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March 03, 2005

『終戦のローレライ』を読む その2

 現在、下巻の最後の方を読んでいる。読み終わった後での、全体を通して感想は別に書くとして、浅倉大佐がやろうとしたことについて考えてみたい。ちなみに、映画では浅倉大佐は堤真一が演じる。

 以下、ネタバレあり。

 浅倉は、ローレライ・システムをアメリカに渡し、その条件として、アメリカによる3発目の原爆投下の目標を小倉にではなく東京にしようとする。東京には、政府と軍部と、そして天皇がいるからだ。浅倉は、これらを日本から抹消しなくては、敗戦後の日本人の本当の独立はないのだと考える。なぜか。政府も軍部もポツダム宣言を前にして、天皇在権、国体護持のみにこだわるか、さもなければ徹底抗戦を唱えるだけで、誰も、この後の国のことを考えないからである。やむにやまれぬことからアメリカとの戦争になり、一億玉砕を唱えてきたが、陛下の御意志により終戦となったというストーリィーになり、ここに「責任」の2文字は存在しない。浅倉は、そうした政府や軍部の無能さや無責任さを糾弾する。つまり、このままでいくと、これほどの厖大な犠牲を出した戦争の総括もせず、誰も責任をとらないまま終戦となり、そのままで、日本人はアメリカの巨大な軍事力による占領を受けることになるのである。

 浅倉は語る。
「本来、個々人が持ち得ていた美徳や道徳観念を、義務として押しつけられた瞬間から、日本人は精神の豊かさを失った。我々は箍が外れ、米国の物量経済が真空地帯になだれ込んだら・・・・日本人は呆れるほど簡単に米国に尻尾を振るようになるだろう。指針を失った人心は形だけ真似た経済至上主義に飛びつき、まやかしの自由を謳って飢えを見たそうとする。そして、義務化された美徳や道徳観念は否定され、急速に人の心から消えていく。その先にあるものは・・・・復興に名を借りた欲望の暴走。狡猾、打算、成算。東洋の敗戦国を基地化し、植民地主義に変わる政治的支配の実験場として、ありとあらゆる試みを国家規模で押しつける勝者の傲慢。それを勝者の正義として受け入れる、敗者たる日本人の卑屈さ。」

 だから、浅倉は東京に原爆を落とし、腐った過去を断ち切ろうとする。
「神州など存在しない。現人神も存在しない。日本人の精神をぎりぎり支えてきた柱・・・幻想をこの手で打ち砕き、冷徹な現実を見据える目で己とはなにかを問いかけることだ。」「見つけられぬ者もいるだろう。あくまで幻にすがろうとする者もいるだろう。だが、そんな人間はこれからの先の日本、空前の精神的侵略に耐えなければならない日本にはもとより不要。真実の己を見出し、血と肉の通った美徳と道徳観念を取り出してこそ、日本民族は再興し得る。民族として尊厳をもって物量経済を御し、世界に比肩する国家になるんだ。」

 浅倉は、日本はアメリカに蹂躙される前に、国家の切腹をすべきだという。なるほど、いかにもという気がしないでもないが、一理ある考えであると思う。三島由紀夫の檄文にも通じるものがある考え方である。だから、原爆を落としていいとは思わないが、浅倉のこの考えを頭から否定することはできないであろう。もちろん、富野監督の映画『逆襲のシャア』の最後のシーンで、ネオ・ジオンの総帥のシャアがアクシズを地球に落とし、地球人類を粛正するということに対して、アムロが言った「革命はいつもインテリが始めるが、夢みたいな目標を持ってやるからいつも過激な事しかやらない」という名セリフは、ここでは浅倉大佐に向かって言うべき言葉であろう。

 実は、戦争が終わった直後の占領下の日本で、戦争責任問題はかなり深く論じられていた。丸山真男、大塚久雄、加藤周一、南原繁、共産党の徳田球一、宮本顕治、野坂参三らが、日本人の「主体性」や「戦争責任」について論じていた。いわゆる「天皇退位論」があったのが、この時期である。多少大げさに言えば、この時期、日本から天皇制がなくなってもおかしくもなんともない状況だった。それほど、日本人のナショナル・アイデンティティをめぐってラディカルな議論が1950年頃まで続いていた。しかしながら、その後、戦後思想は大きく変わり、平成の今、我々はそうした議論が過去になされていたことを知らない(学校の授業で、そんなこと習わないしぃ)。

 というわけで、『終戦のローレライ』の浅倉大佐の思想から、日本の戦後思想について書こうと思ったが、本日は、もはやそんな気力も体力ももうないのであった。あー、歳は取りたくない。

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