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April 02, 2005

「現代思想」の3月号を読んで

 「現代思想」の3月号は、松本清張の特集であった。松本清張というと、米倉涼子の『黒革の手帳』じゃあなくて、どちらかというと『砂の器』の、それも好みとしては1974年の丹波哲郎主演の映画の方が好きなのだけど、そうした話ではなくて、松本清張の最後の作品は天皇制についての小説であったということについて考えてみたい。

 この特集の中で、その最後の小説『神々の乱心』ついて書いた日本近代思想史家の原武史氏の「『神々の乱心』の謎を解く」は特にたいへん興味深かった。この『神々の乱心』とは、舞台は昭和初期、ある新興宗教が宮中に入り込み、その教祖が三種の神器を奪い自らが天皇に成り代わろうという野望の物語だ。こんな話は、絶対にどの局もテレビ化はしないだろうなあ。原氏は、この小説は昭和初期に宮中であった出来事を踏まえて書かれているという。

 昭和初期の時代は、神道関係の新興宗教が多かったのではないかと思う。大きな勢力を持った宗教団体であったのが大本教である。大本教以外にも、様々な新興宗教があった。この時代は、軍事一色と思いきや、意外と数多くの新興宗教の教団や右翼や左翼の政治組織や活動があり、活発に活動を行っていた。その中で、神道系新興宗教が当時の皇居の中にも影響を及ぼしたのが島津事件である。宮中の元女官長であった島津ハルが、神道系カルト教団の神政龍神会に入信する。この神政龍神会は、やがて伊勢神宮の鏡は偽物であり、熱田神宮の剣も皇位継承のものでないと主張するようになる。島津ハルも、昭和天皇は早晩崩御すると預言するようになる。彼らは、不敬罪で逮捕された。宮中を辞めていたとはいえ、元女官長がカルト教団に入信していたことは、いかにこの時代、新興宗教が人心を掴んでいたかということがわかる。

 もうひとつ興味深い点は、昭和天皇とその母親の貞明皇太后との対立的な関係である。昭和天皇は、その皇太子時代の1921年に、半年にわたってヨーロッパ旅行を行った。この西欧行きに反対したのが、母の貞明皇后である。貞明皇后は、皇太子が西欧文化の影響を受けることを危惧した。昭和天皇は、その若き日においてモダニストであった。西欧から帰国したこのモダンな皇太子は、宮中の旧態依然とした制度の改革に着手する。後宮の女官制度を一新し、高級女官は住み込みではなく、通勤制にしようとしたという。当然、側近の老人たちは反対した。時の宮内大臣牧野伸顕は難色を示す。牧野は、宮中祭祀における高等女官の役割は重要であり、通勤制ではできないことを皇太子に説く。ところが、このリベラルな皇太子は承服せず。さらには皇室にとって重要な儀式である新嘗祭を休んで、四国へ旅行に出かけてしまったという。これを知った皇后は、皇太子は西洋風の習慣に影響されてしまい、宮中祭祀をないがしろにしていると思うようになる。

 元々、貞明皇后は夫の大正天皇が引退せざる得なくなったのは、大正天皇が祭祀に熱心ではなかったため神罰が下ったのだという後悔の念を持っていたという。貞明皇后は、自ら神道を学び、「神ながらの道」という思想の影響を受けていた。そして、自分もまた「神ながらの道」を極めれば、皇祖神アマテラス(アマテラスは女性神である)のようになれるのではないかと思っていたという。後に昭和になり、皇太子は昭和天皇になり、貞明皇后は皇太后になるが、貞明皇太后は常に昭和天皇に「神を敬わねば神罰が下る」と教え諭していたという。昭和天皇は、祭祀を熱心にやらざるをえなかった。島津事件で逮捕された島津ハルは、貞明皇后から厚い信頼を得ていた。そして、島津ハルも貞明皇后も国家神道としての神道ではなく、宗教としての神道を信仰していた。つまり、昭和初期の宮中には宗教としての神道が入ってきていたのである。昭和天皇が改革をしようと試みた皇室は、そうした場所であった。

 時代は変わり、1960年代に、侍従であった入江相政は、昭和天皇の高齢を配慮し、祭祀の負担を軽くすることを考えた。昭和天皇はこれを了承する。ところがここに反対者が出てくる。貞明皇后の代から仕え、香淳皇后からの信頼が強かった女官の金城誼子である。この女官が祭祀の軽減に猛反対する。入江相政は、この女官を「魔女」と呼んでいたという。金城は異常なほど神道を信仰し、あまりにも神道儀式へのこだわりが強かった。常識人である入江から見れば、金城は時代錯誤的な神懸かりに見えたのであろう。一人の女官が反対しているだけであるのならば、話はこれでオワリになるが、金城誼子は香淳皇后の気に入りの女官なのであった。ここで、香淳皇后は義母である貞明皇后と同じ存在になる。香淳皇后が祭祀の簡素化に断固反対するのである。入江によると、宮中にクーラーを入れようとした時、昭和天皇からは許しを得るが、これに反対したのも香淳皇后であったという。皇后は「賢所に釘を打ってはいけません。夏の暑さぐらいお耐えになれないお方ではいけない」と言われたという。金城誼子は、「真の道」という宗教団体の信者であった。これも昭和初期の島津ハルと重なる。

 しかしながら、入江は香淳皇后の祭祀簡素化の反対を押し切り、さらに女官の金城誼子を罷免する。金城を失った香淳皇后は悲しみに沈み、痴呆が進行していった。これを見た昭和天皇は動揺する。そして、宮中祭祀の簡略化を一度は承認したが、昭和天皇はその考えを改め、新嘗祭だけは最後の歳の前年まで自ら行ったという。父大正天皇が祭祀をおろそかにしたために、精神を病んだのだとかたく信じていた母貞明皇后の影がここにある。

 それでは、現天皇ではどうであろうか。原武史は、現天皇は昭和天皇よりも熱心に祭祀を行っていると書いている。なにしろ、現天皇は古稀を過ぎても一向に祭祀を休まれないのである。原武史は「そこには現天皇よりも現皇后の意向が反映しているのではないか」と書いている。現天皇は前立腺ガンが見つかった翌月にあたる2003年1月から5月まで祭祀を休むが、この間、現皇后はすべて出席している。ここにも、かつて貞明皇后が祭祀をおろそかにしたため夫に神罰が下ったと思った姿を見るのは考えすぎであろうか。大正、昭和、平成とすべて重なっていないだろうか。

 原武史はこう書いている。

「皇室内部の確執は昭和初期からずっとあり、それは必ず宮中祭祀をめぐっての半ば宗教対立に発展する」そして、この観点から現在の皇室を見た時、「宮中祭祀に非常に熱心な現天皇夫妻と、そうでない皇太子妃の対立があるように見える」と書いている。

「一方、皇太子妃はそもそも祭祀という宮中のしきたりになじめていないのではないか。新嘗祭には謹慎しなければならず、生理中は「マケ」といって宮中三殿にも上がれないような、女性を不浄なものと見なす価値観に嫌気がさしているのではないか。昨年の皇太子の「人格否定発言」も、このような皇太子妃の意向に引っ張られている印象を受けます。つまり、天皇、皇太子ともに、パートナーに影響されているように見えるのです。」

 皇太子妃側にもいろいろ問題はあるだろうが、嫁いだ先は上記のような場所であった。ここまで最初からわかっていたとは思えない。おそらく、今の皇太子夫妻の心情を理解できるのは祖父昭和天皇であろう。昭和天皇もまた若き日に西欧を旅し、その文化に学び、日本の天皇制を改革しようと試みた。その昭和天皇ですら、昭和という時代の中で、母貞明皇太后と妻香淳皇后と共に生きていかざるを得なかった。今の皇太子夫妻が直面しているものは、天皇制という今だかつて解かれていない最大の問題なのである。

 皇太子妃の意思は、近代天皇制に対してのかなり根源的な問いかけであって、それは皇太子が現天皇と「意思疎通をさらにおはかりいただ」ければ、それで済むものではないように思われる。意思疎通をはかれというのは、これまで通りの皇室を受け入れろと言っているのではないか。今の皇室問題は、日本人にとってかなり深くて大きな問題なのであるように思う。

 このように「現代思想」の原武史の評論文を読んで、天皇と皇后、カルト神道信仰、宮中祭祀をめぐる対立、今の皇室問題など、数多くのことを考えさせられた。『神々の乱心』もこれから読もうと思う。

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Comments

王室・皇室が伝統を守りながら、新しい時代に適応するのはどの国でも問題のようです。そういえば英王室は皇太子の結婚をめぐってどのように動くのでしょうか?
王室・皇室のあり方に政治的な意味があるのは日本とアラブ諸国だと思います。日本は神道ファシズムをどう一掃するか?そしてアラブの王制は・・・現在、世界で最も熱い問題=民主化をどうするか(王制でない国もそうですが)?

そう考えると、日本国民でなくても大いに関心を持てる問題だと思います。

Posted by: 舎 亜歴 | April 02, 2005 at 05:52 PM

「中央公論」4月号に、英国メディアから見た日本の皇室問題についてのインタビュー記事も載っていました。英国は基本的に、王室は王室、政治は政治と分離していますので、王室の話は王室の話として考えることができます。

日本は、皇室の話であっても、どこか日本の政治や社会とつながるところがあります。欧米の基準から見れば、日本は社会全体がプレ近代で、科学技術だけが異常に発達し、大きな経済力を持っているという社会です。一面で欧米的な姿をしていて、もう一面では古代から続いているものがあるということは世界から注目されています。

Posted by: 真魚 | April 04, 2005 at 12:34 AM

真魚さん、TBありがとうございます。
あした、3日の記事もいっしょにゆっくり読ませていただきます。

Posted by: robita | April 04, 2005 at 06:00 PM

昨日、岩波新書の古典的(?)名著『天皇の祭祀』を購入して参りました。この分野の重鎮村上重良の著書です。これから読もうと思っています。皇室の祭祀の崩壊問題と、先ごろアメリカで売上NO.1をとった日本の少女マンガ『フルーツバスケット』あるいは萩尾望都の『バルバラ異界』等に現われた、家族崩壊問題の間の深層のつながりを解き明かしたい、というのが私の野心です。

Posted by: natunohi69 | May 09, 2005 at 05:42 AM

コメントありがとうございます。

『天皇の祭祀』はおもしろそうですね。僕も読んでみようと思います。白水社は「花とゆめ」より「LaLa」の方が好きなのですが、ということはどうでもよくて(笑)、『フルーツバスケット』はそうですか、アメリカで売れていますか。アメリカのそっち方面の友人に評価を聞いてみます。

祭祀というものは、バラバラのものをひとつに統合する象徴力を持っています。結局、今の時代は、この象徴力が形骸化してしまったのではないかと思います。こうなると過去の歴史では、新しい神話のようなものが生まれて、象徴性の死と復活が(これもまた象徴的に)行われるわけですが、今の時代は「神話」そのものが成り立たなくなってきています。

今の皇室問題は結構重要なことで、家族の崩壊もそうですし、今回の尼崎市での列車事故にみられるように、従来あった「鉄道マンとはそういうものだ」ということが(それがいい悪いは別にして)根本的に通じない時代になってきています。ようするに、従来の社会規範に基づく会社組織もまた崩壊し始めています。その意味でも、天皇というのは日本社会の要みたいなものなのだなと思います。その要である天皇家に、本質的な大きな変化が内面で起きているのだと思います。女性天皇を認めればそれでいいみたいなことではなく、もっと深くて大きな問題があるというわけです。

Posted by: 真魚 | May 10, 2005 at 01:26 AM

ご参考までに。
http://disc.server.com/Indices/178150.html
アメリカ(?)というか世界の「フルバ」ファンのサイトです。

Posted by: natunohi69 | May 10, 2005 at 03:49 AM

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