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June 28, 2005

漆原友紀『蟲師』を読む

 例によって、何気なくふらりと入った神田神保町のマンガ専門店の高岡書店で、漆原友紀の『蟲師』第6巻を発見。これは買わねばと思って、買う。第1巻を読んだ時から、漆原友紀の『蟲師』はいいと思ってきた。

 「蟲(むし)」とはなにか。『蟲師』第1巻には、こう書いてある。

「およそ遠しとされしもの 下等で奇怪 見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達 それら異形の一群を ヒトは古くから畏れを含み いつしか総じて『蟲(むし)』と呼んだ」

 動物でも植物でもない。原生生物や粘菌類とも違う。いのちの源が形になったような、生命と非生命の間、現世と常世の境にあるような朧げな「いきもの」たちのことを、この物語では「蟲」と呼んでいる。大多数の人々は、蟲を見ることはなく、蟲に関わることもなく暮らしている。蟲もまた人に関わることなく、別の世界にいる。しかしながら、時折、蟲に関わってしまう人もいて、そのために起こる病気を治す蟲師という職能の人がいる。『蟲師』は、蟲師であるギンコが旅の中で出会う様々な出来事の物語である。

 ここでいうこの治すということは、近代医学のように病原体を撲滅させて治すのではない。「蟲」と「人」の間で起きた出来事の因果関係を解きほぐし、「蟲」と「人」をあるべき姿に戻すということである。蟲師は、「蟲」と「人」の間をつなぐ境界人なのであると言えるだろう。この世界観は、日本に古くからある「カミ」と「人」、「霊」と「人」、「自然」と「人」の世界観に通じるものがある。時代背景は、江戸時代が終わって明治の頃のようなのであるが、具体的に特定されているわけではない。風景描写に、ほっとするような懐かしい雰囲気がある。

 柳田國男の『遠野物語』の序に、「願わくはこれを語りて平地人を戦慄せしめよ。」という有名が一文がある。『蟲師』も『遠野物語』のような民話伝承の物語の系譜を継ぐ作品であると思うが、この短編物語集にあるのは、戦慄というよりも「蟲」に対する怖さの向こうにある、いのちの奥行きの深さと静謐であろう。生きとし生けるものの連鎖の中に、人もまたいる。

 蟲は淡くて、脆くて、儚い。人の命や想いも、またそうしたものである。ギンコは、一見ニヒルに構えているようで、実は心細やかに蟲の病に患った人の病と心を治していく。ギンコには、蟲も人も共に生けるものとしての悲しみを感じる心と優しさがあるのだと思う。それはギンコもまた幼少の時に、蟲と出会い、蟲と関わったことで片目を失った人であったからなのかもしれない。片目を失うことで、ギンコは人が見えないものを見ることができるようになる。そのことは、蟲でもなく人でもない者になることであったのかもしれない。しかし、ギンコはそれをどう思うこともなく、淡々と旅を続けていく。彼は、蟲の世界から人の世界への語り部でもあるのだ。

 第6巻も読み終わった後、心に余韻が残るようないい作品ばかりであった。「野末の宴」という話の最後で、「蟲とは?」という問いに対して、ギンコは「まあ・・・世を構成しているものの一部さね。それ以上でも。それ以下でもない。」と答える。

 「人は、なぜ生きているのだろう」という問いは、「いきもの」に対する不遜な問いなのかもしれない。

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Comments

トラバありがとうございました。
こちらからも送らせていただきました。
私もこの蟲師、たいへん気に入りました。
現代の説話文学として貴重な存在ですね。
まだ6巻は読んでいません。さっそく買ってみます。
では、また。

唐突にTBを送ってしまい、申し訳ありません。

まさに説話文学ですね。『日本霊異記』か『今昔物語集』か『宇治拾遺物語』ぽさがありまね。あれらほど、仏教臭くはないですけど。『蟲師』は、読むといつも「いのち」の不思議さを感じます。

真魚さん、おはようございます。

この記事と関係のないTB&コメントで、失礼します。
やっと書けましたので、
お言葉に甘えて、「MusicalBaton」を貼付けさせて頂きます。

珍獣さん、こんばんわ。

ようやく書けました。遅くなりまして申し訳ありません。
また土日もなく働く日々です。じっと手を見ております。
じぃーーー。

真魚さん、こんばんわ。
休日返上、お疲れ様です。
お忙しいところありがとうございました。

>じっと手を見ております

どんな人生が刻み込まれていることでしょう(笑)

珍獣さん、こんばんわ


>>どんな人生が刻み込まれていることでしょう(笑)

30近くまで書生をやっていて、今でも気分は書生のままの手です。(笑)

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