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March 07, 2005

堤家の異母兄弟

 西武鉄道グループの前会長の堤義明氏が逮捕された。西武グループの創業者は、父親の堤康次郎である。堤康次郎は東急の五島慶太と並んで、昭和前期の代表的な事業家であり、その強引な土地商売で有名であった。なんとなく、コクドを見ていると「戦前の会社」的感じがする。このへん、堤康次郎の時代と変わっていないのだろうと思う。もともと、この「名義偽装株」の手法は、父親の堤康次郎が考案したものだったようだ。康次郎は、西武鉄道は堤家の財産であるとし、徹底的な一族支配を強いてきた。息子は、それを忠実に守ってきたのだと言えよう。それは、違法行為であったわけであるが。

 堤義明氏の逮捕について思うのは、その兄の堤清二氏である。康次郎は、百貨店事業(当時は、池袋駅前の百貨店1店だけだった)を次男清二に、土地と鉄道の事業を三男義明に渡した。清二氏は、もともと父親を批判していた。大学時代に共産党に入党し、積極的に文筆活動を行うが、後に共産党の内部抗争の中で党を離れる。父親には相続拒否をしたという。作家辻井喬の一連の小説作品には、父親への相克と愛憎が主題になっているものが多い。パルコの経営を実質的に任せていた増田通二が、渋谷でデザイン的な広告と「文化」戦略で成功し、池袋の西武百貨店では紀国憲一、田中一光らが中心になって美術館や出版社を作っていった。以後、セゾンは百貨店経営と文化活動を融合した事業を展開していく。堤清二氏自身もまた辻井喬というペンネームを詩を書き、小説を書く文化人であった。1980年代に清二氏の西武セゾングループが果たした文化的役割は、いくら強調してもしすぎることはない程、大きなものであったと思う。あの頃の池袋の西武百貨店は楽しかった。

 商売というものが、製品やサービスを提供するものであるのならば、まずライフスタイルやあるべき生活の理念を伝え、次にそのライフスタイルに必要なモノとしての製品やサービスを販売するというビジネスモデルは、80年代当時は衝撃的なことであったし、今でも通じるのではないかと思う。ただし、そうは言っても、あくまでも販売手段としての「文化」であるため限度はある。限度はあるが、だからと言って商売の目的は営利目的であり、儲かればそれで良いと言い切ってしまうと、精神の貧困さ以外のなにものももたらさないと思う。もちろん、だからといって、採算を度外視して、次の生産ができるはずがない。このへんのバランスをどう判断していくかであろう。

 義明氏の経営に対して、清二氏の経営の方が良かったと言うつもりはない。ブランド品に対抗するために「無印良品」を出したが、「無印良品」自体はまたブランドになってしまったと語る清二氏は、分裂していると言えば確かに分裂しているところがあった。セゾングループは、「生活総合産業」というビジョンを掲げ、事業の拡大・膨張に走っていったが、バブル期になにを間違ったのか父親と同じように土地の売買に手を染める。このためバブル崩壊後、リゾート地などの不動産開発を手掛けていた西洋環境開発が巨額の赤字経営になり、清二氏は私財100億円を出して精算し、自ら経営から身を引く。この時を境にして、経営者堤清二も、堤清二のセゾンも消えてなくなる。今日、セゾン美術館もWAVEもなくなってしまった。リブロポートもなくなってしまったし、リブロと一緒にあったアート専門のショップのアール・ヴィヴァンもなくなってしまった。消費社会に対して、あれほど批判的であった文化人堤清二氏が、なにゆえ不動産の売買に手を出したのかよくわからない。西武セゾンの強みは、土地という不動産ではなく、イメージやコンセプトといった「シンボリック」なものであったはずだ。セゾンが、セゾンらしからぬことをやった時、西武セゾンの文化事業は崩壊していったのである。

 5日、清二氏は、コクドの株式について、株の持ち分を確認する訴えを東京地裁に起こした。2月に、義明氏の実弟で元プリンスホテル社長の猶二氏が、コクド株の持ち分確認を求めて裁判を起こした時、清二氏は、コクドについて「独裁的に管理されてきた企業」であり、「経営者のモラルからみて重大な逸脱がある」という陳述書を裁判所に提出した。その陳述書では、「今回の西武鉄道とコクドが引き起こした事件は時代とともに変化する価値基準からみて社会に受け入れがたい事件であると同時に、経営者のモラルからみても重大な逸脱があります」また、「康次郎の残した事業の大きな部分がだれにも分割されないまま、公私混同の極端な事例として義明氏個人が牛耳っていたとすれば、社会正義の観点からも税の公平という点からもあいまいなまま封印していいとは考えられない」と批判している。清二氏にとって、コクドと異母兄弟義明氏を批判することは、すなわち父親康次郎を批判することなのだろう。

 義明氏は、父親の残したものを自ら変えることができなかった。世の社会通念や社会正義といったものよりも、父親の影に従うだけの人生であったのだろう。義明氏がそうであったからこそ、父親はこの息子を後継者にしたのだと思う。そして、堤義明のまるで合わせ鏡のような正反対の、康次郎へのアンチテーゼ的存在としての堤清二は、父親の亡き後の遙かな後年である今日に至っても、なおかつ父親を批判せざる得ない。この2人は、老年になった今日でも堤康次郎という巨大な父親の魂魄の中にいる。

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