their citizens a hopeful vision for the future. "

 このへんはもう演説のタワゴトだと思いたい。そうスか、Free nationsはそうなんスか。

"South Korea transformed itself into an industrial power at home and a trading power abroad."

 これは、いかにも演説文という感じで、英文の用法として覚えておきたいフレーズですね。

"In this new century, China, Japan and Russia have joined with the United States and South Korea to find a way to help bring peace and freedom to this troubled peninsula."

 中国、日本、ロシア、アメリカ、韓国が協力して朝鮮半島に平和と自由をもたらそうという考えは間違いではないと思う。アジアにおけるアメリカの強みは、アメリカはアジアから見れば部外者であるが、部外者であるがゆえに、アジア諸国間の調停者になることができるということだ。そして、アジアという区分けではアメリカは部外者であるが、環太平洋の国という枠組みで見れば、アメリカは「同じ環太平洋の一国」ということになる。今のアメリカの東アジア外交は、このへんをうまく使い分けていると思う。中近東政策ではひたすら泥沼にはまりこんでいるが、東アジア外交はそれなりにうまくいっているのではないか(韓国での反米感情は高いけど)。うまくいっている最大の理由は、日本がいるからであろう。

 であるのならば、その点を逆にとって、日本が主体的に日米関係を活用していくこともできるはずだ。つまり、日本にとって、アジア外交は対米関係にとっても重要なカードになりうるのである。かつて橋本総理がやったような「アメリカの国債を売るぞ」という脅しの手ではなく、そうした方法で日本が日米関係をリードしていくことは可能だと思うのであるが。

 この演説は、言ってみれば可もなく不可もなく、東アジアの平和と自由のために、アメリカは日本と共にアジアに関与していくと語っているだけである。ただ、自由と平和という観念的なスローガンを掲げて、他国に積極的に介入していくというところは、いかにもブッシュ政権らしい。ただし、これでアメリカは未来永劫アジアに積極的に介入していくのかというとそうでもなくて、政権が変わればまたガラッと変わるであろうことは十分予測できる。

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November 14, 2005

『ALWAYS 三丁目の夕日』を見ました

 好評の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を見た。映画の冒頭で、ワンカットで三丁目の商店街から、建設中の東京タワーをバックにした大通りに車と路面電車が走っている風景に移るシーンを見て、「昭和33年は、こうだったのか」と驚嘆した。

 昭和33年は、僕の生まれる前であるどころか、僕の親はまだ結婚もしていなかったはずだ。父と母が若かった頃の時代である。もし、昭和30年代の初頭の東京の風景をイメージせよと言われれば、自分のアタマの中にある日本戦後史の知識を基に、とりあえずこんなもんかなとイメージを作ることはできるが、この映画の風景は、そのイメージを遙かに超えて精密で正確な光景であった。ワタシの知識など、その程度のものである。こうした風景の中で、父と母は、若い頃を過ごしていたんだなあと思った。当時の雰囲気を細部に至るまで再現していて、あの時代の生活感(実際、この時代がどういうものが自分にはわからないのであるが、とりあえず知識で知っている昭和30年代の東京の雰囲気)が見事に蘇っている。建設途中の東京タワーの風景など、むしろ新鮮な感じがした。そうだよなあ、東京タワーって最初からあそこに立っていたわけではなく、ある時代に建造されたものなんだよな。それが昭和33年だったとは、この映画で初めて知った。僕が幼少期を過ごしたのは江戸川区なので、東京タワーは見えなかったな。

 たった50年なのである。たった50年間で、この国はかくも変わってしまった。この50年間で風景も人も変わってしまった。ものすごい変化であったことがわかる。あの時代の人々は貧しかった。しかし、将来にわたっても貧しいままであるのならば、未来に夢も希望もない。あの時代の人々に希望があったのは、社会はこれから大きく発展していくという実感があったからであろう。人々は、明日は今日よりいい日になると信じていたし、実際その通りであった。

 この映画の物語から2年後の昭和35年、時の首相池田勇人は所得倍増計画を推進する。これはこれから10年間で国民総生産(GNP)を2倍にしようというものであった。この経済政策は、池田勇人のブレーンだったエコノミストの下村治が立案した。彼は、生産を拡大すれば、企業の売上は上がり、収益は増える。その結果、従業員の所得が増え、さらに需要は盛り上がり、企業は設備投資を続ける。こうして、設備投資と消費とが、相互に刺激し合って、スパイラルな成長を実現することができると考えた。池田勇人が巧みであったのは、所得倍増計画の演説の中で「賃金が2倍になる」と言っていたことだ。ここで聴衆は、所得倍増計画ってなんかよくわからないけど、ようするに給料が2倍になるってことだなとわかることができた。賃金が2倍になるなんて、こりゃあ結構なことではないか。とにかくどんどん働けば、どんどん豊かになってことだ。これで政府の政策と国民の意識は一体化し、労働意欲の高まりはイコール購買意欲の高まりであった。しかも当時は、1ドル360円で日本製品は安くて品質が良かったので輸出は大きく拡大していった。結果的に、GNPは倍以上の伸びになる。「高度成長時代」と呼ばれる右肩上がりの経済成長の時代の始まりであった。

 後の時代に住む僕たちは、あの時代がいいことばかりではなかったことを知っている。あの時代の急速な経済成長は、後に環境破壊を招き、公害が社会的問題になる。しかしそれでも、今という時代からあの時代を振り返ると、あの時代は幸福だったのだろうと思う。映画のパンフレットに、「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう」と書いてあるが、逆にあの時代から50年後の今、「携帯もパソコンもTVもあるのに、どうしてこんなに楽しくないのだろう」か。

 映画は、新宿で土曜日の昼過ぎの回で見た。満席ではなかったが、邦画がこれほど客入りがいいのはめずらしい。やはり好評のようだ。物語は、涙あり笑いありで、さらに観客が一緒に泣いたり笑ったりしているような感じになるのだ。この一体感は、今までこうしたことはなかったように思う。そうした一体感を感じることができるほど、50年前の人々の日常の出来事が僕たちの心に入っていく。これはもう『三丁目の夕日』というフィクション映画を観客として見ているのはなく、かつて僕たちの社会が確かに持っていた過去の時代を追体験しているような感じだった。

 貧しくなければ、モノの価値をわかることはできないのだろうか。貧しくなければ、幸福感を感じることはできないのだろうか。であるのならば、貧しさから脱却しようとしてきたこの50年間はなんだったのだろうか。

 この映画で好きなシーンはいくつかあるが、しいて挙げよと言えば、吉岡秀隆が演じるまっとうな生活ダメダメの小説家志望君が、小雪が演じる元ダンサーの小料理屋のママのヒロミに指輪を渡すシーンだ。これは泣いてしまった。(ネタバレをしたくないので、どのようなシーンか書きません。ぜひ、この映画を劇場で見てください。)モノの価値や幸福は目に見えるものではなく、それを感じる心なんだなと思った。そのことを、いわば目に見えるモノである東京タワーやテレビや冷蔵庫を、あたかも幸福の尺度にしているかのような昭和33年の物語の中でやるのはうまいと思った。この映画自体、CGという存在しないものを架空に存在させて「見せる」テクノロジーを使ってできている。しかしながら、ヒロミは「見えないものを感じる」心の意味を教えてくれている。つまり、東京タワーもテレビも冷蔵庫も、それらのモノがあるから幸福を感じるのではない。人の心がそう感じるのだ。もちろん、貧しかったということもある。しかし、貧しかったというのは、僕たちの時代からの比較であって、あの時代の彼らは自分たちが貧しいと思っていたかどうか。

 あの頃、人々は一生懸命生きていた。では、平成の僕たちはどうなのだろう。この50年で、僕たちはなんと多くのものを失ったのだろう。

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November 12, 2005

やっていることはブッシュと同じだった

 イラク戦争が始まる前、国連で歴史的に重要な討論があった、と今僕は思っている。アメリカがイラクに軍隊を送ることに真っ向から反対したのが、フランスの当時外務大臣であったドビルパンであった。もともと詩人でもあるという彼の国連での演説は、パウエル国務長官の言葉より説得力があった。ドビルパンは、正論を語っていた。大国アメリカを前にして、正論を正論として語るドビルパンの姿は感動的ですらあった。カントの永久平和の理念を掲げるヨーロッパ。うーむ、やはりフランスは違うと僕は思った。さすが自由・平等・博愛の国ではないかと思った。ヨーロッパはやはり違う。同じヨーロッパでも、フランスはブッシュ追従のブレアのイギリスとは違うと思っていた。

 ところが、である。ところがだ。今回の暴動事件を見て、なんかフランスもやっていることは、ブッシュと同じではないかと思う。

 1968年5月、ソロボンヌ大学への警官隊の導入をきっかけとして、パリで学生たちが大規模なデモとバリケード闘争を起す。これに共産党系と非共産党系の労組が加わり、全国規模でのストライキを行った。これがド・ゴール体制を崩壊させたフランス現代史上最大の反体制運動の始まりであった。そして、ここからポスト・スターリニズムの左翼運動は、ユーロ・コミュニズム、構造主義、マオニズムなどといった現代思想の影響を受け、新しい社会主義思想へと展開していった。2001年に、アメリカの大統領が民主党ゴアではなく共和党ブッシュになり、アメリカは急速に保守化・右翼化する。そこでイラク戦争である。この右翼化するアメリカに真っ向からノー、じゃなくてノンを突きつけたのがフランスであった、ドビルパンだったのある。

 そのフランスでさえも、やっていることはブッシュと同じであった。かつての5月革命は、そこから未来への展望が開けたように思う。本当に、5月革命が未来への展望を開いたのか。21世紀の今そう思う。そうであったのかどうかわからない。しかし、新左翼は間違ったことを言っていたわけではないと思う。ところが、何度も書くが、そのフランスでさえも「やっていることはブッシュと同じ」であった。5月革命のフランスはどこへ行ったのだああと大声で叫ぼうと思ったが、近所迷惑になるからやめた。フーコーやデリタやガタリが生きていれば、この暴動をどう論じたであろうか。

 過激な暴動に対しては、強権をもって弾圧するしかないのは理解できる。考えなくてはならないのは、これほどの暴動に至ってしまった背景であろう。この暴動は、1992年にロサンジェルスで起きた大規模な暴動事件と重なるところもあれば違う側面もある。ドビルパン首相は、今後の政策として「(1)貧困地域で社会活動に携わる団体への財政支援増(2)学業不振者に対する職業訓練の前倒し(16歳→14歳)と、優秀な生徒への奨学金の3倍増(3)6月に発足させた国の反差別機関に懲罰権限を与える――などの方針も表明した。 」という。

 日本は、このフランスの暴動事件を遠い国の出来事として見ているが、人口が少なくなれば、いやでも移民を考えざる得なくなる。その時、日本もまた「やっていることはブッシュと同じ」になるのかどうか。

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November 09, 2005

パリは燃えている

 当初、小さな規模の暴動だろうなと思っていたが、ここまで大規模になるとは思ってもいなかった。フランス政府は、50年ぶりに非常事態法を発令したという。これは9.11に次ぐ21世紀の出来事になるのではないかと思う。ロンドンの同時爆破テロとも共通する点があるように思う。つまりは、民族問題、人種問題、社会問題を含んでいる。一橋大の内藤正典教授によれば「暴動に参加しているのはアルジェリア、チュニジア、モロッコなど北アフリカからのアラブ系移民の二世、三世が中心で、潜在的に持ち続けてきた人種、雇用差別などへの反発を爆発させている。」という。

 フランスは、第二次世界大戦以後、アフリカからの移民を自国に取り込み、安い労働力として使ってきた。しかし、そうした移民もまた世代を重ねるようになり、フランス社会の中で隔絶化が進んだ。結果的に、移民たちは迫害されるマイノリティーになってしまった。

 フランス政府は、ますます強権を発動していくであろう。しかしながら、ただ単に強権をもって押さえつければいいというわけではなく、だからと言って国家として混乱をこのままにしておくわけにはいかない。この状況をドビルパン首相はどう対処していくのだろうか。その対処の内容から、21世紀のヨーロッパを考えることができるであろう。

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November 06, 2005

未来のための?

 11月29日に発表された日米安全保障協議委員会の中間報告は、日本のこれからにとってかなり根幹的なことが日米の両国間で決定されたと言ってもよい。この報告は「検討中」の事項ではなく、「決定された」事項の報告なのである。アメリカにとってみれば、世界戦略のひとつであり、極東の東アジアの軍事再編成にすぎないことであろうが、その相手国である日本国とその国に住む人々にとってすれば、これはかなり重要なことであった。これがまったく議会と国民の知ることなく、いわばアメリカと日本の政府間で決められたということについて、我々は深刻に受け止めるべきだと思う。

 この報告書の全文は、外務省防衛庁のサイトにある(ちなみに、防衛庁の方はプレス発表の時の写真も載っている)。これを読むと、つくづく自衛隊はアメリカ軍の「一部」みたいなものであることがよくわかる。自衛隊は、とても独立した主権国家の軍隊ではない。かつて、吉田首相は議会で「自衛隊は軍隊ではありません」と言った。吉田茂は正しかった。日本には、独立した主権国家の軍隊は存在していないのである。

"U.S.-Japan Alliance:Transformation and Realignment for the Future"(日米同盟:未来のための変革と再編)の以下の項目

"Bilateral defense cooperation remains vital to the security of Japan as well as to peace and stability of the region."

は、まさしく吉田ドクトリンに基づく戦後60年間の日本の安全保障の姿である。 "Bilateral defense cooperation"ではなく、日本自身の力で、仮に日本が単独ででも"peace and stability of the region."を目的とした"the security of Japan"がなぜ実現できないのであろうか。これが「できない」、あるいは「やらない」「やろうとも思わない」というところに、アメリカの占領時代からなにも変わっていないことを感じる。

 未来永劫、日本の防衛は、アメリカに依存し続けるのであろうか。例えば、もしアメリカ議会が東アジアからアメリカ軍を撤退させるという決定をした場合、どうするのだろうか。アメリカ側から日米安全保障条約を破棄するようなことはないのだろうか。あらゆる可能性を考慮し、様々なシュミレーションを考えるのは当然のことであると思うのだが。この報告書のタイトルの"Transformation and Realignment for the Future"の"the Future"とはなにか。"the United States of America"の間違いなのではないのだろうか?

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November 04, 2005

「日本の古本屋」で古本を買う

 アマゾンコムやBK1といったオンライン書店は、たいへん便利なものである。あの作者はどんな本を書いていたのかを調べる時や、読みたい本が本屋にない時などはオンライン書店で買う。あるテーマについて、どのような本があるのかざっと知りたい時などもオンライン書店は役に立つ。

 しかしながら、世の中のすべての本がオンライン書店で買えるわけではない。当然のことながら絶版になった本は買えないし、検索にもヒットしない。高校の頃や大学の頃によく読んだ本で、最近になってまた読み返してみたくなっても、実家の本棚にも押し入れの中にもその本がなかったりすることがある。そんな時、じゃあもう一度改めて買って読もうと思い、アマゾンコムやBK1で検索をしてもヒットしないことがよくある。デジタル情報の世界では、デジタルデータで存在しないものは存在しない。こうなると、あの本が本当にあったのかどうか、自分の記憶すら疑ってしまう。

 インターネットの情報量は、日々すさまじい勢いで増加しているが、本というものについては、ネット上の情報よりも紙で存在している、あるいは存在していたもの方が多いのであり、ネットでの本の情報は、本の全情報のそれこそ一部でしかない。デジタル時代の今日、絶版になった本を入手するにはどうすれば良いか。古本屋を一軒一軒足で歩き回って探すしかない。大体、昔はそうやって本を買っていたものだ。

 ところが、ありがたいことに古本屋さんもまたデータベースを作っていて、ネットで検索をして、本の注文ができるのである。もちろん、これもまたすべての「本」の情報が登録されているわけではないが、まずここで検索をしてみてヒットすれば、足で探す手間が省けるというものである。このデータベースはいくつかあって、僕がよく使うのは「日本の古本屋」というデータベースだ。ここで検索をすると、このデータベースに参加している日本各地の古本屋さんの在庫を検索してくれる。探している本が、例えば長崎の古本屋さんだったりすると、どんな古本屋なのだろうと店名から想像したりする。東京の神田神保町の古本屋ならよく知っているけど、あとはせいぜい京都の古本屋の数件ぐらいしか僕は行ったことがない。見知らぬ遠い街の古本屋を想像するのは、なかなか楽しいものだ。

 先日、「日本の古本屋」で検索して注文した森本哲朗さんの『森本哲朗 世界への旅』全巻が自宅に届いた。在庫があって届けてくれたのは大阪の吹田にある古本屋で、おおっ、はるばる大阪から届いたんだとひとしおの感激であった。大阪など、新幹線で3時間で着くし、外国とメールのやりとりをしている方が距離的に遠いはずであるのだが、なんか「本」というモノが大阪の古本屋さんから届いたんだなという実感がなぜかある。探していた本がついに手にとることができたという実感は、情報や知識がデジタルデータになっている今の世の中ではなかなか得難いものではないだろうか。むしろ探さなくては手に入らないという書物こそ、現代では貴重なものなのではないだろうかと思う。

 多少大げさに言えば、かつて玄奘三蔵は仏教の経典(つまりは本だな)を求めて、わざわざ唐からタクラマカン砂漠を越えてインドへ旅に出た。それほどのことをしても必要な価値があったということなのであろう。しかしまあ、僕の場合は、足で歩き回ってようやく探し当てたものではなく、やはりネットで検索して入手したものなのであるけど。とても、玄奘三蔵の足下にも及ばないワタシであった。

 高校生の時、森本さんの『ことばへの旅』や『人間へのはるかな旅』や『サハラ幻想行』を読んで、自分も将来、森本さんのように旅をして本を読む人になろうと思っていた。高校のあの頃、森本さんの本を読んでいた時、世界は未知であったが、自分の人生はこの先、無限蔵に時間があると思っていた。あの頃から20年以上たった今、それなりに旅をしたり、本を読んできたが、自分はそれらから何を学んだのだろうと考える。もう一度、いや何度でも、森本さんの本を読んで原点に帰ろうと思う。

 雑誌「COYOTE」の最新号(No.8)に、沢木耕太郎と森本哲朗の対談が載っていて、森本さんはまだご健在であることを知る。一人旅をもう何年もやっていない。ここらでいっちょう、また旅に出なくてはと思う。

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November 03, 2005

忙中閑あり、でありたい

 ようやく仕事のヤマが越えて、おそらくここ2ヶ月ばかり続いてきた長時間残業プラス休日出勤はしばらくないであろうと思う。しかし、思うというのは僕が勝手にそう「思っている」だけで、組織というものはそうした個人の都合などまったくかまいなしに、それ独自の論理で動いている。従って、組織に属している以上、なにがどうなるのかよくわからん、というのが現代管理社会の組織人の姿であろう。

 このところ、ほぼ毎日、深夜に自宅に帰り、寝る前にiTunesのミュージックストアの中を彷徨して、気にいった曲やアルバムをダウンロードするということしかしてこなかった(いや、それなりにその他のこともしましたけど。高村薫の『マークスの山』を読了しました)。おかげで、僕の60GBのiPodも残容量が少なくなってくるぐらい曲が貯まってしまった。こんなに貯めて、いつ聴くのかと思うけど。

 夜、寝る前にiTunesで視聴して、おっコレハいい曲ではないか、と思ってすぐさまアルバム丸ごとダウンロード購入して、翌朝、電車の中で聴いてみたりすると、なんかそれほど良くなくて、なんでこれをダウンロードしたのかと思うことがしばしばある。「新宿や渋谷のHMVへ行って、目的とするCDを探して、それをレジに持って行って、財布からカードなりお金なりを出して購入する」という一連の動作がなくては成立しなかったことが、いまや「寝っ転がりながらiTunesのボタンをクリックする」という動作だけでできてしまうのである。これはつまり、音楽を買うということが、それほどカンタンになったということであり、結果的に、あっと言う間に数千円を使ってしまうということになった。売る側からすれば、在庫もなし、店舗もなしなので、これほど利益の上がるビジネスモデルはないであろう。あとは、曲の数が増えてくれて、曲やミュージシャンの情報を豊富に提供してくれれば、iTunesはもう最強の音楽配信システムになるではないか。

 というわけで、仕事をして、iPodにせかせかとダウンロードをしているだけの毎日であった。はっと気がつくと内閣の閣僚は替わり、アメリカの牛肉は年内にも輸入再開になるような見通しになり、季節は本格的な秋になっていた。

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