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July 19, 2005

テロ活性ウイルス

 17日日曜日のNHKの『NHKスペシャル』は、ロンドンの同時爆破テロについてであった。テロの実行犯の4人の若者のうち、3人はイギリス生まれのイギリス国籍のパキスタン人であった。こうなると、テロ対策とは、もはや外国や国内の外国国籍者を警戒するだけではなく、同国人であっても疑わなくてならないということになった。ヨーロッパから遠く離れたアラブの地で生まれて育ち、いつの日かロンドンで爆破事件を起こしてやろうと計画していたのではなく、イギリスに生まれ、イギリスで育ち、イギリスで暮らしている者たちが、ロンドンの地下鉄やバスを爆破しようと考えたということだ。どうもこれは、イスラム過激派によるテロ事件なのであるが、実質的にはイギリス国内の社会問題であり民族問題でもあるのではないだろうか。

 まず当然のことながら、テロ実行犯の若者たちは、ロンドンの朝の地下鉄やバスに乗って通勤、通学をしている人々を「同胞」とは感じていなかった。では、なにゆえ「同胞」とは感じていかなかったのか。ヨーロッパで生まれ育ったイスラム教徒たちは、見た目も感覚も普通のヨーロッパ人であるという。しかしながら、少なくとも今回のテロ事件の実行犯の若者たちは「ヨーロッパ」に帰属意識を求めることなく、パキスタンに行き、その地のイスラム過激派の影響を受けたようだ。「ようだ」というのは、まだ推測の段階であり、このへんは今後の捜査の結果を待たなくてはわからない。しかし、パキスタンに行ってなにかを得てきたことは事実のようだ。

 当然のことながら、自爆テロとは、爆弾によって自分もまた死んでしまうのである。それでも、若者たちは爆破テロを実行することを選択した。おそらく、自爆テロの教義(?)が教えるように、死後はイスラム教の天国へ行くことを信じていたのであろう。これは、そうとうの宗教的信念である。つまり、彼らは、それほどヨーロッパを深く憎んでいたということになる。これは一体なぜなのか。

 TIME誌(July 18,2005)によると、今日に至るまでアルカイダのトップクラスの75%はすでに死亡しているか逮捕されているという。しかしながら、そうであったとしても、こうして連続テロが起きた。これはもはや、アルカイダのメンバーだけがテロリストなのではない(そして、彼らを殺害もしくは逮捕すれば話はそれでオワリになるのではない)ということを意味している。イギリス国内のイスラム教徒で、16歳から24歳の若者の失業率は22%であるという。社会格差や社会不平等、差別に悩み、社会的矛盾を感じ始めた若者に、悪いのはアメリカであり、アメリカのイラク侵略を支持したスペイン、イギリス、ポーランド、イタリア、そして日本である。これらの国に正義の天誅を加えなくてはならない。これは聖戦である、と洗脳することは容易なのではないだろうか。特に指摘しておきたい点は、今回のテロ実行犯もまた、他のテロ事件の実行犯と同様に、貧困階層ではなく、中産階級の堅実な家庭の息子であり、学歴もある若者であったということだ。こうした学歴のある若者は、むしろ過激派の扇動に乗りやすいということであろうか。オウム真理教の地下鉄テロ事件の実行犯も高学歴の者が多かった。ちなみに、ウサーマ・ビン・ラーディンもまた富豪の生まれであり、金融取引によって巨額の富を得ている実業家である。

 貧困がテロリストを作ったというのならば、ビン・ラーディンは貧困階層の者ではない。その意味で、貧困はテロリズムを生み出している土壌ではない。しかしながら、アラブ諸国に大きな貧富の格差があるのは事実である。その貧富の格差を反米感情に結びつけ、テロリズムをアラブ地域だけではなく全世界に国際化することに成功したのがビン・ラーディンである。反米テロリズム思想や自爆テロ思想のメッセージを伝える方法は、なにもパキスタンの神学校やモスクだけではなく、インターネットで全世界のイスラム教徒に伝えることができる。つまり、重要なことは、イスラム過激派には、アラブ諸国以外の国に生まれて育ち、そこで暮らしている若者を自爆テロ実行犯に洗脳できる方法とインフラストラクチャーがあるということなのある。これほど脅威なものはない。

 この状況を簡単に言うと以下のようになるであろう。ビン・ラーディンは、世界のイスラムネットワークに反米テロリズム活性ウイルスをまいたようなものである。そのウイルスに感染した者は、アメリカおよびその支援国に対して自爆テロを実行するようになるのだ。これに対して、今のアメリカが行っていることは外科的な処置であり、ビン・ラーディンやアルカイダという病根を絶とうとしている。しかしながら、ウイルスの発生した病根をなくしても、ウイルス自身は次々と自己増殖を繰り返し、感染者を増やしていく。今回のロンドンの同時爆破事件の実行犯もまた、このウイルスに感染してしまったのだ。

 これに対して必要な対抗策とは、(これも喩えの話であるが)ネットに防壁を置き、ワクチンを作り、アンチ・テロリズム活性ウイルスをネットに流すことであろう。具体的には、例えば、自爆テロでは決して天国へ行くことはなく、むしろ反イスラム教徒として罰せられるという教義が、過激派の教義よりも影響力を持つようにすることが必要であろう。また、ヨーロッパに住む非ヨーロッパ人イスラム教徒にとって「ヨーロッパ」とはなにかという視点も必要であろう。ビン・ラーディンは、世界をイスラム教徒と非イスラム教徒に区分けしている。逆から言えば、国家や民族といったものはない。今回のロンドンの同時爆破テロ事件は、イスラムとは、遠い中近東の地域のことではなく、同じ国内の中にもあり、それはテロの実行犯にもなるということを不幸にも立証してしまった。

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「経済・政治・国際」カテゴリの記事

Comments

<<アラブ諸国に大きな貧富の格差があるのは事実>>

サウジアラビアからの人がイラクに向かっているテロリストの60-70%をしめると聞いています。サウジアラビアでは教育・医療は無料。サウジアラビア人であれば、働かなくてもお金が入ってくる環境です。逆に、看護、清掃、サービス業などでは、海外から人を輸入しなければならない環境です。

貧困の差がない環境で生まれ育ったサウジアラビア人。なぜテロリストとして、イラクに死ににいくのでしょうか?

<<イスラムとは、遠い中近東の地域のことではなく、同じ国内の中にもあり、それはテロの実行犯にもなるということを不幸にも立証してしまった。>>

基本的の問題になっているところは海外から来た移民を国内に溶け込む環境を作っていないところ(フランスやオランダ)、もしくは過激思想を持つ人を追い出す制度がないところ(フランスやイギリス)ですね。

マイク

Posted by: マイク | July 19, 2005 at 01:31 PM

この問題に関してあるブログを紹介しようとTBしました。南北問題に関するブログですが、とかく従属理論からばかり議論されてきたこの分野でハイエク理論よりアプローチされています。

マイクさんの疑問点には参照ブログの7月13日から15日の記事をどうぞ。

Posted by: 舎 亜歴 | July 19, 2005 at 11:32 PM

Mike,

サウジアラビアがそもそも間違いの源。ビン・ラーディンは、サウジアラビアにアメリカ軍が駐留していることに恨みを感じている。そもそも、なぜアメリカはサウジアラビアにいるのであろうか。石油を支配するためとしか思えないが。

Posted by: 真魚 | July 20, 2005 at 02:04 AM

舎さん、

興味深いブログの紹介ありがとうございます。このブログは以前より何度か読んでおりました。スティグリッツの本は読んだことがありますが、スティグリッツとハイエクが結びつくとは知りませんした。フリードリッヒ・ハイエクはミルトン・フリードマンと並んでシカゴ学派の双璧であり、リバータリアン保守の経済思想の筆頭であります。リバータリアンは自由貿易主義をどのように考えるかということについては私も大いに関心があります。

Posted by: 真魚 | July 20, 2005 at 02:05 AM

>そもそも、なぜアメリカはサウジアラビアにいるのであろうか。石油を支配するためとしか思えないが。

石油の利権を守るためには他の国も何かと物騒なことをしています。例えばフランスはジスカールデスタン政権期にサダム・フセインのイラクと原子力発電建設の見返りに石油利権を手に入れようとしました。旧ソ連も東西対立を煽るように武器輸出をしたり。こうしたことがおこるような不安定要因があるから、アメリカのサウジ・アラビア駐留となっているわけです。

政治的に何の問題もなければ、石油利権がどうであれどこの国でもそこに兵を出しません。カナダに出兵する国があるか?

あそこなら、抵抗といっても先住民と環境運動ぐらい。先住民は自治政府が認められた。環境運動では、たまにフェンスを突き破ったり商店の窓ガラスを壊したりする不届き者もいますが、基本的にここの抵抗勢力は話し合いができるので、力で解決しなくても良いです。

よって外国の軍隊が出てこざるを得ない中東の政治情勢こそ問題だと思うのですが。

Posted by: 舎 亜歴 | July 21, 2005 at 08:18 AM

<<そもそも、なぜアメリカはサウジアラビアにいるのであろうか。石油を支配するためとしか思えないが。>>

この疑問についてCharles Krauthammer氏が良い記事を書いていますね。


http://www.opinionjournal.com/extra/?id=110006921

この記事の中のAlbright国務長官とアラファトの話は笑えます。

MikeRossTky

Posted by: マイク | July 22, 2005 at 12:34 AM

舎さん、

その中東の政治情勢の不安の原因のひとつは、ご存じのように、さかのぼれば1916年のサイクス・ピコ協定と1917年のバルフォア宣言が大きく関わっています。欧米は、中近東に対していまだに植民地政策的対応から脱していません。この大きな構図も含めて考えなくては、今のアラブ諸国が置かれている状況は理解できないと思います。

Posted by: 真魚 | July 22, 2005 at 02:20 AM

むしろイスラム諸国内部の問題だと思います。実際には上記協定・宣言が関わるパレスチナ問題が過大に重視されているのに対し、イラン革命がイスラム過激派の台頭をうながしたことを指摘する専門家が少ない事態には違和感を感じています。

イラン革命の最も大きな原因は近代化と伝統の軋轢です。これが第二のケマル・パシャともいうべきパーレビ王家を崩壊させました。

今晩はやっとインドの記事を仕上げました。中東との関係も深く、中国を封じられる位置にあるインドには欧米人も日本人ももっと注目すべきです。

Posted by: 舎 亜歴 | July 26, 2005 at 12:29 AM

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