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July 2005

July 26, 2005

杉浦日向子は江戸に帰ったのだと思う

 漫画家の杉浦日向子さんが亡くなってしまった。杉浦さんの作品は、大学生の頃から読んできた。僕が最初に読んだ杉浦さんの本は、何であったのかもう覚えていないけど、杉浦日向子と田中優子の2人の本がもしなかったら、自分は江戸時代に関心など持たなかったと思う。杉浦さんは、江戸時代という時代に生きていた人々の息遣いや生活感を書くことができる希有な漫画家であった。93年に漫画の創作をやめて、江戸風俗の著述に専念されていた。NHKの「コメディーお江戸でござる」での解説者としても活躍されていて、杉浦さんの解説を見るたびに、この人はまー江戸時代のことを、まるで見てきたようによく知っているなあと思った。実際、杉浦さんには『江戸アルキ帖』という毎週日曜日は江戸時代にタイムトラベルして、江戸のあちこちを散策するという架空旅行記(?)がある。

 杉浦さんの『百物語』は、上田秋成の『雨月物語』や小泉八雲の『怪談』と並んで文芸史に残る名作だと思う。江戸時代が遠い昔の異質の文明になってしまった現代の日本で、この作品を書くことができるのは杉浦さんだけだったと思う。江戸の頃の人々の死生観、あの世感を、これほど見事に書いた作品は他にはない。また、江戸時代が終わり、明治という新しい時代が始まる動乱と変化の時代の中で、若者の生きていた姿を描いた『合葬』『東のエデン』なども、これも杉浦さんだけしか書けない作品だと思う。『ニッポニア・ニッポン』の術師鏡斎も好きな登場人物だった。どの作品も、他の誰も持っていない独特の雰囲気があった。江戸時代が、過去のある時代区分なのではなく、僕たちのすぐ近くにあって、手を伸ばせばとどくような気さえする、そんな感じにさせてくれる作品ばかりだった。

 あまりにも早すぎる訃報だった。できることならば、年老いた杉浦さんが書く江戸時代が読みたかった。しかし、もうそれもかなわぬ話になってしまった。もしかしたらこの人は、江戸時代から現代の日本に、ひょっことやってきて、数々の作品を書き、そしてまた江戸時代にひょっこと帰っていったのかもしれない。

 杉浦日向子さん、ありがとうございました。これからは、いつでも江戸の街をぶらつくことができますね。そちらも、さぞや蒸し暑い季節になったと思います。風鈴の短冊が舞い、辺りが暗くなると、さっと夕立が来て。そして、しばらくすると、遠くでカナカナとセミが鳴き始め、通りが明るくなる。少しは、涼しくなりましたでしょうか。お好きだったという永代橋から眺める江戸の夕暮れは、どのように見えるでしょうか。

 ご冥福を心よりお祈りいたします。

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July 24, 2005

都電で自宅へ帰る

 23日土曜日の地震の時、山手線の電車の中にいた。秋葉原から乗って、田端駅の手前で電車が止まった。車内アナウンも音声が不明確で、何を言っているのかよくわからないが、どうやら大きな地震があって、それで電車が止まったらしい。10分ぐらい止まっていて、とりあえず田端駅まで進むという。電車は、田端駅で完全に足止め状態になる。巣鴨まで行けば、我が家まで歩いて行けないことはないのであるが、その二駅前で止まってしまった。

 それにしても、それほどの地震であったのあろうか。電車に乗っていたので、気がつなかったのであろうけど。電車の窓から見る田端駅の周辺は、ごくフツーのいつもの土曜日の夕方の光景で、そんな大きな地震があったようには見えない。他の場所はどうなのだろうかと、ケータイのIモードで新聞社のニュースサイトを見てみた。しかし、「震度5の地震が東京に起きた」ということはわかるのであるが、それ以上進むと有料になるという。カネ払わなくてはならないのならば、じゃあいいよとやめた。よーするに、田端駅に停車している電車の中で、世の中はどうなってしまったのかよくわからんだけど、この電車はいつ動き出すのかもわからんという状況であった。

 京浜東北線でも、帰れないことはないのであるが、そっちも止まっているので、それもできない。電車の中は、それほど混んでいなくて、ラクと言えばラクであった。まーそのうち動き出すであろうと、立ちながら文庫本を読んでいた。

 ところが、30分たち、1時間近くたっても一向に動き出す気配がない。いつどうなるかわからない状況で、ただ立ったているという状態がだんだんガマンできなくなってきた。そこで、だ。巣鴨まで行けば、あとは我が家まで、それなりの距離はあるのだけど、歩いて歩けないことはない。かつ、巣鴨駅まであと二駅である、というジョーキョーであるのならば、なんだあ、山手線の二駅ぐらい、なんでもないじゃあないか、という気分にだんだんなってきた。うむ、うむ、日頃運動不足だし、水野美紀も「歩くだけでいい」って言っているしな。よし、と停止している山手線から出て、自宅まで歩くことにした。

 田端駅の構内で、駅員につめよる人々の一群を横目に見ながら、改札口を出て外で出た。駅前のマップを見ると、近くに明治通りがあることを発見する。これだ、これを延々と歩いて行けば、「自宅のある方」へ行くことができるはすだと、例によって大ざっぱに方角を掴んで歩るき初めた。歩きながら周囲を見てみると、東京都民のみなさんは何事もなかった様子だ。別に建物にも変化はない。そうたいした地震ではなかったのだなと思った。

 さて、明治通りを延々と歩き、自販機で水野美紀のアクエリアスを買おうと思ったけど、なかったのでサントリーのを買って飲む。さらに明治通りを歩く。やがて、目の前に都電の駅があることを発見する。おー都電ではないか。都電荒川線なら、自宅の近くへ確実に戻れるのである。このまま、明治通りをトコトコ歩いていてもいいのであるが、明治通りだと「多分我が家はこっち方向であろう」であり、「絶対に自宅へ帰れるが、どのくらい時間がかかるかはわからん」のである。しかしながら、都電荒川線なら「いつ自宅へ帰れるか十分わかる」のだ。それに、都電って、めったに乗らないしな。これは乗らなければ、とこの梶原という駅で、早稲田方面の都電を待つこと数分、電車がきて乗り込む。車内は、空いていた。やれやれと座る。いやー、これも立っているようだったらどうしようかと思っていたのだ。もはや完全に水野美紀ではなく、ただの疲れたオジサンになっていた。

 トコトコと都電が走る。幼少の頃、母親といっしょに銀座の都電に乗っていた記憶がある。しかし、かなり曖昧で断片的な記憶である。時代を考えると、自分が2才か3才あたりの記憶になる。そんな頃のことを覚えているわけがないかなとも思う。あの頃お前をつれて銀座へ行ったという母親の話と、あの時代の銀座の風景や当時の都電のことを知った後で、自分の想像で作った記憶なのではないかと思う。

 王子駅を過ぎ、飛鳥山を過ぎたあたりから車内が混んできた。座ってぼおおっとしている僕の前に、2人の女子高生が立ち、1人が古典の問題集らしきものを開いて、もう1人に問題を出していた。「ラ行変格だから、あり・居り・はべり・いまそかりだよね」という会話を聞くこともなく聞いていると、なにやら懐かしいような気持ちになる。これも都電というローカルな雰囲気のある、こじんまりとした電車に乗って、トコトコと移動しているからであろうか。ふと、地震で山手線が止まることがなければ、こうして都電の中で女子高生の会話を聞いて、懐かしく思うこともなかったなと思った。

 そんなこんなで自宅へ帰り、さてJRはどうなっているのであろうかと、急いでインターネットで調べてみる。なんと山手線は、まだ不通であった。やったあ、歩くという判断は正しかった(いや、全部歩いていないだろ)と喜びつつ、目の前の床の上の一面の本やら雑誌やらが散乱しているのをうんざりしながら眺めるのであった。崩れたのね、山の二つか三つが・・・・。

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July 19, 2005

テロ活性ウイルス

 17日日曜日のNHKの『NHKスペシャル』は、ロンドンの同時爆破テロについてであった。テロの実行犯の4人の若者のうち、3人はイギリス生まれのイギリス国籍のパキスタン人であった。こうなると、テロ対策とは、もはや外国や国内の外国国籍者を警戒するだけではなく、同国人であっても疑わなくてならないということになった。ヨーロッパから遠く離れたアラブの地で生まれて育ち、いつの日かロンドンで爆破事件を起こしてやろうと計画していたのではなく、イギリスに生まれ、イギリスで育ち、イギリスで暮らしている者たちが、ロンドンの地下鉄やバスを爆破しようと考えたということだ。どうもこれは、イスラム過激派によるテロ事件なのであるが、実質的にはイギリス国内の社会問題であり民族問題でもあるのではないだろうか。

 まず当然のことながら、テロ実行犯の若者たちは、ロンドンの朝の地下鉄やバスに乗って通勤、通学をしている人々を「同胞」とは感じていなかった。では、なにゆえ「同胞」とは感じていかなかったのか。ヨーロッパで生まれ育ったイスラム教徒たちは、見た目も感覚も普通のヨーロッパ人であるという。しかしながら、少なくとも今回のテロ事件の実行犯の若者たちは「ヨーロッパ」に帰属意識を求めることなく、パキスタンに行き、その地のイスラム過激派の影響を受けたようだ。「ようだ」というのは、まだ推測の段階であり、このへんは今後の捜査の結果を待たなくてはわからない。しかし、パキスタンに行ってなにかを得てきたことは事実のようだ。

 当然のことながら、自爆テロとは、爆弾によって自分もまた死んでしまうのである。それでも、若者たちは爆破テロを実行することを選択した。おそらく、自爆テロの教義(?)が教えるように、死後はイスラム教の天国へ行くことを信じていたのであろう。これは、そうとうの宗教的信念である。つまり、彼らは、それほどヨーロッパを深く憎んでいたということになる。これは一体なぜなのか。

 TIME誌(July 18,2005)によると、今日に至るまでアルカイダのトップクラスの75%はすでに死亡しているか逮捕されているという。しかしながら、そうであったとしても、こうして連続テロが起きた。これはもはや、アルカイダのメンバーだけがテロリストなのではない(そして、彼らを殺害もしくは逮捕すれば話はそれでオワリになるのではない)ということを意味している。イギリス国内のイスラム教徒で、16歳から24歳の若者の失業率は22%であるという。社会格差や社会不平等、差別に悩み、社会的矛盾を感じ始めた若者に、悪いのはアメリカであり、アメリカのイラク侵略を支持したスペイン、イギリス、ポーランド、イタリア、そして日本である。これらの国に正義の天誅を加えなくてはならない。これは聖戦である、と洗脳することは容易なのではないだろうか。特に指摘しておきたい点は、今回のテロ実行犯もまた、他のテロ事件の実行犯と同様に、貧困階層ではなく、中産階級の堅実な家庭の息子であり、学歴もある若者であったということだ。こうした学歴のある若者は、むしろ過激派の扇動に乗りやすいということであろうか。オウム真理教の地下鉄テロ事件の実行犯も高学歴の者が多かった。ちなみに、ウサーマ・ビン・ラーディンもまた富豪の生まれであり、金融取引によって巨額の富を得ている実業家である。

 貧困がテロリストを作ったというのならば、ビン・ラーディンは貧困階層の者ではない。その意味で、貧困はテロリズムを生み出している土壌ではない。しかしながら、アラブ諸国に大きな貧富の格差があるのは事実である。その貧富の格差を反米感情に結びつけ、テロリズムをアラブ地域だけではなく全世界に国際化することに成功したのがビン・ラーディンである。反米テロリズム思想や自爆テロ思想のメッセージを伝える方法は、なにもパキスタンの神学校やモスクだけではなく、インターネットで全世界のイスラム教徒に伝えることができる。つまり、重要なことは、イスラム過激派には、アラブ諸国以外の国に生まれて育ち、そこで暮らしている若者を自爆テロ実行犯に洗脳できる方法とインフラストラクチャーがあるということなのある。これほど脅威なものはない。

 この状況を簡単に言うと以下のようになるであろう。ビン・ラーディンは、世界のイスラムネットワークに反米テロリズム活性ウイルスをまいたようなものである。そのウイルスに感染した者は、アメリカおよびその支援国に対して自爆テロを実行するようになるのだ。これに対して、今のアメリカが行っていることは外科的な処置であり、ビン・ラーディンやアルカイダという病根を絶とうとしている。しかしながら、ウイルスの発生した病根をなくしても、ウイルス自身は次々と自己増殖を繰り返し、感染者を増やしていく。今回のロンドンの同時爆破事件の実行犯もまた、このウイルスに感染してしまったのだ。

 これに対して必要な対抗策とは、(これも喩えの話であるが)ネットに防壁を置き、ワクチンを作り、アンチ・テロリズム活性ウイルスをネットに流すことであろう。具体的には、例えば、自爆テロでは決して天国へ行くことはなく、むしろ反イスラム教徒として罰せられるという教義が、過激派の教義よりも影響力を持つようにすることが必要であろう。また、ヨーロッパに住む非ヨーロッパ人イスラム教徒にとって「ヨーロッパ」とはなにかという視点も必要であろう。ビン・ラーディンは、世界をイスラム教徒と非イスラム教徒に区分けしている。逆から言えば、国家や民族といったものはない。今回のロンドンの同時爆破テロ事件は、イスラムとは、遠い中近東の地域のことではなく、同じ国内の中にもあり、それはテロの実行犯にもなるということを不幸にも立証してしまった。

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July 10, 2005

ロンドンの同時爆破テロ

 7日にロンドンで起きた同時爆破テロ事件について考えてみたい。今回の事件の反抗グループは、アルカイダ系のイスラム過激派グループであると言われている。しかし、確たる根拠も証拠もなく、結局誰が犯人なのか、いかなる目的で爆破事件を起こしたのかということはまだよくわかっていない。反抗声明はあったようだ。「欧州アルカイダ機構秘密組織」なる組織がイスラム系ウェブサイトで犯行声明を出したという。これもまた真偽は不明である。

 もしかりに、このイスラム過激派による犯行であったとしよう。爆破は「イラクとアフガニスタンでの虐殺に対する報復」だというが、今の英米に対して、こうしたことは犯行理由として十分すぎることで、むしろ犯行理由としての信憑性と説得力に欠ける。例えば、「イギリス陸軍が、イラクで何年何月何日にどこどこ地域で住民を虐殺した。そのことについて我々は怒りを感じ、今回の爆破事件を起こした」というような、当事者しか知り得ないような事柄についての報復であるというのなら信憑性は高い。しかし、そうであるのならば報復の相手はイギリス陸軍であって、ロンドンの朝の通勤の地下鉄やバスに乗っている市民ではない。英米への報復と言えば、何でもできると思っていないだろうか。

 さらに声明にあったという「全ての十字軍政府」という言葉の「十字軍」であるが、なにゆえこの歴史を持ちだしてくるのかよくわからない。確かに、十字軍はキリスト教諸国から見れば正義の戦いであったが、イスラム側から見れば侵略と虐殺以外の何者でもなかった。では、だからといって、キリスト教諸国こそ悪であると言いたいのであろうか。イスラム教徒は、キリスト教徒に十字軍の恨みがあるとでもいうのだろうか。

 しかしながら、もともと7世紀に、それまでキリスト教国であったシリア、パレスティナ、エジプト、北アフリカを征服したのはイスラムであった。さらに、8世紀に北アフリカから進軍したイスラム軍は、スペインとポルトガルを侵略し、フランスに侵入した。9世紀にはシチリアを征服し、オスティアとローマを略奪した。かつて、イスラムは世界の大文明であった。彼らは、長い間にわたって当時蛮族と呼ばれていたヨーロッパ人を奴隷にし搾取してきたのである。恨みがあるというのならば、むしろヨーロッパ人の方がイスラムに対して恨みがあるといってもいいであろう。森に住む蛮族が、後にヨーロッパと呼ばれる社会を作っていくきっかけを作ったのは、イスラムからの自己防衛であったとも考えることができる。

 つまり、過去の歴史を現在の殺戮の理由にすることは不毛であり、なんの正当性も立証しない。歴史の中では誰もが、ある時は被害者であり、またある時は加害者なのだ。イスラム過激派が「十字軍云々」というのは、過去の時代のあるひとつの出来事を使って、自己の行為の正当化をしているにすぎない。

 もし歴史を持ちだしてくるのならば、問うべきことは以下のことであろう。かつて人類の文明の最先端にいたイスラムが、21世紀の今日、なにゆえテロなどという姑息な手段で、一般市民を無差別に殺戮するのであろうか。イスラムは、古代ギリシアとローマ、ペルシャの知識と技術を継承し、そこに新たに重要な革新を加えた。例えば、インドで発生した数学は、中近東のイスラムで大きく発展した。今日の我々が使用している数字は、それに敬意を表しアラビア数字と呼ぶ。蛮族ヨーロッパから見て、イスラムこそ世界の中心であった。ヨーロッパは、イスラムから人文学と自然科学を学んだ。イスラムなくして、近代ヨーロッパはありえず、近代ヨーロッパなくして、近代世界システムはありえず、そして現代文明もない。そう考えてみれば、人類の文明史の中でイスラムが占める位置は大きかったのである。

 その栄光のイスラムの末裔が、なぜこれほど愚かしいことをやっているのか。テロだとか、殺し合いとかをチマチマやっていないで、自分たちの国を富ませ、国力を高め、強い軍隊を作り、外交と軍事と経済で欧米に対抗しうる国を作ろうとなぜ思わないのだろうか。このことについて、「欧州アルカイダ機構秘密組織」なる組織は一体どう考えているのであろうか。聞いてみたいものだ。

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July 04, 2005

東京都議会選挙があった

 3日は、東京都の都議会選挙であった。投票率は過去2番目の最低の43.99%であるという。僕は近所の小学校の投票場へお昼前に行ったのであるが、なんか人の数が少なく、これは投票率は低いかもと思ったものであるが、やはりそうであったようだ。

 投票所で投票用紙をもらって、その紙にえんびつで候補者の氏名を書き、それを投票箱に投函する。この一連の動作のために、こうして投票所へ来なくてはならないというのもなんだかなあと思う。この先、10年後も、20年後もこうした投票方法を続けるのであろうか。

 今回もというか、毎度というか、誰が、あるいはどこの党が当選すれば、都の何がどう変わるのか、ということがよくわからない選挙だった。いや、わからないのは、お前が悪いのであって、きちんと調べれば誰でもわかるようになっているのかもしれないが。この「きちんと調べれば誰でもわかるようになっている」のか、そもそも「わからない」ようになっているのか、あるいは、そうした問い方自体が正しくなくて、都議会選挙というものはそうしたものではないのか。とにかく、わけわからん。

 公明党が各区でトップ当選であるそうだが、投票率が低ければ組織票を持っている公明党が有利になるのは当然のことであって、別に公明党が数多くの都民の支持を受けているわけではない。

 「サラリーマン増税」が今回の選挙の争点であったというが、そうなのかと思う。もしかりに、今回の選挙で自民党に投票すると、いついつから増税になりますというのならば、投票率はこれほど低くはなかったであろう。

 しかし、である。おもしろくもなんともない東京都の選挙であるかもしれないが、東京都というのは改革すべきことが山のようにあるのである。都市のあり方を変える必要があるのだ。東京都が変われば、日本も変わると言っても間違いではないであろう。

 今回の都議選で、そうした未来ビジョンがある話があったわけではなく、これでは都民が投票に行かなくなるのも、当然のような気もしないでもない。東京都選挙管理委員会も、パパイヤ鈴木を持ってくるのではなくて、ネットラジオなり、メールマガジンなり、なんなりの情報発信の方法があったはずだ。今のやり方を見ていると、ますます都民は選挙から離れていくであろう。今の東京都には、どこにどのような問題があって、どの党の誰が、なにをどうしようとしているのか、それを行うことによってどうなるのかということを、もっと伝える必要があるのではないだろうか。

 いやまあ、そうしたことはすでにやっていて、それを知ろうとしない自分が悪いのかもしれないけれど。

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July 03, 2005

音楽のバトン

 珍獣さんから「MusicalBaton」を受け取りました。最近至るところで見かける流行のトラックバックのようです。

 それではいってみましょう。

Q1:コンピュータに入っている音楽ファイルの容量は?

 僕は、2台のノートパソコンを使っている。1台はマックのPowerBookで、もう一台はIBMのThinkPadだ。iPodなしの生活などもはや考えられず、iPodはトーゼンPowerBookのiTunesにつなげている。ThinkPadの方にもWindows版のiTunesが入れてある。iPodを初めて買った当初は、マックとWindowsマシンのiTunes間でデータのやりとりをやろうと思ったのであるが、さすがにこれができると音楽業界から色々マズイことを言われそうなので、できないようになっているようだ。

 それはともかく、音楽データの容量であるが、今ちょっと確認してみたら、PowerBookの方は34.84GBで、ThinkPadの方は3.84GBであった。ThinkPadの方のファイルはPowerBookの方と重複しているので、結局約34Gということになる。34Gもあるのか!!PowerBookの内蔵ディスクの大半を占めているではないか。

 自宅の音楽CDのほとんどすべてと、レンタルで借りてくる音楽CDもことごとくiTunesに入れてしまっているので、いつの間にかこんなサイズになってしまった。これだけあると、もはやなんという曲が自分のiPodには入っているのか自分でもわからず、クルクルとホイールの操作をしていて、おや、これはどんな曲だったろうとか、こんな音楽CDも入れていたのかと新しい発見をすることがしばしばある。


Q2:今聴いている曲は?

 今、エンヤの曲をえんえんと流しながら、これを書いている。iPodをiPod専用の外部スピーカーにつないで聴いている。iPodでカテゴリーをアーティストにしてエンヤを選択すると、蓄積してあるエンヤの曲全部が該当して、これを端から流していくことができるので、複数の音楽CDを一度に聴くことができる。


Q3:最後に買ったCDは?

 先日、喜多郎の『四国八十八ヶ所』を買った。この中の「飛天」という曲が、以前の曲のスローバージョンでたいへんいい。思えば、喜多郎の音楽を聴いて、中央アジアの旅に出かけた時からずいぶん月日がたってしまった。


Q4:よく聴く、または特別な思い入れのある5曲

 思い入れがある曲なんて5曲ではとても足りない。以下は、曲というより音楽CDのアルバムで述べてみます。これも5枚ではとうてい足りないけど。

(1)CONTITI『Devonian Boys』

 ご存じ地球一番快適音楽と呼ばれているCONTITI。仕事で煮詰まっている時も、さして仕事がなくヒマな時も、通勤電車の中ではたいていCONTITIを聴いている。CONTITIの音楽を聴くから、朝、会社へ行く気になるようなものである。CONTITIの音楽があって良かった。CONTITIのアルバムはどれも良いが、1枚と言えばこれかな。


(2)EPO『WICA』

 EPOは初期の頃はそうでもなかったのだが、このアルバムからアコースティックな音楽と透明なヴォーカルだけというシンプルになった。同じ雰囲気の『voice of OOPART』も良くて、この2枚がEPOのお気に入りのアルバム。


(3)YMO『テクノデリック』

 80年代に青春時代を送った者なら、もはや説明不要の伝説的バンドの名アルバム。日本のポップミュージックで世界に影響を与えたのは、今日至るまでYMOだたひとつである。ユキヒロさんのテイストが強い『BGM』もいいが、あえて1枚選ぶのならば、細野さんの気配が濃厚なこのアルバムであろう。

(4)中島みゆき『臨月』

 中島みゆきの数ある初期の名盤の中で一押しがコレ。中島みゆきについて書いていくと長くなるので、ここでは省略。


(5)dip in the pool『Retinae』

 dip in the poolはモデルである甲田益也子がヴォーカルを担当し、木村達治がサウンドを担当していたデュオの音楽ユニット。今はもう解散してしまったのだが、今でも十分通用するクオリティの高さがある。甲田さんの声が、もはや天使の声と言っていいほどのピュアな声。静かさと透明感のある女性ヴォーカルというのは、今の時代ではめずらしくないが、dip in the poolはその音楽センスもその時代の音楽を越えていた。


Q5:バトンを渡す人は?

 必ず次の人に回さなくてはならないというものでもないと思うが、そこはまーそうなのかということで、5人ではなく1人ということで、それではrobitaさんのおゆずりを受けまして、naomiさんにポン

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