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November 14, 2005

『ALWAYS 三丁目の夕日』を見ました

 好評の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』を見た。映画の冒頭で、ワンカットで三丁目の商店街から、建設中の東京タワーをバックにした大通りに車と路面電車が走っている風景に移るシーンを見て、「昭和33年は、こうだったのか」と驚嘆した。

 昭和33年は、僕の生まれる前であるどころか、僕の親はまだ結婚もしていなかったはずだ。父と母が若かった頃の時代である。もし、昭和30年代の初頭の東京の風景をイメージせよと言われれば、自分のアタマの中にある日本戦後史の知識を基に、とりあえずこんなもんかなとイメージを作ることはできるが、この映画の風景は、そのイメージを遙かに超えて精密で正確な光景であった。ワタシの知識など、その程度のものである。こうした風景の中で、父と母は、若い頃を過ごしていたんだなあと思った。当時の雰囲気を細部に至るまで再現していて、あの時代の生活感(実際、この時代がどういうものが自分にはわからないのであるが、とりあえず知識で知っている昭和30年代の東京の雰囲気)が見事に蘇っている。建設途中の東京タワーの風景など、むしろ新鮮な感じがした。そうだよなあ、東京タワーって最初からあそこに立っていたわけではなく、ある時代に建造されたものなんだよな。それが昭和33年だったとは、この映画で初めて知った。僕が幼少期を過ごしたのは江戸川区なので、東京タワーは見えなかったな。

 たった50年なのである。たった50年間で、この国はかくも変わってしまった。この50年間で風景も人も変わってしまった。ものすごい変化であったことがわかる。あの時代の人々は貧しかった。しかし、将来にわたっても貧しいままであるのならば、未来に夢も希望もない。あの時代の人々に希望があったのは、社会はこれから大きく発展していくという実感があったからであろう。人々は、明日は今日よりいい日になると信じていたし、実際その通りであった。

 この映画の物語から2年後の昭和35年、時の首相池田勇人は所得倍増計画を推進する。これはこれから10年間で国民総生産(GNP)を2倍にしようというものであった。この経済政策は、池田勇人のブレーンだったエコノミストの下村治が立案した。彼は、生産を拡大すれば、企業の売上は上がり、収益は増える。その結果、従業員の所得が増え、さらに需要は盛り上がり、企業は設備投資を続ける。こうして、設備投資と消費とが、相互に刺激し合って、スパイラルな成長を実現することができると考えた。池田勇人が巧みであったのは、所得倍増計画の演説の中で「賃金が2倍になる」と言っていたことだ。ここで聴衆は、所得倍増計画ってなんかよくわからないけど、ようするに給料が2倍になるってことだなとわかることができた。賃金が2倍になるなんて、こりゃあ結構なことではないか。とにかくどんどん働けば、どんどん豊かになってことだ。これで政府の政策と国民の意識は一体化し、労働意欲の高まりはイコール購買意欲の高まりであった。しかも当時は、1ドル360円で日本製品は安くて品質が良かったので輸出は大きく拡大していった。結果的に、GNPは倍以上の伸びになる。「高度成長時代」と呼ばれる右肩上がりの経済成長の時代の始まりであった。

 後の時代に住む僕たちは、あの時代がいいことばかりではなかったことを知っている。あの時代の急速な経済成長は、後に環境破壊を招き、公害が社会的問題になる。しかしそれでも、今という時代からあの時代を振り返ると、あの時代は幸福だったのだろうと思う。映画のパンフレットに、「携帯もパソコンもTVもなかったのに、どうしてあんなに楽しかったのだろう」と書いてあるが、逆にあの時代から50年後の今、「携帯もパソコンもTVもあるのに、どうしてこんなに楽しくないのだろう」か。

 映画は、新宿で土曜日の昼過ぎの回で見た。満席ではなかったが、邦画がこれほど客入りがいいのはめずらしい。やはり好評のようだ。物語は、涙あり笑いありで、さらに観客が一緒に泣いたり笑ったりしているような感じになるのだ。この一体感は、今までこうしたことはなかったように思う。そうした一体感を感じることができるほど、50年前の人々の日常の出来事が僕たちの心に入っていく。これはもう『三丁目の夕日』というフィクション映画を観客として見ているのはなく、かつて僕たちの社会が確かに持っていた過去の時代を追体験しているような感じだった。

 貧しくなければ、モノの価値をわかることはできないのだろうか。貧しくなければ、幸福感を感じることはできないのだろうか。であるのならば、貧しさから脱却しようとしてきたこの50年間はなんだったのだろうか。

 この映画で好きなシーンはいくつかあるが、しいて挙げよと言えば、吉岡秀隆が演じるまっとうな生活ダメダメの小説家志望君が、小雪が演じる元ダンサーの小料理屋のママのヒロミに指輪を渡すシーンだ。これは泣いてしまった。(ネタバレをしたくないので、どのようなシーンか書きません。ぜひ、この映画を劇場で見てください。)モノの価値や幸福は目に見えるものではなく、それを感じる心なんだなと思った。そのことを、いわば目に見えるモノである東京タワーやテレビや冷蔵庫を、あたかも幸福の尺度にしているかのような昭和33年の物語の中でやるのはうまいと思った。この映画自体、CGという存在しないものを架空に存在させて「見せる」テクノロジーを使ってできている。しかしながら、ヒロミは「見えないものを感じる」心の意味を教えてくれている。つまり、東京タワーもテレビも冷蔵庫も、それらのモノがあるから幸福を感じるのではない。人の心がそう感じるのだ。もちろん、貧しかったということもある。しかし、貧しかったというのは、僕たちの時代からの比較であって、あの時代の彼らは自分たちが貧しいと思っていたかどうか。

 あの頃、人々は一生懸命生きていた。では、平成の僕たちはどうなのだろう。この50年で、僕たちはなんと多くのものを失ったのだろう。

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Comments

知ったかぶりですいませんが、
「泉鏡花は遠くになりけり」
ですなぁ。

も一つ、いま手元に無いので間違っていたらすいませんが、
作家の小林信彦が一時期小説の中で、1980年代でしたか
「このところ1950年代を舞台にしたマンガや小説がたくさんかかれているが、
今どきの若者はその時代を知らないからわからないだろうけど、
我々の年代は妙に鮮明に情景を覚えているようで、
描写に間違いを見つけるとすぐに抗議が来る。結構難しい」
という類の事を書いていました。(角川文庫「変人十二面相」など)
紙媒体では20年くらい前に来ていたブーム(1950年代回顧)が、
技術の進歩にともない映像媒体で成立したのは良い事だとは思いますが、
「三丁目の夕日」以前の紙上の作品が引き合いに出されることは、
あるのでしょうか?
言葉通り「日本人の喪ってしまった物を見つめ直す」なのか、
実は「技術礼賛」なのかで、「上映後」が違ってくると思いますが。

すいません、(_ _)
文章を書いて「確認」ボタンを押し、確認してから
「送信」ボタンを押すと二重投稿になってしまうのですが、
これはココログの仕様なのでしょうか?

はじめまして.
私も「Always 3丁目の夕日」を見てきました.
なんとも言われぬ映画館の観客と映画の一体感,久しぶりにいい映画を観たなあ,と思いました.

私も昭和33年は知りませんし,まさに両親や祖父母の若かった頃の日本を教えてもらったように思いました.

最近,回顧ブームとでもいうのでしょうか,いろいろなものを懐かしむといったことが流行っているような気もします.

ものすごいスピードで,戦後を駆け抜けた日本人が,何かを忘れてきたのではないか,そういう不安に駆られているのかもしれません.

50年後,私たちの子供の世代に,うらやましがられたり,ほめてもらえる,そういう国を作っていく責任が,私たちにあるのかもしれませんね.

娘(21歳)が先日「三丁目の夕日」を観てきて、「すごく良かった。懐かしい感じがした。」と言っていました。
今朝のテレビでも団塊世代のキャスターやコメンテーターが絶賛していました。
ビッグコミックに連載中の漫画は昔から読んでいますが、こちらも押し付けがましくなくあの頃の日本人の生活を淡々と描く素敵な作品です。
あの頃子どもだった私たちは「何故あんなに楽しかったのだろう」と回顧しますが、果たして大人たち(今では80歳90歳の人たち)もそう思っていたのだろうか、と思います。
でも、確かなのは、仰るように「希望」はあった、ということでしょうね。

もう一度貧乏になってみますか。

てんてけさん、

泉鏡花ですか、読んだのは「高野聖」ぐらいです。映画の『夜叉池』は見ました。

今の監督が昭和20年代や30年代を撮るというのはあまりないですね。あの時代の東京の風景を見たかったら、黒澤監督や小津監督の映画を見てもいいのですが。やはり、これは平成の今からあの時代を振り返ることで、失われたものを実感したいという目的と意図がある映画でなくてはならないのだと思います。その意味では、「三丁目の夕日」はファンタジーでありノスタルジアなんですね。

てんてけさん、

僕も確認を押してから送信を押しますけど、大丈夫みたいですね。
ダブりになった方を削除しておきました。気になさらないでください。

haradaさん、はじめまして。

京都の方ですか。京都は紅葉でいい季節ですね。

バブル期以後、日本人からなにかが失われていったような気がします。今の私たちは高度成長時代の日本が良いことばかりではなかったことを知っているはずなのに、昭和をノスタルジックに振り返ることしかできないのは、今の時代の閉塞感を表しているのかもしれません。

そうですね、過去の良き時代を懐かしみつつ、新しいこれからの時代を作っていく責任が私たちにはありますね。

robitaさん、

みんながみんな貧乏になる必要がありますね。今後日本は所得格差が広がりますから貧乏は広がります。その一方で超金持ち階層ができていきます。こうした社会というのは、心が荒んでいくだけで、「三丁目の夕日」のようなハートフルになりませんね。

思うのですが、戦後の焼け跡の中で、地平線までダァーと焼け野原が続いているような「なんにもない」風景を見ていると、これからビルを建てて、道路作って、橋かけて、車どんどん走らせたるでぇ、やるぞお、という気持ちになるのではないでしょうか。つまり、あの時代の人々は労働意欲がさかんだったわけではなく、なにもない世の中を前にして当然の感覚だったんだろうなと思います。

電気少年だった僕の父親は、終戦直後、焼け跡の中で、自分で廃品から電気コンロとかを作って路上で販売をしたことがあったそうです。飛ぶように売れたそうです。今の時代はこうはいきません。そもそも、これでは誰も買いません。ここですね。あの時代はこれができて、今の時代はこれができないということです。

これ結構重要なことなのではないかと思います。あたりまえのことだし、ささいなことなのですけど。働くって意思は、結構単純で原始的なものだと思うのですよ。今の時代は、モノを生産しようという意欲も、生産することの喜びも意義もなにも感じることができないんですね。今の時代は、東京の風景を見たって、「ビル建てて、道路作って、橋かけて、車どんどん走らせたるでぇ」という気分になりません。飽食で溢れるばかりのモノがあって、高層ビルが隙間なく立っていて、大量の車が走っている今の東京の風景を前にして、働く喜びを感じろというのが土台無理な話なんだと思います。今の時代は、働く意味が個人的なことになってしまうんです。家庭をもったとか、子供ができたとか、家をローンで買ったとか。しかし、あの時代は、そうした個人的なものもあると同時に、日本人全体がこの国はこれから発展するという希望の一体感みたいなものがあったと思うんです。今の時代になくなったものはこれですね。

東京の半分ぐらいもう一度「なんにもない」風景に戻して、そこにワカイモンを集めて、ゼロからやり直すというのがいいと思うのですけど、そういうわけにもいきませんしねえ。

>みんながみんな貧乏になる必要がありますね<

そうそう、それです。
自分のところだけ貧乏というのは耐えられません。
だから、いっそのことみんなで貧乏になってみるか、と私は思うわけです。

それは「少ないものを皆で分け合う」といったある種の停滞感をともなうものでなく、いわばビッグバンのように「ここから始まる」といったエネルギーの凝縮された状態に戻るということではないかと思います。

しかし、真魚さんはコメント欄でも素晴らしい文章をお書きになりますね。(プロのような人に向かって変な言い方ですが)
記事にしたほうが良いような文章で、もったいない。

真魚さん

昨今の京都ブーム,ある意味この映画と同じように,ちょっと(精神的に)一休みしたい,そういうのがあるのかもしれません.

京都の街中はなんやかんやで変わってはきているけれども,やはり戦災に逢ってない,という点では,歴史がそこで途切れていない,というのでしょうか,そういうところに皆さんあこがれて来られるのかなあ,と...JR東海のCM(私は京都に住んでるのでポスターしか見たことないですが)なんか,まさにそんな感じですし.

大阪でも,梅田(大阪駅あたり,いわゆるキタ)から難波(ミナミ,道頓堀とかあるところですね)まで,終戦時には焼け野原で,ずーっと見渡せた,と言います.「やったるでぇ!」と,robitaさんがおっしゃるように,みんながなったんでしょうね.

...京都はブッシュさん来洛で,ものすごい警備です.困った困った.(御所近くや車列が通るマンホールには全部封印してあるんですよ!ご苦労な話です)

「やったるでぇ」は真魚さんの,robitaさんへのレスでしたね.ごめんなさい.

haradaさん、

戦後60年間、あまりにも急激な社会変化だったというわけですね。「三丁目の夕日」は東京の物語なのかもしれません。京都は別格ですね。京都で、前の戦争というと太平洋戦争ではなく応仁の乱になると、どこかで読んだように思います。京都には、東京にはない落ちつき感がありますね。町衆の伝統が今でもあるのではないでしょうか。京都はなんか「ほっ」とします。夜の祇園の光景も綺麗なのですけど、錦小路通の賑わいの方がいいです。

92年に父のブッシュ大統領が京都に来たことがあったようですね。京都での日米首脳会談は今回が初めてのようですけど。ブッシュは、京都議定書のことなんかすっかり忘れているでしょうねえ。

robitaさん、

小泉総理も昭和35年の池田勇人のように「所得を倍にします!」と言ってくれればいいんですけどねえ。今の時代は増税ですからね。「税金を倍にします」という税金倍増計画です。世の中は少子化とか年寄りの福祉がどーした、こーしたとかいう話ばっかりで、こらあもう働く気力もなくなるもんです。

だからこそ、「三丁目の夕日」のヒットを受けて、植木等の「ニッポン無責任時代」なんかをリバイバルしてほしいですね。この映画は今こそ再上映すべきなのでは。

>>記事にしたほうが良いような文章で、もったいない。

いえいえ、記事もコメントも同じです。パソコン通信とブログを比べると、ブログというのは「自分はこう思う」というメッセージを発信するには便利なツールですが、他者とのコミュニケーションにむいたツールではありません。なので、なるべくコメントでの会話にも力をいれようと思っています。「自分はこう思う」というのも必要ですけど、こればっかりだと人間独りよがりになります。相手があるコミニュケーションも必要です。自分では気がつかなかった発見とかもありますし。それになによりも、相手がいた方が楽しいではないですか。

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