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April 03, 2005

「中央公論」の4月号を読んで

 前回、「現代思想」での原武史氏の天皇制についての評論について書いた。昨日、所用で渋谷へ行ったので、じゃあついでにブックワーストに寄ってくるかなと行ってみた。そういえば「ユリイカ」の今月号はブログ特集だったなと思い、総合雑誌の棚へ足を向けてみると、「中央公論」の今月号が学力崩壊についての特集であるというのが目に入った。ふーん、なるほどと手にとってページをパラパラめくってみると、なんと原武史氏の対談が載っているではないか。原先生が「宮中祭祀」について語っているじゃあないですか。うーむ、知らんかった。というわけで、さっそく買って読んでみた。

 この対談の内容を一言で言えば、女性天皇を認めるのは良いが、「宮中祭祀」の問題があるということである。「宮中祭祀」とは、天皇家の行事である。この儀式の中には、大嘗祭や新嘗祭のような大和時代からの儀式もあるが、朝廷儀式が今日のような姿になったのは孝明天皇(この次の天皇が明治帝である)の祖父の光格天皇からであり、以後今日に至るまで男性の天皇が中心に祭祀を行ってきた。そもそも、この「宮中祭祀」を規定している皇室祭祀令は、1908年(なんと明治41年なのだ!)に公布されている。この法令は、日本国憲法が施行された1947年に廃止されているが、実際のところ今日に至るまで、この皇室祭祀令に従って宮中祭祀が行われている。

 近代天皇制での天皇には、基本的に次の2つの役割がある。ひとつは、「外」の役割。国内や外国の式典に出席し、マスコミを通して人々の前に姿を現す、まさに日本国民の象徴として天皇である。もうひとつは、「内」の役割。国家神道の祭司として天皇である。皇祖皇宗に向かって国民の平和と繁栄、あるいは五穀の豊饒を祈る。この「内」としての天皇は、皇居の中の宮中三殿で行われ、この場所は非公開になっている。この祭祀には、女性は出席できない祭祀がある。また、女性は妊娠中や生理中は宮中三殿には上がれない。つまりどうも、天皇家の「外」には、西暦(キリスト教暦)で言えば、21世紀の時間が流れているのだが、天皇家の「内」は18世紀で停止しているようだ。

 今、一般国民は「外」の天皇しか意識していない。当然のことながら、「内」の天皇は(天皇とは、そうしたものなのであろうということは国民は理解してはいるが)あまり知られていない。あまり知られていないままで、今の男女同権の世の中なのだから、女性天皇があったっておかしくないと考えている。とにかく皇統を絶やしてはマズイなということで、女性天皇があっても良しとしている。しかしそれは、近代天皇制とは、上記の「外」と「内」のワンセットで成り立ってきたという事実を見ていない。

 この「見ていない」というのは、つまり、それほど現天皇夫妻は、見事にその役割を努めているということなのであろう。民間出身の現皇后はたいへん聡明な方であり、天皇家のこの「外」と「内」の役割を理解し、「宮中祭祀」ついて非常に熱心に勉強されたという。この皇后が自ら作ってきたものを、自分と同じ民間出身の次の皇后に伝えたいと思うは当然のことであろう。ところが、かたや「外交をやりに行ってきます」と言って、天皇家に嫁いできた皇太子妃は最初からそのような意識は持っていなかったものと思われる。いわば、現皇后は、天皇家の守るべきものを自ら率先して守ろうという考えをもって天皇家に来たのに対して、皇太子妃は、天皇家は時代に合わせて変わるべきであるという考えを持って天皇家に来たのであった。

 もちろん、女性天皇があってもおかしくはない。しかし、その場合は、1947年に廃止されていながら、「なぜか」(この「なぜか」が重要だ)21世紀の今日に至るまで連綿と続けられてきた皇室祭祀令を大幅に修正する必要がある。あるいは、そもそも「宮中祭祀」をなくすということもありうるのではないか。ここに、皇太子の「時代に即した公務の内容を考えていく必要がある」という発言の意味がある。こうした皇太子妃を選んだ皇太子自身が、親の現天皇夫妻とは別の天皇家のあり方を考えていたことが十分理解できる。

 この皇太子の言葉に応えることは、宮内庁の範囲では対処できないであろう。宮内庁はそもそも役所であって、役所とは決まったことを、決まったように行っていくのが仕事である。皇太子がこう言っても、規則ではこうなっていますとしか答えようがないであろう。では、どこが対応すべきことなのか、というところで話は暗礁に乗り上げる。どこにも対応すべき場がないのだ。そして、上記のような本質的な議論がなされないまま、なんとなく女性天皇オッケーになって、皇太子が言ったことは誰も聞かなかったことにしよう、宮内庁が悪いつーことにしようとしていないだろうか。そして、世間的には、皇太子妃はひきこもっていないで早く仕事しろみたいな声が飛び交う。

 原氏によると、昨日ここでも書いたように、天皇家が「宮中祭祀」にこだわるようになったのは、貞明皇后とその女官長島津ハルの時代からである。この時代、宮中には国家神道とカルト神道信仰が融合していた。「神ながらの道」を極めれば皇祖神アマテラスになれるとし、「神を敬わなければ必ず神罰あるべし」と子の昭和天皇に絶えず言い続けていた貞明皇后の「意思」のようなものが平成の今でも生きている。この「意思」は昭和の香淳皇后に移り、平成の現皇后にもそれがある。今の皇太子妃が直面しているのは、この「意思」なのである。

 では、その「意思」は、現代の日本国民が求めているものなのだろうか。もしかりに、皇太子妃は現皇后の生き方を受け継がなくてはならない、受け継ぐべきであるとするのならば、なぜ「宮中祭祀」がこのような姿で今日もあり続けているのかという皇太子の疑問に答えるべきであろう。皇太子妃は長野への家族旅行には行ったが、もはや公務のほとんどに出席していない。これはもう皇太子は、祭司に皇太子妃が出席する必要はないと考えているのではないか。それは、常に2人で祭司を行ってきた現天皇夫妻に対する最大限の抵抗と言えるかもしれない、という対談の最後での原氏の意見は考えさせられる。

 皇太子夫妻は、われわれ日本人が本当に守るべきものはなにか、本当に変えるべきものはなんであるのかということを問いかけている。そして、さらに極端に言えば、神がかっていた貞明皇后と島津ハルの「意思」は残り、その「意思」の受け入れを拒む皇太子妃の「意思」は、なぜわがままとされ潰されるのかということを問いかけているのである。

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Comments

皇太子妃と宮中祭祀に関する記事を読みました。わが国は2000年以上にわたる天皇家の元で国民がそれを模範として生きてきた国だと思います。大嘗祭などの宮中祭祀は1908年以前には行われていなかったのでしょうか?2000年以上に及ぶ天皇家の歴史の中で続けられてきた伝統があるとすれば、それは大変重みの有るものだと思います。そのような伝統をこの時代に生きる我々が断ち切ってよいものか?と私は考えます。世界の歴史上priestkingと呼ばれる存在はごく稀であり、日本の天皇はそれに当たっていたのでしょう。そもそも、日本が一つの神社とした場合の神官のような存在と言って良いのではないでしょうか?戦後、天皇は人間宣言をされ、神道は国民の意思から遠ざけられました。しかし、神を求める気持ちは今も根強く、やむを得ず、創価学会やオウムなどの危険な宗教に吸収されてしまった国民も多かったのではないでしょうか。私たちは、今でもお正月や願い事があるときに神社の神に祈ることが多いですが、この神道に対する一種のねじれが現代の皇室にも陰をおよぼしているのではないでしょうか。

Posted by: m2 | April 10, 2005 at 09:32 AM

天皇の即位にともなう祭祀として大嘗祭が行われるようになったのは、7世紀の天武天皇の時からとされています。室町時代に断絶しますが、18世紀の桜町天皇以後復興して現代に至っています。宮中祭祀は実質的に宗教儀礼そのものであり、天皇は神道の祭司でもあります。ただ、明治以後の天皇制は政府が作った国家神道になってしまい、天皇本来でなくなっているところがあると思います。歴史的に見ますと、天皇は神道の祭司であるだけではなく、仏門の僧でもあった天皇が数多くいました。

つまり、天皇というのは、近代の天皇制が日本国民に見せているものよりも、もっと深くて大きな内容を含んでいます。歴代の天皇の中には、実に多様な天皇がいました。出家した僧であり優れた文化人であった後白河天皇や、歌人でもあった後鳥羽天皇や、あるいは密教の真言立川流に異常な関心をよせた後醍醐天皇など、実に多彩で自由です。むしろ神道以上に、天皇は仏教や芸能と深く関わってきました。そうした天皇本来の多様さを国家体制の象徴としてしか持ちえなかった明治以後の日本が、平成の今でもなお皇室をひとつの型にはめようとしているのではないかと思います。その反動として、今の皇太子夫妻の意思があるのではないかと思います。

Posted by: 真魚 | April 13, 2005 at 01:16 AM

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Tracked on May 21, 2005 at 10:36 PM

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