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June 15, 2005

過去の体験談が「退屈」なのはあたりまえである

 青山学院高等部の入学試験の英語の科目で、ひめゆり学徒の体験談を退屈で飽きてしまった感想を持ったという内容の英文が試験問題として出題されたという。

 ネットでこの試験問題が読めるので、僕も読んでみた。実際に読んでみると、この文章の内容は、報道されているものとイメージがだいぶ違う。確かに"it was boring for me and I got tired of her story."と書いてある。しかしながら、この英文の意図は、ひめゆり学徒の体験がつまらないということを主張したいのではなく、コトバによって語られる戦争体験を、戦争を体験したことがない世代は、いかに理解をすればよいのかということを問いかけている内容であった。特に興味深いのは、この文章の中で、ひめゆり学徒の話を聴く前に、防空壕の中に入ったことが書いてあり、そこではガイドがあまり多く語らず、自分たちは真っ暗な洞窟の中にいたという体験を通して、戦争中の防空壕の中に避難して生き延びてきた人々のことを感じる出来事があって、次にひめゆり学徒の話を聴いて、「退屈だった」という感想を持ったということである。体験というのは、コトバではない。しかしながら、戦争体験はコトバを通して理解するしかない。では、体験をいかに理解すれば良いのかということをこの文章は述べている。とりたてて、悪い内容ではないなと思った。

 しかしながら、そうは思いながらも、それでもどこかに抵抗感があった。なにかおかしいと思った。そこで、これが物議を呼んでいる入試英文ではなく、例えば、この文章が仮に目の前にポンとあったとして、これを読んで、近現代史に多少の関心がある者としての自分はどう考えるだろうかと考えてみた。

 すると、どうもよくわからんなということに気がついた。なにがわからんのか。この文章から、「ではどうすればいいのか」ということが、少しもわからないのである。上記のような問題提起はそれはそれでいい、では作者は何を結論としているのか、それがわからないのだ。その意味では、僕はこの文章を読んで、"it was boring for me and I got tired of his story."であった。元ひめゆり学徒の人が語った内容が「退屈だった」と感じたのは、それはそれでいい。しかし、それではどうせよというのか。子供たちが理解しやすく話すべきであったと言うのだろうか。

 もちろん、人の興味と関心は多種多様であり、なにをもって「おもしろい」と感じ、なにをもって「退屈だ」と感じることは自由である。ましてや、元ひめゆり学徒の話は60年前の出来事の話である。「退屈だ」と感じるのは、当然のことであろう。戦争の体験談、それも勝った戦いではなく、一方的にこちらが殺戮されるままであった戦争の体験談が、そもそも「おもしろい」わけがない。

 さらに言えば、戦争体験者は、自己の体験を「おもしろく」話そうと思って話しているわけではない。他人様に話しを聴いてもらう以上、人が聴いてわかりやすいように話すべきだという意見もあるかもしれないが、それも程度の問題であろう。戦争体験者は、表現者ではない。弁士でも、落語家でも、ラジオのパーソナリティーでもなければ、会議やセミナーでプレゼンをやっているわけでもないのである。例えば、この元学徒の人がうちなーぐち(沖縄の言葉)で話をしたというのならば、内地の人は理解することはできないであろう。しかし、そうしたことでもない。

 つまり、「おもしろい」「おもしろくない」の価値基準の区分で言えば、過去の出来事の体験者の話など「おもしろくない」「退屈だ」ということになるのは当然ではないかと思う。むしろ、過去の話が、おもしろおかしい話や感動的な話であった場合、なんかウソがあるか、美化していると疑うべきであろう。だから、NHKの『プロジェクトX』などは、かなりマユツバもんである。あれは、フィクションだと思っていい。

 しかしながら、過去の歴史に眼を向けるということは、むしろそうした一見「つまらなく」て、「凡庸」で、「おもしろくなく」て、「退屈」である物事の中に、意味があるもの、価値があるものを見出すということなのだ。それを可能にするのが、知識と想像力であろう。実際のところ、僕はこの試験問題を読んで、この沖縄旅行で歴史の教師は一体何をやっていたのかと思った。元ひめゆり学徒の話を「退屈だ」と子供たちが感じるのは当然のことであり、子供たちがそう感じて、それでオワリなのではなく、歴史に対して考える力を子供たちが身につけるようにするのが、歴史の教師の努めではないのだろうか。(もちろん、教育の現場では、なかなか理想論ではできないことはわかるが)

 この試験問題に対して、元ひめゆり学徒側が「亡くなった同窓生たちに大変失礼だと思う」と述べているというが、そういう問題でもないと思う。そうした問題になってしまうのならば、それでもいい。しかし、それで終わってしまうのならば、次の世代への戦争体験の記憶の風化は避けることはできないであろう。結局、この英文の作者と沖縄の元ひめゆり学徒側の間に、本来あるべきはずの、戦争体験はいかに伝承されうるのかという観点がすっぽりと抜けている。それは、歴史の教育に関わる者が応えるべきものなのである。

 試験問題そのものとしては、この英文の後の選択肢問題は、試験の問題として適切なのだろうかと思うところがいくつかあった。こうした試験問題というのは、作る側のたいへんさは良くわかっているつもりであるし、試験問題での解答の仕方には、一般的な常識よりも、ある種のコツのようなものがあるということは、自分でもよく知っているつもりであるが、そうであっても、これら問題は、なにか政治的意図があるのかと思わざるを得ないような選択肢だと思う。

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Comments

真魚さん、こんにちわ。
これはなかなか興味深い問題ですね。
試験問題として妥当かどうかの話は別にして、
「重要なことだから伝えなければならない。でも冗長な退屈話では誰も聞いてくれない。」

偶然、私も同様のこと書いたのでトラックバックします。

ごぶさたしております。私も感じたことをトラックバックで書いてみました。

川向こうさん、こちらこそ、ごぶさたしております。

えーと、TBを頂いた川向こうさんのブログにコメントを書こうとしたのですが、なぜか投稿できないので(操作が正しくないのだと思います)ここで書きます。

TBありがとうございました。
今の世の中は、大学の授業ですら「わかりやすいもの」でなくてはならない程、なんでもかんでも「わかりやすくならねばならない」という感じになっています。その中で戦争体験を語る老婆の話を退屈だと感じることは、ある意味で正直だと思います。しかしながら、退屈な話の中に意味を見出すことは必要ですし、世の中には、本当に退屈なだけで意味もなにもない話はあります。学ぶということは、それを見分ける力を身につけるということですね。

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