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January 2005

January 30, 2005

映画『火火』を見ました

 陶芸家神山清子の半生を描いた映画『火火』(ひび)を見た。僕は、陶芸についてはまったくの素人なのであるが、以前、この高橋伴明監督が連合赤軍事件を映画化した『光の雨』という作品を見ていて、印象に残る作品だったので関心があった。

 土曜日の29日、夕方5時頃に仕事をすばやく切り上げ新宿へ向かった。なにしろ、この映画は東京では銀座と新宿でしかやっていないのである。年末に見た『地球交響曲』という映画も、下高井戸のミニシアターへ行かなくては見れなかった。これは、ようするに、こうした映画は観客動員数をかせげないと映画館側が判断しているとしか思えない。しかし、陶芸という一般的な知名度ではマイナーな分野だとは言え、これはあまりにも少ないのではないか。さて、新宿に着いて、確か伊勢丹の向こうだったよなとまったく検討違いの場所へ行ってしまった。雨はぱらついているし、映画館の場所がわからないので、もう今夜は見るのをやめようかと思い、ケータイのIモードで検索できるかなとやってみたら、前に『東京原発』を見た映画館だったと思い出した(これもいい映画であったが、なぜかこの映画館でしか上映しなかった)。それならこっちではないかとすぐにわかった。そんなこんなで、なんとか上映時間前に新宿武蔵野館へたどり着いた。

 さっそくチケットを買うと、チケットは整理券にもなっていて、おそらくこの回の入場者の順番の番号であろうと思われる番号が、そこにナンバーリングされていた。なんと、9番なのである。この上映直前の時間で、だ。いくら土曜日の最終上映回とはいえ、いいのかこんな人数で。今し方歩いてきた新宿の繁華街では、土曜日の夜を楽しもうという数多くの人々がいたのであるが、この映画を見ようというのは、この人数しかいないのか。これはもう、日本映画の将来は決まったようなもんだなと思った。

 映画の前半は、夫が弟子の若い愛人と出奔していくシーンから始まる。残された神山清子は、2人の子供を女手一つで育て上げようと決意する。そのためにも、夢である古代穴窯での信楽自然釉を完成させようと執念を燃やす。以前、清子は穴窯の近くの場所で昔の陶磁器の破片を見つけた。その表面に光沢があった。現代の陶磁器で同じようにしようとすると、釉薬を掛けなくてはならないようだ。しかし、昔の人はそうした釉薬を掛けることなく、自然の土と焼き方で表面の光沢を出していたのである。そのことを知った時から、自然釉による陶磁器を作ることが清子の夢であった。ところが、女性が穴窯を持つことことなど前例がないということで、組合(のようなものか?)から出てくれと言われる。孤立した清子に、先輩の陶芸家(これを岸部一徳さんが演じていて、これがまた飄々とした演技でいい。)が生活できるようになにかと仕事を持ってきてくれる。

 極貧の生活である。米のとぎ汁を飲んで飢えをしのぎ、窯焼きの挑戦を繰り返す。焚きの温度が上がらず失敗したり、かろうじて焼き上がっても自然釉にはなっておらず、できた陶磁器を叩き壊す。何度も失意に落ち込むが、先輩の励ましに支えられ、それでも挑戦を続ける。この焼きあがった陶磁器を壊すシーンを見て、これは実験だなと僕は思った。少なくとも、これは工業製品の生産ではない。通常、モノを生産する場合、コストと回収と利益のことを考えるものだろう。そして、利益をさらなる生産へと投入することによって生産拡大をしていく。しかしながら、芸術の創作というのは、根本的にそうしたものではないということだ。とりあえず、清子は生活ができる収入を確保するための焼き物の注文仕事は行い、それ以外のすべてをこの創作行為に没頭する。しかし、これでは生活は豊かにはならないだろう。豊かにならなくたっていいというわけである。

 おもしろいのが再婚のお見合いのシーンで、再婚が決まりそうになるのだが、清子はさもお金がありそうな相手の人に、資産を全部子供に譲って無一文になってくださいと言うのだ。これに同意できる人は、そうざらにはいないだろう。案の定、この話はこれで終わる。後で、子供たちから、なぜ断ったのか、自分たちの将来を考えて欲しいと叱責される。このへん、まー、この人は貧乏でもいいから、陶芸を続けたかったのだと思う。豊かさよりも価値のあるものがある。自分の創りたい作品を創るということだ。そうした生活が数年続いた後、ついに自然釉のある陶磁器ができる。信楽自然釉は、陶芸界に新風を吹き込み、清子は日本全国で個展を開催し、女性陶芸家として成功するのである。借金がチャラになった時、喜んで借金チャラダンス(?)を踊る姿に笑ってしまった。

 ここでこの映画が終われば、女性陶芸家の挑戦と感動の物語であった、で終わるのだが、この物語はこれで終わらない。この映画の後半は、その数年後、白血病の病に倒れる息子との闘病生活である。田中裕子は女性陶芸家というよりも、一途で頑固で、しかし愛情の深い、いい母親を演じている。清子は、息子に対しても本音で向かい合う。息子に病名を告げ、打ちひしがれる姿に「闘う前から降参か!」と叱り、骨髄提供を呼びかけるテレビ出演を渋ると「なら、はよ死ね。みな楽になるわ」と言う。しかし、その実、息子の命を救うため、骨髄提供者を探しに奔走するのだ。息子の前では気丈でも、実際は不幸に押しひしがされそうになりながら、それでも希望を捨てずに提供者が見つかることに望みを託す。これが、後にやがて今日の骨髄バンクの設立へと至る大きな運動になる。

 映画の中で、清子が弟子に「土に遊ばれるのではなく、こちらが土を遊び、そして模様を刻み付ける」という意味のことを言っていた。それはそのまま、この人の生き方そのものだと思う。信楽自然釉の自然の艶は、技術もさることながら、人の意思がそれを創っているのだ。不幸は、こちら側の都合に関わらず、向こう側から勝手にやってくる。しかし、運命にただ流されるのではなく、自分の意思を明るく前向きに貫いていこうとする凛とした女性の生き方がここにある。

 それでも現実は容赦なく、この人から息子の命を奪う。自分の子を救うことができないことを知ったとき、清子はかつて自分が信楽自然釉を初めて焼いたその穴窯で、自分と息子のための二つの小さな骨壷を作り、葬儀の時に焼く。これが骨壷であることに、僕は映画を見ている時は気がつかなかった。映画が見終わった後で、あれは骨壷だったのかと気がついた。それが、言葉よりも情景描写よりもなによりも、この人の心情を表していたと思う。

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January 28, 2005

マイナス金利政策

 経団連のシンクタンクである日本経済調査協議会というところが、このままデフレが続けば財政は破綻するため、預貯金や現金に課税するマイナス金利政策を検討する必要があるとの提言を発表したという。ようするに、カネの形で持っていると課税するぞというわけである。株式とか不動産とか耐久消費財とかを買えと言っているわけだ。「不必要なものは買わない」「今、必要なものはない」「だから、お金を使わない」では、世の中は困るらしい。質素倹約を旨とするなどいう価値観は、あってはいけないようだ。

 このマイナス金利政策であるが、これまでに数多くの人々がこのようなことを言ってきたが、結局実行されずに今日に至っている。これを本当に実行すれば、それなりの社会的混乱が避けられないからであろう。しかしながら、だからといって、こうした意見がなくなるのかというと、このように、しばらくするとまた言われ始めるのである。そして、消費税の値上げを見ても、これから、この国はこうしたマイナス金利のようなことやることは十分予測できる。

 今年は、僕は本気になってCitibankの香港支店かBank of Hawaiiあたりに口座を持とうと思う。この国では、なにもしないでいると、ただひたすら国に都合がいいようになるばかりだ。

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January 27, 2005

アルカイダはブッシュが作ったBoogeymanだった?

 今のアメリカは、イスラム過激派テロリズムを、かつての共産主義のような仮想敵としている。その筆頭は、オサマ・ビン・ラディンが率いるアルカイダである、ということになっている。

 しかし、ことの始まりは、言うまでなく2001年9月11日の同時多発テロ事件に端を発している。そして、この事件について、その全容はまだはっきりしていない。つまり、「何が起きたのか」や「誰がいかなる目的で行ったのか」等々のことがまだ明確になっていない上で、その後のアフガニスタン戦争やイラク戦争を行い、今日に至っているのである。

 LA Times(Jan 11,2005)は、イギリスのBBCで放送されたドキュメンタリー番組"The Power of Nightmares: The Rise of the Politics of Fear"を紹介している。この番組は、そもそも、本当にオサマ・ビン・ラディンが率いるアルカイダという国際テロ組織の脅威が存在するのだろうかと疑問を呈している。この記事"Is Al Qaeda Just a Bush Boogeyman?"は、かなり反響があったらしく、ネットの数多くの独立系メディアサイトに転載されている。その記事を意訳してみよう。

"much of what we have been told about the threat of international terrorism "is a fantasy that has been exaggerated and distorted by politicians. It is a dark illusion that has spread unquestioned through governments around the world, the security services and the international media.""

「我々は国際テロリズムの脅威をさかんに論じているが、それは、政治家によって誇張して歪められたファンタジーである。それは、世界中の政府と安全保障当局と国際メディアを通して疑いなきものと広められた暗黒の幻想である。」

 軍隊が行う戦争では、敵の対象や規模が明確にわかった上で戦争を行う。テロにはこれができない以上、どこからどこまでやればいいのかわかったものではない。テロの脅威というのは、具体的に実体がある武力の存在の脅威ではなく、イメージや情報などといった目に見えないものの脅威なのだ。であるのならば、これほど権力者に操作されやすい対象はないだろう。

"Terrorism is deeply threatening, but it appears to be a much more fragmented and complex phenomenon than the octopus-network image of al Qaeda, with bin Laden as its head, would suggest."

「テロリズムは大きな脅威である。しかしながら、それは、ビン・ラディンが率いるアルカイダのオクトバス-ネットワークのイメージが示唆するよりも、もっと断片化されていて、かつ複雑な現象である。」

 このブログでも何度も書いているが、テロリストを相手に戦争というスタイルではダメなのである。であるのにも関わらず、ブッシュ政権はなぜ戦争スタイルに固執するのか。軍事産業がそれで儲かるからである。市民を統制管理できるからである。つまり、ブッシュ共和党政権は、アメリカ市民の自由を侵害し、国家の安全保障のためといいながら、実際に行っていることは、対テロのためにはなん役にも立たないことを行い、結果的にアメリカ市民を危険にさらしているのである。

 なぜ、そう思えるのか。

"The fact is, despite the efforts of several government commissions and a vast army of investigators, we still do not have a credible narrative of a "war on terror" that is being fought in the shadows."

「実際のところ、数多くの政府委員会と厖大な数の調査官の努力にもかかわらず、我々は隠れて行われている「対テロ戦争」の信用できる話しをまだ持っていない。」

 そして、この記事の最後にこう書いてある、

"Such a state of national ignorance about an endless war is, as The Power of Nightmares makes clear, simply unacceptable in a functioning democracy."

「終わりなき戦争についての国家的な無知の状態は、この番組が明確にしているように、健全な民主主義では受けれがたいのである。」

 日本のことわざに「幽霊の正体見たり枯れ尾花」というのがある。アルカイダは「枯れ尾花」だとは思わないが、ブッシュ政権は正しい「敵」のイメージを掴んでいるとは言い難い。もっとも、意図的にそうしていることはミエミエなのであるが。

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January 25, 2005

自由なきアメリカ

 「自由」という言葉をちりばめたブッシュの就任演説であるが、今のアメリカほど「自由」なき時代はないであろう。今、アメリカは国家が国民を監視する体制へと移行しつつある。ブッシュは、演説で「世界平和を達成する最短の道は全世界に自由を拡大することだ」とか「全世界の人々に自由が行き渡ることを宣言する」と言ってたが、実際にやっていることは自国の市民の自由の制限である。ブッシュ共和党政権は、いかにアメリカ市民の権利を侵害しているかということについては、以下の2冊にくわしい。

『消えゆく自由』ナット・ヘントフ著 集英社(2004)
『9.11以後の監視』デイヴィッド・ライアン著 明石書店(2004)

 さらに最近、決定的な本が出た。1月5日のHowWired Japanのニュースの記事"「テロ対策ビジネス」の実像をえぐる新刊書"で、"No Place To Hide"というタイトルの本の紹介があった。この記事を読んで、これはおもしろそうだとアマゾンに注文していたのだが、先日この本が届いた。まだ、内容を読んでいないが、パラパラと拾い読みしてみるとおもしろそうだ。

"No Place to Hide: Behind the Scenes of Our Emerging Surveillance Society" by Robert O'Harrow,JR FreePress(2005)

 ブッシュ政権はテロ防止の名目で、アメリカ市民のざまざまな自由を侵害している。ブッシュ政権は、市民から建国の根本的な理念である自由を奪い、国家による監視社会を作ろうとしている。興味深いのは、監視プログラムやデータマイニング・プログラムの技術を開発している民間企業が国家(テロ対策のために、国民を監視するのは当然だと考える保守的な政府高官)と連携し、市民の自由を侵害し、国民を監視する監視社会を作ろうとしているということだ。好むと好まざるに関わらず、市民は消費者としての情報を民間企業に管理されている。この民間企業のデータベース技術が、政府のテロ対策と称する国民監視の意図と融合し、新しい管理社会が出現しているのだ。

 ABC Newsは、このRobert O'Harrow,JRの"No Place To Hide"を大きく取り上げ(FOX Newsでは絶対にやらないだろう)、最近、特集番組"No Place to Hide: Freedom and Identity Peter Jennings and the Fight Against Terrorism in the Digital Age"を放送した。この番組の中で、Peter Jenningsは、民間企業のセキュリティ技術やデータ分析技術を用いて、政府は市民のプライベート情報を管理しようとしていることを述べている。(ABC Newsは、有料でネットで見ることができる。)

 今、アメリカは、共和党政権のもとで、新しい情報テクノロジーが市民を統制し監視する自由なき社会になりつつある。"No Place to Hide"については、読了後また書いてみたい。

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January 24, 2005

ネットラジオ「くりらじ」はおもしろい

 数日前、ふとしたことから「くりらじ」というネットラジオを聴くことがあり、これはおもしろいと、この土日も、自宅にいる時は過去のバックナンバー番組をほとんど聴きまくりの状態になっている。このネットラジオは、ものすごくおもしろい。

 この「くりらじ」は、山口県下関市から発信しているインターネットラジオである。ここのBJというパーソナリティーがおもしろい。「えんたも」という番組での、この人のアニメの「攻殻機動隊S.A.C. 2nd GIG」の解説を聴いて、おおっこれはいいと思ってしまった。この人は、政治の話からアニメ、漫画、映画、本、テレビ番組に至るまでものすごくキャパシティが広くて、キャパの広さでは僕も多少の自信はあるが(笑)、僕なんか比べものにならないキャパの広い人である。で、この人がまたぐたぐたと雑談をしたり、世の中の現状に怒りをぶつけるのである。カトリーヌころんさんというパーソナリティーもレギュラーで出ていて、この人もいい。「くりらじ」以外にも自分のメディアをネットで持っていて、こっちもいい。とにかく、「くりらじ」はおもしろい。かつてあったパーソナルな文化は、ネットで復活するのだとつくづく思う。やっぱ、ネットは現代のアジールなんだなと思う。

 「くりらじ」を聴きながら、トーク系のネットラジオのこれからの可能性とか、山口の下関から、こうしたデジタル・コンテンツを世界に向かって発信していることとか、今の時代は、もはや東京にいようが、山口にいようが関係ないんだなとか、いろいろ考えることがあった。それはまた別途書いてみたい。

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January 23, 2005

なぜか津波被害の報道が少ない

 さだまさしの「遙かなるクリスマス」は、ようするに個人の日常生活と、社会的な問題はどう関わるのかということなのだと思う。そのことを最近つくづく感じたのは、先日の1月17日の阪神大震災10年の日、僕が住む東京は、その日も別に他の日と変わることない、ごくフツーの1日だったということだ。

 もちろん、この日は日本国民全員が黙祷を捧げるべきであったとは、まったく思わない。しかしながら、それにしてもマスコミの報道は、あまりも関心がなかったように思える。このへんぶっちゃげた話、ホンネを言うと、我々は、他者の身の上に、どんな不幸や災難が降りかかろうとも、その不幸が自分の身に降りかかることがあるかもしれないとか、その出来事の意味を考えてみるとかいうことはないんだろうなと思う。

 それでいいのかというと、いやこれでよくはないなと思う。ただ、そうなると、では、なにに対して、どの程度考えろというのかというと、なんとも言えなくなる。なんとも言えなくなるが、だからといって何も考えなくていいとは思えない。じゃあ、どうしたらいいのかということで葛藤をしていくしかない。

 阪神大震災の時は、6000人が亡くなったわけであるが、6000人どころか、その比較にもならない程の厖大な数の人々が死んでしまったスマトラ沖地震による津波被害について、日本の報道はあまりにも無関心であるとしか思えない。この死者の数は、もはや戦争なみの数ではないか。この厖大な数の死に対して、なぜ日本人はこれほど無関心でありえるのか。なぜならば、それほどの出来事が起きたとは感じていないからだ。ではなぜ、そう感じていないのか。例えば、CNNは死体の映像を流すが、日本のメディアは、そうした映像をまず流さない。崩壊した建物や混乱した道路を映すだけだ。現地の被害の深刻さを、日本のメディアは巧みに曖昧にしている。よーするに、他人事なんだなと思う。上記の言葉で言えば、日本のマスコミには葛藤が感じられないのだ。

 津波の被害にあった日本人が、パスポートを再発行してもらおうと大使館へ行くと、この国の役人は渡航証明書を発行するための手数料が払えないと再発行はできないと言う。僕はインターネットでこれを知った時、これはよくわかると思った。外国の現地の大使館や領事館には、こうしたところがある。240億円を寄付すると言っていても、実際にやっていることは、津波の被害者に手数料2500円を払えと言うのがこの国なのである。

 外務省は、さすがにこれは非人情だと思ったのか、22日の報道によると、渡航証明書の発行は無料とすることになったという。これにしても、抗議をしたから変わったのであって、黙っていたらそのままカネを払うのが当然だとしていたであろう。

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January 21, 2005

首都大学東京って一体・・・・

 今年の4月より首都大学東京というものが開学する。これは石原東京都知事が、東京都の東京都立大学、東京都立科学技術大学、東京都立保健科学大学、東京都立短期大学の4大学を廃止し、新しい大学を設置するというものだ。いくつかのブログで話題になっているように、この首都大学東京のホームページにある「学長からのメッセージ」「都知事メッセージ」の文章は、何を言っているのかさっぱりわからない文章になっている。新学長の西沢潤一氏は、確か半導体の研究で独創的な業績を挙げられた方であったと思うが、それにしても、これはあまりにもナンであるような気しないでもない。石原都知事の文章に至っては、この人は本当に作家だったのかと疑いたくなるような貧しい文章である。

 もっとも、石原都知事はわざとこうした、論旨の不明確な文章にしたのかもしれないとも思う。ようするに、新しい大学というのは、従来の大学のような重ったるいところではなくて、若干意味不明のわけのわからんものでもいいんじゃないか、それが新しい大学なのだというわけである。石原都知事の文章を読んでいると、この人はもう、大学の教師から学ぶものはないと言っていると思っていい内容だ。文章中で「だから、大学なんてもう行かなくていい」という言葉がいつ出てきてもおかしくないと思ったが、これが石原都知事の新しい大学の理念であるようだ。

 この大学の都市教養学部というところには、当然であるかのように文学はない。哲学も宗教学もない。歴史学もない。つまり、文学部そのものがないのである。ここの「人文・社会系」は「21世紀の都市市民にふさわしい、歴史的、文化的な教養と、論理的な思考力、さらに日本語及び多言語による表現力を養成します。」と書いてあるが、そーか、21世紀の都市市民には、文学や歴史学は必要ないのかと思う。それでいて、なんかめったやたらと、色々な分野の授業が多いのである。もし僕が今の大学生であれば、俺はこんなにたくさんやりたくないなと思うだろう。どうやら文学や歴史学は、「国際文化コース」というセクションで履修するようであるが、これでは中途半端なものになるだけではないか。むしろ今の時代は、大学を卒業した後でも、自分で勉強をしていくことができる時代になったのだから、大学時代は学問の基礎をしっかりと学べばそれでいいと思う。それだけをやっているだけでも、大学4年間はあっという間に過ぎていくだろう。それに、大学生は大学の勉強だけをやっていればいいというわけでもない。他にも、やることはたくさんある。

 昨日の網野さんの『無縁・公界・楽』で言えば、大学こそ、近代社会の中の最後のアジール的空間だったと思う。それも、もはやなくなったということなのだろう。

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January 20, 2005

網野さんへの追悼本

 網野善彦という歴史学者がいた。もしこの人がいなければ、今の僕たちの日本理解は恐ろしく貧困なものになっていただろう。昨年、この革命的な歴史家は亡くなられてしまった。できることなら、講演会でもいいから、実際にお目にかかってお話を聞きたい人だった。網野さん亡き今、この本を読んだ。

『僕の叔父さん 網野善彦』中沢新一著 集英社新書(2004)

 大学時代、民俗学や人類学に関心を持っていた僕は、当然のことながら網野さんの『無縁・公界・楽』は読んでいたし、中沢さんの『悪党的思考』と網野さんの『異形の王権』の両方を読んで共通する部分があることを感じていた。網野善彦は中沢新一の叔父であることを知ったのは、もっと後になって中沢さんの本で知った。学生時代の僕は、中沢新一の本を深く読んでいて、実際に高野山やネパールにまで旅をするという宗教学少年だった。

 網野さんの本を本格的に読み始めたのは、社会人になってからだと思う。そのころ僕はよく仕事の休みをとって、外国を一人旅をすることが多かった。すると、日本について多面的に考えたくなってきた。そこで、網野さんの本を、もう一度、今度は『蒙古襲来』から体系的に読んでみた。そうして読んでいくと、網野さんの本は、単なる日本史の中世の歴史書ではなく、「日本」と「日本の歴史」にそのものについての、ものの見方や考え方を教えてくれるものであることに気がつくようになったのだ。網野さんの数多くの本を読むことで、自分の中の「日本」というイメージが変わった。例えば、自由主義史観に基づくという「新しい歴史教科書」がいかに新しくないか、いかに政治的で狭いものであるかがわかるようになった。歴史学とは、そうしたものではないのだ。『無縁・公界・楽』や『異形の王権』が、網野さんのこれまでの研究成果をまとめた本であるのならば、『日本の歴史 第00巻』は今後の歴史研究での課題を提起した本であると思う。

 この本の中で中沢さんは、『無縁・公界・楽』での網野さんのアジール論を次のように論じている。人間の本質は自由な意思であり、それが人間と動物を分けている。自由であるが故に、人間は言語や法の体系を自ら構成することができる。しかしながら、そうした構造が逆に人間の自由を束縛するのだ。すると、今度は人間はさらに根源的な自由を求める欲望を持つ。つまり、自由な意思が、言語や法を作り、それらがあることによって、さらに自由を求めるのである。人の意識は、社会的な規則への志向と根源的自由への欲望の二つを同時に持つ。この根源的自由を、現実の社会で表現したものがアジールであった。具体的に言えば、中世の寺社や宗教的な山などは、その中には公権力が介入できず、租税も免除されているところもあるという場所だった。つまり、国家権力が全土を覆っていたわけではなく、所々に「無縁」「公界」「楽」などと呼ばれるアジール的空間があったのである。これらは古代にはなく、中世になって出現した空間であることは重要だ。昔の時代だからそうだったというわけではないのだ。中世という時代の現象だったのである。

 こうした、国家権力が管理する場所もあれば、根源的自由がある場所もあるという多元的な社会は風通しがいい。なぜならば、アジールがある社会は、構造的・制度的なものを志向すると同時に、根源的自由も求めるという人の意識のスタイルにぴったりと合っているからである。しかしながら、やがて近代の国家権力は、アジールの存在を認めず、すべてを同一の権力のマトリックスの場としていった。アジールは破壊され消滅し、社会は自由で活力のある多元性を失ったのである。

 中沢新一はこう書く。
"そのことを「進歩」と言うのはまったくの間違いだろう。アジールを消滅させることで、人間は自分の本質である根源的自由を抑圧してしまっているのである。根源的自由への通路を社会が失うということで、「文化」は自分の根拠を失い、自分を複製し増殖していく権力機構ばかりが発達するようになる。ひとことで言えば、世界はニヒリズムに覆われるのだ。"
 そしてこう書いている。
"今日の歴史学は、はたしてニヒリズムを克服できているだろうか。自由の空間としてのアジールは実在したのである。「無縁」「公界」「楽」という中世の言葉で表現されたものこそ、人間の本質をつくる根源的自由を、空間のなりたちや人間関係の組織法や権力の否定をとおして、現実の世界に出現させようとしたものにほかならない。そう考えることから、新しい歴史学はほんとうにはじまることができるのではないだろうか"

 中沢さんのこの解釈は、いかにもポスト構造主義的な解釈ではあるが、事実そうだろうと思う。アジールという根源的自由への欲求を否定することで始まった近代のその延長線上に、僕たちが今住んでいるこの社会がある。

 本書ではさらに、自ら密教の儀式を行った異色の天皇であった後醍醐天皇をもとにして考えていた、天皇制についての網野さんの考察についても書かれている。沖縄の宗教の研究をしていた中沢さんが、突然のようにネパールに行きチベット密教を学んだことの本当の意味を理解していたのは網野さんだった。

 中沢家は、いつも議論をしている家庭だったという。中沢家の人々は、もともと「理念」や「理想」や「観念」というものを追い求める人々だった。中沢さんから4代前の徳兵衛という人は、平素から神官のような袴を履いて神祈祷を行う人だったという。もともと、中沢家の先祖は、諏訪大社と関わっている人であったようだ。その子は、明治にキリスト教徒に改宗した人である。その息子の中沢毅一もまたキリスト教徒であり、生物学者であり、国体を生物学・生態学的観点から考えようとした人であった。祖父と父親がキリスト教徒であるためか、この毅一の息子たちは、長男を除いてみなマルクス主義者になる。この家庭では、つねに思想的な議論が活発にあって、キリスト教と皇国史観とマルクス主義がごっちゃになっているという思想のるつぼのような家庭であったという。この毅一の息子の一人が、中沢新一の父親であり、民俗学者の中沢厚である。この父の妹が網野善彦に嫁ぐ。網野さんから見れば、妻の実家に足繁く出入りすることによって、こうした中沢家の知的環境を共にすることになった。そして、ここで妻の兄の子として、後にこれもまた特殊な宗教学者になる中沢新一と出会う。中沢さんは、当時5歳だったという。

 思えば、網野善彦と中沢新一という、共に希な歴史と知の思索者が人生のある部分を共有したことは不思議なことだったと思う。中沢さんは、あとがきの中でこう書いている。

"古代人が「オルフェウスの技術」と呼んだものをとおして、人は亡くなった人々や忘れ去られようとしている歴史を、現在の時間の中に、生き生きと呼び戻そうとしてきた。墓石や祈念碑を建てても、死んでしまった人たちは戻ってこない。それではかえって死んだ人たちを遠くへ追いやってしまうだけだ。リルケの詩が歌っているように、記念の石などは建てないほうがよい。それよりも、生きている者たちが歌ったり、踊ったり、語ったり、書いたりする行為をとおして、試しに彼らをよみがえらせようと努力してみることだ。
 網野さんの歴史学が、まさにそういう行為をめざしていたのではないだろうか。"

 本書は、中沢新一が叔父網野善彦の思いをよみがえらせた本である。
 そして、僕たちにとってのそのことは、網野さんが残した壮大な課題をおのおのの立場で考えていくことだと思う。

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January 17, 2005

「遙かなるクリスマス」を聴く

 さだまさしの歌に「遙かなるクリスマス」というのがある。

 ネットをつらつら見ていると、去年の年末のNHK紅白歌合戦で、さだまさしが歌った「遙かなるクリスマス」が良かったという書き込みが多い。僕もさだまさしは好きで、アルバムも初期の頃のものはほとんど全部そろっているが、この歌は最近リリースした『恋文』というアルバムに入っていて、僕はまだ持っていなかった。年末の紅白は、他のチャンネルの格闘技番組を見ていたので見ていない。大体、前回、まともに紅白を見たのは何年前だったのか覚えていない程、僕はずっと紅白を見ていない。「遙かなるクリスマス」はそれほど有名な歌ではないだろうから、紅白でこの歌を歌ったのは本人の意思だったのだろう。さだまさしは、叙情派フォークとプロテストソングとしてのフォークの双方の側面を今でも持ち続けているシンガーソングライターだと思う。

 さだまさしの初期のグレープ時代の歌で「フレディもしくは三教街」という歌がある。これは第二次世界大戦中の中国の漢口で出会った青年のことを、それからずっと年月を経て、もう年老いた老婆になった女性が回想するというバラードだ。2人で行ったというフランス租界の描写がいい。そこに住む人々の暮らしの平和な営みが目に浮かんでくるようだ。ここで、この愛する人とずっと一緒に暮らして、一緒に年老いていこうと思っていたという。しかし、その夢は戦争によって無惨にも奪われる。この青年は戦火の中で死に、自分だけが生き残る。そして、年老いた今、もしもあの戦争であなたが死ぬようなことがなければ、きっと今頃あなたは素敵なおじいさんになっていて、私はその側で優しいおばあさんになっていただろうと、遠い日の青年に語りかける切ない歌だ。戦争は国家の都合で行うものであるが、実際のやることは人々の人生への理不尽な暴力以外のなにものでもない。

 今日、「遙かなるクリスマス」を初めて聴いた。よくこの歌をNHKの紅白で歌ったものだと思った。愛しい人を愛しいと思うことは間違ってはいない。しかし、その一方で、この世の中には国家による暴力にさらされている人々がいる。この2人の平和とどこか遠くの国の不幸とがなぜ関連するのか。戦争をやっているのは他の国だし、殺し合いをやっているのは、彼らが愚かだからなのだ、自分たちには関係ないではないかと思うかもしれない。しかし、自分たち2人が平和であれという願いにより誠実であろうとすると、どこか遠くの国の不幸なんてどうでもいいとは思えなくなってくるのだ。そう思えるか、思えないかは、その人の思想と価値観に基づくだろう。

 遠くの国のことまで関心を持ったって、そんなのたかがしれているし、どうすることもできないのだから、そんなことは無視していいという意見もあるかもしれない。2人の周囲に強固な壁を作って、その中の平和を脅かすものだけに断固戦えばいいという考え方もあるだろう。しかしながら、さだはそうは考えないのだ。これは「空缶と白鷺」や「前夜」という歌にも共通する、さだの基本的なスタンスである。自分もまた、遠くの国の不幸に荷担する側になっているという紛れもない事実を見ないわけにはいかないと考えるのである。そして、自分が2人の平和を願うことと、自分が他国の戦争に荷担している(荷担していることになるのだ)のは矛盾する。これは、一体どういうことなのかと葛藤する。この解答がない葛藤こそ、さだまさしが「遙かなるクリスマス」で歌いたいことなのだろうと思う。

"僕達のための平和と 世の中の平和とが少しずつずれ始めている
誰もが正義を口にするけど 二束三文の正義 十把一絡げの幸せ つまり嘘
僕はぬくぬくと君への 愛だけで本当は十分なんだけど
本当は気づいている今のこの時も 誰かがどこかで静かに命を奪われている
独裁者が倒されたというのに 民衆が傷つけ合う平和とは一体何だろう
人々はもう気づいている 裸の王様に大人達は本当の事が言えない"
(さだまさし「遥かなるクリスマス」)

 万葉集を引用した「防人の詩」や、映画『ひめゆりの塔』の「しあわせについて」と比べると、この歌はよりストレートに反戦のメッセージを主張している。ここまでやるのかという絶唱である。もちろん、この世は平等ではないし、世界は平和ではないことは誰でも知っている。しかしながら、それでもわざわざ「遥かなるクリスマス」として今、この歌を歌わなくてはならないという想いを強烈に感じる。

 どこか遠くの国の不幸は、これから先もずっと「どこか遠くの国の不幸」のままなのだろうか。そんな保証はあるのだろうか。今僕たちが本当のことから目をそらすことが、やがて僕たちの子供たちが理不尽な暴力にまきこまれることになるのではないか。だとするのならば、僕たちは、愛する人を本当に愛していると言えるのだろうか。永遠に幸せであれと願っているのだろうか。

"考えよう、想像しよう、自分が置かれている場所を正しくつかもう。あなたの大切な人の笑顔を守るために。"
(さだまさし『恋文』「遙かなるクリスマス」ライナーノーツ)

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January 16, 2005

『生きづらい<私>たち』

 先日、香山リカの本について書いたが、その勢いに乗ってさらに読んでみた。

『生きづらい<私>たち』香山リカ著 講談社現代新書(2004)
『若者の法則』香山リカ著 岩波新書(2002)
『ネット王子とケータイ姫』香山リカ、森健著 中公新書クラレ(2004)

 僕は、香山リカより何歳か年下になるが、大ざっぱに言えば「同じ世代」に属すると思う。僕は、80年代バブル期をワカイモンの一人として過ごした。思えば、あの時代、世代比較の対象としたのは自分より上の世代の若い頃の時代であって、年代別に分けると、60年代の全共闘世代、70年代のニューミュージック世代、そして僕がいた80年代の新人類世代になる。こう考えてみると、どの世代の若者もそれなりにその時代の中で「生きづらさ」を感じていたとも言えるであろう。

 だとすると、なにもことさら2000年代の若者が特別というわけではなく、いつの時代もワカイモンはそういうもんだったのかもしれない。上記の三冊目の、ネットについての本にしても、僕がワカイモンだった頃にはメディア・リテラシー教育なんてものはなかった。もちろん、当時はネットの社会普及率はまだ低かった。さらに、僕がネットを使うようになったのは90年代になってからであり、パソコン通信の最後の時期である。その時、僕はもう大学を卒業した社会人だった。今の若者のように、もの心ついた時からネットや携帯電話があったわけではない。

 今の若者が置かれている状況を、これまでと同様のよくある若者の状況として捉えるか、それともテクノロジーの進歩によるまったく新しい状況なのだと捉えるかで見方は大きく変わってくる。しかし、それは80年代も同様であって、あの時代はパソコンやネットワークが初めて現れた時代であり、コンビニの店舗数が急速に伸び、「個」であっても全然困ることがない時代の始まりだったと思う。つまり、80年代から、いつの時代にもよくある若者の状況の中に、メディアテクノロジーや経済が介在するようになったのだと思う。単身者というものについて、今でこそ「負け犬」と呼ばれているが、80年代当時は「シングル」には肯定的な意味があったと思う。

 文芸評論家の川本三郎は1986年に雑誌にこう書いている。
"しかし、ポスト・モダンといわれる現在、日本の社会にも徐々に"個独"が認められるようになってきた。模倣から創造へと産業のスタイルを変えていかなければならなくなった社会では徐々にだが"個独"が認められてくる。みんなといっしょにでなくてもいい、ひとりだけ変わったやつがいてもいい、と時代の流れが少しずつだが変わってきている。"
"情報社会の進行とともに、"個独"でいることがラクにできるようになってきた。"
""個独"とは自閉であるという批判もあるが、自閉の状態もよく考えれば、その人の内面がひとりでいられるだけ充実しているということであり、創造者にとってはむしろ自閉は歓迎すべき状態ではないかと思う。"
"電話はある、ビデオはある、ファクシミリはある。人と人が顔をつきあわせて「有機的な」コミュニケーションをはかる度合いが薄くなってきて、"個独"な人間どうしの距離を置いた「無機的な」コミュニケーションが広がってきている。情報社会の無機的な生活環境が、"個独"な人間を作りだしている、とさえいえる。逆に言えば、従来の、カラオケ・宴会型の人間にとっては生きにくい状況が生まれつつある。"
(川本三郎著『シングル・ソサイティ』リクルート出版、1987)

 川本は、情報テクノロジーの発展によって"個独"であることが可能な世の中になり、従来の集団主義的なカラオケ・宴会型人間は「生きにくい」時代になってきたと書いている。つまり、シングルは情報社会(って今では死語だな)に適応した新しい人間の生活スタイルであると考えられていたのである。しかしながら、この時代から20年近くたった今日、携帯電話やインターネットという20年前では一般的には想像もできなかったメディアテクノロジーの進歩を経た今の時代では、「生きにくい」という意味が多少異なるとはいえ、誰もが孤独になり「生きづらい」という感覚を持つ世の中になったという。

 その一方で、それほど「生きづらい」と思って生きているわけでもない若者も数多くいるだろうと思う。実際のところ、精神科医である香山リカは、その職業上、「生きづらい」と感じている若者たちと接し、彼らを通して今の時代を考えている。それは当然のことであろう。その一方で、こうした考察には当てはまらない若者もたくさんいることは事実であって、僕が若者だった80年代も世間は僕たちのことを「新人類」や「スキゾキッズ」と呼んでいたであったが、世間がなんと呼ぼうと「自分は自分だ」と僕は思っていたし、それ以外になにができるというであろうか。むしろ、80年代以後、従来の社会通念がなくなり、学校や会社以外の場所で多様な価値観を選び取り充足することが可能になっていると思う。香山リカの本も、大学生が読むとその内容について賛否両論だという。それも当然のことだ。

 むしろ、いかにも「80年代に若者でした」という感じがしまくりの香山リカが、今の若者の心理は、従来の精神医療の範囲では理解することはできず、精神医療者は病室で患者を診察しているだけではいけないと書いていることが印象深い。

 "境界性人格障害や解離性障害は、今やただの「病気」という範疇を超え、「今を生きている」ということと深くかかわりを持った、現代人の本質的な問題だと言うこともできるかもしれません。そういう意味で精神医療は、目の前にやって来た人を「病気」かどうか判断して、「病気」と診断される人だけを治療の対象にしてきたこれまでのやり方では、十分にその機能を果たせなくなってきました。"
 "つまり、わかりやすく言えば「精神科医が病人だけを見ていればいい時代は終わった」のです。"
 "そういう意味で、精神医療者は今、病院の外の世界で新たな使命を担わされている、と言ってもよいのです。"
(香山リカ『生きづらい<私>たち』)

 この表明には、僕も大いに同意したい。おそらく、今の状況は、「希望格差社会」にせよ、「生きづらい<私>」にせよ、そうしたカテゴリーにすら当てはまらないものがあるのだろうと思う。しかしながら、我々が社会現象や心理現象を考える時、どうしても社会学なり経済学なり、あるいは心理学なり精神医学なりのフレームワークで見ざる得ない。だからこそ、そこから抜け落ちるものがあることを意識しながら、実際の社会や人々の意識について考えていくことが必要なのだと僕も思う。それが、もう若者の一人ではなくなった今の僕のスタンスなのだと思う。

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January 13, 2005

朴念仁でなければならない

 文部科学省は来年度から、基礎分野の難しい研究を分かりやすくPRする「研究PRディレクター」制度を始めるという。若者に広がる「理科離れ」を止めるのが目的であるとのことだ。

 なぜ、国が子供の「理科離れ」を懸念するのか。それは、日本の科学技術が衰退しては困るというまことに現実的な損得勘定からきている。しかしながら、そうであるのならば、大学の工学部あたりの教育をもっと充実させるべきであって、小学校や中学・高校の教育にまで、国の将来の科学技術を背負って立つ人材の育成であるかのような観点をもってくるのは迷惑であろう。このへん、少子化の問題と共通している。子供は、国の将来の産業労働従事者としてあるわけではない。ところが、役人は子供を「国の将来の産業労働従事者」としてしか考えることができないようだ。

 寺田寅彦は、昭和8年にとある随筆でこう書いている。
"論理の連鎖のただ一つの輪をも取り失わないように、また混乱の中に部分と全体との関係を見失わないようにするためには、正確でかつ緻密な頭脳を要する。紛糾した可能性の岐路に立ったときに、取るべき道を誤らないためには前途を見透す内察と直観の力を持たなければならない。すなわちこの意味ではたしかに科学者は「あたま」がよくなくてはならないのである。
 しかしまた、普通にいわゆる常識的にわかりきったと思われることで、そうして、普通の意味でいわゆるあたまの悪い人にでも容易にわかったと思われるような尋常茶飯事の中に、何かしら不可解な疑点を認めそうしてその闡明に苦吟するということが、単なる科学教育者にはとにかく、科学的研究に従事する者にはさらにいっそう重要必須なことである。この点で科学者は、普通の頭の悪い人よりも、もっともっと物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者であり朴念仁でなければならない。"
(寺田寅彦「科学者とあたま」『寺田寅彦随筆集 第四巻』小宮豊隆編 岩波文庫)

 熊本の第五高等学校で、当時そこで教師をしていた夏目漱石の授業を受けていた寺田寅彦青年は、論理的な頭脳と直感力を持っていたと同時に「物わかりの悪いのみ込みの悪い田舎者であり朴念仁」であったに違いない。その後、東京帝国大学理学部物理学科に学び、やがて日本における地球物理学の先駆者になる。

 文部科学省は今後、「ゆとり教育」を見直し、授業時間を増やすようにするようだ。理数系の教員は大学院修了を条件とするという改革案もある。しかしながら、そうしたことよりもなによりも「朴念仁」を許容する教育になるのだろうか。とてもそうとは思えない。そして、こうしたことを言うと、「朴念仁でいいわけないでしょう。国際的に見ても日本の子供の学力は低下しているのですよ。日本の子供はもっと勉強をして、成績を上げなくてはなりません。」という声が返ってくるような気がする。いつから、子供の教育がオリンピックになったのだろうか。

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January 10, 2005

スマトラ沖地震に思う

 TIME Jan.10号の特集のスマトラ沖地震を読む。地震の発生時に、ホノルルのthe Pacific Tsunami Warning Centerは津波が起こる可能性があることをインドネシアやタイに伝えていた。ところが、インドネシアの津波警告のオフィスの責任者は、26日の朝オフィスにはいかなったのでメールを見ることができなかったという。タイの役人は、タイの近くで地震が起きたことはもちろん知っていた。しかし、津波がくるということはまったく意識していなかったという。つまり、津波というものを知らなかった。

"The earthquake was far away." he says."In the past 1,000 years we've never had a tsunami, so why should I issue a warning for one?" Sumalee repeats the thought. "I never considered issuing a tsunami warning because we never had a tsunami before," she says, bristling at press reports that she hesitated to sound and alarm because it would damage Thailand's tourism industry. "Concerns about scaring tourists away never came to it." she says.
(TIME, Jan 10,2005)

 最初の人は「過去1000年間、津波なんてなかった。だから、なぜ津波警報を出さなくてはならないのか?」と言っている。次の人も、津波を経験したことがないからわからなかったと述べている。タイ政府は、タイの観光産業のダメージになるため津波警報を出さなかったという報道に怒り、「観光者を怖がらせて避難させること(そのこと自体が)思いもつかなかった」のだと言う。

 これらの担当者がどのような人なのかはわからないが、少なくとも専門教育を受けた者ならば、過去に津波現象がなかったから、今後も起こることはないとは言わないであろう。しかしながら、一般常識というのは、必ずしも論理的なものではない。この場合、地震が起きたという情報を受けた時、それを専門的知識で受け止めるか、一般常識で受け止めるか、そのどちらもありうると思う。問題なのは、地震情報を入手した時、津波警報を発令する必要があるのかどうかを確認するという手順ができていなかったということだ。なぜできていなかったというのは、タイ社会そのものが津波について「過去1000年間なかったから」なのであろう。

 今回の津波については、地震の震源がインドネシアのすぐ近くなので、かりにインドネシアとタイに津波警報システムがあって、それが正しく作動されていたとしても、今回の被害を防ぐことはできなかってあろうとTIMEは書いている。ただし、インドやスリランカは地震発生から津波到着まで約2時間はあったため、少なくともこれほどの被害になることを避けることはできたであろう。国連は、来年からインド洋と東南アジア地域の津波警報ネットワークを構築する計画を発表したという。

 通常、セキュリティを考える時は、過去になかったから今後もないとは判断しない。それが起こりえないという論理的な根拠がない限り、それは起こりえるものとして考える。しかし、では、あらゆる「起こりえるもの」について対策をしなくてはならないのかというと、ここで予算なり時間なりのファクターが現れる。しかしながら、人命に関わる場合はどれだけコストがかかろうと、現在わかりうる限りのあらゆる対策を行わなくてはならないことになる。人命を失った場合のコストの方が遙かに大きいからである。

 上記の「過去に起こったことがないから知らなかった」というのを読んで、小松左京の小説『日本沈没』の一節を思い出した。マントル対流と海底山嶺のデータを積み上げて、田所先生がこれからなにかたいへんな出来事が起こるかもしれないとD計画のスタッフに説明するシーンだ。「過去に一度も起こったことのないようなことが、はたして起こりえるんですか?」という秘書官の問いに、田所先生はこう答える「歴史とはそういうものだ。単なるくりかえしではない。まったく新しいパターンが現れる。」つまり、我々に必要なことは想像力なのだと思う。過去に起こりえなかったことでも、我々は科学的知識に基づいて想像しうる。

 そして、インド洋のとある場所で、ビルマプレートの下にインドプレートが潜り込んで行く時、ほんの少しビルマプレートが跳ね上がるという、地球から見ればとるにたらない、ほんのささいな出来事が起こっただけで、それだけのことでも、この惑星の表面に住む生物に甚大な影響を及ぼし、これだけの厖大な数の人々が死んでいった。「地球にやさしい」どころではない。やさしくされているのは、我々の方なのだ。スマトラ沖地震で亡くなった人々は、そのことを僕たちに伝えている。

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January 09, 2005

階層化する日本 その2

 ずいぶん前に読んだ本であるが、今回、こうして今の日本では階層化が進んでいるという本を読んで、ああっそうだったのか、そういう意味だったのかとわかったことがある。香山リカの「ぷちナショナリズム」である。

『ぷちナショナリズム症候群』香山リカ著 中公新書クラレ(2002)
『<私>の愛国心』香山リカ著 ちくま新書(2004)

 なにがわかったのかというと、こういうことだ。バブル崩壊後、失われた10年を経て、これではイカンとばかりに保守的な風潮が蔓延し、現実主義、成果主義、生まれた国のニッポンを愛してなぜ悪いという「ぷちナショナリズム」が広まった。このことにより「勝ち」「負け」の二元論的価値観が広く日本社会に浸透し、ついには山田昌弘の言う「希望格差社会」をもたらしてしまったということである。この状況で興味深いのは、希望を無くさざる得ない人々は、その不安心から保守的な価値観に追従するということである。

 つまり、保守主義はこの「希望格差社会」を作りだし、そのことにより結果的になってしまった「負け組」もまた保守主義になる、というかならざる得ない(「勝ち組」は最初から保守支持)という(まるでゾンビかゲームの「バイオハザード」のような)構造があるということだ。こう考えてみると、日本以上に「希望格差社会」であり、不平等のカタマリのような社会であるアメリカで、今回の大統領選挙がなぜ共和党が勝利したのかわかるであろう。こうして、社会はますます保守化し、「ぷちナショナリズム」化していく。あるいは、「ぷちコンサバティブ」、つまり「ぷちコン」化していくのである。

 かりに保守主義が「希望格差社会」をもたらしたとしても、「勝ち組」も「負け組」もおのおのの立場で保守主義志向ならばそれでいいではないかという意見があるかもしれない。しかしながら、現にニートや「負け犬」という、競争から「降りた」生き方がある。ただし「降りた」と言っても、社会の側が多様な価値観を許容しないため、山田昌弘が言うように「不良債権化」している。これらが大きな社会問題になっている以上、これでいいわけがない。親に力があったり、試験の点数がよかったり、コネや才能がある者が得る利益と、そうでない者が得る利益の格差がますます開いていく現状の中で、いかにも典型的な保守主義者が好むようなバーナード・ショーの「名言」を持ってきて「自分で自分の望む環境を作れ」と言うことになんの意味があるのだろうか。

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January 08, 2005

階層化する日本

 年末年始の休みに、最近よく話題になっている「不平等社会」についてまとめて読んでみた。

『日本の経済格差』橘木俊詔著 岩波新書(1998)
『不平等社会日本』佐藤俊樹著 中公新書(2000)
『論争・中流崩壊』「中央公論」編集部編 中公新書クラレ(2001)
『希望格差社会』山田昌弘著 筑摩書房(2004)
『封印される不平等』橘木俊詔編著 東洋経済新報社(2004)
『階級社会日本』橋本健二著 青木書店(2001)

 戦後半世紀の間、日本はわりあい機会均等の国であり、誰もが努力すれば、その努力に応じた生活ができると思うことが可能な社会であった。「総中流社会」であったと言えるだろう。ところが、1980年代以後、どうもみんな同じとは思えない世の中になってきた。低所得層と高所得層の格差は拡大し、親が金持ちならば、子供はさほどの努力をしなくても金持ちになっているのではないかと人々は漠然と感じるようになってきた。上記の本は、その感じが定量的・定性的な調査によっても立証されることを論じた本である。ようするに、今の日本はそうした社会なのである。

 機会が均等であれば、生活水準の格差は個人の実力の反映ということになる。よって、生活水準が低いのは「アンタが努力しないのが悪い」と堂々と正論を言うことができた。しかしながら、「努力すればなんとなる」と思うことができたのは過去の時代となり、現代は「努力しても得ることができない」と思ってもおかしくない時代である以上、「努力する気にもなれない」と思うのは当然のことであろう。それを「努力しないお前が悪い」と言ってもなんにもならない。「努力したくない」と思っているわけではなく、「努力してもしょうがない」と思っているから努力しないのである(もちろろん、そうでない場合もあるであろうが)。特に女性と若者は、もはや「社会的弱者」である。女性が「機会均等」から外されていたのは、過去の時代も同様であったが、社会全体の経済発展によりそれが表面化しなかっただけである。経済成長ができなくなった今日、過去に隠されていた数々の問題が現れ始めている。

 例えば、最近、子供の学力低下が指摘されているが、これは別に教師の質が落ちたとか、「ゆとり教育」のせいではない。教師の質や教育の内容が過去は良かったわけではない。今の時代は、学校で勉強しても就職にはむすびつかない、勉強しても仕方がないという社会意識があるため子供の学力低下が起きているのだという山田昌弘氏の主張は注目すべきである。こうしたことを書くと、就職のために勉強をするのではないという声が聞こえてくるが、そうしたタテマエがタテマエとしてもう通らなくなってきていることを知るべきだ。

 ニートや「負け犬」にしても、「就職をしない」「結婚をしない」だから悪いという観点は、「就職するのが正しい」「結婚するのが幸福」という価値観に基づくものである。つまり、就職するか、しないか、結婚するか、しないか、の二者択一しかなく、そして、するのが正しい、しないのが間違っているという二元論的価値観でしかない。しかしながら問題なのは、どちらが正しい、間違っているではなく、そうした二者択一の選択や二元論的な価値観しかないということなのだ。なぜ、もっと多様な選択なり価値観なりを、この社会は人々に可能性として提示できないのだろうか。それは、他の選択肢なり、他の価値観なりを想像することができないからだ。戦後60年間これでやってきたのだから、これから先もこのままでいいと思っているのだ。そして、保守的な考え方がニートや「負け犬」を自己責任の欠如や個人の甘えだと糾弾している。しかし、なんら問題は解決することなく事態は悪化の一途を辿っている。

 今、社会や経済や政治を考える上で、最も必要なものは社会科学的な想像力なのではないだろうか。上記の本は、経済学、社会学、教育学の分野で、現代の日本社会が直面している社会的不平等という問題を社会科学的想像力をもって考察していこうとする取り組みである。

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January 07, 2005

『プラネテス』はやはり良い作品だった

 DVDで見ていたNHKのアニメ『プラネテス』がvol9でとうとう完結してしまった。BS公開時は見ていなかったので、これで初めて最終話まで見たことになる。なるほど、こうしたラストなのかと思った。ちょっと物足りなさもあったのだが、原作のメッセージをうまくまとめていると思った。人はなぜ宇宙に出て行くのかということと、人はなぜ帰るべき場所を持つのかということは同じなんだなと思った。もっか泥沼に落ち込んでいくNHKであるが、この良質のアニメを作ったことだけはエライ!

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January 06, 2005

R・クラーク元米司法長官がフセインの弁護を行う

 イラク特別法廷で戦争犯罪に問われているフセイン元大統領の弁護団に、ラムゼー・クラーク元米司法長官が加わるという。このラムゼー・クラークは、ブッシュ(父)の湾岸戦争と現ブッシュ大統領のイラク戦争に一貫して反対をしてきた人である。

 イラク戦争は、アメリカによる中近東支配のための長期戦略によるものであった。くわしくは、2002年9月に国連安保理に提出した公開書簡本文の参照して欲しい。(日本語訳はこちら

 こうした人がフセインの弁護側に立つ。もちろん、検察側もそれそうとうの反論を用意してくるに違いない。いずれにせよ、たいへん注目すべき裁判になる。

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January 05, 2005

自衛隊、スマトラへ

 スマトラ沖大地震と津波による被災民救援のため、政府は自衛隊を今週末にもさらに追加派遣を行い、昨年末からの派遣は計1400人を超えるという。

 1400人では数が少ないような気もするが、今の自衛隊では、万単位の人員を外国に動員すると国内の通常業務に支障をきたすであろう。そうした現状にしたのは自衛隊のせいではない。であるにも関わらず、こうした事態になると、もっと派遣部隊を増やせという声が上がるのはなんだかなー。

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January 03, 2005

根津神社に詣でる

 3日の今日、実家より東京の自宅へ戻る。根津神社へと詣でる。

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 いつぞやのお祭りの時程の人数ではないが、それなりの人出で賑わっていた。お参りの後、三四郎池あたりまで散歩しようかと思ったが、あまりにも寒くて早々と地下鉄の根津駅に戻った。(FOMA F900iにて撮影)

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January 01, 2005

2005年は中国が最大の課題になるだろう

 今年、2005年は大東亜戦争の終結から60年目になる。12月30日の朝日新聞の船橋洋一氏のコラム「日本@世界」に以下のことが記載されていた。

2005年は
日清戦争終結(下関条約) 110年
日露戦争終結(ポーツマス条約) 100年
日韓基本条約終結 40年
であるという。

 船橋氏によると、ロシアは今年の5月に「反ナチスドイツ勝利60周年記念式典」を催すという。これに構想を得て、中国が「抗日勝利60周年記念式典」のようなものを国際的に開催する動きがあるという。毛沢東の八路軍も蒋介石軍も、大日本帝国に勝利したわけではないのであるが、とりあえず日本に勝利したということになっているので、これはこれでなんとなく通ってしまうだろう。ロシアの「反ナチス勝利式典」の方は、旧ソ連に占領された東欧や中欧は反対したそうであるが、英米仏は賛同しドイツは首相を式典に参加させるという。こうなると、中国の「抗日勝利式典」も実際の開催される可能性は高いものと思われる。中国は、日本の総理に参加することを求めるのではないか。そうなった時、日本が総理大臣をすんなりと送るわけがない。これはかなりもめることになるだろう。

 また、韓国との国交正常化40周年の式典の方は、それなりにスムーズに進展すると思うが、それでも日韓の間の歴史的わだかまりは当然のことながら濃厚に存在している。ここでも嫌でも日本は前世紀の歴史を直視せざる得なくなるだろう。

 アメリカは、日本と中国が仲良くなることを望まない。できることならば、敵対関係のままでいて欲しいとしている。日本人が中国人を嫌い、中国人が日本人を嫌うのはアメリカにとっては都合がいい。日本が北朝鮮と戦争にでもなれば、喜ぶのはブッシュである。

 経済で言えば、日本経済の中国依存はますます強くなり、中国もまた日本の技術力に(今のところは)依存せざる得ない。経済のグローバル化は、中国にますます民主化を求めるようになる。中国共産党政府が、自分たちの権力を維持しつつ民主化中国に向かうことができるか、大陸の外側と内側の経済格差をどうするか、国内の少数民族問題をどうするか、台湾問題など不安定要因は多い。しかしながら、そうであっても、東アジアの経済のグローバル化は進んでいくだろう。日本経済はチャイナシフトしていくが、それは労働集約型産業が中国に移転するということを意味している。そうなると、グローバル化した企業は高収益を挙げられるが、日本社会そのものの経済はますます衰退の一途を辿ることなる。人々の所得格差はますます進み、日本社会の「階級社会」化は、さらに進むであろう。

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